地球研・日比国際ワークショッブ(5)

20150329workshop10.jpg
20150329workshop9.jpg▪︎総合地球環境学研究所・奥田昇さんを代表とするプロジェクトの「日比国際ワークショップ」の1日目の最後。夕食をとるために野洲市菖蒲にある「あやめ荘」に移動しました。ここで、琵琶湖の湖魚を使った様々な料理をいただきました。フィリピンの皆さんはどうかな…と思っていましたが、皆さん大喜びでした。しかも、発酵食品である「鮒寿司」をじつに美味しそうに召し上がっておられました。実際、ここでいただいた「鮒寿司」は絶品でした。すばらしい。

▪︎写真は、南山大学の篭橋さん(4月からは京都大学に異動されます)と、フィリピンの「Laguna Lake Development Authority」のAdeline Santos BROJAさんです。急遽、湖魚料理を楽しみながら、プロジェクトの人間社会班の研究内容に関する議論が始まりました。英会話の不得手な私にかわって、篭橋さんが懸命に通訳をしてくださいました。ありがとうございました。今回は、人間社会班からこの国際ワークショップに参加したのは、篭橋さん(環境経済学)、金沢大学の大野さん(環境政策論)、秋田県立大学の谷口さん(社会学)、そして島根県から来られた平塚さん(フリーの環境コンサルタント)、4名方達と私です。皆さんとは、食事のとき、食事のあとの酒の時間、バスによる移動の時間…様々な空き時間に、非常に有益なディスカッションをすることができました。

地球研・日比国際ワークショッブ(4)

20150329workshop7.jpg
20150329workshop8.jpg20150329workshop8-2.jpg
▪︎平湖・柳平湖の視察のあとは、近江八幡市津田町にある水草堆肥をつくっている場所です。原料は、琵琶湖の南湖に繁茂する水草です。現在、南湖の水草が大変な問題になっています。この水草を刈り取る専用船で対応しています。巨額の費用がかかります。刈り取った水草ですが、現在は、乾燥させて水草堆肥にして、無料で配布しています。この水草堆肥、大変、美味しい野菜ができるらしく大変人気があります。昔は、沿岸の農村が、琵琶湖の藻取りを行っていました。もちろん、化学肥料がない時代です。藻取りは、相論といって、隣村と争いになるぐらいでした。水草が大きな経済的価値をもっていたのです。ところが、化学肥料が簡単に入手できるようになると、水草は見向きもされなくなりました。

▪︎現在、多くの湖沼では、水質の悪化にともない水草が減少しています。琵琶湖では、逆に、以上に繁茂する状況になっています。そのことが、様々な問題(湖底の低酸素化や生態系への悪 影響)を引き起こしています。詳しくは、次の文献を読んでいただければと思います。滋賀県立琵琶湖博物館の学芸員である芳賀裕樹さんが執筆されています。「南湖の水草(沈水植物)繁茂」という解説です。

▪︎写真は、その水草堆肥です。トップの写真、リーダーの奥田さんが指でつまんでいるものは、淡水の二枚貝です。下段・右側の写真は、水草にまじっている二枚貝を撮ったものです。この写真の水草は、まだ熟成させている途中段階ですので臭いがしました。しかし、最終的に水草が完全に堆肥になると、まったく無臭の状態になります。

▪︎繁茂する水草が、かつてのように経済的な価値を生み出し、琵琶湖から陸地へと再び運ばれ利用されるような「循環」の仕組みができれば良いのですが、今のところ、それはうまくできていません。社会のなかに「水草の利用」がうまく組み込まれなければならないのです。現在は、税金を買って刈り取り、県有地で堆肥にして、そのあとは無料で配布しています(一人一人への無料配布の量には上限がある)。これからの大きな課題かと思います。なにか、良い方法はないものだろうか…とても気になります。

地球研・日比国際ワークショッブ(3)

20150329workshop4.jpg
20150329workshop5.jpg20150329workshop6.jpg
20150329workshop6-2.jpg▪︎京都大学生態学研究センターの調査船「はす」による視察のあとは、草津市にある平湖・柳平湖に移動しました。平湖・柳平湖は琵琶湖の周辺にある内湖のひとつです。現在、淡水真珠養殖復活に向けて地元の皆さんが挑戦をされています。真珠といえば、伊勢志摩地方の海での真珠養殖を連想します。しかし、琵琶湖でも特に第二次世界対戦後、盛んにイケチョウガイによる真珠養殖が行われてきました。しかし、琵琶湖の水質悪化によりイケチョウガイが壊滅状態となり、92年にはイケチョウガイの漁獲量が統計上はなくなってしまいました。いったん壊滅状態となった淡水真珠養殖ですが、水質が改善するにしたがい、再び復活に向けての取り組みが始められたのです。

▪︎私たちが平湖・柳平湖を訪問すると、地元の集落の役員さんと、草津市の農林水産課の職員の方たちが待っておられました。淡水真珠復活への挑戦に関して、いろいろお話しを伺いました。お話しだけでなく、実際の淡水真珠も見せていただきました。フィリピンからの女性研究者たちは、この淡水真珠にとても関心をもったようです。どちらかというと、県境者というよりも女性として…でしょうか。それを見た、フィリピンの男性研究者は、「ガールズはすごいね!」と笑っておられました。

▪︎平湖・柳平湖で復活を目指しているのは淡水真珠だけではありません。魚の復活も目指しておられます。ここでは、放流したニゴロブナの稚魚がまたこの内湖に戻ってこれるように、魚道の設置が行われることになっています。かつては、琵琶湖と内湖とはつながっていましたが、国の巨大プロジェクトである琵琶湖総合開発等により、現在では琵琶湖と内湖とが分断され、水位にも落差が生まれています。このままでは、魚が琵琶湖から遡上してきません。そのため、いろいろな経緯のなかで魚道が設置されることになったのです。

▪︎私たちのプロジェクトによって、その二ゴロブナ等の魚類のモニタリング調査も行う予定になっています。プロジェクトとして(科学として)この地域の活性化を支えることにしています。この地域は、もともと水郷地帯でした。農作業に行くには、いつも田舟を漕いでいかねばなりませんでした。そのときは、必ず、平湖・柳平湖を通って行っていたといいます。また、集落内には、水路が流れており、家の2階の窓から釣りができたいといいます。そのような魚を食用にもされていました。この地域は、いわゆる「魚米の郷」だったのです。ところが、河川改修や圃場整備事業により、そして最後は琵琶湖総合開発により、かつての水郷地帯の風景はかんぺきなまでに消えてしまいました。「水」と「陸」が分断してしまいました。50歳以上の人たちは田舟の艪(ろ)をこぐことができますが、その年齢の以下の方たちはできないのだそうです。子どもの頃に、艪をこぐ経験ができなかったからです。

▪︎さて、ワークショップの話しに戻りましょう。平湖・柳平湖の現場では、魚が産卵に来ているところを撮った写真も見せていただきました。地元では、浅瀬に魚がやってきてバシャバシャと水しぶきを飛ばしながら産卵を行うことを、「魚がせる」といいます。内湖と切れてしまってからは、あたりまえのように見られた「魚がせる」こと地元の子どもたちは知らないといいます。現在、自体も地元の皆さんとは、魚を復活させて、小さなところから村づくりの活動を始めることができたらいいですねと話しあっています。水田と内湖と琵琶湖と魚がセットになった暮らし。村づくりの活動に参加しておられる皆さんは、そのような暮らしがこの地域の基本的な姿であり、そこにできるだけ戻っていくべきだと考えておられるのです。

【関連エントリー】
平湖柳平湖の「つながり再生構築事業」の協議会
「つながり再生モデル構築事業」第4回協議会」
魚の賑わい
琵琶湖岸の水郷地帯

地球研・日比国際ワークショッブ(2)

20150329workshop1.jpg
▪︎総合地球環境学研究所・奥田昇さんを代表とするプロジェクトの「日比国際ワークショップ」の1日目です。奥田プロジェクト「生物多様性が駆動する栄養循環と流域圏社会─生態システムの健全性」では、琵琶湖に流入する野洲川流域と、フィリピンのラグナ湖に流入するビナン川流域の2つの流域を主要なフィールドにして比較研究を進めます。また、国内の宍道湖、手賀沼、八郎湖、そして海外では台湾等の湖沼とも部分的に比較研究を進めることになっています。ということで今回のワークショップは、日本から15名、フィリピンから8名、台湾から1名の研究者が参加して開催されました。

▪︎26日の総合地球環境学研究所でのオリエンテーションを兼ねたキックオフミーティングの後、第1日目の27日には、まずは琵琶湖疎水を見学したのち、大津市の比叡山延暦寺の門前町・坂本にある「鶴喜蕎麦」で蕎麦を楽しみました。蕎麦の昼食のあと、京都大学生態学研究センターの調査船「はす」に乗せていただき、野洲川の河口や流域下水道の処理施設のある矢橋の帰帆島をめぐりました。調査船からの見学には、生態学研究センター長の中野さんも一緒に同行してくださいました。センター長としてご多忙なわけですが、調査船に乗船することについては、ご同行くださいました。ありがとうございました。
20150329workshop2.jpg
20150329workshop3.jpg20150329workshop3-1.jpg
▪︎上の写真は、調査船「はす」から比良山系を写したものです。この日は暖かく、琵琶湖には何隻ものヨットが走っていました。ただし、気温自体は高くても、早いスピードで走る船上は風も強く、私は早々に運転室に入り風をよけることになりました。皆さんは、楽しそうですね。

地球研・日比国際ワークショップ(1)

20150327chikyu1.jpg
20150327chikyu2.jpg 20150327chikyu3.jpg
▪︎昨晩は、お世話になった方の盛大な送別会が開かれましたが、昼間は、京都の洛北にある総合地球環境学研究所にいました。昨日から日曜日まで、私がコアメンバーとして参加している総合地球環境学研究所のプロジェクト「生物多様性が駆動する栄養循環と流域圏社会─生態システムの健全性」の国際ワークショップが開催されます。私たちのプロジェクトでは、国際比較のフィールドとして、フィリピンのラグナ湖に流入する流域のある地域に研究調査のサイトを設定しています。今回のワークショップでは、そのフィリピン側の共同研究者の皆さんが来日されました。そして、日本のメインとなる調査値、滋賀県の野洲川流域を、我々日本側の研究者と一緒に視察しながら、ディスカッションを行う予定になっています。

組織の壁を越えて

20150327fukao.jpg▪︎ここしばらく間に、職場の組織の壁を越えて、いろんな方達と語りあうチャンスがありました(呑みとセット)。そして、いずれの方達とも、組織の壁を越えて、もっといろいろ私たちの大学について語り合おう、行動しよう…という気持ちを共有できました。「Beyond the wall of sectionalism !」です。それぞれが、心のなかで「このままではあかん…」と思っていても、それを心の外に出して、声にして、お互いにつながっていかなければ何も変わりません。ここしばらくの間で、いろんな方達と心がつながった…のではないかと思います。

▪︎昨晩は、大変お世話になった方の盛大な送別会でした。素敵な送別会になりました。送別会なのですが、自分の座った席のテーブルにいた他学部の教員の方達とも、「こんなことを一緒にやろう」 、「こんなこともできるやろ」と盛り上がりました。他のテープルからやってこられた方とも、「そういうことだと、応援しますよ」と言っていただけました。仕事は、やはり夢を語りあって、それを共有して、力をあわせて実現していくことが大事かと思います。「仕事には、ロマンが必要や!!」。これは、私が滋賀県庁(琵琶湖博物館開設準備室、琵琶湖博物館)に勤めていたときに、常々、私の上司が言っていた言葉です。それぞれの部署のルーティーンの仕事をきちんと確実にやることも、もちろん必要ですが、同時に、セクションの壁を越えて、みんなで一緒に大きな夢を実現していくことが大切だと思うのです。

▪︎送別会の帰り、坂道を歩いていると、政策学部の深尾先生と一緒になりました。深尾先生は、政策学部を代表する若手教員のお一人です。その深尾先生と歩きながら、「ほんじゃ、ちょっと呑みますか」ということになり、先斗町にある「お酒と、ときどきトルコ meme」という、ちょっと変わったお店にたどり着きました。「お酒と、ときどきトルコ meme」。先斗町の通りから路地に入り、2階にあがったところにあるのですが、深尾先生が鋭い勘で「この店や!」と決めてくれました。トルコ風の水餃子をいただきながら、いろいろ話しをさせていただきました。結論からいえば、「龍大を、もっとオモロイ大学にしよう‼︎」ということでしょうか。そういえば、不思議なことに深尾先生とはサシで呑んだことはなかったな〜。楽しい時間をいただきました。ということで、多くの職場の皆さんと壁を越えて、一緒に頑張っていこうと思います。もちろん、「仕事には、ロマンが必要や!!」が基本です。

ミツバチの本

20150326mitubachi.jpg ▪︎先日、妻の知人Uさんが、自家製の蜜(ニホンミツバチによる百花蜜)をプレゼントしてくださいました。そのことについては、少し前にエントリーしました(「蜂蜜」)。毎日、一匙ずつ、この貴重な蜂蜜を楽しんでいます。前回のエントリーの【追記】にも書きましたが、「そんなに関心があるのならば、遊びに来てもよいよ」という話しになりました。もう少し暖かくなった、時間を調整させていただき訪問しようと思っています。

▪︎そのUさんから、関心があれば読んでみてと、写真のような本を妻を通して貸していただきました。ありがとうございます。ミツバチの本です。農文協から出版されている「現代農業 特選シリーズ8 飼うぞ 増やすぞ ミツバチ」という本です。DVDもついています。以下が、その内容です。入門書のようですが、私のようなまったくの素人には、かなり詳しい内容に思えます。私自身は、ニホンミツバチや、養蜂・採蜜される方達の活動を通して、地域の自然環境のことがいろいろ見えてくるのではないのかなあと、ぼやっとそういったこと考えています。これまで、魚と地域の自然環境との関係については考えたことがありましたが、昆虫についてはあまりありませんので。

日本ミツバチと暮らし始めた福島県の小さなむら
図解 ミツバチってどんな虫?

●ミツバチを飼う
・捕まえる
本当は教えたくない 日本ミツバチの野生群を捕まえるコツ
分蜂群を呼び寄せる花 キンリョウヘン
日本ミツバチの分蜂を見た!
分蜂群の捕獲のとき便利な道具

・巣箱と飼い方
日本ミツバチ用 自慢の巣箱いろいろ
山ちゃん巣箱 スムシ・暑さ対策が簡単
か式巣箱 巣礎を使わないで巣枠でハチがなじむ
飼育届を出そう/住宅地では「糞害」にご用心
ハチを飼うときの道具
蜜源・花粉源になる花を探せ

・外敵・病気対策
ダニ・スムシ・スズメバチ・ガマガエル・チョーク病
西洋ミツバチと日本ミツバチ 混合飼育で外敵対策

●畑で働く交配バチ
さすが、ハチ飼い40年のイチゴ農家 冬場でもハウスのハチは弱らせないよ
交配バチが減る原因とその対策
交配バチを弱らせない農薬選び
果樹の受粉に日本ミツバチ リンゴ・サクランボ・カキ
ネオニコ系農薬はミツバチにこれほど影響する

●ハチのパワーで健康・美容
寝酒にどうぞ、夫婦円満間違いなし!ハチミツでミード
図解 ミツバチの健康・美容パワー
あこがれの天然化粧品 巣クズから蜜ロウクリーム
幼虫入りの巣から蜂児酒
ハチの針で膝痛を治す
外敵スズメバチで健康ドリンク

【追記】▪︎この4月に開学する農学部の教員であるFさんが、facebookで「瀬田でもやろうと思っています」と伝えてくれました。また、農学部のYさんは、「薫製機を使えるので、一緒にベーコンを作りましょう」と誘ってくれました。瀬田キャンパスは、なんだか急に「美味しいキャンパス」になってきたな〜。

『東京喰種(東京グール)」

20150325tokyoghoul.jpg ▪︎知り合いの建築家Fさんから、Facebookを通して教えていただきました。強烈な内容の漫画です。ずいぶん昔に、『寄生獣』(岩明均)を読んだときにもショックを受けましたが、こちらの『東京喰種』は、それ以上の迫力があります。『進撃の巨人』もそうですが、「人を喰らう」、あるいは「人が喰われる」というところでは共通しています。どういう漫画か。ストーリーをバラさない範囲で、ごく簡単に説明すれば、以下の通りです。人間のような姿をしながら、突如として怪物のようにに変身して人を喰らう「喰種」という謎の生物が、人間社会のなかに紛れ込み生きている…そのような設定になっています。「喰種」は、人間しか食べることができません。主人公は、その「喰種」の臓器を移植された青年です。人間でありながら、「喰種」でもあるわけです。喰う-喰われるという、絶対的に両者が相容れることのない関係のなかで、両者を媒介するような位置のなかで苦悩することになります…。

▪︎「殺される」と「喰われる」は、同じようなもののように思いますが、両者の間には決定的な違いがあるように思います。そこにある恐怖には大きな落差がります。そのような落差が、読者(たとえば私)の存在自体をも強く揺さぶってくるのです。言い換えれば、絶望的な関係のなかで、主人公の青年は、結果としてですが、両者を媒介する存在であるがゆえに、周りの人びと(「喰種」)に微かな希望、微かな可能性を与えているのではないか…とも思います。この漫画に描かれている世界を、現実の世界と重ね合わせたときに、何が見えてくるのか。何を感じ取ることができるのか。それは人様々でしょうが、そのように思わせるだけの力をもっているように思います。

『考える人』2015年冬号「特集 山極寿一さんと考える 家族ってなんだ?」

20150325kangaeruhito.png
▪︎季刊『考える人』 2015年冬号、昨年発売されたときに気になって購入していました。定期的に購読しているわけではありませんが、特集のタイトルのなかに「山極寿一」とあったので購入しました。すぐに読めばよかったのですが、なかなかチャンスがありませんでした。たまたま、先日、山極さんの講演やインタビューをYouTubeで視聴するチャンスがあり、「あっ、そういえば、このまえの『考える人』も山極さんやったな」と思い出し、読んでみることにしました。なかなか読み応えがありました。

▪︎少し前のエントリー「抑制力」の記述や、リンクした動画(山極さんの講演)とも重なる部分も多いように思いますが、このロングインタビューなかで、以下のような興味深い指摘をされています。

家族やコミュニテイを支えてきたのは、言葉ではなかった。言葉以前のコミュニケーションによる付き合い方だったと思います。そしてそれは、今でも、同じなのです。

人間関係については、だんだんと視覚を使うコミュニケーションが減って、逆に、遠距離間のコミュニケーション、相手の顔が見えないコミュニケーションがふえてきた。もう一つ言えば、視覚、聴覚、臭覚、触覚、味覚の五感のうち、触覚を使ったコミュニケーションは、人間のコミュニケーションのなかで非常に重要だった。(中略)だが、そういう接触を頻繁に使ったコミュニケーションも薄れてきました。もともと人間は会うことでお互いの信頼関係を高め、維持してきたわけですが、今はそのことそのものが省略されるようになっている。食事もそう。昔は長い時間をかけて食事の準備をし、そして長い時間をかけて、みんなで楽しく語らいながら食べるものでした。家族の団欒というのは、必ず食事の席にあったのです。

集団のために何かしたいというのは、人間にしかない。「誰かのために」というのはあります。子供のために何かをすることは、ほかの動物でもあります。しかし、集団のためにというのはない。集団は実体のあるものではありませんから、まさに人間だけの行為です。それが今だんだん薄れてきている

その理由は、実は近代科学技術と民主主義にあると思っています。民主主義も近代科学技術も、個人の自由度を高め、個人の欲求をなるべく多く満たすように働いてきました。(中略)煩わしいと思っていた集団の時間は、実は社会関係をつくるにはこの上ないものだった。だが、それを負の側面としてしか捉えなかった。(中略)時間を節約してなるべくき自由な時間をふやそうとするのは、ある意味では正しいかもしれないが、社会的な関係をつくる上では、むしろマイナスだった。相手に対する優しさというのは時間をかけなければ生まれてこない。それが結局は、自分の資本になる。これを社会関係資本と言うのですが、そういうもをつくることに、日本社会は向かったこなかった

日本社会は、個人主義を発達させてる前に集団を重視した社会をつくってきました。近代科学技術と民主主義がどんどん個人を解放するとそちらへ向かい、集団の大切さを見失って、集団に依存していた社会関係も一気に壊れてしまったのです。

自分を犠牲にする行為がなぜなくならないかというと、根本的にうれしいことだからです。母親は自分のお腹を痛めて産んだ子だから当然かもしれないし、養子に迎えた子や、あるいは近所の子でもあっても、子供に対して尽くすのは、人間にとって大きな喜びです。不幸なことになったり、アクシデントが起こったときに、子供を助けてやりたいという思う気持ちは、人間が共通に持っている幸福なのです。それがあるからこそ、そして分かり合えるからこそ、人間は存在すると思うのです。

私はアフリカでNGOの活動をずっとやってきました。文化も社会も違い、言葉も違う人たちだけれども、言葉も違う人たちだけれども、何が一番根本的に了解し合えるかといったら、「未来のため」ということ。子供たちのために何かをしてやりたい、現在の自分たちの利得勘定で世界を解釈してはいけない、自分たちの持っている資源を未来の子供たちに託さなければいけないという思いです。そういうことを重荷と思ってはいけないのです。

人間というのは、現実から来る抑制ではなくて、タイムスケールの長い過去と未来に縛られる抑制によって生きている。それが人間的なものだと思います。それが一番実感できるのが、子供を持つということ、家族をつくるということなのです。

▪︎他にも興味深い指摘を多々されているのですが、引用はこのあたりにしておきましょう。私が学び研究してきた社会学、そして社会学も含めた社会科学は、自然と社会を対立的に捉えるところがあります。人間と動物とは何が違うのか、人間社会の本質を把握するために、人間と動物(サルや霊長類)との差異を強調します。それに対して、霊長類進化学、人類進化学の立場にたつ山極さんは、差異よりも連続性に注目されているように思います。サルから霊長類、霊長類から人類へと進化するなかで、人間が獲得していった特質を説明されます。また、なぜそのような特質を獲得したのかについても、興味深い説明をされています。山極理論を、家族研究者やジェンダーの研究者たちは、どのように捉え、理解しようとするのでしょうか。そのような討論や対談のようなものが、この世の中には存在するのでしょうか。あれば、ぜひ読んでみたいと思います。

▪︎私自身はどうかといえば、上記の引用からもおわかりかもしれませんが、山極さんの説明に共感するところが多々あります。もちろん、自分自身の家族でどう振る舞ってきたかといえば、これはかなり怪しいところがありますね。山極さん自身も、「相当子育てに関与されたんですね」という質問に、「いや、関与していないって女房から言われます(笑)」とお答えになっています(笑)。そのような点はあるにしても、山極さんが主張されていることは、まちづくりや、地域づくり、環境再生という実践に携わるなかで、私自身が常に感じていることと随分共通しています。

▪︎地域に出ると、山極さんのいう「子供のために何かをする」という考え方に、しばしば出会うことになります。「子供のために」といういうことで相互に人びとが納得して、コミュニティが結束し、共同の活動に取り組むということもよくみられます。また、様々な環境問題の被害のなかで、弱い立場にある子供の健康を守るために母親たちが環境運動に取組み始めることも、たくさんの事例を通してよく知られています。私自身、滋賀県の女性たちによって取組みれた石けん運動について論文を書いたことがあります。「地域環境問題をめぐる“状況の定義のズレ”と“社会的コンテクスト”-滋賀県における石けん運動をもとに」(『講座 環境社会学第2巻 加害・被害と解決過程』有斐閣)という論文です。

▪︎この論文で取り上げた石けん運動でも、たびたび「子供や家族の健康や命を守りたい」という言い方がなされてきました。これに対しては、フェミニズムの立場からは、「性的役割分業の固定化」「エコ母性主義」「本質主義」といった批判がありうると思います。日本では、女性と環境の結びつきについては、「エコフェミ」(エコロジカル・フェミニズム)という言い方で否定的に捉えられてきたからです。それに対して私は、「一般論として、『主婦・母親』は、合意形成過程から(動員されながらも)排除されると同時に、「『ケア役割』を、歴史的に社会的、文化的性役割(gender role)として割当たられて(萩原[1997]310頁)きた」と指摘したのち、「利便性、効率性、経済性、消費の差異性の追求といった欲望を掘り起こそうとする社会システムが、『主婦・母親』と同時に『身体・生命』(自然環境を含む)といった価値をも排除してきたということである」と述べました(萩原さんの論文は、萩原なつ子,1997,「エコロジカル・フェミニズム」江原由美子・金井敏子編『フェミニズム』新曜社)。私自身は社会学者なので、女性の環境運動における「子供のために何かをする」をこのように説明しました。それに対して、人類進化学の山極さんの考え方は、人びとは「タイムスケールの長い過去と未来に縛られる抑制によって生きている」ということになります。進化のなかで獲得してきた特質ということになります。私はどちらかといえば、空間的な視点のなかで、ジェンダーと社会システムの問題として考えましたが、山極さんは、時間的な視点のなかで考えておられます。このような差異はありますが、私には山極さんの考え方がとても興味深いのです。特に、このロングインタビューのなかでは、人類進化の過程において獲得してきたこのような特徴が、現代社会においては崩壊しようとしているとも指摘されています。そのような現代社会批判と人類進化学が結びつくあたりに関心を強く持ってしまうのです(社会科学の諸理論とどのように連関するのか。また、逆に矛盾するのか…)。

20153025yamagiwa.jpeg ▪︎山極さんは、一般の読者向けにもたくさんの書籍を出されています。一番最近のものは、『「サル化」する人間社会 』(知のトレッキング叢書) です。以下が、この本の内容です。

「上下関係」も「勝ち負け」もないゴリラ社会。
厳格な序列社会を形成し、個人の利益と効率を優先するサル社会。
個食や通信革命がもたらした極端な個人主義。そして、家族の崩壊。
いま、人間社会は限りなくサル社会に近づいているのではないか。
霊長類研究の世界的権威は、そう警鐘をならす。
なぜ、家族は必要なのかを説く、慧眼の一冊。

・ヒトの睾丸は、チンパンジーより小さく、ゴリラより大きい。その事実からわかる進化の謎とは?
・言葉が誕生する前、人間はどうコミュニケーションしていたのか?
・ゴリラは歌う。どんな時に、何のために?

その答えは、本書にあります。

●本書の目次
第一章 なぜゴリラを研究するのか
第二章 ゴリラの魅力
第三章 ゴリラと同性愛
第四章 家族の起源を探る
第五章 なぜゴリラは歌うのか
第六章 言語以前のコミュニケーションと社会性の進化
第七章 「サル化」する人間社会

▪︎最初の方に、少し前のエントリー「抑制力」を紹介ました。そのエントリーのなかに引用したのですが、山極さんは、「サル化」について以下のように述べておられます。それを、再び、引用しておきます。知人の新聞記者の方が、山極さんの講演を聞いてこの本を読まれたようです。ということで、私も読んでみることにしました。現在、注文中です。

それはじつはね、ニホンザルの社会に近い社会なんですよ。なにかトラブルがあったときに、そのトラブルを解消しようとしたら、勝ち負けをつけるのが一番簡単な方法なんですよ。だけど、ゴリラは、勝ち負けをつけずに、それを解消しようとする。だから抑制力が必要になるんです。つまり、自分の取れるものを取らないわけでしょ。自分の欲望を抑制しながら、相手に取らせる。ということで、平和をもたらそうとするわけですね。そこには、力の強いものが抑制するっていう精神がなければ成り立たない社会なんですね。それをゴリラは作ってきたし、もともと人間もそういう社会をはじめに作ったはずなんです。

50,000アクセス感謝!

■今年の1月28日に、アクセスカウンターが45,000を超えました。その56日後、さきほど50,000に到達しました。アクセスカウンターは、2012年の9月5日に設置しましたが、それ以降、5,000刻みでいうと、以下のようにアクセス数が増えてきました。5,000ごとに、かかった日数=期間も縮まり、また1日ごとの平均アクセス数も伸びてきました。特に、40,000に至るあたりからアクセスが伸びてきました。今回は、長い春期休暇が入りました。予想とは少し異なり、45,000到達のときよりも、アクセス数を5,000伸ばすのに時間がかかりました。ようやく50,000の大台に到達することができました。

2012/9/5:アクセスカウンター設置。
2013/2/21 :5,000アクセス:期間169日: 30アクセス/日
2013/6/29 :10,000アクセス。期間128日: 39アクセス/日
2013/10/30 :15,000アクセス。期間123日: 40アクセス/日
2014/2/6 :20,000アクセス。期間99 日:51アクセス/日
2014/5/6 : 25,000アクセス。期間89日: 56アクセス/日
2014/8/5 :30,000アクセス。期間91日: 55アクセス/日
2014/10/21: 35,000アクセス。期間77日: 65アクセス/日
2014/12/8 :40,000アクセス。期間48日: 104アクセス/日
2015/1/27 :45,000アクセス。期間50日: 100アクセス/日
2015/3/25 :50,000アクセス。期間56日: 90アクセス/日

▪︎どういう方達が、このブログをご覧いただいているだろう…と、時々想像します。龍谷大学の一部の学生の皆さんや、ゼミの卒業生の皆さん、これまた一部の教・職員の皆さんには、同じ龍谷大学ということでご覧いただくことがあろうかと思います。また、地域づくりや地域連携の関係で、地域づくりの団体のみさなん、行政職員の皆さんにもご覧いただいていると聞いております。驚いたのは、先日、中国に出張したさい、華中師範大学外国語学院日本語学科の学生の皆さんにお世話になりましたが、「どういう日本人がやってくるのか…」と好奇心をもたられたようで、私のプログを読んでくださっていました。

▪︎皆さん、本当にありがとうございます。このブログは、身辺雑記の羅列でしかありませんが、私が龍谷大学の教員職員として、どのうよな日々を過ごしているのか、少しでも皆さんのもとに伝わればと思っております。今後とも、どうかよろしくお願いいたします。

このHP…

【追記】▪︎ふと、50,000人っていうのは、どれぐらいの自治体の規模なのだろうと考えてしまいました。調べてみると、今年の2月1日現在の推計人口がわかりました。私が具体的に知っている市だと、滋賀県の野洲市ですね。それから、兵庫県の赤穂市かな。カウンターの数字は抽象的ですが、こうやって置き換えてみると、なにか50,000という数字に具体的な感触が加わってきます。
————————————–
順位 都道府県 自治体名  法定人口 推計人口
————————————–
530 福岡県 田川市 50,601 49,091
531 兵庫県 赤穂市 50,533 48,973
532 長崎県 南島原市 50,377 47,098
533 埼玉県 白岡市 50,271 51,342
534 熊本県 菊池市 50,213 48,625
535 茨城県 鉾田市 50,161 47,688
536 千葉県 大網白里市 50,122 49,482
537 島根県 益田市 49,925 48,159
538 滋賀県 野洲市 49,879 50,109

カテゴリ

管理者用