「SDGs x 仏教」

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■ネットで「『SDGs x 仏教』の秘めたる可能性 日本はイニシアチブをとれる」(Forbes Japan)という記事を読みました。

「びわ湖チャリティー100km歩行大会(びわ100)」の打ち上げ&「琵琶湖と共生する滋賀の農林水産業の世界農業遺産認定を目指す決起集会」

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◾️先週の木曜日のことになりますが、先日開催された「びわ湖チャリティー100km歩行大会」の打ち上げと、世界農業遺産認定を目指す「琵琶湖と共生する滋賀の農林水産業の世界農業遺産認定を目指す決起集会」が、大津駅前のいつもの居酒屋「利やん」で開催されました。滋賀県庁の農政水産部の皆さんとよく飲みました。最後、何か話したような気がするけど何を話したか忘れてしまいました。まあ、聞いた皆さんも忘れているでしょうがwww。

◾️写真は、飲んだ後の集合写真です。私は4月生まれで既に還暦になりましたが、私の左右におられるお2人も同級生です。年度内には還暦に。ちなみに向かって左は、農政水産部を率いておられる部長さんです。若い方達に囲まれて、我らアラ還は幸せです。しかし、スーツの皆さんの中で、1人私は…浮いてるような。でも、とりあえず我らはチームです!!

◾️さて、滋賀県が世界農業遺産に向けて行った申請、まずは国内の一次審査は突破しました。しかし、審査はまだまだ続きます。今回の決起集会という飲み会が、ローマでの世界農業遺産認定につながる一歩となるように、引き続きアドバイザーとして、頑張っておられる職員の皆さんのお手伝いをさせていただきます。頑張った成果が実を結び「世界農業遺産」に認定されると、来年の「びわ100」では「祝・世界農業遺産認定」を祝って100kmを歩くことになります。しかし、重要なことは、むしろ認定の後の取り組みの方ですね。ローマへ通ずる道の向こうには、まだまだ次の道が伸びています。

◾️木曜日は、この打ち上げ&決起集会、そして金曜日は昨日のエントリーにも書きましたが、鉄道ファンとの交流会。飲み会が続きました。

鉄道ファンとの交流

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◾️昨晩は、facebookの鉄道ファンのグループに所属されている「鉄道愛」に溢れる皆さんと、大津で飲み会でした。わざわざ、都合をつけて関東方面かお越しの方もお2人。流行りの言葉でいえば「半端ないって」という感じです。

◾️一次会は浜大津の交差点にある「駅前酒場 御蔵」でした。店内の入り口付近のテーブルに陣取りました。ここからは、京阪電車京津線と石山坂本線を走る電車の姿と音を堪能することができるからです。京阪電車を視界に入れて、近江の食と酒を楽しみつつテツテツ談義です。私のような、なんちゃって…な鉄道ファンはたじたじの(つまり、専門的すぎてよくわからない…)熱いやり取りがありました。でも、私のような者からの質問にも、とても丁寧に解説してくださる紳士な皆様ばかりです。大変、ありがたかったです。

◾️二次会はジャズバー「パーンの笛」。このテツテツなみなさんの仲間で、『乗らずに死ねるか』や『すごいぞ!私鉄王国・関西』の著者でもある故・黒田一樹さんを偲びつつ、ビールをいただきました。ずいぶん昔に、偶然に、このジャズバーで黒田さんと出会ったのです。すごい人がいるものだと、とても驚きました。

◾️締めの三次会はいつもの大津駅前の居酒屋「利やん」。名物「だし巻き豆腐」と「おでん」を楽しみました。関東方面からはお2人が参加されました。すごいと思います。お1人は大津泊でしたが、もうお1人はなんと夜行バスで戻られました。仲間との鉄道愛を育むために、わざわざ大津にまでお越し下さったことに、心より感謝いたします。

「学生まちづくりLaboratory」研究員募集中!!

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【龍谷大学の学生の皆さんへ】
◾️昨年度、越直美大津市長より、「学生の皆さんが地域の皆様と協働しながら、地域の課題に取り組むプロジェクト『学生まちづくりLaboratory』を始めることはできないだろうか」とのご提案を、「龍谷大学エクステンションセンター」(社会連携担当部署)の方にいただきました。

◾️龍谷大学には9つの学部と1つの短期大学部があり、それぞれの学部で、多くの学生たちが、地域の皆さんと連携した様々な教育プログラムやプロジェクトに取り組んでいます。私どもは、今回の越市長からのご提案を、本学がこれまで蓄積してきた社会連携に関する実績をさらに展開して行く上で、大変良い機会なのではないかと受けとめました。そして、学内の教員・事務職員、市役所の関連部局の職員の皆様と一緒に、どのような形の取り組みにしていくべきかについて協議を重ねてまいりました。

◾️現在、日本の社会は、世界に類をみない「人口減少時代」に突入しています。これまで人口を伸ばしてきた大津市も、今後は人口減少の段階に入ります。全国の都市近郊にあるいわゆる新興住宅地においては、高齢化率の上昇に伴い様々な問題が発生していますが、大津市の新興住宅地も例外ではありません。ところが、そのような高齢化率の上昇に伴う問題に関して、行政サービスをさらに要求していくことは大変困難な状況になってきています。人口減少により税収が減少していくからです。また、現在、人口減少社会に対応していくために、国が主導する中で、都市計画においてはコンパクトシティ&ネットワークや立地適正化計画によるまちづくりが進められようとしています。このような社会状況の中で、現在、何が必要とされているのでしょうか。私たちは、地域社会が行政からの支援を受けつつも、そこにお住いの皆さん自身が、地域の課題を共有し、地域ならではの共助の仕組みを生み出し、そのような仕組みを地域の中に蓄積していくことなのではないかと考えています。そのためには、様々な能力を持った地域の皆さんが横につながっていく必要があります。

◾️今回の越市長のご提案による「学生まちづくりLab」では、そのような高齢化率の高まりに伴う問題に関して、地域での共助の仕組みづくりや、横のつながりづくりを学生の皆さんが地域の皆さんと協働しながら進めていくことが大切なのではないかと考え、どの地域の皆さんと連携していけばよいのか検討を重ねてまいりました。検討の結果、仰木の里の皆様と連携していくことがよいのではないかとの結論に至り、先月のことになりますが、仰木の里学区自治連合会の役員の皆さんと協議をさせていただきました。そして、今月は、仰木の里の団体長の皆さんに、この「学生まちづくりLab」のご説明をさせていただく機会を与えていただきました。結果として、龍谷大学や市役所とともに、「学生まちづくりLaboratory」の活動にご参加いただけることが了承されました。

◾️今年度は、仰木の里における「地域課題の整理と共有」と「可能性や魅力の発見」をテーマに活動を行なえないかと考えています。地域の皆さんと学生の皆さんとの協働によるフィールドワーク(関係者への聞き取り調査を含む)、課題や魅力に関してディスカッションを行うグループワーク、外部の専門家を講師とした学習会等を経て、年度末には「学生まちづくりLaboratory」の成果報告会の開催につなげていければと考えています。もっとも、今後の具体的なことにつきまして、団体長の皆さんや地域の皆さんとの協議の上で決定させていただきたいと思っています。このような活動の中で、共助の仕組みに関する新しいアイデアや、新たな横のつながりが生まれてくるとも期待されます。年代を超えた地域の皆さんと学生の皆さんとの交流により、この「学生まちづくりLaboratory」の活動の魅力が一層増していくのではないかと思っています。

◾️龍谷大学の学生の皆さん。ぜひ、「学生まちづくりLaboratory」の学生研究員にご応募ください。

来春にそなえて

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◾️我が家の庭で春に花を咲かせる草花たち。この前、球根を植えたムスカリ、可愛らしい芽が出てきました。少し前に芽が出たスイセンも、ずいぶん伸びてきました。スイセンの方は、特に何も世話をしていませんが、毎年、春に花を咲かせてくれています。
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◾️こちらは、庭の大改修をした際、庭師さんが庭の奥の方に植えてくださったアカンサスです。ずいぶん大きな葉を茂らせています。来年の初夏には、おそらく大きな花穂を伸ばして1.5mほどになるのではないかと思います。庭の奥で存在感を示してくれるはずです。葉の大きさですが、40cm近くもありました。かなり大きいですね。

◾️さて、こうやって庭の草花や樹木の変化を楽しんでいるのですが、注意深く見ていると、「おっ!」と思うようなことがあります。芝桜の中の雑草を抜いていると、カマキリがいました。そばのタマスダレノの葉につくハマオモトヨトウという蛾の幼虫を捕まえて、お食事の真っ最中でした。今朝は、蜘蛛の巣に引っかかったシジミチョウをジョロウグモが食べていました…。平和そうに見えますが、結構シビアな世界も垣間見えてきます。
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◾️室内です。カラーの鉢を衝動買いしてしまいました。サトイモの仲間です。白い花というイメージが一般には強いと思いますが、こちらは黄色いカラーです。花のように見えるものは、仏炎苞(ぶつえんほう)という葉が変化したものとのことです。本当の花ですが、その仏炎苞の中にある黄色い棒のようなものが花なんだそうだ。ふーん、なるほど。ただの衝動買いしたし、知識もないので、この鉢の大きさで良いのかもわからないし、季節的にもどうなんだ?と思うところもありますが、元気に育ってほしいと思います。
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自己分析グループワーク

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◾️昨日の3回生のゼミは、キャリアセンターの職員の方にお願いをして、自己分析のグループワークをしました。キャリアセンターが、各教員に「やりませんか」と打診されてきたので、すぐに実施していただくことにしたのです。結構、学生の皆さんは楽しんでグループワークに取り組んでいました。自己分析のやり方も、ちょっとわかったかもしれません。器用にグループワークをこなしているような気がしました。ただし、同時に、いろいろ思うところもありました。

◾️聞こえは悪いかもしれませんが、就職活動においては「自分を売り込むための話しをしたり書いたりする技法」が必要であることはよく理解しています。しかし、私がもし雇用する側だとすれば、もう少し別のことを聞きたくなります。異なる立場、異なる考え方、異なる価値観の人たちと、小さくても良いので、なんらかの共通の課題を解決するために、それぞれの人の持ち味を活かすような協働関係や場をどのように築こうとしてきたのか。ちょっとまわりくどい言い方ですが、その辺りの学生時代のリアルな経験のことについて、もっとストレートに話しを聞かせてもらいたいと思うからです。これは、私個人の考えというよりも、採用する側の皆さん(企業、地方自治体)が、そのような学生の皆さんの潜在的な能力を気にしておられるように思うからです。

◾️「自己」を中心に置いて考えるよりも、「他者」との関係の中でどういう経験をして、どんな壁を乗り越えてきたのか…ということなのかな。ちょっと極論を言えば、浄土真宗の教えに基づくキャリア教育とは、どういうことなんだろう…ということでもあります。龍谷大学の場合は、「建学の精神」=「浄土真宗の精神」に基づいたユニークなキャリア教育ができるはずだと思うからです。建学の精神については、こちらをご覧ください。わかりやすく説明してあります

大津駅前のいつもの居酒屋「利やん」が再開しました。

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◾️大津駅前のいつもの居酒屋「利やん」が、昨晩より再開しました。お店には、亡くなったマスター光山 幸宏くんの小さな写真が飾ってあります。「利やん」の常連の皆さんの焼酎ボトルが置かれたコーナーに、さりがげなく飾ってあります(私のボトルもあります)。まるで、いつものように常連さんたちとおしゃべりしているかのようです。ここのコーナーからは、お店の中の様子もよくみえます。

◾️写真の後ろには、この店のランニングチーム「チーム利やん」のチームメイトである伴政憲さんが、入院中の光山くんに贈った激励の色紙も飾ってあります。「びわ湖レイクサイドマラソン」と「びわ湖チャリティー100km歩行大会」(びわ100)に、「チーム利やん」のユニフォームを着て走る/歩く宣言をされています。今回の「びわ100」では、伴さんも私も完歩しました。「びわ100」の時、少しの距離を一緒に歩いた県庁の部長さんは「代々お世話になってきた」と話されていました。大丈夫。これからもお世話になってください!! ちなみに、県庁の人たちは「利やん」のことを、「としやん」(正式名称)ではなく「りーやん」と呼びます。「りーやん」は永遠に不滅ですよ!!

第5回「びわ湖チャリティー100km歩行大会」

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◾️一昨日・昨日に開催された、第5回「びわ湖チャリティー100km歩行大会」=「びわ100」に参加してきました。長浜市を出発して、順番に、彦根市、東近江市、近江八幡市、野洲市、守山市、栗東市、草津市、大津市まで南下し、南郷でターンして、大津市のなぎさ公園、最後は雄琴温泉でゴールする100kmのコースです。一昨年の第3回に初参加していますので、今年で連続3回目の参加ということになります。今回も、これまでと同様に、滋賀県庁農政水産部の職員の皆さんのチームに加えていただき、参加しました。滋賀県では、現在、「世界農業遺産」(GIAHS)」の認定を目指しています。国内の一次審査を突破しました。私は、この世界農業遺産の申請に関してアドバイザーの仕事をしています。その関係で、「皆んなで気合を入れて何としても認定を!!」と、一昨年の第3回より「びわ100」に参加することになったのです。

◾️前回も、前々回も、それなりに練習を積み重ねて参加しましたが、今回は、25kmと44kmを歩いただけで、普段、ウォーキングの練習を積み重ねているわけではありません。このブログの「びわ100」関連のエントリー「今年も「びわ湖チャリティー100km歩行大会」に参加 します!!」に書きましたが、果たして完歩できるのか、まったく自信がありませんでした。ただ、これまでの経験を活かすことができるかも…と、わずかな希望はありました。知らないことに対する不安は必要以上に大きくなりますが、知っていれば、経験していれば、不要な不安は少なくなります。欲をいえば、あと1回、55km程度を歩いておきたかったなあ。

◾️初日、滋賀県は少しだけ雨が降っていましたが、その雨もすぐに止み、午前10時に長浜市の豊公園を出発しました。雨は止みましたが、風が相当に強く、近江八幡市のあたりまでは、ずっと強い風に吹かれながら歩かねばなりませんでした。もっとも、暑い中を歩くよりもは、快適だったかもしれません。

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◾️ここは、彦根市八坂町にあるコンビニです。「びわ100」では、トイレやウォーキング中の飲食を道路沿いのコンピにお願いすることになります。コース沿いにコンビニが多いことは、この「びわ100」にとっては大きなメリットだと思います。写真は、このコンビニの近くにある水産試験場の職員の方が、応援にかけつけてくださり、撮ってくれました。ありがとうございます。私、以外の人たちは、全員、滋賀県職員です。向かって私の左側は、農政水産部の高橋滝次郎部長。農政水産部のトップ自ら「びわ100」に3年連続で出場してくださっています。すごいですね。高橋さんは、マラソン、登山、スキー、そしてこのようなウォーキング、何でもこなされます。ウォーキングに限っても、そのスピードは尋常ではありません。昨年、一昨年とも、チェックポイントが設営される前に到着されていました。

◾️今回は、この「びわ100」の初日は、子どもの虐待防止のための「オレンジリボンキャンペーン~子どもを虐待から守ろう~/滋賀県」のタスキリレーのイベントとも重なっていたことから、「びわ100」を途中で中断し、途中から片道10kmほどタスキリレーに参加されました。オレンジリボンのグルーブの皆さん一緒に、今ウォーキングしてきた道を逆に進むという、何とも不条理の事をされていました。という事で、タスキを次のグループにバトンタッチして、ウォーキングを中断したところまでランニングで戻り、再び、ウォーキングを再開されたのです。ウォーキングを100km、ランニングを往復で20km、その両方をこなす超人のような方です。ちなみに、高橋さんとは同い年なのですが、本当にすごい方だと思います。

◾️この彦根市の八坂のあたりまで、特に問題なく進んできました。ただ、高橋さんと一緒に歩いていたので、自分としては少しオーバーペースだったかもしれません。といいますか、高橋さんが本気を出して歩くと、私のレベルではまったく追いつけなくなってしまいます。高橋さんは、オレンジリボンのタスキレリーがあるので、コンビニでの休憩もそこそこに出発されました。私が、ちょうど彦根の稲枝の湖岸あたりを歩いているとき、オレンジ色のTシャツを着た笑顔の団体がやってきました。高橋さんもその内の一員でした。ただ、もう唖然とするだけです。

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◾️16時05分頃に、第1チェックポイントの近江八幡市のコンビニに到着しました。バナナとお饅頭をいただきました。バナナには、「もう32k がんばって」と書いてあります。ありがとうございます。ただし、「もう32km」というよりも「まだ、やっと32km」という感じです。残りは、まだ70kmもありますから。第1チェックポイントでは栄養と水分を補給し、足裏に肉刺防止にワセリンも塗りました。そして53kmの第2チェックポイント目指して再スターです。途中、第1エイドステーションで、豚汁とおにぎりを2ついただきました。気温はどんどん下がってきていましたので、身体が暖まりました。
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◾️20時40分頃に、53kmの第2チェツクポイントに到着しました。スタートが10時ですから、休憩時間も入れて10時間40分かかっていることになります。このあたりまでは、まだ予定通りかもしれません。この第2チェックポイントでは家族が応援に来ていてくれました。その頃は、少し腰の臀部の境目のあたりが痛っていました。仕方がないので、ロキソニン入りの湿布を、家族に貼り付けてもらいました。マラソンでもそうですが、このあたりは、長距離を走ってもウォーキングしても痛くなってきます。私の弱点です。どうやって鍛えればいいのかな…といつも思っています。そうこうしているうちに、オレンジリボンのタスキリレーでコースを逆走していた高橋さんが、部下の職員の方と一緒に第2チェックポイントに到着されました。休憩もそこそこに、再出発されました。この時点で、高橋さんに追い越されてしまったことになります。恐るべし、高橋部長。

◾️じつは、日没後、気温がどんどん下り10℃に近づいてくるに従って、寒さを覚えるようになりました。また、第2チェックポイントに到着した時に、少し地面が揺れるような感覚にとらわれました。もちろん、私が極く軽く目眩を起こしているためだと思われます。医学的・科学的なことはわかりませんが、長距離を歩いて、少し体調の変調が現れてきていたのでしょう。少し食べ物も口に入れて、再スタートしました。歩きながら、悪寒を感じるような状況でした。これはマズイかな…と思いましたが、途中のコンビニで栄養を補給のためのジェル等を口に入れ、食事を撮って、眩暈と悪寒は何とかなりました。ただし、このあたりから、脚の筋肉の痛みがどんどんひどくなっていきました。

◾️第3チェックポイントは、草津市のガソリンスタンドです。ここで70.3kmになります。到着時間は、1時24分54秒です。脚に痛みが発生して、次第にスピードが落ちてきています。この第2チェックポイントから第3チェックポイントまでの間で、随分、たくさんの方たちに追い抜かれました。特に追い抜くスピードが速かった方たちのほとんどは、その背番号から「アスリートコース」にエントリーしていた皆さんであることがわかりました。健脚でウォーキングに自信のある方たちで、スタート時間も、私たち一般コースよりも3時間ほど後の13時になります。猛烈なスピードです。脚の痛みを我慢しながら、何とか第3チェツクポイントにたどり着きました。脚だけでなく、第2チェックポイントでロキソニン入りの湿布薬を貼り付けた部分も、かなり痛くなっていました。堪り兼ねて、参加されたウォーカーの皆さんに、ストレッチやマッサージをされているボランティアの方に、診ていただくことにしました。普段は、スポーツジムで働いておられる方たちのようです。待ち時間が30分で5分ほどマッサージをしていただきました。これで随分楽になりました。固まって痛みを伴っていた筋を伸ばしてほぐしていただいたような感じです。加えて、汗で濡れたシャツや靴下の交換も行いました。おそらく、ここで1時間弱のロスが生まれてしまいました。

◾️ボランティアの方のおかげで、痛みが随分と緩和されたので、実に歩きやすくなりました。休憩した後の歩き始めて、なかなか脚が動こうとしませんが、少し時間が経つとそれなりのスピードで歩くことにできるようになりました。すごいです、マッサージ。快調に歩きながら、前を歩く人たちを追い抜いていくと、名前を呼ばれました。一緒に、「世界農業遺産」への申請業務に取り組んできた滋賀県庁の職員の方でした。彼からは、先に行ってくれと言われたのですが、せっかくですから「御同朋御同行」というわけではありませんが、志を同じくする仲間と歩いていくのが当然だろうとの思いから、そこからは一緒に歩くことにしました。ところが、瀬田川沿いを南郷に進んでいるうちに、次第に睡魔に襲われてきました。コースは、瀬田川沿いの散策路です。特に、川との間に柵等があるわけではありません。睡魔に引きづられたままだと、川に落ちてしまう危険もあります。過去2回、こんなことはなかったので、少々焦りました。

◾️5時52分53秒に、やっと第4チェックポイントの南郷に到着しました。ここで80kmです。睡魔に襲われたことに危険を感じ、この第4チェックポイントで、小1時間程仮眠をとることにしました。県職員の仲間の方には、先に行っていただくことにしました。仮眠と書きましたが、気がついたら1時間程眠っていたというわけです。慌てて飛び起きて、再び、歩き始めました。もう、世は明けていました。第4チェックポイントからは、再び瀬田川沿いの散策路を琵琶湖方面に向かって歩いていくことになります。途中、猛烈な空腹を覚えたので、道沿いのコンビニに立ち寄りカップラーメンを食べました。迷惑かもしれませんが、お店の前でラーメンをいただくことにしました。すると、コンビニやってこられた1人のお客さんが近づいてこられました。そして、いくつか私に質問をされました。100kmとゼッケンに書いているけれど、どこからスタートしたのか。年齢は幾つなのか。ゴールの雄琴温泉には何時ころに到着する予定か…。徹夜で歩いていきたということに驚かれていましたが、私が還暦であることを伝えると、さらに驚いておられました。はい、還暦の孫のいるおじいさんですが、頑張っています。おそらく、70歳代は確実にいらっしゃると思います。また、以前は80歳を超えて完歩された方がいらしゃったとも聞いています。そういう年代の方たちからすれば、還暦程度ですと、まだ洟垂れ小僧のようなものですね。
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◾️第5チェックポイントのなぎさ公園には、8時30分16秒に到着しました。ここまでくれば、あと10kmになります。しかし、この10kmが大変長く感じるのです。この第5チェックポイントでは、「世界農業遺産」申請作業の取りまとめをされている滋賀県庁職員の方が、待っていてくださいました。女性の職員の方ですが、彼女も、昨日は32kmの第1チェックポイントまでは歩かれています。今日は、徹夜で歩いている仲間のために、瑞々しい柿とおにぎりを差し入れるために、ゴールの1前になるこの第5チェックポイントでずっと待機してくださっていたのです。ありがとうございました。美味しい柿をいただき、気持ちもリフレッシュ。休み時間もほどほどに、再び歩き始めることができました。

◾️これだけ長距離を歩いてくると、歩き始めは痛みもあってなかなか脚が進みません。私を快調なスピードで追い抜いていったグループの後を、頑張ってついていくことにしました。すると、次第にペースをあげて進むことができるようになりました。申し訳ないですが、ペースメーカーとして利用させていただいたということになります。ここまでくると、痛みと自分の精神力との闘いになります。このようなペースメーカーの方たちの存在は、大変ありがたいものです。ペースメーカーにさせていただいたグループの皆さんのおかげで、ゴールの雄琴温泉に10時54分51秒に到着することができました。今年も、何とか「完歩」できました。100km歩くのにかかった時間は、24時間54分51秒でした。

◾️ゴール地点では、一般社団法人「滋賀グリーン購入ネットワーク」の事務局長されている辻博子さんが、「びわ100」のスタッフとして活躍されていました。ゴール後、辻さんからの提案で一緒に記念写真を撮っていただきました。私は、「びわ100」の時には、いつもこのシャツを着ています。大津駅前のいつもに居酒屋「利やん」のランニングチーム「チーム利やん」のユニフォームです。これは一番初期のユニフォームで、ちょっとデザイン的に洗練されていませんが、由緒あるユニフォームということになっています。いつもは、お店の宣伝や、チームのことを広報する意味で着ていたのですが、今回は少し違います。今回は、先週の火曜日にお浄土に旅立たれたマスター光山幸宏くんのことを思いながら、このユニフォームを着て歩きました。光山くんに背中を押してもらいながら歩きました。光山くん、ありがとう。ということで、背中の「利やん」の文字が見えるようにして写りました。ちなみに腰に貼り付けた四角くて白いものは、どこかのチェックポイントでいただいた使い捨てカイロです。晩は、本当に寒くて寒くて。
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◾️この写真は、「びわ100」の万歩計の記録です。左が20日(土)、右が21日(日)の記録です。これは歩数や活動量であってスピードではないわけですが、70kmポイントまでは、それなりに順調に進んでいることがわかります。2日目に入って、活動量が急に低下している時間帯が2つ。1つ目が、ストレッチとマッサージを受けるためにじっとしていたからです。2つ目は、眠くて眠くて危険なので、80kmポイントで仮眠をしていたからです。そしてゴールした後の午後の時間帯も活動量が最低になっています。自宅で眠っていたからです。ちなみに歩数は、大会の前後の数字も入りますが、「158,659歩」でした。よく歩きました。以下は、今回の大会の記録です。記録を競う大会ではありませんが、記録を見ていると、「参加した人たちがお互いに牽制しあっているのでは…」と想像したり、「この区間を頑張って歩いておられるな」と思ったり。大変興味深いですね。
記録一覧 第5回 びわ湖チャリティー100km歩行大会
◾️「びわ100」の翌日、軽い疲れとともに、一昨日・昨日のことを思い出すようにしました。明るく元気付けてくれたボランティアスタッフの皆さま、ありがとうございました。一緒にチームとして歩いてくださった、滋賀県庁農政水産部「世界農業遺産」申請チームの皆さん、お疲れ様でした。50kmを超えると脚が痛み出し、70kmからは、10kmごとに自分を騙しながら歩きました。これは例年通りです。いろいろ反省しつつも、その反省が次のチャンスに活かされていません。それはともかく、おそらく、あんなに苦しんだのに、来年もまた歩くんだろうなと思っています。完走が目的の大会で、順位や記録が問題ではないのですが、来年はもう少し早く到着したいななどと考えています。でも、「びわ100」の事務局が提供されている写真を拝見すると、早くにゴールするベテランのウォーカーの皆さんよりも、午後から、締め切り時間近くでゴールする初心者の方たちの方が、何か深い感動を感じておられるような気がします。ゴールして、涙が溢れてくるって素晴らしいなあ。龍谷大学の教職員・学生の皆さんも、来年はぜひ参加しましょう‼️写真ですが、今回の新企画です。チェックポイントごとに、小さな缶バッジをもらえました。それを全部揃えると、「ありがとう」になるわけです。面白いですね。
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「利やん」のマスター光山くんのこと

◾️大津駅前のいつもの居酒屋「利やん」のマスター光山幸宏くんが、昨日、逝去されました。享年54歳でした。すでに、fbの友達の方たちの投稿を通じてご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、私も、光山くんに対する自分の思いを、少しだけ投稿させていただきたいと思います。

◾️光山くんとは、15年前、私が龍谷大学に赴任した年からのお付き合いになります。それ以前にも、「利やん」に行ったことはありますが、おそらく25年ほど前になると思います。当時の上司に連れられて数回行きました。数回でしたが、この店の名物である「だし巻き豆腐」が大変美味しく、記憶に強く残っていたので、龍大に赴任した後も、大変懐かしくなり店に通うようになったのでした。
始まりは、店主と客との関係ですが、その後はそのような関係を超えて友人として仲良くしていただくことになりました。また、仕事に関連してもいろいろお世話になりました。私も光山くんの思いに応えてきましたが、彼もいろいろ私のためにしてれました。なぜそんなに親しくなったかというと、それはマラソンがきっかけでした。

◾️来年の2月で第10回になりますが、「びわ湖レイクサイドマラソン」が開催されることになった時、光山くんが私に何度も言うのです。「なあ、フルマラソンって走りたくないか。人生に1度で良いからフルマラソン、走りたいねん。でも、急には無理やし、まずはこの『びわ湖レイクサイドマラソン』に参加しようと思うやんけど、ワッキーも一緒に走ろうや」。当時、私はマラソンなんて走るつもりは全くなかったのですが、仕方なく光山くんの強い要望に「付き合う」ことにしたのです。第1回目の「びわ湖レイクサイドマラソン」は、急遽結成された「チーム利やん」は、光山くん、読売新聞の青野さん、共同通信社の原さん、そして龍谷大学の同僚である原田先生、そしてお店の常連である小島くん、そして私の6名で走りました。

◾️その後、「チーム利やん」は、頑張ってアスリートランナーをスカウトするなどして、存在感を示すランニングチームに発展することになりました。2012年には、光山くんと一緒に、高島市で開催された「高島栗マラソン」(ハーフマラソン)に出走しましたが、その後、光山くんは走ることができなくなりました。甲状腺癌がみつかったからです。

◾️光山くんは、手術、放射線治療、抗がん剤治療に取り組みました。大変、きつかったと思います。しかし彼は、そのような状況の中でも、自分の店である「利やん」で働き続けました。たまには、店を臨時休業してしっかり身体を休めればとも言いましたが、彼は、絶対に休業することはありませんでした。そのような状況が今年の夏まで続きました。最後は、癌が左手の神経に転移して動かなくなっていました。「ワッキー、俺はそう簡単にはくたばらへんで」と言っていましたが、身体は次第に弱って行きました。

◾️そのように、かなり身体が弱まる前ですが、ある時、遅くまで店にいた時がありました。「終電がなくなるし、そろそろ帰るわ」というと、「ちょっと待っといて、自分が車で送っていくから」というのでした。車の中では、現在の病状について説明してくれました。かなり深刻な状態になっていました。それからしばらくして、病院での診断の結果を、店の別館に私を呼んで説明してくれました。奥様もおられました。奥様は泣いておられました。さらに深刻な状況になっていることを説明してくれました。続いて、店員さんたちにも状況を説明されました。

◾️最後の入院では、3回ほどお見舞いに行きました。とてもしんどそうにしていましたが、ベッドに座り、その横に私を座らせて、光山くんはすでに声を出せない状態になっていたので、筆談でコミュニケーションをしたのです。その際、光山くんは突然「原田先生」と紙に書きました。「原田先生に会いたいんか」と聞くと、うなずきました。もちろん帰宅して原田先生にご連絡を差し上げました。おそらくですが、光山くんは頑張って治療をしながらも、何か思うところがあったのだと思います。相当に、身体が弱っていましたから。

◾️ところで、お店の方ですが、自分が料理をできなくなることを予測していたのか、店員さんを猛特訓して、店のこだわりの味をきちんと伝授していたのでした。だから、光山くんが入院していても、私たち常連客はお店に通い続けることができました。

◾️昨日のことです。3年生のゼミをしている際に、突然、携帯電話がなりました。光山くんからでした。でも、携帯電話の向こうの声は、奥様のものでした。奥様は少し泣きながら、「今日の昼に主人が亡くなりました」とおっしゃいました。昨日は朝から、授業が終わったらまた病院にお見舞いに行こうと思っていたところだったのに…間に合いませんでした。奥様からの悲しいお知らせをいただくことになってしまいました

◾️今日は、お通夜でした。ものすごくたくさんの弔問客の皆様が参列されていました。光山くんの戒名は、実に光山くんらしいものでした。お店の「利やん」の「利」と、彼が大ファンだったヤクルトスワローズの「燕」の文字が入っていました。棺の中の光山くんは、あれだけ病気と闘ってきたにもかかわらず、実に穏やかな表情をされていました。明日は、葬儀です。葬儀にも参列させていただこうと思っています。光山くん、そして光山くんの店である「利やん」は、私の人生にとってものすごく大きな位置を占めていました。今は、何かぽっかり心に穴があいたような気持ちです。

◾️自分の頭に浮かんでくることを書きました。いつものことなのですが、まとまりのない投稿で申し訳ありません。

「ブランド米の創出は、一方通行ではダメだ」

▪️担当している社会調査実習では、6名の学生たちが、滋賀県の「魚のゆりかご水田プロジェクト」や「内湖の環境史」のテーマに取り組んでいます。夏休みには、長浜市の早崎町を訪問し、聞き取り調査をさせていただきました。12月にはさらに補足調査も実施させていただく予定です。加えて12月には、東京にある全国のブランド米を販売する米穀店でも、聞き取り調査をさせていただけることになりました。店主さんは、地域ブランド米による地域活性化に尽力し、メディァでも盛んに情報発信をされている有名な方です。

▪️今日は、授業の中で、「滋賀の人は、琵琶湖が大切、環境が大切というけれど、県外の消費者の人たち、もっと別の視点で捉えているのではないか」というような話しをしていました。といのも、早崎の農家さんから、東京では赤ちゃんの内祝いに「魚のゆりかご水田米」を贈る方がおられるという話しをお聞きしてい宝です。生まれた赤ちゃんの体重のお米を内祝いに贈るのだそうです。今日、店主さんと少しfbのメッセンジャーでやり取りをさせていただきましたが、そこで強調されいたことは、「ブランド米の創出は、一方通行ではダメだ」ということでした。つまり、生産する側、売る側の一方的な思いだけでは、ブランド米はできないよ、ということです。

▪️県内のいろんな関係者と話しをしていても、作る方には熱心でも、売る方の話しがおろそかになってきたことを自覚されているように感じます。せっかく生産した「魚のゆりかご水田米」も、販路が十分でなく売れ残れば普通の米の価格で売られていくことになります。なんだか、もったいないですね。また、消費者に届くまでの販路が十分に確保できておらず、ブランド米として販売するのならば、消費者の側が、そのブランド米をどのように受け止めているのか、そのあたりのことについても、ぜひ知らなくてはいけません。また、そのことを視野に入れた、農家の側のま自助や共助の仕組み作りも大切なことではないかと思っています。

▪️店主さんからは、あらかじめ用意した質問も良いけれど、それは60%程度にしておいて、学生さんたちにはその場で考えて質問してほしいと言われています。学生たちにとっては、プレッシャーですね。面白い展開になってきました。楽しみです。

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