肩こり・首こり・頭痛・目眩…に効くかな。


■肩こり・首こり、そして緊張性頭痛、さらには目眩まで、激痛というわけではないけれど、辛い思いをしております。そのような私に、滋賀を中心に活躍されている写真家・辻村耕司さんが「こんなストレッチの動画があるよ。自分は、これでずいぶん楽になったよ」と教えてくださいました。この女性インストラクターの方、有名な方なのでしょうかね。私はまったく存じ上げません。でも、動画を見ながら、このアジア系の女性インストラクターの方と一緒に、7つの異なる「肩と腕を使った運動」を、それぞれ1分ずつ行ってみました。それなりに、きついです。でも、これをやると楽になります。そう思い込んでいるだけかもしれませんが、効果があります。私と同じことで悩んでおられる皆さん、ぜひお試しください。

緊張性頭痛とクリスマスローズ

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■咳やくしゃみをすると頭痛が発生します。緊張型頭痛というらしいです。なかなか治りません。私の場合、これもメニエール病の症状が出る前兆のような感じです。この緊張性頭痛がひどくなり、肩こり・首こりもひどくなって、さらに難聴がひどくなってくると、目眩が起きて寝込んでしまうのことになります。難聴気味になりそうな時に、なんとか対処してメニエール病を回避しています。facebookでこのメニエール病のことを投稿したら、facebookの複数のお友達から、「じつは、私もメニエール病なんです」という連絡をいくつもいただきました。「メニエール病友の会」?!の皆様、お互いに頑張りましょう。

■新型コロナウイルスにより、大学の卒業式が中止になりました。いろんな事が軒並み中止になっています。緊張性頭痛だけでなく、気持ちの方もいろいろ落ち込んできます。でも皆さん、まずは罹患しないようにできるだけ注意致しましょう。ということで、少し気分が明るくなる写真を。我が家の小さな庭に咲いたクリスマスローズです。クリスマスローズは、庭の5箇所に植えてあります。一番大きな株(…というのかな)がほぼ満開になりました。数えたら、小さいものも合わせると20くらいの花が咲いています。クリスマスローズ用の肥料がホームセンターに売っていたので、それを買って、晩秋の頃に与えたのが良かったのかもしれません。しかしクリスマスローズは恥ずかしがり屋ですね。下の方ばっかり向いています。

■クリスマスローズの左右で長い葉を伸ばしているのはヒガンバナです。冬の間にこうやって葉を伸ばして広げて球根に栄養を貯めるんだそうです。9月には素敵な花を咲かせてくれるでしょう。右側には、黄色い花を咲かせる可愛らしいスイセン。こちらも庭のあちこちに植えられています。開花が待ち遠しいです。

「認知症の第一人者が認知症になった」


■昨晩の深夜、再放送ですが、NHKスペシャル「認知症の第一人者が認知症になった」を拝見しました。YouTubeでも今のところ拝見できますが、これは著作権的に問題があるので、おそらく近いうちに視られなくなると思います。番組に登場されるのは、認知症の権威である長谷川和夫さんです。現在、長谷川和夫さん自身、認知症になっておられます。番組の中で語られる「神様が用意してくれた、ひとつの救い」、「認知症になっても見える景色は変わらない」、素敵な言葉だなと思いました。この番組をみて、「ああ、こんなふうになりたくはないな…」と思われた方と、「ああ、いろいろ大変だけど、幸せだな。素敵だな」と思われた方と、その両方の方がおられると思います。私は後者の方です。老いを自分自身で受け入れて、受け入れた本人を支える人たちが周りにしっかりいて、その支える人たちをさら支える人たちがいて…。そのような支える同心円の中では、支える人も支えられているのだろうなと思います。長谷川さんのお嬢さんが、認知症になったお父さんに戸惑いつつも、認知症の当事者の世界に寄り添おうと変化されていきます。番組を視て、自分はどうなるんだろうな、自分はどうしていくのかな…と思いました。認知症は、程度の問題はあるもの必ずやってくる現実ですからね。

■この長谷川和夫さんの番組を視て、いろいろ考えていると、ネット上で、長谷川和夫さんが俳優の佐藤浩市さんと対談されている記事を読むことができました。以下のやりとりに深く納得するところがありました。

長谷川 : 気を付けていることは、できるだけ規則正しい生活をすること。それから、家内と二人暮らしなんですけど、なるべくケンカをしないようにする。どうしても、家内は強くて怖いですからね(笑)。とにかく、彼女はなかなかの優れ者だから、彼女が元気でいてくれればありがたい。彼女を杖にして毎日を暮らしていけば大丈夫だと、思っているんだ。それから、子どもたちとのつながりも大事にしています。
認知症の人もみんなと同じように悩んだり苦しんだり喜んだり、「人として生きていてよかったな」とか「ああ、これは悲しい」とか、人間として普通の感情があるから。必ずしも血縁の絆じゃなくてもいいから、いろんな人と結ばれていて、心の絆をいくつも、いくつも持っていて暮らしていける社会にしていく。これが地域ケアなんだな。
佐藤 : 「認知症」というとあくまで病気としての捉え方で、専門家に任せなきゃ、と受けとりがちですよね。でも、昔は「耄碌(もうろく)」という言葉があって、歳をとれば自然とそうなると受け止めて、家族も近所の人たちも、みんなで守ろうという、そういう地域のつながりがあったように思いますね。
長谷川 : そうですね。あと、もうひとつ言えることは、同じ目線で受け止めてあげる。そして盛り上げてみる。「ああ、そうなの? 心配ないよ。大丈夫だよ。さあ、一緒に食べよう。デザートが来たから」って具合にね。話の筋道をちょっとそらして、「こっちへいらっしゃいませんか」というふうに招いてあげるということがとても大切なんじゃないかと思うんです。
佐藤 : それは共感してくれる人が、そばにいるということですね。病気の人が家族の中にいると、支える側も大変だと思いますが。
長谷川 : 支える側も支えてもらう人が必要だよ。支える人をさらに支える人。
佐藤 : なるほど。地域ケアというのは患者さんだけじゃなくて、周りのご家族に対してもケアがあるということですね。先生は、認知症になってからもいろんなことを考えていらっしゃるんですね。

最近の体調と

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■この前の日曜日の晩のことになりますが、まためまいが起きてしまいました。メニエール病です。例によって、です。ストレス→背中・肩の凝り→首の強い凝り→血行とリンパの流れが悪化→頭痛(頭蓋骨の外側)→内耳に影響→難聴→めまい…という流れになります。月曜日は、耳鼻科で診察を受けました。家族に車で送り迎えをしてもらいました。いやはや、困ったものです。もっとも、突然にめまいが起きるわけではなく、耳鳴りや難聴等の前兆がありますので、まだ対応できます。歳をとると、いろいろ出てきますね〜。耳鼻科のお医者さんも、これで3回目。「あっ、また来たん」という感じでした。毎回、聴力検査して、薬を処方してもらうだけです。血行を良くする薬とめまいを止める薬です。

■再発したメニエール病についてfacebookに投稿したところ、多くの皆さんに、励ましやアドバイスのコメント・メッセージをいただくことができました。ありがとうございました。もう、おじいさんの部類の入る年齢になりましたが、この年でメニエール病になるとは思いませんでした。また、メニエール病って女性に多いと思っていましたが、私のようなおじいさんもなるんだなと、ちょっと驚きました。いただいたコメントでは、「一病息災」(まったく健康な人よりも、何か一つくらい軽い病気を持っている人の方が健康に気を使うので、かえって長生きするものだ)というお言葉もいただきました。可愛がっている初孫が成人した時に、一緒に呑みに行くことが人生の大事な目標なので、そこまで、なんとしてもしっかり生きていたいと思います。facebookを通して、身近な方達から、有名な方達まで、いろんな方達がメニエール病に悩んでこられたことを知ることになりました。みんな、「メニエル友」ですね。頑張りましょう。

■さて、今日の出来事になります。メニエールの耳鳴りや目眩を薬で抑えていたけれど、京都の北にある総合地球環境学研究所で開催される会議はネット(zoomというやつ…)でなんとか対応させてもらいました。夕方はどうしてもリアルに会わないといけない会議があり、大津駅前の「カレンダー」へ。
現在申請中の特定非営利法人「琵琶故知新」の会議です。来年早々には、登記できるかなという段階になりました。公式サイトも立ち上げるので、いろいろ細かな事を打ち合わせ行いました。こういうことは、ネットではできないんです…私の場合。ということで、特定非営利法人「琵琶故知新」を設立するコアメンバーとは、リアルに月一で会って会議をすることになりました。また、毎週ネットの会議をするということにもなりました。情報弱者に成りかけているように思うので、果たしてついていけるかな…と心配です。

■まあそのようなこともあるのですが、写真を見ると、季節柄、サンタクロースのアルバイトができるような感じになっていますね。自分の様子を笑ってしまうな〜。

洗濯バサミで挟む


■今年の春から、いろいろストレスが溜まったせいらしいのですが(医師によれば)、背中・肩・首が凝り、その凝りが原因で、緊張型頭痛が発生します。凝りがひどくなると、難聴が始まり、突然、めまいがして倒れます。めまいは1度だけですが、医師の診断ではメニエール病とことでした。

■運動をすると、緊張型頭痛は忘れてしまうか、緩和するかのどちらかになりますが、仕事をしているとまた頭痛がじんわりと始まります。咳をしたり、屈んだりするとズキっと痛みが起きます。困りました。パソコンやスマホの姿勢が良くない、ということのようですが、パソコンを使わない訳にはいきません。困りました。

■今日、たまたまfacebookで、こんな頭痛の対処法を知りました。試しにやってみよう。

■それから、「日本頭痛協会」という団体のサイトを知りました。そこに緊張型頭痛のことが詳しく解説されていました。多くの方が、辛い思いをされているのかなと思います。 

敬老の日

20190917respect_for_the_aged_day.jpg◼︎昨日は敬老の日でした。以前は、老いた両親のための日だったように思いますが、その両親もともに亡くなり、自分自身に孫が生まれて私自身が還暦を超えると、今度は、私が感謝の気持ちを伝えてもらう日になっています。

■このメッセージカードは、2歳になる孫娘がプレゼントしてくれたものです。通っている保育園で作ったようです。小さな手に絵の具をつけてカードにスタンプ。これは「象さん」ですね。まだ2歳なのでひらがなは書けませんが、孫の気持ちを両親(娘夫婦)が代わりにメッセージにしてくれました。私が79歳になる時、孫娘は成人します。その時までは、なんとか生きていたいと思います。大丈夫かな。

◼︎先ほど、両親がともに亡くなり、孫娘が生まれ…と書きました。これで完全に世代交代です。プライベートで世代交代したら、仕事でも世代交代しつつあります。これで自然です。ただし、「おじいさん」(老人)のカテゴリーに移り、健康面ではいろいろ心配になります、やはり。「人生100年時代」と政府は高齢者を煽りますが、「政府に頼らずに、いつまでも自力で稼いでくれよな」という裏のメッセージが聞こえてくるかのようです。というか、それが本音だと思います。まずは健康を維持すること、健康寿命を延ばすことが大切になります。あまり自信がありません。両親を看病・介護してきた経験があるからです。そんな簡単ではありません。両親は、息子である私に看病・介護されても当然と思っていたようですが、私が本格的に老人になった時はどう思うでしょうか。多くの同世代の皆さんは、子どもたちには世話になれないと、どこかで思っているのではないでしょうか。やはり、地域の中に、人の最期を支える「共助の仕組み」が必要だと思うわけです。さて、どうしたものか。今、地域にある様々な資源をつなげて、地域の中にその「共助の仕組み」を作れないだろうかと相談を受け、福祉の専門家、僧侶、様々な方達とそのデザインを考えようとしています。うまくいったら良いと思っています。

◼︎すみません。話が逸れてしまいました。昨日の敬老の日、孫のひなちゃんからカードをもらってとても幸せな気持ちになりました。ありがとう。ひなちゃん。

夏休みのラジオ体操

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■今週から、地域のラジオ体操に参加しています。主催は、暮らしている自治会の中にある子ども会です。小さな規模の自治会ですので、毎朝参加する小学生は20名ほどです。加えて10名ほどの保護者の皆さんも参加されています。大津市に暮らすようになってからまだ4年目にしかなりません。そのようなこともあり、自分の所属する自治会のことがよくわかっていませんでした。しかし、今年は、自治会のブロック長をしていることもあり、自治会の状況も次第に理解できるようになりました。できるだけ自治会の活動に参加しようと、ラジオ体操にも参加してみることにしました。少し体調が良くないこともあり、身体を動かすことで、調子を取り戻そうという考えもあります。

■春からいろんなストレスが背中や肩の凝りを生み出し、その凝りが今度は首にまで広がり、とうとう頭痛や目眩まで起きるようになってしまいました。パソコンに向かって仕事をしていると、背中・肩・首が固まってしまうのでしょうね。背中や肩の凝り程度であればよかったのですが、首にまで広がると様々な不調を生み出してくること、今回、初めて知りました。まず頭痛が最初だったのですが、これまでに経験したことのない頭痛だったので、最初は脳神経外科で受診しました。しかし、私の話を聞いて、すぐに「それは首の凝りからきている頭痛です」との診断が出ました。特に薬の処方もなく、その時は診察だけで終わりましたが、不調が続くので、今度は鍼灸院で診察を受けました。首が相当凝っているとのことでした。首の凝りが、背中や肩から順番にきていることがわかり、電気治療やマッサージをしていただきました。

■その2日後のことです。今度は、難聴になってしまいました。しかも、そのあとに、眩暈も襲ってきました。もう、立っていることが困難なほどの眩暈でした。で、今度は耳鼻科です。知り合いの方から、「難聴になったらすぐに耳鼻科で治療を受けなければいけませんよ」とアドバイスをいただいていたので、翌日に診察を受けました。診断は、「メニエール病」の疑いがあるとのことでした。首の凝りが原因で血液やリンパ液の流れが悪くなっているとのことでした。薬を処方してもらいました。還暦を過ぎて、いろいろ身体の変化が起きてきているのでしょうか、それとも身体のパーツがだんだんポンコツになってきているからでしょうか。困ったものです。ということで、ストレスを溜めないように気をつけながら、背中、肩、首のストレッチに励むようにしています。もともと、猫背気味だし、肩も硬かったので、気をつけなくてはいけません。

■体調不良で、仕事が滞り、一緒に仕事をしている方達にご迷惑をおかけしているかと思いますが、どうかご容赦ください。

■冒頭の写真、本文と何の関係があるのか…。特にありません。ラジオ体操の帰りに、クマゼミの鳴き声がものすごいで、ちょっと写真に写してみました。昔、子どもの頃に九州に住んでいましたが、その頃は、周りで泣いているのはほとんどがニイニイゼミでした。その次に多いのが、アブラゼミ。クマゼミはちょっと貴重な感じがしていました。ミンミンゼミとか、ほとんど捕まえることはできなかったように思います。地域の分布の差かもしれませんが、今住んでいる辺りだと、ニイニイゼミを見つけることはできません。主流は?!クマゼミです。

父の日のプレゼント

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◼︎少し早いのですが、父の日のプレゼントが息子から届きました。いつもならば、恐らくは私が好きな酒を送ってくれるのですが、今回は違いました。「がんリスクチェッカー」です。「父親だけにプレゼントするのもなんだかな〜」なのだろうと思いますが、両親ともにチェックしてみてと送ってきてくれました。どういうわけか、私のものはクロネコの宅配便で、母親のものは郵便で届きました。なぜだろう…。まあ、それは良いとして、このキットで全身のどこかにガンが有るのか、あるいは無いかがわかる程度のものらしいです。これで、もしガンが見つかったらありがたい。いや、見つからない方が良いのですが、早めに対処できるわけですからね。私、一応、80歳までしっかり生きて、「孫と一緒に呑みに行く」という人生の目標があります。頑張らねば…と思います。

「認知症になっても死ぬまで芦屋小雁でいたい」

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◾️喜劇俳優の芦屋小雁さんが認知症になりつつも、ご夫婦二人三脚で歩まれているドキュメンタリーを、たしか昨年だったと思いますがNHKの「NHKハートネット」という番組で視たように記憶しています。とても印象に残りました。その番組の内容を記事として読むことができることを知りました。「認知症になっても死ぬまで芦屋小雁でいたい」という記事です。70年にわたり喜劇俳優として活躍されてきた芦屋小雁さんも、84歳になられたとか。それはそうですね、自分が還暦を超えているのだから。小雁さんは、血管性認知症とアルツハイマー型認知症の合併型であることを公表されました。現在は、30歳年下の奥様と一緒に俳優の仕事をしながら京都に暮らしておられます。詳しくは、記事をお読みいただきたいのですが、妻の寛子さんは、夫である小雁さんを俳優としてもものすごく尊敬されていることがよくわかりす。俳優である芦屋小雁が大好きなんですね。

◾️記事を読んでいて「あっ!」と思ったのは、特に記事の最後、以下のところです。

小雁さんはシニア向け演劇教室「元気☆塾」で指導も行っています。教室には、小雁さんの大きな「よーい、はい!」の掛け声が響きます。

小雁さんと寛子さんは、地域の行事にも積極的に顔を出します。地蔵盆に浴衣姿で現れた2人に、町の人々は次々と声をかけたり、握手を求めたり。小雁さんの人気は健在です。

女性:「がんばってや小雁ちゃん!」
小雁:「ありがとうございます。」
女性:「また舞台出られるように!」

大きな劇場に出て拍手をもらうとね、当然それは芦屋小雁だと思うんですけど。そういう機会がどんどんなくなっていった時に、やっぱり地域の方々と触れ合う。正直に色んなことをオープンにしていって、病気があってもどんな姿になっても、最期まで芦屋小雁でいるっていうことが大事なんじゃないかと。」(寛子さん)

認知症であることをオープンにして、最期まで“芦屋小雁”として生きていく。
それが、小雁さんと寛子さんの、ふたりらしい認知症との向き合い方なのかもしれません。

◾️六車由実という方が執筆された『驚きの介護民俗学』という本があります。六車さんは元々民俗学者で大学の教員をされていましたが、その後、老人福祉施設に勤務され、その時の経験を元に本を執筆されたのです。その本の中に、六車さんが、認知症になられた方のライフヒストリーを聞き書きされることを記述した箇所があります。記憶が曖昧なのですが…。戦前、台湾で製糖工場にお勤めだった技術者の方が、日常生活では認知症の症状が進行しているにも関わらず、自分の人生で輝かしく誇りに思える過去の記憶を語り始めると、ものすごくしっかりしてきて細かなところまで語られる…というような内容だったと思います。社会の中に重要な自分の役割があり、そういう自分を社会の側もきちん評価してくれていたという経験が、人間には大切なのかもしれません。

◾️記事にはありませんが、この記事のもとになった映像では、小雁さんが演劇教室で指導されている様子が映っていました。すごいんです。その時の小雁さんは。どう見ても認知症の老人には見えません。細かな微妙な点について指導を行う、演劇の指導者なんです。小雁さんは、過去ではなく今も現役の喜劇俳優です。いつまでも喜劇役者としてきちんと社会とつながっていたい、人びとから役者として期待されたい、そう思っておられるのでしょう。タイトルの通り「認知症になっても死ぬまで芦屋小雁でいたい」のです。そして、そういう自分の夫を、妻の寛子さんは、尊敬し愛おしく思いつつ、「わたしのことがわからなくなるまで一緒に暮らそう」と覚悟を決めて支えておられるのですね。

ひさしぶりの歯科

■今日は歯科にいってきました。子どもの頃は、虫歯の治療で歯医者さんに度々お世話になりました。しかし、大人になってからは、どういうわけか歯科に行くことがあまりなくなりました。どうしてでしょうか。ブラッシングができるようになったからでしょうか。今日は、本当にひさしぶりに歯科にいってきたことになりました。

■今回受診したのは、昔、奥歯に詰めた金属が取れてしまったからです。この奥歯の治療をしたのは、おそらく30年ほど前ではないでしょうか。この奥歯、その後一度詰めた金属が取れてしまいました。再び、詰めなおしてもらったのですが、なんだか具合が悪く、奥歯の隙間に食べ物がつまるようになりました。困ったことになったのですが、歯科には行かずに、詰まるたびにケアをして過ごしてきました。そのような状態が10年以上続いていました。今回は、歯磨きをしていると、再びその詰めた金属が取れてしまったのです。これは、いけません。きちんと治療しなおしてもらうことになりました。久しぶりに、「キュイーン」「ガリガリ」と削ってもらいました。

■個人的な推測でしかないのですが、しばらく歯科にいっていないので、以前とは治療の方法も進化しているように感じました。びっくりしたのは、レントゲン。レントゲン室があって、おそらくはX線を防ぐためでしょうが、重いベストを着せられました。そして、顎をレントゲンの機械の上に乗せて、きちんと撮影できるようにレントゲンの機械から飛び出た細い棒を前歯で噛んだ上で、歯科医が頭を固定しました。すると、レントゲンの機械は、頭の周りをぐるりと回って歯を撮影するのです。もちろん、昔のようにフィルムではなくてデジタル撮影。撮影された画像は、すぐに歯科医の手元にあるタブレットに写しだ避けます。びっくりです。私が遅れているだけなのかもしれませんが(説明がひどいので、何をいっているのかわからないかもしれませんが、まあ、そんな具合なのです)。これは初めての経験でした。

■もうひとつ。左上の犬歯の裏側に小さな丸い穴があいているので、虫歯かなと思い治療をお願いしました。しかし、これは虫歯ではありませんでした。治療はしなくて良いとのことでした。以前と比較して噛み合わせが深くなったせいで、下の犬歯で、上の犬歯の裏側削ってしまっているのだそうです。年齢のせいだそうです。いやはや…。それ以外は、特に問題もなく、予想したよりも歯は良い状態でした。安心しました。来週は、再び金属を詰めてもらい。それ以降は、歯石を取ってもらうことになります。歯は、大事ですね。歯はきちんと磨いるつもりですが、よりオーラルケアに注意するようにします。歳を取っても、自分の歯で食べ続けられるようでありたいです。

■ネットで調べてみました。ある歯科クリニックのホームページでは、次のように説明していました。

45~55歳ぐらいまでの間に2~3本失って、55歳の時に残っている歯の平均本数は23.6本です。ここから加速度的に歯を失っていきます。その後10年の間に5本程度の歯を失い、65歳で残っている歯は18.3本、70歳では15本程度となってしまいます。そして80歳の時には9本となってしまいます。これは平均的な数字なので、場合によってはもっと歯を失っていることもあります。

■では、今私は何本歯があるのか。数えてみました。上は24本、下は23本。下の方は、生まれつきなのでしょうが永久歯の奥歯が1本生えてきませんでした。ですので、乳歯の臼歯が高校生の頃まで残っていました。しかし、その歯もボロボロになったので、前後の歯を削ってそこにブリッジをかける治療をしてもらいました。40年以上前のことです。当時は、そういう治療だったのでしょう。親知らずの歯の方は、結局、1本しか生えてきませんでしたが、それは抜きました。ということで、一応、それなりに歯は残っているのかなと思います。来年は還暦です。おそらく、今からのオーラルケアが大切なのでしょうね。丁寧なブラッシングや定期的な歯石の除去等を行い、歯周病等のに注意する必要があります。

■「8020運動」という言い方があります。80歳になっても20本歯が残っていれば、「生涯、自分の歯で食べる楽しみを味わえる」ということのようです。なるほどです。しかし、それだけでなく、歯が20本以上残っている人と比べて、歯がないのに治療をされていない方は、認知症の発症リスク、転倒リスク、要介護認定を受けやすい確率が大きくなるとのことです。歯は、全身の健康とも深く関係しているのですね。

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