彼岸花・秋明菊・萩
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▪️同じような写真をまた投稿してすみません。彼岸花(ヒガンバナ)、秋明菊(シュウメイギク)、萩(ハギ)。我が家の庭です。玉簾(タマスダレ)は、白い可憐な花を咲かせていましたが、花の時期は終わりました。また、来年ね。お世話をきちんとするので、また来年も咲いてください。
▪️彼岸花は、花が終わったら、花茎を株元から切り取ります。しばらくすると、葉が伸びてきます。その葉を春になって枯れるまでそのまま育てます。ライバルの植物が減る冬の間に地面に葉を広げて光合成を行い、球根に栄養を蓄えと聞いています。秋明菊は、花が咲き終わったら、本来は種ができて株が疲れないように、花茎を根元から10cmほど残して切り取るのが正解なのだそうですが、いつもそのままにして種ができて、タンポポのように綿毛ができるのを楽しんでいました。今年は、お作法通り、花茎を切り取りお礼肥を与えます。葉の方は、冬になって枯れたら切り取ります。萩は、花が完全に終わり、葉が落ちる11月下旬から2月頃の休眠期のあいだに、根本に近いところで、枝全体を切り戻します。そして、また来春になると枝を伸ばしてきます。きちんとお世話をさせてもらうと、来年もきちんと花を咲かせてくれるはずです。
【ハイライト】立命館大学 vs. 京都大学|2026年9月26日【関西学生第3節】
▪️関西学生アメリカンフットボールリーグ、昨日は、立命館と京大の試合がありました。昨年、関西リーグ5位の京大が昨年の甲子園ボウルを制した(日本一の)立命大に14-7で勝利しました。京大は、今年度は、80年代に監督として京大の黄金期を築いた水野弥一さんがアドバイザーとして現場に復帰しています。そのせいなのかどうかはわかりませんが、今年度の京大のプレーのひとつひとつに力強さを感じました。一方の立命館、どうしたんでしょうね。京大は母校・関西学院大学と10月3日に対戦します。京大は立命館に13年ぶりに勝ったようです。京大の関係者やファンは大喜びです。お気持ち、わかります。
▪️第1Q、立命館はパスを京都大学にインターセプトされて、そのまま独走を許しリターンTDを許しました。立命館相手にすごいなと思いましたが、同時に、立命館どうしたんやと思いました。この衝撃的なリターンTDで、その後の試合の流れが京大に傾きました。立命館大学はフィールドゴールを決められません。また、報道によれば、水野アドバイザーの指導のもと「激しいタックルとヒット」を徹底的に強化して試合に臨んでいたようです。立命館はディフェンスの壁をなかなか突破できませんでした。アニマルリッツ立命館らしくない試合展開でした。
▪️これで京大は1勝1敗1引き分け。立命館は2勝1敗。京大は、次、母校である関西学院大学とぶつかります。京大は、打倒関学で燃えています。私が学生の時は、京都大学がものすごい勢いでしたが、その後、2000年代になると関西リーグで優勝することもなくなりました。今期からかつての名将である水野弥一さんが現場に戻ることでかつてのように復活していったら、関西リーグも面白い展開になると思います。
「かぶとやま交響楽団」のこと
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▪️昨日は、市民オーケストラ「かぶとやま交響楽団」の定期演奏会でした。この市民オーケストラが設立された当時、私はこのオケでヴァイオリンを弾いていました。パートは、1st.Violinです。出演したのは第1回と第2回です。そのあとは、自分の仕事(研究)に専念する覚悟を決めて退団しました。30歳で楽器をやめたと思っていましたが、確認すると31歳でした。私の誕生日は4月15日なので、32歳になる直前ですね。定期演奏会を終えて辞めたということになりますか。このとき、すでに2児の父親でした(今、上の娘は39歳、下の息子は36歳です)。しかも、大学院は終了したものの、まだ常勤の仕事がありませんでした。自分の仕事(研究)に専念する覚悟を決めたのも、まあ、当然でしょうか。
1989年 3月5日 第1回演奏会
(宝塚ベガホール)
デュカス:ペリのファンファーレ
ウェーバー:「オベロン」序曲
:ファゴット協奏曲(Fg.宇治原 明)
ブラームス:交響曲第1番1990年 4月14日 第2回定期演奏会
(宝塚ベガホール)
ブラームス:ハイドンの主題による変奏曲
ストラヴィンスキー:組曲第1番・第2番
ベートーヴェン:交響曲第7番
▪️上の情報は、「かぶとやま交響楽団」のサイトからいただいたものです。ブラームスの第1番も、ベートーヴェンの第7番も、関西学院交響楽団時代に演奏したものです。この2回の定期演奏会に出演した人たちは、その多くの方達が関西学院交響楽団の団員やエキストラだったOBOGの方達、それから甲南大学交響楽団のOBOGでした。それなりの「貯金」があったように記憶しています。でも、その他の曲は、学生時代には取り上げられないような曲でした。これらの曲も演奏しているのですね。ブラームスの「ハイドンの主題による変奏曲」、どこかで弾いた記憶は残っていましたが、「かぶとやま交響楽団」で弾いていたのですね。ところで、「かぶとやま交響楽団」の「かぶとやま」とは関西学院大学上ヶ原キャンパスの時計台の向こうに見える甲山のことです。標高309.2メートルのお椀を伏せたような小さな山です。ひらがなで書くと、可愛らしいですね。
▪️あと半年で定年退職するので、なんというか音楽に向き合う気持ちを「再構築」しなければと思っています。退職は来年の3月なので、37年ぶりに楽器に向き合うことになります。楽しみです。
大津シンフォニックバンド第89回定期演奏会
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▪️大津シンフォニックバンドが、第89回定期演奏会を開催されます。12月13日です。龍谷大学吹奏楽部の音楽監督・若林義人先生が客演指揮、そして同じく龍谷大学吹奏学部をご指導くださっているクラリネット奏者・本濱寿明先生がゲスト奏者です。
▪️大津シンフォニックバンドは、「吹奏楽コンクールランキング」によれば、全日本吹奏楽コンクール(全国大会)の「職場・一般の部」で、通算21回出場・金賞15回・銀賞4回・銅賞1回という非常に優秀な成績を残している全国屈指の強豪市民バンドです。たしか、2022年から若林先生は首席客演指揮者として迎えられ、指揮をされています。そして2024年からは、コンクールでも指揮をされるようになりました。「大学の部」と「職場・一般の部」の両方で若林先生は指揮をされました。ダブル金賞受賞です。
NHK『全国方言資料』
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▪️NHKは、日本語の方言を記録していたのですね。全部聞いたわけではありません。とりあえず関西人なので近畿を聞いてみると、かろうじて大阪と京都はわかりました。しかし、滋賀は無理でした。北海道と東北は全滅です。昔は、ひとはあまり移動しないので、言葉の違う人とコミュニケーションする機会もあまりなかったかもしれませんが、異なる方言同士でどうやって意思疎通していたのでしょう。「近江商人」の記録にそういうことに関するものは残っていないのかな。近江商人は全国を歩いていますから。東北の城下町の経済的基盤は近江商人がつくったと聞いています。
▪️まだ、はっきりわかりませんが、盛岡(南部藩)の近江商人・井弥(初代小野清助)などの活動記録や、各地の商家に残る「奉公人請状(雇用契約書)」の分析によると、店を統括する「支配人」や「主」は近江から派遣されましたが、客と直接接する「小僧」や「下男」には地元の少年や住民を大量に採用していたといいます。また、言葉が通じにくくても、数字や見本帳を使って商売をしたり、方言のバイリンガルになったりと、努力されたようです。言葉の通じない相手を商売のパートナーとして丁寧に接しておられたようですね。これは、また機会があればきちんと調べてみたいです。
▪️さて、このNHK『全国方言資料』の概要ですが、以下の通りです。
「全国方言資料」~141地域のことば~
「音のライブラリー」と「全国方言資料」
テレビ放送が始まる2年前の1951年、貴重な音の文化を後世に残そうと、NHKは「音のライブラリー」(現・放送文化財ライブラリー)を創設しました。各分野の人物の声や伝統芸能、民謡など、さまざまな音の文化を記録する中で、ことばについても収集するため、柳田國男氏ら専門家による「方言委員会」を設置。できる限り純粋な方言を記録するべく、各都道府県の一般的な特徴を代表する地域を全国から選定し、1952年から離島を含む141地域で順次収録を行いました。収録が終わったのは1971年で、会話の総数は1,400あまりにのぼりました。
音声の収集と並行して活字化と書籍の編さんも進められ、「全国方言資料」全11巻が発刊されました。当初はソノシート付きでしたが、時代の流れとともにカセットテープ、CD-ROMと付属媒体が変わっていきました。
小湊鉄道のこと
【台風被災現場へ】
台風による被災を受け、⁰社長が保線服に着替え、長靴を履き⁰現場の状況を確認しました。今回は、現場で撮影された写真とともに、⁰その時のコメントの一部をご紹介します。 pic.twitter.com/PjoOr9U5bw
— 小湊鐵道株式会社【公式】 (@kominatorailway) September 25, 2026
▪️今回の台風25号で房総半島、千葉県には相当な被害が出ています。よく報道されているのは、印旛沼周辺の佐倉市や成田市の水害のことですが、私のばあいは、「小湊鐵道」のこともとても気になっています。一度も乗ったことがない鉄道です。市原市に大学時代の後輩が暮らしていたときに遊びにいったのですが、その時、市原市のJR五井駅でJRに接続している私鉄があることを知りました。それが「小湊鐵道」でした。
▪️房総半島を走るノスタルジックな里山ローカル線です。「いすみ鉄道」と接続していて、九十九里浜までいけるようになっています。定年退職したら、旅行してみたいなと思い続けている鉄道です。でも、今回の台風でものすごく深刻な被害を受けておられます。なんとか復興してほしいです。ただ気持ち的に応援することしかできませんが。最新のXへの投稿では、「社長が保線服に着替え、長靴を履き現場の状況を確認しました」と書かれています。力強く歩く社長さんの後ろ姿に、なにか強く感じるものがありました。頑張れ、「小湊鉄道」!!
「仰木地域共生協議会」の理事会が開催されました。
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▪️昨晩は、仰木市民センターで、「仰木地域共生協議会」(農水省・農村RMO)の理事会が開催されました。まだまだ課題はありますが、事業に幅が出てきました。農村の仰木と、新興住宅地の仰木の里の皆さんとの間で、さらなる連携が進むことを期待します。農村仰木の地先に大きな住宅地が造成されてから40年。両方の自治会関連やまちづくり関連の団体役員さん同士には個人的なつながりはありますが、なかなか一般の方達のつながりが生まれるきっかけがありませんでした。今回の「仰木地域共生協議会」の活動は、そのようなつながりを生み出す仕組みになっていくような予感がします。こういう仕組みの中で、もっと女性が活躍するようになると良いのですが…。まあ、それもそのうちに。
▪️今日は、夕方、深草キャンパスから京都駅までウォーキング。そして仰木市民センターへは時間がないので最寄駅からタクシー。帰りは、市民センターから歩いて帰宅しました。途中、近所のスーパーに立ち寄り、遅い夕食の買い物をしました。ということで、帰宅すると14,000歩近くまで歩数が増えていました。トップの写真は、仰木からの夜景です。昨日は、満月ではありませんでしたが、美しい夜空でした。遠くに灯りが連なっているのを確認できます。琵琶湖・南湖の対岸にある草津市や守山市の灯りです。
▪️そうそう、今日の理事会には、オブザーバーとしてこの事業を手伝ってくださっているコンサルさんも2人こられていました。そのうちのお1人は、滋賀県立大学のご出身だそうで、私が非常勤講師として担当していた「環境社会学」の授業を履修されていたのだそうです。びっくりですね。私がこの非常勤講師をつとめていたのは、龍谷大学の仕事が忙しくなってきたので、2005年度・2006年度の2年間だけです。だから20年前か。いろんなご縁がありますね。
ワレモコウ・吾亦紅
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▪️庭に地味に、とっても地味に咲いていたワレモコウ(吾亦紅)を室内で飾ることにしました。ワレモコウは秋の花ですね。ワレモコウは、仲秋(9月)の季語です。水原秋桜子(みずはらしゅうおうし)が、ワレモコウを季語にした俳句をよんでいます。
「浅間越す人より高し吾亦紅」
▪️浅間山を越えていく人は、野に咲く吾亦紅の茎よりも高く見える…という意味のようです。目の前のワレモコウとその向こうを歩く旅人。遠近法的ですね。実際、我が家に庭でも背が高くなり、その先っちょに、このような丸い赤い花を咲かせています。それから、雄大な浅間山と小さな花を咲かせるワレモコウ、そして秋の寂しさと爽やかさを表現している…らしいです。俳句って、写真的ですよね。
▪️短歌もあります。若山牧水の歌です。吾木香とはワレモコウのことです。
「吾木香すすきかるかや秋くさのさびしききはみ君におくらむ」
▪️歌人の俵万智さんは、以下のように解釈されています。
「さびしききはみ」すなわち最上級の寂しさを、君に贈るとは、どういうことだろうか。どうか君も、自分に負けないほどの寂しさを感じてほしいというメッセージではないかと私は思う。つまりこの秋草は、自分の心そのもの、恋する思いの束なのだ。自分をこんなにも寂しくさせているあなた。この心を見える形にしてみたら、「吾木香すすきかるかや」こんな感じだよと。それを受けとってくれないかと。
▪️ああ、心に染み入るように思います。有名な俳人、そして歌人も、この地味な秋の花にそれぞれ思いを込めておられます。そうなんだ、という感じ。退職したら、真面目に短歌をやってみたいなと思っていますが、どうなるかな。
水害・気象情報・地形
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▪️朝から、佐倉市の水害の状況がテレビで報道されていました。佐倉市の皆様、お見舞い申し上げます。
▪️佐倉市内を流れる河川は、最終的に下流にある印旛沼へと流れ込みます。左の図で「464号線」の数字が表示されているところが印旛沼です。その南東にも湖沼があります。これも印旛沼です。もともとW字型の湖沼だったのですが、干拓事業により面積は半分になり、今では細い水路で繋がっています。北東側に位置するのが「北部調節池」(北印旛沼)、南西側に位置するのが「西部調節池」(西印旛沼)と呼ばれています。
▪️この地域は江戸時代から水害に悩まされてきました。利根川の水が増水したとき、利根川からの水が印旛沼に逆流してきたからです。今では、干拓事業に伴って印旛沼放水路が完成していて、東京湾に水を流す仕組みができています。この辺りのことは、こちらの「公益財団法人 印旛沼環境基金」のサイトで丁寧に説明されていますので、ぜひご覧いただければと思います。今回の佐倉市の洪水は、排水能力を超える「記録的な大雨」だったこと、印旛沼の水位が上昇したために、支流(高崎川)からの水を印旛沼で受け止められなかったことがあるようです。東京湾へは、ポンプで吸い出すのですが、そのスピードを、支流から水が押し寄せるスピードの方が超えてしまったのです。
▪️この印旛沼には、周囲の河川からも水が集まるようになっています。人間が作った地表の環境を剥がして地形だけで見ると、そのことがよくわかります。左がそうです。たくさんの水が印旛沼に集まると、この印旛沼から水が排水できなくなるのだそうです。加えて、佐倉市のある台地(下総大地)を侵食してたくさんの谷間=谷津ができています。自分が住んでいる地域ではあまり見かけない特徴の地形です。滋賀県であれば、甲賀市に行くとこのような地形になります。台地に降った雨が、長い年月をかけてこのような地形を生み出すのです。かなり複雑ですよね。台地に降った雨は、このような谷津を通って低いところに流れ込みます。また、台地は侵食されやすく土砂崩れ等も心配されます。今回は、どうだったんでしょうか。雨が止んでも、台地が緩んでいると土砂崩れが起きます。
▪️自分が暮らしている地域の地形については、ハザードマップ等も使いながら普段から「敏感」になっておく必要があります。今年の夏は、何度も自分のところのハザードマップを眺めました。加えて気象情報です。地形と気象情報が生み出す地域固有の災害に関する「想像力」を高めておく必要がありますね。「想定外」、「未曾有」の大雨が降ってくるのですから。もう「想定外」と「未曾有」いう言葉は安易に使えません。幸せなことに、まだ、私は避難をした経験がありません。地元で災害訓練は行っているのですが…。実際に何らかの被害にあったときに、きちんと行動できるか心配です。
【追記】▪️「国土交通省 関東地方整備局 広報」のXの投稿です。
【#台風25号被害に伴う対応】千葉県からの支援要請を受け、TEC-FORCE(緊急災害対策派遣隊)を派遣し、印旛沼の決壊した堤防の緊急復旧について、技術的な支援を実施します。https://t.co/TeeQTX990Z pic.twitter.com/lGxNRNiBVc
— 国土交通省 関東地方整備局 広報 (@mlit_kanto_koho) September 23, 2026
「天気図用紙」
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▪️関東方面の皆さん、台風、大変ですね。千葉県の皆さんは、「またか…」という感じだと思います。どうか、お気をつけください。私が暮らしている滋賀県でも、朝から昼にかけてはけっこう強い風が吹いていました。こちらは被害はありません。この台風の報道を見ながら、その昔、そしてそのまた昔々、中学生の頃のことですが、理科の授業で気象のことを学び、生徒は「天気図用紙」というのを配布されて、自宅に帰って、ラジオの「気象通報」を聴きながら天気図を書く…ということをやっていたことを思い出しました。宿題ですね。ラジオとはいっても、真空管の5球スーパーという形式のラジオを使っていました。正式には、5球式スーパーヘテロダインラジオです。すでに1970年代ですから、トランジスターラジオはありましたが、我が家のラジオは真空管でした。宿題なのでイヤイヤ渋々やっていた生徒が多かったと思いますが、その「気象通報」を聴きながら私はかなり夢中になって天気図を作っていました。懐かしいです。
▪️その「気象通報」まだ続いているようです。それはそうですよね。昔はアナウンサーが話していましたが、今は自動生成された合成音声らしいです。ただ、石垣島から順に、風向、風速、天気、気圧、気温を淡々と読み上げるスタイルや、船舶からの報告、高気圧や低気圧の位置、前線の場所を伝える構成は今も変わっていないそうです。調べてみると、気象通報の第1部「各地の天気」では、「石垣島では、風向 南南西、風力 3、天気 晴れ、気圧 1012ヘクトパスカル、気温 28度」といった順番で放送されるようです。これを天気図用紙の各観測地点の○(地点円)に記入していきます。第2部の「漁業気象」では、高気圧や低気圧、台風の位置(緯度・経度)と中心気圧、前線の位置が流れてきます。このことにより、高気圧、低気圧、前線がわかってきます。最後に、各地の気圧の数字を参考にして、同じ気圧の地点をなめらかな曲線で結ぶことで、よく見かける天気図のように仕上がっていきます。