ファシリテーターとしての教員

20180119seikogakuin.png ■facebookで興味深いインタビュー記事を見つけました。神奈川県の進学校として知られる聖光学院高校の校長先生へのインタビューです。「東大合格者3倍、起業家輩出ーー次世代リーダー輩出校『聖光学院』の育て方」。気になったところを抜き出してみます。

ただ、歴然としているのは「みな同じような人生を送る ”昭和の人生すごろく” は終わっているにもかかわらず、それに対応しきれていない組織がある」ということ。いまだに製造業に勤める会社員がモデルケースとなっていて、学校のみならず、企業においても「同じ品質のモノをきっちり作ることのできる人材を養成する教育」から抜け出しきれていない。

これから人工知能(AI)が活用される世界が現実のものとなって、違う領域のモノとモノ、人と人を結びつけられるような人が求められます。そこで必要なのが、若いうちに多様な経験を得て、感性を磨くこと。表向きのデータだけを見るのでは、物事の本質や潜在的なアイデアを見いだせませんからね。

極論を言えば、これからの教員は「ファシリテーター」としての役割を果たしていかなくてはならないのだと思います。教科の枠組みを超えて、校内外のさまざまな人と協力し、生徒たちに多様な経験を積ませてやれるような教員です。

これからの時代、どんなにテクノロジーが発達しても、幼稚園の先生や保育士さんが職を失うことはないでしょう。なぜなら、一人ひとりをしっかり対面で見ていかなくてはならないからです。

でもやはり、すばらしい上司は単に数字ばかりを追うような人じゃない。普段のコミュニケーションや振る舞いから、信頼関係を築いています。結局、どんなにテクノロジーが進化しても、「人と人」というのが原点にあって、だからこそむしろFace to Faceの大切さがより際立ってくるのだと思います。

■世間から進学校と評価される高校の校長先生のお考えが、もちろん、そのまま大学に当てはまるとは限りません。さらに、大学にも様々なタイプがあります。研究者を養成して行くことを大学の一番の使命としている大学がある一方で、研究も大切だけど教育を大切にしようとする大学もあります。研究か教育かというのは陳腐な尺度でしかありませんが、大学によって建学の精神も、目指すべき大学像も異なります。大学ごとに社会の中での立ち位置やニッチが違うからです。しかしながら、上に抜き出した部分は、大学教育に関しても、同じなんじゃないのかなと思うわけです。環境の変化の中で、教育の中身をどのように変えていくのか。このことは、18歳人口が減少していく中で、ますます切迫した課題になっているように思います。

■「人口減少社会」の到来、18歳人口が2018年からどんどん減少して行く「2018年問題」、大学はこの現実にどのように向き合いながら、この環境の変化に対応してくのでしょうか。一層、教育の質が問われる時代になることは間違いありません。以下は、「リクルート進学総研」が発表した「18歳人口推移、大学・短大・専門学校進学率、地元残留率の動向 2017」という記事です。この記事の中にあるグラフを見ると、全国の数値ですが、2017年度の18歳人口を100とすると、2028年には90.4にまで減少すると予測されています。近畿はどうでしょうか。2017年度の18歳人口を100とすると、2028年には87.2にまで減少します。「2018年の大問題「中小限界大学消滅」は回避可能か」という記事の中には、以下のような記述もあります。

少子化にも地域差がある。「学校基本調査」を参考に、16年度の高校3年生の生徒数と小学1年生の児童数を比較してみよう。少子化を免れる県はないが、沖縄県(0.3%減)を筆頭に、東京都、福岡県、神奈川県の3都県は5%未満の減少に留まっている。一方で減少幅が20%を超えるのは、青森県、福島県、和歌山県、秋田県、岩手県の5県であり、青森県は28.8%に達する。

大都市圏でも大阪府が15.5%、京都府が14.0%と、全国平均(10.7%)を上回っている。東北地方を中心に、志願者が地元に限られる中小私大の中から撤退に追い込まれていくものが出るのは避けられない。また首都圏よりは関西圏のほうが私大経営の環境はより厳しくなることも予想される。

■「2018年問題」に対応した入試制度、教学・カリキュラム、キャリア支援、それはどのようなものなのでしょうか。教職協働のもとで、それぞれの担当部署が相互に連携しながら、大学の組織の中に大きなうねりが生まれてくる必要がある、そのように思うのです。

大学入試とマッチング・学力の3要素

■NPO法人NEWVERYの理事で、大学進学アドバイザーの倉部史記さんには、以前のことになりますが、社会学部のFD講演会に来ていただいたご縁から、facebookでもお「友達」になっていただいています。そのようなことから、今日は、倉部さんのfacebookへの投稿を読ませていただきました。その投稿では、1月14日(日)に毎日放送の「林先生が驚く 初耳学」という番組の中で、「人気ランキングの裏側をバラす! 映画 大学 ホテル」というテーマに関連して大学ランキングに関しては読売新聞の記事が紹介され、その記事は倉部さんが「読売オンライン」に寄稿した記事であるとのご紹介がされていました。「志願者殺到の「人気大学」を選んでいいのか?」という記事です。

■記事の内容を抜粋しながら要約すると以下のようになります。

・「1990年代初頭に200万人ほどだった18歳人口は減少の一途をたどり、現在およそ120万人に落ち込んでいる。2018年以降もこの傾向がさらに進むと見られており、各大学は現在、生き残りをかけて学生募集活動に取り組んでいる状況だ。高校生にニーズのある学部を新設する、キャンパスを都心に移すなど、毎年様々な施策が検討・実行されている。こうした結果が吉と出るか、あるいは凶と出るかを測る上で、志願者数の増減が重要なデータの一つとなっている。」

・志願者数の増減やランキングという情報は、わかりやすく大きな影響力を持つわけだが、大学の実態を反映しているとは限らない。報道されている志願者数は、「一般入試」のデータであり、それは受験者数全体の半分でしかない。多くの大学が複数受験を認める制度を採用しており、これでは志願者数が大学の人気度を測る指標としては、実態を正確に反映しなくなってきた感は否めない。

・併願をカウントしない「実志願者数」と、大学が公表している「志願者数」との乖離かいりがいかに大きい。志願者数を増やそうと無理をすれば広報コストもかかり、入試システムなどにもひずみが生じかねない。「志願者数トップ10に名を連ねる大学は、一見すると経営の面で順調に思われるが、ある意味、『抜けられないレース』に参加せざるを得ない状況に置かれてしまったともいえる」。

・「大学がもし100人の村だったら」。入学生100人のうち12人は中退、13人が留年、30人は就職が決まらないまま卒業、14人は就職するものの早期退職する。4年間卒業・就職し3年以上働いている人はわずか31人に過ぎない。中退者増加の背景には、大学を取り巻く社会環境の変化も。中退者が増えること大学経営にも影響。

・「大学業界がいま直面している課題は、志願者『数』を最大化する募集活動から、マッチング重視の募集活動への転換だ」。「18歳人口の減少が避けられない以上、志願者の数を競ったところで必ず限界は生じる。自校を深く理解し、入学後に伸びる可能性が高く、中退のリスクが低い……。そんな受験生を、少子化の中でどのように追い求めていくのかが問われている」。

・「大学経営者と現場のスタッフが募集についての考え方を抜本的に変えられるかどうかが、いま問われている」。

■2018年以降のさらなる18歳人口の減少の中で、入試を量から質へと転換していくための「良いマッチング」はどうしたら可能なのでしょうか。自分の大学のことが気になります。高大連携や広報・情報発信の仕方の「中身」はどうなのか、それと大学の「理念」や「特色」、「3つのポリシー」との関連からマッチングは行われているのでしょうか。また、カリキュラムとの関連はどうなのでしょう。小さな学部という組織単位でのカリキュラムだけではなくて、学部を超えた異分野の学生が共に学び合うようなカリキュラムは可能なのか…次々に頭の中に考えるべきことが浮かんできます。「良いマッチング」を可能とする条件は何なのでしょうか。「良いマッチング」があってこそ、その後のキャリア支援も可能になるはずです。

■私は、この倉部さんのfacebookへの投稿をシェアさせていただきました。すると、そのシェアした投稿に、株式会社Harajiri Marketing Design代表取締役でマーケティング・コンサルタントの原尻淳一さんからコメントをいただきました(原尻さんは、龍谷大学経済学部客員教授でもあります)。 コメントの中で、フリーランスの編集者・ライターである飯田樹さんの「早慶生の4割強が「AO・推薦」となるワケ『一般入試』の比率を落とす事情」という記事のリンクが貼ってありました。

■記事のタイトルからもわかるように、早稲田や慶応はAO入試の比率を高めていくというのです。試験や偏差値等で学力を測定するこれまでのやり方ではなく、「学力の3要素」を重視した入試を進めていくというのです。「学力の3要素」について、記事ではこのようの説明しています。

「学力の3要素」とは、(1)知識・技能の確実な習得 (2)[(1)を基にした]思考力、判断力、表現力 (3)主体性を持って多様な人と協働して学ぶ態度の3つを指す。文部科学省が取り組んでいる高大接続改革で、この3要素をすべての入試区分で見ることが目指されているのだ。大学には、学力の評価方法をアドミッションポリシーや募集要項で明示することが求められるようになる。
「今まで、学力とは知識と技能を指していましたが、知識・技能をもとに答えが定まらない問題に解を出す力や、主体性・多様性・協働性も見ていきます」(小林氏)

■この記事にある小林氏とは、リクルート進学総研所長の小林浩さんのことです。なぜ、このような「学力の3要素」が重視されるようになっているのか。その点について、小林さんは、次のように説明しています。

「『偏差値の高い大学に入り、大企業に入る』というのが高度成長期日本の成功モデルでしたが、都市銀行の統合が進み、大手メーカーも海外企業に買収されるなど、随分と変わってきました。また、2017年に生まれた子どもは107歳まで生きると言われており、学ぶ時期、働く時期、老後の区分も変化しています。そこでは、詰め込み型ではなく、自分で学ぶ力をつけなければならないのです」(小林氏)

■このような社会的な環境の変化に対応できない大学は、おそらく衰退していくでしょう。早稲田や慶応では、そのよな変化に対応していこうとしているのでしょう。では、自分の大学はどうなのか。対応しようとしているのか。小林さんが言っている、「知識・技能をもとに答えが定まらない問題に解を出す力や、主体性・多様性・協働性」を持っている学生を選ぶ入試になっているのか。さらには、前述の「良いマッチング」に関連してカリキュラムについて述べましたが、そのような学力を持った学生を育んでいくようなカリキュラムになっているのか。とても気になるところです。私の場合は、地域連携型教育プログラム「大津エンパワねっと」の開発と運営に関わり、来年度から担当教員に「復活」することから、そのような文脈に引き寄せながら気にしているのです。

■1年間、国内長期研究員としてあまり大学の仕事のことを考えてきませんでした。4月から、また学生の教育や大学の仕事にも取り組んでいくわけですが、そろそろ心や頭の準備をしておかねばなりません。

龍谷大学世界仏教文化研究センター2016年度研究活動報告書

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■3月末までの龍谷大学研究部長在任中では、第5期長期計画第2中期計画の研究部の大きな課題となっていた、世界仏教文化研究センターの研究推進に力を注いできました。個人的に、この研究センターに関して印象に残っているのは、2017年1月29日(日)に、龍谷大学深草学舎顕真館で開催された特別講演会でしょうか。もちろん、その企画そのものについてはセンターの教員の方達のご努力によるところが大きいわけですが、開催に向けての学内の事務的な調整の段階では、それなりの役割を果たすことができました。2015年度、2016年度と、研究センターの研究推進にも勢いが出てきました。

■昨日は、研究センターの事務職員の方から、「2016年度研究活動報告書」がウエッブサイトに掲載されました。以下から、ご覧いただくことができます。以下の年次報告書の「2016年度」の所をご覧ください。
年次報告書

■また、世界仏教文化研究センターのニューズレターもあわせてご覧いただければと思います。特別講演会、そして個人としても強い関心を持った華厳経に関する中沢新一さんの講演会は、「2016年度の第2号」 に掲載されています。
ニューズレター

研究部長の任期終了、そして長期国内研究員

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■3月末で、龍谷大学の研究部長(教員部長)の任を解かれました。2年間という短い期間でしたが、解決、対応しなければならない大きな案件がいくつもありました。多くの職員の皆さんに支えていただき、部長として職務をなんとか全うすることができました。31日には、瀬田の研究部に用件があってメールを送ったところ、担当職員の方からの返信には「脇田部長とお呼びするのも、今日が最後ですね。2年間、お疲れ様でした」とありました。いや、もう本当に感謝の言葉しかありません。ありがとうございました。

■深草キャンパスには研究部長室があります。デスクの横には長机が置いてあり、そこには、分厚い書類のファイルが2列2段積み重ねてあります。2年間の会議資料です。おそらく積み重ねれば、私の背丈ほどになろうかと思います。龍谷大学は大変丁寧に意思決定を進めるため、どうしても会議が多くなります。本音を言えば、もっと会議の数を減らして迅速に意思決定を進めることができればなあと思っています。これからの大学運営のためには、必要なことかと思います。時間も大切な資源ですから。さて、これらの資料は、すべて溶解処分にしてもらいます。また、写真に写ってはいませんが、手前のキャビネットがあります。そこにはコーヒーサーバーやマグカップ等の私物が置いてあるのですが、すべて勤務する瀬田キャンパスに学内便で送ってもらうことになっています。とまあ、そういうことでして、この2年間を振り返りつつ、深草キャンパス東門前にある「新華」で、昼食に担々麺をいただきました(研究部長を終えることと、担々麺…特に関係ありません)。4月からは、深草キャンパスに行くこともなくなります。ここのお店の料理も食べられなくなります。「思い出の坦々麺」です。

■31日の午後からは、アジア仏教文化研究センターの評価会議と、世界仏教文化研究センターの運営委員会が開催されました。アジア仏教文化研究センターの評価会議の前には、研究部の職員の方が、伏見稲荷大社のそばにある「総本家いなりや」のお煎餅をお礼にと言って持ってきてくださいました。左が「きつねせんぺい」、右が「開運せんべい」。素朴ですが、とても美味しい煎餅です。有名らしいですね。私がこの煎餅のことを知らないということで、わざわざ買ってきてくださったのでした。ありがとうございました。評価会議の後に開催された世界仏教文化研究センター運営会議、研究部長である私はオブザーバーなのですが、研究センター長からセンターの活動実績に関する評価のあり方について意見を求められました。この運営委員会での発言、そして最後のご挨拶が、研究部長としての最後の仕事になりました。

■4月になりました。すでに入学式やオリエンテーション等が各キャンパスで行われています。私はといえば、今年度、2017年度は、そのような各学部にとっての大事な行事には参加していません。国内長期研究員で研究に専念し、授業や会議が免除されるからです。振り返れば、龍谷大学社会学部に勤務して14年目になりますが、その間、9年間は様々な学内行政の仕事に従事してきました。学生生活主任2年、研究主任1年、研究科長2期4年、そして研究部長2年。必ず何か大きな課題があり、問題が発生しました。それ以外にも、「大津エンパワねっと」のような地域連携にも相当力を入れてきました。かなり精神的に疲れてしまいました。結果として、自分のことはずっと後回しになっていましたが、やっと自分のことに集中する時間を持つことができることになりました。このような研究員制度を持っている龍谷大学に心から感謝しつつ、これまでやりたくでもできなかった自分の研究を、この1年で少しでも進展させることにいたします。国内研究員制度で、どのような研究に取り組むのかについては、別のエントリーで詳しく説明したいと思います。

華中師範大学外国語学院(中国・湖北省・武漢)

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■先週の21日(火)から昨日の25日(土)まで、中国に出張してきました。今回も、大学院社会学研究科の「東アジアプロジェクト」に関連する出張です。ここで「東アジアプロジェクト」に関する説明はいたしませんが、ぜひ過去のエントリーをお読みいただければと思います。私は、「東アジアプロジェクト」で中国を担当しているのですが、2016年度末まで研究部長を務めているため、なかなか出張の時間が取れず、結局、年度末になってしまいました。今回の出張では、湖北省武漢市(長江中流域)にある華中師範大学外国語学院と浙江省寧波市にある寧波大学外語学院(沿岸域)を訪問しました。まずは、華中師範大学のことから報告したいと思います。

■21日は、始発の電車に乗り、滋賀県から関西国際空港に向かいました。関空から上海浦東空港へ。そのあとは上海から武漢空港へと飛びました。写真は、湖北省の武漢空港に着陸する前に撮ったものです。長江流域であることから、その周囲も「水っぽい」場所が広がっています。地図を広げて眺めていただければわかりますが、武漢の周囲には、長江が氾濫することで生み出された大小様々な湖があります。また、水路も発達しています。そのような環境ですから、元々、淡水魚を対象とした漁業が行われてきました。現在では淡水魚の養殖も盛んです。また、「水っぽい」環境であることから、蓮根も名物です。「南船北馬」という言葉は、このような環境から生まれたのでしょう。

■武漢空港に到着すると華中師範大学外国語学院日本語学科の学生、呉くんと王さんが迎えにきてくれました。呉くんは大学のある武漢の人です。つい最近まで、1年間、交換留学生として東京の武蔵野大学で勉強していました。王さんは東北地方の長春の出身。彼女は日本語弁論大会で2位になりました。今週末、中国の学生団の1人として来日する予定です。2人とも、とても優秀です。中国語のできない私は、とても助かりました。夕食は、こちらの先生も混じって、武漢料理を美味しくいただきました。名物の蓮根のスープがとても美味しかったです。こちらの蓮根は、熱を加えると芋のようにホクホクした食感になります。

20170326wuhan8.jpg ■華中師範大学外国語学院では、学生対象の講演を行いました。講演会には1年生から大学院生まで参加してくれました。3年生以上は、私の日本語がわかります。すごいことですね! 短期で集中的に練習するので話せるようになるのです。さすがに、1年生はまだ無理、2年生も少し難しい…。ということで、私にアテンドしてくれた呉くんと王さんが通訳をしてくれました。講演のタイトルは「大学と地域社会の連携」。講演会は午後からでした。午前中は、私く院長になった先生にご挨拶をした後、呉くんと王さんに、この日の講演の内容をあらかじめレクチャーすることにしました。すごく反応が良いといいますか、飲み込みが早いので、助かりました。講演会ですが、お2人の通訳のおかげで楽しい講演会になりました。講演会の最後には質疑応答の時間がありました。講演会が終わった後にも、恥ずかしがり屋の学生2人が、そっと質問をしに、そして感想を伝えに来てくれました。まだ日本語がうまく話せないのですが、一生懸命私に自分の考えを伝えようとしてくれました。2年生でした。このような経験は、日本ではあまりないので、とても嬉しかったな〜。写真は、講演の最後に、「みんな、一緒に写真に写ってくれよ!」とお願いをして撮ったものです。

龍谷大学校友会社会学部同窓会新会員歓迎パーティー

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■本文を書いていませんでした。今回卒業した4年生たちは、15年後の自分を想像できたでしょうか…。なかなか難しいでしょうね。職場で期待される人材に自らを成長させているでしょうか。過去の卒業生を見ると、みんな立派な社会人になっているので、あまり心配する必要もないのかもしれません。「学生」から「社会人」に立場が変わることで、相当の戸惑いがあるかもしれませんが、頑張って乗り越えて欲しいと思います。

■数年前のことになりますが、卒業したゼミ生の結婚式の披露宴で、私の社会調査実習の授業を受けたという学生と偶然に出会いました。今は、小学校の教員をしているとのことでした。龍谷大学社会学部を卒業しても小学校の教員免許は取得できないので、別の大学の教職課程を経て、頑張って教員採用試験に合格されたのだと思います。ところで、その偶然に出会った卒業生、話しの初っぱなから「先生、お世話になった○○です。あの頃、いい加減で、不真面目で本当にすみませんでした」と私に言ったのです。私自身の記憶は、少し薄れかけていましたが、確かに受講態度はそんな感じでした。「まあ、そういう学生もいるよな…」と思っていたので、特に気にはしていませんでしたが。これは私の想像ですが、卒業後、頑張って小学校の教員を目指す中で、「人生観」や「仕事観」も含めた自分の「生き方」について色々考えることがあったのでしょうね。

■さて、龍谷大学の卒業式のパーティですが、いわゆる謝恩会等ではなくて、社会学部の同窓会組織に卒業生が新会員として入会することをお祝いするパーティです。今年も、同窓会の理事の皆さんにご理解をいただき、「北船路米づくり研究会」でプロデュースした、純米吟醸無ろ過生原酒「北船路」をパーティの会場で振舞っていただきました。ありがとうございました。

2016年度「卒業式・学位授与式」

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■卒業式でした。龍谷大学に勤務するようになって12回目の卒業式になります。17名が卒業しました。4月からは、それぞれの職場で頑張って欲しいと思いま。また、大学院修士課程で指導していた2人の院生も無事に修了しました。男性の方は4月から地方公務員になります。女性の方は現役の看護師さんです。修士課程修了後も、研究生としてさらに研究を継続される予定です。

■学部生の方ですが、脇田ゼミ12期生の学年代表は、水戸龍一くんです。私のゼミでは、卒業時に、その学年の学年代表を決めています。数年に1度ぐらいは、学年代表にお世話をしていただき、同窓会を開催して欲しいと思っているからです。龍谷大学社会学部同窓会では、社会学部同窓生が主催し同窓生の相互の交流・親睦を図ることを目的とした活動を促進する為、基盤となるゼミ同窓会活動等への補助を行っています。以下のページを読んで、ぜひ活発な同窓会を開催していただきたいと思います。

ゼミ同窓会活動報告

研究部の送別会でのサプライズ

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■一昨日の晩、研究部瀬田の送別会が開催されました。田村さん、寺田さん、遠藤さん。ありがとうございました‼︎ 田村さんは勤続40年を超える大ベテラン。研究部瀬田の柔らかな雰囲気のムードメーカーでもいらっしゃいました。その田村さんと名コンビ⁈の寺田さんは8年間勤務されました。独特のユーモアのセンスが光っておられました。新しい職場で頑張ってください。遠藤さんは3年間。いつも、いろいろ気を使っていただきました。

■私は、研究部長として、ご退職される皆さんに感謝し、御礼を申し上げる立場なんですが、私ももうじき研究部長としての任期を終えるということで、「サプライズ」の花束をいただきました。いやほんまに、ビックリですよ〜‼︎ 事務部長の田辺さんからも身に余るスピーチをいただきました。大変パワフルな田辺事務部長のおかげで、私のようなものでも2年間教員部長を務めることができました。ありがとうございました。ところで、こうやって花束をいただきましたが、本当に研究部長として大学に貢献できたのかな…自分でもよくわかりません。できる限りの努力をしたつもりですが、どうでしょう…。その辺りのことについては、研究部長の2年間を静かに振り返って反省しなければなりません。任期は3月末までですので。

■研究部瀬田の皆さんには、私の勤務する社会学部が瀬田キャンパスにあることから、普段から楽しく接していただきました。お昼の弁当を一緒に食べたり、おしゃべりをしたり。私のようなアラ還のおじさんに暖かく接していただき、本当にありがとうございました。ええと…社会学部担当の石坂さんには、締め切り間際の研究費の支出の手続きをお願いし、申し訳ありませんでした。来年度は、ご迷惑をおかけしないようにいたします。

■職場ではありましたが、独特の素敵な雰囲気にあふれていました。それは、職員の皆さんを優しく上手にまとめておられる田中雅子課長のお人柄、そして広い視野の中でテキパキと困難な案件に対応し挑戦される、田中課長の管理職としての能力の高さがあってのことだと思っています。あっ…雅子課長!! いつの間にか、私の頭に角を生やしてくれてますねw。さて、退職まではあと10年ありますが、退職する時の気持ちってこんな感じなのかな…と、職場で花束をいただくときに、ちょっと想像することができました。4月からは、気分を一新して、研究に専念し、限られた1年間を有効に活用させていただこうと思います。

大災害時の大学対応 岩手県立大学総合政策学部「東日本大震災の危機対応記録」

■今から6年前、東日本大震災が発生した時、私は兵庫県の母親の家にいました。一人暮らしの母はすでに身体が弱っており、毎日ヘルパーさんに来ていただき、炊事や洗濯、そして母の身の回りの世話をしていただいていました。加えて、私自身も、ほぼ毎週母親のところに行っていました。ガソリンスタンドに灯油を買いに行き、屋外に設置された石油ファンヒーターのタンクに灯油を入れること、近くのスーパーで買い物をして来ること、神戸灘生協の個別配送の注文表を作成すること、このあたりが私の仕事でした。

■東日本大震災が発生した時、恐らくは買い物中だったように思います。母の家に帰ると、母がこう大きな声で言いました。「あんた、東北が大変なことになっているで」。母は視力をほとんど失っておりテレビを毎日「聞いて」過ごしていました。そのテレビには、岩手県の宮古市が津波に飲み込まれる様子が映されていました。言葉を失いました。翌日からは、岩手県の二戸市に行く予定でしたが、もちろんそのようなことは不可能になりました。

■私は龍谷大学に赴任する前、岩手県立大学総合政策学部に勤務していました。私が2004年に龍谷大学に異動した後も、2011年には半分ほどの教員が退職ないしは他大学に異動されていたように思います。知り合いの教員の方からは、学生の安否確認を必死になって取り組まれていることが伝わってきました。調べてみると、2016年3月に「「東日本大震災の危機対応記録 プロジェクト 報告書 東日本大震災時における岩手県立大学総合政策学部の 危機対応記録」が発行されており、PDFファイルでも読めるようになっていました。以下が、その目次です。「東日本大震災の危機対応記録」プロジェクトメンバーである、金子与止男、Tee Kian Heng、山田佳奈、島田直明、小井田伸雄、以上5名の先生方によって作成された報告書のようです。金子先生以外は、面識のある方達です。

目次
はじめに
第1章 東日本大震災時の危機対応の記録
第2章 総合政策学部における「教職員」の安否確認
第3章 総合政策学部における「学生」の安否確認作業の経緯と課題
1.在学生の安否確認はどのようにおこなわれたのか
2.安否未確認の学生数の推移
3.安否確認作業の「実施主体」としての学部地震災害対策本部の設置と役割
4.「入学予定者」の安否確認はどうあるべきなのか
第4章 学生に対する経済的措置に関する課題
1.岩手県立大学が発表した措置について
2.他大学の対応
3.他大学の経済支援措置を含め、見えた課題
おわりに
資料集目次

■東日本大震災のような大災害が関西で発生した場合、龍谷大学の教員としては自分はどう行動するのか。このことについては、いろいろ考えて来ましたが、一人だけではもちろん話しになりません。学部として、大学として、どのような対応して行くのか。私自身は、全く情報がありません。本学のどこかに、そのような情報があるのでしょうか。それも知りません。これでいいのだろうか…。ダメです。

■こ報告書の最後には、次のような課題も書かれています。

被災した新入学生としては、入学料が免除されても、生活費等の見込みがなけれ ば入学を躊躇すると思われる。在学生も、やはり授業料が免除されても、生活費等の見込 みがなければ退学を考えるかもしれない。生活費等の支援に関しては、今回のような大規 模災害では多くの団体が奨学金を出して、援助を行っているが、奨学金の申請や選考には 時間を要するため、奨学金が給付されるまでの期間の生活費等を確保する必要がある。よ って、入学を希望している被災地(災害救助法適用地域)の学生に対して、就学の機会を できる限り保証するという観点から、被災した学生が入学金と授業料が免除されるのみな らず生活費等の見込みが立つように、大学は経済的支援体制を整えておく必要がある。

【追記1】■災害と大学…で頭に浮かんでくるのは、内田樹さんのブログの以下の投稿です。「ばかばかしくてやってられるか」というタイプや、自分では目の前の状況に対して何もせず、「大学の瓦礫が片づいた頃にきれいな服を着て教員の仕事をするために現れ」、「震災経験から私たちは何を学ぶべきかとか、震災で傷ついた人々の心をどうやって癒したらよいのか、というようなことを教授会でしゃべる」ようなタイプの教員にだけはなりたくないものです。
「2005年01月18日 震災から10年」(1月17日)

【追記2】■学内にも、災害への対応策をきちんと考えておくことが必要だと思う教職員もおられるとは思いますが、私が知る限り、そのようなこときちんと検討してきたかどうか、よくわかりません。

・学生の安否確認
・教職員の安否確認
・地域への対応
・校舎や施設の確認
・授業の再開はどうするか
・成績はどうするのか
・定期試験をどうするか
・入試をどうするか
・学生への経済的支援はどうするのか
・学生のキャリア支援はどうするか
・災害に備えた様々な物の備蓄
・その他諸々

■それぞれ、被害の深刻度に応じて優先順位も異なりますし、考えればきりがありませんが、あらかじめそれなりの備えは必要だといつも思っています。ということを、3月11日にエントリーするだけでは、ダメですね。本当に。

春が近づいています

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■2枚の写真は、我が家の庭を写したものです。どういう名前の花なのか、園芸に弱い私はさっぱりわからないのですが、この2枚の写真から春が近づいていることを感じます。左が2月2日、右が2月20日に撮影したものです。今年の滋賀県は、かなり雪が降りました。大津市の私の家でも、中心市街地よりも少し北寄りにあり、しかも山沿いにあることから、雪かきが必要なほど降雪しました。しかし、次第に寒さも緩んできているように思います。

■今年の3月末で、研究部長の仕事が終わります。3月30日、そして31日までしっかり会議の日程が組まれていますが、それで終わりです。4月1日からは、長期国内研究員ということになります。期間は1年間。やっと自分の研究に集中できる時間を取ることができます。非常に嬉しいです。元旦のエントリーにも書きましたが、龍谷大学に勤務してからの13年間で、学生生活主任2年、研究主任1年、社会学研究科長4年、研究部長2年、合わせて9年。その他にも社会学研究科の専攻主任等の仕事も長らくやってきました。加えて、文科省の「現代GP」として採択された地域連携型教育プログラム「大津エンパワねっと」についても申請の段階からずっと担当してきました。こうやって随分働いてきたので、精神的に金属疲労を起こしそうな状態にあります。自分の研究に集中しながら精神のリハビリに努めます。

■その前に…。2年間、研究部長をしている間に、研究室が物置状態になってしまいました。いけません。研究室内の様子は、私の精神の状態を示しています。まずは、掃除から始めなければなりません。2日間ほどかけて、しっかりと清掃と書籍や書類の整理に努めようと思います。その次は、1年間の研究のスケジュールを立てようと思います。この1年間では次の4つの研究に取り組みます。①過去に取り組んだ滋賀県びわこの石けん運動の研究を、戦後の琵琶湖の政策(水資源開発と環境保全)の文脈の中に位置づけ直す歴史社会学的研究、②「魚のゆりかご水田」を事例とした環境政策・環境実践・生物多様性に関する研究、③総合地球環境学研究所のプロジエクト、④研究員後の種の仕込み…。先日、少しご紹介した、昔を地図を使った研究は③に入ります。

■後、個人的には、来年も「びわ湖チャリティー100km歩行大会」に参加したいと思います。また、今度こそ…なのですが、しっかり走り込みフルマラソンの大会にも出場したいと思います。なんだか、夏休み前から意気込んでいる小学生のようですね…。でも頑張ります。それと、体力をつけることとも関係していますが、歯医者や身体の検査もしっかりやっておこうと思います。頭の中の棚卸し、身体のオーバーホールです。

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