2021年度の龍谷大学シーホース


■昨日、学生アメリカンフットボール日本一を決定する「甲子園ボウル」が開催されました。母校、関西学院大学ファィターズと法政大学の対戦になりました。この対戦を観戦した元・京都大学ギャングスターズ監督の水野弥一さんは、この試合に関して次のように印象を述べておられます。フィジカルな側面では法政大学が上回っていたけれど、関学はクレバーな試合運びで大差で勝利したという感じでしょうかね。

ハイライト

関学大は試合運びのうまさが目立ち、さすがの勝利だった。最初の印象ではパワー、スピードといったフィジカルで、むしろ法大が上回り、ディフェンスラインが中央に突っ込んできて圧力は強かった。関学大は立ち上がりこそタッチダウンを奪ったが、相手守備のプレッシャーを受ける場面も目立った。ただ、それも計算済みだったか。関西のリーグ戦でRB前田公が中央突破していたようなプレーは、あまりやらなかった。外に回したり、まともに相手の強い部分とぶつからずに弱点を突いた。

■では、我が龍谷大学シーホース、今シーズンはどのような試合結果だったのでしょうか。龍谷大学シーホースは、Div.1(1部リーグ)で4位になった時代もありましたが、現在はDiv.2(2部リーグ)です。この秋は、入替戦への出場をかけて神戸学院大学と対戦しました。残念ながら、28-21で敗戦でした。試合経過は、トップの動画でご覧いただけます。Div.1に復帰することは来シーズン以降に先送りになりました。なんとしても復帰していただきたいです。頑張って。

■さて、先ほど引用した水野弥一さんの記事で、水野さんは、関学ファイターズに関して以下のように語っておられます。なるほどと思います。ただし、これは何もスポーツにかぎることではないように思います。部長をしている吹奏楽部のような音楽系の課外活動においても同様のことだと思います。

これで4連覇となったが、他チームと違うのは「個人がどういうプレーをするか」ではなく、「チームとしてどうあるべきか」という規律がある。選手個々の自覚、フットボールへの情熱、努力の量が違う。自分たちで良くしていこうという文化、伝統がある。だから、選手が卒業して入れ替わっても、監督が代わっても、チームとして徹底できている。学生スポーツのお手本だ。

龍大出身の谷口将隆さんが世界チャンピオンに


■龍谷大学ボクシング部出身の谷口将隆さんが、WBO世界ミニマム級の新王者に。

水野弥一さんの記事


■学生アメリカフットボールのKGファイターズは、母校、関西学院大学の看板クラブです。私が大学に入学するずっと以前から、甲子園ボウルの常連校でもあります。かつて関西のリーグでも34連勝の記録を打ち立てました。そして、その時にフィターズを破ったのが、水野弥一監督が率いる京大ギャングスターズでした。関学は、甲子園ボウル連続出場記録が33(1949-1981)、リーグ戦連続優勝記録が34(1948-1981)でストップしました。1980年代は関学と京大が競い合う時代でした。

■今から30年ほどまえになりますが、大学院にいた頃、指導教授の領家穰先生はアメリカンフットボール部の部長でした。ゼミの時にも、突然、アメリカンフットボールの話が出てきました。そう、領家先生は天才肌で、突然話が大きく変わるのです(我々凡人には変わったように思えるだけなのですが)。その時に、領家先生は、「関学の選手は、もっと勝ちたいと心の底から思って、そのために何をしたら良いのか、必死になって考えて練習せんとあかんのじゃ。本気にならんとあかんのじゃ」と何度も言っていました。そしてその後、決まって「脇田、お前も本気になれ!!」と私の方に向かっておっしゃるのでした。領家先生には、高校や中学の時代からフットボールを経験している良いセンスを持った選手たちの強さだけでなく、その弱さも見えていたのでしょう。特に、当時の京大の選手たちと比較した時に、その弱さが先生には目についたのでしょう。もっとも、領家先生がどこまでアメリカンフットボールを理解されていたのか、私にはよくわかりません。

■ネットで、当時監督をされていた水野弥一さんの記事を読みました。関学に京大が完封された試合を観戦して、こう語っておられます。

「ちょっと(関学大と京大の)質が違いすぎますな。悔しいというか、悲しいというか…。もう少し、まともに戦うかと思っていたが…」
「もっと強くなれ、自分に厳しくなれ、ということでしょうな。勝つ、という信念があるから、昔は徹底的にやっていた。強くなるということは限界を超えること。何かを得たいなら、リスクを冒してやらなあかん」

■記事にもありますが、「学生の気質は日本一を争った30年前、退任した10年前と比較しても、明らかに違う。スポーツの持つ危険度に対する許容は狭くなり、一時代前の厳しい指導は受け入れられにくい風潮がある」。その通りだと思います。おそらく、これは京大だけの話ではないし、スポーツをする学生だけの話でもありません。私自身は、この水野さんの考えにそのまま賛成するつもりはありません。特に、身体的リスクの問題はそうです。でも、水野さんの悲しさは、しっかりと伝わってきました。

【追記1】■立命館の記事も読みました。指導者は、皆、同じような悩みを持っているのかもしれません。

【追記2】■龍谷大学シーホースは、現在、Div.2。なんとかDiv.1に昇格していただきたいです。ところで、知らなかったのですが、アメリカンフットボール部の部長は、野呂靖先生だったのですね。知らなかったな〜。

龍谷大学硬式野球部、14季ぶりのリーグ優勝。おめでとうございます。

■昨日、関西六大学野球の秋季リーグが大阪市の南港中央球場で行われ、龍谷大が6―3で神戸学院大に連勝して勝ち点を5に伸ばしました。その結果、2014年春以来となる30度目の優勝を果たした。龍大は全チームから勝ち点を挙げる完全優勝となりました。硬式野球部の皆さん、おめでとうございます。私は、龍谷大学吹奏楽部の部長をしていますが、また龍谷大学バトン・チアSPIRITS とともに、神宮球場で硬式野球部を応援できる日が来てくれることを楽しみにしています。引き続き、頑張ってください。

■ネットの「スポニチ・アネックス」に、本郷監督の談話が掲載されていました。

19年2月からコーチを務め、20年2月から指揮を執る元ヤクルトの本郷宏樹監督にとっては就任3季目でのV。大商大の5連覇も阻止し、見事に母校を復活させた。「長かったですね。長い間(優勝から)遠ざかっていましたので、選手にも味わわせることができたので良かった」と感無量の面持ちだった。

■これは自論ですが、優勝した経験のある部員がきちんと部内にいる在籍している間に次の優勝をする必要があります。いったん、優勝から遠ざかるとなかなか大変です。優勝するためにどれほどの練習と集中力とチームワークが必要なのか、先輩から後輩へと伝えていくことが難しくなります。スポーツではありませんが、大学の吹奏楽の世界で同様の話をよく聞きます。これは勝手な想像ですが、龍大出身者でありプロ野球の経験のある本郷監督のご指導と、部員の皆さんの努力が、うまく結び付いたのでしょうね。

■ネットを見ていて、本郷監督が指導法について話されている記事に出会いました

「長い期間、選手をずっと観ていくと時々変化がみられる。そういう時に声をかけると、選手自身が考えるきっかけにもなる。逆に、そのままでいい時は、そのままでいいと声をかけることも大事だと思っています。それも自分と向き合うきっかけになりますから。しっかり観ることはコミュニケーションの一つだと考えています」

「なぜダメだったのか、なぜこの練習をしているのか、そういうことを理解して取り組まないと、同じミスを繰り返しますし、試合本番で失敗します。だから、声をかける時は、なるべく問いかけます。それが結果的に強いチームを作るのだとも思います」

【相撲部】第46回全国学生相撲個人体重別選手権大会 65キロ未満級 3位入賞

20210923ryudaisumoubu.png■先月末、大学のホームページで「 相撲部 関西女子相撲選手権大会軽量級で創部初の優勝【学生部】」という記事がアップされました。第8回関西女子相撲選手権軽量級で、相撲部の正木希さん(短大1年)が1年生ながら見事創部初の優勝されたことが記事になっていました。創部初です。素晴らしいです。

■その女子の優勝に引き続き、農学部の堤航希さんが、第46回全国学生相撲個人体重別選手権大会65kg未満級で3位入賞をされました。こちらは、平成14年以来の快挙とのことです。

■同好会は賑わっているように思いますが、大学の課外活動、特に大学公式の体育会系の課外活動は、以前と比較して勢いがなくなってきているように思います。個人的な意見ですが、相撲は日本の大学全体からみてマイナーなスポーツになっているのではないでしょうか。そのような状況の中で、学生相撲で龍谷大学は男女ともに優勝・入賞する方が誕生してきたということを、私はとても喜んでいます。私自身は吹奏楽部の部長ではありますが、相撲部の皆さんの活躍を、一教員として応援していますよ。相撲好きですし。

9月19日に開催された第46回全国学生相撲個人体重別選手権大会65kg未満級に堤航希さん(農1年)が出場し、見事3位入賞を果たしました。東西の選手権から勝ち上がった者で争う大会で、本学としては平成14年以来の快挙です。10月2日には西日本学生相撲新人選手権大会、3日には全日本女子相撲選手権大会と続きます。引き続きの応援よろしくお願いいたします。


■この動画で、堤さんの取り組みを拝見することができます。15分過ぎからです。

宇良関、驚きました。

■すごい…。今日の結びの取り組みは、横綱照の富士と宇良の対戦でした。宇良関は負けましたが、最後の執念には驚きました。これは相撲ファンの心を鷲掴みですね。多くの人を感動させる取り組みだったように思います。きっと、ニュースにもなることでしょう。twitterを眺めていると、解説の北の富士さんは、「あれはあそこまで頑張ることはない。どうやったって勝負は覆らないから。横綱に失礼だ。よく照ノ富士は最後優しくやってくれた。あれで踏ん付けられたら大変。いや無事で良かった」と語っていたようです。たしかに。明日からの取り組みを考えると怪我してはなんにもならないですからね。とはいえ、北の富士さんも、ハラハラ心配しながら宇良関の粘りに驚いていたんじゃないのかな(いつも北の富士さんは、宇良関のことを応援されています)。本当にすごいです。

【追記】
■昨日の結び、横綱照ノ富士との一番について、解説の北の富士さんがコラムを書いておられます。北の富士さん、素敵ですね〜。宇良関の最後、廻しを掴んで離さなかったことを「素人相撲」と優しく叱ってはおられますが、元横綱の北の富士さんも、驚いて、めちゃくちゃ感動したんだな、きっと。
宇良を優しく倒した照ノ富士は立派 誰とは言わないが…気の荒い力士ならもっと手荒い事態に【北の富士コラム】

宇良と照強の取り組み


■大相撲では、宇良関を応援しています。一番の理由は、宇良関は、私の母校である関西学院大学の同窓生だからです。この投稿の一番最後にあるツイートには、関西学院大学から贈られた化粧廻しを締めた宇良関が写っています。関学ブルーの化粧回しには、校章である新月があります。まあ、関学つながりということもあり、一度、宇良関が所属される木瀬部屋の祝賀パーティーにも参加したことがあります。よく知られていることですが、宇良関はずいぶん辛い思いをされました。「幕内経験後に怪我の長期休場により西序二段106枚目まで降格したが、その後再入幕を果たすという史上最低地位からの幕内復帰記録」(wikipedia)をお持ちです。苦労人です。

■2015年の初土俵の時と比べると身体もずいぶん大きくなりましたが、それでも大相撲の世界では小兵ということになります。宇良関は大学時代から小兵ながら様々な技を繰り出す業師として知られてきました。しかし、そのような相撲のスタイルは、体重の重い大型力士が大半を占める大相撲の世界では、身体に相当負担をかけることになっていたのではないでしょうか。実際に宇良関は2回も膝を痛め、手術もしています。しかし、回復の過程で、宇良関は身体の強化に努められたようです。体重も増えましたし、身体の柔らかさを活かした変則的な相撲から、正攻法の押し相撲でも勝ち星を上げるようになってきました。私個人は、とにかく怪我をしないように気をつけながら相撲をとって少しずつ番付を上げていって欲しいと思っています。

■最近の成績ですが、昨年の11月場所に十両に復活し、今年の5月場所では十両優勝をしました。次の七月場所では西前頭13枚目に復帰し10勝5敗の成績を残しました。立派な成績です。しかし、幕内に復帰してから、対戦相手も大きくなり実力も持った力士が増えてきます。いろいろ苦労もされているように見えます。今場所は、東前頭6枚目に番付を上げました。昨日は、宇良関よりも小兵の照強関との対戦でした。宇良関は、張り手を何回もくらって鼻血も出しました。個人的な意見ですが、「不自然な張り手って、嫌だな〜」と思っています。今回の照強関の張り手、見ていて全く気持ちの良いものではありませんでした。反則ではないものの、一連の取り組みの流れの中で出てくる張り手とは違っているように思います。ただ、インタビューや相撲の内容から垣間見える宇良関の性格からして、こういう張り手をされたからといって、自分からはこういうことは絶対にされないと思いますね。2敗になりましたが、今場所もまだまだこれからです。頑張ってください。

東京オリンピック1964 /2021


■私にとってのオリンピックの「原点」とは、63歳という年齢からもわかるように、1964年に開催された東京オリンピックということになります。もっとも、1964年といえば、私はまだ6歳の幼稚園児で、スポーツに関心を持っているわけではありませんでした。しかし、そのような幼かった私にも、社会が盛り上がっていることがわかりました。当時は、福岡県北九州市小倉区(現在の小倉北区)に住んでいましたが、わざわざ聖火ランナーを人混みの中見に行きました。もちろん、幼稚園児ですが、親に抱えられてチラリと見た程度ですが、今でも、きちんと記憶しています。

■オリンピックが終わった後も、記録映画を何度も観たよう思います。学校の運動会での入場行進も、東京オリンピックの開会式で使われた音楽でした。何か、東京オリンピックが刷り込まれるかのような経験をしているのです。そして、1964年の東京オリンピックと、そしてそのあとの1970年に開催された大阪万国博覧会とは、高度経済成長期の重要な出来事ととして社会的に記憶されることになりました。そのこともあり、1964年の東京オリンピックが私の「原点」になっているのでしょう。ただ、東京オリンピックを記憶している人は、どんなに若くても60歳を超えていると思います。また、大阪万博を記憶している人も、50歳代の中頃より上の年代の人になります。

■ということで、オリンピックと言っても、年代によってオリンピックのイメージがかなり違っているはずです。1964年の東京オリンピックを「原点」と感じる年代の人たちからすれば、いつのまにか、最近のオリンピックには、昔感じられたような「聖なるスポーツの祭典」(表現が難しいのですが…)であるようには感じられなくなっているのではないかと思います。古代のギリシャにルーツを持つ、世界平和のための特別なスポーツの祭典…そういう厳粛な存在として感じられなくなっているのです。単に私個人の勝手な思いかもしれませんが…。たぶん、オリンピックをあまり特別視せず、他のスポーツの世界大会と同じような感じに受け止めているように思います。もちろん、オリンピックに参加するアスリートの皆さんは、私なんかとは全く違って、特別な存在として今でもオリンピックを位置付けておられることは理解しています。

■ある知人は、「格調」という言葉を使っていました。今のオリンピックには「格調」がないというのです。1964年の東京オリンピックは、国全体として盛り上がっていました。国の隅々そしていつまでも国の記憶に残るスポーツの祭典でした。重々しさがあったように思います。加えて、当時は「ケ」の日である庶民の日常生活がとってもシンプルでした。高度経済成長で日々生活が豊かになっているとはいえ、現在と比べれば物質的には貧しかったと思います。ところが、現在のように「ハレ」と「ケ」の区別が曖昧になってくると、そして「ハレ」の日が多くなってくると、特別な感じがしなくなってしまいます。いろんなスポーツの世界大会が、全世界で始終開催されていて、そのことがテレビやインターネットを通じて報道されていますから。

■グローバリゼーションの中で、世界が狭く感じられるようにもなりました。遠い国で開催されている出来事ではなく、今はテレビやインターネットを通してリアルタイムで観戦できます。もうひとつ。かつてのように人類の未来の「発展」、究極の目標としての世界平和を単純には信じられなくなったこともあるかなと思います。そのような「発展」に重ね合わせながらオリンピックを観戦することもできなくなりました。加えて、金儲け主義が誰の目にも明らかになってしまいました。多額のお金が動いていることが報道され、多かれ少なかれ、オリンピックの持つ胡散臭い側面を誰もが知ることになっています。IOCのバッハ会長は、「ぼったくり男爵」とアメリカのマスコミに揶揄されました。「聖火」とはいいますが、オリンピックを「聖」なる存在として捉える人、究極の目標を世界平和に置くスポーツの祭典として捉える人は、もはや少なくなっているのではないかと思います。オリンピックが、アスリートの皆さんの純粋な気持ちや精神とは別に、スポーツビジネス、ショービジネスになってしまっている…というと言い過ぎでしょうか。

【西武・そごう】わたしは、私。|炎鵬の逆転劇 スペシャルムービー


■これは面白いCM動画ですね。ネット上で大変話題になっています。最初は、「さ、ひっくり返そう」を逆に読んでいたのですが(アホ…ですね)、そうではく、動画のなかの語りを逆に読むわけですね。上から順番に読んでいくと、「どうせ何をやってもダメだよな」というシニカルな気持ちになってくるわけですが、逆に読むと何か力が湧いてきますよね。よく考えられた素敵なCM動画だと思います。上から読めば、今の日本の社会の中に滞留している雰囲気をストレートに表現しているように思うし、下から読めばそのような雰囲気を払拭していこうという呼びかけにもなります。発想の転換、気持ちの持ちかたの転換かな。このCM動画に勇気づけてもらって、身近な状況から少しずつ「ひっくり返す」ことをしていかないとな…とも思います。

■ところで、この動画に出演されているのが、小兵の力士の炎鵬関だというのも素敵だと思います。個人的な意見ですが、横綱の白鵬関ではこのCM動画は成立しないと思います。炎鵬さんがどれほどの体格なのか、日本相撲協会公式ページに掲載されているプロフィールを拝見してみました。身長168.0cm、体重99.0kg、得意技は左四つ・下手投げです。以下は、炎鵬関の取り組みです。すごい。

西日本代表校決定戦〜Western Japan Bowl〜立命館大学vs関西学院大学ゲームハイライト


■母校・関西学院大学アメリカンフットボール部ファイターズ、全日本大学選手権西日本代表決定戦ウエスタンジャパンボウルで、立命館大学パンサーズを21-10で破り、甲子園ボウル出場を決めました。ファィターズの皆さん、おめでとうございます。卒業生として、大変嬉しいです。

■関学は、立命館にリーグ戦では負けたわけですが、今回は、きちんと積み重ねたきた練習の成果を本番の試合でも発揮できたのではないかと思います。今年のリーグ戦では、鳥内監督はいつも自分のチームの試合内容に厳しいことを言っておられたように思いますが、最後は良い結果になりました。一方、立命館は、その逆なのかなと思いました。うまく発揮できなかったのではないかと思います。私はアメリカンフットボールについて全く素人なので、間違ったことを言っているかもしれませんが…。母校を応援していたわけですが、少し残念な気持ちもあります。立命館にもっと力を出してもらいたかった…というのが本音です。その時々の様々な事情があるとは思いますが、本番の試合で全力をきちんと出し切ることって本当に難しいですね。

■立命館大学は、この2015年から2度リーグ優勝していますが、全国8連盟のリーグ代表校によるトーナメント戦で東日本代表校と西日本代表校をそれぞれ決定する方式に仕組みが変わっていることから、2015年に甲子園ボウルに出場して以降は、毎年関学に破れています。つまり来年度は、チームの中に、甲子園ボウル経験者がいなくなるということです。これはチームにとって、とても大きな出来事かと思います。

■今年の関西アメリカンフットボールのリーグ戦、神戸大学の活躍がとても印象に残りました。神戸大学は、2017年には2部に降格しましたが、昨年は復活し、今年は大活躍しています。アメリカンフットボールに限らず、学生スポーツの記録を見ていると、様々な浮き沈みがありますね。ちなみに、我が龍谷大学は、これから入れ替え戦です。本当に頑張って欲しいと思います。おそらく、応援にいきます。12月14日(土)王子スタジアムで14時から、2部1位の大学との対戦になります。龍谷大学の関係者の皆さん、応援いたしましょう。

■大学スポーツにはそのような浮き沈みがあるわけですが、そのような中で、ずっと関学は優勝を争うポジションに居続けています。すごいことだと思います。その関学を率いてこられた鳥内秀晃監督は、今シーズンで監督を勇退されます。1992年に監督に就任されてから27年になります。私は浪人したので学年は違いますが、鳥内さんと同い年です。鳥内さんは、学生主体、学生本位でいつもチームのことを考えておられるわけではありますが、最後、甲子園ボウル優勝で勇退していただきたいと思います。鳥内監督に関連する記事は山のようにありますが、以下の記事は、学生スポーツだけでなく、全ての大学の課外活動に関わる人たちにとって、参考になる記事なのかと思います。私も大学の課外活動に関わっていますが、とても参考になるなと思いました。
【育てる】来季勇退の関学大アメフト部・鳥内秀晃監督「体罰がないから強い」

Admin area