「シリーズ 環境社会学講座」第6巻


▪️3月18日に発売されるそうです。第5章「多層的なガバナンスから流域環境問題の解決を考える――琵琶湖流域における協働の試みから」を執筆しました。ぜひ手に取っていただければと思います。この書籍のタイトルは『〜どう解決すればよいのか』ですが、私自身は、「こうすれば良いのだ」などということ一言も書いていません。むしろ、自分の研究上でいろいろ悩んた上で、つらつら考え方ことを書いています。けっこう、ある意味辛いことでした。だから、自信満々の話ではありません。もし、「こうすれば良いのだ」ということが書かれていることを期待されている方がいらっしゃれば、それは違うと思いますので、あらかじめ申し上げておきます。とはいえ、繰り返しになりますが、ぜひ手に取って、できればお読みいただければと思います。

『シリーズ 環境社会学講座 6 複雑な問題をどう解決すればよいのか』(新泉社)

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▪️ひさしぶりに、このブログのタイトルに相応しい投稿をします。

▪️『シリーズ 環境社会学講座 6 複雑な問題をどう解決すればよいのか』(宮内泰介・咸身直之編,新泉社)もう少ししたら出版されるようです。本日、出版社の方から連絡がありました。私は、「第5章 多層的なガバナンスから流域環境問題の解決を考える——琵琶湖流域における協働の試みから」を執筆させていただきました。チャンスがあれば手に取ってページをめくってくださるとありがたいです。よろしくお願いいたします。

▪️『シリーズ 環境社会学講座』は全6巻。すでに第1巻から第3巻までは出版されており、このたび最終巻である第6巻が出版されることになりました。4月以降、第4巻と第5巻も順次出版されていくと思います。以下は、「シリーズ 環境社会学講座 刊行にあたって」です。日本の環境社会学の特徴と、今回の出版の意図をご理解いただけるのではないかと思います。

▪️この文の終わりに書かれている、『講座 環境社会学』(全五巻、有斐閣、二〇〇一年)、『シリーズ環境社会学』(全六巻、新曜社、二〇〇〇—二〇〇三年)、この「講座」と「シリーズ」に私も論文を執筆しています。もう20数年まえの出版物になります。その頃、私は40歳で、学会の中でもまだ若手(正確には、中堅あるいは中堅の手前)の方でした。あれから四半世紀近くの時が経過して、今は定年退職前の年寄りになりました。年寄りなんですが、今回の『シリーズ 環境社会学講座』では、学会を担っておられる若い研究者の方達に混じって執筆させていただきました。編者のおふたり、それから編集者の方にも大変お世話になりました。ありがとうございました。

気候変動、原子力災害、生物多様性の危機——、現代の環境問題は、どれも複雑な広がり方をしており、どこからどう考えればよいのか、手がかりさえもつかみにくいものばかりです。問題の難しさは、科学技術に対するやみくもな期待や、あるいは逆に学問への不信感なども生み、社会的な亀裂や分断を深刻化させています。

こうした状況にあって、人びとが生きる現場の混沌のなかから出発し、絶えずそこに軸足を据えつつ、環境問題とその解決の道を複眼的にとらえて思考する学問分野、それが環境社会学です。

環境社会学の特徴は、批判性と実践性の両面を兼ね備えているところにあります。例えば、「公害は過去のもの」という一般的な見方を環境社会学はくつがえし、それがどう続いていて、なぜ見えにくくなってしまっているのか、その構造を批判的に明らかにしてきました。同時に環境社会学では、研究者自身が、他の多くの利害関係者とともに環境問題に直接かかわり、一緒に考える実践も重ねてきました。

一貫しているのは、現場志向であり、生活者目線です。環境や社会の持続可能性をおびやかす諸問題に対して、いたずらに無力感にとらわれることなく、地に足のついた解決の可能性を探るために、環境社会学の視点をもっと生かせるはずだ、そう私たちは考えます。

『講座 環境社会学』(全五巻、有斐閣、二〇〇一年)、『シリーズ環境社会学』(全六巻、新曜社、二〇〇〇—二〇〇三年)が刊行されてから二〇年。私たちは、大きな広がりと発展を見せた環境社会学の成果を伝えたいと、新しい出版物の発刊を計画し、議論を重ねてきました。

そして、ここに全六巻の『シリーズ 環境社会学講座』をお届けできることになりました。環境と社会の問題を学ぶ学生、環境問題の現場で格闘している実践家・専門家、また多くの関心ある市民に、このシリーズを手に取っていただき、ともに考え実践する場が広がっていくことを切望しています。

シリーズ 環境社会学講座 編集委員一同

▪️今回の書籍の出版で、結果として四半世紀も続けてきた文理融合型の流域ガバナンスに関する研究を、ひとまずは終えることになりそうです。少し準備をして、環境ガバナンスに焦点をあてた歴史社会学的な研究に移行しようと思います。

「みんとしょ」と「まちライブリー」のこと

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20240205mati_library3.jpg▪️少し前のことになりますが、「みんとしょ」という取り組みのことを知りました。本当に偶然なんですけど、まずは過去の投稿「大津駅前のいつもの居酒屋「利やん」で奇跡の再会!!」をご覧ください。この奇跡の再会をきっかけに新たに3人の方とお知り合いになりました。そのうちのお一人は、土肥潤也さん。土肥さんは、まだ20代の若者です。静岡県焼津市にある「みんなの図書館さんかく」の館長さんです。そして土肥さんが発案した「一箱本棚オーナー制度」を導入した私設図書館は、通称「みんとしょ」というのだそうですが、現在、全国各地に展開しているようです。不勉強なことに、私はこの「みんとしょ」という人びとの間につながり生み出していく仕組みのことを知りませんでした。以下は、wikipediaからの引用です

一箱本棚オーナー制度による私設図書館「みんとしょ」
早稲田大学大学院修了後、一般社団法人としてトリナスを設立し、静岡県焼津市で私設図書館である「みんなの図書館さんかく」を発足させた。当初は自身の所有する書籍を無償で貸し出そうとしていたが]、それでは持続可能性がないと周囲から指摘された。そこで、月額料金を支払えば誰でも本棚のスペースが割り当てられ、そこに自らが貸したい本を並べることができるという仕組みを導入することにした。その結果、月額料金の収入だけで家賃や光熱費を賄うことができるようになった。また、みんなの図書館さんかくの開設にあたっては、敢えて模倣しやすい仕組みづくりの構築を目指していた。その結果、この取り組みは日本中に広がり、2年間で全国30地域で展開されるに至る。この「一箱本棚オーナー制度」を導入した私設図書館は「みんとしょ」と称しており、これらの施設によりみんとしょネットワークが結成された。これらの活動により、トリナスは2020年(令和2年)にマニフェスト大賞の優秀マニフェスト推進賞市民部門を受賞し、2022年(令和4年)には都市計画家協会賞の日本まちづくり大賞を受賞している。

▪️土肥さんのことを知った後に、この「みんとしょ」を岐阜県の大垣市に「小さな図書館おぼろづきよ」として開設されたAkiMatuさんとも知り合いになりました。AkiMatuさんは、この「小さな図書館おぼろづきよ」の館長さんです。なんでも学生時代の卒業論文に私の論文を引用していただいたようです。本当に偶然なんですが、そのようなことから「みんとしょ」についてさらに関心が湧いてきました。というのも、「地域エンパワねっと」(龍谷大学社会学部の地域連携型プログラム「社会共生実習」のひとつのプロジェクト)で履修した学生さんたちが取り組んだ、「あつまれ! みんなで作る絵本館」(こちらもどうぞ)でたくさんの絵本をご寄付いただているからです。現在、社会学部の某所に保管しています。私の思いとしては、「地域エンパワねっと」だけで終わらせずに、ご寄付いただいた絵本を活用していきたいという強い思いを持っているのです。大切なことは、本は人をつないでいく手段だということです。人がつながって地域生活の豊さを醸していく公共的な空間を、市民の力で作っていこうとしている点に、私は強く惹かれています。

▪️さて、先ほどご紹介したAkiMatuさんがFacebookにアップされていたのが、この投稿の画像の書籍です。「まちライブラリー」です。AkiMatuさんによれば、「一箱本棚オーナー制の「みんとしょ」は、「まちライブラリー」の一形態と聞いてます。みんとしょは現在70館くらい?で、まちライブラリーは1000以上あるみたいです」とのこと。これはどう理解したら良いのでしょうね。まずは、これらの書籍を勉強してみることにしましょうか。「まちライブラリー」の方が歴史は古いようです。ゆっくり勉強してみたいです。

目黒寄生虫館

20240121meguro_kiseityukan1.jpg ▪️東京での研究集会と懇親会の翌日(つまり今日)、そのまま滋賀に戻ってもよかったのですが、せっかく東京に来たのだからと目黒にある「目黒寄生虫館」で展示を観覧することにしました。私は、四半世紀前まで博物館に勤務していたのですが、その頃から博物館の世界ではけっこう有名な存在でした。今朝は、朝食をとりながら突然、「そうだ、目黒寄生虫館、行こう」と思いついたのでした。

▪️ホテルは新宿でしたが、副都心線で渋谷駅、山手線で目黒まで。そこから雨の中を目黒寄生虫館まで歩きました。このような天気だから、観覧している人は少ないだろうと思っていたのですが、とんでもない。たくさんの方達が、標本と解説を丁寧に観覧されていました。目黒寄生虫館は、小さなこじんまりとした展示室が1階と2階にあるのですが、そこにはものすごい数の液浸標本が並んでいます。

▪️左の写真は、日本海裂頭条虫=サナダムシ。全長8.8mなんだそうです。この寄生虫館の一番の「ウリ」の標本です(だそうです)。やっと、この有名なサナダムシの標本を拝見することができました。このように解説されていました。40代の男性と館長は、どんなふうに協力して取り出したんでしょう。想像してしまいました。

40代の男性が排便中、白いひも状のものが出てきた。原因は、その3ヶ月前に条虫の幼虫の寄生したマスの刺身を食べたためだった。自覚症状は無かった。当館初代館長の亀谷了は男性に駆虫薬を飲ませて、ほぼ完全な形で8.8メートルの虫体を採取した。1日にどれくらい成長していたことになるのだろう?

▪️サナダムシは、寄生生活に不要な機関は退化して、残っているのは生殖器のみなのだそうです。よく見ると、長いサナダムシですが、数千の体節を持っていて、その体節ごとに精巣と卵巣があり、異なる節同士で生殖を行い、100万個のもの卵を毎日産むのだそうです(『寄生蟲図鑑』P.42より。)。恐ろしい…。

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20240121meguro_kiseityukan4.jpg▪️上段左。懐かしいものも展示してありました。蟯虫検査シート。展示によればもうこの検査は廃止になっているのだそうです。日本人のお腹の中から完全に駆逐されてしまったのかといえば、そうではないようですね。上段右。あの西郷隆盛も、この寄生虫による陰嚢水腫に苦しんでいたということも知りました。だから馬には乗れず、籠に乗っていたらしい…そういう説を読んだことがあります。

▪️解説の右下の絵は、葛飾北斎の「北斎漫画」の中の絵ですが、これは大げさではなく本当にこんなふうになってしまうようです。下段。お土産に、全長8mのサナダムシをデザインしたクリアファイルと、目黒寄生虫館が監修した『増補版 寄生蟲図鑑』を購入しました。この図鑑、なかなかユーモアがきいていて読んでいて「へー!そうなんや」と驚くとともに、ニヤッと笑ってしまいます。

原さん親子と呑み会

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20231215harasan3.jpg▪️昨日は、原俊和さん親子と大津駅前のいつもの居酒屋「利やん」で呑み会でした。原さんは、龍谷大学エクステンションセンターの部長さんです。いろんな話ができました。ありがとうございました。原さん、また呑みましょう。ご長男の俊英さんは現在24歳。以前、お会いしたのは今から11年前のことになります。その時は駅伝で頑張っている中学生(中一)でした。

▪️2012年11月23日、私は原さんの指導のもと「福知山マラソン」に出場しました。初マラソンでした。スポーツとは縁遠い私のような者がマラソンを走るようなったのも、当時、社会学部教務課長だった原さんの強いお誘いと、丁寧なご指導おかげでした。しかも、大会当日は心配して私の伴走を務めてくださいました。当時、原さんはフルマラソンを3時間を切って走るサブスリーランナーを目指して懸命にトレーニングに励んでおられました。そのような立派なランナーの原さんが私のために伴走してくださる…、なんだか本当に申し訳ない感じでした。しかも、28kmのあたりで、私の左脹脛に肉離れが生じてしまい、そこでリタイア。ますます申し訳ない気持ちになりました。その時のことは、このブログにも書いています。この日は、晩は原さんのご自宅にご招待くださり、夕食をご馳走になりました。ご長男の俊英さんにお会いしたのは、その時のことだと思います。俊英さんだけでなく、次男さんや三男さんにもお会いしました。懐かしいですね。

▪️今回の呑み会、もともとは親子で執筆された『ぼくらの冒険記 親子で語る前向き休学のススメ』の出版をお祝いして、8月に「利やん」で行うはずでした。ところが、原さんが足を骨折されたことで、ずっと延期になっていたのです。やっと実現したというわけです。昨日は、『ぼくらの冒険記』を持参し、サインをしていただきました!! ありがとうございました。しかし俊英さんは、今24歳ですが、お酒が強いです。芋焼酎も湯割りでぐいぐい飲まれました。私も強い方ではありますが、昨日は呑み過ぎたかもしれません。俊英さんのペースに巻き込まれたかも。おじいさんですから、ほどほどにしないといけませんね。
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【関連投稿】▪️「『ぼくらの冒険期 親子で語る前向き休学のススメ』(原俊和・原俊英)」

【追記】▪️原さん親子から、サインをいただきました。お二人とも「脇田先生へ」と書いていただいています。最初は、原さんからサインをしてくださいました。その時、「あのね。戸籍上は、脇田の脇の字は、月に刀が3つなんだよ」と言ったものですから、原さんはちょっと困られたんですが、「大丈夫、大丈夫」と言って最後まで書いていただきました。俊英くんは、その後にサインをしてくれたので、戸籍上の月に刀3つの脇になっています。

林田英明くんから『校閲至極』いただきました。

20231121kouetu_shigoku.jpg ▪️私が北九州市戸畑区にある明治学園小学校に通っていた時、当時のクラスメイトだった林田英明くんから本が届きました。『校閲至極』ていうタイトルの本です。ええと、「恐悦至極」(きょうえつしごく)ではありませんよ。林田くんは、毎日新聞社で校閲記者をしておられます。そして、この毎日新聞社の校閲記者の皆さんが、2018年から『サンデー毎日』に輪番連載中のコラムのタイトルが、この『校閲至極』なのです。

▪️今回、そのコラムが本になりました。『サンデー毎日』の方は連載が250回を超えたようですが、その中から74本が選ばれたようです。ちなみに、74本のうち14本が林田くんが執筆されたコラムです。この本と同封されていた林田くんからの手紙では、35本以上が収録されなかったので、続編の中に復活できたら良いなと書いておられました。ところで、この『校閲至極』というタイトル、林田くんが考えたのかなあと思っています。彼は、小学生の頃、駄洒落好きでしたから。

▪️facebookにも、ほぼ同じ文章を投稿しました。その時、最初はコラムではなくエッセーって書いていました。でも、エッセーではなくエッセイなんでしょうね。でも、林田くんが『サンデー毎日』に輪番執筆していたのは、エッセイではなくコラムなんですよね。難しいなあ〜。私の文章なんて、林田くんに見せたら校閲で真っ赤っかになるだろうなと思います。いや、それ以前にリジェクトかもしれません。

【追記】2024年1月10日
▪️本日、林田くんからの年賀状が大学に届いていました。そこには、こう書いてありました。

『校閲至極』の貴SNSでの紹介ありがとうございました。なお、「校閲至極」の命名は岩佐美樹氏によるもので、そこだけはお伝えしておきますね。

▪️本文では、本のタイトルを考えたのは林田くんかなと推測してそう書きましたが、違っていました。

孫の成長

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▪️この前の土曜日、午前中は原尻さんの「知図展」を拝見しに行ったのですが、午後は自宅に戻りました。奈良に暮らしている娘の家族が大津にやってくことになっていたからです。孫のひなちゃんとななちゃんも、もちろん一緒です。まずは、大津京のそばにある皇子が丘公園で遊ぶことにしました。この写真には写っていませんが、ここにいます。ひなちゃんは小学校1年生。背も高くなりました。3月生まれですが、クラスの中で゛は後ろから3番目なんだそうです。それから、ちょっとおすましさんにもなりました。運動能力も高いですね〜。雲梯が得意です。本当に成長していますね〜。ななちゃんは、3歳になりほいんえんに元気に通っています。すごくおしゃべり。言葉が豊かです。

▪️昨日は我が家に1泊しました。そして、今朝、朝食を摂っている時に、私の向かいの席に座っていた孫のひなちゃんが質問をしてきました。「おじいちゃんのここ(顎髭)はどうして白いの?」と聞いてきました。「おじいちゃんのここ(額)はどうして皺があるの?」とも聞いてきました。「それはね、おじいちゃんだからだよ」。ひなちゃんは、よ〜く観察しています。

▪️朝食の後は、ひなちゃんと「百人一首」をしました。学童保育でやっているのだそうです。学童保育では、近い年齢のお兄ちゃんお姉ちゃんから良い刺激をもらっているようです。そうそうけん玉も上手です。これも学童保育で練習をしているのだそうです。孫と一緒に「百人一首」、いいですね〜。こういう時がやってくるとは思ってもいませんでした。「百人一首」何十年ぶりでしょうか。高校生の時には、古典の勉強の一環として暗記するように言われて、それがいやでいやで…。でも、この年齢になると、「百人一首」の歌をひとつひとつそれなりに味わうことができるようになりますね。家にこのピンクの本があるので、俄か勉強してみることにします。

『聴かずぎらいのための吹奏楽入門 』と有吉佐和子『複合汚染』

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▪️今日、リュックの中に弁当や水筒と一緒に入れてきた本です。ただいるだけの部長だけど、もっと深く吹奏楽を楽しめたらとの思いから購入しました。『聴かずぎらいのための吹奏楽入門 』。おそらくコンクールで多くの学校が演奏してきた50曲の解説が、漆畑奈月さんと小室敬さちさんのお二人の対談の形式で、丁寧に行われています。今は、YouTubeでいろんな演奏を簡単に知ることができるので、重ねて読むとわかりやすいのかもしれませんね。本の情報は、こちらからどうぞ。漆原奈月さんの情報は、こちらです。 
 
▪️もう一冊は、有吉佐和子さんの(1931年- 1984年)『複合汚染』。有吉さんは、1984年に53歳で亡くなっておられるのですね。この本は、1975年に出版されました。私の年代以上、あるいは近い人は、この『複合汚染』について、それなりにご存じなのではないでしょうか。これから来年度にかけて取り組む仕事に必要かなと判断し再読しています。この本が出版された頃の社会状況も含めて理解したいからです。時代の文脈のようなものを再確認したいのです。さまざまな公害や環境問題に関係する市民運動にも影響を与えたのではないかと思います。

▪️この有吉佐和子さんについては、朝日新聞で環境社会学者の友澤悠季さんが解説を書いておられました。たまたま彼女とは、学会に関わることでオンラインで会議をすることがあったのですが、その会議の後に、解説を書いておられることに気がつきました。私が手元に持っているこの『複合汚染』は新潮文庫ですが、1995年に出版されたものです。この段階で四十刷。もう、紙は茶色くなっています。字が小さい…。

多文化共生


▪️この本を購入しました。手元に届いています。夏期休暇中に読みたいと思います。以下の記事では、この本の著者である岡崎広樹さんが、多文化共生のためのポイントなついて語っておられます。

「ヘイトスピーチもあった埼玉の団地で外国人と共生。大切なのは世代間交流でした」

『ぼくらの冒険期 親子で語る前向き休学のススメ』(原俊和・原俊英)

20230804.jpg▪️原俊和さんと息子さんの共著である『ぼくらの冒険期 親子で語る前向き休学のススメ』が手元に届きました。

▪️かつてフルマラソンに取り組んでいた頃がありました。その始まりは2012年、54歳の時になります。もちろん、自分からフラマラソンに取り組もうと発心したわけではありません。その時の社会学部教務課長が原俊和さんでした。社会学部教務課で、突然、私の方に歩み寄ってこられ、「せんせー、フルマラソンを走りましょう。私が指導します」と言われたものですから、あまり深く考えずに「はい」と答えてしまったのでした。

▪️原さんのご指導で順調に身体が変化していきました。小手調べのハーフマラソンも、原さんの予想を超える時間でゴールできました。次は、フルマラソンです。フルマラソンへの初挑戦は、2012年11月23日の「福知山マラソン」でした。なんと、原さんに伴走していただきながらの初挑戦でした。原さん、優しい方です。行動力のある方だと思います。ところが、残念ながら、私は28kmあたりで、右ふらはぎの肉離れのためリタイアしてしまいました。残念。その日、リタイアしたマラソンの後、原さんのお宅にご招待いただきました。その時にお会いしたのが、原さんと共著者である長男の俊英くんでした。俊英くんはまだ中学1年生でした。坊主頭の小柄でかわいらしい少年でした。懐かしいです。

▪️この本は、俊英くんが1年間大学を休学し、日本中を旅して、いろんな方達に出会いながら成長していく冒険記です。そういう息子さんを信じて応援する父親の原さんにとっても冒険記なのだと思います。だから、タイトルは「ぼくらの」になっています。私も含めて多くの親は、もし子どもが1年間大学を休学して旅をしたいなどというと、「何をアホなこというてるねん、ちゃんと勉強して、就職しなさい」と言うのではないかと思います。原さん、そして原さんの奥様であり俊英くんのお母様でもある純子さんは、違っていました。ご夫婦は、お子さんを信じて、お子さんが本気になってやりたいこと、取り組みたいことを懸命に応援されてきました。この続き、皆さんも実際にこの本を手に取ってお読みいただければと思います。

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