「流域地図」

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▪️自分の専門領域として、「環境社会学」の看板を掲げているのですが、特に「流域環境問題」に焦点を当てて研究に取り組んできました。どうして、流域なのか…。できれば、社会学の学術雑誌である『ソシオロジ』に掲載された「『ご縁』に導かれ流域管理への道へ」をお読みいただければと思います。さらに、ご関心をお持ちいただければ、『流域環境学 流域ガバナンスの理論と実践』(2009,京都大学学術出版会)『流域ガバナンス 地域の「しあわせ」と流域の「健全性」』(2020,京都大学学術出版会)、さらにシリーズ環境社会学講座 第6巻『複雑な問題をどう解決すればよいのか-環境社会学の実践』(2024,新泉社)等を手にお取りいただき、ページをめくっていただけるとありがたいです。大学の図書館にも入っています。よろしくお願いいたします。

▪️で、「流域地図」の話に移ります。「流域」にこだわってきたこともあり、今回、ネット上で流域を確認できる「流域地図」が登場したと知り、とっても嬉しく思っています。この「流域地図」を使うと、簡単に流域圏がわかるんですね。これはとても大切なことですね。自分が普段生活している場所は、どの流域にあるのか、そのようなことは考えませんものね。離れた場所にいる人たちとも、流域圏の中では関係しているのです。ある意味でというか、実は「運命」を共有しているというか…。この「流域地図」が作成されたことの背景には、生態学者の岸由二さんが執筆された『「流域地図」の作り方: 川から地球を考える 』があることも知りました。なるほどです。

▪️この「流域地図」、とても素敵なんですけど、琵琶湖の環境ガバナンスに関わってきた者から言わせていただけけば、ちょっと残念なこともあります。流域って、入れ子状になっているんです。淀川水系であれば、その中にはいろんな河川があります。琵琶湖に流入する、たとえば愛知川、野洲川、安曇川にも流域界があります。その入れ子状になっているところまで、きちんと表現できるとありがたいんだけどなあと思うわけです。でも、現在のところは、技術的に無理なようです。

【追記】▪️「でも、現在のところは、技術的に無理なようです。」と書きましたが、できました。やり方がよくわからなかっただけでした。申し訳ありません。開発関係者の皆さんに失礼なことを書いてしまいました。どうかご容赦ください。改めて、この「流域地図」に関しては投稿をしたいと思います。

游珮芸さんの『台湾の少年』のこと

▪️台湾の国立台東大学に勤務する游珮芸(ゆう・はいうん)さんのことについて投稿します。游珮芸さんと出会ったのは、今から27年も前のことになります。流域環境に関する「文理融合」の巨大なプロジェクト(日本学術振興会未来開拓学術研究推進事業)の中で出会いました。彼女は、お茶の水大学大学院で児童文学の研究で学位を取得されました。そのあと、游珮芸さんの専門は児童文学ですが、PDとしてプロジェクトの事務局に入ってプロジェクトを支えてくださいました。その後、ずっとお会いするチャンスはありませんでした。ただ、facbookが登場してからは、このSNSを通して繋がっていました。そのおかげで、今からは5年前のことになりますが、2019年に游さんやかつての仲間と京都で再開しました

▪️今度は台湾でお会いする約束になっていたのですが、コロナ禍のために実現することはできませんでした。ただ、その後もFacebookを通して児童文学者としてのお仕事の様子をずっと拝見してきました。最近の大きな出来事は、彼女が出版した『台湾の少年』ですね。日本語で言うと漫画なんですが、画風はフランスのバンド・デジネ風です。私は、日本語にも翻訳されたものを読ませていただきました。その後、日本だけでなく、この『台湾少年』は、世界的にいろんな国々で話題になっています。素晴らしいことです。この漫画の主人公である蔡焜霖さんは実在の人物で、私もfacebookでもお友達になっていただきました。台湾を訪問してぜひご挨拶したかったのですが、とても残念なことに、昨年、お亡くなりになりました。

▪️この『台湾の少年』、フランスでも受賞しました。この記事「台湾の漫画作品、仏文学賞受賞 作者の游さん『世界に知らせたい』」をお読みください。フランスのギメ東洋美術館が主催する「エミール・ギメ アジア文学賞」で、今年新設されたグラフィックノベル部門の受賞作品に選ばれた事を知らせる記事です。フランスの「ル・モンド」にも記事が掲載されたようです

【追記】▪️関連投稿です。「『台湾の少年』刊行記念 トークイベント」

庭仕事と風呂掃除

20240426mygarden5.png ▪️またまた庭の話ですみません。今、自分の人生の中てガーデニングは大きな存在なんですよ。退職したら、どうなるのかな。でもね、ガーデニングって、精神に良い作用をもたらすのです。これは、『庭仕事の真髄―老い・病・トラウマ・孤独を癒す庭』(スー・スチュアート・スミス (著), 和田 佐規子 (翻訳))という全英でベストセラーになった書籍です。このブログをお読みの皆さんの中で、ガーデニングに関心のある方がおられましたら、ぜひお読みください。ちなみに、龍大瀬田図書館にはあります。「瀬田.本館2F開架 494.78/ススニ」です。この投稿を読んで、どなたか借りてくださったら嬉しいな。

▪️1段目の写真、レンガで囲まれた花壇。花壇なんですが、我が家の庭を大改修してくださった庭師さんの設計では、ここは家庭菜園の場所でした。ところが、ここにミョウガの根っこを植えてくださったようで、そのミョウガが花壇中に根を張り巡らすようになり、この花壇、春から初秋にかけては「茗荷畑」になっていました。たくさんのミョウガを収穫できるのは嬉しいのですが、他の野菜を植えることができません。これまで、そのような野菜はプランターで植えていたんです。

▪️そのような様子を庭師さんがご覧になって、「ミョウガは裏庭に植え替えてはどうですか」とのご助言をくださいました。というわけで、張り巡らされたミョウガの根っこを取り除き、その一部を、大きな3つのプランターに植え替えることにしました。今までようなミョウガの収穫は量的に無理かもしれませんが、プランターでもミョウガが芽を伸ばし始めているので、今年もなんとか収穫はできそうです。たくさんのミョウガが収穫できるように世話をしていこうと思います。ミョウガの根っこを取り除いた花壇には、トマトとキュウリなどの夏野菜の苗を植えることになりました。この場所以外になりますが、パセリとスイートバジルも植えました。今年はミョウガの根っこを取り除くだけで精一杯だったのですが、秋からは、1年を通して計画的に野菜を育てたいと思います。まあ、こんなに小さな面積なので、あくまで楽しみ程度の収穫になりますけど。で、よーく写真を見ると、手前のレンガの近くに、細い芽が出ているのがおわかりでしょうか。これ、取り除けなかったミョウガの残りの根から新しい芽が伸びてきているのです。野菜とミョウガのアンサンブル、そういった畑になるのかな。
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▪️2段目の写真。シバザクラ、ヒメウツギ、タイムが小さな可愛らしい花を咲かせて、庭の法面がとても賑やかになっています。ちょっと残念なのは、シバザクラが一部枯れてしまったことです。今は「空き地」になっています。今年度の冬には「空き地」にシバザクラの苗を再度植えようと思います。まあ、ちょっとはげて(「空き地」)はいるのですが、春らしいとても華やかな雰囲気になったので、とても満足しています(自己満足ですけど)。

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▪️3段目左は、タツナミソウです。波が重なっているような花です。大変小さな白い花なんです。写真では大きく写っていますが。これは種を蒔いたり、苗を植えたりしたわけではないのです。勝手に生えてきました。お隣の庭の隅っこにも咲いています。おそらくは、そこから我が家の庭にも種が落ちて、こうやって咲いているのだと思います。最後の右側のヤマツツジ、これも勝手に生えてきました。こういうのも予想外の出来事ですが、楽しいですね。手前には、スイセンの葉が繁っていて少し邪魔ですね。スイセンの花のシーズンはとっくに終わっていますが、今はこうやって春の光を浴びて光合成を行い、球根に栄養を溜めています。花を咲かせてくれたお礼に、少し肥料もあげておきたいと思います。初夏になると葉が枯れるので、その時になったら鎌で刈り取ります。

▪️さて、午前中は庭の世話で結構時間と体力を使いました。今、一番必死になっているのは、庭のシンボルツリーのようなシマトネリコという樹の世話です。シマトネリコに限りませんが、常緑の樹は新芽との交換で古い葉が黄色くなって大量に落ちてくるのです。それを一生懸命に箒で履いて、そして中腰になって、そしてしゃがんで拾って回らなければなりません。ご自宅に常緑の樹木を植えておられる方は、結構、大変かもしれません。でも、そうやって、丁寧に掃除をしていると、いろんな気づきもあります。いつもとは違い、目線が低くなるからでしょうね。大切なことだと思います。小さな小さな自然の変化も目線が低くなると、よく理解できます。ダンゴムシや小さなトカゲも目につくようになります。こういうところにも、ガーデニングの楽しみがあるのだと思います。

▪️午後からは、「今日中に風呂掃除をしてほしい」とミッションを与えられていたので、庭の掃除の延長で風呂掃除にも取り組みました。連休が始まると娘の家族が遊びにきます。もちろん、孫のひなちゃん&ななちゃんもやってきます。ということで、風呂の大掃除です。孫のために頑張りました。風呂桶の湯アカはいつもきれいにしているのですが、入口の通気口、入口の扉のレールの溝、細かなところまで根性を出して綺麗にしました。昨日は爪楊枝と綿棒を使いました。で、その掃除の後に、この記事を読みました。掃除に便利な道具があるんですね。忘れないうちに、入手しておこうと思います。

『あたらしい家中華』

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▪️書店に行きました。書店に行くと、いくつかのテーマで、書棚を巡ります。そのひとつは料理です。ある書店の料理本のコーナーに、この本が置いてありました。著者の酒徒さん、まずはTwitterの投稿ですごく面白い中華料理の投稿をしている人がいると気が付きました。中国のごく普通に食べられている家庭料理なんです。プロの料理人ではありません。でも、学生時代に中華料理に魅せられて、中国国内をあちこち巡っていろんな料理の経験をされてきた方です。今日は、この本の中のキャベツ炒めを作りした。そう、ただのキャベツ炒めです。材料は、キャベツ、ニンニク、唐辛子。調味料は、醤油、黒酢、砂糖。自分で作っているんですが、とっても美味しかったです。これはね、自画自賛ではなくて、この本が素晴らしいという意味です。

福音館の絵本『あさいち』の復刊、利益は義援金に。

▪️素敵なニュースです。絵本で有名な福音館書店では、石川県の「輪島朝市」の活気ある風景を描いた絵本『あさいち』(大石可久也 絵/輪島・朝市の人びと 語り) を2024年3月6日(水)に復刊し、本作の売上の一部 (利益相当額) は令和6年能登半島地震災害義援金として、日本赤十字社に寄付するそうです。詳しくは、こちらをご覧ください。これは福音館書店さんによるプレスリリースですが、その中では、絵本の中の一部の絵を見ることができます。amazon等で注文しても、手元に届くのはかなり先のことになりそうです。多くの方が購入されているので、増刷に時間がかかるのではないかと思います。

シリーズ 環境社会学講座 6『複雑な問題をどう解決すればよいのか—環境社会学の実践』

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▪️新泉社から新刊として出版された「シリーズ 環境社会学講座 6 宮内泰介・三上直之編『複雑な問題をどう解決すればよいのか—環境社会学の実践』が送られてきました。今日、大学で受け取りました。私は第5章「多層的なガバナンスから流域環境問題の解決を考える 琵琶湖流域に焼ける協働の試みから」を執筆しました。文理融合の研究プロジェクトを通して経験した「支配-従属」問題について検討しています。協働の現場で、異質な「他者」とどのように関係を持つのか、異質な他者との協働はどのような意味で可能なのかを検討しています。お世話になった方達にお読みいただけたらと思っています。

▪️この書籍については、出版社からの情報をご覧いただければと思います。それぞれの章の一部をPDFで読むこともできます。

【関連投稿】『シリーズ 環境社会学講座 6 複雑な問題をどう解決すればよいのか』(新泉社)
「シリーズ 環境社会学講座」第6巻
『シリーズ 環境社会学講座 6 複雑な問題をどう解決すればよいのか』(新泉社)

大著「命の嘆願書」が伝えるもの ジャーナリスト 井手裕彦氏講演会4/18

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▪️『命の嘆願書』の著者であるジャーナリスト・元読売新聞大阪本社論説委員・編集委員の井出裕彦さんの講演会です。『命の嘆願書』は、以下のような書籍です。

新聞記者生活の最後の年 著者はモンゴルへ向かった。「命」の呼称がある文書と言えば、第二次世界大戦中、ナチス・ドイツ の迫害から逃れようした多くのユダヤ人にリトアニアの日本領事館領事代理だった 杉原千畝が発給した「命のビザ」が知られる。一方、私が見つけた「命の嘆願書」 はモンゴルやロシアの公文書館の奥深くに「外交文書」や抑留の「公的記録」とし て厳重に保管され、誰の目にも触れず、歴史の中に埋もれようとしていた。 こんな抑留者やその妻、母、子がいた真実を置き去りにしたまま、出会った記録を 墓場まで持っていっていいものだろうか。新聞社を後にして筆を執ってから脱稿ま で三年を要したが、私は伝えずにはおれなかったのである。

▪️井出さんの講演会は、4月18日にギャラリー読売で開催されます。会場参加:700円、オンデマンド受講:500円 です。詳しくは、こちらをご覧ください

扇状地と湧水

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20240222itachigawa2.jpg▪️富山旅行の3日目の最終日(2月21日)、富山市内にある「石倉町の延命地蔵」を訪ねました。ここは湧き水が出てくるのですが、たくさんの方達がその水を汲みにこられていました。詳しくは以下の「立山黒部ジオパーク」のサイトにある説明をお読みいただきたいのですが、ここは「常願寺川が運んだ土砂の堆積によってつくられた、扇状地の扇端部」なのです。立山の積もった雪が溶けて、扇状地に染み込み、非常にゆっくりと地下を流れて、扇状地の一番端から湧き出てくるのです。その湧き水と延命地蔵信仰とが融合しているわけですね。

富山市街を流れる「いたち川」沿いには、延命地蔵尊がいくつも祀られています。安政5年(1858)に発生した飛越地震により、立山カルデラの一部が大崩落し、溜まった土砂が自然のダムを作り、それが決壊して常願寺川からの濁流が町を襲いました。多くの死者や病人が出たなか、夢のお告げで川底からお地蔵様を引き上げて奉ったところ多くの病人が救われたと伝わっています。石倉町の延命地蔵が祀られている場所は、常願寺川が運んだ土砂の堆積によってつくられた、扇状地の扇端部にあたります。扇状地はたびたび洪水に見舞われますが、扇端部では豊かな水の恩恵を受けることができます。この場所では、扇状地に染みこんだ立山の豊富な雪解け水が、清純な地下水となって湧き出し、万病に効くといわれ延命地蔵の水として人々に利用され続けています。

20240222itachigawa8.jpg▪️富山平野の背後には、北アルプスや飛騨高地(飛騨山地)があり、そこからいくつもの急流河川が富山平野に流れ出してきます。そして、水深1200mもある富山湾に注ぎ込んでいきます。そのため、この富山平野にはいくつもの扇状地群が発達することになりました。東側から、黒部川扇状地、片貝川扇状地、早月川扇状地、上市川扇状地、常願寺川扇状地、そして庄川扇状地です。最後の庄川扇状地=砺波平野は、散居村の景観で有名ですね。こちらの扇状地では、「屋敷林に囲まれた約7,000戸を超える家(農家)が点在」しています。こちらの地図をご覧いただけばわかりますが、投稿線の間隔が広いです。扇状地ではありますが、他の扇状地に比べて傾斜が緩やかです。だからこの扇状地の中央部分は、砺波平野と呼ばれるのでしょう。この庄川扇状地の散居村もいつか見学にぜひ行きたいと思っています。ただ、今回の旅行で訪問したのは、上記の引用にもあるように常願寺川扇状地になります。

▪️延命地蔵尊のあるいたち川は、元々は、この常願寺川を源とする川でした。そして、以前は常願寺川と神通川をつなぐ川だったようですが、今は、常願寺川から取水する「常西合口用水」から始まって、田園地帯、住宅街、市街地を流れて、最後は神通川につながるようです。さて、このいたち川、前述の説明では、地震により自然にできたダムが決壊して、水害の大変な被害にあった地域のようですね。そのあたりのことも含めて、地理的な特徴と災害について解説している「富山平野の土地条件と自然災害-急流河川がつくる扇状地群の平野」をネット上に見つけました。執筆者は、千葉大学で教員をされていた水谷武司先生です。「防災講座: 地域災害環境-日本各地の災害危険性に関わる自然環境・社会要因・災害履歴-」の中の一つの講座のようです。地理的なことに関して素人の私にもよく理解できる解説になっています。関心のある方は、ぜひお読みいただきたいなと思います。富山の地理的な特徴をよく理解できます。

▪️このいたち川に関連して、神通川のことも調べてみました。すると、今の神通川に河川整備されたのは、明治以降のことなんですね。ここではわかりやすい資料をネット上に見つけましたので、そちらのリンク先をここに貼り付けておきます。神通川沿いもよく水害が発生した地域のようです。ただ、明治以降、今の富山市の中心市街地は、河川整備により神通川の流路を変化させ(直線化)さい、その廃川になった跡地にできた場所なのだそうです。埋め立てたわけですね(新たに運河を掘った時に出た土砂で)。そのようなこともあり、土地の方のお話では、今年の元旦の地震によって道路に被害が発生したとお聞きしました。埋め立てた土地は、地震には脆弱ですから。

月刊グッドラックとやま 2003年7月号
月刊グッドラックとやま 2003年8月号 
月刊グッドラックとやま 2003年9月号

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20240222itachigawa7.jpg▪️もうひとつ、「そうなんだ」と驚いたことがありました。このあたりが小説家の源氏鶏太(1912年・明治45年~ 1985年・昭和60年)の故郷であったということです。源氏さんは富山の生まれだったんですね。といっても、お若い皆さんはご存知ないでしょうね。私の年代でも、同世代であれば読むことは少ない小説家なんだと思います。私の場合ですが、亡くなった昭和一桁生まれの両親が、通勤の際に、源氏鶏太の小説を文庫本でよく読んでいて、家に書架に並べてあったその文庫本を高校や浪人の頃に手に取って読んでいたんですね。

▪️それから、小説家の宮本輝さんが、1978年に第78回芥川賞を受賞した作品『蛍川』は、この投稿で取り上げたいたち川が舞台になっているようです。「いるようです」というのは、私は、宮本さんの『泥の河』と『道頓堀川』は読んでいるのですが、この『蛍川』は未読のように思います。『蛍川』は富山のいたち川が舞台だったんですね。今回は、扇状地と災害、そして源氏鶏太と宮本輝、いろいろ勉強になりました。

「シリーズ 環境社会学講座」第6巻


▪️3月18日に発売されるそうです。第5章「多層的なガバナンスから流域環境問題の解決を考える――琵琶湖流域における協働の試みから」を執筆しました。ぜひ手に取っていただければと思います。この書籍のタイトルは『〜どう解決すればよいのか』ですが、私自身は、「こうすれば良いのだ」などということ一言も書いていません。むしろ、自分の研究上でいろいろ悩んた上で、つらつら考え方ことを書いています。けっこう、ある意味辛いことでした。だから、自信満々の話ではありません。もし、「こうすれば良いのだ」ということが書かれていることを期待されている方がいらっしゃれば、それは違うと思いますので、あらかじめ申し上げておきます。とはいえ、繰り返しになりますが、ぜひ手に取って、できればお読みいただければと思います。

『シリーズ 環境社会学講座 6 複雑な問題をどう解決すればよいのか』(新泉社)

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▪️ひさしぶりに、このブログのタイトルに相応しい投稿をします。

▪️『シリーズ 環境社会学講座 6 複雑な問題をどう解決すればよいのか』(宮内泰介・咸身直之編,新泉社)もう少ししたら出版されるようです。本日、出版社の方から連絡がありました。私は、「第5章 多層的なガバナンスから流域環境問題の解決を考える——琵琶湖流域における協働の試みから」を執筆させていただきました。チャンスがあれば手に取ってページをめくってくださるとありがたいです。よろしくお願いいたします。

▪️『シリーズ 環境社会学講座』は全6巻。すでに第1巻から第3巻までは出版されており、このたび最終巻である第6巻が出版されることになりました。4月以降、第4巻と第5巻も順次出版されていくと思います。以下は、「シリーズ 環境社会学講座 刊行にあたって」です。日本の環境社会学の特徴と、今回の出版の意図をご理解いただけるのではないかと思います。

▪️この文の終わりに書かれている、『講座 環境社会学』(全五巻、有斐閣、二〇〇一年)、『シリーズ環境社会学』(全六巻、新曜社、二〇〇〇—二〇〇三年)、この「講座」と「シリーズ」に私も論文を執筆しています。もう20数年まえの出版物になります。その頃、私は40歳で、学会の中でもまだ若手(正確には、中堅あるいは中堅の手前)の方でした。あれから四半世紀近くの時が経過して、今は定年退職前の年寄りになりました。年寄りなんですが、今回の『シリーズ 環境社会学講座』では、学会を担っておられる若い研究者の方達に混じって執筆させていただきました。編者のおふたり、それから編集者の方にも大変お世話になりました。ありがとうございました。

気候変動、原子力災害、生物多様性の危機——、現代の環境問題は、どれも複雑な広がり方をしており、どこからどう考えればよいのか、手がかりさえもつかみにくいものばかりです。問題の難しさは、科学技術に対するやみくもな期待や、あるいは逆に学問への不信感なども生み、社会的な亀裂や分断を深刻化させています。

こうした状況にあって、人びとが生きる現場の混沌のなかから出発し、絶えずそこに軸足を据えつつ、環境問題とその解決の道を複眼的にとらえて思考する学問分野、それが環境社会学です。

環境社会学の特徴は、批判性と実践性の両面を兼ね備えているところにあります。例えば、「公害は過去のもの」という一般的な見方を環境社会学はくつがえし、それがどう続いていて、なぜ見えにくくなってしまっているのか、その構造を批判的に明らかにしてきました。同時に環境社会学では、研究者自身が、他の多くの利害関係者とともに環境問題に直接かかわり、一緒に考える実践も重ねてきました。

一貫しているのは、現場志向であり、生活者目線です。環境や社会の持続可能性をおびやかす諸問題に対して、いたずらに無力感にとらわれることなく、地に足のついた解決の可能性を探るために、環境社会学の視点をもっと生かせるはずだ、そう私たちは考えます。

『講座 環境社会学』(全五巻、有斐閣、二〇〇一年)、『シリーズ環境社会学』(全六巻、新曜社、二〇〇〇—二〇〇三年)が刊行されてから二〇年。私たちは、大きな広がりと発展を見せた環境社会学の成果を伝えたいと、新しい出版物の発刊を計画し、議論を重ねてきました。

そして、ここに全六巻の『シリーズ 環境社会学講座』をお届けできることになりました。環境と社会の問題を学ぶ学生、環境問題の現場で格闘している実践家・専門家、また多くの関心ある市民に、このシリーズを手に取っていただき、ともに考え実践する場が広がっていくことを切望しています。

シリーズ 環境社会学講座 編集委員一同

▪️今回の書籍の出版で、結果として四半世紀も続けてきた文理融合型の流域ガバナンスに関する研究を、ひとまずは終えることになりそうです。少し準備をして、環境ガバナンスに焦点をあてた歴史社会学的な研究に移行しようと思います。

管理者用