指の怪我

20190625kega.jpg◼︎左手の指を怪我してしまいました。自宅庭のの枯れた低木を引き抜いて乾燥させていたのですが、そろそろ乾いてきたし、いつまでも庭の片隅に置いておくわけにはもいかないので、ノコギリで切り分けて、ゴミ袋に入れて燃やすゴミとして出そうと思ったのです。あまり時間もなかったものですから、ちょっと焦っていたのかなしもれません。勢い余って、枯れ木だけでなく、自分の指も切ってしまいました。「うぎゃ…やってしもうた」って感じです。切れ味の良い包丁のような刃物であれば、切り口もスパッと綺麗だと思うのですが、ノコギリであるため傷口がぐちゃぐちゃになってしまいました。おまけに出血が半端ではありません。ということで、タオルで傷口をしっかり押さえて、近くにある外科の病院に電話をしました。

◼︎レントゲンも撮りましたが、骨は大丈夫でした。ただ、指の付け根の1つ上の関節の皮がぐじゃぐじゃになっていたので、麻酔をして、7針ほどホッチキスでパチンパチンと傷口を閉じることになりました。ホッチキスと言っても医療用のものです。私自身は初体験でしたが、本当にホッチキスそのものです。医師によれば、血が止まらなかったのは、小さな動脈が切れたからとのこと。動脈が切れたというと少々焦りますが、小さな指にも動脈はいっぱい走っているので特に問題なしとのことでした。また、指の神経も指の骨の側面に沿って走っているので、神経を大丈夫とのお墨付きをもらいました。安心しました。薬は化膿止めの抗生物質、痛み止めのロキソニン、胃薬。抗生物質は、腸の細菌(善玉菌)も殺しちゃうのでお腹を下すかも…なんだそうです。ちょっと嫌ですね。だも、仕方ありません。

父の日のプレゼント2019

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◼︎毎日でもありませんが、社会学には何にも関係ない個人的なことをアップしています。タイトルと齟齬がありますね。どうかお許しを。今回も、父の日にもらったプレゼントのことです。私には30歳を超えている娘と息子がいますが、きちんと社会人として頑張って働いてくれています。その子どもたちから、最近は毎年必ず父の日や誕生日にプレゼントを送ってもらっています。有難いことですね。

◼︎滋賀県大津に転居してから庭の世話をするようになり、最初は義務的なものでしたが、次第にガーデニングに目覚めることになりました。この季節、庭には蚊がたくさんいるのですが、蚊に刺されることにもめげずに毎日にわの世話をしています。写真は、そのようにガーデニングが生きがいになった私に、娘が贈ってくれたプレゼントです。手作りの芽切挟です。繊細な挟みのようで、なんでもバンバン切るわけにはいかないようです。果樹、園芸の芽摘み、盆栽の小枝切りのための鋏のようですね。例えば、庭に咲いている花を、室内の花瓶に生けたいな…というような時に、鋭い歯で綺麗に切ることができるのかなと思います。

父の日のプレゼント

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◼︎少し早いのですが、父の日のプレゼントが息子から届きました。いつもならば、恐らくは私が好きな酒を送ってくれるのですが、今回は違いました。「がんリスクチェッカー」です。「父親だけにプレゼントするのもなんだかな〜」なのだろうと思いますが、両親ともにチェックしてみてと送ってきてくれました。どういうわけか、私のものはクロネコの宅配便で、母親のものは郵便で届きました。なぜだろう…。まあ、それは良いとして、このキットで全身のどこかにガンが有るのか、あるいは無いかがわかる程度のものらしいです。これで、もしガンが見つかったらありがたい。いや、見つからない方が良いのですが、早めに対処できるわけですからね。私、一応、80歳までしっかり生きて、「孫と一緒に呑みに行く」という人生の目標があります。頑張らねば…と思います。

誕生日

■4月15日(月)で満61歳になりました。人生の大先輩たちからは、「まだまだ若い」と鼻垂れ小僧扱いになるわけですが、やはり少しずつではありますが、老いていることを自覚せざるを得ません。個人的には、「孫が成人するまでは、なんとか、しっかりと生きていたい」という願望(煩悩…?)がありますので、酒の飲み過ぎに注意して、健康第一で暮らしていければと思います。もっともその願望も、具体的には、「孫と一緒に呑みに行く」ということなんですけどね。そのことを夢見て、健康第一でと思います。名前も、「健一」ですし。

■さて、一昨日と昨日には、主にfacebookでの投稿やメッセンジャーを通して、たくさんの友人や知り合いの皆様からお祝いのメッセージをいただきました。本当にありがとうございました。ありがたい時代になりました。老いは感じられるけれど、成熟が伴っていないなあと自覚しています。なんとも情けない61歳なのですが、どうかよろしくお願いいたします。

■ところで、4月15日ですが、フランスの社会学者のエミール・デュルケームが生まれた日です。私が生まれる100年前。まあ、ほとんどの方にはどうでも良いことですね。また、昨日は「遺言の日」なのだそうです。私の場合、財産もないし、遺言に残して子ども達にお願いすることも、今のところ何もないのですが。

大阪梅田での同窓会

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■大学時代に所属して学生オーケストラ(関西学院交響楽団)の仲間が集まって同窓会を開きました。これまでの投稿にも書いてきたわけですが、私たちと同学年で、海外に在住している人が帰国するたびに、それを口実に小さな同窓会を開催しています。1人は中国で仕事をしていますが、もう1人はフランスです。今回は、フランスから島岡現くんが一時帰国したということで、大阪の梅田に集まることにしました。島岡くんは、もともと、クラシックのコントラバス奏者を目指していた人ですが、現在は、フランスで俳優や声優をしています。また、サーカスなどにも出演することがあるそうです。ちょっと謎の東洋人とい感じかな。

■今回は、私たちが一緒に演奏した後輩だけでなく、つい最近卒業した若い後輩も来てくれました。コントラバスを弾いて、学生の部長をしていた人です。最近の学生オーケストラの様子なども聞かせていただきました。最近は、女子部員がすごく増えているようです。そういえば、私が現在部長をしている龍谷大学吹奏楽部も女子部員の方が人数は圧倒的に多いようです。何故なんでしょうね。それはともかく、こうやってすぐに集まることのできる学生時代の仲間がいるということは、とても幸せなことなのかもしれません。

同級生

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20190330lacollina4.jpg◾️昨晩は、母校・兵庫県立兵庫高等学校の同窓生・同級生の礒田くんご夫妻が、会員制の別荘に宿泊されるということで、滋賀に暮らしている私に声をかけてくれました。礒田くんからは、「脇田くんの『利やん』愛をfacebookでいつも見ているので、一度、利やんに行ってみたい」ということで、大津駅前のいつもの居酒屋「利やん」でご夫妻を歓待ということになりました。「利やん」の後は、礒田くんの別荘に泊めてもらいました。別荘は草津市の湖岸にありますが、私自身は琵琶湖(南湖)の対岸に暮らしているので、何かちょっと不思議な感じがしました。自宅の近くのホテルに泊まる…という感じでしょうか。昨日はあいにくの天候でしたが、今日は風はかなり強いものの天候は晴れ、湖岸から美しい風景を眺めることができました。

◾️今日は我が家の車で、湖東を少しドライブすることにしました。朝、ちょっと礒田くんたちと相談をして、近江八幡にあるあの有名な「ラ コリーナ」でバームクーヘンを食べることになりました。ところが、「ラコリーナ」に到着すると駐車場はすでにたくさんの車で埋まっていました。県外ナンバーの車もあちこちに駐車していました。噂には聞いていましたが、人気があるんですね〜。というわけで、「ラコリーナ」内のカフェでとても美味しいと評判のバームクーヘンを食べるのにも長い行列に並ばなければなりませんでしたが、家人が順番をとる役割で行列に並んでくれたので、その間に礒田夫妻と一緒に「ラコリーナ」の不思議な建物を見て回ることにしました。

◾️建物はとても不思議なデザインです。ちょと、スタジオ・ジブリっぽい雰囲気もあります。だけど、何か惹かれるものがあるんですね。敷地の中には水田が広がっているのですが、その中に岩が置かれていて、岩の上には松が生えている…。これも不思議なデザインです。誰がどういうコンセプトで設計したのだろう…と思い、ちょっとスマホでググってみると、なんと藤森照信さんでした。不思議なデザインで惹かれるものがある…と思ったのは、そういうことだったのですね。「ラコリーナ」の設計が藤森照信さんであるということを、私はまったく知りませんでした。しかし、とっても有名な話なんですね。

◾️随分以前のことになるけれど、ちょっとした仕事で、藤森照信さんが設計した住宅を訪ねたことがあります。「ニラハウス」とネーミングされた小説家のご自宅でした。「ニラハウス」と呼ばれるそのお宅は、屋根にあの野菜のニラのポットがたくさん配置されていて秋になるとニラの花が屋根一面に咲くということをお聞きしました。この「ラ コリーナ」の屋根には全面に草が生えています。だから、「草屋根」。残念ながら、今日は補修中でした。また、水田も、もちろん田植え前の状態でした。補修が終わり、水田に稲穂が実る頃にまた再訪してみたいと思います。まあ、そのような建物のことはともかく、無事に、有名なバームクーヘンを食べることができました。たしかに、ソフトで柔らかく、軽い感じのバームクーヘンで、とても美味しくいただきました。「ラ コリーナ」と藤森照信さんのことについては、以下をご覧いただきたいと思います。

藤森先生とラ コリーナの物語
連なる〈七つ石〉
里山に出現した藤森建築。その日々の営みの記録が写真集に。

孫の成長

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◾️大変私的なことで恐縮ですが、孫に関連するエントリーです。孫のひな子が満2歳になりました。ついこの間、この世に生まれてきたばかりのように思うのですが、今は1人で滑り台をすべることができるし、たくさんの言葉を覚えていろいろ喋られるようにもなっています。「女の子の成長は早い…」とよく言われますが、本当にそうだよな〜としみじみ思うわけです。ひな子の母親である娘が、毎月、孫の写真をとってカレンダーにして送ってくれており、そのカレンダーを自宅の壁にぶら下げて飾っています。このような飾り始めた時は、当然のことながら、まだ枚数は少なかったのですが、2年間でこれだけの枚数になりました。上の方から眺めていくと、孫の成長のプロセスがよくわかります。

◾️昨日は、1日早くなりますが、自宅近くのレストランで、家族だけでお誕生日のお祝いをしたようです。娘によれば、ベルを鳴らして店員さんに来てもらい「ケーキください」と言えるし、ケーキのロウソクも自分で消せるらしいです。いいいですね〜。ひな子は保育園に通っていますが、今朝は保育園につくと、先生が「ひなちゃんお誕生日おめでと〜!」と出迎えてくれました。すると、ひな子も「ひなこお誕生日よ〜2歳よ〜〜!」と自分でも言っていたそうです。お誕生日が、自分にとって特別な日であることがわかっているのですね。というのも、保育園のお友達がお祝いしてもらうのを見て、自分の誕生日がやってくるのを心待ちにしていたからです。保育園のお誕生日会もとても嬉しかったようです。こういう話を娘に聞かせてもらって、おじいさんである私は、とても幸せな気持ちになれるのです。ありがたいことです。

20190313hinako4.jpg◾️もっとも、今晩は、iPhoneのFaceTimeで、娘や孫のひな子と「テレビ電話」をしようとしましたが、慣れないというか、驚いた孫に泣かれてしました…(悲)。もう少し頻繁にあって、もうすこし頻繁にFaceTimewでやりとりが必要ですね。こう書いてしまうと、誤解をされてしまいそうですが、実際にあってしばらく時間が経つと、こんな風に仲良くなりますよ。この写真は、すこし前のことになりますが、娘の家族と一緒に神戸にある「アンパンマンこどもミュージアム神戸」に行った時に撮ってもらったものです。

母校同窓会滋賀支部「湖東・湖北ブロック」の新年会

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◾️先週の土曜日ですが、「関西学院同窓会滋賀支部湖東・湖北ブロック」主催の新年会が開催されました。場所は、近江八幡氏にある「山甚」さんです。私は大津に住んでいますが、昨年からこの「湖東・湖北ブロック」の催しに参加させていただいています。最近は、毎回「山甚」さんで開催されているようです。「山甚」さんは、琵琶湖の湖魚料理はもちろんのこと、滋賀県の食材をふんだんに使ったお料理が楽しめます。この日は、湖魚料理と牡丹鍋。心の底から満足しました。次回は7月になりました。今度は、ウナギのジュンジュンがメインになるのかなと思っています。

関門海峡

20190121kanmonkaikyou.jpg◾️亡くなった母の自宅を売却しました。売却したのは、母が亡くなる前でしたが。その売却に先立ち、家の中に詰まった諸々のモノを処分しなければなりませんでした。よくもまあ、これだけのモノが詰まっていたものだと思うほど、モノでいっぱいでした。最初は、自分の力で整理しようと思っていましたし、いるものや使えるものと、いらないもの使えないものを分別しようとしていました。昭和生まれなので、どこかで勿体無いと思っていたのだと思います。そうしていつまでもモタモタしたいたのですが、売却するためのリミットが迫ってきて、最後は業者さんにお願いをしました。引っ越し会社から独立した方達が作った会社でした。さすがプロ、あっという間に家の中はスッからかんになりました。呆気ないくらいでした。お金は予想以上にかかりましたが、決断してよかったです。仕事をしながらだと、余程の馬力を投入しないことには無理だと思います。母の家は、新興住宅地の小さな家でしたから、まだよかったのですが、農村地域の何代も続いた大きな御宅の場合は、どれだけ大変かと想像します。

◾️さて、殆どのモノは処分したのですが、自宅に持って帰ったものもあります。一部の食器、重要な書類、アルバムや写真…。そして絵画です。「文化資本」の蓄積がない家でしたが、どういうわけか絵画が飾ってありました。両親が自分たちの趣味で買い求めたというよりも、絵を描くことが好きな知人から贈ってもらったり、知人の画家から購入したりという感じでしょうか。写真は、その知人の画家の水彩画です。今は、我が家に飾ってあります。色紙に描かれています。その画家の先生は、私の絵の先生でもありました。まあ、私の才能は開花しませんでしたが…。この水彩画は、関門海峡の風景を描いたものです。門司側から下関側を描いていると思います。この絵を見ながら、下関や北九州の小倉にいた頃のことを(5歳から10歳)、いろいろ思い出しています。

【追記】◾️母の自宅のモノを処分して色々思うところがあります。「終活」の諸々に関連してでしょうか。歳をとると、自分で家の中のモノを処分できなくなるのだと思います。亡くなった両親を見ていてそう思いました。処分には体力も気力も必要ですし。もし「終活」的な意味での「断捨離」を行うのならば、健康なうち、前期高齢者のうちにやってしまわないと、多分、子ども世代に迷惑をかけてしまうと思います。これを、「迷惑」といってしまうところが、今時なのですが…。それと、あとはエンディングノートですね。銀行や年金や役所関係のこと…全部を含めたことを、エンディングノートにきちんと書いておくことでしょうか。

「還暦記念同窓会」

20190121dosokai.jpg ◾️母校である兵庫県立兵庫高等学校の「還暦記念同窓会」が開催されます。この案内のハガキが届いた時、デザインの意図がすぐにわからなかったのですが、これは「還暦」という漢字をデザインしているんですね。なるほど。しかも「熨斗」まで。凝っていますね〜。同窓会は、神戸市内のホテルで開催されます。おそらく、卒業式以来という方達にもお会いできるのではないかと思います。

◾️高校の同級生とつながったのは、昨年の春に開催された母校の創立110周年記念事業がきっかけになります。この記念事業は神戸ポートアイランドにあるポートピアホテルで開催されました。記念式典の後は、記念祝賀会。800名程の卒業生が参加されました。 私は、1974年の夏、広島の県立高校からこの兵庫高校に転校してきました。ということで、他の皆さんと同じように入学の時から一緒にいたわけではありません。転校当時は広島弁をしゃべっていたようですが、そういう転校生に、皆さん、けっこう親切にしてくださったんだなあと少しずつ思い出します。ところで、この記念祝賀会に参加できたのは、仕事で知り合いになり、お互い兵庫高校の同窓生であるとわかり、しかもfacebookでも友達になっていただいたKさんのさんのおかげです。Kさんとは卒業年次が13年違うわけですが、facebookを通して熱心に記念事業に参加するようにとお誘いいただきました。そのお誘いがなければ、同級生との再会はありませんでした。ありがたいなあと思います。「還暦記念同窓会」ですが、3月に神戸市内のホテルで開催されます。メインパーティーは夕方17時から、そのあとのアフターパーティーにも参加する予定です。

◾️ところで、「還暦」って、あまり深く考えていませんでしたが、「歴が還る(かえる)」ということなんですね。「干支」(かんし、えと)のうちの十二支(じゅうにし)「子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥」と、十干(じっかん)「甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸」の組み合わせが、生まれた時の組み合わせに還るわけです。私の生まれた1958年の場合は、「戊(つちのえ)」と「戌(いぬ)」の組み合わせ、「戊戌」になります。というか、なるんだということを最近知りました。昔は、寿命もかなり短く、50歳を超えることはありませんでした。そういう意味で、当時であれば還暦はおめでたいことだったのでしょう。しかし、今は還暦は老人の入り口の手前程度の感じでしょうかね。

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