原田達先生、宮本孝二先生とお会いしました。

20221125harada_miyamoto.jpg ■昨日、木曜日は、深草キャンパスで留学生のための授業がある日でした。深草キャンパスに行くと、私自身は瀬田キャンパスですので、普段お会いできない方たちと立ち話をすることができます。今日は授業の後、偶然に、以前、社会学部教務課におられた職員さんにお会いすることができました。とてもお元気な方で、周りをハッピーにできる素敵な方です。今度、深草の共通の仲良しさんと飲み会をしようということになりました。まあ、第8波でどうなるかではありますが…。

■深草キャンパスの後は、高槻市へ移動しました。7年前まで龍谷大学社会学部に勤務されていた原田達先生と、桃山学院大学に勤務されていた宮本孝ニ先生と、高槻のお店でご一緒させていただきました。原田先生とはたびたびお会いしていますが、宮本先生とは本当に久しぶりにお会いすることができました。社会学の専門雑誌『ソシオロジ』の編集委員をご一緒させていただいていた時ですから、もう10年ほど昔のことになります。10年経っていますが、私はもう本当に老人になってきましたが、宮本先生はぜんぜん雰囲気が変わっておられませんでした。びっくりです。

■原田先生も、宮本先生とは15年ぶりにお会いされたのだそうです。どうして、ひさしぶりの懇親会が実現したのかといえば、先日、原田先生とお会いした時に、たまたま宮本先生のお名前が出てきて、2人でお会いしたいなあ〜という話になったからなのです。ちなみに、原田先生と宮本先生は、大阪大学・大学院の同窓生です。阪大の関係者のお話もたくさん出てきます。

■いろいろな話題で盛り上がりました。久しぶりですからね。盛り上がると同時に、時々、70歳になる前に亡くなった方のお話も出てきました。90歳を超えるご高齢にも関わらず元気にお過ごしの大先生のお話も出てきました。お2人は70歳を超えておられますし、私も来年は前期高齢者ですし…。やはり、そういう話が出てきますね。

■18時過ぎから始まった懇親会は、お2人とも控えめな「呑み」で、21時前にはおひらきとなりました。それでも、2時間半。あっという間でした。またお2人との再会を楽しみにしたいと思います。

■昨日のお店は、JR高槻駅の北側のエリアにある素敵な和食のお店でした。原田先生は、時々、ご利用になるようです。この日も、次回の予約をされていました。かつて勤務されていた大学の同僚だった皆さんとお会いするのだそうです。この同量だった皆さん、もちろん70歳を超えておられると思いますが、歳を取ってきて、いつ体調が悪くなってしまうかわからないので、会う「頻度」を上げてこられたようです。年に1回が半年に1回。半年に1回が3ヶ月に1回という具合に。年齢を重ねて、こういう仲間が、たくさん周りにいることは、とても大切なことだと思います。

紅葉の比良山系

20221107hirasan1.jpg
20221107hirasan2.jpg20221107hirasan3.jpg
20221107hirasan4.jpg
20221107hirasan5.jpg20221107hirasan6.jpg
20221107hirasan7.jpg
20221107hirasan8.jpg■先週の土曜日、昼過ぎまで三千院の界隈で過ごした後、車で自宅に戻ろうとしましたが、ふと見ると、朝、比良山系の頂を覆っていたガスがきれいに消えていました。自宅に帰る予定を変更、ロープーウェイで琵びわ湖バレイまで行くことにしました。

■素晴らしい紅葉でした。ロープーウェイの途中あたりから、木々は紅葉していきます。山頂に着いたら、少し南にある蓬莱山に向かいました。一見、たいした距離、たいした坂ではないように感じるのですが、実際、坂登ってみるときついなと思いました。コロナ感染で運動不足になり、かなり体力が無くなっていることを実感しました。とはいえ、なんとか蓬莱山頂に到着、頂上から周囲をじっくり眺めました。素晴らしいです。三千院も素晴らしかったけれど、比良山系の山々も素晴らしいです。この蓬莱山の標高は、1174mです。このぐらいの高さになると、なんというか地球を感じます。いや、ほんまに。琵琶湖を一望するパノラマにうっとりしました。

■最後のおじいさんの写真は、私です。年寄りですね〜。まあ仕方がないのですが。ここは、最近とっても人気のある「琵琶湖テラス」です。一緒に行った家族に撮影してもらいました。滋賀、最高ですね。

高橋卓志先生のご入院

■高橋卓志先生のfacebookへご投稿をシェアいたします。高橋先生、また入院されました。ご自身の状況を非常に丁寧に説明されています。ありがとうございます。闘病されている方達のご投稿は、いずれ我が身にやってくるかもしれないことを自ら教えてくださっているかのようで、本当にありがたいことだと思っています。

■今回の高橋先生のご投稿では、特に、以下のところがぐっときました。

お節介な(冗)内藤先生は「髙橋さん、臨床にお坊さんは要らない?」と再びスルッと聞いてきた。
要らない(まっひらごめんだ)‥‥とくに宗教的に不完全でありながら完全だと思い込み、余命を生きる人々のためだと言いながら自己満足を求める臨床宗教師や看取り師なんかはね‥‥そう言えば、ぼくもそれをやっていた、ということになる。ホントに申し訳なく思う。

■先生は、しぶとく生きてくださるとのことなので、2回目の快気祝いをお約束いたしました。1回目は、私の方で提案させていただき、鰻重でお祝いをさせていただきました。次回の快気祝いですが、「今度の快気祝いは、わたくしが」とお返事をいただいています。楽しみです。先生、なんとしても、しぶとく生きてください。

このブログに投稿した高橋卓志先生関連の投稿はこちらになります。

連休中に

20220925granddaughter1.jpg 20220925granddaughter2.jpg
■この連休中に、奈良に暮らしている孫と娘が遊びに来てくれました。ありがとう。おじいさんは、嬉しいよ。上の孫は5歳。下の孫は2歳。いろいろ遊んでもらいました。楽しかたったです。精神的に癒されました。ありがとう。でも、私自身は、育児の「ええとこどり」だけさせてもらった感じでしょうか。本当の育児は「ええとこどり」はできませんものね。

■孫がやってくると、リビングルームはおもちゃだらけになります。遊んで、満足したら片付けて、次のおもちゃで遊ぶというわけにはいきません。それは大人の考えです。次々に興味や関心が移っていきます。片付けている暇はありません。仕方ありませんね。食事の前には、「おかたづけの歌」を歌ったりしながら、リビングルームに散らばったおもちゃを決められた籠に入れて片付けるのですが、食事が終わるとまた元の木阿弥です。おそらく、部屋のあちこちに、おもちゃが散らばっている状況が楽しいのでしょうね。

■以前は、下の孫がまだ乳児だった頃は、リビングルームで育てているたくさんの観葉植物も、手に触れられないところに移動させていました。土を触ってしまうからです。観葉植物の鉢の数は15ほどあるので、それを手の届かないところに隠すのも大変でした。大きなものだと2mを超えてしまいますので。さすがに2歳にもなると、土を触ることもなくなりました。といいますか、会話ができるようになってきたからです。手が汚れるので鉢の中の土は触ってはいけないことを理解しています。

■もうネットに孫の顔を出すわけには行かなくなったので、靴の写真だけでも。とっても可愛らしいです。右の写真ですが、下の孫のスニーカーです。ちっちゃいです。ピカチューのアシックスです。

孫の勘違い

■今日は「敬老の日」です。今まで自分には関係ないと思っていました、というか特に意識していませんでした。ところが、孫のひなちゃんがジーバー(祖父母)の顔を描いてくれたのだそうです。そうすると、急に「敬老の日」が自分事として感じられるようになりました。来年からは、前期高齢者で、正真正銘の「老人」になりますしね。

■顔の絵はまだ届いていませんが、面白い話をお母さん(娘)から教えてもらいました。ひなちゃんは、これまで私のことを「けんちおじいちゃん」だと思っていたというのです。「けんいち」ではなくて「けんち」。ひなちゃんには、もう1人おじいちゃんがいます。本当は「こうじろうおじいちゃん」なんですが、ひなちゃんは「こじろおじいちゃん」と思っていたのだそうです。「こじろ&けんちジージーズ」です。

■どうして、ひなちゃんが自分の勘違いに気がついたのかといえば、最近、ひなちゃんは平仮名が書けるようになっていて、ジーバーの顔の下に名前を平仮名で書こうとしたのですが、お母さん(娘)からの指摘で自分の勘違いに気がついたようです。でもね、「けんち」でもいいんだよ、おじいちゃんは。

追記
■ひなちゃんは、いま、5歳です。来年の春には小学生になります。

義父母宅の庭の手入れ

20220822ginseng_soup.jpg ■先週の土曜日、親子3人で、奈良に暮らす義父母宅の庭の手入れ(草抜き、落葉除去)に向かいました。息子は大阪に暮らしているのですが、自宅からやってきてくれました。義父母の庭、義理の妹が半分ほど作業をしてくれていたし、午前中は風が吹いて涼しかったので、それほど大変ではありませんでした。そもそも、自分の庭の世話でこういうのは慣れているので、草抜き作業等は苦痛ではないのです。

■庭の手入れで義母からお小遣い⁈をいただいたので、昼食は親子3人で韓国料理店に行きました。私は、参鶏湯の定食でした。参鶏湯とは、雛鳥の腹の中に、漢方薬にもなる高麗人参、餅米、ナツメ、ニンニク、クルミなどを入れてじっくり煮込んだ料理です。私自身、夏バテはしていませんでしたが、滋養のある料理で精をつけることができたのかなと思います(まあ、気のせいかもしれませんが)。

■義父母の庭の手入れをしながら、亡くなった母親の生活の介護をしていたころのことを思い出した。あの頃、庭の世話には気合が必要でした。もっとも放置しておくこともできず、ご近所に迷惑をかけないためにやっていたというのが正直なところです。庭がきれいになるのは嬉しかったのですが、あの頃は義務感だけでやっていました。もっとも、滋賀に転居し、自宅で庭の世話をしているうちに、先ほど書いたように庭仕事には慣れてきました。ただし、20年後は果たしてそんなことが言えるのかな…と、ふと思いました。その時、子どもたちは今回のように庭の草抜きをやってくれるのかな…と思いました。そして、今日の息子の作業の様子を見ていると、まあ難しいだろうなと思ったのでした。良い息子なんですけどね。

メガネの隠れ家

20220817wakita.jpg■度の強い遠近両用メガネと、度の弱い遠近両用メガネ、2つのメガネを使っています。以前は、いつもは前者を使い、ちょっと無理だなと思うときは後者を使っていました。ところが、だんだん老眼がひどくなってきたせいでしょうか、前者だと仕事ができなくなってきました。度が合わないので、首や姿勢で無意識のうちに調整しているのです。でも、そのために変な姿勢にったり、首を無理のかかる角度に傾けたりしてしまっています。首凝りの原因のひとつは、この辺りにもあるのかなと思っています。

■ということで、最近は、室内では度の弱い遠近両用メガネ使っています。これでも少しパソコンをいじったりすると、首が凝ってきます。もう姿勢が癖になっているのかも…ですね。ストレッチや姿勢の矯正もやらないといけないのですが、老眼が進んでいるのかも知れません。悲しいですが、まあ受け入れるしかありません。ちょっとお金をかけて、良い椅子を購入する必要があるようにも思っています。机と椅子とパソコンの関係を調整できることが大切なようです。

■さて、先日のことです。車で外出しようとして、度の強い遠近両用メガネに取替えなくちゃと思ったのですが、そのメガネが見当たりません。1階や2階のあちこちを探してみましたが、見つかりませんでした。でも、偶然に見つけることができました。たまたま頭を触った時に、何やら頭に乗っかっているではありませんか。メガネでした。私の頭を隠れ家していたわけですね。ほんまに、もう。

夫「かあさん、わしのメガネを知らんか」
妻「おとうさんの額の上にありますよ」

■このような古典的な漫画やコントがあったように思うのですが、それを1人でやってしまったわけですね。悲しいですが、まあ受け入れるしかありません。周りの親しい方たちから、いろんなお話を聞かせていただきました。facebookだから、読ませていただきました…ですね。「夫がメガネかけて、必死でメガネ探していたので心配した…」、「細かい図面見てて、見えにくいからPC作業や読書用のメガネを外さないとと顔に手をやったら、既にメガネ外していたた」、「目が疲れてショボショボするので目薬さそうとしたら眼鏡をかけたまままだったので、風景がボヤけてしまった」、「眼鏡をはずすと、眼鏡を探す眼鏡が必要になる」とか、まあいろいろです。少なくとも、「首凝+肩凝り→難聴→目眩→メニエール」というパターンにならないようにしなくては。

4回目のワクチン接種

20220826vakzin.jpg■先日、自宅に「新型コロナワクチン接種のお知らせ【接種券在中】」と種が記された封筒が届いていました。4回目のワクチンのワクチンになります。1回目と2回目は昨年でした、そして3回目は今年の春です。そして今回が4回目です。現在、64歳です。来年は前期高齢者になります。まだ申し込んでいませんが、たぶん接種すると思います。これまで、3回ともワクチンはファイザー製でした。そして3回とも接種した場所が少し痛くなる程度で、ほとんど副反応はありませんでした。副反応に苦しまれた方の中には、「あんな思いをするのならばもうワクチンは打ちたくない」という方もおられます。お気持ち、よくわかります。新しいタイプのウイルスが生まれると、また新しいワクチンが必要になります。何か「イタチごっこ」のようです。とはいえ、4回目も申し込まなくては。

原田達先生のこと

20220707haradathoru.jpg ■昨晩は、ひさしぶりに原田達先生と2人だけでお会いしました。

■原田先生は、私と同じ社会学部社会学科の教員をされていましたが、今からたしか6年前に退職されました。まだ、定年まで3年ほど残しておられたのに、さっさと退職されました。それまで、原田先生には、いろいろと私の話を聞いていただいたり、アドバイスをいただいていたので、退職されたことはとても残念でした。でも、人、それぞれの人生に対する考え方がありますから、仕方がありません。

■今日は、実は、東京からお越しのお客さんと京都で夕食をご一緒させていただくはずだったのですが、その方のご予定が変更になったことから、無理なお願いをすることになりましたが、そのこともきちんとお伝えした上で、原田先生にお付き合いいただきました。原田先生、ありがとうございました。

■原田先生には、昨晩、いろいろ最近の出来事などを聞いていただきました。いろいろ聞いていただきましたが、やはり中心は社会学についてでした。有難かったです。励ましていただいたような気分になりました。酒を呑みながらのことなので、翌朝になると記憶も朧げではありましたが、有難かったと思う気持ちだけはしっかり残っていました。コロナのせいで大学の世界からは、今日のような感じで話をする機会が大幅に減ってしまいました。原田先生には、また、一献傾けるチャンスを頂ければと思っています。

甥の訪問

20220704nephew.jpg
■土曜日の晩は、甥っ子が我が家を訪問してくれました。ある金融機関に勤務しているのですが、この春からは転勤で勤務先がなんと大津になりました。住んでいるのもなんと長等。ご本人にそんなつもりはないでしょうが、伯父さん(私のことですけど…)の縄張りに入り込んできました。

■甥は、中小企業を支える仕事をしています。甥が勤務している金融機関は、中小企業の金融の円滑化を図るために必要な業務を営むことを目的としています。甥自身も、地域の経営者の話を丁寧に聞いて、一緒に頭を悩ませつつ、いろんな人とのコーディネイトもしながら、そうやって支えながら融資していくのだそうです。立派な社会人になりました。頑張って働いているのですね。私は、大学教員で銀行のように融資などできませんが、地域づくりに強い関心を持ってNPO等の活動にも取り組んでいるので、彼の話を聞いていてとても嬉しかったです。

■甥が勤務している金融機関は、全国に支店があって、どこに転勤になるのかわからないのだそうです。次の支店に転勤する前に、大津駅前のいつもに居酒屋「利やん」に一緒に行かなくちゃね。我が家では息子が酒を飲まなくなったし、娘も元々は飲めたのに出産で弱くなってしまいました。彼は、きちんと呑めるので嬉しいです。そう、飲めるではなくて、呑めるです。呼び出しかけます。

Admin area