琵琶湖の水草問題に取り組むプロジェクト(その6)

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■昨日も水草の有効利用のプロジェクトに関連して人に会いに行ってきました。午前中、「フォレオ一里山」にある「Flower produce ichica」の岩上 ちかこさんにお会いしてきました。岩上さんは、滋賀県の花屋さんとして、琵琶湖の環境問題に貢献したいと、お店で「水草堆肥」を配布されたり(2段目左)、ラベンダーやハーブと「水草堆肥」をセットにして販売されています(3段目左・右)。また、同時にアンケートもとっておられます(2段目右)。素晴らしい!岩上さんにはプロジェクトのことをご説明させていただいたところ、岩上さんがお持ちのアイデアやお力を、おかしいただけることになりました‼︎少しずつ、プロジェクトに一緒に取り組んでいただける仲間が増えてきました。とっても嬉しいです‼︎

■ところで、昨日の夕方、滋賀県庁の琵琶湖政策課に伺いました。水草の堆肥化する技術開発について教えていただくためです。現在、ある企業さんの方で、県の補助金をもとに技術開発が進められています。「条件的嫌気発酵による堆肥化工法(KS工法)を活用することで、水草を3ヶ月程度の短期間で堆肥化する実証研究」に取り組まれているのです。昨日の話しでは、このような新たな有効利用技術と連携した「社会的な活動」(新たな有効利用の仕組み)が可能になってくるのではないかとのことでした。有効利用技術をもとに水草を堆肥化する以前の費用や、商品化して市場で販売するために必要な様々な経費を、「社会的な活動」(新たな有効利用の仕組み)の中で削減するとともに、販売して得られた利益を、水草を刈り取る費用に回していく、そのようなことが可能かもしれません。

■琵琶湖の漁師さんから、花屋さんまで、プロジェクトの中でつながってきました。横につながることのなかで、水草有効利用の「大きな循環」が生まれてくると素敵だと思います。付け加えれば、浜に漂着する水草の地域内での有効利用、これを「小さな循環」と呼んでいますが、こちらの方も様々な立場の方にお声がけして頑張って取り組んでいます。

琵琶湖の水草問題に取り組むプロジェクト(その5)

■今日も琵琶湖南湖の水草問題の関連で、午前中、南湖で漁業をされている漁師さんの御宅を訪問しました。いろいろお話しを聞かせていただきました。とても楽しかった。本来であれば、勉強になったと書くべきなのですが、勉強になるだけでなく何か将来一緒にいろんなことをさせていただけそうで、本当にワクワクして楽しかったのです。

■こんな感じで、少しずつ水草問題のプロジェクトに参加してくださる方達が増えてきました。まだ、プロジェクトの正式名も決まっていませんが、とりあえず動き始めています。ご参加いただいた皆さんが、それぞれの、ご自身の「持ち場」や所属されている「業界」ならではの、「餅は餅屋」的な専門的なお力を、「持ち場」や「業界」を超えた、横の連携の中で相補的に活かしあっていくことができれるのならば最高ですね。

■今日、お会いした漁師さんからは、いろいろお話しを伺いました。私の方から、「昔、琵琶湖の南湖は『貝の湖』でしたよねとお聞きしたところ(それほど、たくさんの貝が獲れていました)、「消費者の皆さんが琵琶湖の貝を食べてくれなくなったので獲れなくなった…」というご意見でした。琵琶湖では、マンガンと呼ばれる漁具で湖底を引いて貝を獲ります。それは、湖底の表面を良い意味で撹乱することなるのですが、そのことが貝の生息場所を作っていたというのです。消費者が琵琶湖の貝に関心を持たなくなると、貝を獲っても仕方がないので、漁師はマンガンを引くことがなくなってしまう…。結果として、水草が生えやすい環境を作ってしまった…。そういうご意見なのだと思います。

■どうして南湖が「貝の湖」でなくなってしまったのか。これまでは、河川から砂が供給されなくなったとか(砂防ダムのため)、高度経済成長期は有害な物質が流れ込んだとか、これまで、いろんな方達からいろんなご意見を聞かせてもらってきましたが、今日は琵琶湖で漁をされてきた立場からのご意見でした。なぜ水草が増えたのか。琵琶湖の渇水が契機となっているという意見が、自然科学分野の研究者の大方の見解です。1994 年 9 月、琵琶湖基準水位-123cm に達する記録的な大渇水が発生しました。この大渇水で南湖の湖底へ光がよく届ようになり、水草が今まで以上に成長する様になったことが、南湖に水草が生い茂る様になった原因だと言われています。漁師さんの意見は、その様な渇水になっても、漁師がマンガンで湖底を引く漁業がずっと継続していれば、現在の様なことはなかったのではないか…。その様な意見だと理解した。もし、そういうことなのであれば、「里山の様に適度に人間が手を加え続けないといけない、そうしないと南湖は荒れてしまう…」ということになるように気がします。すごく気になりますね。

■この話題以外にも、いろんなお話しをさせていただきました。大津の街中から流れている小さな河川の河口にビワマスの稚魚がいたとか…。びっくりしますね。その川にビワマスが遡上して産卵している可能性があるのです。まあ、そんなこんなで、ここには書ききれない。将来は、こんな事業が展開できたらいいねだとか、本当に楽しくワクワクしました。

■午後からは、滋賀県立琵琶湖環境科学研究センターに、研究員をされている佐藤さんと淺野さんを訪ねました。草津、守山、野洲といった琵琶湖の沿岸沿いの地域と、野洲川流域の奥にある甲賀の地域との地域間連携を促進できたらいいね、どうしたらいいかな…、いろいろ相談をさせていただきました。なんだか、うまくいく様な気がするんだけど。

■滋賀県立琵琶湖環境科学研究センターのあとは大津市役所へ。自治協働課で、市民と行政の協働を促進してくための方策についていろいろ相談させていただきました。相談のあとは、買い物をして帰宅。一日いろいろありましたが、水草問題、流域内連携、協働推進…最後の買い物以外は、どれもが深いところでは、何らかの形で繋がっている課題なのです。少なくとも私には、そう感じられるのです。

伊香立学区自治連合会50周年記念事業「結ぼう伊香立、つなごう未来へ!〜2017 香の里オータムフェスティバル〜」

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■日曜日、大津市の伊香立学区自治連合会50周年記念事業「結ぼう伊香立、つなごう未来へ!〜2017 香の里オータムフェスティバル〜」を見学させていただきました。こちらの伊香立とは、不思議なご縁で結ばれています。

■昨年、大津市都市計画マスタープラン関連のシンポジウムでちょっと講演をさせてもらったところ、伊香立の皆さんから、学区の研修会でも講演をして欲しいとご依頼をいただきました。というわけで、今年の1月に伊香立でお話しをさせていただきました。その時のことは、「大津市伊香立で研修会」をお読みください。その後は、伊香立の地域づくりに関して聞き取りをさせていただくこともできました。その聞き取りをもとに、公益財団法人滋賀県人権センターの『じんけん』という冊子に「『人口減少社会』時代における共助の力」という短い文章を掲載していただきました。この文章の中で、伊香立の地域づくりの取り組みについて紹介させていただくことができました。あちこちでお読みいただいているようで、「読みましたよ」と声をかけていただくことが度々あります。伊香立の皆さんにもお読みいただけたようで、とても喜んでいただけました。ありがたいことですね。

■さて、「結ぼう伊香立、つなごう未来へ!〜2017 香の里オータムフェスティバル〜」ですが、会場の伊香立公園の運動場には、ステージが組み立てられ、その周りではたくさんの飲食のテントも張られていました。そして学区の皆さんを中心に、2500名以上の方達がお集まりになっていました。なぜ、これだけの皆さんが集まられたのかといえば、伊香立学区自治連合会50周年記念事業の一環として、ギネス世界記録「最も長いおにぎりの列」(Longest line of rice balls)が挑戦するためです。おにぎりを握るために用意されたのは、地元の小中学生の皆さんが地域の水田で育てたお米です。約180キロだったそうです。

■参加された皆さんは、1人100グラムのお米で1個のおにぎりを握ります。ギネスにはルールがあるらしく直径10センチ以下になるように丸く握ることになっています。そうやって厳密に作られたおにぎりを隙間ができないように細心の注意を払いながら並べていくのです。伊香立公園は大きく立派な公園ですが、それでも2500人もの人たちが一度におにぎりを握るスペースはありません。そこで、学区内の自治会ごとに順番に握って、長机を並べた長い長い台の上に並べていったのです。並べられたおにぎりを、ギネス世界記録の公式認定員の方が厳密に一つ一つおにぎりをチェックして審査されました。その審査の過程を同じように証人として同行される方達もおられました。テープが張られ、地域の方達は審査中は近寄ることもできませんでした。非常に厳密なのです。そのような審査の結果、並べられたおにぎりの長さは132.24mであることがわかりました。ギネス世界記録が樹立しました。素晴らしい!!
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■このギネス記録に挑戦するイベントが始まる時に、1人のお若い女性が挨拶に来てくださいました。社会学部の地域連携型教育プログム「大津エンパワねっと」を修了し、社会学部を卒業後は、滋賀県庁に勤務されているKさんです。伊香立は、Kさんの地元なのです。この日、2500人の参加者の1人としておにぎりを握られたようです。

■ところで、今年の1月に伊香立に講演した時に、すでにおにぎりでギネス記録に挑戦しようという企画が生まれつつありました。その企画を膨らませながら、今回のイベントに成長していったとのことでした。しかも、私が伊香立でお話しさせていただいたことが、ヒントになっているということもお聞かせいただきました。研究者としては、とても嬉しいことですね。ありがたいことです。これからも、伊香立の地域づくりに注目していきたいと思います。伊香立の皆さま、引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。
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琵琶湖の水草問題に取り組むプロジェクト(その3)

■昨日は、時間を見つけて走りました。一昨日は、時間もあり余裕を持ってのランでした。結果として、自分でも納得がいくランができました。調子が良かったのです。しかし昨日は時間がないのでと飛ばしすぎて、最後は「自滅」してしまいました。6km程度でランを中止することになりました。まあ、こんなこともありますよね。

■ランの後、大津の街に出かけました。昨日の夕方ですが、琵琶湖南湖の水草問題に取り組もうという有志の皆さんに、大津市内の某所⁈にお集まりいただきました。水草は砂浜に打ち寄せられて水に使ったままになっていると、腐敗して悪臭を発します。市役所には、「なんとかしろ」との苦情の電話がかかってくるそうです。市役所も、人を派遣してその水草を除去して焼却処分しています。もちろん、必要な費用の出所は税金です。悪臭がしないようにするためには、水際に漂着した水草を水から取り出して乾燥させる必要があります。手間もかかるのです。

■県庁は3億円程の費用を使って南湖の水草を刈り取っています。こちらが「琵琶湖の環境問題」の1つだとすれば、打ち上げられ悪臭を発する水草の問題は「琵琶湖の迷惑問題」になります。そのまま水際に放置すれば悪臭問題になってしまうわけですが、それをなんとか資源として有効利用できないか…。昨日の夕方お集まりいただいた皆さんの思いはその点にあ利ました。

■水草が打ち上げられる砂浜の直近にお住まいの方、そこで会社を経営されている方、本業のお仕事のなかで水草や草木の剪定したものを使い肥料にして配布されている公益財団法人の方…。皆さん、水草で困っておられたり、なんとかしなくちゃと考えておられたりしている方達。「餅は餅屋」と言いますが、いろんな現場のプロの知恵と力、加えてそこに地域の皆さんの協力があると、打ち上げられた水草の有効利用ができそうな感じがしてきました。水分を含んだ水草は重いです。それを簡単に除去する道具が、現場の知恵の中から発明されています。水草と草木の剪定したものを使うと良い肥料ができるのだそうです。ただし、発酵させるのに少し技術がいります。また、水草に混じっているゴミを取り除かねばならなりません。そこには手間もかかります。水草に混じっているオオバナミズキンバイ等の外来植物が混じっている場合の扱いをどうするのか、ということもあります。

■多額のお金をかけるのではなく、複数の現場の知恵と人びとがつながることのなかで、小さな資源利用の仕組みを立ち上げ、関わってくださる皆さんの、現場での発見によって少しずつ改良しながら成長させていければ素敵だなと思います。

琵琶湖の水草問題に取り組むプロジェクト(その1)

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■今日は、大津の真野浜で民宿を経営されている山田 英二さんのお宅を訪問しました。実は、今、いろんな方達と連携しながら琵琶湖の水草問題に取り組むプロジェクトに取り組もうとしているからです。水草問題といっても、大きくは2つの問題に分けて考えることができます。ひとつは、琵琶湖南湖の生態系の問題。巨額の県費を使って刈り取っていますが、その刈り取った水草を有効利用できていません。もうひとつは、湖岸に流れ着いた水草が腐敗して悪臭を放つという迷惑問題。この水草についても、同様に有効利用できていません。この2つの問題を、様々な方達(市民や市民団体、企業、自治体)の協働のネットワークを構築していくことで、少しでも有効利用できるようにしようというのが、プロジェクトの目的になります。どのような協働のネットワークにより、どのような事業に取り組むのか、詳しいことは、またfbでいつかご紹介できればと思います。ということで、今日は、山田さんのお話しを。

■山田さんとfacebookでお友達の皆さんはよくご存知だと思いますが、山田さんは、真野浜に漂着した水草を丁寧に手作業で集めて乾燥しておられます。水分を含んだ水草をそのままにしておくと、腐敗が始まり、異臭を放つようになるからです。この真野浜で民宿を経営されているから、ということもあるのでしょうが、それよりもこの浜を綺麗にしたい、素敵な浜にしたいという個人的な思いから、流れ着いた水草を集めて乾燥されているのです。最初は手作業でされていたようですが、水分を含んだ水草はとても重く重労働になります。そこで、「身近な材料や道具」を使って、「フォーク2号」という道具を発明されました。これは、一輪の手押し車を二輪に改良して、その先に、農作業用のフォークを取り付けたものです。足の力を使って重たい水草を簡単に持ち上げることができます。テコの原理ですね。最初は、もっと重量級の「フォーク1号」だったらしいのですが、もっと軽くて使いやすいものをということで、さらに工夫されて現在の「2号」に落ち着いたようです。山田さんは、これ以外にも、いろいろ工夫をされています。乾燥した水草や湖岸の樹々の落ち葉を集めてビニール袋に入れる際には、最初にプラスチック板をビニール袋の中に入れて、筒のようにすれば、簡単に水草や落ち葉を入れることができるそうです。すごいな。「フォーク2号」と同様に、これも「身近な材料や道具」でできます。

■山田さんは、こうやって一人でコツコツと浜を美しくする作業をされてきました。そのため、最近は、この浜を散歩される方が多くなったそうです。真野浜は、琵琶湖大橋の少し北側にあります。比良山系や琵琶湖の北湖がよく見えます。とても景色の良いところです。しかし、いくら景色が良くても、悪臭がしていては人は寄り付きませんものね。

■いろいろ気がつかれたこともあるようです。以前と比較して、釣り針とか、釣り関連の捨てられたものが随分少なくなったというのです。釣り客のマナーが向上したのでしょうか。それから、コンビニの袋のようなプラスチックも少なくなっているというのです。もちろん、真野浜に限ったことですから、琵琶湖全体ではどうなのかと聞かれれば、それはよくわかりません。でも、真野浜に限って言えば、アメニティは随分改善しているとのことでした。

■ただ、山田さんの個人的な努力だけではなんともならないことがあります。それは、集めて乾燥させた水草の消費者がいないということです。現在、仕方がないので袋に入れてゴミとして焼却処分してもらっているようです。水草は、乾燥させると土壌改良剤として使えて、作物がよく育つのですが…。もったいないことです。もし、地域社会の中に、この山田さんのされている作業を手伝う人がいて、また乾燥した水草を運んでくれる人がいて、さらにはそれを分配してくださる人がいて、家庭菜園、ガーデニング、学校・幼稚園・保育所の花壇、福祉施設、公園等、様々なところで土壌改良剤として消費する人たちがいれば、焼却処分にしなくて良いからです。

■しかし、地域の人びとのつながりと協働の仕組みがなければ、水草を乾燥させてもそれは焼却処分にするしかないのです。山田さんは、そのことを大変残念がっておられました。もし、真野の地域社会で、真野浜に打ち上げられた水草を有効利用することができたら。ちょっとした人びとの努力と、そのような仕組み自体を面白がることで、協働の仕組みが動き始めたら、素敵だなと思います。そのようなことを山田さんと語り合いました。この真野浜を中心とした「真野浜モデル」ができたらいいなあと思います。今日は山田さんと、こんなお話しをさせていただきながら、2人ともワクワクしてきました。うまくいったらいいな〜。

初秋の伊香立でウォーキング

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■昨日は午前中に、ウォーキングを行いました。「びわ湖チャリティー100km歩行大会」=「びわ100」が、いよいよ来月に迫ってきました。昨年に引き続き、今年も、滋賀県庁の「世界農業遺産申請チーム&農政水産部」の職員の皆さんと100kmを歩きます。これまで再びフルマラソンを完走するためにランニングに取り組んできましたが、ウォーキングも練習することにしました。走るのと歩くのとでは、やはり違うような気がするからです。ということで19km弱歩きました。当初の計算では、20kmだったのですが…。また、途中で色々関心のあるところに寄り道したりしたので、ちょっとウォーキングに時間がかかりました。3時間弱。1,127kcalを消費しました。

■今月末に、滋賀県庁の「世界農業遺産申請チーム&農政水産部」の職員の皆さんと、50kmウォーキングの練習会があります。それまでにも35kmウォーキングしておく必要があります。月末の50kmウォーキングが完歩できれば、100kmはなんとかなる…はずです。

■ウォーキングだったので、少しゆとりがありました。コースは、大津市の堅田から比叡山と比良山の間にある丘陵地帯です。学区でいうと、伊香立学区になります。秋の山里の田園風景を楽しむことができました。ほぼ、稲刈りが終わりかけている段階でした。先日、伊香立のまちづくりに関して聞き取り調査を行ったのですが、その時に伺った野菜の直売所も確認できました。土日に営業しているようです。この野菜市を運営されている「香の里 粋に生きよう会」のこと、このブログでもご紹介できたらと思います。ちなみに、この伊香立のまちづくりに関して、公益財団法人滋賀県人権センターの月間情報誌「じんけん」に短い文章を寄稿しました。10月号になります。チャンスがあれば、お読みください。
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びわ湖パラダイス

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妹子神社

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■ランニングの練習を再開しましたが、ベテランのランナーの方からは、ただ走るだけではなく、楽しみを持って取り組んでほしいとのご指摘をいただきました。ただ、タイムや距離といった数字に一喜一憂するのではなく、走りながら自然の変化を感じ、風の香りをかぐ…そういった楽しみがランニングはいっぱいありますよ、というご指摘です。ということで、「ランニングにもっと楽しみを付け加えよう」と、先日は「歴史ラン」をしてみました。小野妹子の墓と伝承されている唐臼山古墳と、妹子が祀られている妹子神社を折り返し地点にして走ることにしたのです。一般には、といいますか歴史学的には、小野妹子の墓は大阪府南河内郡太子町にあると言われており、大津の墓については単なる伝承でしかないわけですが、私にとっては、そのようなことはどうでも良いのです。

■大津にある唐臼山古墳と妹子神社は、「びわ湖ローズタウン」の中にあります。JR湖西線・小野駅が最寄の駅になります。もっと正確に言うと、妹子神社のある唐臼山古墳の周りがニュータウンとして開発されたのです。私は鈍感な方だと思うのですが、妹子神社に行くと、そのような私でも何か神々しい雰囲気が伝わってくるように感じがした。すぐに折り返して戻ることをせず、キャップもサングラスも外して、二礼二拍手一礼。きちんと参拝をしました。「ランニングの練習を継続できますように見守ってください…」と祈りました。もっとも、小野妹子は遣隋使として派遣された人です。そのようなこともあり、この神社には、外交官や駐在員の皆さんが参拝されるらしいのです。妹子さんは、ランニングは専門外だろうか…。ところで周りはニュータウンなのですが、その先には、比良山系や琵琶湖が見えました。「小野妹子の墓は、なんて素敵な場所にあるんだ!」と思いました。ニュータウンはもちろん、鉄道も道路も何もない、いにしえの時代の風景を頭の中で想像しました。なんて素敵なんでしょう。

■10分弱ばかり妹子神社で過ごしました。もっと居てもよかったのですが、次の予定がありましたので、ランニングを再開し、自宅に向かって走り始めました。今日は、「ニコニコ・ルンルン♪」なスピードって、どんな感じかを確認しながら走りました。おそらく6分40秒/kmから6分50秒/kmまでのあたりなのだろうと思います。このスピードならば、途中で心肺がきつくなることもありません。また、スピードは落ちてしまうものの、ニュータウンの中の上り坂も、止まらずに走って行けます。脚力と心肺機能も、少しずつ強化されていると信じたいものです。この日のランは13.23km、1017kcalを消費しました。

印象派・モネのガーデニング-ガーデンミュージアム比叡

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20170508gardenmuseum5.jpg■この「ガーデンミュージアム比叡」は、モネに代表される印象派の絵画たちの作品(陶板画)と庭園を重ね合わせた演出になっています。「京都観光Navi」の紹介ページでは、以下のようにこの庭園をわかりやすく説明しています。

標高840mの比叡山頂の庭園美術館。1.7haの園内に1,500種10万株の花が咲き乱れるここガーデンミュージアム比叡は、フランスの設計者により2001年にオープンしました。

園内は6つの庭に分かれており、南仏プロヴァンスの丘陵をイメージした「香りの庭」、藤のからまる太鼓橋、睡蓮の咲く池など、モネの代表作『睡蓮』をイメージした回遊式庭園「睡蓮の庭」、シャクナゲが咲きそろう花の回廊「こもれびの庭」、藤棚と季節の草花に彩られた「藤の丘」、モネの自宅庭園をモチーフにした「花の庭」、6月中旬から10月頃まで途切れることなく様々な種類のバラを鑑賞することができる「ローズガーデン」があり、四季折々の花を楽しむことができます。また園内にはモネ、ルノワール、ゴッホなどフランス印象派画家たちの作品が陶板画として45点飾られて、季節ごとに表情を変える花々とともに、訪問者の心を魅了してくれます。

■実は、この「ガーデンミュージアム比叡」は、一度来たことがあります。しかし、前回はガーデニングに全く関心がなかったので、ただのお付き合いで歩いていただけでした。今回は、我が家の庭づくりに関して、いろいろ自分なりのイメージを膨らませることができたわけでして、とても勉強になりました。興味深かったのは、モネの作品である「睡蓮」をイメージした大きな池のある庭でした。ちょっと調べたところ、モネの庭づくりは、幾何学的に区切られたフランス式庭園にイングリッシュガーデンの自然美を融合させたものと言われていることがわかりました。きちんとした出典がはっきりしないのですが、なるほどと思います。フランスの庭園でありながら、イングリッシュガーデンは、植物の自然な成長を活かした庭づくりを目指します。モネの庭園は、そう行ったイングリッシュガーデンの理念をうまく取り込んでいるというわけです。

■この「ガーデンミュージアム比叡」には、「印象派ガイダンスコーナー」が設けられています。印象派の歴史、そしてその作品が日本文化から強い影響を受けていることが解説されます。印象派の画家たちが活躍したのは、日本の歴史でいえば19世紀後半です。幕末から明治の初期にかけての時代です。よく知られていることですが、印象派の画家たちは、日本から流出した浮世絵に強い影響を受けました。モネもそのような影響を受けた画家の1人です。しかし、そのモネが自らの庭園をつくる時に、日本から睡蓮を取り寄せて植えるとともに、日本風の太鼓橋を架け、池の周囲には竹、柳、藤、アイリス等の植物も植えたということに驚きました。「モネのガーデニング」について私はよく知りませんでしたので、その解説を興味深く聞きました。

■さきほど、「フランス式庭園にイングリッシュ・ガーデンの自然美を融合させたもの」と書きました。また、そのようなイングリッシュガーデンの背景にあるイギリス人がイメージする自然、いわゆる自然観と、日本人がイメージする自然観との間には共通性が高いとも言われています。自然を人間が作った形式の枠の中に押し込めるのではなく、自然そのものの生命観を大切にしようとしているようとしている点が共通しているのかもしれません。もちろん、生命観を大切にしようとしているとはいっても、それはあくまで人間の都合を元にした自然観であって自然そのものではありませんが…。印象派の画家たちが日本文化から強い影響を受けたこと、印象派の絵画に対する新たな考え方、「モネのガーデニング」とその背景にある自然観、きっと繋がりがあるように思います。おそらくは、そのような研究がなされていると思うので、調べて読んでみたいとも思います。

■今回は、「ガーデンミュージアム比叡」を楽しむことができました。もちろん、この後は、入院している老母の見舞のために病院に車で向かいました。老いた上に、病でさらに弱っている母親と向き合うのはなかなか辛いものがあります。今後のことを考えると、いろいろ心配事ばかりなのですが、仕方がありませんね。以前は、そのような心の中にあるネガティブな気持ちを大阪梅田地下街・三番街にある「インデアンカレー」の辛さで吹き飛ばしていましたが、最近はそういうこともできません。ガーデニングで心を癒しつつ…という感じなのかなとも思います。

【追記】■「ガーデンミュージアム比叡」の「印象派ガイダンスコーナー」では、印象派の作品と鉄道や都市郊外との関係についても知りました。関連する文献が、ネット上ですぐに見つかりました。美術史の研究者である三浦篤(東京大学)さんの「印象派とレジャー ―19世紀後半のパリ近郊とノルマンディー海岸」(ドレスタディ 第 53 号 2008 SPRING)という学術的エッセーです。そのエッセーの冒頭には、以下のように記述があります。

1860年代後半頃から、マネや印象派の画家たちがセーヌ河沿いのパリ近郊の地やノルマンディーの海辺で作品を制作したのはなぜか。必要条件から言えば、パリを起点とする鉄道網が発達して、都市から離れた場所に行きやすくなったからだ。だがそれだけではない。イル=ド=フランスの美しい自然の中で展開された印象派の絵画制作は、実はパリの近代都市化と中産階級の余暇文化の形成という社会現象とも深く結びついていた。彼らがイーゼルを立てた場所は、パリに住む人々が週末やヴァカンスのときに汽車に乗って訪れた行楽地にほかならない。鉄道の進展とリンクしたパリ近郊でのレジャーの発達、ノルマンディー海岸のリゾート地化は、印象派絵画と不可分の関係にあった。

柳が崎湖畔からの景観

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20170506yanagasaki8.jpg■ひとつ前のエントリー、イングリッシュガーデンに行った後のことについても。琵琶湖大津文化館やイングリッシュガーデーンは、柳が崎と呼ばれる場所にあります。「崎」という字からもわかりますが、ここは少し湖岸から陸地が琵琶湖に突き出ています。イングリッシュガーデンは、この「崎」の一番突端のところにあります。写真をご覧になればわかるかと思いますが、この柳が崎からの眺望は素晴らしいものがあります。

■対岸には近江富士と呼ばれる三上山が見えます。高層のマンションが建っていることから草津市の市街地も確認できます。そして、南の方を見ると大津の市街地を楽しむことができます。南湖をぐるりと眺望できるのです。これは素晴らしいです。このような眺望を確保できる場所だからこそ、1934年にここに「琵琶湖ホテル」が建設されたのかなと想像しました(今の所、根拠資料がないのですが…あくまで想像です)。

■この柳が崎は、大津市の景観を考える上で大切な場所にもなっています。湖岸には「眺望景観保全地域と重要眺望点 琵琶湖で繋がる大津の景観」という解説板が設置されていました。そこには、以下のように書かれていました。

柳が崎からの眺望 歴史的風土保存地域に指定される音羽山を中心とする山並みと、浜大津からにおの浜にかけての近代的かつ機能的なまちなみ、そして前面にはいつの時代においても壮大なスケールを誇る琵琶湖というように、水と緑と都市の大景観を体感することができる絶好のポイントです。

美しい琵琶湖の眺望が望めるとともに、夜は素晴らしい夜景を堪能することができます。この場所は自然豊かな柳が崎湖畔公園の一部であり、毎年8月に開催されるびわ湖花火大会において、迫力のある花火を観覧できる場所となります。

■大津市は、2003年(平成15年)に、全国で10番目の「古都」指定を受けました。「古都大津の風格ある景観を作る基本条例」、そして「大津市景観計画」が策定されました。基本計画では、重要な眺望景観を保全・育成することを目的に、眺望景観に配慮すべき眺望景観保全地域と重要眺望点を定めました。この柳が崎もその重要眺望点のひとつなのです。

■この柳が崎の北側は、かつて大津市民に親しまれたは水泳場がありました。現在は、水泳場は廃止になっており、広い公園として整備されています。滋賀県庁の公式サイトの中にある柳が崎を空から撮った写真です。この辺り、なかなか気持ちの良い場所です。ピクニックには最適な場所からと思います。弁当を持参して、一日、この湖岸でゆったりと過ごすと良いのではないかと思いました。この日は、ルアーの釣り人以外にも、湖岸からの風景を楽しんでいる方たちがいらっしゃいました。

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