企業×大学×農村

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■昨日のことですが、和菓子の企業である「叶匠寿庵」(かのうしょうじゅあん)さんと、私のゼミとで取り組むコラボの相談をするために、大津市の南の方にある大石の龍門という場所にある「寿長生の郷 」(すないのさと)へ行ってきました。ここは叶匠寿あんさんの本社機能と工業があります。はいそんになった場所を買い取ったあと、約1,000本の梅が植えられ、素敵な里山風の庭園になっています。この梅林で収穫された梅の実は、叶匠寿庵の和菓子に使われます。また、観光客が訪ねてきて、庭園や梅林を眺めながらお茶と和菓子を楽しめるようになっています。

■昨日の相談は、和菓子の企業である叶匠寿庵さんと、私のゼミとの協働で、村づくりの活動に取り組もう…という相談でした。「企業×大学×農村」。うまくいったらいいな〜。寿長生の郷では、暖冬のためか、もう梅が咲き始めていました。この里山風の庭園の中には、池があります。そこでは、魚類の保全に取り組む市民団体が、イチモンジタナゴを育てています。こういった外部の団体との協働による里山環境の保全が行われる背景には、叶匠寿庵さんの経営哲学が存在しています。最後の写真ですが、炭窯です。里山の整備をした際に生まれる間伐材で炭焼きをしておられます。

就活メイクアップ講座

20200219iwatasan.jpg ■一昨日のことになります。春休みですが、就活セミナーがあるため深草キャンパスにはたくさんの学生がいました。そのセミナーと同時に開催されていたのが、ゼミの卒業生による「就活メイクアップ講座」。講師は私のゼミのOGである岩田麻希さん(2011年春卒業)。化粧品業界で働いておられます。ということで、表敬訪問してきました。元気に頑張っておられます。

■関連エントリーは、以下の通りです。岩田さんとたまたま偶然にJR瀬田駅でお会いしたことがきっかけで、龍大での「就活メイクアップ講座」が実現することになりました。それから、ずっと継続してくれているんですね。

ゼミOG岩田さんとの偶然の再会
ゼミOGによる「就活メイクセミナー」in 深草キャンパス
2回目の「就活メイクセミナー」

■岩田さんに関連して、こういうエントリーもしていました。
自分は何をしたいのか…

最近の龍谷大学吹奏楽部の活躍


■先週の火曜日、2月11日、「ひこね市グランドプラザ」で開催された第46回関西アンサンブルコンテストで、龍谷大学吹奏楽部のサクソフォン4重奏が金賞を受賞しました。おめでとうございます。私も聞きに行きたかったんですが、高松市への出張があり、残念ながら実際に聞くことができませんでした。サクソフォン4重奏のリーダーのYさんからは、演奏を録音したCDを購入したとお聞きしているので、後日、聞かせていただくことにします。


■同じく11日のことになりますが、著名なロックバンド「THE YELLOW MONKEY」(私は全く存じ上げませんが…)の「THE YELLOW MONKEY 30th Anniversary DOME TOUR」が京セラドームで開催されました。そのコンサートに龍谷大学吹奏楽部が登場しました。開演5分前、龍谷大学吹奏楽部による「MY WAY」と、吹奏楽用にアレンジされたイエローモンキーの「見てないようで見てる」が披露されるなか、会場が暗転すると「THE YELLOW MONKEY」のみなさんがステージに姿を登場させる…という構成だったようです。あの巨大なドームいっぱいの観客の皆さんを前に演奏するって、なかなかできない経験ですよね。私も誘われましたが、こちらの方も、残念ながら出張中だったので見学できませんでした。


■そのほかにも、地域コミュニティでのミニコンサート、他大学の定期演奏会への賛助出演…。本当に、よく頑張って演奏活動をしていますね。素晴らしいです。

高松市の屋島

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■先週のことになりますが、高松に2泊3日で出張してきました。その時、ふと気がつきました。宿泊したホテルの窓から東の方を眺めると、何やらテーブルのような不思議な形をした山がありました。大変お恥ずかしい話ですが、これが有名な屋島なのかときがついたのでした。これまで何度か高島に来てはいるのですが、情けない話です…。屋島と言えば、私はにとっては、まず古戦場ということになります。平安時代末期に起きた「治承・寿永の乱」、いわゆる源氏と平氏の一連の戦いのひとつである「屋島の戦い」がおこなわれました。平氏は、この「屋島の戦い」で源氏に敗れ、現在の山口県の彦島に撤退し、最後は「壇ノ浦の戦い」で滅亡します。「平家物語」の中では、この「屋島の戦い」で、源氏側の弓の名手である那須与一が、平氏側の船上に掲げられた扇の的を見事に射抜いたという有名な話が登場します。高松市のマンホールは、その「扇の的」の場面をデザインしたものです。
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(この屋島の全景の画像は、「ウィキメディア・コモンズ」より)

■屋島はもともと島でした。江戸時代に干拓や塩田等がおこなわれた結果、陸続きになりました。下の画像をご覧いただければ分かりますね。「+」のカーソルの記号があるところに「標高283.05m」とあります。これかカーソルを置いたところの屋島の標高です。屋島の東側は、深い入江になっています。もともと島だった頃は、さらに深かったと思います。調べてみると、平安時代末期、平家はこの深い入江を船団の基地にしていたようです。そういうことを調べて「なるほど…」と納得しつつ、屋島の形がどうしてあんな平なんだろうと改めて不思議に思ったのでした。これも調べてみると、屋島のような地形は、地学の分野ではメサと呼ばれるようです。これは,「水平な硬岩層が侵食に抵抗して生じた平坦な頂面と、周縁の急な崖とをもつ台地の地形」とのことです。
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■もう少し広い範囲で見てみましょう。これは讃岐平野です。よくみると、円錐形の小さな山があちこちにあることがわかります。この中でも、飯野山(讃岐富士)、白山(東讃富士)、六ツ目山(御厩富士)、堤山(羽床富士)、 高鉢山(綾上富士)、爺神山(高瀬富士)、観音寺町の江甫山(有明富士)は、「讃岐七富士」と呼ばれているようです。これらの山も、火山活動で生まれた硬い岩石がキャップのようにあるために、侵食せずにこのような形になっているようです。車で瀬戸大橋を渡ると、まず飯野山(讃岐富士)が目につきます。その形は、まさに讃岐の富士山ですね。このように山があちこちに見える讃岐平野は独特の雰囲気を醸し出します。なんといいますか、昔話の絵本に登場するような可愛らしい優しい雰囲気なんですね。本当は、こちらの私鉄である「ことでん」に乗りながら、このようなおにぎりのような山がある田園風景(たくさんのため池もあります)を楽しんでみたかったのですが、出張のため、そのような余裕はありませんでした。残念。
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高松に出張

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20200212setoohhashi.jpg■高松に出張しました。四国は瀬戸内海を渡らなければなりませんが、今は、瀬戸大橋を走る「瀬戸大橋線」があるので、関西からでも全て列車で行くことができます。といってもこの橋が開通したのが1988年ですから、もう32年前のことになるんですか…。「今は…」というのはちょっとおかしい表現になりますね。

■というのも、私の中では高松に行くのには船に乗る…というイメージが強いからでしょうか。一番最初の高松は、おそらく小学生の時かと思います。たぶん、小学校6年生の頃かな…。当時は、広島に住んでいましたが、母方の従姉妹・従兄弟と一緒に、母方のルーツの地のひとつである徳島の阿南にいくことになりました。広島から岡山まで特急に乗り、岡山からは在来線で岡山県玉野市の宇野駅まで、そしてそこからは国鉄が就航させていた「宇高連絡船」に乗って高松に渡りました。高松からは在来線です。しかし、この宇高連絡船も、瀬戸大橋線ができたことから、まず国鉄の連絡線が廃止になりました。その後も、民間の連絡線は就航していましたが、最後まで残っていた四国フェリーが、昨年の12月に、とうとう運行が休止になりました。今となれば、廃止になる前に乗っておきたかったなあと思います。

■京都から新幹線で岡山駅まで移動し、岡山駅で瀬戸大橋線に乗り換えます。瀬戸大橋線のホームに移動すると、鉄道好きが喜ぶような列車が止まっていました。まず目に入ったのが、「特急南風」でした。これ、「なんぷう」と読むようです。wikipediaの解説は以下のとおり。「南風(なんぷう)は、四国旅客鉄道(JR四国)、土佐くろしお鉄道および西日本旅客鉄道(JR西日本)が岡山駅 - 高知駅・中村駅間を、宇野線・本四備讃線(瀬戸大橋線)・予讃線・土讃線・中村線経由で運行している特急列車である」。ヘッドマークは、どうも鯨のようですね。「仕事がなければ、この『特急南風』に乗って高知に行ってみたいなあ…」などと妄想したわけですが、もちろんそういうわけにもいきません(当たり前ですが…)。予定とおり、高松に向かう「快速マリンライナー」に乗車しました。するとどうでしょう、向かい側のホームに、「特急しおかぜ」がやってきました(残念ながら写真は撮れていません…)。これは松山に行く特急です。松山ならば道後温泉に浸かりたいな〜などとやはり妄想するわけですが、そういうわけにも行きません。残念ですが、またの機会に。
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■高松に到着しました。高松駅は、 頭端式ホームの駅です。頭端式ホームとは、始発駅であり終着駅でもあります。この先には、線路はありません。ですから、線路の向こう側は改札口があるだけです。その改札口に立つと、様々なデザインやタイプの列車が停車しているのを眺めることができます。これは鉄道好きにたまらない…。四国は電化していない路線も多く、私が見渡した時には、気動車が2台停車していました。また、車高に関しても、低いものと高いものがあります。私が乗ってきたクリンライナーは、指定席の車両が2階建になっていることから車高は高くなります。最後の緑色の車両は、気動車です。これは徳島に向かう列車でしょうか。できれば、こういったローカル線を楽しむのは、出張のついでではなくて、私的な「ローカル線の旅」であってほしいなあ思います。香川県を走る私鉄「高松琴平電鉄」=「ことでん」にも乗ってみたいのですが、市内を移動しながら車の中から市街地を走る「ことでん」を眺めるだけです。残念。

第134回定期演奏会阪神淡路大震災25周年メモリアル-阪神文化と大澤壽人-


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■昨日は、ひとつ前の投稿の通り、第32回地球研地域連携セミナー(滋賀)「びわ湖の水草 市民がはじめる環境自治」に参加しました。参加したのですが、当初は、学生時代に所属していた関西学院交響楽団の「第134回定期演奏会 阪神淡路大震災25周年メモリアル」に行く予定でした。指揮は、世界的に活躍されている佐渡裕さんです。私も当初は「絶対にいくぞ!!」と意気込んでいたのですが、地域連携セミナーの仕事と重なり、OB会のお世話になって確保したチケットも他の方にお譲りすることになりました。ただ、昨日の定期演奏会の様子を、後輩のTさんのfacebookへの投稿で知ることができました。

■母校である関西学院大学は、兵庫県の西宮市にあります。25年前の阪神淡路大震災の際には、被災地の中にある大学のひとつになりました。在学生は15名が犠牲になりました。ただ25年前のことですから、今回の定期演奏会で演奏している後輩の皆さんは、まだ生まれていません。その後輩の皆さんが、あえて阪神淡路大震災25周年メモリアルと位置付けられたことは、震災の記憶を風化させないようにしたいという、被災地の大学の学生としての気持ちの表れのように思いました。Tさんのfacebookでの投稿を読みながら、Tさんもご指摘のように、「阪神」、そして「阪神文化」というキーワードが頭にしっかり浮かんできました。

■今回の定期演奏会では、ブラームスの「大学祝典序曲」、ムソルグスキー(リムスキー・コルサコフ編)の「交響詩 禿山の一夜」、大澤壽人の「交響組曲 路地よりの断章」、チャイコフスキーの「交響曲第5番」の4曲でした。この4曲のうち、クラシックファンの方達でも、大澤壽人という作曲家の名前や「交響組曲 路地よりの断章」という作品をご存知ない方がたくさんいらっしゃるでしょう。私もそうです。大澤壽人(おおさわ ひさと1906年-1953年)さんは、神戸生まれ、母校・関西学院大学の同窓生です。1930年に関西学院高等商業学部を卒業されました。学生時代は関西学院交響楽団に所属されていました。大先輩になるわけです。卒業後は、アメリカに留学し、ボストン大学やニューイングランド音楽院で、そしてフランスのエコールノルマル音楽院で学ばれました。多くの作品を作曲されていますが、今回の「交響組曲 路地よりの断章」は、1936年の作品です。組曲ということで、7曲から構成されています。

■後輩のTさんのfacebookの投稿には、大澤壽人という大先輩の作品を、後輩たちの演奏で聞くことができたことをとても喜んでおられました。実際の演奏では、曲の途中で、3度ほど指揮者の佐渡裕さんが解説を入れられたそうです。なかなか贅沢です。佐渡さんは「題名のない音楽会」の司会者をされていたことがありますが、まるでその時の番組のようです。そのような経験は、なかなかできません。Tさんの感想ですが、佐渡さんは、「神戸という街が育てた大澤壽人」という視点から見ておられた…と感じられたようです。素敵ですね。メインの曲は、チャイコフスキーの交響曲第5番ですが、そのあとのアンコールは、なんと宝塚歌劇団の「すみれの花咲く頃」だったそうです。宝塚歌劇団のある宝塚も阪神淡路大震災の被災地であるとともに、歌劇は「阪神文化」を代表するもののひとつです。しかも、大澤壽人さんは、戦後、神戸女学院大学で教鞭をとりながら、宝塚歌劇団に音楽を提供されていたことも知られています。なかなか考えられたアンコールです。アンコールでは、佐渡さんも鍵盤ハーモニカで演奏に参加され、周りからは一緒に歌う方たちの歌声が聞こえてきたとTさん書いておられました。しかも佐渡さんご自身、西宮北口にある兵庫県立芸術文化センターで芸術監督をされています。このホールは阪神・淡路大震災からの「心の復興、文化の復興」のシンボルとして開館しました。「阪神文化」、大澤壽人、阪神淡路大震災、宝塚歌劇団…、本当にいろいろ考えられた、「阪神淡路大震災25周年メモリアル」に相応しい構成だと思います。

■少し前のことになりますが、ブログに「OB交響楽団での練習を見学」にも書きましたが、33年前、関西学院交響楽団は、若き日の佐渡さんに指揮をしていただきました。その時の部長(学生の代表)のT君が、佐渡さんのロンドン公演後の楽屋の出口で待って再会したことが、ひとつのきっかけになっています。33年前、佐渡さんは急遽留学することになったため、予定されていた客演指揮ができなくなりました。今回の演奏は、その時の約束を今回はきちんと守ってくださったのだと思います。これも、素敵なエピソードですね。

地域連携セミナーと「びわぽいんと」のお披露目

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■今日は、大津市の「コラボしが21」で、第32回地球研地域連携セミナー(滋賀)「びわ湖の水草 市民がはじめる環境自治」が開催されました。どれだけの方が参加されるかなと思っていましたが、会場がいっぱいになりました。NPO、学生団体、地域住民、そして大学・研究機関の皆さんが参加されました。大学生からご高齢の方たちまで、みんなで盛り上がることができました。まあ、関係者もけっこう多いわけですが。私は、全体の総括という役割だったのですが、テーブルごとの多様な議論をまとめることなどできるはずもなく、今、思っていることをお話させていただきました。きちんと気持ちと想いが伝わったかな。

■何か、あらかじめ話すことを用意してきたわけでもありません。その場で、頭に浮かんできたことをお話しました。どんなことを話したのかな…と考えてもきちんと思い出せませんが、お越しいただいた皆さんの、何というか強い反応を感じました。たぶん、きちんと伝わったのではないかと思います。総合地球環境学研究所が動画を撮影しているので、そのうにこちらにもリンクをアップできるのではないかと思います。

■今日の第32回地球研地域連携セミナーでは、特定非営利活動法人「琵琶故知新」が運営する「びわぽいんと」に関しても、紹介が行われました。先日、完成したばかりのチラシも配布されました。ということで、こちらでもお披露目。セミナーの後は、「滋賀SDGs×イノべーションハブ」の方から、「ぜひ、応援させてもらいたい!!」とのお言葉をいただきました。ありがたいことです。この「滋賀SDGs×イノべーションハブ」は、滋賀県と経済界が協力し、官民連携の組織として創設された団体です。いろいろご相談をさせていただこうと思います。県内企業の皆様、環境保全団体の皆さん、どうかよろしくお願いいたします。これから、県内各地、説明の行脚をさせていただきます。ご要望があれば、可能な限り、ご説明に上がります。
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大学ジョイントコンサートの会議

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■昨晩は、梅田茶屋町のビルの中にある、関西学院大学の大阪梅田キャンパスで19時から開催された、「大学ジョイントコンサート2020 」の会議に出席しました。関学のキャンパスなので、母校を訪問する…ことにもなりました。さて、この「大学ジョイントコンサート2020 」ですが、3月に、東京と大阪で、あわせて15大学が集い、コンサートを開催します。私も部長として吹奏楽部の皆さんと同行させていただきます。東京の公演では、金沢大学、創価大学、玉川大学、東海大学、東北福祉大学、富山大学、明星大学、そして龍谷大学が、大阪の公演では、大阪工業大学、関西大学、関西学院大学、京都橘大学、近畿大学、滋賀県立大学、立命館大学が演奏を行います。合同演奏では、上記の大学以外にも、個人で参加される方達もおられます。他大学の吹奏楽部と一緒に演奏ができるって、なかなかできない経験ですね。昨年は、個人参加の大学生を含めると30大学近くの団体が集まったそうです。演奏会当日は多くのお客様にご来場いただき、大きな反響を得ることができました。ありがとうございました。

■「ジョイントコンサート」を開催するためには、非常にたくさんのことを決めて、様々な業務をこなさなければなりません。会議の司会進行は、龍谷大学吹奏楽部副部長・水野哲也さんでした。水野さんのおかげで、会議はサクサクと進んで行きました。吹奏楽の世界にことをよくわかっていない私には、良い勉強になりました。多くの大学の皆さんが同じ方向を向いて、自ら進ん取組んでおられるので、とても気持ち良い会議でした。会議の後は、他大学の皆さんと懇親会。大学吹奏楽に関して、いろいろ意見交換できました。こういうことって、とても大切なことだなと改めて思いました。これは、学生の皆さんにとっても同様でしょうね。他大学の学生と、いろいろ運営上の課題について意見交換することは、視野を広げることにつながります。コンクールを通してはライバル関係にあるわけですが、同時に、大学の吹奏楽の世界を盛り上げていく仲間でもあります。個人的な意見ですが、いつか、全国の様々な大学から選ばれた学生の皆さんで、夢の共演が実現すれば良いなとも思っています。

夜間保育

「お迎え時間は午前2時。あなたの知らない『夜の子』たちの保育園の話」という記事を読みました。福岡市の中洲にある夜間保育園に3年半に渡り密着し、『真夜中の陽だまり ルポ・夜間保育園 』を上梓した三宅玲子さんにインタビューした記事です。この記事を読んで、実際にこのルポも読んでみようと思いました。

■そう思いながら、以前、このブログに投稿した「人間の進化と共同養育」のことをすぐに思い出しました。人類進化の観点から、「人間は、周りの人びとが『よってたかって赤ちゃんをあやす』ような、『共同養育』の仕組みを進化の過程で作り上げてきた」という説を紹介しました。ところが、現代社会には、「よってたかって赤ちゃんをあやす」=「共同保育」の仕組みやそれを可能にする条件がなかなか見当たりません。3年ほど前にネット上で「保育園落ちた日本死ね」が話題になりましたが、その後、十分に保育園が開設されたわけではありません。生きていくために働きながら、同時に子どもも育てていくこと、特に、夜に働かねばならない人たち、夜も働かねばならない人たちにとって、このような夜間保育園がどれだけ有難い存在であるのか。

■以下は、この三宅さんのルポとは関係ありませんが、やはり夜間保育を暑かったドキュメンタリー映画のです。

南部鉄器の鉄瓶で煎茶をいただきました。

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■今日は自宅で事務仕事をして、夕方から梅田で他大学吹奏楽部の皆さんと会議です。会議の場所は、母校・関西学院大学の梅田キャンパス。なんとなく、「ホームカミングディ」みたいで嬉しい気持ちもどこかにありますね。それはともかく、昼間は自宅で仕事なので、少し気持ちにゆとりがあります。頂き物の上等な煎茶を楽しむことにしました。南部鉄器の鉄瓶は、以前勤務していた岩手県立大学から龍谷大学に異動する際、講座の先生たちから贈っていただいたものです。温度計も用意して、お湯が70度まで下がったことを確認をして煎茶に注ぎました(温度計、お酒の燗のためにも使うことがあります)。美味しい。時間はかかるけれど、心にはとても良いと思います。

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