創部50周年記念誌とCD

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◾️今週の水曜日のことになりますが、仕事の後、龍谷大学吹奏楽部の練習場のある瀬田キャンパスの青朋館に行きました。来年度から吹奏楽部の部長をお引き受けするにあたり、学生部に提出する様々な書類にサインと押印が必要だったからです。来年度から幹事長と副幹事長をされるお2人の部員の方が、対応してくださいました。皆さん、吹奏楽部という集団の中で鍛えられているせいでしょうか、とても礼儀正しいことに改め感心しました。書類のへのサインと押印という用事を済ませた後、吹奏楽部の『創部50周年記念誌』と記念のCDを頂きました。4月から吹奏楽部の活動を支えられるように、龍大吹奏楽部のこれまでの歴史を勉強させていただきます。

◾️『創部50周年記念誌』の目次の項目は、「祝辞・挨拶」、「50周年の歩み」、「演奏会の記録」、「OB・現役名簿」の順番でした。最初の「祝辞・挨拶」では、龍谷大学吹奏楽部が吹奏楽コンクルールで初めて全国大会に出場したときに指揮をされた、佐渡裕さんのメッセージを読ませていただきました。佐渡さんが指揮をされたのは1986年のことですから、もう33年前のことになります。佐渡さんは、京都市芸術大学を卒業されたばかりの大変お若い時期ということになります。当時、龍谷大学吹奏楽部の顧問をされていた京都市芸術大学の上埜孝先生や、現在、音楽監督・常任指揮者をされている若林義人先生のご縁を背景とした抜擢だったようです。その時の全国大会は、尼崎市にある「尼崎市総合文化センターあましんアルカイックホール」です。課題曲はコンサートマーチ「テイクオフ」、自由曲はコダーイの「ハーリ・ヤーノシュ」でした。受賞したのは銀賞だったようですが、この頃から、龍谷大学は音楽的な実力を蓄えていったようです。結果としてそのことが現れるのは1990年前後からでしょうか。

◾️『創部50周年記念誌』の「50周年の歩み」を拝見すると、龍谷大学吹奏楽部が、現在のように全国的に知られるような実力を持ったバンドになることができたのは、若林先生をはじめとするたくさんの先生方のご指導と、充実した練習場(青朋館)を大学が用意したことが大きいようですね。現在は、190名近くにまで部員数も増えているとお聞きしています。このような大きな吹奏楽部が生み出す音楽にさらに磨きをかけていただくために、副部長の事務職員(吹奏楽部OB・OG)の皆さんに教えていただきながら、4月から部長としての仕事に取り組みたいと思います。

エフゲーニ・スヴェトラーノフ指揮、NHK交響楽団「チャイコフスキー 交響曲5番」

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◾️昨晩は、9時前に帰宅して夕食。録画してあったNHKの「クラシック音楽館」を視る、というか聴きました。家族が録画してくれていました。今回は、「N響 伝説の名演奏~リクエスト特集~」で、冒頭は1997年9月6日にNHKホールで収録されたチャイコフスキーの交響曲5番。指揮は、エフゲーニ・スヴェトラーノフ。今から21年前の演奏です。

◾️どういうわけか録画は2楽章の有名なホルンのソロから始まりました(録画の失敗か…)。続いて円舞曲の3楽章。抑制するところは抑制して、とても丁寧に演奏されている気がします。それに対して、4楽章は大変な重量感と迫力を感じました。感動しました。名演奏ですね。まあ、だからこそ視聴者からたくさんのリクエストがあったわけです。私は、学生時代に関西学院交響楽団に所属していました。4年生最後の定期演奏会でのメインの曲は、このチャイコフスキーの5番でした。まあ、思入れのある曲だということもあり、普段にも増してこのテレビでの演奏に釘付けになったわけです。

◾️4楽章の490小節。1stバイオリンが演奏する基本動機が金管楽器に移行するあたりになると、スヴェトラーノフは目をつぶってしばらく指揮をすることをやめました。いや、やめてはいないのですね。指揮者とオケが完全に溶け合った感じかな。素敵です。演奏を終えたスヴェトラーノフは、大層満足したようでした。私のように30年以上もオケで楽器を弾いていない者が言うべきではないのかもしれないけれど、どのように演奏して欲しいのか、指揮者が求めるものが非常によくわかる指揮でした。演奏後の続き。ホルンの松崎裕さんが難しいソロを完璧に演奏したことを讃えるために、スヴェトラーノフは松崎さんのところに歩み寄り、指揮台まで引っ張りし出して、指揮台に上がるようにと促しました。松崎さんは、とても困った表情をされていたが、これも伝説になっているエピソードのようです。松崎さんはすでにN響を退団されていますが、現在も在籍されている方達も、この演奏当時は相当に若い。チェロの藤森亮一さん、今とは全く雰囲気が違います。

◾️さて、ネット上にアップされているNHK交響楽団の記録を見ると、この演奏の前日、9月5日のメインの曲もチャイコフスキーの5番でした。さらに調べてみると、5日の演奏では、第2楽章の開始前、スヴェトラーノフは「ダイアナ妃に捧げる」とスピーチしたのだそうです。ダイアナ妃は、その5日前の8月31日に自動車事故で亡くなっています。ちなみに、スヴェトラーノフは、この演奏の5年後、2002年5月に他界しました。このスヴェトラーノフが亡くなったことについては、N響のバイオリン奏者であった鶴我裕子さんが執筆された『バイオリニストは肩が凝る 鶴我裕子のN響日記』で、「スヴェトラーノフが来た日」と「スヴェトラーノフが死んだ日」というエッセーで読めるらしいことも知りました。ぜひ、読んでみたいものです。また、この演奏の録音はCDになっているらしいので、ぜひ購入してみたいとも思います。

龍谷大学吹奏楽部「第45回定期演奏会」

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◾️昨晩は、龍谷大学吹奏楽部「第45回定期演奏会」(シンフォニーホール)でした。龍谷大学吹奏楽部の演奏のレベルの高さについては、ここに書くまでもなく、毎回のごとく感心するのですが、そのような演奏の中でも、まず第一部の「ロシアのクリスマス音楽」が深く印象に残りました。そして、第二部の「ユーフォニアムと吹奏楽のための協奏曲」では、外囿祥一朗さんのユーフォニアムの演奏に驚きました。素晴らしい。学生時代に所属していた学生オーケストラの後輩は、外囿祥一朗さんの大ファンだそうです。外囿さんの演奏を聞けたことを大変羨ましがっていました。

◾️第三部の二曲目は、自分もかつて演奏した経験のあるファリャのバレエ音楽「三角帽子」でした。演奏した経験があるのに、あれっ、何だか違うな…と思う部分がありました。大学院に在籍していたときに、エキストラとして後輩たちの定期演奏会に出演した際にこの曲を弾きましたから、もう35年ほど前のことになります。で、演奏会のあとで、吹奏楽部の部員の皆さんを指導されている先生方とお話をするチャンスがあり、お一人の先生から、「それは演奏されたのが『三角帽子』の第二組曲だからだと思いますよ」と教えていただきました。そういえばと…確認すると、私が演奏したのは確かにその第二組曲でした。

◾️音楽的教養の足らない私にそう教えてくださったのは、音楽監督である若林義人先生と学生時代に同級生で、現在は、パーカッションのご指導をしてくださっている早坂雅子先生です。昨日は、早坂先生と、定期演奏会の後に少しお話をさせていただくことができました。演奏レベルの向上だけでなく、そのことを通して、人格的に部員の皆さんが成長されていくこと、卒業後にこの学生時代の厳しい練習の経験を生かしていけることを大切にされているとのことでした。吹奏楽部は、若林先生や早坂先生をはじめとした多くの先生方に、長年にわたってご指導していただいています。心より感謝いたします。

◾️で、なぜ先生方とこのようなお話をさせていただくチャンスがあったのかといえば、来年度から、吹奏楽部の部長として音楽活動を支えることになっているからです。昨晩は、そのようなこともあり、定期演奏会後の打ち上げの場に少しだけ参加させていただいたのです。来年度から、私にできることは限られていますが、現部長の先生から仕事を引き付き、副部長であるOB/OGの大学職員の皆さんにご指導いただきながら、頑張って取り組んでいければと思っています。私自身も学生時代にオーケストラの部員であったことから、龍谷大学吹奏楽部の部員の皆さんが、日々、どのように音楽に取り組んでいるのかに大変関心があります。時々、練習をされている様子を見学させていただこうとも思っています。

◾️打ち上げの場で強く感じたことがあります。部員である学生の皆さんの立ち振る舞いを見ていて、集団としてきちんと鍛えられているなということです。周りに対する配慮等も、きちんとできる。恐らくは、吹奏楽部の活動を通して身につけておられるのでしょう。もっとも、そうは言っても、打ち上げでは部員同士はもちろん、指導者の先生方と和気藹々と愉快に語り合っておられました。

◾️大きな集団ですから、いろいろ課題はあると思いますが、来年の4月から吹奏楽部を教員として応援できることを楽しみにしています。

Amazing Grace - Peter Hollens feat. Home Free


◾︎アメリカの男性アカペラグループ「Home Free」の「Amazing Grace」です。素敵です!! 最後は宣伝ですが、何度も聞き直しました。このアカペラグループ以外にも、いろんな方達が歌っておられますが、この歌の背景については何も知りませんでした。作詞をしたのは、ジョン・ニュートンという人物です。こちらに、丁寧に説明してあります。「アメイジング・グレイスの謎 ジョン・ニュートンの人生・伝記」

「龍谷大学吹奏楽部創部50周年記念 第45回定期演奏会」

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■龍谷大学吹奏楽部の定期演奏会に関する情報を転載いたします。

12月25日(火)‬に大阪にあります ザ・シンフォニーホールにて【龍谷大学吹奏楽部創部50周年記念 第45回定期演奏会】を開催いたします。

定期演奏会のチラシが完成いたしました!こちらは演奏会の三部にお届けします、スペインを舞台に作曲された「バレエ音楽『三角帽子』」を連想させるデザインとなっております。
二部には、世界で活躍されているユーフォニアム奏者 外囿祥一郎さんをお招きし「ユーフォニアムと吹奏楽のための協奏曲 」を演奏いたします!
今年度最後の演奏会となりますので、ぜひお越しください(^o^)
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【日程】‪2018年12月25日(火)‬

【客演】外囿 祥一郎(ユーフォニアム奏者)

【開演】‪18:30‬(開場 ‪17:30‬)

【会場】ザ・シンフォニーホール

【アクセス】
・JR大阪環状線「福島」駅から徒歩約7分
・JR東西線「新福島」駅1番出口から徒歩約10分
・JR「大阪」駅から徒歩約15分

【プログラム】
バレエ音楽「三角帽子」
作曲 M.ファリャ
ユーフォニアムと吹奏楽のための協奏曲
作曲 D. ギリングハム

※都合により曲目を変更する場合がございます。

【チケット料金】全席指定
前売り券:S席1,800円
A席1,500円
B席1,200円
当日券:全席一律1,800円

※チケット好評発売中
(Pコード 127-324)
http://md-ticket.pia.jp/pia/ticketInformation.do…
※当日券はご用意できない場合がございます。
※車椅子・介助者席をご利用の方は下記の連絡先までご連絡ください。
※未就学のお子様のご入場はご遠慮ください。

【お問い合わせ】
▼電話番号
‪070-6929-3909‬
〈受付時間 ‪10:00~21:00‬ 水曜・日曜・祝日を除く〉
▼メールアドレス 
ryukoku.windmusic@gmail.com
【当部紹介】
▼龍谷大学吹奏楽部HP
http://ryukoku-windmusic.com
▼龍谷大学吹奏楽部ブログ
http://ryukoku-sports.jp/windmusic

전영랑

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◾️8月9日から11日まで、2泊3日の駆け足での韓国出張でした。さすがに少し疲れました。若い時のようにはなかなかいきません。帰国後は、すぐに仕事に復帰できず、少し休憩させてもらいました。

◾️さて、往復ともにアシアナ航空を利用しましたが、帰国の際の機内の中では、少し疲れてしまったのか読書する気力が湧かず、機内サービスによる音楽を聴くことにしました。せっかく韓国に行ったのだから、韓国伝統音楽というジャンルの中で聞いてみることにしました。たまたま、一人の女性歌手が目に入りました。「전영랑」という人です。アシアナ航空の機内サービスではジョン・ヨンランとカタカナで表記してありました。正確には、ちょっとチョンに近いジョンかな。聞いてみると彼女の歌声が心に染み込んでくるようで、非常に感動しました。もちろん、歌詞はわからないんですけどね。こういうのは、「たまたま」「偶然」の出会いが大切です。

◾️アシアナ空港のサービスでは歌手の名前がカタカナになっていましたが、帰宅後、それで検索してもきちんとヒットしません。ということで、韓国で知り合いになったボクさんに、早速、facebookのMessengerを使って相談をしてみることにしました。ボクさんはスマホの翻訳機能を使いながら(私も適宜、Googleの翻訳機能を使いながら)、教えてくださいました。ハングルでは、「전영랑」と書くことを教えてくださったのもボクさんです。

◾️ボクさんによれば、ジョン・ヨンランさんは、忘れられていた韓国の伝統歌を現代の一般の人びと(特に若い人たちかな)に知ってもらうための役割を果たしておられるとのことでした。1983年生まれ。35歳で、まだお若いわけですが、伝統と現代をつなぐチャレンジをされているようです。例えば、以下の動画など、ジャズのグループとのコラボレーションですね。

프렐류드 & 전영랑 “노들강변, 뱃노래, 태평가, 비나리” 재즈와 국악의 만남
전영랑 & Prelude - 비나리(Fly in 날아든다 앨범 중)

◾️同じコラボで、古い韓国民謡「太平歌」を歌っている動画も興味深いです。
[SBS]아침창, 태평가, 프렐류드&전영랑 라이브

◾️こちらは、伝統的スタイル。
전영랑 한오백년 민요
전영랑 소춘향가 대통령상 수상

◾️ボクさんから教えてもらったことですが、この전영랑はさんは、伝統的な民謡にある3つの流派のうちの1つにベースにしておられるとのことでした。明るく、技巧的な歌唱法に特徴があるそうです。これは推測ですが、おそらく、そのような伝統的な歌唱法をベースに、基礎にしておられるので、私のような何も知らない、ハングルがわからないおじさんの心にも、歌声が染み込んできたのではないのでしょうか。もっとも、人よっては、このような技巧が耳障りと思う人がいるかも…です。それはともかく、韓国の伝統的な民謡に関してもっと知りたいと思いました。民謡というか、加えて日本の説経節や浪曲がミックスしたような感じなんでしょうかね。

知らなかった、ドボルザークは鉄道ファンだった!


◾️自宅で毎週「題名のない音楽会」というクラシックの番組を録画しています。人気がないのか、朝早くに放送されているので、我が家では録画してみているのです。先日のテーマは「指揮者が愛する『新世界より』の音楽会」でした。取り上げられたのは、ドボルザーク の「交響曲9番新世界より」。クラシックファンでなくても、このシンフォニーについては多くの皆さんがご存知のはず。特に2楽章は有名ですよね。キャンプファイヤーで歌いましたよね。「遠き山に、陽は落ちて…」。私からすると、「暗くなるから子どもたちは早く家に帰りなさいよ〜」という雰囲気です。この「交響曲9番新世界より」、とてもよく知られた交響曲なのですが、番組を視ていてびっくりしたことがありました。作曲者のドボルザークは「テツ」な人=「鉄道ファン」だったというのです。

◾️ドボルザークが鉄道ファンであったという話し、結構、有名らしいですね。私は、この歳になるまで知りませんでした。びっくりしました。調べてみると、「初心者でもできる! 簡単・らくらく作曲講座」というブログの中にある面白い投稿を見つけました。この投稿「ドヴォルザークは鉄ヲタだった!? あの有名作曲家の裏話。」によると、こう書かれています。「チェコでその名声を固いものにした後、1891年、ニューヨーク・ナショナル音楽院院長へ就任の依頼が来てアメリカ、ニューヨークへ渡ります。しかし、この渡米自体アメリカの鉄道を体験するという理由が大半だった…などと言われています」。「えっ…マジか !!」と思いました(ちょっと文句があるとすれば…「鉄オタ」って言って欲しくないですね〜(-。-;)。この他にも、この投稿には様々なドボルザークの鉄道に関するエピソードが書かれています。尋常ではありません。

◾️一つだけ紹介します。「交響曲第9番「新世界より」の中に一箇所だけ控えめにシンバルが鳴らされるところであるのですが、そのシンバルも鉄道に関連しているという指摘が、この投稿の中に書かれていましたて。このシンバルのこと、クラシックファンの間ではよく知られているのですが、これが鉄道と関連しているなんて…(上に貼り付けた動画では、1分51秒頃にシンバルが静かに成ります)。

実はこの「新世界より」、全編を通して機関車を表す描写がいっぱいあるんです。第三楽章の3拍子のリズムは「シュッポッポ、シュッポッポ」と、少し喘ぎ気味の蒸気機関車を表しているとも言われていますし、第四楽章は動き出す重い動輪に始まって、全体が蒸気機関車や汽車の描写に満ちており、風を切る音、ドラフトの音、シリンダーの音、吐きだす蒸気などが描かれているとも言われています。それで先程のシンバル。これは列車がブレーキをかけて、連結器をぶつける音を表していると解釈されています。鉄道好きならではの表現ですね。

◾️一昨日は、京都で一献傾けながら本格的な「鉄道ファン」の皆さんの「濃い語り」に耳を傾けていました。そのような方たちと比較すれば、私なんかが「鉄道ファン」というのは憚れるのですが、じつは鉄道が好きなんです。学生時代はオーケストラの活動もしていたので、クラシックも大好きです。というわけで、今回の「題名のない音楽会」には強く反応してしまいました。学生時代を思い出せば、私が所属していた学生オーケストラには結構な数の「鉄道ファン」がいたように思います。阪急電車の形式等については熱く語り合っていたよなぁ…。当時は「鉄オタ(ヲタ)」なんてちょっと蔑んだような言葉もなく、男の子たちは電車について熱く語りあっていました。彼らは、そういう電車の形式とか細かなことを語り合えることに誇りを感じていたように思います。もっとも、その頃の私は鉄道には関心がありませんでした。幼い頃にあった電車に対する気持ちは、大学生の頃には消え去っていました。それがまた復活してくるのは、40歳を超えてからのことでしょうか。

◾️この「交響曲9番新世界より」の1楽章冒頭で、チェロやヴィオラの静かなメロディが終わったところ。ホルンが突然「ポ・ポーン」となります。これは、ドボルザークがニューヨークに到着した時の、汽船の汽笛の音なのだそうです。このことは、学生時代から知っていましたが、そのあとは「鉄道ネタ」が満載だとは全く知りませんでした。すごいな〜、ほんまに。

◾️ところで、「交響曲9番新世界より」と鉄道ということで思い出すのは、JR大阪環状線の「新今宮」の駅で流れる発車を合図するメロディーです。「交響曲9番新世界より」の4楽章です。「新今宮」の横には、通天閣で有名な「新世界」というエリアがあります。ここは明治時代に開催された第5回内国勧業博覧会の跡地に大阪の新名所として開発されたので「新世界」と呼ばれています。アメリカの別名である「新世界」と大阪の新名所「新世界」とは違うんですけどね、洒落ですね。初めて聞いたときはやはり笑ってしまいました。

『天才作曲家 大澤壽人 駆けめぐるボストン・パリ・日本』(生島美紀子)

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■大澤壽人(1906〜1953)という作曲家をご存知でしょうか。彼は、母校、関西学院の大先輩になります。しかも、大澤はオーケストラ部に所属していました。後に、このオーケストラ部は、私が学生時代に所属していた関西学院交響楽団になります。大澤壽人のことを書いた本が、今年の夏に出版されたと関西学院交響楽団の後輩たちがfacebookで騒いでいるので、私も手に入れてみました。けっこう分厚いです。

■この本は、大澤に関する膨大な資料に基づいて執筆されています。大澤が神戸女学院大学の教壇に立ったことから、ご遺族が、大澤が残した自筆譜や書簡などの資料を全て神戸女学院大学に寄贈されました。大澤壽人の生涯と作品を再構成したこの本は、この資料に基づいて書かれています。執筆された生島美紀子さんは、この大澤壽人の資料を整理された音楽学者です。非常に丁寧に執筆されています。私は大澤と同じ神戸出身ということもあり、初めの方の記述の中に出てくる地名や固有名詞に、どうしても反応してしまいます。時間をかけて少しずつ読み進めていきたいと思います。

■日経新聞の記事によれば、大澤寿人は、伝統的な西洋音楽のリズムや和声に揺さぶりをかけ、20世紀に新たな地平を切り開いたシェーンベルグ、ストラビンスキー、ドビュッシーらをいち早く評価し、そこから学んでいるとの説明がありました。最近、この大澤の作品が再評価され、演奏される機会が少しずつ増えてきているようです。YouTubeでも大澤の作品の演奏を視ることができます。以下は、交響曲第3番第1楽章です。

ザ・チーフタンズ来日公演2017

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■先日の日曜日、世界農業遺産関連のシンポジウムが開催され、今回は参加した方が良いなとの判断から、会場の「ピアザ淡海」に向かいました。「ピアザ淡海」の最寄りの駅は、京阪石山坂本線の「石場」駅になります。駅の改札口を出るとこんな看板が。「ピアザ淡海」に隣接するオペラホール「びわ湖ホール」の広告でした。で、私が注目したのは右の方。「ザ・チーフタンズ」が来日するようです。大津の「びわ湖ホール」の大ホールでもコンサートが開催されるようです。嬉しいですね。

■私は、アイルランド音楽の熱烈なファンというわけではないのですが、アイルランド音楽やケルト文化になんとなく関心を持っていました。この「ザ・チーフタンズ」のCDも何枚か持っているのですが、実際のコンサートに行ったことはありません。知人に教えてもらいましたが、設立初期のメンバーも2人亡くなっているようです。現在のメンバーの中心であるパディ・モローニ (Paddy Moloney) さんも、今年で79歳とご高齢です。あまりコンサートには出かけないのですが、今回は行ってみようかなという気になっています。11月25日です。

■今年2017年は,日本とアイルランドとの間での外交関係樹立60周年の記念の年になるのだそうです。以外に新しいですね。アイルランドは、1949年に、イギリス連邦を離脱して完全な共和制に移行するまで、イギリスの支配下、あるいは影響下にあったからでしょうか。上の動画は、アン・バリントン大使によるメッセージです。

The Trout, Music Film of 1969 with Du Pré, Perlman, Barenboim, Mehta & Zukerman


■facebookのタイムラインには、登録してある様々なジャンルの投稿が流れてきます。今日、みつけたのは、若い女性チェリストの動画でした。ジャクリーヌ・デュ・プレでした。彼女は、1973年に難病である多発性硬化症と診断され、天才チェリストと呼ばれた演奏家でしたが、その後は演奏をやめ1987年に42歳で亡くなりました。動画には、見たことがある人たちばかりが写っています。バイオリンはあのイツァーク・パールマン。ピアノはピアニストで指揮者のダニエル・バレンボイム。ビオラはピンカス・ズッカーマン。それからコントラバスが指揮者のズビン・メータ。みんな若いです。というのも、この動画は、1969年に撮影されたドキュメンタリー・フィルムの一部だからです。48年前のことになりますね。みなさん、非常にお若い。

■調べてみました。YouTubeに関連動画がありました。また、このドキュメンタリーを収めたDVDの解説を見つけました。以下がその解説です。

シューベルトに関する2つの興味深い映像です。『ます』は、1969年に撮影されたドキュメンタリー・フィルムで、バレンボイムが主宰したサウスバンク音楽祭における『ます』が演奏されるまでと、本番の風景です。当時、優れた指揮者として名声を高めていたズービン・メータが久しぶりにコントラバスを練習し、またズッカーマンはこの日のためにわざわざヴィオラを用意して、演奏に臨みます。そしてパールマン、デュ・プレ、バレンボイム・・・この5人が親密なリハーサルを経て、本番では燃える演奏を披露します。
 もう1つの映像は、シューベルトへのオマージュともいえるもので、これは伝記ではなく、彼が師と仰いだベートーヴェンから影響を受けながらも、ベートーヴェンの死後、新たな音楽を作っていった様子が描かれています。感動的な物語です。

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