龍谷大学校友会社会学部同窓会新会員歓迎パーティー

20170318dosokai1.jpg
20170318dosokai2.jpg20170318dosokai3.jpg

2016年度「卒業式・学位授与式」

20170317sotugyoushiki.jpg
■卒業式でした。龍谷大学に勤務するようになって12回目の卒業式になります。17名が卒業しました。4月からは、それぞれの職場で頑張って欲しいと思いま。また、大学院修士課程で指導していた2人の院生も無事に修了しました。男性の方は4月から地方公務員になります。女性の方は現役の看護師さんです。修士課程修了後も、研究生としてさらに研究を継続される予定です。

■学部生の方ですが、脇田ゼミ12期生の学年代表は、水戸龍一くんです。私のゼミでは、卒業時に、その学年の学年代表を決めています。数年に1度ぐらいは、学年代表にお世話をしていただき、同窓会を開催して欲しいと思っているからです。龍谷大学社会学部同窓会では、社会学部同窓生が主催し同窓生の相互の交流・親睦を図ることを目的とした活動を促進する為、基盤となるゼミ同窓会活動等への補助を行っています。以下のページを読んで、ぜひ活発な同窓会を開催していただきたいと思います。

ゼミ同窓会活動報告

おじいさんになりました

20170314hina.jpg ■とてもプライベートなことになります。すみません。私、このたび「おじいちゃん」になりました。孫が生まれました。初孫、女の子です。とても、とても、とても嬉しいです。

■孫が生まれたのは3月13日。私は朝から研究部の会議があり、8時45分には深草キャンパスの研究部にいなくてはいけませんでした。孫のお父さん(義理の息子)とおばあちゃん(妻)は、出産時、ずっと、出産するお母さん(娘)をそばで励ましてきましたが、おじいちゃん(私)は仕事でいないというわけです。なんだかな~という感じなのですが、おじいちゃんは、そわそわしているだけであまり役に立たないので、こんなものでしょうか。孫は、会議が終わってしばらくした10時57分に誕生しました。LINEで連絡が入りました。後で、夫や母に励まされながら娘が出産する際の動画を見せてもらいましたが、めちゃくちゃ感動しました。何度見てもウルウルしてしまいます。

■孫娘には、曽祖父2人、曽祖母が3人が健在です。老人ホームに入所している母(孫からすると曽祖母の1人)に口頭で伝えました。母はほとんど目が見えないので、出産時の動画の音声を聞きながら、母からすると曽孫が誕生した状況を想像しながら感動していました。昨日は、娘が入院している病院に妻の両親を車で連れて行きました。そして、孫娘に面会してもらいました。妻の両親、妻、娘、孫。4世代が揃いました。なんだか、とても感動しました。世代のつながり、すごいな~と思いました。大昔になりますが、義理の母に、「この子(娘)が大きくなって結婚して産んだ子どもを抱っこできるまで、長生きしてくださいね」と言ったことがあります。義理の母は、「最近の人は結婚が遅いし、そこまで生きていられるかな〜」と言っていましたが、昨日、曽孫を抱っこすることができました。「あ~、よかったな~と」心の底から思いました。

20170317hina2.jpg ■孫が生まれるとこんな幸せな気持ちになるのですね。自分の子どもの時とは、また別の感情です。「こんな幸せな気持ち」って、どんな気持ちなんでしょう。うまく説明できません。孫娘とは、一緒にたくさんの時間を過ごすことができればと思います。いっぱい遊んで仲良くなって、彼女が成人した時には、いつもの大津駅前の居酒屋「利やん」で一緒に飲むことにします。20年後の夢を実現するためにも、健康を大切にしてまいります。

■写真は、孫の足です。足というよりも、「あんよ…」と言いたくなります。大人の手と比較するわかりますが、とっても小さくて可愛いですよね~。孫の写真や動画、彼女のストレスにならない程度に撮ってあります。撮った写真や動画をiPadのなかに保存して、保存したデータをもとにスライドショーにして、何度も眺めています。子煩悩という言葉がありますが、完全に、孫煩悩ですね。何か、これからの人生に大きな変化が生まれるような気がします。

研究部の送別会でのサプライズ

20170314kenkyubu1.jpg
20170314kenkyubu2.jpg20170314kenkyubu3.jpg
■一昨日の晩、研究部瀬田の送別会が開催されました。田村さん、寺田さん、遠藤さん。ありがとうございました‼︎ 田村さんは勤続40年を超える大ベテラン。研究部瀬田の柔らかな雰囲気のムードメーカーでもいらっしゃいました。その田村さんと名コンビ⁈の寺田さんは8年間勤務されました。独特のユーモアのセンスが光っておられました。新しい職場で頑張ってください。遠藤さんは3年間。いつも、いろいろ気を使っていただきました。

■私は、研究部長として、ご退職される皆さんに感謝し、御礼を申し上げる立場なんですが、私ももうじき研究部長としての任期を終えるということで、「サプライズ」の花束をいただきました。いやほんまに、ビックリですよ〜‼︎ 事務部長の田辺さんからも身に余るスピーチをいただきました。大変パワフルな田辺事務部長のおかげで、私のようなものでも2年間教員部長を務めることができました。ありがとうございました。ところで、こうやって花束をいただきましたが、本当に研究部長として大学に貢献できたのかな…自分でもよくわかりません。できる限りの努力をしたつもりですが、どうでしょう…。その辺りのことについては、研究部長の2年間を静かに振り返って反省しなければなりません。任期は3月末までですので。

■研究部瀬田の皆さんには、私の勤務する社会学部が瀬田キャンパスにあることから、普段から楽しく接していただきました。お昼の弁当を一緒に食べたり、おしゃべりをしたり。私のようなアラ還のおじさんに暖かく接していただき、本当にありがとうございました。ええと…社会学部担当の石坂さんには、締め切り間際の研究費の支出の手続きをお願いし、申し訳ありませんでした。来年度は、ご迷惑をおかけしないようにいたします。

■職場ではありましたが、独特の素敵な雰囲気にあふれていました。それは、職員の皆さんを優しく上手にまとめておられる田中雅子課長のお人柄、そして広い視野の中でテキパキと困難な案件に対応し挑戦される、田中課長の管理職としての能力の高さがあってのことだと思っています。あっ…雅子課長!! いつの間にか、私の頭に角を生やしてくれてますねw。さて、退職まではあと10年ありますが、退職する時の気持ちってこんな感じなのかな…と、職場で花束をいただくときに、ちょっと想像することができました。4月からは、気分を一新して、研究に専念し、限られた1年間を有効に活用させていただこうと思います。

龍谷大学滋賀県人会「淡水会-冬の陣-」

20170315shigakenjinkai.jpg
■龍谷大学滋賀県人会「淡水会」では、次期会長に経営学部の藤田誠久教授を選出いたしました!! 赤いセーターの方です。そして今回も、新たに3名の農学部の教員の皆さんが「伝統ある儀式」を無事に終えて入会されました。事務職員のトップ総務局長をおつとめになり、昨年の春に退職された長野了法さんからは、今回の儀式について少し作法の理解が違うとの鋭いご指摘がありました。儀式の介添えに入る人たちの問題です(私もその内の一人でした。問題点をご指摘いただき、ありがとうございます。お酒が好きなものですから…以後、注意します)。しかし、そのご指摘で会場はさらに大爆笑です。なかなか伝統儀式というものは難しいものですね〜。

■滋賀県人会の中で、農学部の皆さんは一大勢力になりつつあります。ある方からは、「社会学部はどうした!」とのご指摘もいただきましたが、さあてどうでしょうか。社会学部の懇親会はホテルやレストラン等での会食が多く、学部組織の中に、滋賀県人会のように「正統派の日本の宴会」を楽しむ組織風土がありません。「正統派の日本の宴会」が好きか嫌いか…ということなのですが、私個人で言えば、大好きです〜。もっとも、こういうタイプの宴会、良い悪いは別にして、これから日本社会では消えていくかかもしれません。そのような危機感があります。でも、そんなことを心配しても仕方がありませんね。ところで、現在、私は、奈良県(住んでいた)、兵庫県(生まれた)、滋賀県(住んでいる)、3つの県人会に入っています。それぞれ個性があって面白いです。「正統派の日本の宴会」を続けている滋賀県人会は、一番やんちゃな県人会かな…と思っています。滋賀の農村の宴会文化を背景に持っているというのが、私の印象です。とても滋賀県らしい宴会です。ついこの間、広島県人会が復活するかもという話しも聞きました。私、広島にも住んでいましたけどw。復活すると嬉しいです。

■話しは変わりますが、私は岐阜県に縁があってまちづくりのお手伝いに出かけます。私が通っている岐阜の地域社会には、頼母子講をルーツに持つ「無尽」(むじん)という付き合いの仕組みがあります。現在では、毎月、みんなでお金を積み立てて、宴会や旅行をして親睦を深めるようなスタイルになっています。岐阜県では、1人で3つから4つの「無尽」に参加されていることも珍しくありません。交友関係が広がります。私にとって職場の県人会は、この「無尽」にちょっと似たところがあります。私以外にも、複数の県人会に入会されている方がおられます。次期会長の藤田先生とは、奈良県人会もご一緒しています。また、前会長の古本先生とは、兵庫県人会をご一緒しています。

■さて、滋賀県人会の司会ですが、社会学部の教務課におられた茶谷さんがされています。ちょっと名人芸の域に達しておられるように思いました。それに対して、茶谷さんと同じく社会学部教務課におられた、そして茶谷さんの後継者らしき?!吉田真士さんは、まだちょっと心もとない感じ…かな。頑張れマコちゃん。来年度の幹事さんは、竹之内さんと田中Junyaさん。よろしくお願いいいたします。次回の淡水会は、夏になります。

【追記】■「広島県人会」と書いて思い出しました。滋賀県庁に勤務している時のことです。「中国・四国地方出身者・居住経験者の集い」という、かなり大きな宴会がありました。滋賀県内の地域や学校での繋がりのない職員の皆さんが、「中国・四国地方出身者」に加えて居住経験者にまでカテゴリーを拡大して宴会を開催したわけです。滋賀県庁に勤務されている職員のうち、滋賀県出身者でない方たちが県庁内の「社会関係資本」をもっと豊にしたい、そのような思いからこのような集いを企画されたのではないか…今から考えるとそのように思うわけです。私自身は、すぐに「相談ができる」/「相談にのってあげることができる」、そういう仲間が職場に大勢いることはとても幸せなことだと思っています。しかし、相対的にかもしれませんが、特に若い世代の方達は、「仕事が終わってまで、職場の人間関係に振り回されたくない」と考える傾向が強いようです。それもわからないわけではありません。また、職場と人間関係と、プライベートの友人関係は別物だと考える方も多いかもしれません。私のばあいは、職場の中にも外にも、そういう人間関係が広がっているので、もはやあまり気にすることもありません。ただし、酒の量は気をつけないといけませんね。健康は大切です。

「村の古地図-志賀地域を歩く-」展

20170314kochizu.jpg
■最近、知りました!! 大津市歴史博物館では、3月4日から26日まで、「志賀町・大津市合併10周年」を記念して、「村の古地図-志賀地域を歩く-」展を開催しています。知らなかったな~。以下は、この企画展のサイトからの引用です。

 平成28年3月で、志賀町と大津市が合併をして10年が経ちました。本展はそれを記念し、志賀地域にあたる和邇・木戸・小松学区各地域に残る、江戸時代から明治時代にかけての村や自然の景観を描き込んだ古地図を展示し、その移り変わりを紹介します。

 私たちの眼の前にひろがる地域の景観は、人々が生活のために家や道を作り、山や川は開発や災害などで絶えず変化し続けてきました。志賀地域は、比良山系の山並みと琵琶湖の豊かな自然に包まれ、江戸時代においては、生業(農業や漁業など)を通じて密接に結びつき、また北国街道を通じて多くの人々が行き来していました。私たちは、かつての景観や人々の暮らしの様子を実際に見ることはできませんが、その時々に描かれた古地図からその一端をうかがい知ることができます。

 志賀地域に残る共有資料(古文書・古地図)は、平成17年に刊行が終了した『志賀町史』編纂時に調査・整理され、現在では地元の歴史に関わる資料として、次世代に守り継ぐために、毎年の虫干しなどを行ないながら、大切に保管されています。この中で古地図をみてみると、江戸時代の検地に際して作成された絵図や、村々による山林や河川の共同管理、境界争いの際に領主(幕府や大名)から下された裁許絵図、さらには明治時代の地租改正に伴って作られた地籍図など、内容豊かな古地図が残されています。それら古地図の作成目的は、時代や状況により異なりますが、細部をよく眺めていくと、田畑や山林だけでなく、先人の暮らしに関わる生活空間や用水、道、寺院や神社の位置など、現在につながるかつての景観が描かれているのです。

■これは絶対に観に行かなくては!!

我が家の庭に春がやってきました

20170313spring1.jpg20170313spring2.jpg
20170313spring3.jpg20170313spring4.jpg
20170313spring5.jpg20170313spring6.jpg
■我が家の庭に春がやってきました。植木鉢に植えた球根がたくさん花を咲かせています。昨年の秋、球根の詰め合わせを家族が購入しました。何の花がさく球根なのかわからずに、とにかく植木鉢に植えていきました。その球根が花をさかせているのです。本格的に春がやってくると、庭がみるみる変化していくはず。手で植えた球根以外にも、たくさんの花が咲き始めるからです。楽しみです。ということで、ひさしぶりに庭仕事をしました。枯れているものを刈り取りました。けっこう、冬の間にも雑草が生えているものです。小さいけれど、今のうちに抜いておくことにしました。雑草を抜く時、親指、人差し指、中指を使います。さっそく、腱鞘炎になってしまいました。モーラステープ(消炎テープ)のお世話になっています。

■腱鞘炎になるまで黙々と作業ができるのは、こういう作業が向いているせいかもしれません。私がやっているのはガーデニングではありません。もっと、なんていうのでしょうか、掃除のような作業です。前から思っていましたが、なにも考えずに黙々と作業をすることは、精神衛生上良いのではないかと思っています。寒さが和らぎ、日中は暖かくなってきました。いよいよ庭仕事の再開ですね。

■ところで、今日3月13日、とっても素敵なことがありました!! まだ書けませんが、いずれまた。

第27回「湖辺ルネッサンス〜大津のヨシ作戦〜」ヨシたいまつ一斉点火

20170311yoshi2.jpg
20170311yoshi3.jpg
■昨晩のことになりますが、第27回「湖辺(こへん)ルネッサンス~大津のヨシ作戦~」のフィナーレを飾る「ヨシたいまつ一斉点火」に参加してきました。大津市内の以下の4ヶ所で開催されました。堅田学区会場(今堅田三丁目地先・びわ湖大橋プラザ付近湖辺)、雄琴学区会場(雄琴六丁目地先・アクティバ琵琶前湖辺)、膳所学区会場(由美浜地先・大津湖岸なぎさ公園サンシャインビーチ)、晴嵐学区会場(松原町及び唐橋町地先・国道1号線瀬田大橋と瀬田唐橋の間の瀬田川右岸(西側)河川敷) 。滋賀県ヨシ群落保全審議会の委員のお1人が、雄琴学区の自治連合会長をされており、その会長さんからお誘いもあったことから、雄琴学区会場の「ヨシたいまつ一斉点火」を見学させていただきくことにしました。会場に到着すると、すでにたくさんの方たちでにぎわっていました。学区内から親子連れで参加されている方が多いように思いました。火を使うことから、消防団の方たちも待機されていました。

■「ヨシたいまつ一斉点火」の4会場のうちで、この雄琴会場がヨシ群落としては一番面積が広いとのことでした。この雄琴学区のヨシ群落では、1月の末、ボランティアの方たちや、企業のCSR活動で参加された社員さんたちが、ヨシ刈りを行いました。昨晩のヨシたいまつは、その時に刈り取ったヨシが使われています。一斉天下の直前、夜空には満月に近い月がのぼっていたこともあり、湖辺に建てられたたくさんのヨシたいまつがうすぼんやりと確認できました。そのたいまつに、雄琴学区の親子の皆さんが一斉に点火すると、ヨシのたいまつはとても勢いよく燃えあがりました。大変、幻想的な風景がそこに生まれました。今年で、27回目。その前からも雄琴学区では、このようなイベントをされているようで、その時代の回数も加えると42回目になるそうです。

■今回初めて見学をして、たくさんの地域の親子が参加される一大イベントであることがわかりました。このようなイベントに参加しながら、ヨシ群落が魚や鳥をはじめとする生き物たちの生息場所であり、ふるさとの原風景でもあることを頭に思いうかべていただけると素晴らしいなあと思いました。さらに、身近にあるヨシ群落のことを普段から感じつつ、暮らしていけるとよいなあと思います。春、夏、秋、冬。四季折々の風景があります。これからもう少し暖かくなると、コイ科魚類が産卵している音が聞こえるかもしれません。ヨシが茂る頃には、鳥の鳴き声も聞こえてくるでしょう。多くの皆さんが、身近なヨシ群落や琵琶湖のことを気にしながら暮らしていくことが、結果としして、ヨシ群落や琵琶湖の環境保全の土台になるのではないかと思います。一般的にもいえる傾向かと思いますが、人びとが身近な環境から関心を失ってしまうと、その環境が破壊されたり、その質が劣化するリスクが高まります。人びとが身近な環境を強く意識することは、ある意味、「抑止力」を生み出すことにもなるのです。地域の皆さんの意識のなかに、このヨシ群落は自分たちが「守り」をして見守っているのだ…という気持ちが涵養されていくことが大切なのだと思うのです。ただ、一般論として「琵琶湖やヨシ群落を大切にしましょう」と言うこととの間には、大きな違いがあるように思います。

大災害時の大学対応 岩手県立大学総合政策学部「東日本大震災の危機対応記録」

■今から6年前、東日本大震災が発生した時、私は兵庫県の母親の家にいました。一人暮らしの母はすでに身体が弱っており、毎日ヘルパーさんに来ていただき、炊事や洗濯、そして母の身の回りの世話をしていただいていました。加えて、私自身も、ほぼ毎週母親のところに行っていました。ガソリンスタンドに灯油を買いに行き、屋外に設置された石油ファンヒーターのタンクに灯油を入れること、近くのスーパーで買い物をして来ること、神戸灘生協の個別配送の注文表を作成すること、このあたりが私の仕事でした。

■東日本大震災が発生した時、恐らくは買い物中だったように思います。母の家に帰ると、母がこう大きな声で言いました。「あんた、東北が大変なことになっているで」。母は視力をほとんど失っておりテレビを毎日「聞いて」過ごしていました。そのテレビには、岩手県の宮古市が津波に飲み込まれる様子が映されていました。言葉を失いました。翌日からは、岩手県の二戸市に行く予定でしたが、もちろんそのようなことは不可能になりました。

■私は龍谷大学に赴任する前、岩手県立大学総合政策学部に勤務していました。私が2004年に龍谷大学に異動した後も、2011年には半分ほどの教員が退職ないしは他大学に異動されていたように思います。知り合いの教員の方からは、学生の安否確認を必死になって取り組まれていることが伝わってきました。調べてみると、2016年3月に「「東日本大震災の危機対応記録 プロジェクト 報告書 東日本大震災時における岩手県立大学総合政策学部の 危機対応記録」が発行されており、PDFファイルでも読めるようになっていました。以下が、その目次です。「東日本大震災の危機対応記録」プロジェクトメンバーである、金子与止男、Tee Kian Heng、山田佳奈、島田直明、小井田伸雄、以上5名の先生方によって作成された報告書のようです。金子先生以外は、面識のある方達です。

目次
はじめに
第1章 東日本大震災時の危機対応の記録
第2章 総合政策学部における「教職員」の安否確認
第3章 総合政策学部における「学生」の安否確認作業の経緯と課題
1.在学生の安否確認はどのようにおこなわれたのか
2.安否未確認の学生数の推移
3.安否確認作業の「実施主体」としての学部地震災害対策本部の設置と役割
4.「入学予定者」の安否確認はどうあるべきなのか
第4章 学生に対する経済的措置に関する課題
1.岩手県立大学が発表した措置について
2.他大学の対応
3.他大学の経済支援措置を含め、見えた課題
おわりに
資料集目次

■東日本大震災のような大災害が関西で発生した場合、龍谷大学の教員としては自分はどう行動するのか。このことについては、いろいろ考えて来ましたが、一人だけではもちろん話しになりません。学部として、大学として、どのような対応して行くのか。私自身は、全く情報がありません。本学のどこかに、そのような情報があるのでしょうか。それも知りません。これでいいのだろうか…。ダメです。

■こ報告書の最後には、次のような課題も書かれています。

被災した新入学生としては、入学料が免除されても、生活費等の見込みがなけれ ば入学を躊躇すると思われる。在学生も、やはり授業料が免除されても、生活費等の見込 みがなければ退学を考えるかもしれない。生活費等の支援に関しては、今回のような大規 模災害では多くの団体が奨学金を出して、援助を行っているが、奨学金の申請や選考には 時間を要するため、奨学金が給付されるまでの期間の生活費等を確保する必要がある。よ って、入学を希望している被災地(災害救助法適用地域)の学生に対して、就学の機会を できる限り保証するという観点から、被災した学生が入学金と授業料が免除されるのみな らず生活費等の見込みが立つように、大学は経済的支援体制を整えておく必要がある。

【追記1】■災害と大学…で頭に浮かんでくるのは、内田樹さんのブログの以下の投稿です。「ばかばかしくてやってられるか」というタイプや、自分では目の前の状況に対して何もせず、「大学の瓦礫が片づいた頃にきれいな服を着て教員の仕事をするために現れ」、「震災経験から私たちは何を学ぶべきかとか、震災で傷ついた人々の心をどうやって癒したらよいのか、というようなことを教授会でしゃべる」ようなタイプの教員にだけはなりたくないものです。
「2005年01月18日 震災から10年」(1月17日)

【追記2】■学内にも、災害への対応策をきちんと考えておくことが必要だと思う教職員もおられるとは思いますが、私が知る限り、そのようなこときちんと検討してきたかどうか、よくわかりません。

・学生の安否確認
・教職員の安否確認
・地域への対応
・校舎や施設の確認
・授業の再開はどうするか
・成績はどうするのか
・定期試験をどうするか
・入試をどうするか
・学生への経済的支援はどうするのか
・学生のキャリア支援はどうするか
・災害に備えた様々な物の備蓄
・その他諸々

■それぞれ、被害の深刻度に応じて優先順位も異なりますし、考えればきりがありませんが、あらかじめそれなりの備えは必要だといつも思っています。ということを、3月11日にエントリーするだけでは、ダメですね。本当に。

第32回「滋賀県ヨシ群落保全審議会」

20170310yoshigunrakuhozen.jpg
■今日の午前中は、第32回「滋賀県ヨシ群落保全審議会」でした。審議会というと大変固いというイメージがありますが、委員の皆さんのご協力のもと、とても楽しい雰囲気のなかで審議会を進めさせていただいています。審議会の会長ではありますが、委員の皆さんとの議論とその展開にわくわくしています。

■昨年は、審議会以外にも、ワークショップ形式の検討会を開催しました。ヨシ群落を保全する上での課題を抽出しました。現在のヨシ群落保全条例は制定されてから25年ほとが経過しています。そのため、今の時代状況にあった施策、もっとヨシ保全に関わる「人」に焦点をあてる必要があるという認識を、審議会の委員の皆さん、そして事務局の職員の皆さと共有できるようになりました。

■これは、あくまで個人的な意見ですが、これまでのヨシ群落を「守る」「育てる」「活用する」に加えて、ヨシ群落を保全する人びとが「つながる」こと、そのような人びとを社会的に「支える」こと、そしてその活動の様子を社会にたいして「知らせる」ことも必要だと思っています。琵琶湖の周囲には、たくさんの団体がヨシ群落の保全活動に取り組んでいますが、残念なことに、現時点では、ほとんど横のつながりがありません。お互いの活動を紹介しあい、様々な保全に関わる経験や悩みを共有していくために「つながる」ことが大切かと思います。そして、そのような活動を経済的にも社会的にも応援していく「支える」仕組みも必要です。さらに「つながる」と「支える」を育てていくためにも、より広い社会の人びとに知っていただく「知らせる」ことにも取り組まねばなりません。

■そのような「つながる」「支える」「知らせる」ことを強化していくためには、多くの団体が集まることのできるプラットホーム機能、「場づくり」「関係づくり」が大切だと思っています。今日も、そのようなご意見をいくつかいただきました。行政が、このようなプラットホームを作ろうとするとき、様々な団体に頭を下げてお願いをして、会議に集まっていただく…そのようなパターンが繰り返されてきました。しかし、今回はもっと違った形でプラットホームをつくることができるのではないかと思っています。私が知る限り、ヨシ群落の保全に取り組んでいる方達は、お互いに「つながりたい」とお考だからです。行政から頼まれたから…ではなく、ヨシ群落保全を自分たちの問題として取り組まれているのです。

■これまでのヨシ群落保全条例のなかでは、「守る」「育てる」「活用する」が謳われてきました。これらの「守る」「育てる」「活用する」を縦糸と呼ぶならば、「つながる」「支える」「知らせる」は横糸と呼べるのかもしれません。この縦糸と横糸とが、うまく織り上げられていくなかで、ヨシ群落保全のために、どのような新しい施策や仕組みを考えていけばよいのか、皆さんと力をあわせて考えていきたいと思います。ところで、写真の左の方をご覧ください。伊藤園さんのペットボトルのお茶「お~いお茶」です。このお茶の売上の一部が琵琶湖の環境保全のために寄付されています。伊藤園さん、ありがとうございます。このようなご寄付を有効に活用させていただくためにも、頑張って取り組んでいきたいと思います。

【追記】
■忘れないように追記しておきます。今日の審議会では、前回に続き、科学的なエビデンスにもとづいて、どのようにヨシ群落を多面的に評価していくのか…という点でもいろいろ議論がありました。ヨシ群落の面積だけを指標にするのではなく、もっと多様な指標による評価が必要だという意見です。多面的な評価は、保全活動を行う上での根拠にもなります。もちろん、自然科学的な側面からの評価だけではなく、社会科学的といいますか、社会的な側面からの評価も必要かと思います。地域社会の皆さんが、ヨシ群落の保全に取り組むことの意味もきちんと視野に入れる必要があります。

■出席されたある委員は、琵琶湖博物館の学芸員の指導を受けながら、すでに自主的にヨシ群落の調査を始めたことを紹介してくださいました。また、宇治川でヨシ群落の保全活動についてもご紹介くださいました。また、以下のご指摘、ご意見もいただきました。公道で廃車を放置すれば法律上もすぐに問題なるわけだが、ヨシ原に廃棄された船についてはなかなか社会的に問題にされない。景観上も問題というご指摘。従来のヨシ群落保全条例で言われる「守る」「育てる」「活用する」の「活用する」については、それをヨシ紙等の原料として活用するというだけでなく、例えばエコツーリズム等の対象として、カヌー等のレジャーの場として、ヨシ群落自体が持つ「楽しむ」価値をもっと評価していくべきというご意見。ヨシ群落でのイベントが、地域のつながりを強化し、琵琶湖への関心をより強める機能があるというご指摘。これらのご意見、いずれ議事録になろうかと思いますが、今後の検討会や審議会での議論にきちんと反映できるようにしていきます。

Admin area