映画「女になる」上映会・パネルディスカッションの開催について

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▪️私は残念ながら行けないのですが、明日、瀬田キャンパスで「映画「女になる」上映会・パネルディスカッションの開催について」が開催されます。詳細は以下の通りです

滋賀県大津市では、平成29年12月に「おおつレインボー宣言」を行い、性的指向や性自認を理由とする差別や偏見をなくし、誰もが自分らしく生きることができる多様で包摂社会の実現を目指し、申請書の性別欄の廃止や職員研修等の取り組みが進められています。しかし、LGBTの方々を取り巻く現状は、理解不足や認識の不足から生じる様々な課題が存在しており、当事者の生きづらさにつながってます。

様々な課題を解消するためにも、当事者の声や意見を直接聞く機会を設け、理解を深めるきっかけとするため、大津市と龍谷大学が連携し、映画上映会と出演者を交えたパネルディスカッションを開催します。

日 時:2018年10月13日(土)13時30分~16時30分(受付開始13時00分)
参加費:無料
場 所:龍谷大学瀬田キャンパスREC小ホール
申 込:不要(当日直接会場までお越しください)

主 催:大津市
共 催:龍谷大学龍谷エクステンションセンター(REC)

大津市制120周年記念企画展(第76回企画展)「60年前の大津」

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◾️大津市は市制120周年。私は今年、60歳、還暦になりましたが、その2倍ということですね。ということで、大津市歴史博物館では、「60年前の大津」という企画展を開催されるようです。このような企画です。

平成30 年10 月1 日、大津市は明治31 年(1898)の市制施行から120 周年、人にたとえれば「大還暦(2度目の還暦)」という節目を迎えます。今回の展覧会では、大津市が還暦を迎えた昭和33 年(1958)を中心に、高度経済長期を迎えて急速に変化する昭和30 年代の市内の移り変わりを、当時の写真や資料で紹介します。
 昭和33 年は、大津市にとって新たな出発となる年でした。戦後、米軍(進駐軍)によって使用されていたキャンプ大津が返還され、返還間もないキャンプA地区(現:皇子山総合運動公園)の体育館で、市制60 周年記念式典が行なわれました。
 この頃の大津市は、湖岸の埋め立てや山の手の開発などによる市街地の拡大とともに、学校や公共施設などの都市基盤の整備が急速に進められました。これらの様子は、当時の広報誌や市制60 周年の記念誌『還暦』などに多くの写真を使って紹介されています。まさに、現在の私たちが生活する大津の風景や生活の土台は、この頃にかたち作られていったといえるでしょう。
 また、本展覧会期間中のミニ企画展は「大津市制の120 年」と題して、明治31 年の市制施行から現在までを市町村合併を中心に、かけあしで振り返ります。加えて、期間限定ですが、西武大津店でも貴重なカラー写真の展示も予定しています。この機会に、これまでの大津市のあゆみについて理解を深めていただければ幸いです。

大津市制120周年記念企画展(第76回企画展)「60年前の大津」

전영랑

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◾️8月9日から11日まで、2泊3日の駆け足での韓国出張でした。さすがに少し疲れました。若い時のようにはなかなかいきません。帰国後は、すぐに仕事に復帰できず、少し休憩させてもらいました。

◾️さて、往復ともにアシアナ航空を利用しましたが、帰国の際の機内の中では、少し疲れてしまったのか読書する気力が湧かず、機内サービスによる音楽を聴くことにしました。せっかく韓国に行ったのだから、韓国伝統音楽というジャンルの中で聞いてみることにしました。たまたま、一人の女性歌手が目に入りました。「전영랑」という人です。アシアナ航空の機内サービスではジョン・ヨンランとカタカナで表記してありました。正確には、ちょっとチョンに近いジョンかな。聞いてみると彼女の歌声が心に染み込んでくるようで、非常に感動しました。もちろん、歌詞はわからないんですけどね。こういうのは、「たまたま」「偶然」の出会いが大切です。

◾️アシアナ空港のサービスでは歌手の名前がカタカナになっていましたが、帰宅後、それで検索してもきちんとヒットしません。ということで、韓国で知り合いになったボクさんに、早速、facebookのMessengerを使って相談をしてみることにしました。ボクさんはスマホの翻訳機能を使いながら(私も適宜、Googleの翻訳機能を使いながら)、教えてくださいました。ハングルでは、「전영랑」と書くことを教えてくださったのもボクさんです。

◾️ボクさんによれば、ジョン・ヨンランさんは、忘れられていた韓国の伝統歌を現代の一般の人びと(特に若い人たちかな)に知ってもらうための役割を果たしておられるとのことでした。1983年生まれ。35歳で、まだお若いわけですが、伝統と現代をつなぐチャレンジをされているようです。例えば、以下の動画など、ジャズのグループとのコラボレーションですね。

프렐류드 & 전영랑 “노들강변, 뱃노래, 태평가, 비나리” 재즈와 국악의 만남
전영랑 & Prelude - 비나리(Fly in 날아든다 앨범 중)

◾️同じコラボで、古い韓国民謡「太平歌」を歌っている動画も興味深いです。
[SBS]아침창, 태평가, 프렐류드&전영랑 라이브

◾️こちらは、伝統的スタイル。
전영랑 한오백년 민요
전영랑 소춘향가 대통령상 수상

◾️ボクさんから教えてもらったことですが、この전영랑はさんは、伝統的な民謡にある3つの流派のうちの1つにベースにしておられるとのことでした。明るく、技巧的な歌唱法に特徴があるそうです。これは推測ですが、おそらく、そのような伝統的な歌唱法をベースに、基礎にしておられるので、私のような何も知らない、ハングルがわからないおじさんの心にも、歌声が染み込んできたのではないのでしょうか。もっとも、人よっては、このような技巧が耳障りと思う人がいるかも…です。それはともかく、韓国の伝統的な民謡に関してもっと知りたいと思いました。民謡というか、加えて日本の説経節や浪曲がミックスしたような感じなんでしょうかね。

映画「太陽の塔」

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◾️「太陽の塔」という映画が公開されます。知り合いも登場します。南方熊楠の思想を研究されている龍谷大学の世界仏教文化研究センターの博士研究員である唐澤太輔さんです。こんな映画です。非常に面白そうです。

80年代、「芸術は爆発だ!」という言葉で、一躍世間の注目を浴びた岡本太郎。「凡人の理解を超えた変わり者」というタレントのイメージもあるが、画家・写真家・彫刻家・建築家・思想家の顔を持ち、芸術家という言葉にはとうてい収まり切らないスケールの大きな人物だ。本作では岡本太郎に影響を受けた人々をはじめ、総勢29名へのインタビューを敢行。芸術論だけでなく、社会学・考古学・民俗学・哲学の結晶としての岡本太郎が語られ、「太陽の塔」に込められたメッセージを解き明かす。

◾️1970年に大阪の千里丘陵で開催された「日本万国博覧会」、愛称「万博(ばんぱく)」。私は、この万博が開催された時、小学校6年生、12歳でした。その当時世界は、アメリカ合衆国を中心とする自由主義陣営と、ソビエト社会主義連邦共和国を中心とする社会主義陣営との間に対立がありました。東西の陣営に分かれた冷戦が継続していたのです。支配と従属という南北の厳しい対立もありました。今から思うに、この時の万博のテーマ「人類の進歩と調和」は、そのような世界に存在していた様々な対立や矛盾を、あたかも存在しないかのように思わせる働きをしていたのかもしれません。もちろん、当時12歳の素朴な少年であった私には、何もわかっていません。人気のあったのはアメリカ館やソ連館等のパピリオンでした。数時間待ちの行列ができていました。特に、アメリカ館では「月の石」が展示してあったことから、その人気はものすごいものがありました。1969年には、アメリカはアポロ11号で人類初の月面着陸を成功させました。そして続くアポロ12号は、「月の石」を持ち帰ることに成功しました。科学技術の勝利とでも言えば良いのでしょうか。

◾️この「万博」の会場の入り口近くには、催し物会場が広がっていました。「お祭り広場」です。「万博」の開閉会式をはじめ各国のナショナルデー・スペシャルデー等が開催されました。私のイメージ中では、この「お祭り広場」に集う世界各国の人びとの交流風景と、元浪曲師で国民的歌手と後に呼ばれるようになる三波春夫さんの歌「世界の国からこんにちは」の艶やかな歌声が重なり合います。今から思うに少し不思議な光景です。そして、この「お祭り広場」の大屋根を突き破るように立っていたのが「太陽の塔」だったのです。「太陽の塔」は、「人類の進歩と調和」とは真逆のような、見方によれば不気味な雰囲気を全体から醸し出していました。そのような理解しがたい不気味さのようなものは、どこから生まれてきているのでしょうか。

◾️この塔を制作したのは、芸術家の岡本太郎です。映画「太陽の塔」の公式サイトを拝見すると、岡本太郎が「私は進歩に疑問をもっている」と述べていたことがわかります。万博のテーマを真正面から否定するかのようです。「進歩」というイデオロギーは、人類が歩んできた過去を、そして人類の根っこにある事柄(生命の進化)を隠そうとします。そのような過去や根っこは、「人類の進歩」とともに過ぎ去ってしまったのでも、切り捨てられてしまったのでも、否定され忘却されてしまったものでも、そのいずれでもなく、今も、実は社会や文化の深い深いところあって、言い換えれば社会・文化の深層意識のような存在として私たちに影響を与えているのです。今も私たちの生き方に対して、静かにしかし強く影響を与えているのにもかかわらず、そのことに気が付いていない…岡本太郎は、自分たちの過去や根っこを見つめようとしない、安直な「進歩イデオロギー」を批判しているかのようです。そのような批判の眼差しは、岡本太郎が関心を持ちづつけた沖縄やアイヌの文化に対する眼差し、そして縄文文化に注がれる眼差しと基本的には同じ基盤にあるように思います。そのように考えるのならば、太陽の塔は、「人類の進歩と調和」というテーマに酔いしれる「お祭り広場」にいる人びとを、祭りの喧騒のはるかに上から静かに見下ろす神の像のようでもあります。

◾️私の「妄想」はこの程度にしたいと思います。ぜひ、この映画を観てみたいものです。関西では、大阪「あべのアポロシネマ」、「シネ・リーブル梅田」、「109シネマズ大阪エキスポシティ」の3館で、そして神戸の「109シネマズHAT神戸」で9/29(土)から公開されるようです。

知らなかった、ドボルザークは鉄道ファンだった!


◾️自宅で毎週「題名のない音楽会」というクラシックの番組を録画しています。人気がないのか、朝早くに放送されているので、我が家では録画してみているのです。先日のテーマは「指揮者が愛する『新世界より』の音楽会」でした。取り上げられたのは、ドボルザーク の「交響曲9番新世界より」。クラシックファンでなくても、このシンフォニーについては多くの皆さんがご存知のはず。特に2楽章は有名ですよね。キャンプファイヤーで歌いましたよね。「遠き山に、陽は落ちて…」。私からすると、「暗くなるから子どもたちは早く家に帰りなさいよ〜」という雰囲気です。この「交響曲9番新世界より」、とてもよく知られた交響曲なのですが、番組を視ていてびっくりしたことがありました。作曲者のドボルザークは「テツ」な人=「鉄道ファン」だったというのです。

◾️ドボルザークが鉄道ファンであったという話し、結構、有名らしいですね。私は、この歳になるまで知りませんでした。びっくりしました。調べてみると、「初心者でもできる! 簡単・らくらく作曲講座」というブログの中にある面白い投稿を見つけました。この投稿「ドヴォルザークは鉄ヲタだった!? あの有名作曲家の裏話。」によると、こう書かれています。「チェコでその名声を固いものにした後、1891年、ニューヨーク・ナショナル音楽院院長へ就任の依頼が来てアメリカ、ニューヨークへ渡ります。しかし、この渡米自体アメリカの鉄道を体験するという理由が大半だった…などと言われています」。「えっ…マジか !!」と思いました(ちょっと文句があるとすれば…「鉄オタ」って言って欲しくないですね〜(-。-;)。この他にも、この投稿には様々なドボルザークの鉄道に関するエピソードが書かれています。尋常ではありません。

◾️一つだけ紹介します。「交響曲第9番「新世界より」の中に一箇所だけ控えめにシンバルが鳴らされるところであるのですが、そのシンバルも鉄道に関連しているという指摘が、この投稿の中に書かれていましたて。このシンバルのこと、クラシックファンの間ではよく知られているのですが、これが鉄道と関連しているなんて…(上に貼り付けた動画では、1分51秒頃にシンバルが静かに成ります)。

実はこの「新世界より」、全編を通して機関車を表す描写がいっぱいあるんです。第三楽章の3拍子のリズムは「シュッポッポ、シュッポッポ」と、少し喘ぎ気味の蒸気機関車を表しているとも言われていますし、第四楽章は動き出す重い動輪に始まって、全体が蒸気機関車や汽車の描写に満ちており、風を切る音、ドラフトの音、シリンダーの音、吐きだす蒸気などが描かれているとも言われています。それで先程のシンバル。これは列車がブレーキをかけて、連結器をぶつける音を表していると解釈されています。鉄道好きならではの表現ですね。

◾️一昨日は、京都で一献傾けながら本格的な「鉄道ファン」の皆さんの「濃い語り」に耳を傾けていました。そのような方たちと比較すれば、私なんかが「鉄道ファン」というのは憚れるのですが、じつは鉄道が好きなんです。学生時代はオーケストラの活動もしていたので、クラシックも大好きです。というわけで、今回の「題名のない音楽会」には強く反応してしまいました。学生時代を思い出せば、私が所属していた学生オーケストラには結構な数の「鉄道ファン」がいたように思います。阪急電車の形式等については熱く語り合っていたよなぁ…。当時は「鉄オタ(ヲタ)」なんてちょっと蔑んだような言葉もなく、男の子たちは電車について熱く語りあっていました。彼らは、そういう電車の形式とか細かなことを語り合えることに誇りを感じていたように思います。もっとも、その頃の私は鉄道には関心がありませんでした。幼い頃にあった電車に対する気持ちは、大学生の頃には消え去っていました。それがまた復活してくるのは、40歳を超えてからのことでしょうか。

◾️この「交響曲9番新世界より」の1楽章冒頭で、チェロやヴィオラの静かなメロディが終わったところ。ホルンが突然「ポ・ポーン」となります。これは、ドボルザークがニューヨークに到着した時の、汽船の汽笛の音なのだそうです。このことは、学生時代から知っていましたが、そのあとは「鉄道ネタ」が満載だとは全く知りませんでした。すごいな〜、ほんまに。

◾️ところで、「交響曲9番新世界より」と鉄道ということで思い出すのは、JR大阪環状線の「新今宮」の駅で流れる発車を合図するメロディーです。「交響曲9番新世界より」の4楽章です。「新今宮」の横には、通天閣で有名な「新世界」というエリアがあります。ここは明治時代に開催された第5回内国勧業博覧会の跡地に大阪の新名所として開発されたので「新世界」と呼ばれています。アメリカの別名である「新世界」と大阪の新名所「新世界」とは違うんですけどね、洒落ですね。初めて聞いたときはやはり笑ってしまいました。

気になる展覧会

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◾️気になる展覧会が目白押しです。でも東京方面なんだな〜。ひとつは、東京国立博物館で開催されている特別展「縄文―1万年の美の鼓動」です。たいして詳しくはありませんが、以前から「縄文ファン」です。縄文式土器も素晴らしいのですが、いつも心を鷲掴みにされるのは土偶です。長野県茅野市 中ッ原遺跡で出土した「国宝 土偶 仮面の女神」や青森県八戸市 是川中居遺跡で出土した「国宝 土偶 合掌土偶」など、実物をじっくり拝見したいものです。縄文の遺物が発する不思議なエネルギーを浴びたい!!…となにか怪しげな気持ちにもなっています。

◾️それから、有名な絵本「だるまちゃんとてんぐちゃん」の作者「かこさとし 」さんの「かこさとしのひみつ展-だるまちゃんとさがしにいこう-」。川崎市民ミューシアムで開催されています。この企画展の準備が進められている5月2日にかこさとしさんはご逝去されました。享年92歳。以下は、この企画展の公式サイトの解説です。

『だるまちゃんとてんぐちゃん』や『からすのパンやさん』など、皆さんが一度は目にしたことがある絵本の作家かこさとしは、50年以上にわたりおはなしの絵本やかがくの絵本などたくさんの作品を発表し続けました。 物語をつくるようになったのは、1950年代の川崎市でのセツルメントと呼ばれる活動がはじまりです。子どもたちに作文や絵の描き方を教えるほか、自分でも紙芝居や幻灯をつくって、子どもたちに読み聞かせていました。このときの体験が、のちの絵本づくりに大きく活かされています。
本展では、かこさとしが生み出した作品を一堂に集め、そのひみつに迫ります。「だるまちゃん」シリーズや『からすのパンやさん』の一場面をはじめ、『どろぼうがっこう』、また、『かわ』や『たべもののたび』など科学絵本の全ての場面を展示するほか、ひみつのキーワードとなる「見る」「知る」「学ぶ」、そして「食べる」場面を中心に展示します。
川崎の子どもたちとの出会いから花開いたかこさとしの世界を、いっしょに楽しみましょう!

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20180804art2.png◾️それから、それから。「縄文―1万年の美の鼓動」や「かこさとしのひみつ展-だるまちゃんとさがしにいこう-」とあわせて行きたいのが、千葉市美術館で開催さている「木版画の神様 平塚運一展」です。私は、この平塚さんのことを存じ上げていませんでした。たまたまNHKの「日曜美術館」というアート関連の番組を視ていた時に、この平塚さんの展覧会のことを知りました。棟方志功さんを指導された方でもあります。1962年には渡米されました。活動拠点をワシントンD.C.に移して、アメリカの風物を題材に新たな作風を開拓されました。また、裸婦の版画にも取り組まれました。たまたまfacebookにこの展覧会に関連した投稿したところ、知人のIさんが貴重なコメントをしてくださいました。Iさんが、一回目のNY駐在中にワシントンDC在住だった御夫妻の住むアトリエにお邪魔されたのだそうです。平塚ご夫妻とご一緒に写真もご紹介くださいました。

◾️「縄文―1万年の美の鼓動」、「かこさとしのひみつ展-だるまちゃんとさがしにいこう-」、「木版画の神様 平塚運一展」。この3つの展覧会を鑑賞しようと思うと、おそらく1泊2日の旅行になりますね。行けるかな〜。行きたいな〜。1日目は、東京国立博物館で「縄文―1万年の美の鼓動」を観て、その日は千葉に移動して宿泊。そして2日目は午前中は「木版画の神様 平塚運一展」に、午後は「かこさとしのひみつ展」かな…。夏休みは、孫と遊ぶ以外に、休暇らしい休暇を過ごす予定がないので、ちょっと真剣に短い旅行を企画してみようかなと思っています。
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◾️最後、もうひとつご紹介したいのは、まだ会期までには時間がありますが、龍谷ミュージアムで開催される「水木しげる魂の漫画展」です。私のような還暦前後の皆さんは、水木しげるの漫画を通過せずに大人になることはできなかったんじゃないでしょうか。以下は、公式サイトにある解説です。

日本漫画界の鬼才・水木しげる、本名・武良茂〈むら しげる 1922~2015〉氏は、その生涯を現役で在り続けました。鳥取県境港で幼少期を過ごした彼は、正福寺所蔵の「地獄極楽絵図」に心を奪われ、以来、不思議な世界に魅入られるようになります。そして太平洋戦争中には、激戦地・ラバウルで片腕を失い、生と死の境をさまよう壮絶な体験をします。
 本展は、水木しげる氏が93年間の生涯をかけ、魂を込めて描き続けた作品に焦点をあて、生原稿・原画のほか、少年期に描いた貴重なスケッチなど、未公開作品を含む約300点をご紹介します。「ゲゲゲの鬼太郎」に代表される妖怪漫画のほか、短編や戦記物、人物評など、対象への深い探求心・洞察力が生み出した多彩な水木ワールドをぜひご覧ください。

◾️関連イベントも目白押しです。記念講演会は次の方達。10月7日(日)13:30~15:00に小松和彦さん(国際日本文化研究センター所長)の「水木しげると日本の妖怪文化」が、 11月4日(日)13:30~15:00には作家である京極夏彦さんの「見えないものを描く技術・水木さんの画業」、そして11月4日(日)13:30~15:00には評論家の宮崎哲弥さんが「戦争体験と仏教『総員玉砕せよ!』をめぐって」。宮崎さんの講演会の後は、龍谷大学の入澤学長との対談もあるようです。龍谷ミュージアムは、西本願寺の向かい側。京都駅の近く。ぜひ足をお運びください。9/22からです。

龍谷ミュージアム シリーズ展 「仏教の思想と文化 -インドから日本へ- 特集展示:マンダラのほとけと神」

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■ひとつ前のエントリーで、華厳経と曼荼羅のことについて触れましたが、龍谷ミュージアムでは、9日からシリーズ展 「仏教の思想と文化 -インドから日本へ- 特集展示:マンダラのほとけと神」を開催しています。以下は、この特集展示の解説です。

シリーズ展では、インドで誕生した仏教が日本に至るまでの2500年の歩みを、大きく「アジアの仏教」と「日本の仏教」に分けて通覧しています。その中で、今回は「マンダラ」を特集展示として取り上げます。

インドで生まれたマンダラ(曼荼羅)は、聖なる時空に複数のほとけや神を表した礼拝対象を指し、密教の儀礼で用いられました。これが日本に伝わると、密教のマンダラにとどまらず、浄土曼荼羅や垂迹曼荼羅も含みこまれました。今回の特集展示では、両界曼荼羅をはじめとする密教曼荼羅や、そこに表された個別のほとけ・神を表した石彫や仏画、広い意味での様々な「マンダラ」を展示いたします。

■時間をみつけて、近いうちに行ってみたいと思います。

小野寺光子 個展「香港 ーpeople・placeー」

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20180106onodera2.jpg■知り合いのイラストレーター小野寺光子さんが個展を開催されます。とっても、素敵なイラスト。私は大好きです。今回は、香港で小野寺さんが出会った「人」や、気になる「場所」がテーマだそうです。唯一、残念なことは、開催場所が東京の吉祥寺であるということです。東京に近辺にお住いの皆様、ぜひ小野田さんの個展にお出かけください。

小野寺光子さんのブログ「ONE DAY」

8ミリフィルム映像上映会at大津歴博 「私の大津~昭和初期から平成まで~」

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■今は誰でも簡単にスマートフォンを使って動画を撮ることができます。また、その場でYouTubeやSNSにその動画をアップすることができます。学生の皆さんには当たり前のことでしょうが、私が子どもの頃はそうではありませんでした。動画はフィルムで撮影しなくてはいけませんでした。富士フィルムが、1965年に「フジカシングル-8」という、誰でも簡単に動画を撮影できる一般家庭向けの小型の撮影カメラを販売し始めました。私の家では、とてもそんなものを買う経済的余裕はありませんでしたが、爆発的な人気を博しました。フィルムの扱いも、フィルムがあらかじめセットされたマガジンと呼ばれる部品を、撮影機本体にポンと入れるだけでした。とても簡単でした。以下は、そのテレビCMです。この CMに登場されている女優さんは扇千景さんです。後には、国会議員にもなり、大臣や長官、最後は参議院議長になった方です。といてっも、若い学生のみなさんはわかりませんね。すみません。

■というわけで…というわけではありませんが、次の日曜日に、大津市歴史博物館で、以下のようなイベントが開催されます。大津市在住の個人の方が撮影された8ミリフィルムや16ミリフィルムなど、貴重なプライベート映像を大津市歴史博物館では貴重な歴史資料として保管されています。今回のイベントは、その歴史資料を鑑賞して、みんなで語り合おうという企画です。

おうみ映像ラボは、滋賀県内の伝統行事や生活記録が収められた「記録映像」を発掘・上映し、古来より引き継がれてきた滋賀の「くらし・わざ・ちえ」について考える場を創出する活動をぼちぼちしています。

「情報収集・情報発信」「見聞会」「遠足」「上映会」等活動の中で、地域の人・技・文化・景観をアーカイブ化して、滋賀の恵みを再認識し、次世代に繋いでいこうと考えています。

***

今年度は、大津市博物館様との共催で、博物館が保有される滋賀県内で撮影された昭和初期から平成までのフィルム映像を上映します。
8ミリフィルムが撮られた高度経済成長期の暮らしの変革期に滋賀の家族の暮らしはどのようなものだったでしょうか?
大津市在住の個人の方が撮影された8ミリフィルムや16ミリフィルムなど、貴重なプライベート映像を中心に、そのご家族・関係者をゲストに迎え、参加者のみなさまとワイワイ鑑賞したいと思っています。

この日はなんと、5時間連続耐久上映です。
ぜひふらっとお越しください。

2017年12月3日(日) 11:00~16:00
大津市歴史博物館 講座室
=参加無料・申込み不要・当日参加OK=

【上映予定作品】 
「大津まつり」
16 ミリフィルム  昭和7 年 16 分38 秒 
撮影・編集:竹内鸚亮さん
戦前の大津祭の様子を記録したもの。曳山の巡
行や神事行列の往時の姿などとともに、祭礼で
賑わう町の様子や人々の服装など、当時の大津
町の有様も写されており、町の景観を知る上に
おいても貴重な映像。

「増田家」
16 ミリフィルム 昭和初期 54 分  
撮影・編集 増田さん  
増田さんが撮られたプライベートフィルム 
日々の旅行の様子を子どもの成長と共に撮影さ
れている。

「懐かしの江若鉄道1969」
8 ミリフィルム 昭和44 年 22 分30 秒 
廃線間際の江若鉄道の様子を撮影したもの。
運転台からの映像やお別れのセレモニーの様子
などが収録されている

「大津まつり」
8 ミリフィルム 昭和50 年代か 33 分31 秒
撮影・編集:竹内鸚亮さん
山建てから本番までの一連の大津祭の様子が丁
寧に撮影されている。
撮影者本人の解説入り。

大津市歴史博物館所蔵未公開フィルム など

☆ゲストトーク 13:30~15:00ころ
増田信明さん(フィルム提供関係者)
木津 勝さん(大津市歴史博物館学芸員)
谷本 研さん(成安造形大学助教)
柳 斎生さん(映像作家)

主催:おうみ映像ラボ 
共催:大津市歴史博物館 
協力:株式会社 吉岡映像

平成29年度 滋賀県 地域の元気創造・暮らしアート事業
平成29年度 文化庁 文化芸術創造活用プラットフォーム形成事業
上記の補助を受けて実施しています。

佐川美術館「百花繚乱 浮世絵十人絵師展」

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いつもお世話になっている方から、佐川美術館で開催されている「百花繚乱 浮世絵十人絵師展」の観覧券をいただきました。うっかりしていて、今日が最終日でした。昼から時間があったので、車で行って鑑賞してきました。最終日ということもあり、かなりの人出でした。この展覧会の概要は以下の通りです。佐川美術館の公式サイトからの引用です。

日本が世界に誇る芸術作品といえば「浮世絵」。ゴッホやモネといった名立たる画家たちに影響を与え、現代においても国内外で高く評価されている浮世絵は、江戸の生活や流行の風俗をはじめ、人気の役者や名所旧跡を描き多くの人に親しまれています。

本展では、錦絵が誕生した江戸時代中期から爛熟の黄金期を経て、幕末の隆盛期までの全時代に焦点を当て、江戸文化の象徴として時代を牽引してきた人気の浮世絵師十人を紹介します。

錦絵創始期の第一人者で、ロマンチックな女性像で知られた鈴木春信をはじめ、清楚な八頭身美人像を描いた鳥居清長。ベラスケスやレンブラントとともに世界三大肖像画家と讃えられた東洲斎写楽。美人画の神様とまでいわれた喜多川歌麿。赤富士や波富士で新たな風景画を確立した葛飾北斎。情緒的な風景画を描き、ゴッホを魅了した歌川広重。これら六大巨匠に加えて、あらゆるジャンルで人気浮世絵師を輩出した歌川派の総帥で一門の隆盛に生涯をかけた初代・歌川豊国。その門人で役者絵や美人画に長け、三代豊国を襲名した歌川国貞。パワフルな武者絵やユニークな妖怪画で大衆を魅了した歌川国芳。そして、武士でありながら遊女の情念を追及し、妖艶な美人画を描いた溪斎英泉ら、多彩な天才浮世絵師をクローズアップして、浮世絵の真髄と醍醐味に迫ります。

■浮世絵は、サイズが小さいのでそばに寄らなければなりません。すると、後ろに沢山の方達が並ぶことになります。まあ、お互いに仕方のないことですけど。混み合ってはいましたが、今日は有名な浮世絵をいくつも拝見することができました。見応えがありました。満足です。トップの写真は、浮世絵とは何も関係がありません。佐川美術館のある守山市側の湖岸から反対側の大津市を撮ったものです。左側、尖って見える山は比叡山です。このあたりから草津市の北あたりにかけて、比叡山の形は尖って見えるのです。右側の方に高めの山が連なっていますが、これは比良山系です。これで天気が良ければもっと良かったのですが。

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