地球研・日比国際ワークショッブ(3)

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20150329workshop6-2.jpg▪︎京都大学生態学研究センターの調査船「はす」による視察のあとは、草津市にある平湖・柳平湖に移動しました。平湖・柳平湖は琵琶湖の周辺にある内湖のひとつです。現在、淡水真珠養殖復活に向けて地元の皆さんが挑戦をされています。真珠といえば、伊勢志摩地方の海での真珠養殖を連想します。しかし、琵琶湖でも特に第二次世界対戦後、盛んにイケチョウガイによる真珠養殖が行われてきました。しかし、琵琶湖の水質悪化によりイケチョウガイが壊滅状態となり、92年にはイケチョウガイの漁獲量が統計上はなくなってしまいました。いったん壊滅状態となった淡水真珠養殖ですが、水質が改善するにしたがい、再び復活に向けての取り組みが始められたのです。

▪︎私たちが平湖・柳平湖を訪問すると、地元の集落の役員さんと、草津市の農林水産課の職員の方たちが待っておられました。淡水真珠復活への挑戦に関して、いろいろお話しを伺いました。お話しだけでなく、実際の淡水真珠も見せていただきました。フィリピンからの女性研究者たちは、この淡水真珠にとても関心をもったようです。どちらかというと、県境者というよりも女性として…でしょうか。それを見た、フィリピンの男性研究者は、「ガールズはすごいね!」と笑っておられました。

▪︎平湖・柳平湖で復活を目指しているのは淡水真珠だけではありません。魚の復活も目指しておられます。ここでは、放流したニゴロブナの稚魚がまたこの内湖に戻ってこれるように、魚道の設置が行われることになっています。かつては、琵琶湖と内湖とはつながっていましたが、国の巨大プロジェクトである琵琶湖総合開発等により、現在では琵琶湖と内湖とが分断され、水位にも落差が生まれています。このままでは、魚が琵琶湖から遡上してきません。そのため、いろいろな経緯のなかで魚道が設置されることになったのです。

▪︎私たちのプロジェクトによって、その二ゴロブナ等の魚類のモニタリング調査も行う予定になっています。プロジェクトとして(科学として)この地域の活性化を支えることにしています。この地域は、もともと水郷地帯でした。農作業に行くには、いつも田舟を漕いでいかねばなりませんでした。そのときは、必ず、平湖・柳平湖を通って行っていたといいます。また、集落内には、水路が流れており、家の2階の窓から釣りができたいといいます。そのような魚を食用にもされていました。この地域は、いわゆる「魚米の郷」だったのです。ところが、河川改修や圃場整備事業により、そして最後は琵琶湖総合開発により、かつての水郷地帯の風景はかんぺきなまでに消えてしまいました。「水」と「陸」が分断してしまいました。50歳以上の人たちは田舟の艪(ろ)をこぐことができますが、その年齢の以下の方たちはできないのだそうです。子どもの頃に、艪をこぐ経験ができなかったからです。

▪︎さて、ワークショップの話しに戻りましょう。平湖・柳平湖の現場では、魚が産卵に来ているところを撮った写真も見せていただきました。地元では、浅瀬に魚がやってきてバシャバシャと水しぶきを飛ばしながら産卵を行うことを、「魚がせる」といいます。内湖と切れてしまってからは、あたりまえのように見られた「魚がせる」こと地元の子どもたちは知らないといいます。現在、自体も地元の皆さんとは、魚を復活させて、小さなところから村づくりの活動を始めることができたらいいですねと話しあっています。水田と内湖と琵琶湖と魚がセットになった暮らし。村づくりの活動に参加しておられる皆さんは、そのような暮らしがこの地域の基本的な姿であり、そこにできるだけ戻っていくべきだと考えておられるのです。

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琵琶湖岸の水郷地帯

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