「いわて盛岡シティマラソン」に無事にエントリーしました!

iwatemoriokacitymarathon1.jpg
◾️先日、「第1回『いわて盛岡シティマラソン』」をエントリーしました。その時に「エントリーは、3月16日の午前10時からです」と書きましたが、それは岩手県に在住の方達のエントリーでした。県外に住む私のような者は、今日の10時からエントリーでした。10時過ぎに無事にエントリーを済ませました。安心しました。あとは、練習するだけです。
iwatemoriokacitymarathon2.png
iwatemoriokacitymarathon3.png
◾️このマラソン大会のコースですが、岩手大学の前からスタートして、懐かしい市街地を回って、盛岡市の西にあるダム湖・御所湖の湖畔で折り返して市街地から少し離れた盛岡市の中央公園に戻ってくるコースになります。コースのいたるところから、あの雄大な岩手山を眺めながらのランになります。盛岡は、かつて単身赴任で6年間暮らした街だけに、たくさんの思い出のある街です。それだけに、非常に楽しみです。頑張って(今度こそは…)きちんと練習をして参加したいと思います。一応、自己記録(4:41:52、ホノルルマラソン)の更新を目指します。

第1回「いわて盛岡シティマラソン」

2019030iwatemoriokacitymarathon.png
◾️岩手県の県庁所在地、盛岡市を中心にマラソン大会が開催されます。盛岡では、初めてのようです。以前は、けっこう頻繁に岩手県に出張する仕事があったのですが、最近は、岩手県に行くチャンスがありません。ということで、「いわて盛岡シティマラソン」が開催されることも知らなかったのですが、私が岩手県立大学に勤務しているときに交流のあった地元紙「盛岡タイムス」の記者のIさん方から連絡が入りました。この大会を運営する実行委員会は行政と民間双方のメンバーによって組織されているそうで、I さんもこの実行委員会にメンバーなのだそうです。Iさん、ご連絡、ありがとうございました。

◾️おそらく、前日は、お隣の青森県の青森市にいることになると思います。まったくの偶然なんですけど。うまくいけば、青森での仕事を済ませた後、盛岡に移動してフルマラソンに出場できるかもしれません。エントリーは、3月16日の午前10時からです。岩手県民優先のようですが、頑張ってエントリーしてみようと思います。といいますか、その前に、またフルマラソンの出場を目指して練習を積み重ねなければなりません。

第10回「びわ湖レイクサイドマラソン」

20190224lakeside5.jpg
20190224lakeside3.jpg
20190224lakeside6.jpg
20190224lakeside2.jpg20190224lakeside4.jpg
◾️一昨日は、第10回「びわこレイクサイドマラソン」でした。昨年の10月、大津駅前のいつもの居酒屋「利やん」のマスター光山 幸宏くんが亡くなりました。その悲しみを乗り越え、光山くんの奥様やスタッフの皆さんのご尽力により、今回もチームとして出場することができました。ありがとうございました。また、「利やん」のユニフォームを着て激走してくださった皆様、ありがとうございました。チームからは年代別優勝が2名、2位が2名と、今年も良い成績をあげることができました。

◾️私はといえば激走には程遠い状態でした。この1年間、5kmを1回走っただけ、全く練習をしないまま、ぶっつけ本番でハーフマラソンに挑みました。昨年は、ホノルルマラソンを走るために練習してきた貯金があり、なんとか2時間を切ることができましたが、今年は昨年よりも40分マシマシ。2時間半を切ることができませんでした。出場するのを辞めようと思わないでもありませんでしたが、亡くなったマスターに申し訳が立たないなと思い、無謀にも走ることにしました。一応、完走したので、お浄土のマスターも苦笑い…という感じでしょうか。昨日は、光山くんの奥様が、来年はご自分も出場すると宣言されました。嬉しいですね。

◾️そうそう、これも10年続いてきましたが、走った後は「利やん」別館を貸切っての宴会です。寄せ集めのチームではありますが(トレイルランニングチーム、地域のランニングクラブ、企業のランニングチーム、自治会仲間、お店の常連)、ランニングの話題を中心に、めちゃくちゃ盛り上がりました。宴会では、スピーチをさせていただきました。チームを作られたマスターの思いを皆さんに参加された皆さんにお伝えいたしました。その時は、どうしても涙が出てしまいましたが、全体としてはものすごく楽しい宴会になりました。宴会場に置かれた写真のマスターも喜んでおられたような気がします。皆さん、来年も盛り上がりましょう。

第10回びわ湖レイクサイドマラソン2019

20190213lakesidemarathon.png
◾️いよいよ、今年も2月24日に「びわこレイクサイドマラソン」が開催されます。今年は、記念すべき第10回になります。この記念すべき大会に、大津駅前のいつもの居酒屋「利やん」のランニングチーム「チーム利やん」からは、総勢35名の仲間が参加します。35名のうち14名がハーフマラソンに、21名が12kmに挑戦します。記念すべき第1回は、チームのメンバーは私も含めてたった6名でした。しかし、その後、チームの強化を図り、少しずつメンバーが増えていくことになりました。第1回の人数からすると、35名というのはすごいことだと思います。

◾️「チーム利やん」は、大津駅前のいつもの居酒屋「利やん」に集う方達&そのお友達の皆さんから構成されています。先ほどのチームの強化ですが、まずは龍谷大学のアスリートランナーの皆さんのリクルートから始まりました。アスリートランナーの皆さんは、職場とは別にトレイルラン等のチームにも所属されていて、そのお仲間もご参加いただけることになりました。また、お店でよく宴会をされる某電機メーカーの社員の皆さんも、結構な人数で参加されます。それから、ご常連のお1人は草津市にお住まいなのですが、ご自宅のあるご近所の皆さんをリクルートしてくださいました(ご本人は走られませんが…)。さらに、今回は、第1回から連続出場されているレジェンド・原田逹先生の地元、高槻の市民ランナーの皆さんも参加されます。ということで、今年、第10回は35名の大所帯になっています。

◾️さて、これだけ盛り上がってきている「チーム利やん」なのですが、私は大変憂鬱です。というのも、昨年のレイクサイドマラソンからほとんど練習をしていないからです。私、昨年は、ハーフマランソンをなんとか2時間を切るタイムで走ることができました。以下が、記録です。昨年の大会の後も、引き続き練習を積み重ねてきていればよかったものを、もともと、走ることが好きなタイプでもなく、すぐにメッキが剥がれてしまいました。いけません。

3km16:32
4km5:15
5km5:11
6km5:10
7km5:27
8km5:03
9km5:16
10km5:19
11km5:15
12km5:16
13km5:37
14km5:38
15km5:30
16km5:39
17km5:59
19km11:43
20km5:55
21km:6:24

◾️このブログの昨年のレイクサイドマラソンの報告では、こう書いています。「さて、このシーズンは、昨年12月の「ホノルルマラソン」(フルマラソン)と今回の「レイクサイドマラソン」(ハーフマラソン)で終わりになります。来シーズンに向けて、もう少し努力をしなくてはいけません。幸い、季節も暖かくなってきました。寒さにめげることもないと思います。目標の月200kmを実現したいと思います」。ぜんぜん、あきませんやん…。1年近く走っていなので、運動をしない還暦のおじさん(おじいさん)の体力に戻ってしまっています。さてさて、どうしたものでしょうか。完走も危ういかもしれません。とはいえ、走らないわけにはいきません。昨年の秋、「利やん」のマスターが亡くなり、マスターの意思を継いで「チーム利やん」を継続・発展させていかねばならないからです。「チーム利やん」のメンバーは、お浄土に旅立たれた光山幸宏くんとの思い出を大切にしながら、琵琶湖の湖畔を激走すると思います。(私以外のメンバーの)激走をご期待ください。

我がサードプレイス「利やん」の最近

20181012toshiyan3.jpg
20181012toshiyan1.jpg
20181012toshiyan2.jpg
◾️先日のことになりますが、ある大切な用事があって写真の3人が集まりました。もちろん、用事を無事に終えた後は、大津駅前のいつものに居酒屋「利やん」へ。こちらの皆さんは、職場の同僚ではありますが、それよりも私にとっては、この居酒屋「利やん」のランニングチーム、「チーム利やん」のチームメイトといったほうがビッタリきますね。来年の2月最後の日曜日は第10回「びわ湖レイクサイドマラソン」です。私以外のお二人は、トレイルラン等で活躍されるアスリートです。これまでも、「チーム利やん」でエントリーして立派な成績を残してこられました。が、しかし。今回は、お二人は年代別での1位になるぞと宣言されています。すごいです。

◾️私はといえば、この「チーム利やん」では一応「(なんちゃって)キャンプテン」=世話係…なんですが、今年の「レイクサイドマラソン」以来、一度も走っていません。これはさすがにまずいです。昨年はホノルルマラソンに出場するという目標があったので、それなりに練習をしていたのですが、今年は目標がなかったこともあって、このだらしなさです。これから、気持ちを入れ替えて、しっかり練習を積みたいと思います。

◾️それにしても、この居酒屋「利やん」、私にとって大切なサードプレイスです。「サードプレイスって何?」という方は、ぜひ以下のエントリーをご覧いただければと思います。

2015「びわ湖レイクサイドマラソン」/ サードプレイスとしての「利やん」

第9回「びわ湖レイクサイドマラソン」

20180227lakeside1.jpg
■日曜日は、第9回「びわ湖レイクサイドマラソン」でした。大津駅前のいつもの居酒屋「利やん」のランニングチーム、「チーム利やん」の皆さんと出走しました。レースは、ハーフマラソンと12km。このチームの雑用をこなす世話役係として、チームオーナーであるマスターの光山くんからは(なんちゃって)キャプテンを拝命していますが、レースについても「当然ワッキーはハーフマラソンの方やろ」との指示があり、練習不足ではありましたがハーフを走ってきました。

■成績は、ネットタイムで1時間56分50秒でした(公式タイムは1時間58分21秒)。男子50歳代の部では88位/236人中。なんとか2時間切りできました。最初は、結構調子が良かったんです。12kmあたりまでは、5分台前半/kmのラップで走っていました。しかし、13kmあたりからは5:30前後/kmにスピードが落ちてしまいました。さらに、15kmを過ぎてからガタッと崩れてしまいました。最後の方では、「チーム利やん」のチームメイト、7つ年上の原田逹先生にも追い抜かれてしまいました。原田先生、自己ベストおめでとうございます‼︎ 私はといえば、やはり練習不足ですね。心肺が最後まで持ちませんでした。前半は快調に走っていたのですが…。結果、自己ベストを出すことはできませんでしたが、それなりに満足しないといけません。以下は、手元の腕時計に記録したラップです。

3km16:32 4km5:15 5km5:11 6km5:10 7km5:27 8km5:03 9km5:16 10km5:19 11km5:15 12km5:16 13km5:37 14km5:38 15km5:30 16km5:39 17km5:59 —19km11:43 20km5:55 21km:6:24

20180227lakeside4.jpg20180227lakeside2.jpg
20180227lakeside7.jpg20180237lakeside8.jpg
20180227lakeside6.jpg

■「チーム利やん」には、私のような鈍足の市民ランナーだけでなく、様々なロードやトレイルのレースで入賞しているアスリートの方たちにも参加していただいています。そのようなこともあり、この「レイクサイドマラソン」では「チーム利やん」、それなりに有名です。毎回入賞者を出しています。今回も、入賞者はもちろん、年代別で優勝者が出ました!! 女性です。チームからは、これまで3回優勝者が出ていますが、今回は初の女性ということになります。素晴らしい。夏目泰子さん、おめでとうごいます‼︎ 夏目さん以外にも、2位、3位、4位と、アスリートの皆さんはチームの期待通り入賞されました。

■今回のレースでは、懐かしい再会もありました。2007年の春に卒業したゼミの教え子櫻井くん(脇田ゼミ2期生)が、ハーフマラソンに出場しました。混み合うスタート地点の5mほど先に櫻井くんがいました。「Ryukoku」と書かれたシャツを着ていました。彼は龍谷大学のラクロスチームのコーチをしており、シャツに「Ryukoku」と大きく書いてあったのです。もちろん櫻井くんの走力にはかなうはずもなく、彼は私よりも15分ほど早くゴールしていました。遅れてゴールした私を待っていてくれました。短い時間ですが、彼と少し話しをすることもできました。

■今回は、息子(ハーフマラソン)や娘婿(12km)も「チーム利やん」として走りました。そして孫のひなちゃんも応援に来てくれました。昨年のレースではお母さん(娘)のお腹の中からの応援でしたが、今回は、お父さん、叔父さん(息子)、おじいさん(私)が走るところを見て応援してくれました(実際のところは、なんのことやらわかっていないと思いますけど)。レース終了後は、大津駅前の居酒屋「利やん」で恒例の大宴会になりました。いつものように盛り上がりました。走った後のビールはもう最高です。途中からは、孫のひなちゃんも「利やん」にやって来てくれました。「利やん」デビューです。酔っ払ったお店のご常連が抱っこしようとしてひなちゃんを泣かしてしまうという出来事もありましたが、ひなちゃんにも「利やん」にきてもらえて、おじいさんの私としては、とても嬉しい思い出になりました。

■さて、このシーズンは、昨年12月の「ホノルルマラソン」(フルマラソン)と今回の「レイクサイドマラソン」(ハーフマラソン)で終わりになります。来シーズンに向けて、もう少し努力をしなくてはいけません。幸い、季節も暖かくなってきました。寒さにめげることもないと思います。目標の月200kmを実現したいと思います。

ランニング中の転倒…

20180128megane.jpg
■昨年末、義父が自宅室内で転倒して腕を骨折しました。そのあと入院して手術ということになりました。高齢なので、リハビリも含めてちょっと大変な感んじでした。でも、義父のことを心配している私が、今度は、ランニング中に自分がスリップ転倒することになりました。擦り傷と打撲ですみましたが、眼鏡のフレームが曲がってしまいレンズが外れてしまいました。眼鏡のおかげで眼を負傷せずに済んだのかもしれません。眼鏡、なおるかな…。若い頃であればギリギリ転倒せずになんとかなっていたかもしれませんが、歳をとると反射神経も鈍くなっていますしね。注意しないと。

滋賀の冬の天候

20180105biwako1.jpg20180105biwako2.jpg
20180105biwako3.jpg20180105biwako4.jpg
20180105biwako5.jpg■一昨日、1月3日は、奈良で親戚との恒例の新年会が開催されました。娘と孫娘=ひなちゃんが風邪で体調が良くなく、娘の一家はこの新年会に参加できないということでしたので、まずは大阪の娘夫婦のところに新年の挨拶に行きました。そして、ひなちゃんと遊んできました。風邪をひいているとのことでしたが、ひなちゃんはすこぶる元気でした。強い女の子だなと思いました。ひなちゃんと遊ぶ…とはいっても、ご本人とはたまにしか会うことができないので、抱っこなんかしようものならば、泣き出してしまいます。人見知りです。ということで、ニコニコしながら側に寄ってきたときには、ちょっと触れ合う…程度なんです。この程度なんですが、おじいさんとしては嬉しいわけです。

■ところで、大阪の娘の自宅に向けて滋賀を出発した時、雪が降り始めました。しかし大阪に着くと雪の気配など全くなく、気持ちよく晴れていました。滋賀は、日本海側の気候と太平洋側の気候の中間地点になります。私などは、そのちょうど境目辺りに住んでいることになります。湖西は堅田から北の地域が、湖東は野洲川や愛知川のあたりから北の地域が日本海側からの影響を強く受けることになります。彦根市にある彦根地方気象台の説明によりますと、滋賀の天候の特徴は次のようになります。

滋賀県は、日本列島のほぼ中央部に位置し、周囲に1,000m前後の山脈が連なり、中央部には日本最大の琵琶湖を擁する大きな盆地です。
南は伊勢湾、北は若狭湾によって本州で一番狭くなった所に位置し、大阪湾から若狭湾に至る低地帯の一部であり、それぞれの湾から入る気流の通路となっています。

このような地形の影響を受けて、各地の天候にはかなり相違があります。気候区分によると、滋賀県は日本海気候区、東海気候区及び瀬戸内海気候区が重なり合う地域となっており、準海洋性の気候を示す温和なところです。

冬(12月~2月)
12月になり、シベリア高気圧が優勢になって、西高東低の冬型の気圧配置になると、平地でも初雪(平年は12月13日)が観測され、北部は日本海側、南部は太平洋側に類似した天気になります。

季節風による雪が降り始める頃、いわゆる”雪おこし”の雷が日本海側ではよく発生し、滋賀県でも北部では寒気の強いときに発雷します。
滋賀県で最も雪の降りやすい地域は北部山間部、次いで西部・東部の山間部です。これらの地域では、かなりの積雪があるところに新たに雪が積もると、なだれが発生することもあります。

一方、南部の平野部ではあまり雪は降りませんが、春先に日本の南岸を低気圧が通過する場合には大雪になることもあります。
1年のうちで最低気温は1月または2月に現れます。
日本海で低気圧が発達して「春一番」が吹くと、やがて本格的な春を迎えます。

■昨日は14kmほど走りました。コースは、自宅から北上し真野・堅田を経て琵琶湖大橋を渡り、守山市にある大橋の東詰にある料金所で折り返すというコースです。琵琶湖大橋から北湖の方を眺めると、比良山系は日本海側からやってきた雪雲で山稜が覆われて見えなくなっていました。湖東の方も雪雲に覆われていた。しかし、大津の中心市街地あたりは晴れている。トップの写真をご覧ください。上段2枚の写真が、琵琶湖大橋から北側の風景です。中段は堅田の街並みと背景の山々。明らかに、上段の写真とは山の白さが違います。下段は、大津の中心市街地です。カラッと晴れています。これが日本海岸の気候と太平洋側の気候の、その境界線の風景なのです。

20180105biwako9.jpg■そのような風景を眺めたり、途中で立ち止まって写真を撮ったりしていたので、ランニングに集中していません。最初は、1日の元旦と2日にテレビで中継されていた「箱根駅伝」に影響を受けて、最初から飛ばし気味に身体に負荷をかけて走ってみたのですが、4kmあたりできつくなってしまいました。そして、その辺りから写真のような風景が見えてきたのです。すると気持ちが緩み、風景を楽しむことに目標を切り替えることにしてしまいました(正確には、きつくなったので切り替えざるを得なかったわけですが…)。最後は、トロトロとジョギングをすることになってしまいました。まあ、「それでも、よし」ということにいたしましょう。

20180105biwako7.jpg20180105biwako8.jpg
20180105biwako6.jpg■走っているときに。堅田に隣接する真野で写真のような記念碑を見つけました。今まで横を走っていても気がつきませんでした。記念碑「古歌の郷 真野」です。岩に金属のオブジェが取り付けてあります。このオブジェは琵琶湖の定置漁具のエリ(魚編に入)ですね。古歌とは、平安時代の歌人・源俊頼の「鶉(うずら)鳴く真野の入江の浜風に尾花波よる秋の夕暮れ」という歌のことなのだろうと思います。「鶉が悲しげに鳴いている真野の入江に吹く浜風によって、尾花が波うつようになびいている秋の夕暮れよ」という意味のようです。鶉の鳴き声など聞いたことはありませんが、万葉時代の表現で、恋人に捨てられて泣く女性を暗示しているとのこと。ふーん、なんとも寂しいというか、悲しい感じになりますね。で、「真野の入江」ですが、以前は、現在の真野川のあたりには深い入江があったらしいのです。江戸時代に埋め立てられた…という話しもあります。ランニングのあとで、調べてみてやっとわかりした。

走り初め

20180102run.jpg■昨年末の対馬への出張で風邪をひいてしまいました。熱は出ませんでしたが、痰がらみの咳が続きました。寝ているときに、突然咳が出始めて止まらなくなり、眠られないこともありました。そのような症状が治ってくると、こんどは鼻水が出るようになりました。鼻と喉と気管支との間を炎症が行ったり来たりと移動しているのです。自宅のゴミ箱は鼻をかんだティッシュでいっぱいです。まるで花粉症のようです。とはいえ、症状が軽くなってきたので、30日からゆっくり走り始めました。31日の大晦日は、少しスピードアップしました。そして、2018年の元旦は、帰省している息子と一緒に「走り初め」を行いました。棚田で有名な仰木の集落まで登って下るアップダウンのあるコース10kmを走りました。

20180102run2.jpg■調子が出てきたので、息子と一緒に走った元旦の「走り初め」では、風邪を引く前のスピードに戻しました。少しずつ調子が戻ってきました。といっても、相変わらずのスピードでしかありません。3kmを過ぎて遅くなっているのは信号待ちのためです。5kmの前で遅くなっているのは坂道が急だから。そして6分あたりで異様に遅くなっているのは、コースのピークになる仰木の集落で息子と一緒に記念写真を撮ったからです。ホノルルマラソンも息子と一緒ゴールしましたが、一緒に練習できることも滅多にないことでしょうから。ということで、ちょっと無理を言って一緒に写ってもらいました。しかしこの写真で私は、いったい何処を見ているんでしょうね…。さて問題のスピードなのですが、登りと下りを平均すると5:47/kmになりました。フラットな平地だともう少し速く走ることができるはずですが、まずは5:30/kmあたりまでスピードアップできればと思っています。ペース走等、もっと負荷をかけて走らないとスピードは上がらないのかもしれませんね。以前は、坂道ダッシュのようなこともしていたので、もう少し研究してみることにします。

20180102run3.jpg■今年の目標は、月に180kmから200km走ることです。月間200km以上を走ると故障が多くなるとよく聞きます。ということで、月間200kmまでなのです。もっとも、こんなことを気にせずガンガン平気で走っておられる方たちもいらっしゃいます。私の場合は、身体的にも時間的にもこの程度が限界かなと思っています。ただし、距離を走ってもスピードはこれ以上あまりアップしそうにないので、できれば、スピードをアップするための練習にも取り組みたいと思います。なかなか時間が取れないので、練習の工夫が必要になります。さて、どうしたものでしょうね。研究をしてみます。月に180kmから200km走ると、年間では2,160km〜2,400kmになります。ちなみに、どれくらいの距離かというと、北海道の稚内から福岡県の博多駅までが、有料道路を使って2,377 kmです。結構な距離ですね。加えて、フルマラソンに最低1回は参加することを目標にしようと思います。目標がないと、なかなか練習に励むこともできませんので。

■もちろん、マラソンとは別に10月に開催される「びわ湖チャリティー100km歩行大会」に今年も参加したいと思います。ただ、今年の反省ですが、ランニングとウォーキングとでは練習の内容が全然違ってくるので、この両方をどのように両立させるかですね。今年の「びわ湖チャリティー100km歩行大会」には、京都大学大学院・地球環境学堂・地球環境学舎・三才学林の西前研究室の皆さんが参加してくださるようです。西前研究室にはたくさんの留学生が在籍していますが、強い関心を持っておられるとのこと。ぜひ、一緒に参加しましょう。

2017ホノルルマラソン

20171222hawaii2.jpg
20171222hawaii1.jpg ■今年度は、国内長期研究員ということもあり、仕事がほとんど自己裁量で行うことができます。ということで、家族旅行も兼ねて、ハワイのオアフ島のホノルルで開催された「2017ホノルルマラソン」に参加してきました。かっこよく社会学部を早期退職された原田逹先生と一緒にです。しかも、大津駅前のいつもの居酒屋「利やん」のランニングチーム、「チーム利やん」のメンバーとして走ってきました。12月8日から13日までの短い期間でしたが、初めてのハワイを楽しみ、念願のホノルルマラソンを完走することができました。宿泊したホテルからは、ワイキキビーチを一望できました。この景色を見たときに、初めて「ああ、ハワイに来たんだな〜」と実感できました。

■ところで、原田先生は昨年も、「チーム利やん」のチームメイトである なかちゃん(中川俊典さん) と一緒にホノルルマラソンを走っておられるのですが、今年は私と一緒に走ってくださいました。ありがとうございました。入国後、ホテルに着く前に、原田先生と一緒に市内のコンベンションセンターの向かいました。ナンバーカードを受け取りました。私のナンバーカードの背景はオレンジ。自分に対する自信がなく、自己記録よりも遅いタイムでエントリーしたところ、5時間から6時間29分のグループに入ることになりました。30kmまでは自重して、最後は頑張って残った体力を使い切って走り切ろうと思ったのです。もっとも、これはあくまで計画でしかありません。実際のマラソンはどうだったのか、後述します。

■12月のハワイ。確かに冬なんですが、日本とは20℃近くも温度差があります。ホノルルに到着してから、少し体調の調整に手間取りましたが、それもなんとかクリアすることができました。大会前日の朝には、原田先生、そして原田先生のランニング仲間でホノルルマラソンに参加されていた皆さんと一緒に、最後の調整のため、ダイヤモンドヘッドに向けて軽いジョギングを行いました。今回は私の息子もホノルルマラソンにエントリーしていたので、この朝のジョギングを一緒に楽しみました。

20171222hawaii3.jpg20171222hawaii5.jpg
20171222hawaii4.jpg■ダイヤモンドヘッドに向けての調整のジョギングは、6:30/km程度のスピードでゆっくりしたペースでした。原田先生のランニング仲間とは、びわ湖成蹊スポーツ大学の當麻先生です。そして、今回は、當麻先生が教えておられる市民ランナー講座の履修生の皆さんも一緒に走りました。皆さんは、ワイキキからダイヤモンドヘッド、さらにファーマーズマーケットまで走られるとのことでしたので、私たちは無理をせず、途中、ダイヤモンドヘッドまでご一緒させていただきました。夜明け前に、ワイキキビーチをスタートしましたが、ダイヤモンドヘッドに進むに従い、次第に明るくなってきました。ダイヤモンドヘッドの麓の高台には、車がずらりと路上駐車していました。みんなサーファーの皆さんの車です。海面を見ると、サーフィンを楽しんでいる人たちでいっぱいでした。良い波がやっとくるのをサーフボードに乗りながら待っておられました。気持ちの良いジョグとともに、ハワイらしい風景を楽しんむことができました。宿泊しているホテルに戻る手前のところでは、「ホノルルマラソン」の前日に開催する「カラカウア メリーマイル」で盛り上がっていました。仮装して走る人、赤ちゃんを乳母車に乗せて押して走る人、老いたお母さんに車椅子に乗って貰いその車椅子を押して走る人、1マイルなので短い距離ではありますが、大変盛り上がっていました。
20171222hawaii6.jpg20171222hawaii7.jpg
20171222hawaii12.jpg
■さて、本番の2017ホノルルマラソンですが、日本からfacebookでたくさんの応援をいただいたことあり、なんとか完走することができました。ありがとうございました。今回は、すでに述べたように、大津駅前のいつもの居酒屋「利やん」のランニングチーム「チーム利やん」のメンバーとして走りましたが、原田先生、そして息子も無事に完走することができました。応援してくださった皆さん、本当にありがとうございました。

■完走はしましたが、個人的には、いろいろ課題が残りました。まず、1つ目。今年の10月に参加した100kmウォーキング「びわ100」の時もそうでしたが、前日にきちんと睡眠を取ることができませんでした。どうしてなんでしょうね。遠足の前の日に眠られない小さな子ども。入試の前日眠られない受験生。そういうのと同じなんでしょうか。今日は、真っ暗な早朝の5時にスタートだったので、2時に起きて、3時過ぎにはスタート地点に向かわなければなりませんでした。早い時間にベッドに入ったのですが、なかなか眠りにつくことができませんでした。睡眠時間は2時間くらいでしょうか。これが、まず1つ目の課題です。

■2つ目の課題。30km以降、ランが崩れてしまいました。事前に取り組んだ日本の練習では、きちんと30km走をやっていたのですが…。今回は、スマホのランニング用のアプリを使わずに、5kmごとのラップを時計で確認し、自分のランニングの調子と勘案しながらスピードを調整しました。ホノルルマラソンの公式サイトでは、記録が公開されています。私の記録は、4時間41分52秒だそうです(原田先生が個人の記録のデータの見方を教えてくださいました)。以下は、19時半近くの時点での記録です。

4:41:52
男性55歳-59歳 205位/982人
男性全体 2339位/10833人
全体 3346位/20351人
10km1:04:56
15km1:37:45
20km2:16:49
25km2:41:33
30km3:12:36
40km4:24:5

■ということで、一応、自己記録が出ました。30kmから崩れなければもっと良いタイムが出たのにな…と思わないわけではないのですが、これが今の私の実力ですね。30kmまでは、きちんとスピードを抑えて走ったつもりでしたが、なかなか難しいものです。30kmまでは抑えて、30kmからはスピードを上げて走る予定だったのですが、現実には、最後はヘロヘロ状態でなんとかゴールすることになりました。最後のふんばりが効くように練習の方法を考えたいと思います。いろいろ経験豊富な方達から教えていただきたいと思います。

■ところで、今回のホノルルマラソン、憧れの大会に出場できたということももちろんありますが、最後は息子と一緒にゴールできたことで大変思い出深いものになりました。私は、自分のゴール予想タイムを低く見積もっていました。ということで、息子よりもスタートの場所は後ろの方になりました。無理せず、最初に想定したスピードで進むと、10kmあたりで息子を抜くことになりました。息子は、フルマラソンが2回目。1回目は、現役のスポーツ選手だった頃です。息子の初マラソンのタイムは、3時間50分のあたりだったと思います。この記録、私からすれば「すごいな〜」ということになります。初マラソンですしね。しかし、今回はそううまくはいきませんでした。やはりスポーツから遠のいて4年経っているせいでしょう。ところが、私が30kmあたりから崩れてスピードが落ちたこともあり、最後の方で追いついてきました。息子も相当疲労が溜まっていたようで、そこからは親子で一緒に走ることになりました。そして最後は一緒にゴール。脚の痛みに苦しんでいるのを、息子に伴走してもらい、なんとかゴールしたという感じでしょうか。こんな展開が待っていたなんて、びっくりです。

■3つ目の課題。いつも、フルマラソンを走った後は、燃え尽き状態に陥り、練習を継続できなくなります。今回は、そのようなことのないように頑張ります。今回は、「チーム利やん」のメンバーとして、マスターの光山さんにシャツも貸与してもらい、いわば店の名前を背負って走ったわけですが、完走ということで、マスターにも納得・満足してもらえたのではないかと思います。今年は、10月に2回目の100kmウォーキングを完歩。12月にはホノルルマラソンを完走することができました。とても思い出深い年になりました。次は、来年2月末のレイクサイドマラソンのハーフに出ます。距離が半分になりますが、フルマラソンとはまた違う課題があります。頑張ります。
20171222hawaii8.jpg
■ホノルルマラソンの翌日。ホノルル市内のコンベンションセンターに完走証を受け取りに行きました。完走証と、昨日、フルマラソンを走った時につけたゼッケンをパウチシートの中に入れてもらいました。サービスです。これは記念になりますね。場内には、すごく長い行列ができていました。なんていうんでしょう、「完走者が記念写真を撮る看板」の前に長い行列ができていました。とても並ぶ気にならなかったので、そのまま外に出ると、とても驚く出来事がありました。大学時代、所属していた関西学院交響楽団で、ホルンを吹いていた同級生のIくんがいるではありませんか(家人が発見しました)。それも、ボランティアスタッフとして完走証を渡す会場の入り口で、いろいろ会場の案内をしていました。Iくんは、毎年、ホノルルマラソンに参加してはホノルルからクリスマスカードを送ってきてくれていました。今年で23回完走したそうです。もう随分長く彼とは実際にあってはいませんでしたが、こんなところで会えるとは思ってもみませんでした。
20171222hawaii9.jpg
20171222hawaii10.jpg20171222hawaii11.jpg
■12日に帰国の途につきました。昼の便に乗ると、日付変更線を越えるので、日本への到着は13日の夕方になりました。おそらく、大学に勤務している間は、ホノルルマラソンに出場することはないと思います。この季節は授業もあるし、卒論指導で大変だし、無理なんです。このエントリーの冒頭にも述べましたが、今年は、国内長期研究員で、自分の裁量で自由に時間を使って仕事をすることができました。そこで、この季節に家族旅行も兼ねてのマラソン出場することもできました。ということでして、また出場するとしても退職後の69歳の時になりますね。その時、まだ私はフルマラソンを走っているのでしょうか。ということで、帰国する日、夜明け前になりますが、ホノルルを離れることを惜しみつつ、朝から、ワイキキビーチをジョギングしてストレッチも行いました。脚のケアです。帰国すると、すぐに翌日の朝から総合地球環境学研究所の会議でした。そして、そのあとは、長崎県の対馬に調査に向かいました。また、バタバタした生活が始まりました。

Admin area