第9回「びわ湖レイクサイドマラソン」

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■日曜日は、第9回「びわ湖レイクサイドマラソン」でした。大津駅前のいつもの居酒屋「利やん」のランニングチーム、「チーム利やん」の皆さんと出走しました。レースは、ハーフマラソンと12km。このチームの雑用をこなす世話役係として、チームオーナーであるマスターの光山くんからは(なんちゃって)キャプテンを拝命していますが、レースについても「当然ワッキーはハーフマラソンの方やろ」との指示があり、練習不足ではありましたがハーフを走ってきました。

■成績は、ネットタイムで1時間56分50秒でした(公式タイムは1時間58分21秒)。男子50歳代の部では88位/236人中。なんとか2時間切りできました。最初は、結構調子が良かったんです。12kmあたりまでは、5分台前半/kmのラップで走っていました。しかし、13kmあたりからは5:30前後/kmにスピードが落ちてしまいました。さらに、15kmを過ぎてからガタッと崩れてしまいました。最後の方では、「チーム利やん」のチームメイト、7つ年上の原田逹先生にも追い抜かれてしまいました。原田先生、自己ベストおめでとうございます‼︎ 私はといえば、やはり練習不足ですね。心肺が最後まで持ちませんでした。前半は快調に走っていたのですが…。結果、自己ベストを出すことはできませんでしたが、それなりに満足しないといけません。以下は、手元の腕時計に記録したラップです。

3km16:32 4km5:15 5km5:11 6km5:10 7km5:27 8km5:03 9km5:16 10km5:19 11km5:15 12km5:16 13km5:37 14km5:38 15km5:30 16km5:39 17km5:59 —19km11:43 20km5:55 21km:6:24

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■「チーム利やん」には、私のような鈍足の市民ランナーだけでなく、様々なロードやトレイルのレースで入賞しているアスリートの方たちにも参加していただいています。そのようなこともあり、この「レイクサイドマラソン」では「チーム利やん」、それなりに有名です。毎回入賞者を出しています。今回も、入賞者はもちろん、年代別で優勝者が出ました!! 女性です。チームからは、これまで3回優勝者が出ていますが、今回は初の女性ということになります。素晴らしい。夏目泰子さん、おめでとうごいます‼︎ 夏目さん以外にも、2位、3位、4位と、アスリートの皆さんはチームの期待通り入賞されました。

■今回のレースでは、懐かしい再会もありました。2007年の春に卒業したゼミの教え子櫻井くん(脇田ゼミ2期生)が、ハーフマラソンに出場しました。混み合うスタート地点の5mほど先に櫻井くんがいました。「Ryukoku」と書かれたシャツを着ていました。彼は龍谷大学のラクロスチームのコーチをしており、シャツに「Ryukoku」と大きく書いてあったのです。もちろん櫻井くんの走力にはかなうはずもなく、彼は私よりも15分ほど早くゴールしていました。遅れてゴールした私を待っていてくれました。短い時間ですが、彼と少し話しをすることもできました。

■今回は、息子(ハーフマラソン)や娘婿(12km)も「チーム利やん」として走りました。そして孫のひなちゃんも応援に来てくれました。昨年のレースではお母さん(娘)のお腹の中からの応援でしたが、今回は、お父さん、叔父さん(息子)、おじいさん(私)が走るところを見て応援してくれました(実際のところは、なんのことやらわかっていないと思いますけど)。レース終了後は、大津駅前の居酒屋「利やん」で恒例の大宴会になりました。いつものように盛り上がりました。走った後のビールはもう最高です。途中からは、孫のひなちゃんも「利やん」にやって来てくれました。「利やん」デビューです。酔っ払ったお店のご常連が抱っこしようとしてひなちゃんを泣かしてしまうという出来事もありましたが、ひなちゃんにも「利やん」にきてもらえて、おじいさんの私としては、とても嬉しい思い出になりました。

■さて、このシーズンは、昨年12月の「ホノルルマラソン」(フルマラソン)と今回の「レイクサイドマラソン」(ハーフマラソン)で終わりになります。来シーズンに向けて、もう少し努力をしなくてはいけません。幸い、季節も暖かくなってきました。寒さにめげることもないと思います。目標の月200kmを実現したいと思います。

ランニング中の転倒…

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■昨年末、義父が自宅室内で転倒して腕を骨折しました。そのあと入院して手術ということになりました。高齢なので、リハビリも含めてちょっと大変な感んじでした。でも、義父のことを心配している私が、今度は、ランニング中に自分がスリップ転倒することになりました。擦り傷と打撲ですみましたが、眼鏡のフレームが曲がってしまいレンズが外れてしまいました。眼鏡のおかげで眼を負傷せずに済んだのかもしれません。眼鏡、なおるかな…。若い頃であればギリギリ転倒せずになんとかなっていたかもしれませんが、歳をとると反射神経も鈍くなっていますしね。注意しないと。

滋賀の冬の天候

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20180105biwako5.jpg■一昨日、1月3日は、奈良で親戚との恒例の新年会が開催されました。娘と孫娘=ひなちゃんが風邪で体調が良くなく、娘の一家はこの新年会に参加できないということでしたので、まずは大阪の娘夫婦のところに新年の挨拶に行きました。そして、ひなちゃんと遊んできました。風邪をひいているとのことでしたが、ひなちゃんはすこぶる元気でした。強い女の子だなと思いました。ひなちゃんと遊ぶ…とはいっても、ご本人とはたまにしか会うことができないので、抱っこなんかしようものならば、泣き出してしまいます。人見知りです。ということで、ニコニコしながら側に寄ってきたときには、ちょっと触れ合う…程度なんです。この程度なんですが、おじいさんとしては嬉しいわけです。

■ところで、大阪の娘の自宅に向けて滋賀を出発した時、雪が降り始めました。しかし大阪に着くと雪の気配など全くなく、気持ちよく晴れていました。滋賀は、日本海側の気候と太平洋側の気候の中間地点になります。私などは、そのちょうど境目辺りに住んでいることになります。湖西は堅田から北の地域が、湖東は野洲川や愛知川のあたりから北の地域が日本海側からの影響を強く受けることになります。彦根市にある彦根地方気象台の説明によりますと、滋賀の天候の特徴は次のようになります。

滋賀県は、日本列島のほぼ中央部に位置し、周囲に1,000m前後の山脈が連なり、中央部には日本最大の琵琶湖を擁する大きな盆地です。
南は伊勢湾、北は若狭湾によって本州で一番狭くなった所に位置し、大阪湾から若狭湾に至る低地帯の一部であり、それぞれの湾から入る気流の通路となっています。

このような地形の影響を受けて、各地の天候にはかなり相違があります。気候区分によると、滋賀県は日本海気候区、東海気候区及び瀬戸内海気候区が重なり合う地域となっており、準海洋性の気候を示す温和なところです。

冬(12月~2月)
12月になり、シベリア高気圧が優勢になって、西高東低の冬型の気圧配置になると、平地でも初雪(平年は12月13日)が観測され、北部は日本海側、南部は太平洋側に類似した天気になります。

季節風による雪が降り始める頃、いわゆる”雪おこし”の雷が日本海側ではよく発生し、滋賀県でも北部では寒気の強いときに発雷します。
滋賀県で最も雪の降りやすい地域は北部山間部、次いで西部・東部の山間部です。これらの地域では、かなりの積雪があるところに新たに雪が積もると、なだれが発生することもあります。

一方、南部の平野部ではあまり雪は降りませんが、春先に日本の南岸を低気圧が通過する場合には大雪になることもあります。
1年のうちで最低気温は1月または2月に現れます。
日本海で低気圧が発達して「春一番」が吹くと、やがて本格的な春を迎えます。

■昨日は14kmほど走りました。コースは、自宅から北上し真野・堅田を経て琵琶湖大橋を渡り、守山市にある大橋の東詰にある料金所で折り返すというコースです。琵琶湖大橋から北湖の方を眺めると、比良山系は日本海側からやってきた雪雲で山稜が覆われて見えなくなっていました。湖東の方も雪雲に覆われていた。しかし、大津の中心市街地あたりは晴れている。トップの写真をご覧ください。上段2枚の写真が、琵琶湖大橋から北側の風景です。中段は堅田の街並みと背景の山々。明らかに、上段の写真とは山の白さが違います。下段は、大津の中心市街地です。カラッと晴れています。これが日本海岸の気候と太平洋側の気候の、その境界線の風景なのです。

20180105biwako9.jpg■そのような風景を眺めたり、途中で立ち止まって写真を撮ったりしていたので、ランニングに集中していません。最初は、1日の元旦と2日にテレビで中継されていた「箱根駅伝」に影響を受けて、最初から飛ばし気味に身体に負荷をかけて走ってみたのですが、4kmあたりできつくなってしまいました。そして、その辺りから写真のような風景が見えてきたのです。すると気持ちが緩み、風景を楽しむことに目標を切り替えることにしてしまいました(正確には、きつくなったので切り替えざるを得なかったわけですが…)。最後は、トロトロとジョギングをすることになってしまいました。まあ、「それでも、よし」ということにいたしましょう。

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20180105biwako6.jpg■走っているときに。堅田に隣接する真野で写真のような記念碑を見つけました。今まで横を走っていても気がつきませんでした。記念碑「古歌の郷 真野」です。岩に金属のオブジェが取り付けてあります。このオブジェは琵琶湖の定置漁具のエリ(魚編に入)ですね。古歌とは、平安時代の歌人・源俊頼の「鶉(うずら)鳴く真野の入江の浜風に尾花波よる秋の夕暮れ」という歌のことなのだろうと思います。「鶉が悲しげに鳴いている真野の入江に吹く浜風によって、尾花が波うつようになびいている秋の夕暮れよ」という意味のようです。鶉の鳴き声など聞いたことはありませんが、万葉時代の表現で、恋人に捨てられて泣く女性を暗示しているとのこと。ふーん、なんとも寂しいというか、悲しい感じになりますね。で、「真野の入江」ですが、以前は、現在の真野川のあたりには深い入江があったらしいのです。江戸時代に埋め立てられた…という話しもあります。ランニングのあとで、調べてみてやっとわかりした。

走り初め

20180102run.jpg■昨年末の対馬への出張で風邪をひいてしまいました。熱は出ませんでしたが、痰がらみの咳が続きました。寝ているときに、突然咳が出始めて止まらなくなり、眠られないこともありました。そのような症状が治ってくると、こんどは鼻水が出るようになりました。鼻と喉と気管支との間を炎症が行ったり来たりと移動しているのです。自宅のゴミ箱は鼻をかんだティッシュでいっぱいです。まるで花粉症のようです。とはいえ、症状が軽くなってきたので、30日からゆっくり走り始めました。31日の大晦日は、少しスピードアップしました。そして、2018年の元旦は、帰省している息子と一緒に「走り初め」を行いました。棚田で有名な仰木の集落まで登って下るアップダウンのあるコース10kmを走りました。

20180102run2.jpg■調子が出てきたので、息子と一緒に走った元旦の「走り初め」では、風邪を引く前のスピードに戻しました。少しずつ調子が戻ってきました。といっても、相変わらずのスピードでしかありません。3kmを過ぎて遅くなっているのは信号待ちのためです。5kmの前で遅くなっているのは坂道が急だから。そして6分あたりで異様に遅くなっているのは、コースのピークになる仰木の集落で息子と一緒に記念写真を撮ったからです。ホノルルマラソンも息子と一緒ゴールしましたが、一緒に練習できることも滅多にないことでしょうから。ということで、ちょっと無理を言って一緒に写ってもらいました。しかしこの写真で私は、いったい何処を見ているんでしょうね…。さて問題のスピードなのですが、登りと下りを平均すると5:47/kmになりました。フラットな平地だともう少し速く走ることができるはずですが、まずは5:30/kmあたりまでスピードアップできればと思っています。ペース走等、もっと負荷をかけて走らないとスピードは上がらないのかもしれませんね。以前は、坂道ダッシュのようなこともしていたので、もう少し研究してみることにします。

20180102run3.jpg■今年の目標は、月に180kmから200km走ることです。月間200km以上を走ると故障が多くなるとよく聞きます。ということで、月間200kmまでなのです。もっとも、こんなことを気にせずガンガン平気で走っておられる方たちもいらっしゃいます。私の場合は、身体的にも時間的にもこの程度が限界かなと思っています。ただし、距離を走ってもスピードはこれ以上あまりアップしそうにないので、できれば、スピードをアップするための練習にも取り組みたいと思います。なかなか時間が取れないので、練習の工夫が必要になります。さて、どうしたものでしょうね。研究をしてみます。月に180kmから200km走ると、年間では2,160km〜2,400kmになります。ちなみに、どれくらいの距離かというと、北海道の稚内から福岡県の博多駅までが、有料道路を使って2,377 kmです。結構な距離ですね。加えて、フルマラソンに最低1回は参加することを目標にしようと思います。目標がないと、なかなか練習に励むこともできませんので。

■もちろん、マラソンとは別に10月に開催される「びわ湖チャリティー100km歩行大会」に今年も参加したいと思います。ただ、今年の反省ですが、ランニングとウォーキングとでは練習の内容が全然違ってくるので、この両方をどのように両立させるかですね。今年の「びわ湖チャリティー100km歩行大会」には、京都大学大学院・地球環境学堂・地球環境学舎・三才学林の西前研究室の皆さんが参加してくださるようです。西前研究室にはたくさんの留学生が在籍していますが、強い関心を持っておられるとのこと。ぜひ、一緒に参加しましょう。

2017ホノルルマラソン

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20171222hawaii1.jpg ■今年度は、国内長期研究員ということもあり、仕事がほとんど自己裁量で行うことができます。ということで、家族旅行も兼ねて、ハワイのオアフ島のホノルルで開催された「2017ホノルルマラソン」に参加してきました。かっこよく社会学部を早期退職された原田逹先生と一緒にです。しかも、大津駅前のいつもの居酒屋「利やん」のランニングチーム、「チーム利やん」のメンバーとして走ってきました。12月8日から13日までの短い期間でしたが、初めてのハワイを楽しみ、念願のホノルルマラソンを完走することができました。宿泊したホテルからは、ワイキキビーチを一望できました。この景色を見たときに、初めて「ああ、ハワイに来たんだな〜」と実感できました。

■ところで、原田先生は昨年も、「チーム利やん」のチームメイトである なかちゃん(中川俊典さん) と一緒にホノルルマラソンを走っておられるのですが、今年は私と一緒に走ってくださいました。ありがとうございました。入国後、ホテルに着く前に、原田先生と一緒に市内のコンベンションセンターの向かいました。ナンバーカードを受け取りました。私のナンバーカードの背景はオレンジ。自分に対する自信がなく、自己記録よりも遅いタイムでエントリーしたところ、5時間から6時間29分のグループに入ることになりました。30kmまでは自重して、最後は頑張って残った体力を使い切って走り切ろうと思ったのです。もっとも、これはあくまで計画でしかありません。実際のマラソンはどうだったのか、後述します。

■12月のハワイ。確かに冬なんですが、日本とは20℃近くも温度差があります。ホノルルに到着してから、少し体調の調整に手間取りましたが、それもなんとかクリアすることができました。大会前日の朝には、原田先生、そして原田先生のランニング仲間でホノルルマラソンに参加されていた皆さんと一緒に、最後の調整のため、ダイヤモンドヘッドに向けて軽いジョギングを行いました。今回は私の息子もホノルルマラソンにエントリーしていたので、この朝のジョギングを一緒に楽しみました。

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20171222hawaii4.jpg■ダイヤモンドヘッドに向けての調整のジョギングは、6:30/km程度のスピードでゆっくりしたペースでした。原田先生のランニング仲間とは、びわ湖成蹊スポーツ大学の當麻先生です。そして、今回は、當麻先生が教えておられる市民ランナー講座の履修生の皆さんも一緒に走りました。皆さんは、ワイキキからダイヤモンドヘッド、さらにファーマーズマーケットまで走られるとのことでしたので、私たちは無理をせず、途中、ダイヤモンドヘッドまでご一緒させていただきました。夜明け前に、ワイキキビーチをスタートしましたが、ダイヤモンドヘッドに進むに従い、次第に明るくなってきました。ダイヤモンドヘッドの麓の高台には、車がずらりと路上駐車していました。みんなサーファーの皆さんの車です。海面を見ると、サーフィンを楽しんでいる人たちでいっぱいでした。良い波がやっとくるのをサーフボードに乗りながら待っておられました。気持ちの良いジョグとともに、ハワイらしい風景を楽しんむことができました。宿泊しているホテルに戻る手前のところでは、「ホノルルマラソン」の前日に開催する「カラカウア メリーマイル」で盛り上がっていました。仮装して走る人、赤ちゃんを乳母車に乗せて押して走る人、老いたお母さんに車椅子に乗って貰いその車椅子を押して走る人、1マイルなので短い距離ではありますが、大変盛り上がっていました。
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■さて、本番の2017ホノルルマラソンですが、日本からfacebookでたくさんの応援をいただいたことあり、なんとか完走することができました。ありがとうございました。今回は、すでに述べたように、大津駅前のいつもの居酒屋「利やん」のランニングチーム「チーム利やん」のメンバーとして走りましたが、原田先生、そして息子も無事に完走することができました。応援してくださった皆さん、本当にありがとうございました。

■完走はしましたが、個人的には、いろいろ課題が残りました。まず、1つ目。今年の10月に参加した100kmウォーキング「びわ100」の時もそうでしたが、前日にきちんと睡眠を取ることができませんでした。どうしてなんでしょうね。遠足の前の日に眠られない小さな子ども。入試の前日眠られない受験生。そういうのと同じなんでしょうか。今日は、真っ暗な早朝の5時にスタートだったので、2時に起きて、3時過ぎにはスタート地点に向かわなければなりませんでした。早い時間にベッドに入ったのですが、なかなか眠りにつくことができませんでした。睡眠時間は2時間くらいでしょうか。これが、まず1つ目の課題です。

■2つ目の課題。30km以降、ランが崩れてしまいました。事前に取り組んだ日本の練習では、きちんと30km走をやっていたのですが…。今回は、スマホのランニング用のアプリを使わずに、5kmごとのラップを時計で確認し、自分のランニングの調子と勘案しながらスピードを調整しました。ホノルルマラソンの公式サイトでは、記録が公開されています。私の記録は、4時間41分52秒だそうです(原田先生が個人の記録のデータの見方を教えてくださいました)。以下は、19時半近くの時点での記録です。

4:41:52
男性55歳-59歳 205位/982人
男性全体 2339位/10833人
全体 3346位/20351人
10km1:04:56
15km1:37:45
20km2:16:49
25km2:41:33
30km3:12:36
40km4:24:5

■ということで、一応、自己記録が出ました。30kmから崩れなければもっと良いタイムが出たのにな…と思わないわけではないのですが、これが今の私の実力ですね。30kmまでは、きちんとスピードを抑えて走ったつもりでしたが、なかなか難しいものです。30kmまでは抑えて、30kmからはスピードを上げて走る予定だったのですが、現実には、最後はヘロヘロ状態でなんとかゴールすることになりました。最後のふんばりが効くように練習の方法を考えたいと思います。いろいろ経験豊富な方達から教えていただきたいと思います。

■ところで、今回のホノルルマラソン、憧れの大会に出場できたということももちろんありますが、最後は息子と一緒にゴールできたことで大変思い出深いものになりました。私は、自分のゴール予想タイムを低く見積もっていました。ということで、息子よりもスタートの場所は後ろの方になりました。無理せず、最初に想定したスピードで進むと、10kmあたりで息子を抜くことになりました。息子は、フルマラソンが2回目。1回目は、現役のスポーツ選手だった頃です。息子の初マラソンのタイムは、3時間50分のあたりだったと思います。この記録、私からすれば「すごいな〜」ということになります。初マラソンですしね。しかし、今回はそううまくはいきませんでした。やはりスポーツから遠のいて4年経っているせいでしょう。ところが、私が30kmあたりから崩れてスピードが落ちたこともあり、最後の方で追いついてきました。息子も相当疲労が溜まっていたようで、そこからは親子で一緒に走ることになりました。そして最後は一緒にゴール。脚の痛みに苦しんでいるのを、息子に伴走してもらい、なんとかゴールしたという感じでしょうか。こんな展開が待っていたなんて、びっくりです。

■3つ目の課題。いつも、フルマラソンを走った後は、燃え尽き状態に陥り、練習を継続できなくなります。今回は、そのようなことのないように頑張ります。今回は、「チーム利やん」のメンバーとして、マスターの光山さんにシャツも貸与してもらい、いわば店の名前を背負って走ったわけですが、完走ということで、マスターにも納得・満足してもらえたのではないかと思います。今年は、10月に2回目の100kmウォーキングを完歩。12月にはホノルルマラソンを完走することができました。とても思い出深い年になりました。次は、来年2月末のレイクサイドマラソンのハーフに出ます。距離が半分になりますが、フルマラソンとはまた違う課題があります。頑張ります。
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■ホノルルマラソンの翌日。ホノルル市内のコンベンションセンターに完走証を受け取りに行きました。完走証と、昨日、フルマラソンを走った時につけたゼッケンをパウチシートの中に入れてもらいました。サービスです。これは記念になりますね。場内には、すごく長い行列ができていました。なんていうんでしょう、「完走者が記念写真を撮る看板」の前に長い行列ができていました。とても並ぶ気にならなかったので、そのまま外に出ると、とても驚く出来事がありました。大学時代、所属していた関西学院交響楽団で、ホルンを吹いていた同級生のIくんがいるではありませんか(家人が発見しました)。それも、ボランティアスタッフとして完走証を渡す会場の入り口で、いろいろ会場の案内をしていました。Iくんは、毎年、ホノルルマラソンに参加してはホノルルからクリスマスカードを送ってきてくれていました。今年で23回完走したそうです。もう随分長く彼とは実際にあってはいませんでしたが、こんなところで会えるとは思ってもみませんでした。
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■12日に帰国の途につきました。昼の便に乗ると、日付変更線を越えるので、日本への到着は13日の夕方になりました。おそらく、大学に勤務している間は、ホノルルマラソンに出場することはないと思います。この季節は授業もあるし、卒論指導で大変だし、無理なんです。このエントリーの冒頭にも述べましたが、今年は、国内長期研究員で、自分の裁量で自由に時間を使って仕事をすることができました。そこで、この季節に家族旅行も兼ねてのマラソン出場することもできました。ということでして、また出場するとしても退職後の69歳の時になりますね。その時、まだ私はフルマラソンを走っているのでしょうか。ということで、帰国する日、夜明け前になりますが、ホノルルを離れることを惜しみつつ、朝から、ワイキキビーチをジョギングしてストレッチも行いました。脚のケアです。帰国すると、すぐに翌日の朝から総合地球環境学研究所の会議でした。そして、そのあとは、長崎県の対馬に調査に向かいました。また、バタバタした生活が始まりました。

高島30kmラン

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■昨日、フルマラソンに備えて30km走をしてみました。「Long Slow Distance」トレーニングと呼ばれるもので、長い距離を、ゆっくりとしたスピードで走るトレーニングです。ゆっくりのペースなんですが、30kmという距離は私には結構長い距離になります。普段は、長くてもせいぜい20数km程度までしか走りません。自宅の近くで10km〜15kmほどの距離を走ります。ですから、15kmのコースであれば2回走ればよいわけですが、それでは面白くないので、昨日は思い切って高島市まで走ることにしました。高島市までの湖西路は、琵琶湖と山に挟まれた狭い土地です。そこにはJR湖西線が走っています。そのため、例えば肉離れ等の故障をしてしまったり、寒くてランが嫌になってしまったら、JRに乗って帰れば良いわけです。しかし、駅数が少なく、人もあまり住んでいないことから、ちょっとだけですが悲愴な感じも伴なうことになります。私の程度の市民へっぽこランナーが走るのには、少しリスクが伴います。思い切って…と書いたのは、そのような事情があります。

■これまでの練習でも、JR比良駅のあたりまでは走っていました。この辺りで、18km程度でしょうか。そこから先は未経験。ということで、地図を見てあらかじめどこを走るのか検討をつけておきました。この先は、JR湖西線の駅でいえば、近江舞子駅と北小松駅を通過せねばなりません。この辺りは、自転車コースが整備されています。そのコースを辿りながら、なんとか大津市と高島市の境目までやってきました。ここまでくると、残りは5kmちょっと。だいぶ気分は楽になります。有名な白髭神社の前を通過して、高島の街中に入り、最後は萩の浜の手前まで走ってゴールということにしました。最後の30kmの手前あたりは、さすがに疲れてしまいました。けれども、本番(フルマラソン)は、さらに12kmの「おまけ」がついてきます。過去3回、フルマラソンを経験していますが、いずれも立ち止まって歩いてしまっています。今度は、最後まで走り通してみたいものです。

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■タイムは、3時間16分21秒。途中、トイレに行ったり、自販機でスポーツドリンクを買ったり、写真を撮ったりといった停止時間は除いた時間です。信号待ちや、スポーツドリンクを飲むときはスピードが落ちています。平均スピードは、6:29/km。本当は、もう少しだけ速く走りたかったのですが、体力・走力不足ですね。今の私の実力であれば、こんなものなのかもしれません。

■これまでにも、何度か30km走にチャレンジしています。一番最初の30km走については、このブログに細かく記録を残してあります(30km走)。当時のコーチ役である原俊和さんも一緒に走ってくださいました。原さんは、当時の社会学部教務課長でした。コーチである原さんからは、「来月開催される『京都マラソン』に出場するにあたって、どうしても、この30km走を経験して、体にそのしんどさを覚えさせる必要がある…」ということで、一緒に走ってくださったのです。ありがたいことですね。その際のスピードなんですが、原さんが私のために設定したスピードは 7:30/kmでした。かなり遅いわけですが、それでも15kmを過ぎたあたりから、さらに遅くなって、膝はボロボロになってしまいました。2013年のことです。原さんに言われて、2012年からフルマラソン完走を目標に、走ることを始めていた頃のことになります。自分で言うのもなんですが、過去の自分と比較すると、歳を取った今の方が成長しているように思います。走力がついているように思います。ちょっと自分を安心させるための材料にしておきます。当時、フルマラソンの大会が終わるとランニングを継続できませんでしたが(燃え尽きた?!)、今回はフルマラソン後もなんとか継続していきたいと思います。

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■ゴールすると、長い距離を走ってきたものですから、汗びっしょりになっていました。しかし、この程度のスピードだと、最後の方は体温もあまり上がりません。ランニングウァエが吸い取った汗でどんどん身体が冷えていきます。今回はトレイルラン用のリュックを背負って走っており、その中に入れておいたシャツに着替えることにしました。そして高島の街中にある「ワニカフェ」へ行きました。この「ワニカフェ」には、これまでにも度々訪問させていただいています。シェフの岡野さんご夫妻とも、親しくさせていただいています。汗をかいていたので申し訳なかったのですが、訳を話して、暖かいカフェオレをお願いしました。2359kcal消費していたので身体が甘いものを求めていたのです。カフェオレには角砂糖を3つも入れてしまいました。加えて、ケーキもいただきました。せっかく美味しそうだったのに、写真を撮る前に、口をつけてしまいました(お店には申し訳ありませんでした…)。

■「ワニカフェ」では、岡野シェフご夫妻と、ひさしぶりにいろいろお話しができてよかったです。12月2日にも訪れる予定になっています。「猟師と一緒にジビエ料理を囲み 語らう夕べ」が開催されます。猟師さんからお話しを伺いながら、シェフの鹿肉料理をいただく予定になっています。ナイスな企画ですね。たくさんの方達がやってこられるそうです。私は、獣害の問題に関心があり、なんとか地域の中で、駆除だけでなく、命=肉まできちんといただく仕組みはできないものかと思っています。2日は、いろいろヒントをいただけたらいいなと思っています。「ワニカフェ」は、高島と人をつなぐ大切な「場」になっているような気がする。素敵ですね。高島から自宅に戻る際には電車を利用しました。往復とも走ることができればすごいわけだが、とてもそのような走力も体力もありません。ただのアラ還へっぽこランナーなので。ご覧いただいた通り、行きは3時間以上もかかっていますが、帰りは、電車でたったの24分。なんともあっけなく自宅に帰りつきました。

【追記】■昨日、走っているときに注意したことがあります。いつも長距離を走ると、背骨と骨盤をつなぐ仙骨のあたりが痛くなってきます。100kmウォーキング大会の時もそうでした。たまたま、その100kmウォーキングの大会の際に、ボランティアの方にストレッチをしていただきました。その際にいただいたアドバイスをもとに、ランニングのフォームを少しだけ変えた。これまでは、腰を入れ過ぎていました。しかし、腰よりも丹田を意識するようにしました。臍の下のあたりに意識を集中するのです。腰を入れるよりも、下腹を引き締める感じだろうか。そうすると、長距離を走っても仙骨は痛まなくなりました。腰を入れすぎると上体がそり気味になり、背中も凝ってきます。フォームづくり、なかなか難しいものですね。本当はクリニックを受けて、きちんとフォームを修正した方が良いのでしょうが、今回は、自分で判断して修正しました。

21km走

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20171112run6.jpg■今年度は国内長期研究員ということで、授業と会議の類がありません。若い学生の皆さんとお話しをする時間が全くありません。特に、それが寂しいとか、そんなことは全く感じていませんでしたが、昨日は、偶然に学生の皆さんとお話しをさせていただくことになりました。先週の金曜日は、来年度、「大津エンパワねっと」を再び担当するということもあって、国内長期研究員ではありますが、担当者の打ち合わせの会議に出席しました。その会議が終わった後、「大津エンパワねっと」も含めた社会学部の社会共生実習を履修する学生さんたちが使用する社会共生実習支援室に立ち寄りました。龍谷大学瀬田キャンパスの6号館にあります。

■たまたま、私が支援室に入った時に、コミュニティマネジメント学科の笠井先生が授業をされていました。笠井先生が学生の皆さんに私を紹介してくださったこともあり、少しの時間ですが、いろいろ学生の皆さんとお話しすることができました。なんだか、新鮮な気持ちになりました。どうしてこの部屋に立ち寄ったかというと、来年からの「大津エンパワねっと」の授業に備えて、少し「現場の空気」を吸っておきたいと思ったからでした。「大津エンバワねっと」は始まってから10年ほどの年月がたちました。いろいろ考え直さないといけないことがあります。地域の皆さんと相談しながら、新しい「大津エンパワねっと」に脱皮したいと思います。

■午後からは帰宅しました。練習が足りていないので、走ることにしました。この日は、アップダウンのあるコースで21kmを走ることにしました。ハーフマラソンの距離ということになります。とはいっても、LSD(Long Slow Distance)トレーニングなので、ゆっくり目のスピードで走りました。上り坂など、「トホホなスピード」でした。トホホなところがあっても、「いつかこんなアップダウンのある丘陵地のコースを走ることができたらいいなぁ…」と思っていたので、とても満足しました。おごと温泉駅から仰木、伊香立まで登り、伊香立中学のあたりから一気に下り、そのまま琵琶湖大橋を渡って帰ってくる往復。その後は、堅田。…と地名を並べても全然わかりませんよね。アプリの画像で緑の線が高度です。一番ピークは9kmのあたり、そこから琵琶湖に向かって一気に下ります。その先は、琵琶湖大橋。ちょっとだけ高くなっていますが、これは琵琶湖大橋の一番高いところ。こういうのって面白いですね。この日は、ランニングの後に、ちょっと疲れが残ってしまいました。練習が足りていません。

比良まで走る!!

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20170923run1.jpg■今日は、夕方から走り始めました。午前中は、総合地球環境学研究所の用務で、滋賀県草津市志那町にある平湖・柳平湖に向かいました。淡水真珠の玉出し作業のお手伝いをしました。作業は午前中で終わり帰宅しましたが、どういうわけか眠たくなり、昼寝をしてしまいました。気がつくと、16時を過ぎていました。あわてて、走る準備をすることにしました。

■今日はゆっくり長めの距離を走ろうと思ってスタートしました。どこを走るのかは決めていませんでした。走りながら、コースについて考えるのもランニングの楽しみです。今日は、いつもとは違うコースをと思い、湖西路を北上することにしました。JR湖西線の駅で言えば、堅田、小野、そして和邇あたりまで走って、そこで折り返そうと思っていました。しかし、夕闇の中でだんだん大きく迫ってくる比良山系を眺めていると、さらに湖西路を北上したくなりました。というわけで、予定を変更してさらに北上することにしました。JR湖西線沿いに蓬莱駅、志賀駅、そして比良駅まで到着することができました。これ以北は、暗くて走ることは難しいと判断し、ランニングはそこでストップすることにしました。距離は17.12km、今日はいわゆる長い距離をゆっくり走るトレーニング「LSD」だったので、平均ペースも6分06秒/km。ただし消費カロリーは1329kcalです。基礎代謝が1550kcal程度なので、これだと少々食べて過ぎても身体を絞っていくことができます。

20170923run3.jpg■これまで、坂道のあるコースを選んでいましたが、今日はフラットなコースでした。フラットなコースをスタスタと走るのも気持ちが良いものですね。もっと早い時間にスタートしていれば、JR近江舞子駅あたりまでは気持ちよく走れていたと思います。琵琶湖を眺めながら走るコース。気持ちよくないわけがありません。こういうコースであれば、フルマラソン本番に備えて練習の「30km走」や「35km走」も可能かなと思います。ところで、真っ暗になったのでランニングを中止しました。ですから、帰りはランニングではなくて電車です。JR湖西線沿いのランニングは、折り返さなくても電車で帰ることができるので便利ですね。今日も電車賃を払って電車に乗って帰りました。1人だけ、列車の中でランニングの格好をしているのはかっこ悪いような気もしますが、まあ仕方がありません。今度は、往復でJR近江舞子駅あたりまで走りたいと思います。だいたい40kmになりますね。「30km走」や「35km走」を超えます。ゆっくりとしたスピードであれば、そのようなトレーニングも、体力や走力をつけるためには良いのかなと思っています。

■さて、帰りの電車なのですが、電車の中で電話がかかってきました。大津駅前のいつもの居酒屋「利やん」にいる原田達先生からでした。「利やん」のランニングチーム「チーム利やん」のメンバーである なかちゃん(中川俊典さん)もいるから来ないかとのお誘いでした。とはいえ、汗もかいているし、今日はやはり無理でした。急に誘うんだもんな〜。また、こんどよろしくお願いいたします!

膝の故障のその後

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20170919mygarden1.jpg■我が家の庭では、秋の雰囲気が少しずつ満ちてきました。ヒガンバナの芽が伸びてきました。近所ではすでに咲いているのですが、我が家のヒガンバナが花を咲かせるのには、もう少し時間がかかりそうです。このヒガンバナに加えて、ハギ、ミズヒキ、シュウメイギクが花を咲かせています。これらの花は、どちらかといえば地味ではありますが、眺めているとなかなか味わいがあります。

■ミズヒキは、栽培品種ではなく野草ということになります。タデ科の植物です。全国各地の道端で見かけることができます。このミズヒキの花ですが、とても小さくて可愛らしいのです。このような小さな花をよく見ると、紅白であることがわかります。祝儀袋等につける紅白の飾り紐=水引に似ていることから、このような名前が付いているそうです。ハギは、秋の七草のひとつです。我が家の庭のハギは、私の剪定の仕方が悪く大きくなりすぎてしまいました。とはいえ、赤い花を咲かせた枝が風に揺れる様は、独特の情緒があります。

■話しは変わりますが、10日前から昨日まで娘が孫娘を連れて帰省していました。孫を中心に賑やかな日々を過ごしていましたが、昨日、娘と孫は大阪の自宅に帰りました。なんだか心の中にぽっかり穴が開いたような感じです。そのちょっと寂しい気持ちと、秋の花を咲かせた庭の雰囲気が何か共振しあうようで…。しかも、そのこととは直接関係ありませんが、応援している阪神タイガースも、広島カープファンで真っ赤になった甲子園球場で負けてしまいました。甲子園球場での広島カープの優勝はみたくなかったな〜…。まあ、仕方がありません。というわけで…ということもないのですが、気持ちを切り替えて、夕方から走ることにしました。先日エントリーした投稿にも書きましたが、左膝が故障しました。いつもの腸脛靭帯炎だと思います。様子を見ながら走ることにしました。実は、一昨日も恐る恐るゆっくりしたペースで走ってみたのですが、特に、問題がないようでしたので、今日はいつものように普通に走ってみることにしました。

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20170919run2.jpg■10kmの距離を、1時間弱で走りました。アップダウンのあるコースで、標高差は100mほどあります。上りの坂道では平地のようなスピードを維持することはできませんが、全体を平均すれば5:55/kmで走ることができました。薄い点線が一昨日の記録で、青い実線が昨日の記録です。少しずつ、走力はついてきているようです。ただ、故障をしないように気をつけなければなりません。腸脛靭帯炎(ランナー膝)を予防するためには、やはりストレッチが大切になってくるようです。やり過ぎても良くないと聞きました。なかなか難しいものです。腸脛靭帯に加えて、股関節のストレッチも行いました。ストレッチをしていて思うことは、若い時に比べて、かなり身体が硬くなっているということです。これでは故障も起こりますね。そのような歳を取った身体をストレッチで緩めていくと、どういうわけか気分もよくなってきます。不思議なことに頭の中がスッキリしてきます。身体の中の微妙な変化を実感することになりました。素人考えですが、脳の中にでもちょっと変化が起こっているのかもしれません。

■ストレッチに加えて、走った後のアイシングも行なっています。冷凍庫に入っている食品の保冷剤を活用しています。保冷剤をタオルに挟み、故障した左膝の横に包帯で縛り付けています。加えて、これからは膝のテーピングも必要になるかもしれません。以前、職場のアスリートランナーの方に、膝のテーピングのやり方を教えていただきました。その教えの通りに、やってみようと思います。

■今月末は、50kmをウォーキングする予定です。「びわ湖チャリティー100km歩行大会」=「びわ100」の練習会です。それまでにも、35kmのウォーキングに取り組もうと思います。ノルディックウォーキングのためのストックも用意しました。これで、少しは膝への負担を減らすことができるのではないかと思います。頑張ります。

左膝の故障

20170916gd.jpg■先日、20kmのウォーキングをしましたが、その翌日、なんだか左膝の調子が悪くなってしまいました。鋭い痛みはないし、歩くことはできるのですが、何か膝の周りが炎症を起こしているので。屈伸をするのが辛く、なんだかコキッコキッと音までしてきました。これはまずいです。ということで、昨日、近くの整形外科で診察をしてもらいました。レントゲン写真まで撮ることになり、ちょっと心配になりましたが、結果は、膝の骨周りには問題はないというとでした。まわりの筋肉や腱の炎症との診断でした。

■お医者さんからは、「ご自宅に湿布が余っているでしょう。それを貼っておいてください」と、ごくごく簡単な診断で終わりました。自宅にある湿布を左膝の周りに貼りまくり、その周りを包帯でぐるぐる巻きにして、さらに処方してもらった「ツムラ68」という漢方薬を飲みました。湿布が効いたのか漢方薬が効いたのか、その辺りはよくわかりませんが、随分楽になりました。ほぼ、問題無し。とはいえ、数度、腸脛靭帯炎(ランナー膝)をやっているので、今後も気をつけなければなりません。

■今日は神戸の元町の映画館まで「米軍(アメリカ)が最も恐れた男、その名はカメジロー」を観にいく予定でしたが、知人から京都の「京都みなみ会館」でも上映するということを教えてもらい、予定を変更して京都で観ることにしました。神戸で映画を観て、元町の台湾料理の食堂で、大好きな豚足の煮込みを食べようと思っていましたが、また別の機会にすることにします。さて、今晩は、息子が大阪から帰省します。孫のひなちゃんに会いにきます。叔父さんが姪に会いにくるわけですね。娘とひなちゃんは明日まで我が家にいるので、ひさしぶりに家族4人が揃うことになります(+ひなちゃん)。今晩は腕をふるってご馳走にしようと思います。明日でひなちゃんは大阪に帰ります。ひなちゃんロス…の予定です。写真は、孫の手と私の手。色が違いすぎますね。

【追記】■腸脛靭帯炎(ランナー膝)予防のためには、お尻のストレッチが大切との指摘をいただきました。以下は、その類のストレッチだと思います。実行してみます。

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