阪急宝塚線・今津線

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20190119takarazuka5.jpg◾️木曜日は、亡くなった母の年金の手続きに必要な書類を役所に発行してもらうために兵庫県に行きました。大阪からは阪急を利用しました。3歳のころ、阪急御影駅が自宅最寄りの駅でした。御影駅からバスで10分ほど坂を登ったところにある団地が自宅でした。この時代が、一番古い記憶です。ということで、私にとっては鉄道といえば阪急…という感じなのかもしれません。阪急マルーンと呼ばれるあの電車の色は、当時と変わっていません。

◾️さて、母の年金の手続きなのですが、まずは川西能勢口駅まで。次の用事は神戸でしたので、引き続き阪急で阪急三宮まで移動しました。川西能勢口から三宮ということであれば、普通ならば十三駅経由かと思います。乗り換えも十三駅で1回だけですみますし、時間的にも早いからです。しかし、ここはあえて宝塚経由でということにしました。というのも、宝塚線と今津線、私には大変懐かしい路線だからです。学生時代は、よく利用していました。ですから、今津線の仁川駅では、「ああ、『鳥居』という焼き鳥屋によく通ったな」といったことを思い出すのです。しかし30年ほど前から、この辺りにはあまり来なくなってしまいました。宝塚から発車するときに、「鉄腕アトム」の歌が流れることに気がつきました。宝塚は、漫画家・手塚治虫先生、所縁の地ですからね。調べてみると、宝塚本線は「すみれの花咲く頃」、今津線は「鉄腕アトム」になっているようです。画像ですが、トップは宝塚駅を出発て宝塚南口駅に向かう途中。武庫川を走る車窓から撮りました。次は宝塚駅ホームです。

鉄道ファンとの交流

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◾️昨晩は、facebookの鉄道ファンのグループに所属されている「鉄道愛」に溢れる皆さんと、大津で飲み会でした。わざわざ、都合をつけて関東方面かお越しの方もお2人。流行りの言葉でいえば「半端ないって」という感じです。

◾️一次会は浜大津の交差点にある「駅前酒場 御蔵」でした。店内の入り口付近のテーブルに陣取りました。ここからは、京阪電車京津線と石山坂本線を走る電車の姿と音を堪能することができるからです。京阪電車を視界に入れて、近江の食と酒を楽しみつつテツテツ談義です。私のような、なんちゃって…な鉄道ファンはたじたじの(つまり、専門的すぎてよくわからない…)熱いやり取りがありました。でも、私のような者からの質問にも、とても丁寧に解説してくださる紳士な皆様ばかりです。大変、ありがたかったです。

◾️二次会はジャズバー「パーンの笛」。このテツテツなみなさんの仲間で、『乗らずに死ねるか』や『すごいぞ!私鉄王国・関西』の著者でもある故・黒田一樹さんを偲びつつ、ビールをいただきました。ずいぶん昔に、偶然に、このジャズバーで黒田さんと出会ったのです。すごい人がいるものだと、とても驚きました。

◾️締めの三次会はいつもの大津駅前の居酒屋「利やん」。名物「だし巻き豆腐」と「おでん」を楽しみました。関東方面からはお2人が参加されました。すごいと思います。お1人は大津泊でしたが、もうお1人はなんと夜行バスで戻られました。仲間との鉄道愛を育むために、わざわざ大津にまでお越し下さったことに、心より感謝いたします。

京阪電鉄「湖都から古都への鉄の路」

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▪️普段はJRの利用者ですが、たまに京阪電車を利用します。しかし、京阪のホームページを丹念に見たことがありませんでした。たまたまなんですが、今頃になってこういうのがあるのを知りました。これはなかなか楽しいし、勉強になります。素敵な写真が満載です。「湖都から古都への鉄の路」というページです。画像は、そのトップを切り取った者です。国鉄の蒸気機関車と京阪電車の電車と江若鉄道の気動車が一緒に写っています。鉄道ファンでないとわからないかもしれませんが、なんだか平和だな〜と思います。

▪️実際に、皆さんにもお読みいただきたいのですが、少しだけ中の記事を引用しておきます。このエントリーのトップの画像と関連しています。

明治時代から交通の要衝として栄えた大津には、数多くの鉄道が走っていました。その中心である馬場(現・京阪膳所)・大津(現・膳所)—浜大津(現・びわ湖浜大津)には大正時代、大津電車軌道(現・石山坂本線)、官設鉄道が乗り入れていました。しかし、レール幅が大津電車軌道は標準軌(幅1,435mm)であるのに対し、官設鉄道は狭軌(幅1,067mm)のため、同じ線路を使うことができません。そこで用いられたのが三線軌条です(現在三線軌条は残っていません)。3本のレールのうち1本を共有し、他の2本の幅で狭軌・標準軌に幅を合わせる手法で、京都市電と京都電気鉄道の共用区間で用いられたのが日本で初めてとされています。大津では1969(昭和44)年まで続き、一時は江若鉄道も乗り入れ、3路線で同じレールを共有していました。

叡山電車「ひえい」

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台風で「京阪石山坂本線」

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20180824sakamoto4.jpg ◾️なんだか、毎日、鉄道の話題ばかりで恐縮なんですが…。今日は、京阪電車です。

◾️昨晩の台風、ものすごい風でしたね。雨戸が強風でガタガタと音を立てて、家自体も少し揺れているような、そんな気持ちがしました。皆さんのお宅や地域はいかがでしたでしょうか。幸いにも、自宅に被害は、ほとんどありませんでした。庭の小さな小さな菜園に植えてある獅子唐が傾いたぐらいでした。それも、エイっと力を入れると元に戻すことができました。

◾️まあ、こんな厳しい台風でしたので、当然のことながら電車は大混乱です。私が利用しているJR湖西線も電車がなかなかこない様子でした。ということで、今日は、京阪石山坂本線を利用して出勤することにしました。かつて「京阪坂本駅」だったわけですが、駅名変更で、現在は「坂本比叡山口駅」になっています。そこまで、家人に車で送ってもらっての出勤となりました。まずは、この石山坂本線で京阪石山駅まで移動しました。問題はここからです。JR石山駅から次の瀬田駅まで、15分遅れでらやってきた超すし詰め普通電車に乗車したのですが、一駅とはいえ、大変でした。あまりの混雑に、小さな赤ちゃんが大泣き状態でした。周りを知らない大人にぐるっと囲まれてしまったわけですから。かわいそうですよね…というか、申し訳なかっです…。

◾️ところで、坂本比叡山口駅には、ホームの端にモニュメントが置かれています。このモニュメントに使われているレール、英国製なんだそうです。京阪創業時の時のレールなんだそうです。なんだかすごいですね〜。ただし、解説板に書かれている「レール記号」とやらは、私にはさっぱりわかりません。

ひさしぶりに「近江鉄道」

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◾️昨日は、午前中に八日市にある滋賀県の東近江合同庁舎へ行ってきました。担当している「社会調査実習」でお世話になる方と、事前の簡単な打ち合わせを行いました。今日は自宅の車が使えなかったので、ひさしぶりに近江八幡からは「近江鉄道」を利用することになりました。18分程度の短い「鉄道の旅」でしたが、満足いたしました。ただ、今年の第100回全国高校野球選手権大会で、地元滋賀県の近江高校が悔しいかな負けてしまったので、乗車した電車の先頭には「必勝 近江高校」のヘッドマークをつけてはいますが、ちょっと残念な感じです。心なしかラッピングの「豊郷あかね」さんが寂しそうでもあります。帰り、近江八幡に向かう電車の乗車券は、駅の自動販売機ではなく窓口で購入したので、このような「硬券」でした。懐かしいですね。なんだか嬉しかったりするわけです。

◾️今はもう、どの鉄道会社もほとんどが乗車券は自動券売機で購入するようになっています。自動販売機にはロール紙がセットされており、そこにプリンターで印刷するそうです。裏面には磁気によって乗車に必要な情報が記録されています。しかし、硬券はそういうわけにはいきません。あらかじめ出発する駅名と到着する駅名とを印刷しておかねばなりません。当然のことながら、種類がとても多くなります。近江鉄道は、この種類の多い硬券を収納するための器具(整理棚?!)も窓口の向こうに置かれています。これこれ、これもとても懐かしいわけです。

木浦からソウルへ

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◾️韓国出張の話し、まだ残っていました。8月11日(土)、日本に帰国しました。2泊3日の慌ただしい韓国出張でしたが、無事に自分の役目を終えられたので、安堵しました。帰りは、まず木浦(モッポ)駅からKTXでソウル駅まで移動しました。その後は、空港鉄道「A’REX」で仁川国際空港まで移動ということになりました。行きと同じルートです。そして帰りも、行きと同じく韓国の中央大学大学院の張さんが一緒でした。張さんの提案で、「A’REX」に乗る前に、ソウル駅に隣接する「旧ソウル駅」を見学することになりました。鉄道好きの私のために、いろいろ気を使ってくださったのです。韓国は年寄りが大切にされるな〜と思いました。上の写真は木浦駅で撮ったものです。手前は、「KORAIL」(韓国鉄道公社)の子会社「SR」(鉄道運営公社)の高速鉄道です。そのむこうは、新しい「セマウル号」です。
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◾️ソウル駅に到着してすぐに駅構内の食堂で昼食を摂りました(最後の韓国料理、プルコギの鍋だったよに思います…)。その後、「旧ソウル駅」を見学しました。東京駅を設計した辰野金吾の弟子である塚本靖の設計です。東京駅と大きさは規模は違いますが、雰囲気は似ていますかね。
この駅について、以下のような解説を見つけました。

復元工事を終えて2011年8月9日にオープンした旧ソウル駅が、「文化駅ソウル284」として、1925年完成当時の姿に戻って私たちの前に帰ってきました!「文化駅ソウル284」という名称は、文化・アート交流の中心を担う文化ステーション+史跡第284号という意味で、一般公募で採用されたもの。なので、ナビもこれからは「文化駅ソウル284」と呼ばせてもらいますね!現在は入場料を払うと中に入って自由に見学できるほか、さまざまなイベントが行われることもあるこちら。旧ソウル駅の歴史紹介や復元事業に関する資料展示もありますし、なんといっても建物そのものが見る価値大。場所はソウル駅のすぐお隣。

◾️この解説の通り、ここは展示場にもなっているんですね。この日はアートの展示が行われていました。文在寅大統領の北朝鮮に対する政策とも関係しているのかもしれませんが、韓国が北朝鮮に支援して建設した開城工業団地がテーマです。ハングルが読めないので、深くは理解できませんでしたが…。その外では、大きなシュピレコールと勇ましい音楽が鳴り響いていました。逮捕された朴槿恵前大統領や、その父である朴正煕や李承晩を熱烈に支持する保守派の高齢者の皆さんです。アメリカの星条旗と韓国の太極旗が振られていましたから、韓米関係の強化も含めて、文在寅大統領とは北朝鮮に対する真逆の政治的なスタンスを志向されているのだと思います。この旧ソウル駅前や市役所前が、政治的アピールをするための重要な場所になっているようです。この駅前の広場には、独立運動家である姜宇奎(カン・ウギュ)の像もたてられれいます。「場所」に蓄積された「歴史的な力」のようなものを感じます。だからこそ、この場所で政治的なアピールが行われているのかもしれません。そのような保守派のアピール活動の足元を見ると、鉄道開業100年を記念する大きなプレートがはめ込まれていました。「鉄道」、「権力」、「歴史」。この3つは、深く関連しているように思います。
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韓国の高速鉄道「KTX」

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◾️8月9日の昼過ぎ、韓国の仁川国際空港に到着しました。この仁川国際空港駅からは、ソウル駅まで空港鉄道「 A’REX」特急で移動しました。ソウル駅の地下4階のプラットホームに到着し、地下2階にあがると、韓国の中央大学大学院の張さんが待っていてくれました。旅慣れない私のために、今回参加した「2018 韓国 川の日大会 国際河川フォーラム」の知り合いのスタッフの方が、日本語がわかる方を派遣してくださったのでした。張さんの案内があったので、空港鉄道「 A’REX」から高速鉄道「KTX」への乗り越えは迷うことなく無事に行うことができました。張さんに、感謝です。

◾️もちろん、駅でチケットを購入するようなことはありません。もちろん、購入することもできるのですが、張さんはスマートフォンで私のものも含めた2人分をあらかじめ購入してくださっていました。張さんと一緒に遅い昼食を摂った後、16:30発の「木浦(モッポ)」行きの「KTX」に乗車しました。約3時間の電車での移動になりました。写真の若者が張さんです。
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◾️ところで、ソウル駅は大きな駅ですね〜。関西人の私は、なんとなく阪急梅田駅を連想します。とはいえ、やはり独特の雰囲気ですよね。KTXについていえば、プラットホームから列車の入り口の段差とか、扉が航空機のように外側に開くところとか…、いちいち反応してしまいました。張さんに、私が鉄道好きであることを話したら、スマホに入っている阪急電車・京都線の電車の写真を見せてくれました。京都に旅行に行った時に撮ったそうです。張さんは「阪急電車は美しいです」と語ってくれました。彼は鉄道ファンではないけれど、外側のマルーン色とか、室内の雰囲気が大変気に入ったようです。
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「2018 韓国 川の日大会 国際河川フォーラム」

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◾️8月9日から11日まで、韓国に出張してきました。韓国の環境保全に取り組む韓国の各地域のNGOや、河川の環境保全に関心のある市民の皆さんがたくさん集まる「2018 韓国 川の日大会 国際河川フォーラム」に参加するためです。私は、このフォーラムのなかのシンポジウム「統合水管理のための面点汚染源の管理政策と住民参加方法」で報告をさせていただきました。上の写真は、その時のものです。帰国後にいただきました。

◾️このシンポジウムには、海外からベトナムの研究者が、そして日本からは私が参加しました。この2人には、それぞれに通訳の方をつけていただきました。私の通訳をしてくださっ方は、韓国人とご結婚された日本人の女性でした。事前の勉強も丁寧にされていたことが打ち合わせでよくわかりましたし、本番でも丁寧に通訳をしていただきました。ありがとうございました。この面源負荷対策に関するシンポジウムでは、韓国の環境庁の職員の方が、韓国の面源負荷対策の全体像と課題を説明されました。また、ベトナムの研究者は、法規制やインフラが不十分な中で、ベントナムではどのような問題が起こっているのか説明されました。私はといえば滋賀県の事例をもとに報告を行いました。

◾️まず、家庭系や工業系の負荷が下水道や国によりも厳しい規制によって琵琶湖の富栄養化が一定抑制されるようになったが、残された農業系負荷が相対的に浮上するとともに、水質だけでなく健全な物質循環を駆動する生態系そのものの状態が問題視されてきていることを説明しました。その上で、水質改善を直接的に意図したものではないですが、「食べることで琵琶湖を守る」を理念とする滋賀の「環境こだわり農業」や「魚のゆりかご水田プロジェクト」といった制度にある、多様なステイクホルダーが参加していく可能性とそのメカニズムを社会関係資本の概念をもとに説明しました。また、社会関係資本を蓄積していくためのポイントに関しても説明しました。

◾️韓国の関係様の皆さんの意見によれば、韓国の環境政策は、どちらかといえばトップダウンの色彩が強く、面源負荷対策には、多様なステークホルダーが不可欠であるとの認識はあっても、それらのステークホルダーが参加・参画する環境ガバナンスに向けての取り組みは不十分で、まだこれからとのことでした。もちろん、日本もけして十分とはいえないのですが、韓国と比較したときに、参考になるポイントがあるのだと思います。そのようなこともあり、私の報告は、環境庁の方やコメンテーターのNGOの皆さんに、大いに関心をもっていただけたようでした。安心しました、

◾️ただし、隣国の環境政策のこれまでの展開過程や現状を系統だって勉強したことがないのですが、ちゃんと勉強しないとなあと反省しました。日韓の環境政策の展開過程の比較研究です。韓国の環境政策はトップダウンの色彩が強い(これは程度の問題でしかありません…)と書きましたが、そのようなトップダウンの環境政策に対して、NGOを中心としたボトムアップな環境運動はどのように対応し、あるいは対立してきたのでしょうか。その点をもっと知りたいと思いました。また、韓国の環境運動と、韓国の第二次世界大戦後の社会構造・政治権力構造のなかで発生した労働運動や民主化運動とは、歴史的にどのような関係にあるのか、その点ももっと知りたいと思いました。私は、もう年寄りの部類に入るわけですが、このあたりをまだもう少し勉強したいと思っています。そのためにはハングルが読めないとね…。まあ、それはともかく。面源負荷に関する韓国での報告は、これで3回目になります。また、韓国からの視察も3回ほど受け入れてきました。相互に学び合う交流を今後も継続していければと思います。そして、そのような交流の中で、ハングルが読めるようになっていけばなあとも思います。
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◾️シンポジウムを含め、その日のプログラムが終了した後、シンポジウムでコメンテーターを務めてくださった方や、今回お世話になった方たちと一緒に、軽く「慰労会」を持ちました。韓国の皆さんといろんなお話しをするなかで、たまたま、私が「韓国に鉄道ファン(あえて言えば『鉄道オタク』)は存在しているのですか」という質問をらしたところ、同席していた方たちのうち2人からは、「私は知りません。そんな人たちが、韓国にいるとは思えませんね」という感じの反応をいただいたなかで、お1人だけ「実は、私は鉄道が大好きなんです」と反応がありました。そして、JR九州の魅力や韓国の鉄道の魅力について熱く細かく語り始められたのです。また、「今度、韓国に来るときは『ITX-青春』に乗ってくださいね!!」とも強く勧められました。彼は、ヨーロッパの鉄道情報に関しても、丹念に調べておられるとのことでした。すごいやん。左の写真。私が初めて知った韓国の「鉄道ファン」のボクさんとの記念写真です。

◾️ところで、「韓国に鉄道ファンはいないと思います」と答えた方は、女性の金さんです。「私はソウルに住んでいて、地下鉄を利用するんですが、地下鉄は真っ暗で景色が見えないので、私はバスが好きです」と自分の意見を述べてくださいました。それに対して、「日本にはバスマニア、バスオタクもいらっしゃいますよ」と言ったところ、大変驚かれました(^.^)。「日本では地方をバスで旅行する番組もあるんやで」と説明したところ、大受けでした。その時、「これは、いっぺん奈良交通の『八木新宮線』に乗ってもらわんとあかんな…」と思った次第です。

知らなかった、ドボルザークは鉄道ファンだった!


◾️自宅で毎週「題名のない音楽会」というクラシックの番組を録画しています。人気がないのか、朝早くに放送されているので、我が家では録画してみているのです。先日のテーマは「指揮者が愛する『新世界より』の音楽会」でした。取り上げられたのは、ドボルザーク の「交響曲9番新世界より」。クラシックファンでなくても、このシンフォニーについては多くの皆さんがご存知のはず。特に2楽章は有名ですよね。キャンプファイヤーで歌いましたよね。「遠き山に、陽は落ちて…」。私からすると、「暗くなるから子どもたちは早く家に帰りなさいよ〜」という雰囲気です。この「交響曲9番新世界より」、とてもよく知られた交響曲なのですが、番組を視ていてびっくりしたことがありました。作曲者のドボルザークは「テツ」な人=「鉄道ファン」だったというのです。

◾️ドボルザークが鉄道ファンであったという話し、結構、有名らしいですね。私は、この歳になるまで知りませんでした。びっくりしました。調べてみると、「初心者でもできる! 簡単・らくらく作曲講座」というブログの中にある面白い投稿を見つけました。この投稿「ドヴォルザークは鉄ヲタだった!? あの有名作曲家の裏話。」によると、こう書かれています。「チェコでその名声を固いものにした後、1891年、ニューヨーク・ナショナル音楽院院長へ就任の依頼が来てアメリカ、ニューヨークへ渡ります。しかし、この渡米自体アメリカの鉄道を体験するという理由が大半だった…などと言われています」。「えっ…マジか !!」と思いました(ちょっと文句があるとすれば…「鉄オタ」って言って欲しくないですね〜(-。-;)。この他にも、この投稿には様々なドボルザークの鉄道に関するエピソードが書かれています。尋常ではありません。

◾️一つだけ紹介します。「交響曲第9番「新世界より」の中に一箇所だけ控えめにシンバルが鳴らされるところであるのですが、そのシンバルも鉄道に関連しているという指摘が、この投稿の中に書かれていましたて。このシンバルのこと、クラシックファンの間ではよく知られているのですが、これが鉄道と関連しているなんて…(上に貼り付けた動画では、1分51秒頃にシンバルが静かに成ります)。

実はこの「新世界より」、全編を通して機関車を表す描写がいっぱいあるんです。第三楽章の3拍子のリズムは「シュッポッポ、シュッポッポ」と、少し喘ぎ気味の蒸気機関車を表しているとも言われていますし、第四楽章は動き出す重い動輪に始まって、全体が蒸気機関車や汽車の描写に満ちており、風を切る音、ドラフトの音、シリンダーの音、吐きだす蒸気などが描かれているとも言われています。それで先程のシンバル。これは列車がブレーキをかけて、連結器をぶつける音を表していると解釈されています。鉄道好きならではの表現ですね。

◾️一昨日は、京都で一献傾けながら本格的な「鉄道ファン」の皆さんの「濃い語り」に耳を傾けていました。そのような方たちと比較すれば、私なんかが「鉄道ファン」というのは憚れるのですが、じつは鉄道が好きなんです。学生時代はオーケストラの活動もしていたので、クラシックも大好きです。というわけで、今回の「題名のない音楽会」には強く反応してしまいました。学生時代を思い出せば、私が所属していた学生オーケストラには結構な数の「鉄道ファン」がいたように思います。阪急電車の形式等については熱く語り合っていたよなぁ…。当時は「鉄オタ(ヲタ)」なんてちょっと蔑んだような言葉もなく、男の子たちは電車について熱く語りあっていました。彼らは、そういう電車の形式とか細かなことを語り合えることに誇りを感じていたように思います。もっとも、その頃の私は鉄道には関心がありませんでした。幼い頃にあった電車に対する気持ちは、大学生の頃には消え去っていました。それがまた復活してくるのは、40歳を超えてからのことでしょうか。

◾️この「交響曲9番新世界より」の1楽章冒頭で、チェロやヴィオラの静かなメロディが終わったところ。ホルンが突然「ポ・ポーン」となります。これは、ドボルザークがニューヨークに到着した時の、汽船の汽笛の音なのだそうです。このことは、学生時代から知っていましたが、そのあとは「鉄道ネタ」が満載だとは全く知りませんでした。すごいな〜、ほんまに。

◾️ところで、「交響曲9番新世界より」と鉄道ということで思い出すのは、JR大阪環状線の「新今宮」の駅で流れる発車を合図するメロディーです。「交響曲9番新世界より」の4楽章です。「新今宮」の横には、通天閣で有名な「新世界」というエリアがあります。ここは明治時代に開催された第5回内国勧業博覧会の跡地に大阪の新名所として開発されたので「新世界」と呼ばれています。アメリカの別名である「新世界」と大阪の新名所「新世界」とは違うんですけどね、洒落ですね。初めて聞いたときはやはり笑ってしまいました。

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