「あべのハルカス」からの眺め

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▪️先日、大阪の「あべのハルカス美術館」で開催されている展覧会「円空-旅して、彫って、祈って-」に行ってきました。そのまま帰っても良かったのですが、せっかく「あべのハルカス」に来たのだからと、ビルの最上階の展望室まで上がりました。もちろん、お金を払って。60階から、JRの天王寺駅と近鉄の大阪阿倍野橋駅の界隈をしばし鑑賞⁉︎しました。1枚目がその時の写真です。JRの大阪環状線、大和路線、阪和線、近鉄の南大阪線。じっと眺めていて見飽きませんね。同じように見飽きない人がちらほらおられました。あっ、あと阪堺線も。この方角では見えませんが、60階から眺めました。

▪️2枚目は、北側の風景です。左の方に、高いビルが集まっているところがありますね。これは梅田界隈になります。そのずっと向こうには宝塚市や川西市の山々が見えます。万博公園の「太陽の塔」もみえるらしいのですが、私の肉眼では無理でした。手前の方、少し左よりのところには大阪城が見えます。昔は、この天守閣が一番高かったのでしょうが、今はもっと高いビルの中に埋もれてしまっています。この大阪城は上町台地の先端部分にあります。そこから道路が南に走っています谷町筋です。大昔、縄文時代ですが、この上町台地の両側は海でした。大阪平野は海が淀川が運んできた土砂が海に堆積することによってできあがっていくのですが、その歴史をこの風景を眺めながら想像しました。さらに手前の方をよく見ると四天王寺さんも確認できます。『日本書紀』によれば推古天皇元年(593年)に造立が開始されたようですね。その頃は、どのような風景だったのでしょうね。

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▪️3枚目は西側です。真ん中あたりは、宝塚ですね。ずっと左方(西側)には私の故郷である神戸や六甲山が確認できます。また、大阪湾も光って見えています。西宮市にある母校・関西学院大学は台地の上にあるので、望遠鏡があれば見えたのではないかと思うのですが、私の肉眼では無理です。母校の背景にある甲山(かぶとやま)も霞んでいるため確認することができませんでした。残念です。左の方にあるビル群は梅田界隈、その南の方のビル群は難波界隈でしょうか。そして一番出前には、天王寺公園が。公園内には動物園も。37歳になる娘がまだ赤ん坊だった頃、この動物園に行ったことを思い出しました。その時、学生時代所属していた学生オーケストラを指揮していただいた、湯浅卓雄先生にも偶然にお会いしました。芋蔓式に、いろんな記憶が風景の中かから浮かんできます。

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▪️4枚目は、南側です。遠くには大阪平野と奈良盆地を隔てる金剛山地が。左の方に、白い巨大な施設が見えます。これは、「ヤンマースタジアム長居」です。手前の方には、阪神高速14号松原線が走っています。そこに隣接している巨大な墓地は、「大阪市営南霊園」です。江戸時代は、千日前あたりに刑場・墓地・火葬場があったのですが、明治3(1870)年にこれらは廃止となり,明治7(1874)年に天王寺村埋葬地(阿倍野斎場)が完成し、そこに千日前にあった墓地などがここに移されたようです。一度、訪れてみたいのですが、まだ実現していません。

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▪️5枚目は、東側です。遠くに見えるのは生駒山系です。以前、長らく奈良に暮らしていました。6年間ほど岩手県に単身赴任していましたが、30年近く奈良に暮らしていました。私が奈良から大阪に来るときは、近鉄奈良線を利用していたので、この写真に写っている南大阪線はほとんど利用することはありませんでした。近鉄奈良線に乗車していると、石切のあたりからは、この写真とは逆の方向に大阪平野や六甲山や神戸の方面が確認できました。大津に暮らすようになってからもう奈良線に乗車することはありません。懐かしい気持ちになります。

新幹線でぐるっと1周

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20240321ekiben3.jpg▪️たくさんの皆さんに応援していただき、全日本アンサンブルコンテストでは、龍谷大学のサクソフォン四重奏がゴールド金賞を頂くことができました。ありがとうございました。

▪️本当は、金賞を受賞した部員の皆さん全員と祝杯をあげたいところでしたが、残念ながらひと足先に帰宅することになりました。今回の全日本アンサンブルコンテストは、群馬県の高崎市で開催されました。滋賀県の湖西線沿いにある我が家からは、次のようにに移動しました。出発したのは、19日、全日本アンサンブルコンテストの前日です。前日は、本城早稲田駅の近くにあるホールを借りて練習をしっかりり行った上で、高崎市のホテルにチェックインしました。

最寄駅→(在来線)→京都→(東海道新幹線)→東京→(上越新幹線)→本庄早稲田→(在来線)→高崎

▪️そして20日は、コンテスト。コンテストは12時過ぎからということで、午前中は高崎市の南部にある新町の小さなホールをお借りして最後の練習をしました。無事にゴールド金賞を受賞し、前述のようにひと足さきに関西に戻るわけなのですが、個人的に問題なのは、高崎から「どちら」で帰るのかということでした。「どちら」とは、東京経由で東海道新幹線を利用して帰宅するのか、それとも北陸新幹線で敦賀まで行き、あとは特急(サンダーバード)と在来線を使って帰宅するのか‥ということなんです。早く移動できるのは、東海道新幹線を利用する「南回り」の方です。でも、今回は北陸新幹線と特急を利用する「北回り」にすることにしました。北陸新幹線が敦賀まで開通して、こういう選択ができるようになったのです。

▪️せっかく「北回り」で買えるのですから、楽しまないと。まず、高崎駅で「だるま弁当」を購入しました。高崎駅の名物みたいですね。というか、高崎市では「だるま」の生産地として有名なんだそうです。知りませんでした。こちらをご覧ください。また、敦賀への途中、車内販売で長野のハイボールを買って車内で楽し見ました。もちろん、高崎でも「燃料」(ハイボール)買い込んだ上での、長野のハイボールです。「脇田健一の呑み鉄本線・日本旅」ですかね。ピンときた方は、鉄道ファンですね。金沢まではたくさんの乗客がおられました。私の隣は、ドイツから旅行に来られたご家族でした。お子さんは、まだ1歳未満の赤ちゃん。その赤ちゃんが、私に関心を示すのです。でも、こちらからちょっかいを出すと泣き出してしまって…。そのドイツのご家族も含めて多くの乗客の皆さんは金沢で下車されました。金沢から敦賀までは、私の乗車した車両は誰も乗っていませんでした。

▪️問題は、敦賀からなんです。予定では、特急サンダーバードで湖西線に入っていく予定だったんですが、湖西線は強風のため運転をやめていました。まあ、湖西線ではよくあることなんですが…。新幹線を利用して、一筆書きのようにグルッと本州の真ん中あたりをぐるっと回れると思ったのですが、それはできないことになりました。特急サンダーバードは、琵琶湖線を走って(琵琶湖の東側)京都まで行くように変更になったからです。これも、サンダーバードではよくあることではあります。ということで、「ぐるっと1周」は今回はできませんでした。残念。

立山連峰と路面電車


▪️富山市観光協会のXへのポストです。素晴らしい。明日から、富山県に行く予定になっています。ただし、この動画のように天候はよくないんですよね。それが、ちょっと残念。

「のと鉄道」、2月15日より、七尾-能登中島間運行再開(能登中島-穴水間はバス代行)


▪️上の動画は、「石川テレビ公式チャンネル」の動画です。本日、15日より一部区間になりますが、七尾-能登中島間運行が再開されました。地元の皆さんは心待ちにされていたと思います。よかったです。こちらは、「のと鉄道」の公式サイトのお知らせです。「2月15日より、七尾-能登中島間運行再開(能登中島-穴水間はバス代行)」

▪️2月12日の投稿「発見された資料」で、学生時代に能登半島に行った時に関連する資料を紹介しました。今から45年前、学生オーケストラの演奏旅行に関連する資料です。あの時は、金沢から鉄道で七尾を経由して輪島まで列車に楽器を積み込んで移動することができました。七尾線です。まだ、国鉄の時代で、民営化される前でした。その後、特定地方交通線に指定された国鉄能登線を継承し、「のと鉄道」は1988年3月に開業した第三セクターとして開業しました。私たちが学生時代に乗った穴水と輪島の間は、客数減少のため2001年に廃止になりました。また、穴水から珠洲に向かう能登線は、2005年に廃止になりました。

▪️そのあたりのこと、「のと鉄道」の開業、JR西日本との関係等についてお知りになりたい方は、こちらの記事をお読みになると良いかと思います。「のと鉄道の復旧協議はどうなる?JR西日本との複雑な台所事情」。「鉄道関連の協議会ウォッチャーとして、赤字ローカル線の事業者と自治体との協議進捗をまとめたメディア『鉄道協議会日誌」を運営』されているライターさんのサイトです。鉄道に関心のない方は、少しわかりにくいかもしれませんが、丁寧に説明されていると思いました。

▪️今回、運行を再開したことは素晴らしいことだと思いますが、今後、「のと鉄道」の経営がどのように展開していくのかが気になります。個人的に、ローカル鉄道を応援しているので、地域の大切なインフラとして維持されて欲しいです

卒論指導と滑り止めの砂

20240106suberidomenosuna.jpg▪️昨日、今日と、卒論の指導のために大学に来ています。私から何度も指導を受けて完成度の高い原稿を書いている人と、あまり指導を受けずツッコミどころ満載の原稿を書いている人と、まあいろいろなわけです。ゼミの際にも、先輩の優秀卒業論文をもとに、執筆の仕方、執筆要綱に関して何度も指導してきたはずなのですが、それをきちんと理解できていない人がいます。まあ、毎年のことではありますが。

▪️これも毎年のことですが、残り時間がわずかになってきた段階で原稿をチェックしてほしいと言われても、困ってしまうわけです。12月に草稿を提出する約束になっていたはずです。その段階であれば、細かな修正の指示や掘り下げた指摘をすることもできるわけですが、追い詰められて「困ったのでせんせーなんとかしてください」と言われても、私は学生の皆さんの下請けてはないので、なんともなりません。簡単な指導はできますが、じっくり考えて修正をしてもらうことは時間的にも不可能になります。時間をかけて調査をする。調査の結果について指導教員である私に対して丁寧に報告し、アドバイスを受ける。そのアドバイスをもとに、再調査や補足調査を厭わずに行う。卒論の構成についても指導教員と何度も相談を行う。草稿のチェックを指導教員に複数回にわたって確認してもらう。そのようなプロセスを経た卒論は、結果としてレベルが高いものになります。

▪️ちょっと愚痴ってしまいました。私が定年退職まで卒論の指導ができるのは、今の4回生と、今年度入学してこられた1回生の学年の皆さんになります。2024年度(来年度)は、特別研究員になり1年間研究に専念させていただきます。そのため、2024年はゼミを担当することがありません。2025年度に新たなゼミ生を受け持ち、2026年度に卒論指導を行うことになります。そして2026年度末で退職いたします。

▪️ここまで書いた卒論指導の話とは何の関係もありませんが。JR瀬田駅に、このようなポスターが掲示してありました。大学受験を目指すみなさんのために、「すべり止めの砂」をJRさんが提供されているようです。お守りのようなものでしょうか。同様の砂の提供を京阪電鉄さんがされていたことは知っていましたが、今や全国あちこちの鉄道会社が同様のサービスをされているようですね。「すべり止めの砂」って、電車が上り勾配等で車輪が空回りしないように、レールと車輪の間に摩擦になる砂を撒くのですが、その時に使う砂のようです。受験生の皆さん、頑張ってください。で、ゼミ生のみなさんも頑張ってください。最後の最後まで推敲に推敲を重ね、良い卒業論文にして提出してくださしい。

叡電と「全国登山鉄道‰(パーミル)会」

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▪️原尻淳一さんが開催されている「知図展」を拝見するために、ひさしぶりに「叡山電鉄」に乗りました。出町柳駅から茶山京都芸術大学駅までの、たった二駅ですけど。で、「そうか」と改めて思ったのは、「叡電」が「全国登山鉄道‰(パーミル)会」だったこと。ヘッドマークで気がつきました。関西だと、神戸電鉄、南海、そして叡電ですか。叡電は、二軒茶屋駅から鞍馬駅までの4.7キロメートルの間の最急勾配が50 ‰とのこと。調べてみると、ヘッドマークを各社で掲出というニュースが出ていますね。

▪️ところで、‰会は、社員さん同士も交流されているんですかね。‰会のカレンダーがあったら購入するんですけどね(卓上カレンダー希望)。どうでも良いこと書いてすみません。

ひさしぶりの奈良

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▪️昨日は、義父の葬儀が奈良で行われました。葬儀の後、私は龍谷大学吹奏楽部の用務があり、近鉄で京都に向かいました。京都向かうには、大和西大寺駅で京都線に乗り換える必要がありました。大和西大寺駅は、以前、奈良に暮らしていたときは、通勤時に必ず利用していた駅です。私が奈良に暮らしていた時より今は改装されてなんだか以前よりも素敵な駅になっています。少し駅の構内を見学してみました。

▪️大和西大寺駅は、奈良線と京都線・橿原線が平面交差する駅なんです。大阪、京都、橿原、奈良の4方面が交わる近鉄有数のジャンクションとして有名です。トップの写真は、大和西大寺駅のホームから奈良方面を撮ったものです。線路の複雑さから、「4方面が交わる近鉄有数のジャンクション」という子どかよく理解できると思います。この駅には、有名な特急「しまかぜ」をはじめとして、様々な「かっこいい」特急が停車します。下段の左は「しまかぜ」です。右は、「ならしかトレイン」です。この記事をを読むと、電車の中が鹿でいっぱいであることがわかります。吹奏楽部の用事がなければ乗ってみたかったです。最下段は、駅構内のテラスから大阪方面を眺められるようになっています。ガラス越しなので、少しブルーっぽい色が付いています。
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肥薩おれんじ鉄道

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▪️龍谷大学吹奏楽部の演奏旅行の後半に同行し、ご支援くださった校友会鹿児島支部の皆さんに御礼を申し上げるために鹿児島に出張しました。充実した2日間でした。

▪️今日は、新幹線で関西にそのまま帰るのはつまらないので、鹿児島本線で川内まで行き、川内からは「肥薩おれんじ鉄道」に乗って終点の八代までローカル鉄道の旅を楽しみました。東シナ海、八代海(不知火海)の景色、良かったです〜。

▪️川内で「肥薩おれんじ鉄道」の乗り場がすぐにはわからず、オレンジ色のポロシャツを着た女性の駅員さんが「待って〜!」と電車に向かって叫んでくれてぎりぎりなんとか乗車することができました。ありがとうございました。終点の八代駅でも、年齢を聞かれて「何歳ですか?」「65歳です」「何年生まれ?」「昭和33年生まれです」とのやりとりの後、「だったら1400円ね」と。1日フリー切符は65歳以上は半額の1400円なんです。その金額で良いとのことでした。八代からは新幹線の新八代まで1駅。乗り換え時間が短いので、高齢者の方の移動が大変なんですが、やはり「肥薩おれんじ鉄道」の職員さんがJRの運転士さんに「もう一組おられますよ」と声をかけてちょっと発車を待ってあげたり、忘れ物(赤ちゃんの小さな靴)を届けにきてくれたりと、なんだかいいな〜と思いました。ローカル鉄道だからできることなのかな。

▪️そうそう、JR九州の電車もなかなか良かったです。デザインや色使いが素敵だなと思いました。ただ、新八代駅周辺には周りになーんにもなくて、駅構内の売店でサンドイッチと飲み物を買って待合室で昼食を摂りながら1時間半待ちでした。ところで「肥薩おれんじ鉄道」のマーク、オレンジの葉っぱの緑の部分、これは路線図なんですね。写真を撮ってからわかりました。
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鹿児島の路面電車

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▪️昨日から龍谷大学吹奏楽部の演奏旅行後半に同行するために鹿児島にきています。ところで、昨日、新幹線を降りて鹿児島中央駅から外に出て街を眺めた時にまず目に入ってきたもの、それがこの「ぼんたんあめあ」の大きな広告でした。このお菓子の会社=セイカ食品株式会社は、鹿児島に本社があります。個人的にはとても懐かしいです。少年の頃、遠足の時によく持って行ってました。少年時代は九州にいましたから、思い出深いお菓子です。

▪️「ボンタンアメ」の次に目に飛び込んできたのは、路面電車でした。路面電車のある街って素敵でよすね。少し前のことになりますが、保護者懇談会で岡山と広島に出張しました。この両市とも路面電車が走っていました。道が広いことと路面電車は関係しているのでしょうか。また、道が広いことと戦災とは、なんらかの関係があるのでしょうか。

▪️ところで、鹿児島中央駅の停車駅に行って路線図を眺めてみました。ありました、ありました「脇田」という停車駅が。ただし、「わきた」ではなくて「わきだ」と読むようです。ちなみに私と同じ苗字の脇田って方、鹿児島には多いのですが、こちらも「わきだ」とお読みするのかもしれませんね。ちなみに、私の脇田の脇の字は、戸籍上は月に刀が3つです。
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▪️この路面電車、少し変わった形をしています。3両編成のようですが、両橋の運転席のある部分はとても短いです。Facebookにどうしてこのような形をしているのかなと投稿したところ、鉄道関連の企業にお勤めのBさんがきちんと解説してくださいました。珍しい電車を拝見できて、65歳のおじいさんですが、喜んでいます。

低床部分を少しでも多くとるために、台車を運転席直下に置いたものです。台車間隔が大きくなるとカーブやポイントが曲がれなくなるため、客室(低床)部分をフローティング車体として関節構造になっています。意欲的な車両ですが、構造が特殊すぎデッドスペースも大きいため鹿児島市電だけの採用となりました。

中間車体は両端を台車付き運転席部分に引っ掛けてぶら下がっている形ですね。

夏休みの自由研究(その2)

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▪️夏休みの自由研究(その2)です。翌日、宿泊したホテルが「えちぜん鉄道」福井駅の真横にあったものですから、駅に入場券で入り、恐竜列車を拝見してきました。残念ながら、この列車は予約して乗ることができません。この後の、歴史の自由研究(福井県立一乗谷朝倉氏遺跡博物館の観覧と一乗谷朝倉氏遺跡の見学)もやらねばならず、仕方なく見学のみです。親子連れが興奮されていました。私、前期高齢者ですが、小さな皆さんが羨ましかったな〜。

▪️こちらの電車、静岡鉄道から譲渡された車両なのだです。鉄道関連の企業にお勤めの知人からご教示いただきました。もともとは通勤電車なのですが、そうは見えませんよね。その知人も「かなり思い切って改造していますね」と言っておられました。できれば、次回は、孫たちと一緒にこの電車に乗ることができればなあと思っています。

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