「かねよ」のうなぎ

20200615kaneyo.jpg
■ずっと自粛続きで、近所のスーパーに買い物に行く、週に1度ほど大学に行く以外は、自宅に籠っていました。やっと、気をつけながら気分転換に外食をしても良いかなという気持ちになり、大津市内のうなぎ料理店に出かけました。ウナギは絶滅危惧種であることから、自然保護、水産業…様々な立場から意見があることを承知しています。あまり自ら進んで食べることはしてきませんでした。昨年は、ほとんど食べていないと思います。食べていれば記憶に残るほど、我が家にとっては高級品です。おそらく今年は最初で最後になるだろうと、大津市内の大谷という場所にある高級うなぎ店「かねよ」に出かけました。

■店内はコロナ対策も万全で、相当気を遣っておられる様子でした。注文したのは、「極上きんし重」。おそらく来年もうなぎを食べることはないだろう…ということで、奮発してしまいました。まる1匹、お重の中にうなぎの蒲焼が入っています。そして、これが「かねよ」さんの特徴なのですが、うなぎの横に錦糸卵になる前のもの(出汁巻玉子状態)が乗っています。こちらのお店では、それを「きんし丼」「きんし重」と呼んでおられます。お店の説明によれば、元々は細かく刻んだ普通の錦糸卵をうなぎに添えていたそうですが、あまりに厨房が忙しかったため、だし巻き卵をそのままのせてお客さんに出したところ、人気が出てきたのでそのままになっている…とのことです。

■お腹いっぱいになり、満足いたしました。この満足感は数年間持続すると思います。

糠漬け

20200607nukazuke.jpg
■糠漬けの記憶。一番古い記憶は、おそらく幼稚園の頃だと思います。だから、今から56年前のことになります。当時は、現在の北九州市小倉北区にある日本住宅公団の団地に暮らしていました。5階建ての1階。今も部屋の番号を覚えています。2215です。22号棟の1階の左から5番目の部屋…という意味になります。3Kの間取りでした。6畳が一間と4畳半の二間、そして小さなキッチン(K)です。ステンレスの流しの下には物が置けるようになっていた。我が家の糠漬けの定位置はその場所でした。

■私の記憶では、糠床は青の蓋のついた琺瑯の容器に入れられていたように思います。その琺瑯の容器の中に入れられた糠床には、何処かの家の糠床が加えられていました。そう聞かされていました。100年漬け続けてきた糠床です(百年床というらしい)。スーパー糠床ですね。糠床は、乳酸菌、酵母、その他の微生物の相互作用で生まれる芸術的な食品ですから、分けてもらった糠床で、我が家の糠漬けのレベルは随分向上したのではないかと思います。父は、その漬物を好んで食べました。特に、胡瓜の少し黄色くなりかけた酸味を増した古漬けが好きだったと思います(私は好きではなかったのですが…)。そうやって、子どもの頃は当たり前のように糠漬けが食卓にのぼっていましたが(同年代の皆さんのご実家でもそうだったと思う)、自分自身が糠漬けの食文化の技を継承することはありませんでした。ということで、飲みに行っても、自分の店で漬けたという糠漬けが出てきたりすると嬉しくなります。知人の家で出してもらったりすると喜んでいただきます。自宅で糠漬けをやっているという人は、相当減ってしまったのではないでしょうか。

■我が家では、浅漬けを自分の家で作る程度で、糠漬けはやったことがありません。ところが、最近、我が家にはこの写真のようなものが登場しました。「この袋がぬか床に!! ぬか漬け体験」と書かれてます。よくスーパー等でも売られていますね。食塩、昆布、辛子、刻み干し椎茸、山椒の入った炒糠と、米糠と乾燥ビール酵母、調味料(アミノ酸)からできた種糠、これで糠床を作るようになっています。調味料が入っているから、完全な糠漬けとは言えないかもしれません。だから「ぬか漬け体験」なのでしょう。でも、そこそこ美味しく食べられます。昨日は、糠床を混ぜて胡瓜と茄子と茗荷を漬けるように言われたので、自分でもやってみました。

【追記】
小倉は糠漬や、糠炊という魚料理(糠床の糠も使って魚を炊く料理)が有名です。もっとも、子どもの時、糠炊を食べた記憶がありません。どのような味なんだろう。このような小倉と糠漬けの歴史は、江戸時代や初めの頃まで遡るようです。ごく簡単にですが、こちらで歴史を確認できますね。小笠原忠真という信州から移封された殿様が、小倉で庶民に奨励したということのようです。ちなみに、茶人でもあり、小笠原家茶道古流を興した人物でもあります。

サンショウの佃煮

20200530sansyou1.jpg20200530sansyou2.jpg
20200530sansyou3.jpg■仕事がちょっと大変な状況で、ブログを更新している精神的な余裕がありませんでした。日常の出来事の記録ばかりで、特別に役立つ情報発信をしているわけではないのですが、それでも覗きにきてくださる方たちがおられるので、ちょっと申し訳ない気持ちです。

■さてさて、そういうわけでして、またまたちょっとした日常の出来事を。夕食の買い物をしに近くのスーパーに出かけると、サンショウの実を売っていました。今、サンショウの季節ですよね。ということで、一箱買って帰り佃煮にすることにしました。まず、枝から身を取り除きます。その後、できる限り実に残った軸も取り除きます。まあ、残っていても食べる時に困ることはないのですが、見た目のこともあるので根気よく軸を取り除きます。そして、疲れて、最後は「無理…もうええわ」と思えるまで取り除きます。その後、塩を少し入れたお湯で湯がきます。そして冷めた後、水・酒・醤油・みりんで佃煮にしました。こうやっておくといろんな料理に使えますし、サンショウの佃煮自体をご飯に乗せて食べても美味しいです。

「利やん」で原田先生と再会

20200318harada.jpg
■昨晩は今年度最後の教授会でした。まあ、いろいろ思うところあって大津駅前のいつもの居酒屋「利やん」へ。小一時間ほどで帰宅するつもりでしたが、暖簾をくぐると原田達先生がカウンターに座っておられたので、びっくりしました。長居をしてしまいました。原田先生は、今から4年前(うん?5年前?)にさっさと大学を退職されました。今年度の3月まで勤務できたけれど、いろいろやりたいこともあって退職されたのです。退職されるまでは、私にとっては職場の兄貴のような存在でした。退職されて、「利やん」で一緒に呑む機会もぐんと減ってしまいました。それまでは教授会の後、原田先生の「それじゃ、行きますか」とのお誘いに乗ってよく「利やん」でご一緒させていただいたものです。今日は、なんの打ち合わせもしていないけれど、偶然に「利やん」で先生と再会できました。非常に嬉しかったです。非常に嬉しいと思える兄貴(今は職場は関係ないけれど)がいてくれてとても幸せですね。原田先生、また呑みましょう。こうやってみると、ツルツルのおじいさんと、シロシロのおじいさんが、2人並んでいるな。

南部鉄器の鉄瓶で煎茶をいただきました。

20200206sencya.jpg
■今日は自宅で事務仕事をして、夕方から梅田で他大学吹奏楽部の皆さんと会議です。会議の場所は、母校・関西学院大学の梅田キャンパス。なんとなく、「ホームカミングディ」みたいで嬉しい気持ちもどこかにありますね。それはともかく、昼間は自宅で仕事なので、少し気持ちにゆとりがあります。頂き物の上等な煎茶を楽しむことにしました。南部鉄器の鉄瓶は、以前勤務していた岩手県立大学から龍谷大学に異動する際、講座の先生たちから贈っていただいたものです。温度計も用意して、お湯が70度まで下がったことを確認をして煎茶に注ぎました(温度計、お酒の燗のためにも使うことがあります)。美味しい。時間はかかるけれど、心にはとても良いと思います。

ひさしぶりの「インデアンカレー」

20191227indiancurry.jpg
■年末、いろいろ仕事が混んできてストレスが溜まったせいでしょうか、背中→肩→首→リンパの流れが悪くなり→内耳に悪影響といういつものルートでまたまたメニエール病が発症中です。軽度ではありますが、フラフラして少し気持ちが悪い状態です。本当に深刻になると、ひどい吐き気がして病院に運ばれるということもあるらしいですが(知人の話)、今のところそこまでは行っていません。ただ、フラフラし始めると仕事になりません。困りました。

■とはいえ、食欲だけはまだかろうじてあります。昨日は、大阪の福島にあるザ・シンフォニーホールで龍谷大学吹奏楽部の定期演奏会が開催されることで、午前中の用事を済ませて午後から駆けつけました。大阪を通過することから、それならばと下車しで、阪急三番街にある「インデアンカレー」を堪能することにしました。「インデアンカレー」をいただくのであれば、万全の体調で臨みたかったのですが、仕方がありません。

■今年の1月に亡くなった母親が一人暮らしをしているときには、毎週、世話をしに通っていました。その時、大阪の街を通過するので、よく「インデアンカレー」をいただいて気合を入れていました。「インデアンカレー」をいただくと、あの介護真っ只中だった頃のことを思い出します。いろいろありました…。それはともかく、甘くその後に辛さが襲ってくるあの「インデアンカレー」の独特の味は、もちろん健在でした。ちょっとフラフラしながらも、美味しくいただきました。

琵琶湖八珍と滋賀の地酒・純米吟醸「北船路」


■滋賀県民にとって地元のテレビ局は、BBCになります。「British Broadcasting Corporation」=「英国放送協会」ではなくて、「Biwako Broadcasting Co., Ltd.」=「びわ湖放送」です。この「ぴわ湖放送」の放送の中に短い番組があります。「あってくれてありがとう!」と言いたい小さな滋賀の企業やお店を応援する番組です。その中に、時々、寄せていただく「からっ風」が登場していました。琵琶湖八珍と呼ばれる琵琶湖の湖魚の料理が提供されています。この放送には登場しませんが、私のゼミの卒業生たちがプロデュースした純米吟醸「北船路」(平井商店・大津市)も飲むことができます。

■以前の投稿もご覧いただければと思います。「ビワマスと北船路」

■琵琶湖八珍とは、琵琶湖で漁獲されるビワマス、アユ、ス、ホンモロコ、ゴロブナ、ジエビ、リ、サザの8種類のことです。太文字アンダーラインのついたところを読んでみてください。「ビワコハホンニスゴイ」=「琵琶湖はほんに凄い」になります。

金賞記念ケーキ

20191126cake.jpg
■龍谷大学吹奏楽部 全日本吹奏楽コンクール 金賞受賞を記念し、龍谷大学生協が生協食堂で発売中。11/25-29「龍谷大学吹奏楽部㊗️金賞 りんごとキャラメル特別ケーキ」❣️なぜリンゴかというと、全日本吹奏楽コンクールが開催された場所が青森市だからです。

小さな同窓会

20191122dosokai.jpg
■先日、大津駅前のいつもの居酒屋「利やん」で、小さな同窓会が開かれました。私の大学院の授業に受けにきておられた社会人院生の皆さんとの同窓会です。写真のお2人が私の授業を受けにこられていたのは、もう14年ほど前のことになりますかね。NPOの理事長をされていた藤野さんが私の授業を履修しておられました。ある自治体の職員だった藤井さんも履修はされていませんが(いわゆるモグリ)で出席されていました。あの頃は、このお2人以外にも、いろんな社会人院生の方達が出入りしていてとても賑やかでした。この日は、藤井さんが龍谷大学瀬田キャンパスに用事があり、昔の懐かしい仲間と会いたいとのご要望もあり、急遽、同窓会(という名の飲み会)を開催することになりました。急遽…ということで、多くの皆さんのご都合がつきませんでした。残念です。とはいえ、この日、お二人の最近のお仕事やご活躍の様子を聞かせてもらいました。楽しい時間をありがとうございました。

【関連エントリー】■2年まえの同窓会の様子です。この時は、少し参加者は多めでした。
社会人院生だった皆さんとの同窓会

「滋賀の地酒-酒学事始」

20191113nihonshu1.jpg20191113nihonshu2.jpg
20191113nihonshu3.jpg20191113nihonshu4.jpg
■昨晩は、「滋賀の地酒-酒学事始」滋賀の地酒を知り、学び、嗜むイベントが開催されました。「呑む」のではなく、あくまで試飲です。1部、滋賀県酒造組合会長の喜多良道さん(喜多酒造株式会社 代表取締役社長)によるご講演の後、2部は交流会ということで、滋賀の地酒を嗜むながら参加者の皆さんと交流しました。

■喜多会長のご講演の中にあった「甘味」「酸味」「辛味」「苦味」「渋味」を味わうこと、含み香の大切さを意識しながら試飲をさせていただきました。こうやって意識すると、「苦味」などは味わいの後の方に、それもサッと瞬間的に感じられる味で、日本酒の輪郭を引き締めているという印象を持ちました。こうやって意識すると、銘柄ごとの味の違いや奥深さが理解できます。

■ところで、このイベントに参加したのは、実はRECセンター長の深尾昌峰さんに、これから設立するNPO法人「琵琶故知新」に関していろいろ教えを請うためでした。NPO法人の事務局をされている藤澤栄一さんと一緒にいろいろご指導いただきました。深尾さんは、RECセンター長としてこのイベントに出席されていました。ありがとうございました。「びわぽいんと」という新しい仕組みを作るためには、いろいろ乗り越えないといけない課題があります。頑張ります。

Admin area