書評でグループワーク(3回生ゼミ)

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■3回生のゼミ。夏休みの宿題として、2冊の本を自分で選んで、その書評を書いてもらいました。今日は、その書評をもとにグループワークをしてもらっています。3密を避け、フェイスシールドをしてのグループワークです。

■授業では、クラウド型教育支援サービス manabaを活用しているので、書評もこのmanabaにアップしてもらいます。ということで、レジュメではなく、みんなスマホの画面を見ています。老眼のわたしには大変ですが…。自分の書いた書評をもとに、「この本の、ここが面白い❗️」と、同じグループになった人たちに熱く語ってもらいました。その報告に他のメンバーは、質問をしたり、感想を述べたりします。議論ではなく、報告者の主張を理解することを目的にしています。帰宅後も、manabaのリプライ機能を使って、それぞれの書評に短いコメントを書いてもらいます。

■通常、ゼミは「演習室」と呼ばれる小教室で行いますが、コロナ対策のために講義用の少し広い教室で行っています。ちょっと、やりにくいですが、仕方がありませんね。通常は、コロナ対策ということで、席が前後左右が重ならないように、また席に余裕がある場合は、少し離れて座るのですが、それではグループワークができませんので、マスクに加えてフェイスシールドをしているというわけです。

コロナ禍の地域連携型教育プログラム

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■毎週金曜日の2限は、地域連携型教育プログラム「社会共生実習」の授業が行われています。私が担当するのは、このプログラムの中のプロジェクト「地域エンパワねっと」です。この授業、コロナ禍のために、前期は最後に少しだけまち歩きをした程度で、ほとんどがzoomによる授業でした。地域連携型とは言いつつも、学生たちは具体的な活動を地域社会の中で行うことができませんでした。

■後期は、大学の危機管理が「レベル2」のままということもあり、学生たちは、今後、万全の対策をとって地域に出かけていきます。今日は、「地域エンパワねっと」の活動地域、瀬田東学区、中央地区(中央学区を中心とした市街地)のどちらを担当するのかを相談しました。希望を聞いたところ、バランス良く、両地域ともに5人程度になりました。いよいよ来週からです‼️

■写真は今日の授業の様子です。学生たちは、マスクとフェイスシールドでグループワークをしました。フェイスシールドは、授業終了後、除菌シートできちんと拭きます。使った除菌シートは、専用のゴミ箱に捨てられます。

対面式授業が始まります。

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■職場(瀬田キャンパス)の学生食堂です。対面式の授業再開に向けて、着々と作業が進んでいます、というか食堂にしては完了していますね。個人的には、食堂が一番心配だったのですが、ソーシャル・ディスタンスをしっかり確保してあるので、向き合って食事をしないようになっています。しかも、透明なアクリル板に囲まれて食事をします。赤い紙には「Social Distance」と書かれていますね。
今日は、対面式授業の再開にあたって講習会が開催されます。これから参加する予定です。対面式授業をやりなが、対面式授業が困難な事情を抱えた学生には、オンライン授業も同時に実施します。しかも、そのライブの授業の様子は動画にも保存して、後でもみられるようにします。けっこう、大変になりそうな予感がします。
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20200917seta5.jpg■基本、履修者が100名を超える授業でなければ、ソーシャルディスタンスを確保するための十分な広さの教室で対面授業が行われることになりました。ただし、様々な配慮をしなければならない学生がいますので、そういう学生にはオンライン授業を同時に行うことになります。

■今日は、そのためのAV機器の設定に関して講習会が開催されました。教員は前期のオンライン授業で慣れているせいか、私も含めて数人程度。しかし、その教員をサポートすることを担当する職員の方達は10数名出席されていました。特に、後期から授業が始まる非常勤講師の先生方は、オンラインに慣れておられない方もいらっしゃるかもしれませんのでね。講習会、いろいろ疑問にお答えいただき、私としては出席してよかったなと思っています。

■すでに教室内には、席に番号が付けられています。また、ソーシャル・ディスタンスを確保するために、1席空けて着席するようになっています。興味深かったのは、そこに折り鶴が付けられていて、学内の学部長の皆さんの心に留まった様々な至言、名言、語録…が書かれていました。鷲田清一さんのコラム、朝日新聞1面の「折々のことば」のようです。素敵なアイデアですね。コロナ禍の中、自宅に引き籠もらざるを得なかった学生の皆さんの心に静かに染入り、何かが伝わればと思います。社会学部の学部長は、宮崎駿の言葉を紹介しておられました。「世の中の大事なことって たいてい面倒くさいんだよ」。なるほど。その通り。だから、風の谷のナウシカは、誰に言われるわけでもなく、心を痛めて、そういう面倒臭いことをきちんと引き受けたんですよね。

■コロナ感染防止対策、うちのキャンパスで中心となって、黙々と頑張って仕事をされている職員さんとお話ししました。相当のご苦労です。ありがとうございます。ただ、どれだけやっても完璧ということはないので、ひとりひとりが油断しないように気をつけないといけませんね。キャンパス内で、自粛警察みたいなのが出てくると、もっといやですから。

大石龍門での聞き取り

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■今日は大津市の大石龍門へ。龍門自治会の皆さん、叶匠壽庵の職員の皆さんと、「ふるさと屏風絵」の聞き取り調査を行いました。ゼミからの参加は、このコロナ禍のためにわずか1名。第2波がやってきている最中ですからね。まあ、これは仕方がありませんね。コロナのおかげで学外のいろんな取り組みも足踏み状態です。もちろん、この学外で活動を行うにあたっては、大学に申請を行なって承認を得ています。そうしないと、学外での活動はできないのです。ゼミ生が個人で行う卒論の調査に関しても、同様の手続きが必要です。

■「ふるさと屏風絵」。おそらく時代的には、高度経済成長期の前から初期のあたりの時代の、この龍門の生活や生業に関する聞き取りを行い、それを屏風絵にしていくのです。「なんだかよくわからん」と思いますが、私からすると、集落の将来を関係者の皆さん、特に集落内の異なる世代の皆さんがコミュニケーションを行うための手段=ツールなのです。今日も、かつての生活の聞き取り調査をしていたのですが、最後は、農家の高齢化、後継者不足のなかで、どのような仕組みを作って集落を守っていくのかという話題になりました。このような悩み(課題)は、龍門固有のものではなく、滋賀県内の農村はもちろん、全国の農村の問題でもあるわけです。というわけで、「ふるさと屏風絵」の製作のお手伝いだけに終わらず、ゼミ生たちの活動が、この農村の活性化につながっていけばと思っています。

最近のこと

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■暑いですね。体調もイマイチ。それなりに元気にしていますが、体力も気力も以前よりも低下しています。特に、気力は。といことで、うまく仕事がすすみません。持病のメニエール病のめまいが再発してはいませんが、肩こり、首こり、緊張製の頭痛は相変わらずです。何か工夫をしなくてはね。新型コロナによる自粛が続いていることも、どこかで影響しているかもしれません。困りました。といっても仕方がないのですが。ということで、少し気力も復活してきたようなので、半月ばかりのことを少し。ブログを更新します。

■今週の火曜日ですが、大津市役所に行ってきました。家にこもって仕事をしているので、電車に乗ると何か新鮮な感覚がありました。大津市役所に行ったのは、市民、事業者、行政の三者の協働を進める「大津市協働を進める三者委員会」が開催されたからです。コロナ禍で長らく開催されていなかったのですが、やっと開催されることになりました。この委員会の委員長をしていますが、皆さんから活発にご意見をいただき、委員会も大変盛り上がることができました。また、現場の実践に基づく興味深いご意見を拝聴できました。地域社会論という講義を担当している者としても、有意義な時間になりました。

■写真は委員会が終わった後、市役所から撮ったものです。気温は高く、マスクをしていると辛い状況ではありましたが、夏らしい雰囲気が撮れました。自分自身でもよく理由がわからないのですが、京阪石坂線の「大津市役所前」駅のあたりの雰囲気がなんとなく好きなんです。駅の名前、以前は「別所」でした。三井寺の別所のひとつがあったからかな、たしか。個人的には歴史と結びついた駅名が消えることは寂しいのですが、インバウンドや観光客向けの対応ですかね。

■話は変わります。現在は、夏期休暇中なのですが、Zoomを使ってオンラインでゼミ生と面談をしています。面談は卒論のためのものなのですが、あわせて就職活動の状況についても差し障りのない範囲で聞かせてもらっています。春の段階ですでに内定がでたゼミ生もいますし、最近では公務員試験に合格したとの報告も出始めました。その一方で、苦戦しているゼミ生もいます。就活がうまくいかないと、卒業論文のこともなかなか手につきません。気持ちは大変よくわかります。ゼミでは、「就活と卒論は車の両輪」と常々言っているので頑張って欲しいと思います。もうひとつ、私のゼミでは調査に基づいて卒論を執筆することになっています。でも今年は、コロナのせいで全てのゼミ生が調査をできるわけではありません。調査に行くのにも、制約条件があります。大変なのですが、私としてもできる限りサポートをするしかありません。

■新型コロナウイルスがパンデミック(世界的大流行)となっているわけですが、大学としては対策を講じながら慎重に大学運営を行っていくという感じかなと思います。コロナ禍も第一波の時は、しばらく頑張れば、コロナ禍もおさまってくれるのではないかという希望がありましたが、それは「無い」ということがはっきりしました。しかも、世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長は、21日の記者会見で、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)について「2年以内」で収束が可能との見通しを示しました。2年以内で収束が可能…とはいっても、1ヶ月後でも2年以内ですし、2022年の8月でも2年以内です。しかも、収束するのではなくてあくまで可能ということですから、さらにコロナ禍が長期化する可能性も否定できないということです。困りましたね。個人的には、とりあえずコロナ禍をやり過ごすためにどうしていくのか…ではなく、コロナ禍と共に大学をどのように運営していくのかという発想が必要なのかもしれません。

コロナ禍の中での気づきと体験、ある学生のツイート

■まだお会いしたことはありませんが、facebookで知り合いになった方のお嬢さんが、Twitterに次のようにツイートをされていました。おそらく、彼女はある大学の学部の3回生かなと思います。彼女の方からフォローしてくださいました。

コロナは私から外に出て好きなことをする時間を奪った。
でも勉強机に座って授業の内容としっかり向き合ったり、もっと広くて深い視点から理解できる本を読むきっかけと時間を与えてくれた。
様々な視点から学ぶことは人生をより豊かにするってよく聞くけど、それを身にしみて感じた4ヶ月間?だったな

でもやっと受験とか単位のためじゃない勉強を知った。
世界がめちゃめちゃ広がった。
勉強ってやっぱり自分のためやったわ。
21年間、なにしてきたんやろう。

■コロナ禍により、日本の多くの学生の皆さんが、突然、オンライン授業に取り組まざるを得なくなりました。これは大変な出来事です。大学側と教員の側が、前もってオンライ化のメリットを理解・把握し、カリキュラム全体の中にしっかりオンライン授業を組み込んでいくのであれば違うのでしょうが、今回は、突然、教員も学生の多くがよくわからないままにオンライン授業が始まりました。中には、このようなオンライン授業に適応できずに、休学する人もいると聞いています。しかし、この知り合いのお嬢さんは、違っていました。1人で授業にしっかり向き合わざるを得なかったことから、「学び」に関して深い体験をされるようになっています。おそらく世界観が変わったのだと思います。素敵な経験であり、素敵な気づきです。素晴らしいなあ。もちろん、このツイートに「いいね」をしました。それは、うちの大学の学生にも、彼女と同じような経験や気付きがあったらいいんだけどなあと思いからでした。コロナ禍で大変ですが、この状態のなかでさらに成長なさってください。

■このツイートを読ませていただいた後になりますが、フランス在住の作家・辻仁成さんの「滞仏日記「街角の哲学者が、コロナ不安を乗り越える術を語りき」をネットで拝読しました。知り合いの哲学者アドリアンとおしゃべりされた時のことが書かれています。辻さんが、「ぼくらはどういう心構えで、この第二波とでもいえる現状と向き合えばいいのだろう」と尋ねた時、その哲学者は以下のようにこたえておられます。長いですが、引用させてください。心の底から同感します。

「正直、この感染症パンデミックは人類が希望するような早さで消え去ることがないんだ。だから、ぼくら人間も、同じような気の長い気持ちでこれと向き合うしかない。これが結論だ。なので、毎日、怯えたり、神経質になり過ぎて壊れてしまってはならない。まず、深呼吸をして、長い戦いに備えよう、と自分にいい聞かせることが大事になる。年内に収束するはずだ、とか、いついつには元通りになる、という希望的観測で行動してはならない。その時にならないと何が出来るかわからないので、不安だと思うが、それを見越していろいろと今後のことを長いスパンで考えていくのがいい。何が起こってもおかしくない、と悟ることも大事だ。大病をして生死を彷徨って、生き返った人のような気持ちで、これからの未来を見つめていくのがいいだろう一度、失った価値観なのだから、ここからもう一度新しい価値観を作っていくんだ、と考えていけばいいと思う。焦っちゃいけない。しがみついちゃいけない。過去にとらわれてはいけない。大切な人と生きていければいい、と思うことが大事だ。身近な人を大事に思って、毎日を生きていきなさい。目が覚めたら、今日を生きていられることは素晴らしいと思うこと当たり前のことがどんなに大事か、感謝しながら生きることだ

寿長生の郷と大石龍門

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20200721sunainosato4.jpg ■先日の日曜日、ゼミ生9名で、大津市南部の大石龍門に行きました。「大石龍門自治会×叶匠壽庵 寿長生の郷×龍谷大学社会学部脇田ゼミ」による「ふるさと屏風絵(心象絵図)」作りのプロジェクトに参加するためです。当初はスケジュールの調整ができた10名の学生と一緒に行く予定でしたが、1人のゼミ生が少し発熱したことから参加を辞退。いつもならば、どうてっことない熱なんですが、コロナ禍のなか慎重に対応しました。といいますか、このように学外で実習等に取り組むときは、大学に申請書を提出して、学部内の教務委員会のチェックを受ける必要があります。前日に熱が出たような場合は、参加できないのです。大学としては、かなり慎重に取り組んでいます。

■朝10時にJR石山駅に集合し、そこからは「寿長生の郷」のシャトルバスに乗って移動しました。「寿長生の郷」は和菓子の企業「叶匠壽庵」が経営する施設です。廃村になり使われなくなった里山の土地を上手に利用されています。この素敵な里山の環境の中に、和菓子の製造工場はもちろんのこと、四季折々美しい里山の庭園を楽しみながら和菓子や軽食をいただくことができる幾つかの観光施設が庭の中に点在しています。炭焼きや陶芸の工房もあります。そしてなんといっても有名なのは梅林ですね。梅の実は和菓子の材料になります。以下は、「寿長生の郷」の公式サイトからの引用です。

滋賀県大津市大石龍門。
琵琶湖から唯一流れ出る瀬田川のほとり、六万三千坪の丘陵地に寿長生の郷があります。

私たちはここに梅や柚子などを植え、農工ひとつの菓子づくりを目指す理想を求めています。
郷では自然の谷川を利用し、山林の部分はそのままに散歩道をめぐらせ、数百種類の野の花が咲く姿は訪れる人々を楽しませてくれます。

昔から日本人の生活は自然に抱かれてきました。目に見える自然界の色や形を生活の中に取り入れ、季節の移ろいを感じる。それは安らぎと歓びを与え、私たちの感性をも磨いてくれます。

こうして郷から発信できる無限の可能性を考え、新しい価値を創造していきます。郷の自然を通して、気持ちの通い合うやさしい時間を一人でも多くのお客様と分かち合えることを願っております。

■「寿長生の郷」に到着した後、入り口近くにある「お迎え処 古民家」で「叶匠壽庵」の池田典子さんからこの日のスケジュール等についてお話を伺いました。江戸末期に建てられた茅葺の建物でしょうか。中には竈門や囲炉裏があります。素敵な雰囲気です。その後、「寿長生の郷」の内部や大石龍門の一部をご案内いただきました。歩きながら、学生の皆さんは大石龍門の地形や景観を実感できたでしょうかね。ちと心配ですけど。周りを森林に囲まれ、その中央には川が流れ、所々にかつての茶畑があり、水田は棚田で…。このような地形の特徴も、お話を伺う上で知っておかねばならない大切なことだと思います。

■この地域は、農業を行うには条件が不利な地域になります。水稲や畑作以外に、周囲の森林を資源とした木材の生産、薪炭材の生産を行っていました。薪炭材については、大八車に乗せて大津や京都にまで売りに行ったといいます。おそらく、薪炭材の生産が活発であったことろは、大石龍門の周囲の山々の様子、植生や樹木の高さ等は今とは違っていたはずです。そのようなかつての山々の様子もいろんな根拠をもと推論して、地域の皆さんに確認をとりながら描いていかねばなりません。

■また、大津の南部ということで、かつては宇治に生産した茶葉出荷していました。宇治茶の原産地は、宇治ではなくその周囲の地域になります。滋賀県でいえば、県南東部に位置する甲賀市、そしてこの大津市南部の大石龍門もそのような茶葉の生産地だったのです。茶摘みも、ユイという相互扶助の中で行われていました。ユイというと、田植え作業の労働交換をすぐに思い浮かべますが、この大石龍門では茶摘みについてユイが行われていました。

20200721sunainosato5.jpg ■まち歩きをしながら、街場で育った学生の皆さんには、珍しいものがあったようです。左上の画像、水車です。現在は使用しておらず、朽ちてきていますが、かつては小さな川の水力を使って脱穀や製粉の作業を行なっていたのです。水車を拝見すると、ベアリングなども使っています。いつ頃のものなのでしょうか。左の画像、これはニホンミツバチの蜜を摂っているところです。この中は空洞になっています。そこにニホンミツバチが巣を作るのです。ニホンミツバチが、様々な種類の花の蜜を、この中の巣に持ち帰ってきます。百花密といいます。残念ながら、最近は、あまり蜜が取れないとのことでした。どうしたんでしょうね。

■午後からは、大石龍門自治会館に移動しました。自治会の皆様から、かつての暮らしや生業に関するお話を伺いました。聞き取りをするのは「寿長生の郷」のスタッフの皆さんですが、ゼミのメンバーはそのお話を必死になってメモする記録係として活躍しました。この細かな情報が、屏風絵を描く際の基礎情報になります。この聞き取りは、社会学分野の社会調査とは違い、「ふるさと屏風絵」を描くための情報を丁寧に収集することに目的があります。色や形に至るまで細かく話を聞いていく必要があります。そのような細かいメモを、伺ったお話と照らし合わせながら整理して、決められたフォーマットの表に整理していきます。この整理の作業については、夏休中に取り組むことになります。

■下の画像は、聞き取りを始める前のミーティングの時のものです。これまで幾つかの地域で「ふるさと屏風絵」を描いてきた絵師の方から、学生の皆さんが指導を受けています。
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社会共生実習「地域エンパワねっと」まち歩き

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20200711sate3.jpg■一昨日は地域エンパワねっと(龍谷大学社会学部・社会共生実習)で「まち歩き」を実施しました。この日は、JR瀬田駅を中心に一里山や月輪界隈を歩きました。月輪は、1667年に京都の六人衆によって新田開発が行われて誕生した地域です。京都の経済力を持った方達が膳所藩の許しをえて開発したわけですね。新しい農地と集落が誕生したところで、京都から氏神様をお迎えしました。分社ですね。分社とは新たに別の場所へ分霊(ぶんれい・わけみたま)を祀る神社のことです。京都の六人衆には大切な神社であった八坂神社の神様を分霊して、現在の月輪にお祀りされたわけですね。この八坂神社は、国道1号線沿いの森の中にあります。道路からは、少しわかりにくい感じですが、境内に入ると大きな樹木に囲まれた森の中(鎮守の森)にお社がありました。国道1号線を渡り月輪の集落の方に移動すると、この六人衆を讃える「新田開発発祥之地」の立派な石碑が建てられています。

■下の左写真。マンションが立ち並ぶエリアに墓地が広がっています。でも、これは逆です。元々、近くの農村(大萱)の墓地だった周りにマンションが建設されているのです。1969年に国鉄瀬田駅が開業しました。当時はJRではなく国鉄です。地元の皆さんが長年にわたって希望されていた駅がやって開業したわけです。そのことをきっかけにこの瀬田の地域は、住宅地として開発されていくことになりました。ただし、きちんと都市計画があらかじめ定められて、それに基づいて住宅地が開発されたわけではなく、水田や畑であった農地が少しずつ住宅地になっていきました。スプロール的開発と言います。そのため、住宅地に入ると道が曲がりくねっているところがたくさんあります。家々が込み入ってはいても、その向きはバラバラであったりします。また、道が行き止まりになっていたりもします。きちんと区画整理ができないまま、水田や畑であったところが住宅地になっていったためです。

■下の右の写真。道標です。これは、旧東海道と瀬田駅から龍谷大学瀬田キャンパスに向かう学園通りが交差するところの角にあります。寿司店の敷地の中にあります。おそらく店主さんが設置されたものだと思います。この道標にはこう書かれています。「三條大橋迄で五里余り」、「膳所藩札場より大萱港常夜灯に至る」、「江戸日本橋迄で百二十里余り」、「旧朝倉道信楽より伊勢・桑名に至る」。京都と江戸をつなぐ旧東海道沿いにあるお寿司屋さんの、この地域に対する誇りのようなものを感じます。

■今回のまち歩きのテーマは「1969年瀬田駅開業以降、開発により変化してきた瀬田の歴史を風景の中に読み取る」でした。ひとつの風景の中に、この地域の「履歴」が、まるで地層の積み重ねを見るような感じで感じとることが目的でした。万歩計の数字は10,000歩を超えていました。
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「アフターコロナ好機に大学のデジタル革新が始まる。消える授業、残る授業」という記事

■Twitterで、「アフターコロナ好機に大学のデジタル革新が始まる。消える授業、残る授業」という日刊工業新聞の記事を読みました。科学技術部・論説委員兼編集委員の山本佳世子さんの記事です。この記事の最後は、こう締め括られています。

一部の大学では学生の多様な事情に対応すべく、同じ授業を対面とオンラインで展開する例が出ている。しかし教員の負担が重く、大学の経費もかかるだけに定着は難しい。「やはり対面中心に」という揺り戻しもあるとみられる。その中で「かくあるべきだ」の教育論だけでなく、デジタル技術で取得されるデータを活用し、学修者である学生本位の教育改革が進むことが期待されそうだ。

■山本さんは、コメントとして次のように述べています。

オンライン授業で認められる単位数が増え、大学設置基準で定められている学生収容定員に対する専任教員数の縛りは緩くなる―。この大変化は近いうちに確実に起こる、と私はにらむ。実際に今回のオンライン授業導入で、某一流大学の理系教養科目では、同じ科目を担当する4人の教員の実力差(優れているのは1人だけ)が明らかになってしまった、という話を耳にした。オンラインならその1人の教員で十分となるだろう。研究力評価で四苦八苦するのは理系教員が中心だったが、教育力評価で授業をみるとなると、数多い私立大文系教員にも大事で、「十年一日のごとく」の授業は消え去るだろう。学生本位の教育のためには、好機であるのは間違いない。

■オンライン授業が当たり前になると、対面式授業に伴う物理的な縛りを緩くすることになります。論説委員の山本さんが言っているように、教員は今ほど必要なくなる…のです。教員は選ばれることになります。さらに言えば、人件費は縮小していくことにもなります。ただし、オンライ授業を受講するたくさんの学生たちに、毎週のように学生にレポートを提出させて、ひとつひとつにコメントを入れていくような丁寧な指導をしていると、教員は大変なことになっていきますね。学生から見れば、ライブでの講義は別にして、オンディマンドであれば自分の都合のつく時間に講義を受けることができる。学びたい授業が、例えば、水曜日の2限に重なっていても、オンディマンドであれば問題ないことになります。

■大学の授業は講義形式だけではありません。演習や実習はどうしていくのか。ケースバイケースでしょう。慣れてくれば、ゼミもオンラインでできないわけではないことがわかりました。今も実際にやっていますけどね。学生によっては、こちらの方が自由に発言できるという人もいるのです。演習室という狭い部屋で20人ほどの学生がいると、その場が生み出す雰囲気に緊張する人がおられるのです。この辺りが、難しいですね。

■私立大学の文化系学部だと、普通に真面目に勉強していれば、4年生になれば卒業するのに必要な残りの単位はゼミと卒論だけということになります。もっと関心のある授業を履修して勉強したらよいのに…という意見もあるでしょうが、就職活動もあるし、別のことに時間を取られます。いろいろ忙しいから、わざわざキャンパスに行かなくても、自宅でゼミを受講できれば交通費がかからないし、時間も有効に使えてありがたいという人も現れるでしょう。通学にも時間がかかりますからね。下宿をするとさらにお金もかかります。仮に図書館の書籍がオンラインで読むことができれば「さらによし…」ということになるのでしょうが、まだこの辺りはなかなか…のようです。こうやってみてくると、オンラインでやりにくいのは、実習ということになります。もっとも、実習の内容にもよりますね。地域社会と連携しながら進めるような実習などは、かなり困難かと思います。

■さてさて。こうなってくると、これまでの投稿でも書いてきたことにも重なりますが、学生にとっての大学という「場所」の意味や価値は、おそらく今とは違ってくるでしょう。揺らいでいくことになると思います。今は、急に環境が変化したことから、「友達と会えなくて寂しい」と学生さんたちは言うわけですが、コロナ禍が収束した後、仮にオンラインが一定程度カリキュラムの中で存在感を持つようになると、大学での友人関係も、今とは異なるものになってくるような予感がします。課外活動にも大きな影響を与えることになるでしょう。でも、それがいつになるのか…。よくわかりません。

■よくわからないのですが、さらにオンライン化が進んでいくことがあっても後退することはないような気がします。それを押し進めるのは、「学生本位の教育」という考え方です。大学側が学習する内容をカリキュラム、そして学科やコースという制度の中で決められる…のではなく、「学生が本気になって学びたいことがあり」、そのために学生自身が自らの意思で「学びを積み上げていく」、そのような方向に変わっていくことでしょう。新自由主義的な思想が浸透した社会を背景に、学びについても個人化が進んでいくことでしょう。誰に指図されるのでもなく、自分で選択し決定できるのです。

■ただし、「学生が本気になって学びたいことがあり」ということが前提になるように思います。学びたいことがあってもなくても、そのような前提で大学の学びやカリキュラムが再編成されていくと、今度は、何を学んでよいのかわからない人にとっては、「選択の圧力」という負荷がかかってくることになります。高大連携や初年次教育の中で、自分自身と、そして教員としっかり対話をして、「自分は何を学びたいのか」をはっきりさせなければなりません。以上のことは学部教育の話なのですが、オンライン化は、大学院に社会人院生として入学されてくる皆さんには都合が良いものになるでしょう。すでに専門職大学院等では、このようなオンラインが当たり前になっていると思います。龍谷大学大学院も積極的にオンライン授業に取り組むと良いのではないかと思いますが、はたしてどうなるでしょうね。

■もう一度の学部教育の話に戻りましょう。ここまで述べてきたようなことと同時に、おそらく大学の中での人と人とのつながり(友人関係、教員・学生の関係)は、身体を伴ったものではなく、オンライン上の人格(アバータのようなものか…)を通したつながりに比重を移していくことになるのでしょう。とはいえ、そのあたりのことが、まだよく見えません。友人と語り合い一緒に学ぶ、協働しながら学ぶ、そのような経験や教育上の意味も大学での学び全体の中で、これまでとは違う位置づけになってくる可能性があります。加えて、地域連携等の実習科目です。私は、「大津エンパワねっと」を含めて、地域連携に熱心に取り組んできました。オンライン化が進むからこそ、地域との連携をしっかり取り組まねばならないと思っています。

■問題は、その変化のスピードと、オンライン化を進めることによって生まれる、(その時になってみないとわからない…)負の部分です。オンライン化を進めたい方達の視野のなかは、このような負の部分は入ってこないでしょうね。負の部分ってなんでしょうね(古典的な社会学の用語で言えば、意図せざる結果、潜在的逆機能…ということになるでしょう)。前提になんらかの価値判断があるから負になるわけですが、どうすれば、そのような負の部分を緩和できるのでしょう。そのような負の部分を常に意識しながら、オンラインをカリキュラムの中に、どうやって「巧く」取り込んでいくのか、きちんと考える必要があるように思います。個人的には、オンライン授業がコロナの間の、対面式の授業が復活するまでの代替手段として捉えているとまずいことになると思っています。昨日も、ある会議でそのようなことを言ったのですが、反応はイマイチでしたね。

【追記】■中原淳さんのブログ。「あなたの組織には「元に戻しましょうオバケ」が出現していませんか?:「これからの大学」が必要とするオンライン戦略とは何か?」
・コロナ禍をきっかけに「大学の学びの革新」を行おうとする「オンライン戦略の欠如」
・まぁ、対面に戻れるんだから、ここはみんな平等に戻りましょうよという「悪しき平等主義」
・カリキュラムをいじるのは面倒くさいという「怠慢」

上田洋平さんと「心象絵図」

◼︎昨日の3年生のゼミでは、ゲストに「心象絵図」で知られる上田洋平さん(滋賀県立大学)をお迎えしました。もちろん、オンライン、Zoomを使ってです。上田さんにはご講演をいただき、その後、あらかじめ上田さんの論文を読んだ学生からの質疑に一人一人お答えいただきました。

絵画制作を通じた地域生活誌の創発 ―心象図法による実践とその展開―

■盛り上がりました。勉強になったなあ。論文にまだ書かれていないこと、この心象絵図に関してはまだまだたくさんあるので、ぜひ活字にしていただきたいなあと思っています。各地でこの「心象絵図」の取り組みが行われるたびに、様々な知見が生まれてくる、そんな感じですね。発案者の上田さんとは別に、「心象絵図」自体が命をもって動き始めている、そのような印象を持ちました。とても素敵なことだと思います。自分の頭の中にある、その思い通りになるのではなく、予想しなかったことが現場で起こる、現場で動き始める、これが大切だと思うんですよね。

■前にも投稿したかもしれませんが、和菓子の「叶匠寿庵」・「寿長生の郷」のスタップの皆さんと一緒に心象絵図を使ったむらづくりに取り組む予定になっています。今日のZoomのゼミには、スタッフの皆さんにもご参加いただきました。ありがとうございました。コロナ禍で、学生たちは外に出かけるわけにはいかないのですが、コロナが一定収束して、次のコロナの大波がやってくる前に、現地で活動できたらなあと思ってます。結構、大学のリスク管理の基準は厳しいものがあります…。

■上田さんからは、ゼミ生同士で「心象絵図」の五感アンケートをやってみたらというアドバイスがありました。実際にやってみたいと思います。上田さん、ありがとうございます。引き続き、ご指導ください。よろしくお願いいたします。個人的な研究との絡みでいうと、流域の心象絵図とか、内湖の心象絵図とか、いろいろやってみたいなあと思っています。時間かかるけどね。

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