仰木の耕作放棄地が、美しい畑になりました。

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▪️10月22日の投稿「農業体験プレイベント」でした。その投稿にもあるように、自宅のある新興住宅地に隣接する農村、仰木の耕作放棄地で、有機農業を事業化された農家の指導のもと除草作業を行いました。除草作業後についてですが、農家がトラクターで耕運してくださり、とても美しい畑になりました。そのことを特定非営利活動法人「琵琶故知新」のサイトの記事でご覧いただけます。私も理事長として登場しています。まだまだ農業の真似事でしかありませんが、農家の指導を受けて、野菜を生産するのも、もうじき…ということになりました。

耕作放棄地を利用した農業体験プレイベント(草刈り)

滋賀県ヨシ群落保全審議会

▪️昨日の午前中、「第40回滋賀県ヨシ群落保全審議会」が開催されました。審議会ですから、多くても年に2回ほどしか開催されませんが、これまで琵琶湖環境部の担当課とは、綿密に連絡をとりあい、審議会でも丁寧に議論をしてきました。私がこの審議会のメンバー、そして会長になったは2015年からですから、今年度で10年目になります。年に1回か2回の開催回数ではありますが、ずいぶん長くこのヨシ群落の保全に関わってきました。個人的にも色々勉強になりました。

▪️ところで、私がこの審議会のメンバーになった頃、そしてそれ以前は、琵琶湖総合開発のような大規模な巨大国家プロジェクトによって減少したヨシ群落を、造成によってどう量的に増やしていくのかを重視していました。しかし、面積的には一定程度回復してきた段階で、様々な観点から望ましいヨシ群落をどう維持していくのか、質的に回復していくのか、そのあたりに議論の焦点が写っていきました。「量」から「質」への転換です。ヨシ群落と人や地域との関わり、産業との関わりが希薄になり、ヨシ群落が望ましい状況ではなくなってきています。人の手が加わらなくなって里山が荒れていることは知られていますが、同じように、ヨシ群落も人の手が加わらなくなって荒れてきているのです。

▪️ヨシ群落が荒れているとはどういうことなのか、望ましいヨシ群落とはどういう状況なのか、立場や価値観によって異なります。たとえば、鳥類の保護を大切にされている方達が考える望ましいヨシ群落と、葦簀等、ヨシを地域産業の資源として使っている葦業者さんが考える望ましいヨシ群落とでは、かなりの違いがあります。ただ、多くの皆さんは、このままではダメだという思いを共有されているのだと思います。ヨシ群落の保全を気にしながらも、異なる立場の人たち、異業種の人たちが、どうすれば連携していけるのか…そのことが大切になってきているように思います。

▪️そのような連携を促進するためには、これまでのヨシ群落保全政策の基本的な視点、ヨシ群落を「守り」・「育てる」・「活用する」に加えて、ここからは個人的な意見ですが、「つながる」(「異業種」の方達が)・「知らせる」(ヨシ群落に関わる様々な情報を共有する)・「ほめる」(それぞれの前向きな取り組みを社会的に評価しあっていく)が必要なのではないかと思っています。また、審議会だけでなく、もっと機動力ある「情報交換の場」「連携促進の場」の創出が必要だとも思っています。

▪️昨日の審議会では、まず令和3年12月に改訂された「ヨシ群落保全基本計画」の概要説明があり、昨年度の取り組みの実施状況について、維持管理についての説明が行われました。特に厳しいなと思ったことは、ヨシ群落に生えてくるヤナギが巨木化して、群落の多様性が失われている場所があるということです。砂州のような場所にヨシがまず生えてきます。当初は「ヨシ主体の群落」なのですが、しだいに「混成群落」となり、最後は「ヤナギ主体の群落」に移り変わると言われています。以前は、ヨシ刈が盛んに行われて、ヨシ群落には人の手が加わっていました。生えてくるヤナギも、すべてではないしろ、湖岸の人びとによって伐採され、燃料等に活用されていました。人の手が加わることで、ヤナギ主体の群落になることはなかったのです。もっとも、審議会で問題にしているのは、「滋賀県琵琶湖のヨシ群落の保全に関する条例」により指定されている「保護地区」・「保全地区」・「普通地区」のヨシ群落になります。

▪️このようなヨシ群落のヤナギに関しては、これを伐採していくことになります。今は、伐採して薪にしています。そしてストーブ等の燃料を求めている方達に無料で配布しています。無料なんです。ホームセンターでも薪は売っています。一束1000円ほどします。もし、湖岸の伐採したヤナギを販売して、その収益を、ヨシ群落の保全に必要な資金にすることができれば良いのですが…。まず、商品化するには手間と人手が必要になります。費用が発生します。その費用は価格に加わります。値段も高くなりますね。加えて、もし商品になって利益が上がったとしても、その利益をヨシ群落保全のためだけに使うことは、現在の県の仕組みでは難しいという話を聞きました。なんとかならないものでしょうか。薪以外に、ヤナギを使えないのでしょうか。まな板に向いている、床材にも使われることがあると聞いています。ヤナギの利用法について、もっと知恵や情報が欲しいです。

▪️巨木化していくヤナギは、そして巨木化とまでいえないけれど、成長しつつあるヤナギは、どの群落のどのあたりにあるのでしょうか。その実態を把握しなければなりません。このことに関して、思いついたことがあります。琵琶湖やヨシ群落に関心をお持ちの多くの県民の皆さんに参加していただき、巨木化したヤナギの情報を集約していくことはできないだろうかということです。足場の問題がありますが、危険性がないということであれば、メジャー1つで「メタボ化したヤナギ」を確認することができます。また、「メタボなヤナギを探せ!!」です。電子タグを使うというのはどうでしょうか。里山の落葉広葉樹を活用していくために、樹に電子タグを打ち込み、情報を管理するということが行われています。これをヨシ群落のヤナギにも応用展開できないでしょうか。

▪️昨日は、事務局より「ヨシ群落info」の提案がありました。前回の審議会までは、「ヨシ群落カルテ(仮称)」という名称で呼んでいましたが、今回からは名称が変更になりました。これはどういうものなのか。ヨシ群落そのもののに関する情報と、ヨシ群落の保全に関わる団体の情報の2つから構成されています。形式はカードのようになっています。そして、それらの「ヨシ群落info」を Googleのマイマップを活用して地図上でつなげていく予定になっています。かなり簡単に説明してしまいましたが、こうやってヨシ群落の状況を社会的に共有していく予定になっています。できれば、県庁だけでこの仕組みを運用していくのではなく、この「ヨシ群落info」の活用の仕方をオープンに議論したいところです。

▪️このようなことも含めて、機動力ある「情報交換の場」「連携促進の場」の創出が必要だと思うのです。どうしたものでしょうね。公益財団法人・淡海環境保全財団では、「淡海ヨシのみらいを考える会議」を設立しています。私もそのメンバーです。この会議に、いくつかの提案をしてみようと思います。

コンクールの前後で(3)~ウポポイ、大沼公園、函館山~

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▪️全日本吹奏楽コンクール・大学の部で、龍谷大学吹奏楽部の演奏を聴かせていただいた翌日、27日から28日のことについても、少し記録に残しておこうと思います。前日は、吹奏楽部金賞受賞のレセプションが札幌のすすきのにある居酒屋で開催されました。我が家は龍谷大学吹奏学部OBOGの上道夫妻と一緒に夕食を共にしました。コンクールで龍谷大学吹奏楽部が金賞を受賞したことをお祝いするためですが、加えて、1週間前には、上道さんと2人で「びわ100」に出場し、100kmを完歩し一緒にゴールしたことのお祝いの食事でもありました。北海道ということもあり、上道さんが選んでくださったお店は、すすきのにあるラム肉のシャブシャブのお店でした。美味しくいただきました。そのあとは、上道さんご夫妻と一緒に金賞受賞をお祝いするレセプションの会場に移動。少しだけ顔を出して、金賞受賞をお祝いしました。少しだけというのは、翌日早くホテルを出発しなければならなかったからです。

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▪️翌日は、朝6時30分にはホテルをチェックアウトして地下鉄で札幌駅まで。土地勘がないので、地下鉄を降りてからも少し迷うことになりました。札幌からは次の宿泊地、函館まで鉄道で移動するのですが、その途中2ケ所で下車して、観光をする予定になっていました。まずは、白老で途中下車。白老は、苫小牧と室蘭の間にありますが、アイヌの皆さんが多数お住まいの地域です。ここには、2020年に一般公開された「ウポポイ 国立アイヌ民族博物館、国立民族共生公園」があります。短い時間でしかありませんが、博物館や施設を見学しました。以下は、公式サイトに書かれている「背景・目的」です。

アイヌ文化の振興や普及啓発は、伝承者の減少、アイヌ語や伝統工芸など存立の危機にある分野の存在、また、未だなおアイヌの歴史や文化等について十分な理解が得られていないといった課題に直面しています。このような背景を踏まえ、平成21年7月、「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会」(座長:内閣官房長官)において、民族共生象徴空間はアイヌの人々が先住民族であるとの認識に基づきアイヌ政策の「扇の要」として提言されました。 ウポポイ(民族共生象徴空間)は、アイヌ文化を振興するための空間や施設であるだけではなく、我が国の貴重な文化でありながら存立の危機にあるアイヌ文化の復興・創造等の拠点として、また、将来に向けて先住民族の尊厳を尊重し、差別のない多様で豊かな文化を持つ活力ある社会を築いていくための象徴として位置づけられています。

▪️博物館の展示の解説に特徴がありました。アイヌの皆さんが自らの文化を説明するような文体になっていたからです。普通の博物館の展示解説は、第三者的に、客観的な文体を用いることが通常だと思うのですが、こちらの博物館は当事者であるアイヌの皆さん自身が説明する文体になっていました。また、こちらの施設は「民族共生象徴空間」となっていることから、アイヌ語が第一の公用語になっています。あまり時間がなく駆け足の観覧と見学でしたが、一日かけて学び体験する場所かなと思いました。

▪️残念だったことは、通常、博物館で発行されている図録の類がなかったことです。展示では十分に説明できないことについても図録で解説していただきたかったです。もうひとつ、気になったことがあります。アイヌは北海道の開拓の歴史の中で差別され抑圧されてきたわけですが、そのことが展示や施設からはしっかりと伝わってこないように思いました。確かに、一連の同化政策については展示の中で解説されていはましたが…。時間が無く、足早に展示を観覧したり、施設をめぐったからかもしれませんが、そのような負の歴史についてのもう少ししっかりとした説明があるべきではないかと思いました。共生という心地良い言葉のオブラートに包み込んで負の歴史を不可視化していくようなことに、もし結果としてであれ、この施設がそのように機能してしまうのであれば、それは困ったことだなと思います。その辺りのことに関して、博物館の研究者の皆さんはどのようにお考えなのかについても、知りたいと思いました。

▪️前日は、札幌でした。訪問した施設では、五稜星に象徴される北海道の開拓の歴史を知ることができましたが、そのような歴史の中ではアイヌの存在はよくみえませんでした。当時のアイヌは北海道以外の地域、現在のロシア領にも暮らしておられました。北海道に移住させられたことは博物館の展示から理解できました。近代国民国家の論理に翻弄させられてきたわけです。そのような事実を、当時の国際情勢、ロシアとの緊張関係という文脈に重ね合わせて理解する必要がないでしょうか。また、北海道の開拓の歴史には、アメリカが深く関与しています。そのアメリカの開拓の進め方、それは先住民政策とセットになっているわけです。そのことと、アイヌへの差別や抑圧とはどうつながっているのか、もう少し詳しい説明がどこかに(図録も含めて)あって欲しかったなと思いました。例えば、クラーク博士は、自国の先住民政策とアイヌの存在をどのように考えていたのでしょうか。はたして、そのような研究はあるのでしょうかね。

▪️引用した「背景・目的」の最後には、「我が国の貴重な文化でありながら存立の危機にあるアイヌ文化の復興・創造等の拠点として、また、将来に向けて先住民族の尊厳を尊重し、差別のない多様で豊かな文化を持つ活力ある社会を築いていくための象徴として」と書かれています。であれば、「なぜ存立の危機にあるのか」、「なぜ尊厳を尊重せず踏み躙ってきたのか」、「なぜ差別が行われてきたのか」、そのあたりのことを積極的に説明するべきではないかと思うわけです。話は少し変わりますが、帰宅後、 ETV特集「二風谷に生まれて 〜アイヌ 家族100年の物語〜」を視聴しました。このような内容です。

北海道平取町の二風谷には、アイヌ民族にルーツを持つ人が多く暮らす。貝澤太一さんもその一人。祖父と父は「二風谷ダム裁判」を提起し、初めてアイヌを先住民族と認める判決を勝ち取った。あれから30年近くがたち、何が変わり、何が変わっていないのか。太一さんは祖父と父が歩んできた過去を振り返ろうとしている。太一さんの視点から3代にわたる家族とアイヌの歴史をひも解き、日本社会とアイヌ民族の現在と未来を見つめる。

▪️この番組の中では、貝澤太一さんのお祖父様とお父様が、先住民としての土地や河川に対する権利を取り戻すために、裁判闘争をされてきたことが説明されました。そのような決然と権力と闘ってこられた上の世代に対して、太一さんは、自分自身のアイデンティティというか、自分の生き方に迷いがあるというのです。優しい方です。番組の最後の方では、もっと若い世代の捉え方や、外から二風谷に入ってこられたアイヌではないシサム(和人)の男性の経験も知ることができました。世代の間での違い。背景は簡単ではありません。少し脱線しました。この番組で紹介されたアイヌの皆さんの現在についても、ウポポイでは紹介していただきたいなと思いました。

20241029ohnuma.jpg▪️白老からは昼過ぎの特急に乗り、今度は、大沼に移動しました。最終的には、函館まで行くのですが、その途中で紅葉を楽しみたいというふうに考えていたからです。関西から新千歳空港に離陸した時は、周りの木々は美しく紅葉していて、そのことに感動しました。地元の人のお話では、今年の夏はものすごく暑かったので紅葉が遅れているということでしたが、札幌の紅葉、特に北海道大学の紅葉を楽しむことできました。大沼駅が近づくと電車からは活火山の北海道駒ヶ岳が見えてきます。この北海道駒ヶ岳の火山活動によって周囲には3つの湖沼が生まれました。かなりの広さになるのですが、1時間だけ途中下車をして湖沼の湖岸から紅葉を眺めて楽しむ予定でした。

▪️ところが、この辺りはまだ紅葉が進んでいませんでした。札幌からは鉄道に乗れば300kmほど離れています。大阪から広島あたりまでの距離になります。北海道はかなり広いので、なかなか土地に対する感覚が掴めませんね。「北海道内」とはいっても、本州の「県内」とは全く違っています。ある方から、北海道の場合、支庁が本州の県内にあたると考えた方が良いと教えていただきました。そうなんです、大沼は相当南の方に離れているのです。残念ですが、仕方がありません。再び特急に乗って函館まで移動しました。函館に到着した時は、もうすでに晩になっていました。
北海道はなぜ大きい? かつては札幌県が存在していたって本当?

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▪️函館に到着した後、当初は、函館山から夜景を眺める予定でしたが、ものすごくたくさんの観光客が押し寄せるということもわかり、翌朝、タクシーを使って函館山に行くことにしました。夜景ではなく「地形」を楽しむことにしたのです。トップの写真は、その函館山から撮ったものです。正解でした。朝日の中で素晴らし風景を楽しむことができました。心に強く残る印象深い風景でした。乗車したタクシーの運転手さんも、丁寧に周りの風景を説明してくださいました。なぜ青函トンネルは下北半島ではなくて津軽半島の方なのかとか、あのあたりが歌手の北島三郎さんの故郷だとか、函館山は戦前は要塞だったので一般の市民は立ち入ることができなかったとか…。とても親切な運転手さんでした。運転手さんによれば、夏場は山頂にガスがかかっていることがあり、このような風景はなかなか見ることができないとのお話でした。ラッキーでした。

▪️せっかく北海道に来たのだからと、美味しいものもいただきました。もちろん、私は血糖値を気にしなければならないので、朝・昼の外食については苦労しました。朝・昼の外食は糖質が多いのです。写真の蟹はタンパク質ですから問題ありません。少し贅沢をしました。問題は糖質です。最終日の朝は「函館朝市」の中にあるお店で、ウニ丼いただきました。といっても小さな丼。小ぶり丼です。さらに、ご飯も少なくと注文しましたが、それでも私には多いわけです。ということで、お店の方には残してしまうことをお許しいただきました。フードロス、あかんやん…です。しかも血糖値は上がっただろうな。また、関西に戻る前に、塩ラーメンもいただきました。函館は塩ラーメン発祥の地なんだとか。でも、これも食べたらあかんやつです。血糖値をあげるやつです。さっぱりしていても、麺は血糖値をあげます。美味しかったけど、同時に、心も痛むな〜。旅行中は朝と昼の食事には、本当に困りました。

▪️函館を訪問したことをfacebookに投稿したところ、函館にお住まいで、函館のコミュニティFMでパーソナリティをされているさとうはるかさんからコメントが届きました。さとうさんは、龍谷大学社会学部の前に勤務していた岩手県立大学総合政策学部の卒業生です。卒業されたのは20数年前かと思います。函館のご出身で、新設の岩手県立大学に入学されてきたのです。さとうさんは私のゼミではありませんでしたが、仲良くしていただいた記憶があります。1学年100人の学生定員でしたから、そのようなつながりが生まれやすいのかな。さとうさんからコメントをいただき、とてもうれしかったです。

▪️今回は、龍谷大学吹奏楽部の皆さんが全日本吹奏楽コンクールに出場されることで、短期間ではありますが、このような個人的な北海道旅行をすることができました。感謝したいと思います。

コンクールの前後で(2)~五稜星のこと~

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20241029sapporo9.jpg▪️25日(土)、「第75回全日本吹奏楽コンクール・大学の部」が開催される当日の午前中、北海道大学に続いて、「サッポロビール博物館」を観覧しました。「日本で最も歴史のあるビール博物館。1876年の北海道開拓事業から受け継がれるサッポロビールの歴史を体感できます」ということを売りにしている博物館です。ビールの博物館については、吹田市にあるアサヒビールミュージアムを数回見学したことがあります。こちらの博物館の場合では、「サッポロビールの歴史」を学ぶとができました。

▪️あとで気がつきましたが、この「サッポロビール博物館」の公式サイトでは、「サッポロビール博物館 3Dバーチャルツアー」を楽しみつつ学習することができるようになっています。ひとつひとつの展示の解説も、少し小さな文字になりますが、パソコンの大画面であれば読むことができます。上に掲載した写真からは、大切な「サッポロビールの歴史」は想像できませんね。ぜひ、バーチャルな展示を通してご覧になってみてください。非常に苦労されて製造技術を発展させてこられたことがわかります。

▪️展示室は、中国そして韓国から団体観光客の皆さんがガイドさんの説明を熱心に聞いておられました。そして、展示を見終わると、試飲のコーナーがあり吸い込まれるように入り、ビールを味わっておられました。しかし、私はその試飲コーナーには入らずに、隣接するレストランで昼食をとることにしました。建物の中に入ると、独特の良い香りがします。ラム肉の焼いた時の香りです。その日の晩は、龍谷大学吹奏楽部のOBOGご夫妻と一緒のラム肉のシャブシャブを楽しむ予定になっていたので、ラム肉以外のものをいただきました。テーブルの上にはジンギスカンの丸い鉄板がおいてあったのですが…。でもビールはいただきました。

▪️ビールのジョッキには赤い星が描かれています。これは、五稜星と呼ばれています。博物館の外にある煙突(今は稼働していない)や、博物館の入り口にもこの五稜星が描かれています。1869年に「北海道開拓使」が設置されました。目的には、北海道を開拓することにあります。その「開拓使」のシンボルマークが北極星をモチーフにしたこの五稜星なのです。この五稜星のマークは、サッポロビールだけでなく、あちこちにある歴史的な建造物に描かれています。

▪️昼食の後は、札幌時計台に移動しました。典型的な札幌観光をしてきたように思います。札幌には何回か来たことがありますが、その時は仕事で来ていて観光はしなかったので、大変有名な時計台ではありますが、今回が初めての訪問になりました。公式サイトにある説明によれば札幌時計台、正式名称は「旧札幌農学校演武場」というそうです。札幌農学校は北海道大学の前身として開校されました。北海道開拓の指導者を育成することが目的です。1876年(明治9年)になります。この時計台(演武場)はクラーク博士の提言により、農学校生徒の兵式訓練や入学式・卒業式などを行う中央講堂として建設されました。この時計台の屋根の下にも五稜星が2つあります。

▪️この時はあまり深く考えていませんでしたが、翌日、白老にある「ウポポイ 国立アイヌ民族博物館、国立民族共生公園」を見学した後には、複雑な気持ちになりました。五稜星をシンボルとする”輝かしい?”開拓の歴史は、アイヌ民族にとっては自分たちの土地が侵略されていく歴史でもあるからです。「北海道は海浜から「所有化」された—明治初年開拓使土地政策とアイヌ民族—」という記事を読みました。瀧澤正さんという方の記事です。高校教師になった後、北海道大学の大学院で博士号を取得された方です。「近代的土地所有制が、それまで土地制度の確立していなかった蝦夷地=北海道において、国家権力によって施行されるプロセスと、その流れの中でアイヌ民族がどんなふうに排除され、あるいはその波の中でも生き残り得たか」をテーマに研究されています。この記事は、その研究成果をもとにしたものです。
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コンクールの前後で(1)~紅葉の北海道~

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20241029moiwayama.jpg▪️札幌で開催された「第75回全日本吹奏楽コンクール・大学の部」、龍谷大学吹奏楽部が金賞を受賞したことに関して投稿しました。昨年までは、部長を務めていたので、課外活動に同行する教員として出張していました。今年からは部長に栗田修治先生が就任されたことから、コンクールで龍谷大学吹奏楽部の演奏を、それも昨年度で監督を退職された若林義人先生の指揮のもとでの演奏を直接聴こうというのであれば、やはり札幌まで行かなければなりません。それは個人的な旅行になります。私1人で北海道まで行くこと、これはなかなか難しく、家族旅行も兼ねて北海道に行くことにしました。

▪️出張でコンクールに同行するときは、本番直前のホール練習(コンクールの場所に近いホールを別にお借りしての練習)にも必ず同行しました。私はただそこにいるだけで、何のお役にも立てなかったわけですが、最後の練習で神経を隅々まで行き届かせて音楽を磨き上げていくそのプロセスを拝見していました。そして、「すごいな…、さすが龍谷大学、さすが若林先生、そして指導の先生方…」と毎回のように思っていました。ただ、今年は、私費による個人的な家族旅行も兼ねていましたし、練習を見学させていただくわけにもいかないので、コンクールの前後でひさしぶりの北海道を楽しませていただきました。

▪️北海道には、コンクールの前日25日(金)午後に到着しました。朝早くから出かけてもよかったのですが、前期高齢者には早朝に自宅を出発して伊丹空港に行くこと自体が少ししんどいな…ということもあり、昼前の便で北海道に移動しました。窓側の席ではありませんでしたが、少し離れた席から眼下の地形を楽しみました。好きなんです。搭乗した便からは、琵琶湖大橋を確認しました。少しずつ湖東上空を北陸地方に飛行していました。この前の土日に「びわ100」(びわ湖チャリティ−100km歩行大会)の時に歩いたコースの上空を飛んだことになります。

▪️そうやって、時々、窓の外から見える地形を楽しんでいると、1時間50分ほどで新千歳空港に到着しました。空港の周りは、すっかり木々の葉が紅葉していました。普段見慣れた関西の風景とは全く違っています。空港からは、コンクールが開催される札幌までレンタカーを借りて移動しました。1人だと鉄道での移動になりますが、家族の希望に応えて車まで移動し、まずは札幌郊外にあたる「さっぽろ羊ヶ丘展望台」へ。この日は雲ひとつない青空で、札幌の街もとてもよく眺めることができました。定番の観光地ですが、多くの観光客の皆さんと同じように、私もクラーク博士と同じ格好をして、遠くを指差したポーズで一緒に写真に写りました。まあ、恥ずかしい写真なのでアップしていませんが。

▪️ところで、クラーク博士の像は、以前、北海道大学に出張際、キャンパス内で拝見していました。ここにもクラーク博士の像が。よくわかっていなかったのですが、「さっぽろ羊ヶ丘展望台」の公式サイトの中に、以下のような説明がありました。あまりに北大キャンパスにたくさんの観光客がやってくるものですから、大学側は制限を加えたのでした。早い時期から、すでにオーバーツーリズムの問題が発生していたのですね。ただ、すでに札幌観光のシンボルのような存在になっていたことから、新しい像の制作を依頼し、1976年4月16日、北大開基100年およびアメリカ合衆国の建国200年祭を記念し、ウィリアム・スミス・クラーク博士像『丘の上のクラーク』除幕式が執り行われたのだそうです。

▪️「さっぽろ羊ヶ丘展望台」からの風景を楽しんでいると、少しずつ陽が傾いてきました。北海道は関西から見れば北と同時に東にも位置しているので、日没も早いのです。ということで、レンタカーを走らせました。次の目的地は、「もいわ山展望台」です。こちらからは、札幌の街の夜景が美しく見えるとのことで、とても有名な観光地になっています。中腹の駐車場まではレンタカーで。そこからはロープーウェイで山頂まで移動しました。山頂には、すでにたくさんの方達が集まってこられていました。しかも、観光客は暗くなるに従い増えてきました。日本人の観光客おられましたが、私の印象では中国からの観光客の皆さんが大勢おられたように感じました。美しい夜景を楽しみつつも、山頂が人でいっぱいになってきたので、暗くなった時点で早めに下山することにしました。京都もそうですが、北海道では、オーバーツーリズムが問題になっているようです。もちろん、そのオーバーツーリズムに自分自身も加担しているわけですが…。

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20241029hokudai3.jpg▪️北海道の2日目。翌日も家族の希望を大切にして観光しました。コンクールは午後からだったので、午前中いっぱいレンタカーを使って移動しながら観光をすることにしました。午前中は、北海道大学に行きました。日曜日ということもあってか、学生さんらしき方たちはあまり見かけませんでした。ちょうど「第13回北大金葉祭」というイベントが始まった日でした。この「金葉」からもわかるように、毎年10月ごろのいちょうがきれいな時期に開催されるお祭りです。大学祭は、これとは別に、もっと大々的に6月に開催されているようです。

▪️「北大金葉祭」は、北大のキャンパス内にある銀杏並木の通りだけで開催されていました。大変美しいイチョウの紅葉に見惚れてしまいました。ものすごくたくさんの観光客が並木道を埋め尽くしていました。そのサイドには、学生さんたちが飲食屋台も出店されている他にも、たくさんの企画が準備されていました。夜にはライトアップも行われるようです。大学の地域開放、地域と大学とのつながり、とても大切なことです。土日の週末、授業のない時に、こうやって観光客を迎え入れること、ひとつにはキャンパスが大変広く、多くの観光客を受け入れるだけのキャパシティがあるからでしょうが、大学の社会的評価の向上にもなっているのだと思います。正門を入ってすぐ左手には、明るいガラス張りの建物があります。大学のインフォメーションセンター「エルムの森」です。こちらでは、学内のイベント情報をはじめ、構内散策の案内をされています。北大の学生さんもスタッフとして観光客を歓迎されています。そういえば、北大には、観光学高等研究センターが設置されています。国立では、初めての観光分野の研究機関なのだそうです。北海道大学は観光客や市民にキャンパスを開放されていますが、加えて、このような研究機関が設置されていることとは、北大の特徴なのかもしれません。

【関連投稿】コンクールの前後で(2)〜五稜星のこと〜コンクールの前後で(3) リンク先は、まだ投稿していません。投稿次第、つながるようにします。

関西アメリカンフットボール(Div.2)龍谷大学踏ん張っています。

▪️昨年、Div.1からDiv.2落ちてしまった龍谷大学シーホース。現在のところ3勝1敗です。残りの試合は、甲南大、同志社、大阪公立大の3校になります。このうち、甲南大学と同志社は4勝0敗です。以下のハイライトシーンをまとめた動画をご覧ください。Div.1に復活するためには負けるわけにはいかない試合でした。相手は大阪体育大学。試合結果ですが、41-7で龍谷大学が勝利しています。残りの試合にも勝利して、Div.1との入れ替え戦に出場して欲しいいです。頑張ってください、シーホース。

関西学生アメリカンフットボール(Div.1)関学が優勝しました。

▪️札幌市のコンサートホールKitaraで開催された「第75回全日本吹奏楽コンクール・大学の部」の演奏が始まってしばらくした後に、大阪の東大阪市花園ラグビー場では、「関西学生アメリカンフットボールDiv.1」の試合が行われました。母校・関西学院大学と関西大学の試合です。関学は5勝で全勝、関大は3勝2敗。これまでの成績を拝見すると関学が有利なように思いますが、昨年は、秋のリーグ戦で関大に敗れました。油断できない、また雪辱を果たす試合だったのではないかと思います。結果ですが、31-15で関学が勝利しました。61回目のリーグ優勝、そして全日本大学選手権トーナメントにも出場することが決定しました。関西の学生リーグからは、あと2校が出場することができます。

▪️もし、11月10日に開催される関学と立命館の試合に関学が勝利したら、立命館は6勝2杯になります(NHK・Eテレで中継されます)。関大は京大との試合を残していますが、関大が勝利すれば6勝2杯。近畿大学は神戸大学との試合を残しており近大が勝利すれば、6勝2敗。もしも、このような状況になったとき、どこの大学が全日本大学選手権トーナメントに出場するのか。とても気になりますね。以下は、関学と関大の試合のハイライトシーンです。QBの星野秀太さんが負傷して途中退場されたことが心配です。RBの伊丹翔栄さんのランの素晴らしさに見惚れてしまいました。引き続き、頑張って欲しいです。

【関連情報】▪️石井晃のKGファイターズコラム「スタンドから」(12)見どころ満載の熱戦

72回全日本吹奏楽コンクールで龍谷大学吹奏楽部が金賞を受賞しました!!

▪️しばらく更新が滞りました。北海道で開催された全日本吹奏楽コンクールで演奏する龍谷大学吹奏楽部を応援しに出かけていました。

▪️10月26日(金)、第72回全日本吹奏楽コンクール・大学の部が、札幌市のコンサートホール「Kitara」で開催されました。部長を昨年度まで勤めていた龍谷大学吹奏楽部、金賞を受賞しました。とても嬉しいです。これで5年続けて金賞を受賞してきました。素晴らしいです。応援してくださった皆様、ありがとうございました。札幌コンサートホールで、しっかり聴かせていただきました。座った場所は、1回のステージに向かって左の方で、各パートの音のバランスは中央の席が良いのでしょうが、私が座ったところからは指揮をされた若林先生の指揮の様子をしっかり拝見することができました。若林先生が指揮棒で表現しようとされる音楽が、部員の皆さんの演奏と共によく伝わってきました。大変満足しました。ステージで演奏した部員の皆さん、そしてサポートされた部員の皆さん、頑張ってくださいました。

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▪️金賞受賞後の札幌の夜。お祝いの席に、OBの上道夫妻と一緒にちょこっとお邪魔しました。夕食は、上道夫妻とご一緒させていただきましたが、やはり少しだけ顔を出しておこうということになりました。みなさん、歓迎してくださいました。ありがとうございました。このレセプションに出席されているのは幹部の皆さんと、若林先生をはじめとする指導者の皆さんです。皆さん、にこやかに懇談されておられました。ここまでの努力が金賞という形になってほっとされたのではないかと思います。お疲れ様でした。私は、翌日も予定があったので、上道ご夫妻と一緒にレセプションの途中でホテルに戻りましたが、わざわざ見送りにレセプション会場のあるビルの1階まで見送りにきてくださいました。ありがとうございました。

▪️次は、定期演奏会です。他大学と競うため、そこにはいろいろ作戦が必要なのだと思いますが、定期演奏会は純粋に吹奏楽部の音楽表現を極めていくことになります。非常に楽しみです。そういえば、部員の方が次のような投稿をXにされていました。

今、ああ楽しかったなあとずっと思えていて、ただ幸せです。

若林監督の元で、龍吹で、全国で金賞をとるという将来の夢が叶いました。
多くの方の素敵な言葉に支えられてここに立てました、この期間だけでなく今までずっとです、本当にありがとうございました。

引退までもっと全力で音樂します!

公益財団法人・淡海環境保全財団「ヨシ苗育成センター」

20241026ikubyou_center1.jpg ▪️1993年、淡海環境保全事業財団が設立されました。2012年には、公益財団法人に移行しました。設立から、昨年で30年を迎えました。そのタイミングで「淡海ヨシのみらいを考える会議」が設立されました。私はこの会議のメンバーです。先週の金曜日には、さまざまな職業の方達、しかし琵琶湖のヨシ群落に強い関心をお持ちの皆様と一緒に、「現地見学会」に参加させていただきました。

▪️午前中は、まず公益財団法人・淡海環境保全財団の「ヨシ苗育成センター」を訪問して、財団の職員の方から丁寧な説明を受けました。「淡海環境全財団」(https://www.ohmi.or.jp/zaidan/)は、いくつもの事業に取り組んでおられますが、そのうちのひとつが、「ヨシ群落の保全」です。具体的には、①ヨシ群落に関する県からの委託事業、②ヨシ自然環境学習事業、③保全活動支援、そして、④ヨシ苗育成事業、⑤ヨシ紙事業、⑥ヨシ腐葉土事業の6つです。このうちの④・⑤・⑥については、草津市の下物(おろしも)にある下物ヨシ苗センターで取り組まれています。

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20241026ikubyou_center4.jpg ▪️2段目左の写真、茶色い大きなマット、これはヤシガラでできています。4ヶ所に切れ込みが入っています。ここにポットで育てた苗を入れて湖岸に設置していきます。もともとは、ニゴロブナを対象とした魚類の産卵・育成場の造成を目的に使用されていました。右の写真、ヨシが成長していますが、これらは全てこのマットで育てられたヨシです。立派です。このヨシたちは、地下か汲み上げた地下水で育てられています。地下水に鉄分が含まれているため、少し茶色く見えていますが、これは汚染しているわけではありません。

▪️3段目左と右の写真はポット苗です。湖岸への植栽に使われます。植栽ボランティア活動向けに生産・販売されています。こういうお話もお聞きしました。湖岸の土木工事でどうしてもヨシ群落をいったん取り除かねばならない場合、あらかじめ、その場所か近い場所に生えている遺伝的に差異がないと考えられるヨシを親木として増やしていきます。そしてポットやマットで成長させて、工事が終了した後、再び植栽していくのだそうです。

▪️4段目の写真。財団では刈り取ったヨシの利用に関しても力を入れておられます。そのひとつが、ヨシ腐葉土事業です。ヨシを粉砕した後に発酵させたもので、土壌改良剤として販売されています。特に、菊の栽培に向いており、全国の菊愛好家が購入して利用されているとのことでした。

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▪️5段目の写真。おそらく環境学習の一環として実施されるヨシ簀編みの道具です。このヨシ簀編み、自分でもやってみたいと思っています。琵琶湖や周辺の内湖のヨシを使ってヨシ簀を編み、自宅で酷暑の夏の日差しを和らげるために使用する…そのようなことを思っているのです。どれだけエアコンの電気代が節約できるのだろう、二酸化炭素排出を減らせるのだろう…。まあ、そんなことができたらいいなと妄想しています。

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▪️ヨシ群落にはヨシだけでなく他の植物も生えてきます。手入れが悪いヨシ群落だと、刈り取れられることがないのでヨシが腐敗して溜まっていきます。少しずつ乾燥した陸地へと変わっていきます。そういう場所にオギが生えてくるのだそうです。ヨシもオギも同じイネ科の植物ですが、ヨシと同じように利用はできないそうです。ヨシ刈の際には取り除かねばなりません。ではどうやって見分けるのか、そのことを見分け方を丁寧に説明されています。午前中、財団の職員さんに丁寧に説明を受けました。知らないことがたくさんありますね。勉強しなくちゃ。5段目右の写真と6段目は、職員さんがヨシとオギの違いを説明しているところです。オギは葉の真ん中に白い線があります。花についても、形状が違います。オギの方が華やかな雰囲気があります。ということで、この穂から種をきちんと取った後、飾り物のスワッグの材料などに使われるのだそうです。なるほど。66歳のおじいさんですが、スワッグにとても関心があります。

魔界への誘い…

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▪️昨日は、滋賀県庁を訪れて、ヨシ群落の保全等に関していろいろお話を伺い、ディスカッションを行いました。ディスカッションのポイントは多数に渡りますが、とても気になっていることは、ヨシ群落の「ヤナギ林化」という問題です。ヨシを中心としたヨシ群落に、たくさんのヤナギの樹が増えており、しかも巨木化しているのです。望ましいと判断されるヨシ群落ではなくなります。人の手が加わることで、ヨシ群落は維持されてきましたが、今はそうではないのです。人の手が加わらなくなる。人の関心が薄くなる。そういった環境は、「質」が劣化していきます。

▪️ディスカッションが終わったのが夕方だったということもあり、予定通り( ? )大津駅前のいつもの居酒屋「利やん」へ。すると、すでにご常連のお1人がカウンターに座っておられました。そのご常連と飲みながらお話をしていると、もう1人のご常連が来店。ということで、カウンターからテーブルに移動して呑みながら歓談。学生スポーツの話で盛り上がりました。真ん中のご常連、学生時代はアメリカンフットボールをされていて、お会いするといつもアメフトの話題で盛り上がります。なんですが、私は7時半前に帰宅しました。良い子ですから。真ん中のご常連に持って頂いたのが、今日入った芋焼酎の一升瓶です。「特約店限定流通品 魔界への誘い 紅はるか」です。魔界…って…。女将さんには(呑めないけれど)、私の好みを伝えてあるので、問屋さんで私の好みの芋焼酎を仕入れてくださっています。いつもありがとう。

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