「レイクサイド」と「びわ100」
■第8回「びわ湖レイクサイドマラソン2017」(2017年2月26日)の案内が自宅に届きました。今年のエントリーは、10月3日(月)から始まります。出張や風邪による体調不良で出場できない時がありましたが、第1回から出場しています。今年も、大津駅前のいつもに居酒屋「利やん」の常連客やその知り合いで作っているランニングチーム「チーム利やん」の仲間と一緒に参加する予定です。最近は、練習ができておらず、キャプテンとして恥ずかしくなる記録しか残せていませんが、次回は、ぜひ自己最高記録を出したいものです。2013年の2時間19分56秒を更新できるように頑張ります。今年は、キャプテンとして、さらにアスリートの選手のリクルートに努めました。また、ジェンダーバランスを良くすることにも心がけています。アスリートの人も、完走が目的の人も、ともに汗を流し、午後からは「利やん」で宴会をします。楽しみです。
■しかし、その前に大きな目標があります。第3回「びわ湖チャリティー100km歩行大会」が、10月15・16日に開催されます。そのための準備もしなければなりません。個人的には、20kmの30kmのウォーキングをしています。さらに、この大会に一緒に出場する滋賀県庁職員の皆さんと一緒に10月1日、50kmウォーキングを行います。早朝、滋賀県庁を出発して、時計回りでびわこの南湖の周りを1周するコースです。その前に、1人で40kmウォーキングにも挑戦しておきたいと思います。
■ところで、右の写真は、今回の「びわ湖チャリティー100km歩行大会」に出場する際の格好です。「格好から入る」という言葉がありますが、まさにそれですね。こうやって気合を入れています。リュックは、mont-bellのトレイルラン用のものです。とてもよくできています。高機能です。しかも軽い。ヘッドライトとウエストポーチもmont-bellです。グリーンで統一しました。帽子とパンツとシューズはasics、ウエアはWacoalです。こうやって写真を撮って、嬉しがっています。
突然の豪雨
■昨日の朝、急に猛烈な雨が降り始めました。「iPhone6 Plus」に入れてあるアプリ「XバンドMPレーダ」でチェックしてみました。これは、国土交通省の「XバンドMPレーダネットワーク(XRAIN)」の情報をもとに、地図上に雨量を表示するものです。とてもきめ細かく・短い時間間隔で降雨の具合を表示してくれます。1分毎におよそ250m四方という非常に細かい雨の分布がわかります。左の画像は、そのアプリが表示したものです。北北東から南南西にかけて、赤い帯が伸びていますが、これから雨が降っている地域です。赤は1時間に50mm以上の雨量を示しています。
■ずいぶん不思議ですね。とても細長いです。今度は、やはり「iPhone6 Plus」に入れてあるアプリ「weathernews」でチェックして、全国的な雨雲の動きを見てみました。日本海から能登半島そして、近畿にかけて雨が降っています。どうしてこのような雨の振り方をするのか、正確に説明できるだけの知識がありません。それはともかく、こういう自分が今いる地上の状況(「虫の眼」)と、アプリが示す広い範囲の情報(「鳥の眼」)の両方をうまく使いこなすことが必要だと思っています。昨日は、仙台市は地下街に雨水が流れ込みました。いわゆる「都市型災害」と呼ばれるものです。最近は、非常に狭い範囲でのゲリラ豪雨もしばしば発生します。まずは自助努力でできること、いろいろ考えてみなければなりません。
NHKクローズアップ現代「“穏やかな死”を迎えたい~医療と宗教 新たな試み~」
■細かな議論は別にして、とても大切なことだと思います。なおかつ、とても関心があることでもあります。
NHKクローズアップ現代「“穏やかな死”を迎えたい~医療と宗教 新たな試み~」
引き続き22kmラン・ウォーキング
■「びわ100」(第3回「びわ湖チャリティー100km歩行大会)まであと39日になりました。徹夜での100kmウォーキング、はたして今の自分にできるのかどうか…大変不安です。フルマラソンを走る以上に不安です。ということで、日曜日は近江八幡市まで仲の良い友人と30kmウォーキングを実施しましたが、その翌日4日も今度は1人で引き続きウォーキングをすることにしました。
■ご覧いただければわかりますが、ランニングないしはジョギングとウォーキングで約22kmです。最初はウォーキングのつもりだったのですが、1kmあたりからムクムクと走りたいという気持ちになり、5kmあたりまでは、今の自分としては早い方になりますが、6分/km前後で走り続けました。そのあとは、ウォーキングやジョギングを繰り返したので、平均ペースは「7分58秒/km」と非常に中途半端なものになってしまっています。ウォーキングにしては早すぎるし、ランニングにしては遅すぎるのは、そういうわけなのです。
■あらかじめ地図で確認していたわけですが、自宅から出発して、真野と小野の住宅地を走って和邇に抜け、県道311で伊香立の方に登っていきました。ここが、なかなか大変でした。5kmの登りが続くからです。ウォーキングであれば問題ないのですが、ランニングとなると今の私には無理。しかし無理をしない範囲で、できるだけジョギングで登るようにしました。きつくなったらすぐにウォーキングに戻しました。鯖街道・国道367に合流する1kmほど手前まで行き、そこで方向転換。ここでだいたい12kmになります。7kmから12kmの間の5kmは、調べてみると標高差が122mもありました。このあたり、ゆっくりでもジョギングで登り続けることができればなあ…と思うのですが。いつになるのでしょうね〜。
■さて、12kmのあたりで方向転換して今度は山裾のアップダウンを走ります。基本は下りなのですが、アップダウンが幾つも続きます。ここも、今の私のレベルだときちんと走り続けることはなかなか難しいわけです。いつか、このアップダウンもクリアしたい…とは思っているのですが。そうなると、かなり走力がつくと思うんだけどな〜。
■途中で自販機を見つけてスポーツドリンクを2本も飲みました。無理せず、その間少し休憩しました。というわけで結局、3時間近くもかかってしまいました。ただし距離は22kmだったので、歩数は「3万歩」越えました(万歩計の歩数は走り終わったあと、数百本増えてしまった時のもの)。消費したカロリーも「1526kcal」。「びわ100」に向けて良いトレーニングになったかなと思います。
【写真】1段目左:小野にある住宅地から。湖西線沿いです。サンダーバードが走っているその向こうには、琵琶湖大橋が見えます。1段目右:湖西地域ではよく知られた紀伊国屋「ブルーベリーフィールズ紀伊国屋」が、このあたりにあることを知りました。2段目左:伊香立の上龍華町の集落。今回のコースの一番ピークになるあたりです。稲刈りの作業が進んでいました。遠くには、比良山系が。びわ湖バレイも、肉眼ではなんとか確認できました。2段目右:伊香立の北在地町の集落。ここから基本下りになるのですが、アッブダウンが続きます。3段目左:伊香立の「八所神社」。こちらは神社の説明。3段目右:伊香立生津町の農家。日が沈み始めました。
滋賀のいたち
■3月に大津に転居してから、庭の手入れをまめにしています。それまではマンションに暮らしていましたから、庭の手入れという発想がありませんでした。庭のある暮らし、最初は面倒くさそうでしたが、なかなか良いものです。庭の手入れというよりも、庭の世話って感じでしょうか。何か庭に気遣ってやらないと、かわいそうだ…って感覚ですね。ということで、まめに手入れをしていたのです。ところが…。
■先日のことですが、少し気になっていた庭の草花の手入れをしたときのことです。庭の隅にキュウリの苗を植えているのですが、盛りをすぎてしまったようなので、「庭でキュウリを植えるのならばもっと勉強しなくちゃね」などと思いつつ後始末をしていると、「死角」になって見えていなかった場所に、こんな大きなキュウリがぶら下がっていたのです。下が、スーパーで売られている普通のキュウリ。上が収穫したものです。
■私は知らなかったのですが、滋賀県ではウリのように大きくなったキュウリのことを「いたち」「いたちきゅうり」と呼ぶようですね。長浜出身で、米原に住んでいる友人が教えてくれました。もっとも、ネット上で少しだけですが調べてみると、私のように収穫し忘れて大きくなってしまった…と言うよりも、最初から意図して大きくさせて収穫するようでもあります。そのあたり、よくわかりません。滋賀では、薄く切って味噌汁の具にもするようです。その他、様々な煮物にもするようですね。いろいろ活用してみようと思います。
あめのうお倶楽部
■ひとつ前のエントリーにも書きましたが、30kmウォーキングの後は、国民休暇村の向かいにある沖島に船で渡りました。そして、「あめのうお倶楽部」が主催するビワマスを味わうイベントに参加させていただきました(ビワマスのことを、古くは「雨の魚」と呼びました。産卵期の大雨の日に群れをなして河川を遡上するからです)。ビワマスの紹介については、以前にもエントリーしました。こちらをお読みください。また、「あめのうお倶楽部」については、こちらのブログの記事をお読みいただければと思います。ビワマスをめぐる様々な情報が総合的に解説されています。
■「あめのうお倶楽部」を主催されているのは、西岡信夫さんです。西岡さんは、私が滋賀県立琵琶湖博物館で主任学芸員として勤務していた当時の二代目・副館長をされていました。学芸員の時代に大変お世話になりました。今から、19年も前の話しになります。私はその後、岩手県立大学に赴任し、さらに2004年には龍谷大学に異動しました。滋賀県で再び働くようになって、ご退職された西岡さんと再び出会うことになりました。そして、今年の3月に滋賀県大津市に転居したことから、滋賀・大津・琵琶湖のことをいろいろ知りたいと思っている家族のために、様々な情報やチャンスを提供してくださっています。今回も、琵琶湖の魚の中でも最高に美味しいビワマスを味わうチャンスをいただくことができました。ありがとうございました。
■トップの写真は、ビワマスの刺身です。とろけるように美味しい刺身です。夏の時期に味わうビワマスの刺身は最高です。その他の料理の写真の紹介もさせてください。お料理は沖島の女性のみなさんが作ってくださいました。お盆の上には、ビワマスの刺身の他に、ご飯、ゴリの釜揚げ、ビワマスの卵が置かれています。これで、海鮮丼ならぬ湖鮮丼を作るのです。ゴリは、琵琶湖に生息するヨシノボリというハゼの仲間の稚魚です。釜揚げにするためには、獲れたての新鮮なものでなくてはいけません。沖島に来たからこそ、いただくことができるのです。このゴリとビワマスの卵をご飯の上に乗せて出汁醤油をかけていただくわけです。私の場合、ビワマスは刺身としていただきました。本当は、このビワマスもご飯の上に乗せるのでしょうね。こんな「湖鮮ドン」が美味しくないわけがありません。満足しました。もう1つの料理は、ビワマスのジュンジュンです。滋賀県では、醤油、砂糖、みりんを使い、すき焼き風に味付けをした鍋料理のことを「ジュンジュン」と呼びます。材料はビワマスと玉ねぎだけなのですが、このシンプルさがビワマスの美味しさを引き立てます。ビワマスのジュンジュンは初めていただきました。
【写真】上段左:左から西居沖島自治会長と奥村沖島漁業組合組合長、そして西岡さん。上段右:俳句が趣味の西岡さんが、ご自身の作品をご披露されました。「淡海の宝石たらんあめのうお」。下段左:世界農業遺産申請チームのリーダー青田朋恵さん。私もアドバイザーとして世界農業遺産申請に取り組んでいます。下段右:滋賀県農政水産部部長の高橋滝治郎さん。10月の「びわ100」にも参加されます。青田さんと高橋さんの写真の赤ちゃんは、このイベントに参加された方のお子さんです。
30kmウォーキング
■昨日は、朝6時に家を出発して近江八幡市に向かいました。車で…ではなく、徒歩。ウォーキングです。次のエントリーで詳しく説明しますが、この日は琵琶湖の固有種であるビワマスを味わう会にご招待いただいていました。場所は、近江八幡市の沖島です。沖島には堀切港から船に乗って移動しますが、近江八幡市の市街地から離れた場所にあるため、通常は公共交通機関か車で移動することになります。私も大津に住んでいますから、これまでであれば車で…ということになるのですが、この日はウォーキングで行くことにしました。事前のチェックでは、自宅からだと30kmありました。来月は「びわ湖チャリティー100km歩行大会」が開催されます。滋賀県職員の皆さんと一緒に「世界農業遺産」申請をアピールするために、100kmウォーキングに出場することになっています。ということで、練習も兼ねて、この30kmウォーキングに挑戦することにしたのです。
■今回のウォーキングでは、一緒に歩いてくれる仲間がいました。滋賀県職員の亀甲くんです。水産課の職員さんです。亀甲くんとは、世界農業遺産の申請に向けての作業に取り組んでいますが、この世界農業遺産以外だけでなく、総合地球環境学研究所のプロジェクトにも一緒に取り組んでいます。この日は亀甲くんも沖島のビワマスの会に参加されることになっていたので、「それでは、トレーニングも兼ねて一緒に歩こう」と2人でウォーキングすることになりました。それぞれの自宅を出発して、琵琶湖大橋の東詰にあるコンビニに朝7時に集合。そこから一緒にウォーキングという計画です。
■私の自宅から琵琶湖大橋東詰あたりまでは7kmほどあります。携帯したスマホのアプリのログを見ると、7km直前はスビードがアップしています。ウォーキングではなくてジョギングしています。約束の7時に遅れそうになったため、琵琶湖大橋をジョギングして渡ったのです。少し遅れてしまいましたが、なんとか7時過ぎに約束していたコンビニに到着。コンビニで飲み水を購入し、ウォーキングを始めました。
■最初は曇り空で涼しく、ウォーキングをしていてもあまり苦になりませんでしたが、途中からガンガンに晴れてきました。目指す場所は、堀切港の少し手前にある国民休暇村です。そこにある日帰り温泉で汗を流して、午後からのビワマスの会に参加しようという算段です。亀甲くんの予定では、11時には国民休暇村に到着するはずだったんですが、なかなかどうして、ガンガンに晴れてきたためでしょうか、ウォーキングのスピードがあがりません。
■琵琶湖大橋からは、目指す場所はきちんと見えています。近いように思うのですが、国民休暇村に到達するためには、湾のようになった湖周道路を3回通過しなければなりません。グルッと3回迂回すような感じなのです。近いようでありながら、なかなか到達できないので、精神的にも少々辛いものがあります。長命寺に到着したさいに、案内表示板であと5.5kmという数字を見てしまいました。ちょっと力が抜けるように気持ちになりました。そんなこんなで、なんとか国民休暇村に到着。私の場合ですが、ウォーキングの時間は「5時間7歩分34秒」、平均ペースは「10分11秒/km」、消費カロリーは「1695kcal」でした。亀甲くんは、もっと長距離、長時間歩いているはずです。歩き方が悪かったのか、踵に小さな肉刺ができてしまいました。肉刺というよりも、その出来かけのような状態かな。ウォーキングを始める前に、グリセリンをきちんと塗っておくべきでした。
【写真】1段左:マイアミ浜のあたりです。このころはまだ、なんともありません。空も曇っているし。1段右:中央に見えるのが、沖島の向かいにある近江八幡市の山になります。沖島は、その左側になります。近いように見えますが、予想以上に遠い…という印象です。2段目左:ウォーキング中の亀甲くん。元ラガーマンだけあってがっしり体型。2段目右:長命寺に到着。3段目左:しかし、まだ国民休暇村までは5.5kmもあります。3段目右:なんとか国民休暇村に到着。4段目:私も記念撮影。
新羅三郎の墓
■今日は朝から第121回「大津市都市計画審議会」でした。審議会自体は11時過ぎに終わりましたが、その後すぐに帰らずに、市役所の裏山に行ってみることにしました。特に、何か目的があったわけではないのですが、何か雰囲気のある森があり、行ってみようと思ったのです。市役所の裏には鳥居がありました。ということは神社ですね。しかし、参道はかなり荒れていました。樹々が大きく茂って独特の雰囲気を醸し出していました、さらに進むと、そこには神社がありました。説明板には、「新羅善神堂」と書かれていました。「しんらぜんしんどう」と読みます。少しだけ離れていますが、南にある園城寺(三井寺)の守護神である新羅明神を祀っているのだそうです。参道もそうでしたが、神社の境内もずいぶん荒れていました。雑草が生えていて…。お世話が大変なのでしょうか。ちなみに、この神社は国宝なのだそうです。
■「新羅善神堂」の後は、道標の案内で、「新羅三郎の墓」にお参りしてきました。「しんらさぶろう」って誰なんだろう…と思いながら山を上がって行きました。調べてみると、以下のことがわかりました。新羅三郎の父親は、源頼義という武将です。平安時代に起きた東北地方の戦乱「前九年の役」を平定した人です。その源頼義の3人の息子の末っ子が源義光。別名を新羅三郎義光というのだそうです。名付けの理由ですが、義光が元服した際の儀式が、「新羅善神堂」で執り行われたことに由来しているとのことです。ちなみに、長男の源義家は、石清水八幡宮で元服したので、八幡太郎義家。次男が源義綱は、上賀茂神社で元服したので、賀茂二郎義綱ということのようです。忌み名=諱の考え方によるものなのでしょう。
忘れられたカニ缶
■ここしばらく、毎週妻と一緒に老母宅に通っています。施設に入っている母の家の中のものを整理・処分するためです。いろんな方達から、「親の後始末」についてお聞きするのですが、当事者になって初めてその大変さがわかりました。こういうのを一気に処分してくれる業者さんもおられるようですね。しかし、我が家では、とりあえず身内で整理できるものは整理することにしました。
■「大量生産大量消費」の時代に家庭を持ち主婦として生きてきた母ですが、同時に、「もったいない」「まだ使える」「いつか役に立つのかも」という精神が生活習慣にまで染み込んでいたのだろうと思います。その結果、「時代」と「精神」との間に大きなギャッブが生まれ、そのギャップが大量のモノとなって母の家に詰まっているわけなのです。
■まずは衣服の整理から取り組みました。処分するものと、リサイクルに出すものとに分けました。その分類だけでも、結構時間がかかります。これでもかというぐらい、押入れや箪笥の中に衣服が詰め込まれていましたて。ビニール袋で何十袋にもなりました。びっくりする量です。そのうち、20袋はリサイクルショップに持ち込みました。査定価格は、なんと701円。滋賀県から兵庫県にある母の家まで高速に乗って通っているわけですが、高速代金、ガソリン代等を考えると「やってられん」という話しになります。しかし、そのままにしておくわけにもいきません。
■母は、洋裁と毛糸の手芸が趣味でした。素人目には、それなりに高い技術を持っていたように思います。作った作品はもちろんですが、買ったまま使われないままの毛糸が山のようにあるのです。これは、段ボール箱に入れて整理。有効利用していただけるどこかの団体に寄付しようと思う。問題は布や端切れ。これは有効利用することが可能なのでしょうか。縁側沿いの小さな物置に入っているのですが、まだ未着手のままです。これはどうしたものかな…。
■昨日は台所にも「突入」しました。いわゆるタッパーウェアの類が山のようにありました。これも全部処分。何かに使う予定のないまま、台所の棚に大量にしまわれていました。それから食器。食器については、使えるもの、使ってもいいな〜と思えるものがたくさんあるのですが、我が家の食器棚もかなりいっぱいなので、自宅に持ち帰ることに連れ合いは相当抵抗を感じているようです。一部、選択して使うとして、残りも全部処分することになりそうです。
■台所には保存食の類もたくさんありました。もちろん、全部処分の予定。写真のようなカニ缶もありました。おそらくは、お歳暮か何かでいただいたものなのだろう。ただし、「もったいない」としまっておくと、食料品は本当に「もったいない」ことになってしまいます。ちなみに、この缶詰の賞味期限は2010年でした。
■衣類、毛糸・端切れ、食器…それなりに目処が立ってきた。書籍の類も山ほどあります。古本を買い取り、その買い取り価格をNPOや自治体に寄付できる仕組み「チャリボン」という仕組みを持っている古書店に送る予定です。電化製品や家具の類についても、いろいろ考えないといけません。貼り替えたソファとか、がっしりしたダイニングテーブルとか…。まだまだ使えるのですが、これはどうしたものかな〜。こうやって老母宅を整理していると、大学時代の友人も同じような状況であることをfacebookを通して知りました。友人のご両親はすでに老人ホームに入所されているとのこと。そのため、家の中の整理を済ませて、住宅も売却する予定なのだそうだ。いろいろ相談に乗ってもらおうと思います。
■「母のおかげで、老いについて学ばせていただいている…」と思うようにしています。はい、無理やりに思うようにしています。「こうならないように、早めに、元気なうちに、できることはやっておこう」とは思っていますが、実際はどうなってしまうのかな…。学んだことを自分の人生の終わりに役立てることができるのか…あまり自信がありません。
【追記】■このエントリーとほぼ同様の内容をfacebookに投稿したところ、多くの皆さんから反応がありました。それぞれに、ご苦労されている様子が伝わってきました。また、調べているうちに、毛糸、端切れ、布、食器といったものも、いろいろ再利用してくださる団体があることもわかりました。あまり中身を見ずに、業者さんに頼んで一気に廃棄してしまうということも考えましたが、丁寧に整理していくことにします。