魚と水田

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20170626suiden9.jpg■先週の22日(木)、滋賀県内のある地域の水田を見学にいきました。総合地球環境学研究所の上原 佳敏さんと一緒です。

■トップの写真をご覧ください。水路と水田の水面に落差がなくつながっています。そのため、この地域の水田では、水田に水をはっている間はフナが侵入し産卵することができます。滋賀県では、各地で「魚のゆりかご水田プロジェクト」が取り組まれています。このプロジェクトでは、圃場整備事業により深くなってしまい魚が水田に遡上できない排水路に、魚道を設置することでフナが遡上し産卵できるようにします。しかし、今日見学した地域の水田は、自然状態で産卵できます。約60ha。すごい事だと思います。

■上原さんと一緒に水田を見学させていただきながら、水のサンプルを採取しました。自然界に存在するストロンチウムという元素の安定同位体を用いて、フナが生まれ育った水田に帰ってくる=「母田回帰」していることを明らかにすることができるのですが、その分析のために必要な水路の水をサンプルとして採取しているのです(これだけだと、よくわかりませんね…すみません)。

■魚が遡上する水田、素敵なことのように思いますが、ここで営農している農家の皆さんにとってみれば、いろいろ困ったことも起きます。水田にたくさんいる稚魚を狙ってサギなどの鳥が水田にやってきて、せっかく植えた苗を踏み倒してしまい、植え直しの作業が必要になるのです。鳥の被害ということで言えば、豊岡市のコウノトリの事を思い出します。しかし、豊岡市では「コウノトリ育む農法」(おいしいお米と多様な生き物を育み、コウノトリも住める豊かな文化、地域、環境づくりを目指すための農法)に取り組むようになっておられます。何かヒントがあるんじゃないのかな…と思います。豊岡の場合は、コウノトリ自体が保護の対象であり、シンボル的な鳥でもあります。しかし滋賀の場合は、社会的に注目されているのは魚であり、鳥は(今のところ)害を及ぼす存在でしかありません。

■もっと、魚との共存を支える「社会的な仕組み」があればな…とも思います。そのためにも、この水田が持つ「様々な価値」をきちんと評価することが必要でしょう。どうすれば良いのだろう…。そのような「仕組み」や「評価」を、農家の皆さんはどのように受け止めるのだろう…この日は、そのようなことを考えました。

地球研でフィリピン調査に関する打ち合わせ研究会議

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■13日(火)、午後から1時間半の短い時間ですが、京都の上賀茂にある「総合地球環境学研究所」で打ち合わせを行いました。私たちのプロジェクトでは、滋賀県の野洲川流域とフィリピンのシラン-サンタ・ローザ流域という、全く社会状況の異なる2つの流域を比較検討しながら、流域ガバナンスに関する文理融合による総合的な研究を進めていくことになっています。しかし、研究プロジェクトの運営をめぐる様々な制約条件からフィリピンでの調査が遅れており、これから梃子入れをして調査を進展させていくことになっています。

■ということで、現在日本に長期滞在されているフィリピンの研究者に、私たちのプロジェクトに参加していただき、プロジェクトの現地での調査をリードしていただくことになりました。今回お願いしたことは、シラン-サンタ・ローザ流域における環境史的な観点からの聞き取り調査、現地のステークホルダーとのさらなる協働関係の構築、近代化政策や工業化・都市化等を背景にしたマクロな社会経済の変動に関する統計的データの収集、土地所有制度と流動的な土地利用、流域委員会の設置とその後の展開…。まあ、お願いしたことは複数にまたがるのですが、そのような社会科学的な調査から得られた基礎的なデータを、自然科学的な調査データと重ね合わせて、この流域が抱える課題やその解決に資する方向性に関して、現地の皆さんと議論を積み重ねていくことになりました。今回プロジェクトに参加してくださることになったフィリピンの方は、大変反応が良く、優秀な人でした。実にありがたいことです。

■それはとかく、今日の会議は、傍目から見ていると実に変な感じだったようです。私は日本語で話しをして英語を聞く。フィリピンの研究者は英語で話して私の日本語を聞くからです。これでよくコミュニケーションができているなと、傍目には見えたらしいのです。もっとも、同席したプロジェクトのメンバーが足らない部分を通訳してくれています。私は英会話の能力が低いので、こういうときに苦労することになります。まあ、それはともかく、なんとか調査の方向性が見えてきたので、少し安心した。

内湖のほとりで野外パーティー

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20170610uenishi3.jpg■琵琶湖の周囲には内湖と呼ばれる潟湖があります。以下は、『改訂版 琵琶湖ハンドブック』の解説からの引用です。生態学者の西野真知子さんによる解説です。

内湖は、本来、琵琶湖の一部でしたが、沿岸流の作用、あるいは湖への流入河川から運ばれた土砂の堆積等によって生じた潟湖(ラグーン)です。

明治時代には、琵琶湖の周囲には大小100余りの内湖が広がり、総面積は32.5㎢におよびました(金子他、2011)。しかし、琵琶湖の洪水防御のため、1905(明治38)年に南郷洗堰が建設され、水位が人為的に操作されるようになり、1943(昭和18)年からは利水を目的とした淀川河川水統制第一期事業が始まり、湖の平均水位はこの間に10cm下がりました。そのため、内湖の水位が浅くなり、内湖漁業が衰退し、第2次世界対戦後、干拓が急速に進みました。健在残存するのは23内湖、人造内湖を加えても総面積5.3㎢㎢にすぎません(金子ほか、2011)。また、ほとんどの内湖が、人口護岸化されるなどの人為的改変を受けています。

■草津市にもそのよう内湖があります。平湖・柳平湖です。昨日は、この平湖・柳平湖に少しだけ立ち寄りました。この内湖の近くの集落には、知り合いのUさんという方がお住まいになっています。Uさんとは、なんとも不思議なご縁で出会いました。平湖・柳平湖は、私が参加している総合地球環境学研究所のプロジェクトの研究フィールドの一つです。Uさんにはお嬢さんがおられますが、親子で自然大好き。プロジェクトの研究員の皆さんが内湖で活動されている際に仲良くなったのです。その後、Uさん親子と一緒に、湖西の小さな河川の河口に遊びに行ったりしました。その時、私も一緒に参加させていただきました。その時のことは、「個性の小河川」にエントリーしました。まあ、そのような訳で、Uさんとはfacebookでもお友達になっています。

■Uさんは、facebookに、ご自身で撮った平湖・柳平湖の写真をアップされます。とても素敵な写真です。ということで、彼女のfacebookへの投稿を毎日楽しみにしています。昨日は、朝の投稿で、平湖の湖岸でお友だちと野外パーティーをするということを知りました。さっそく、Uさんに連絡をとって、老人ホームに入所している老母の見舞いの帰りに立ち寄ることにし、ビールを差し入れしました。肝心のパーティー会場、素敵な雰囲気だったんですが写真を撮らせてもらうのを忘れてしまいました…。その代わりに、U家に捕獲されたらしいナマズの赤ちゃんの写真を撮らせていただきました。小さいけれど、立派にナマズですね。それから、U家に養子として貰われてきたシーカヤックも拝見させてもらいました。以前のオーナーさんは、このシーカヤックで、荷物を乗せて瀬戸内海を漕いでおられたのだそうです。このシーカヤック、今度は、琵琶湖で活躍してくれるでしょう。私もカヤックが欲しいな〜。

総合地球環境学研究所での会議

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■昨日は、終日、総合地球環境学研究所での会議でした。長かった。疲れました。この地球研で参加している流域ガバナンスに関するプロジェクトも残す所、3年になりました。プロジェクトの基本的な考え方はあっても、プロジェクトで生まれた個々の研究成果をどのように統合していくのか、昨日は、基本的にそのことについて議論しました。また、残り少ない期間を有効に使って成果を上げていくためには、「選択と集中」が必要になります、「あれもやりたい、これもやりたい」というのは許されません。研究費、人的・時間的資源には限りがあります。昨日は、若手の研究員の人たちの頑張りもあり、良い方向に議論が進みました。会議直前までは、e-mailで議論をしていました。かなり厳しい感じの意見を述べたりしましたが、結果として、全体の議論はうまくまとまりました。

■写真は、そのような会議とはなんの関係もないのですが、地球研の中に貼ってあったポスターです。左は、「第9回世界湖沼会議」のポスターです。2001年11月11日から16日まで、びわ湖ホールと大津プリンスホテルで開催されました。記憶がおぼろげですが、この会議に出席して、プリンスホテルに宿泊したんですよね。それはともかく、このポスター、当時から気に入っていました。琵琶湖のように見えますが、世界の湖沼を組みわあせて琵琶湖の形にしているのです。高島市の沖のあたりにあるのはカスピ海です。でかいですね。その下に赤い点のようなものが見えます。これが琵琶湖です。小さいですね。いつも、日本一大きいと言っていますが、世界一と比較すると、こんなに小さいのです。しかし、湖の価値は、大きさでは決まりません。また、価値の序列もありません。もう1枚のポスター、右側は、地球研の菊地さんの講演会のポスターです。タイトルは、「『ほっとけない』からの環境再生」。楽しみにしています。今日、参加を地球研に申し込みました。

内湖(平湖・柳平湖)、淡水真珠、座頭市

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■昨日13日(土)は、早朝から、総合地球環境学研究所の仕事で草津市の志那町に向かいました。草津市志那町にある柳平湖で行われる養殖真珠の貝洗い作業にあわせて、水中の水温と、水中の溶存酸素を記録するロガーを設置させてもらうということで、その見学と合わせて簡単な聞き取りに行ってきました。琵琶湖の淡水真珠養殖については、もっと勉強してこのブログでもエントリーしてみたいと思っています。

■さて、琵琶湖の淡水真珠養殖ですが、琵琶湖とはいっても、琵琶湖の周辺の内湖で養殖されています。草津市でも、戦前から民間業者さんが平湖で、草津市の活性化に関連する事業として地元の自治会が柳平湖で期間限定ですが小さな規模の養殖をされています。今回、私たちがお世話になったのは、後者の方、地元自治会の皆さんの方の養殖です。総合地球環境学研究所の研究員である池谷透さんが、淡水真珠の母貝であるイケチョウガイを入れた籠をぶら下げる内湖に設置された養殖用の施設に、ロガーを設置させていただきました。このロガーには、柳平湖の水温と酸素量の変化が記録されることになります。このようなデータをきちんと取り、内湖の状況をモニタリングして、内湖再生への取り組みを支援させていただく予定です。私自身は、この雨の中での設置作業ということで、陸地から見学させていただくだけでした。池谷さん、役に立たず、ごめんなさい。
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■ロガーを設置した後、池谷さんには、志那町界隈をいろいろご案内いただきました。池谷さんは自然科学分野の研究者ですが、この内湖のある地域の社会的、民俗学的な事柄まで、いろいろ調べておられました。それらを、丁寧にご教示いただきました。ありがたいことです。ここは、平湖の湖岸です。マコモの生えた浅い水辺に、ニゴロブナ等の魚が産卵に来るのだそうです。私がこの写真を撮った時は、ウシガエルが鳴いているだけでしたが、いかにも魚たちが産卵したくなるような水辺であることがわかります。

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■志那町のあちこちを見学した後、池谷さんとともに、自治会館(支那会館)で自治会の皆さんと少しお話しをさせていただきました。その時に、自治会で養殖した淡水真珠を拝見させていただきました。これらは加工され、記念品として関係者に配布されるようです。淡水真珠は形が独特です。海の真珠の場合は、母貝であるアコヤガイの中に核を入れることでまん丸な真珠ができますが、淡水真珠の場合は、母貝であるイケチョウガイの外套膜の中で、核を入れずに真珠ができあがるため、形がひとつひとつ違ったものになります。淡水真珠独特の技術です。海の真珠とは異なり、ひとつひとつの形が独特になるのです。とても個性的ですよね。淡水真珠を使うと、世界で一つしかない、自分だけのアクセサリーが出来上がるわけです。写真はアクリル樹脂に包埋された淡水真珠です。何か、神秘的な雰囲気が漂っているような気がしませんか。

■昨日は、淡水真珠以外にも、いろいろお話しを伺いました。圃場整備や河川改修が行われる以前、まだこの辺りが水郷地帯だった頃のことです。街場に出かけるときは船で大津に行ったこと。この辺りは、大津の街場に下肥を取りに行っていたが、志那の若者は昔から大津の花街から下肥をもらっていたこと。京都に行くときは、坂本に船で渡り、そこから徒歩で京都に向かったこと。この最後の話しは、いつ頃のことでしょうか。

■水郷地帯ですから、いわゆる「魚米の郷」といっても良いわけですが、それでも、それぞれの家によって魚への関わり方が違っていたと言います。漁業が主たる生業の家は当然のことながら魚を食べます。農家でも魚が好きな人は自分でタツベという漁具を作り、魚を獲って食べていました。しかし、同じ志那でも魚に関心のない(魚が好きじゃない)家もありました。また、かつて新田開発をしていた頃(いつ頃だろう…江戸時代?!)、その土木作業するためにここに住み着いた人達を先祖に持つ家もありましたが、そのような家では田畑が無くても好きな人は自分で魚を獲っていたといいます。家の「食の傾向」で、魚への関心が違っていたのです。

■滋賀県の水郷地帯はここだけではありません。県内各地にありました。そういう「水っぽい地域」が各地にあったのです。ただし、私が滋賀県で仕事を始めたのは1993年ですから(滋賀県教育委員会事務局・文化施設開設準備室)、実際に各地に水郷地帯があった頃の風景を知りません。昨日、自治会の皆さんからお話しを伺いながら驚いたのは、そのような水郷の「水っぽい」風景が映画のロケ地に使われというのです。勝新太郎の「座頭市」のシリーズです。この「座頭市」を観ると、当時の水郷地帯の雰囲気がわかるのだそうです。ただし、「座頭市」のシリーズにはたくさんの作品があります。どの作品なのかよくわかりません。ということで調べてみました。

■こういう論文を見つけました。「劇映画のシリーズ化とは何か ― 大映京都撮影所製作の「座頭市」シリーズを題材に」です。この論文の中には、次のような記述があります。

「継続する第二の要素として、風景がある。シーン 1「下総国、取手川の土手(昼)」は、湖水の描写にはじまり、渡舟に乗っている村人や商人が紹介されていく。『座頭市物語』と同じ 風景が、ここにある。同じ風景が登場することで、『続・座頭市物語』は前作とつながってい る物語、シリーズものだと見る人に感じさせる。28」

■28とは、注の番号のことです。その注はでは、次のように書かれていました。

「28 『続・座頭市物語』の撮影は実際に、『座頭市物語』と同じく滋賀県の水郷地帯で行われた。滋賀県は京都の撮影所から近く、この映画を撮影した頃は、手つかずの自然が残っていたため、京都の撮影の作り手たちは日常的にロケ地として活用していた。」

■なるほど!! ということで、『座頭市物語』と『続・座頭市物語』であるらしいことがわかりました。絞り込めてよかった。TSUTAYAでレンタルで借りてみま消化。まず、会員にならないといけませんが…。

『連携アプローチによるローカルガバナンス 地域レジリエンス論の構築にむけて』(日本評論社)

20170510lorc.jpg ■ガーデニングや孫の成長のことばかりエントリーしていますね。安心してください。ちゃんと研究もしています。

■私は龍谷大学の地域公共人材・政策開発リサーチセンター(LORC)の研究メンバーです。もっとも昨年度までの2年間は研究部長の仕事が忙しく、あまり積極的に参加できていませんでした。今年度は、力を入れていこうと思います。ところで、近々、日本評論社から地域公共人材叢書『連携アプローチによるローカルガバナンス』が出版されることになっています。この本のねらいは、「日本の人口減少と高齢化の進行などの現実を直視し、「限界都市化」に抗した持続可能な都市機能を実現するための方策を探る」ことにあります。詳しくは、日本評論社の公式サイトの、こちらのページをご覧いただければと思います。各章のタイトルは以下の通りです。

はしがき
執筆者紹介
序章 連携アプローチから考察するローカルガバナンスと地域レジリエンス
第1部 自治体連携アプローチ — 地域資源の最適化を図る
第1章 都市圏ガバナンスの昨今 —アメリカのグローバル化に対峙するNew Regionalis
第2章 ツインシティズ都市圏におけるガバナンス — Metropolitan Councilを中心に
第3章 アメリカにおける広域都市圏の形成と役割
第4章 EUにおける都市政策の多様化と計画対象の広域化
第5章 イギリス大都市圏の広域自治体 — シェフィールド・シティ・リージョンを事例として
第6章 地域資源の最適化を図る — 東三河地域におけるマルチ・レベル・ガバナンスの様相
第2部 パートナーシップアプローチ — 地域アクターの有機的な連携を図る
第7章 英国の「パートナーシップ文化」のゆくえ —「ビッグ・ソサエティ」概念の考察から
第8章 持続可能な次世代地方都市のかたち — 地域力再生に向けた地方都市ネットワーク「スロー・シティ連合」
第9章 野洲川流域における流域ガバナンスと地域間連携
第10章 再生可能エネルギー事業にみる官民・民民連携 — 地元企業・市民団体・大学イニシアティブの事例から
第11章 大学と地域の連携による「学びのコミュニティ」の形成 — 京都発人材育成モデル「地域公共政策士」の取組から
第3部 新たな時代の地域を構想する — 地域資源の顕在化を図る
第12章 イギリスの社会的投資市場 — 金融仲介機関を中心として
第13章 コミュニティ・ファンドを通じた新たな地域の連携
第14章 広域的な地理情報システムの利用による新たな自治体間連携の可能性
終章 地域のレジリエンスを高める

■私も、第9章に「野洲川流域における流域ガバナンスと地域間連携」を書きました。総合地球環境学研究所でのプロジェクトの活動を元に執筆しています。構成ですが、以下の通りです。この中で社会学者は私だけなので、行政学や政治学を専門とする研究者が書かれたものとはトーンの違いがあるように思います。それも含めて、出版されることを楽しみにしています。

第9章 野洲川流域における流域ガバナンスと地域間連携
 9-1 「人口減少時代」における流域ガバナンス
 9-2 「鳥の眼」と「虫の眼」
 9-3 農村コミュニティの調査
 9-4 地域の「しあわせ」と流域ガバナンス
 9-5 「小さな空間ユニット」の連携

一日地球研

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■24日(月)は終日、京都市の上賀茂にある「総合地球環境学研究所」で仕事でした。午前中は、研究プロジェクト「オープンサイエンスと社会協働の融合に基づく琵琶湖流域圏水草資源活用コミュニティーの形成」(三井物産環境基金研究助成)の会議に初めて出席しました。このプロジェクトの代表である近藤康久さんは、現在、地球研で「知の接合:社会―環境相互作用の共同研究における問題認識のずれを乗り越える方法論」という予備研究(FS)の責任者もされています。

■ところで、なぜこのプロジェクトの会議に出席したのかといえば、参加している地球研の研究プロジェクトがこの外部資金による研究プロジェクトと連携しているためです。初参加ではありましたが、いろいろ意見を言わせていただきました。厚かましくてすみません…。また、この会議に参加している方たちから、朽木の針畑のこともお聞きすることができました。地球研の別の研究プロジェクトの研究員をされている関係から、この朽木の地域にお詳しいのです。針畑にルーツを持つゼミの卒業生、坂本昂弘くんのご一家にお話しをお聞かせいただく予定にしていることから、何か偶然以上のタイミングの良さを感じました。ありがたいことです。

■午後からは、プロジェクトの研究員の皆さんと一緒に、草津市の平湖・柳平湖の調査に関する引き継ぎとディスカッション。非常に面白かったです。丁寧な引き継ぎの説明を受けながら、いろいろ頭の中に閃めくことがありました。示唆的でもありました。いよいよ、平湖・柳平湖での調査が本格化して行くわけですが、その準備も、着々と…とはいえないのですが少しずつ進んでいます。写真の表彰状ですが、プロジェクトの研究員である石田卓也くんの地域での活動が表彰されていました。知りませんでした。おめでとう、石田くん。外に出ると、プロジェクトの調査地の田んぼから採集してきたタイコウチがプラスチックの水槽の中にいました。調査地の農村では農作業が本格化して行くわけですが、それとともに農家との共同調査もうまく行くと良いなと思っています。

志那町真珠小委員会

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■14日(金)、午後らは草津市の西岡写真工房を訪問させていただきましたが、晩は、晩は、草津市の志那町(志那町会館)で開催された「志那町真珠小委員会」に、総合地球環境学研究所の池谷さんと一緒に出席しました。地球研のプロジェクトで、志那町にある平湖・柳平湖再生の支援を行なっている関係から出席させていただいたのです。「琵琶湖パール」は、一粒一粒が個性的で、自然の美しさがありますね‼︎

■この日は、滋賀県立大学の伴 修平先生や、立命館大学の小沢道紀先生からの報告もありました。また、委員会の前には、池蝶真珠有限会社の酒井京子さんからもいろいろお話しを伺うことができました。非常に勉強になりました。(本文、続きます)

西岡写真工房

20170416nishioka.jpg ■先週の金曜日(4月14日)のことになりますが総合地球環境学研究所の用務で、プロジエクト研究員の池谷透さんと一緒に、草津市にある「西岡写真工房」に向かいました。こちらの写真館の西岡伸太さんから、いろいろお話しを伺いながら、お若い時にお撮りになった、琵琶湖やその周辺の写真を拝見させていただきました。西岡さんが撮影されてきた琵琶湖の周辺は、国の巨大開発事業である「琵琶湖総合開発」、河川改修等ですっかり姿を変えてしまいました。西岡さんの言葉では、湖岸に凹凸がなくなり、直線的になってしまった…ということになります。自然が生み出した造形美が失われてしまい、直線的な人口的な景観に生まれ変わってしまっているからです。西岡さんは、そのような問題意識の中で、琵琶湖や琵琶湖周辺の写真を撮影されてきました。

■ライティングボックスの上にあるのは、草津市の北山田の昔の風景です。おそらく昭和30年代かと思われます。漁師の男性たが、琵琶湖の湖底からマンガンという漁具で獲ってきた貝を、女性たちが大きな釜で炊いて、貝の身を剥いているところです。このような風景は、もう見られません。西岡さんは、このような琵琶湖と人との関係にも焦点をあてて、写真を撮ってこられました。いろいろお話しをさせていただく中で、私が滋賀県立琵琶湖博物館に勤務していた当時の上司(副館長)である西岡信夫さんの写真の師匠をされていることもわかりました。世間は狭いですね〜。

地球研プロジェクトのコアメンバー会議

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■先週の金曜日ですが、京都の上賀茂にある総合地球環境学研究所で会議でした。参加しているプロジェクトのプロジェクトのマネージメントに関して議論を行いました。今回は、急遽、副リーダーからの召集がかかりました。趣旨は、年度が変わったこの時点で、研究プロジェクトの課題をチェックするというものです。言い換えれば、プロジェクトの「棚卸し作業」のようなものでしょうか。

■総合地球環境学研究所の研究プロジェクトは、3つの実践的プログラムの元で実施されています。「実践プログラム1:環境変動に柔軟に対処しうる社会への転換」、「実践プログラム2:多様な資源の公正な利用と管理」、「実践プログラム3:豊かさの向上を実現する生活圏の構築」です。私たちの研究プロジエクト「生物多様性が駆動する栄養循環と流域圏社会-生態システムの健全性」は、「実践プログラム2」の中でプロジェクトになります。詳しくは、「プログラム-プロジェクト制」についての説明、そしてプログラム・ディレクターである中静透さんの「ミッション・ステートメント」をお読みください。このプログラム-プロジェクト制が動き始める前から、私たちのプロジェクトはすでに研究を始めていたので、私個人は、自分たちの研究プジェクトがこの「実践プログラム2」に含まれていることに、少し居心地の悪さを感じないわけではありませんが、研究所全体の研究推進体制の再構築のためには仕方がありません。
プログラム-プロジェクト制
ミッション・ステートメント 「実践プログラム2:多様な資源の公正な利用と管理」

■さて、金曜日のコアメンバー会議ですが、この「実践プログラム2」のディレクターである中静さんも出席しての会議になりました。会議で議論した内容は3つありました。1つは、研究プロジェクトの核となるアイデア・考え方の再度の共有です。研究プジェクトには多くの研究者が参加し、それぞれ細かな作業をしているわけですから、時間の経過とともに、その細かな作業自体が知らないうちに目的化していくと、全体を統括する枠組みに対する理解が曖昧になっていきます。自分がやっていることが、全体の中ではどのような意味を持っているのか。そのことに自覚的でなければなりません。その自覚なしに、勝手な理解で作業を進めると、プロジェクトに貢献することはできないどころか、プロジェクトにブレーキをかけてしまうことになりかねません。この日は、再度、研究プロジェクトの核となるアイデア・考え方を再確認しました。2つめは、海外の研究カウンターパートとの調査や連携の進め方に関する再確認。そして3つめが、プロジェクトに雇用されている研究員の方たちの負担の問題。結果として負担が大きくなりすぎてしまっている状況をどのように改善していくのか。これもきちんと考えなくてはいけないことです。研究員の皆さんは、期間限定という大変不安定な雇用の状況のもとで、プロジェクトに貢献しつつ、個人としても研究業績を上げていかなければなりません。なかなか難しい問題です。コアメンバーの多くは研究所に雇用されているわけではありません(私が龍谷大学に勤務しているように、みなさん所属は別になります)。しかし、プロジェクトの運営の責任上、このようなことも理解しておかなければならないのです。こうやって書いてみると、研究プロジェクトのことなんですが、議題の1つめと3つめは、大学の運営でも共通する問題ですね。

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