夏休みの自由研究(その2)

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▪️夏休みの自由研究(その2)です。翌日、宿泊したホテルが「えちぜん鉄道」福井駅の真横にあったものですから、駅に入場券で入り、恐竜列車を拝見してきました。残念ながら、この列車は予約して乗ることができません。この後の、歴史の自由研究(福井県立一乗谷朝倉氏遺跡博物館の観覧と一乗谷朝倉氏遺跡の見学)もやらねばならず、仕方なく見学のみです。親子連れが興奮されていました。私、前期高齢者ですが、小さな皆さんが羨ましかったな〜。

▪️こちらの電車、静岡鉄道から譲渡された車両なのだです。鉄道関連の企業にお勤めの知人からご教示いただきました。もともとは通勤電車なのですが、そうは見えませんよね。その知人も「かなり思い切って改造していますね」と言っておられました。できれば、次回は、孫たちと一緒にこの電車に乗ることができればなあと思っています。

「阪急モダン図鑑」(逸翁美術館・大阪府池田市)

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■先週の土曜日、1回生の「社会学入門演習」の現地実習を終えた後、京都に直行しました。私はfacebookで鉄道愛好家の方達のグループに入れていただいていますが、そのグループの重鎮ともいうべきBさんがお住まいの神奈川県から関西にお越しになり、「夕食を一緒に取りませんか」とのお誘いを受けていたからです。Bさんはこの日、大阪の池田市にある逸翁美術館で開催されていた展覧会「阪急モダン図鑑」を観覧してこられたのでした。お話を伺うと大変興味深そうな展覧会でした。しかも、その翌日が最終日というとで、阪急の創始者である小林一三さんのこと、そして阪急電車のことを勉強しに、池田(大阪府池田市)まで行くことにしました。テニスの松岡修造さんの曽祖父が小林一三さんなんですね。知りませんでした。

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■館内には、阪急、宝塚歌劇、遊園地や行楽地、そして阪急沿線の住宅開発に関する多数の貴重グラフィックが展示されていました。阪急を中心とした関西の近代化を概観するときに、いずれも貴重なものです。もちろん、それらは撮影厳禁。唯一、撮影が許されていたのは模型でした。左は、阪急西宮北口の線路の模型です。大変マニアックな模型です。私がまだ学生で、母校である関西学院大学に通学していた頃は、今津線と神戸線とは直行していました。「ダイヤモンドクロス」です。懐かしいですね。右は、阪急三宮です。阪神淡路大震災でこの建物は壊れてしまいました。もう現存していません。ビルに開いたアーチ型の出入り口から電車が出入りしていた頃のことを記憶しています。

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■この展覧会の図録は発売されていませんでしたが、このようなリーフレットが売られていました。『レール&ステージ 小林一蔵の贈り物』。最初のページにはこう書かれていました。

線路(レール)でつなぐ家と街
電車で出かける百貨店・劇場・映画館…
より良い暮らし、新たな楽しみが広がる舞台(ステージ)へ
私たちの生活には
小林一蔵の贈り物があふれている

■リーフレットでは、小林一三の年代別(年代別 1872-1910、1910-1930、1930-1945、1945-1957)と事業別(阪急電鉄、宝塚歌劇、阪急百貨店、東宝)に整理され大変わかりやすい構成になっていました。私の出身大学・関西学院大学も、小林一三と深い関係にあります。学校法人関西学院による「関西学院事典」では、次のように説明されています。

1918年の大学令発布後、大学設置を目指した関西学院は財政的理由からそれを果たすことができなかったが、高等商業学部教授菊池七郎が実業家河鰭節の助言を受け、関西学院は神戸の都市化によって教育環境が悪化した原田の森を離れ、上ケ原に移転することとなった。
その際、原田の森キャンパスの売却と上ケ原校地の購入に貢献したのが小林であった。
1928年、土地売買契約が結ばれた。
その条件は、原田の森キャンパス(2万6,700坪)・建物の譲渡金320万円、上ケ原校地(7万坪)購入費55万円であった。
その貢献を讃えるため29年の創立40周年記念式典において、関西学院は小林に英文・和文の感謝状とカナダの著名な画家J.W.L.フォスターが描く肖像画(阪急学園池田文庫所蔵)を送った。
阪急沿線への学校誘致は関西学院だけでなく、1933年には神戸女学院が誘致された。

■この日は、逸翁美術館のあと、小林一三記念館を訪れましたが、建物な入ったところに、この解説にある肖像画が飾られていました。ところで、小林一三が作り上げてきたビジネスモデルは、日本の社会に大きな影響を与えてきたと思うのですが、人口減少、都心回帰…といった現在の社会の大きなトレンドの中で、もし小林一三が生きていたら、どういうことを考えるでしょうね。ふと、そのようなことを思いました。

路面電車が走る街

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▪️龍谷大学全国保護者懇談会で、岡山と広島に出張しています。保護者の皆さんと個別に学修懇談を行うことが主な仕事になります。今は、広島に移動しましたが、昨日は岡山でした。時間がないのですが、朝、少しだけ路面電車を「鑑賞」することにしました。路面電車のある街は、ゆとりがある…というか、落ち着いた素敵な雰囲気がありますね。本当は早起きして乗車してみるべきでした。広島の路面電車はもっとすごいですよね。明日の早朝は路面電車に乗ってみようと思います。ところで、路面電車の写真の上の方をご覧ください。桃があります。岡山ですね。

旧大津公会堂と京阪800系

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日本最長普通列車A新快速米原経由姫路方面播州赤穂行

@shinyoko2 #新快速 #東海道線 #北陸線 #琵琶湖線 #京都線 #神戸線 #赤穂線 ♬ 銀河鉄道999 - 遠藤正明


■普段、通勤で、時々利用するJR西日本の「新快速」。わかっていませんでしたが、現在のところ、日本最長普通列車なんだそうですね。私が利用しているのは、ごくわずかな距離ですけど…。「敦賀から播州赤穂まで、長いよね〜。電車がよく遅延するけど、これだけ長いと、いろいろ人身事故も起こるよな〜」とは思っていましたが、こうやって「銀河鉄道999」のBGMで地図で移動していく列車を拝見すると、見方が少し変わってきました。何度も、この動画をみてしまいました。楽しい。TikTokに投稿された画像です。

■facebookの鉄道愛好者のグループでこの動画をシェアしたところ、知り合いのJR西日本に勤務されている方からコメントをいただきました。さすがプロは違います。正確には、以下の通りだと思います。

しょーもないウンチク言いますと…。
敦賀から来た車両は姫路までしか行かなかったハズデス(笑)
敦賀→米原:4両編成
※米原で前に8両編成を増結
米原→姫路:12両編成
※姫路で後ろの4両(敦賀発の車両)を解放
姫路→播州赤穂:8両編成
列車としては最長なんですけど、車両目線で見ると実は姫路でバトンタッチしてるカタチです🚃

■酒飲みの皆さんの中には、夜の新快速に関して、苦い思い出をお持ちの方もおられるのではないかと思います。酔っ払って寝過ごしてしまうのです。私が勤務している社会学部でも、開設された初期の頃には、瀬田の街で飲んで、西明石や姫路まで行ってしまった方がおられたようです。そういった話は最近聞かなくなりました。職場の同僚と仕事帰りに一緒に呑むなんていう習慣というか文化も、少なくとも私の周りからは消えてしまいました。新型コロナウイルスが感染拡大する以前からです。健全になったのか、それともその逆なのか。私にはよくわかりません。

鉄道ピクトリアル2022年10月臨時増刊号[特集]京阪電気鉄道

20220912the_railway_pictorial.jpg ■この雑誌、私のような「ちょっと鉄道が好き」程度の者が購入する雑誌ではないような気がします。ガチの、本物の鉄道ファンの方達が購入される雑誌だと思っています(たぶん)。中身も本格的で、私のような者には近寄り難い、技術的な事柄にまで踏み込んだ記事が多数…。それでも、この「臨時増刊号」は買いました。fbのお友達が記事を書いてあることもあるのですが、今や利用する鉄道といえばJRと京阪になりますので、特集が「京阪電気鉄道」であったことから買いたくなったのです。京阪と地域社会の歴史的な記事、そこに掲載されている写真等については、私のような者でも非常に興味深く、勉強になると思います。この雑誌、密度の高い記事が多いせいでしょうか、ちょっと高めの価格になります。でも、思い切って購入しました。

■鉄道雑誌は、日本では何種類も定期発行されています。それぞれに編集上の傾向が異なっています。そのことをfacebookのお友達の方が教えてくださいました。実物を対象にした鉄道雑誌として、『鉄道ファン』、『鉄道ジャーナル』、『鉄道ピクトリアル』の3つが三大雑誌にあたるのだそうです。それぞれの雑誌の編集には独特の傾向や強みが存在しているようです。『鉄道ファン』は車両の外観や運用に強く、今風に言うと「撮り鉄」向けの色合いが強い雑誌なのだそうです。その背景には、カメラのCanonの存在があるのだとか。Canon以外の他社の一眼レフカメラが、絞り優先だったのに対して、Canonはシャッタースピード優先で、走るものを写すのに強かったのです。『鉄道ジャーナル』は社会派です。ローカル線の廃線問題の現地レポートなど、大都市圏の鉄道サービスなどはこの雑誌が得意とする分野とのこと。そして最後の『鉄道ピクトリアル』は、特定のテーマをすごく深く掘り下げる、特に、車両の設計とか技術的特性のようなものにフォーカスするのはこの雑誌の最大の特徴であるようです。 この臨時増刊号にも、京阪電車の社員の方が、技術的なことを詳しく解説されていました。

■この三大雑誌の他にも、さまざまな鉄道関連の雑誌が出版されています。たとえば、『旅の鉄道』なんかもそうです。この雑誌は私の鉄道に対する関心と重なるところが大きいです。多数の鉄道関連の雑誌が刊行され続けているということは、すごいことだなあと、改めて思います。それだけ鉄道に対する関心を持った人たちが多数、日本にはおられるということなのでしょう。以前は、「てっちゃん」というややネガティブな響きを持つ言葉が、鉄道ファンの人たちに貼り付けられてきました。それが嫌だからか、自ら鉄道ファンと名乗ることが憚られた時代もあったのではないかと思います。しかし、最近は、そのような傾向も次第に和らいできているようにも思います。TV番組でもよく鉄道や鉄道ファンが取り上げられます。サクソフォン奏者である上野耕平さんが鉄道ファンであることよく知られています。また、俳優さんが登場する鉄道番組もあります。「六角精児の呑み鉄本線・日本旅」もそうです。こういう「遠くへ行きたい」の鉄道版のような番組は、従来の鉄道ファンからすれば某流ということになるのかも知れませんが、私自身は、鉄道ファンにも多様性があることが大切だと思っています。鉄道ファンも、その裾野が広がっている方が良いと思っています。

東京の地下鉄


■この動画を、鉄道好きのfacebookのグループの中で教えていただきました。東京の地下鉄が、戦前からどのように拡大してきたのかが理解できます。素朴にすごいな〜と思いました。同時に、これの大阪版も見てみたいと思いました。さて、動画を拝見すると、東京の地下鉄の始まりは、浅草と上野をつなぐことから始まったことがわかります。上野駅について調べてみると、wikipediaですが、以下のような記述があります。

かつては鉄道が電化されるまでは皇居付近への乗り入れが認められておらず、また東京市が戦前に私鉄の都心(山手線内と15区内の大部分)乗り入れを認めなかったことから、北は上野駅、南は新橋駅、東は両国橋駅(現両国駅)、西は万世橋駅(後の交通博物館前)が端点となっており、3大副都心の駅(新宿駅・渋谷駅・池袋駅)及び上野駅・浅草駅は郊外へのターミナル駅として発達した。

■戦前の東京の地下鉄、今の銀座線は、この説明にある、浅草、上野、万世橋、新橋、渋谷を繋いでいます。説明にある端点、ターミナル駅をつないでいることになります。でも鉄道に詳しい方にお尋ねしてみると、「端点、ターミナル駅には市街地が形成されることから、そこは『人の多い場所』になった。地下鉄は、その経営を成立させるために『人の多い場所』ををつないでいったのではないか…」と説明してくださいました。なるほど。東京の地下鉄の拡大も、市街地や郊外がどのように形成されていったのか、その様子と重ね合わせて動画になると良いなあと思います。でも、これは、紙ベースで自分でやるしかないですね。

■東京の地下鉄以外にも、世界各国の地下鉄の動画があります。ベルリンのものは、とても興味深いです。冷戦時と冷戦後、ベルリンの壁ができた時と、無くなった時とで地下鉄の様子に変化が生まれます。

JR西日本の「懐鉄」(懐かしい列車)

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■うーん…ずいぶん迷いました。150円なので、大津駅だけでもと買ってしまいました。JR西日本が発売している「懐かしい列車の入場券」=「懐鉄」です。JR西日本のいろんな駅で、廃止になったさまざまな列車の写真が掲載された入場券、発売されているのです。大津駅は急行「きたぐに」です。

■「きたぐに」は、大阪駅と新潟駅の間を東海道本線・北陸本線・信越本線経由で運転していた夜行急行列車です。定期運転は、2012年3月17日で運行終了しました。今は、関西から新潟に行く場合も、東京を経由して新幹線で移動されるのではないかと思います。昔は、一般にはどんな人たちが、どういう目的で利用していたのでしょうね。関西の人が新潟に出張して朝から仕事があるとした時に、前泊が必要なるのではないかと思います。体力は要りますが、こういう夜行急行列車があると電車の中で睡眠をとって、新潟に到着したらすぐに仕事を始められるので、便利といえば便利ですよね。実際のところはどうだったのか、わかりませんが。

■若い頃のは、この「きたぐに」はもちろんのこと、鉄道には関心がなかったのですが、夜行寝台に乗って大阪から新潟に行った記憶があります。学生時代に所属していた、学生オーケストラ、関西学院交響楽団でソビエト連邦に演奏旅行に出かけたのですが、行きも帰りも、新潟から旅客機に乗りました。1979年のことになります。新潟空港からソ連のまずはハバロフスクに飛びました。その後は、モスクワ、レニングラード(現在のサンクト・ペテルブルグ)、バルト三国のラトビアの首都リガ等で演奏をしました。でも、ソ連への入出国は新潟からでした。その時に、「きたぐに」に乗っているのではないかと思います。でも、「つるぎ」という特急も走っていたようで、どっちなんだろうな〜思うのですが、今となってはよくわかりません。

■ところで、この「懐鉄」の「きたぐに」の入場券の話題をfacebookにも投稿したのですが、ある方から以下のようなコメントをいただきました。

少年時代、大津で過ごしました。長浜の先生が、「終電は『きたぐに』やねん。」と、言われてたのを思い出しました(笑)

こちらのブログの記事では、かつては大津発0:12の「きたぐに」に乗車すると、長浜には1:15に到着していたようです。大津で遅くまで飲んでいても、長浜まで帰ることができたわけで。今だと、大津発の最終の長浜行きの電車は大津発22:41です。長浜には23:41に着きます。飲兵衛にとっては、1時間以上遅くまで呑めるので、昔の方が良かったですかね。

旧名鉄美濃駅の510系

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(wikipedia commonsより)


■鉄道が好きです。でも好きかな…と思ったのは、ずいぶん歳をとってからでした。少年の頃から鉄道に夢中になっていると、知識も豊富な鉄道ファンになっているのでしょうが、私の場合はそうではありません。プチ鉄道ファンでしかないわけですが、facebookの中に、そのような私でも仲間に入れてくださる鉄道ファンのグループがあります。そこに参加して、本物の鉄道ファンの皆さんに、いろいろ教えていただいています。先日も、NHKで「10分で巡る にっぽんの廃線」という番組があることを教えてもらいました。

■さっそく、番組を拝見したところ、その回は東北・北陸編で、「名鉄岐阜市内線」が取り上げられていました。短い時間ですが、そのスタイルと色に強く惹かれてしまいました。この名鉄510系は、もともと美濃電気軌道(美濃電)が1926年に新製した半鋼製四軸ボギー車です。知らなかったのですが、ボギー車とは、電車の台車が、車体とは独立してある程度回転できる仕組みになっていることをいうようです。で、運転席が丸くなっているデザインがなんともいえず素敵です。大正時代に流行したデザインのようです。

■その後、NHKBSプレミアムの「六角精児の呑み鉄本線・日本旅『春・九頭竜線・長良川鉄道を呑む!』」を録画してみました。すると、なんとなんと、名鉄510系が登場していました。旧名鉄美濃駅に保存されている電車です。最近、ずっとこの古い電車の美しさ魅了されています。コロナがちょっとましになったら、旧名鉄美濃駅まて行ってこようかな、いや行きたいな…と思っているところです。ところで、この番組のナレーターは、壇蜜さんですね。はやく昔のように元気になって欲しいです。
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(wikipedia commonsより)

叡山電車 もみじのトンネル・ライトアップ2021 市原駅~二ノ瀬駅間


■こういう動画を偶然、見つけることかできました。夜、ライトアップされた紅葉を電車の中から鑑賞する、とっても幻想的です。素晴らしい。

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