2017ホノルルマラソン

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20171222hawaii1.jpg ■今年度は、国内長期研究員ということもあり、仕事がほとんど自己裁量で行うことができます。ということで、家族旅行も兼ねて、ハワイのオアフ島のホノルルで開催された「2017ホノルルマラソン」に参加してきました。かっこよく社会学部を早期退職された原田逹先生と一緒にです。しかも、大津駅前のいつもの居酒屋「利やん」のランニングチーム、「チーム利やん」のメンバーとして走ってきました。12月8日から13日までの短い期間でしたが、初めてのハワイを楽しみ、念願のホノルルマラソンを完走することができました。宿泊したホテルからは、ワイキキビーチを一望できました。この景色を見たときに、初めて「ああ、ハワイに来たんだな〜」と実感できました。

■ところで、原田先生は昨年も、「チーム利やん」のチームメイトである なかちゃん(中川俊典さん) と一緒にホノルルマラソンを走っておられるのですが、今年は私と一緒に走ってくださいました。ありがとうございました。入国後、ホテルに着く前に、原田先生と一緒に市内のコンベンションセンターの向かいました。ナンバーカードを受け取りました。私のナンバーカードの背景はオレンジ。自分に対する自信がなく、自己記録よりも遅いタイムでエントリーしたところ、5時間から6時間29分のグループに入ることになりました。30kmまでは自重して、最後は頑張って残った体力を使い切って走り切ろうと思ったのです。もっとも、これはあくまで計画でしかありません。実際のマラソンはどうだったのか、後述します。

■12月のハワイ。確かに冬なんですが、日本とは20℃近くも温度差があります。ホノルルに到着してから、少し体調の調整に手間取りましたが、それもなんとかクリアすることができました。大会前日の朝には、原田先生、そして原田先生のランニング仲間でホノルルマラソンに参加されていた皆さんと一緒に、最後の調整のため、ダイヤモンドヘッドに向けて軽いジョギングを行いました。今回は私の息子もホノルルマラソンにエントリーしていたので、この朝のジョギングを一緒に楽しみました。

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20171222hawaii4.jpg■ダイヤモンドヘッドに向けての調整のジョギングは、6:30/km程度のスピードでゆっくりしたペースでした。原田先生のランニング仲間とは、びわ湖成蹊スポーツ大学の當麻先生です。そして、今回は、當麻先生が教えておられる市民ランナー講座の履修生の皆さんも一緒に走りました。皆さんは、ワイキキからダイヤモンドヘッド、さらにファーマーズマーケットまで走られるとのことでしたので、私たちは無理をせず、途中、ダイヤモンドヘッドまでご一緒させていただきました。夜明け前に、ワイキキビーチをスタートしましたが、ダイヤモンドヘッドに進むに従い、次第に明るくなってきました。ダイヤモンドヘッドの麓の高台には、車がずらりと路上駐車していました。みんなサーファーの皆さんの車です。海面を見ると、サーフィンを楽しんでいる人たちでいっぱいでした。良い波がやっとくるのをサーフボードに乗りながら待っておられました。気持ちの良いジョグとともに、ハワイらしい風景を楽しんむことができました。宿泊しているホテルに戻る手前のところでは、「ホノルルマラソン」の前日に開催する「カラカウア メリーマイル」で盛り上がっていました。仮装して走る人、赤ちゃんを乳母車に乗せて押して走る人、老いたお母さんに車椅子に乗って貰いその車椅子を押して走る人、1マイルなので短い距離ではありますが、大変盛り上がっていました。
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■さて、本番の2017ホノルルマラソンですが、日本からfacebookでたくさんの応援をいただいたことあり、なんとか完走することができました。ありがとうございました。今回は、すでに述べたように、大津駅前のいつもの居酒屋「利やん」のランニングチーム「チーム利やん」のメンバーとして走りましたが、原田先生、そして息子も無事に完走することができました。応援してくださった皆さん、本当にありがとうございました。

■完走はしましたが、個人的には、いろいろ課題が残りました。まず、1つ目。今年の10月に参加した100kmウォーキング「びわ100」の時もそうでしたが、前日にきちんと睡眠を取ることができませんでした。どうしてなんでしょうね。遠足の前の日に眠られない小さな子ども。入試の前日眠られない受験生。そういうのと同じなんでしょうか。今日は、真っ暗な早朝の5時にスタートだったので、2時に起きて、3時過ぎにはスタート地点に向かわなければなりませんでした。早い時間にベッドに入ったのですが、なかなか眠りにつくことができませんでした。睡眠時間は2時間くらいでしょうか。これが、まず1つ目の課題です。

■2つ目の課題。30km以降、ランが崩れてしまいました。事前に取り組んだ日本の練習では、きちんと30km走をやっていたのですが…。今回は、スマホのランニング用のアプリを使わずに、5kmごとのラップを時計で確認し、自分のランニングの調子と勘案しながらスピードを調整しました。ホノルルマラソンの公式サイトでは、記録が公開されています。私の記録は、4時間41分52秒だそうです(原田先生が個人の記録のデータの見方を教えてくださいました)。以下は、19時半近くの時点での記録です。

4:41:52
男性55歳-59歳 205位/982人
男性全体 2339位/10833人
全体 3346位/20351人
10km1:04:56
15km1:37:45
20km2:16:49
25km2:41:33
30km3:12:36
40km4:24:5

■ということで、一応、自己記録が出ました。30kmから崩れなければもっと良いタイムが出たのにな…と思わないわけではないのですが、これが今の私の実力ですね。30kmまでは、きちんとスピードを抑えて走ったつもりでしたが、なかなか難しいものです。30kmまでは抑えて、30kmからはスピードを上げて走る予定だったのですが、現実には、最後はヘロヘロ状態でなんとかゴールすることになりました。最後のふんばりが効くように練習の方法を考えたいと思います。いろいろ経験豊富な方達から教えていただきたいと思います。

■ところで、今回のホノルルマラソン、憧れの大会に出場できたということももちろんありますが、最後は息子と一緒にゴールできたことで大変思い出深いものになりました。私は、自分のゴール予想タイムを低く見積もっていました。ということで、息子よりもスタートの場所は後ろの方になりました。無理せず、最初に想定したスピードで進むと、10kmあたりで息子を抜くことになりました。息子は、フルマラソンが2回目。1回目は、現役のスポーツ選手だった頃です。息子の初マラソンのタイムは、3時間50分のあたりだったと思います。この記録、私からすれば「すごいな〜」ということになります。初マラソンですしね。しかし、今回はそううまくはいきませんでした。やはりスポーツから遠のいて4年経っているせいでしょう。ところが、私が30kmあたりから崩れてスピードが落ちたこともあり、最後の方で追いついてきました。息子も相当疲労が溜まっていたようで、そこからは親子で一緒に走ることになりました。そして最後は一緒にゴール。脚の痛みに苦しんでいるのを、息子に伴走してもらい、なんとかゴールしたという感じでしょうか。こんな展開が待っていたなんて、びっくりです。

■3つ目の課題。いつも、フルマラソンを走った後は、燃え尽き状態に陥り、練習を継続できなくなります。今回は、そのようなことのないように頑張ります。今回は、「チーム利やん」のメンバーとして、マスターの光山さんにシャツも貸与してもらい、いわば店の名前を背負って走ったわけですが、完走ということで、マスターにも納得・満足してもらえたのではないかと思います。今年は、10月に2回目の100kmウォーキングを完歩。12月にはホノルルマラソンを完走することができました。とても思い出深い年になりました。次は、来年2月末のレイクサイドマラソンのハーフに出ます。距離が半分になりますが、フルマラソンとはまた違う課題があります。頑張ります。
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■ホノルルマラソンの翌日。ホノルル市内のコンベンションセンターに完走証を受け取りに行きました。完走証と、昨日、フルマラソンを走った時につけたゼッケンをパウチシートの中に入れてもらいました。サービスです。これは記念になりますね。場内には、すごく長い行列ができていました。なんていうんでしょう、「完走者が記念写真を撮る看板」の前に長い行列ができていました。とても並ぶ気にならなかったので、そのまま外に出ると、とても驚く出来事がありました。大学時代、所属していた関西学院交響楽団で、ホルンを吹いていた同級生のIくんがいるではありませんか(家人が発見しました)。それも、ボランティアスタッフとして完走証を渡す会場の入り口で、いろいろ会場の案内をしていました。Iくんは、毎年、ホノルルマラソンに参加してはホノルルからクリスマスカードを送ってきてくれていました。今年で23回完走したそうです。もう随分長く彼とは実際にあってはいませんでしたが、こんなところで会えるとは思ってもみませんでした。
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■12日に帰国の途につきました。昼の便に乗ると、日付変更線を越えるので、日本への到着は13日の夕方になりました。おそらく、大学に勤務している間は、ホノルルマラソンに出場することはないと思います。この季節は授業もあるし、卒論指導で大変だし、無理なんです。このエントリーの冒頭にも述べましたが、今年は、国内長期研究員で、自分の裁量で自由に時間を使って仕事をすることができました。そこで、この季節に家族旅行も兼ねてのマラソン出場することもできました。ということでして、また出場するとしても退職後の69歳の時になりますね。その時、まだ私はフルマラソンを走っているのでしょうか。ということで、帰国する日、夜明け前になりますが、ホノルルを離れることを惜しみつつ、朝から、ワイキキビーチをジョギングしてストレッチも行いました。脚のケアです。帰国すると、すぐに翌日の朝から総合地球環境学研究所の会議でした。そして、そのあとは、長崎県の対馬に調査に向かいました。また、バタバタした生活が始まりました。

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