福知山マラソンの結果

20121129fukuchiyama.jpg ■先週の金曜日、「福知山マラソン」に出場しました。初めてのフルマラソン挑戦でした。レース会場には、これまで指導してくださったコーチとコーチの車で入りました。雨模様で辛いフルマラソンになるのかな…と心配していましたが、先月のハーフマラソンの時と同じように、スタート時には小雨になり、その小雨もしだいにやんでいきました。21kmを超えるころには、少し太陽の光も見え始めていました。そういう意味で、コンディションは、それほど悪いものではありませんでした。

■今回、大変ありがたいことに、私の初マラソン参加を心配してくださったコーチが一緒に走ってくださいました。これまでは、facebookを通してご指導いただきましたが、今回は、実際に走りながらの指導いただいたということになりました。コーチは、サブ3(フルマラソンを3時間切りで走ることができる)ランナーで、私のような初心者とは走力に関しては雲泥の差があるわけで、初心者にあわせてゆっくり走っていただくこと、申し訳ないやら、ありがたいやらで…心から感謝しています。

■スタート後、コーチが伴走してくださったこともあり、他の皆さんのスピードに惑わされることなく、6:30/km前後のスピードで、ペースを守りながらひたすら淡々と走ることになりました。この程度のスピードだと、ジョギングと同じですから、コーチとおしゃべりを楽しみながら走ることができました。体の上半身は(心肺機能的には)何も問題はなく、いつまでの走り続けられる感じでした。うまくいけば、初マラソン4時間半で完走も夢ではありませんでした。

■先月末のハーフマラソンでは、練習のときのタイムから、計画的に走りました。前半でタイムの貯金をして、後半粘ってゴールするという計画でしたが、それがうまくいき1時間55分18秒と、自分としても満足のいく結果が出ました。しかし、ハーフマラソンとフルマラソンとでは、まったく違う競技であることを今回は実感しました。ハーフマラソンは心肺にもそれなりに負荷がかかり、息も「ハーハー」となるわけですが、フルマラソン、それも私程度の初心者がフルマラソン完走を目指すばあいは、心肺というよりも、脚力、それも長い距離の負荷に脚の筋肉がどれだけ耐えうるのかが大きな問題となるわけです。そのことを頭の中で理解はしていたのですが、実際そのための準備がきちんとできていたかといえば、まったくできていませんでした。

10月末のハーフマラソンの後、脚の回復をまって走り始めたのが1週間後、そのあとも、風邪をひいて微熱が続き、なかなかきちんと練習をすることができていませんでした。走り込みが不十分なままフルマラソン当日を迎えることになってしまいました。女子マラソンランナーの野口みずきさんが、「走った距離は裏切らない」とおっしゃったことは有名ですが、私のばあいは「走った距離」が短かったために、とんだ結果になってしまいました。フルマラソンの前日は、十分な勉強をせずに大学入試を受けにいくのに似た、不安な気持ちでした(昔を思い出します…)。その不安が、結果として、右フクラハギの故障・途中棄権という形で現実のものとなってしまいました。

■さきほども書きましたが、上半身は快調だったわけですが、10kmを超えるあたりから、少しずつ、脚に負荷を感じるようになりました。10kmに至る前には、チーム「利やん」のメンバーでもある中川さん(なかちゃん)が、追いついてきました。中川さんは、チーム「利やん」のエース。フルマラソンを3時間40分で走った記録をもっている方です。「一番後ろから走っとたんやけど、やっとワッキーに追いついた」(中川さん)、「なかちゃん、自分はこのペースで完走を目指すから、先にどんどんいって」(脇田)なんてやりとりをしたあと、私を追い抜いていかれました。ただし、私の方も、このペースを守れば中川さんに追いつくことはできないにしても、それなりのタイムでゴールできるのでは…とまだその可能性を捨てていませんでした。

■6:30/kmのペースをあくまで維持しながら、用心しながら走っていましたが、21kmを過ぎたあたりからその負荷が軽い痛みに変わってきました。折り返し地点の前では、追い抜いていった中川さんが、反対車線を走ってこられました。お互いの健闘を祈って片手でハイタッチなどしたりして、まだ余裕がありました。しかし、折り返し地点をまわってさらに走った26kmあたりで、ストップ。屈伸をしたりしながら、脚の様子を確認しました。まだ、なんとかいけそうでした。コーチは、大変心配されて、「無理なら歩きましょう」と何度もいってくださいましたが、まだ走ることをあきらめられませんでした。

■さら走り、28kmを超えたあたりで、左フクラハギにパチッと何か小石が当たったような感覚を感じました。その瞬間、その感覚は強い痛みになりました。今となれば、コーチの「無理なら歩きましょう」というアドバイスを受け入れておけば…と思わないでもありませんが、あのときは、歩くことに対して抵抗感がありました。実際には今月は走り込みができていなかったのですが、きちんと練習を積み、その練習の成果をきちんとレースで出す…という自分なりのスタイルや思いに、どこかでこだわっていたのかもしれません。まだ脚を引きずりながらでも歩くことができたのかもしれませが、この時点で棄権することにしました。これまで熱心に指導してくださり、しかも伴走してくださったコーチには、大変申し訳ない気持ちでいっぱいになりましたが、私は回収バスで戻ることにしました。

■回収バスでゴールについたのは、レース開始後4時間18分ほどたっているときでした。ゴールでは、JRの特急に乗って、私の初マラソン完走ゴールを見守るために妻も来てくれていたのですが、カッコいいゴールシーンを見てもらうことはできませんでした。痛む脚を引きずりながら、妻と一緒に救急のテントにいき、医師に視てもらいました。肉離れだろうという診断でした。

■ゴールでは、次々に市民ランナーの皆さんがゴールされていました。皆さんのゴールを祝うアナウンサーの声がスピーカーを通して聞こえてきました。そのとき、少し悔しい思いもありましたが、臥薪嘗胆、次回の京都マラソンは、きちんと体調管理をして練習を積み重ね、必ず完走するぞという気持ちが沸き起こってきました。次回、京都マラソンは、もっとしっかり練習をします。

■トップの写真は、試合前の受付のさいに、ランナーの皆さんに渡された激励メッセージです。地元の小学生からのメッセージです。しかし、肉離れをしたので、この小学生の応援に応えることができませんでした。しっかり治療して、また一から練習を積み重ねます!大切にしようと思います、このメッセージカード!

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