NHKエコチャンネルのブログ「昔の人は、なぜ不便な山村に暮らしていたのか?」

20150515ecochannel.png ▪︎一つ前のエントリーに引き続き、これもfacebookでみつけた興味深いブログ記事です。NHKの「エコチャンネル」という環境情報専門の動画サイトにあるブログです。このようなサイトがあることを知りませんでした。いろいろ、興味深い情報があるので、これからは時々チェックしてみようと思います。で、どういうタイトルのブログ記事なのかといえば、「昔の人は、なぜ不便な山村に暮らしていたのか?」…です。NHK甲府放送局、山岳カメラマンの米山悟さんの記事です。面白いです。一部を引用しておきます。

なぜお婆さんたちのご先祖は、代々ここで暮らていたのか? それは戦乱で日本が貧しく、インフラが未熟だった時代(間近では昭和20年代)には、都市に住んでいるよりも、山あいに住んだ方が、清潔な水、食べ物、燃料、建材が、お金ではなく労働と協調によって手に入り、生きやすかったからです。こうした集落の多くは平家の落人、戦国時代起源の伝説を持ち、新しいところでは敗戦直後の満洲帰還者の戦後開拓として始まった所が多いのです。先のお婆さんも、戦後の飢餓の時代も麦があったから食べ物には困らなかったと言っていました。彼らは自分の事は自分で出来る、お金に頼らず生きて行ける力を持つ、逞しい知恵と力の持ち主です。食べ物を収穫し、うまく保存し、炭を作り、製材をする。先行きの見えない今の時代、人が最も必要とする確かなものではないかな、と思うのです。

現代人は山里を不便なところと思いこんでいますが、身一つで住み着いて生き延びられる所は、本来平野部や盆地の中央ではなく、山裾だったのだと思います。平野部の江戸、名古屋、大阪の都市は、治水と流通が整備された太平の17世紀以降に初めて都市化が可能になった場所です。山歩きを通してそんなことに気が付きました。

▪︎「お金ではなく労働と協調によって手に入り、生きやすかったからです」、「食べ物を収穫し、うまく保存し、炭を作り、製材をする。先行きの見えない今の時代、人が最も必要とする確かなものではないかな」。両方とも大切な指摘だと思います。

いい専門家とは

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▪︎朝日新聞の連載「折々のことば」、現在は、哲学者の鷲田清一さんが執筆されています。私、このコラムのけして良い読者ではありません。若い友人であるSさんが、時々、気に「折々のことば」をfacebookにアップしてくれています。先日、アップされたのは、以下のものです。

いい専門家とは、いっしょに考えてくれる人のことです。

フォーラムの参加者

 福島の原発事故後に開かれたフォーラムで、知人が会場の人たちに「どんな専門家がいい専門家ですか」と問いかけた。返ってきた答えは、高度な知識を有する人でも、責任をとってくれる人でもなく、これ。社会のエネルギー源は専門家だけでは解決できない難問の一つだ。専門家も専攻分野に引きこもっていてはだめ。だれもが当事者であることを免れえないからには。(鷲田清一)

▪︎専門家ってというと、普通は、「高度な知識を有する人」だと考えられています。そして、何かあったときには、その高度な知識にもとづいて「こうすればよい」と指示してくれる人。そして、最後は何かあったら「責任をとってくれる人」…。ここには、ある種のパータナリズムや専門家とそうでない非専門家との「共犯関係」もみえてきます。鷲田さんは、原発事故に関連するフォーラムに参加した人の発言に注目します。「いっしょに考えてくれる人」。この「いっしょに考えてくれる人」に関して、facebookのコメント欄でSさんと少しだけやりとりをしました。この「いっしょに考えてくれる人」とは、もちろん「特定の意見やステイクホルダーに汲みして他者への対抗手段を考える」人でもないし、また「一方で外野から評論家的な意見を発する」ような人でもないわけです。前者においては、時として、対抗手段を考えることが目的で、特定の意見やステイクホルダーの存在は、そのための手段である、そのようなことが透けてみえてきたりします。こういう人には、うんざりましますし、時として危険であると思います。また、後者の方は、ステイクホルダーを苛立たせることになりがちです。

▪︎もうひとつ、Sさんが取り上げた「折々のことば」を見てみましょう。

スキルと呼ばれるものは、隣の芝生に行って発揮されなきゃ実はだめなんじゃないか。

小山田徹

 アーティストがアートの分野で突きつめた表現をするのはあたりまえ。異なった分野に出かけていって、アートの分野で培った技をそこに翻訳し、活用できてはじめてそれはスキルとなる。アーティストとは隣の芝生に行けるパスポートを持っている人のことだ、とこの美術家は言う。宮城県女川町で試みた「対話工房」での発言。これは博士号についても言えること。(鷲田清一)

▪︎私は、この「対話工房」のことを知りませんでした。少し調べてみました。東日本大震災で被災した宮城県の女川町で、「失われた『表現と対話の場』を人々の日常に取り戻すために、様々な地域から様々な分野の表現者が集まって、現地の人と共に活動」することを目的にされています。この小山田さんのことば、「隣の芝生に行って発揮されなきゃ」というのは重要だと思います。私のように、「自分の専門領域のなかだけで、偉そうにしていても、結局、何もできないやん…」と心底思ってしまっている人間には、ビンビン心に響いてきます。異分野に出かけて自分がもっているものがスキルとして評価されるとき、必要とされるとき、なんらかの具体的な「現場」のなかで(あるいは「現場」のコンテクストにおいて)、意味のコミュニケーションが生まれます。そのこようなコミュニケーションからは、創発的に新しい価値も生み出される可能性が高まる…そういうふうに思うのです。

(写真と本文とは、特に関係はありません。)

総合地球環境学研究所での会議

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▪︎4月29日、祭日ですが、朝から仕事に出かけました。京都の上加茂にある総合地球環境学研究所に向かいます。いつものように、奥田プロジェクト「生物多様性が駆動する栄養循環と流域圏社会─生態システムの健全性」の社会科学系の班での打ち合わせです。この班のメンバーは、山陰、北陸、東北にも分散していることもあり、今回は、関西在住のメンバーが集まりました。左から京都大学の篭橋一輝さん、プロジェクトリーダー・地球研の奥田昇さん、京都大学生態学研究センターの谷内茂雄さん、それと私です。社会科学系の班、じつは「人間社会班」というなんでもありのネーミングなのですが、この班の今年度の予算執行と細かな研究計画、そして来年度以降の研究ロードマップについて議論を行いました。篭橋さんが、事務局的な役割をこの会議で果たしてくださったこともあり、議論は無事に終了。これで、ひとまずは安心です。あとは粛々と研究調査を進めるだけです。もちろん、粛々とはいっても、山あり谷あり…だと思います。

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20150429chikyuken4.jpg ▪︎総合地球環境学研究所の建物はずいぶん変わった形をしています。たくさんのプロジェクトがありますが、プロジェクトごとの部屋はありません。オープンな空間のなかに、プロジェクトのエリアがあるだけです。上・左の写真は、奥田プロジェクトのエリアです。まだ、プロジェクトが動き始めたばかりであり、今日は休日ということもあり、ちょっと閑散とした雰囲気です。まあ、そのうちに賑やかな雰囲気になってくるのではないかと思います。よくわかっていないのですが、大漁旗は、奥田さんが持ち込んだものです。愛媛大学に勤務されているときのもののようです。漁船が大漁旗を掲げながら漁港に帰ってくるように、私たちの研究プロジェクトも成果が「大漁」になればいいなと思います。上・右の写真は、会議や打ち合わせを行うスペースです。環境的には非常に恵まれているように思います。そして左ですが、総合地球環境学研究所のマスコットキャラクターのようです。「地球研」だからでしょうかね、「地球犬」というようです。「上賀茂名産の京野菜「すぐき菜」と犬が仲良くなって生まれた、うさぎみたいな犬」という設定らしいです。歌と踊りもあるようです…。この「地球犬」についてのコメントは控えたいと思います(^^;;。

▪︎総合地球環境学研究所での会議は、13時過ぎに終了。そのあと、深草キャンパスに移動しました。緊急に対応すべき出来事がおきたものですから。なかなかハードな日でした…といいますか、現在、まだ大学で出来事に対応しています。できた隙間の時間でこのエントリーを書いて気分転換しています。引き続き、頑張ります。

小佐治での説明

20150420kosazi.jpg ▪︎14日、総合地球環境学研究所・奥田プロジェクト「生物多様性が駆動する栄養循環と流域圏社会─生態システムの健全性」のメンバーと、プロジェクトの調査地のひとつである、滋賀県甲賀市小佐治集落を訪問し、集落の環境保全部会の皆さんと一緒に、現地での協議を行いました。何度も報告してきたように、小佐治では、集落の環境保全部会の皆さんを中心に、「豊かな生きものを育む水田づくり」のブロジェクトに取り組んでおられます。村の水田や周辺の環境に、生き物の賑わいをつくるためのプロジェクトです。

▪︎昨晩は、再び、小佐治を訪問しました。晩の8時半から、小佐治の農事改良組合の皆様の会合があり、そこで私たちの調査のことをご説明させていただけることになったからです。この日は、総合地球環境学研究所を紹介した冊子と、リーフレットを持参し、さらには私たちの調査をわかりやすく説明したパワーポイントのスライドを印刷したものを持参し、説明させていただきました。お忙しいなか、私たちのために時間をお取りいただき、ありがとうございました。今後も、集落の各種団体の皆様と連携をはかりながら、小佐治の「むらづくり」に貢献できる調査にしていくよう、努力をいたします。

京都大学生態学研究センターでのセミナー

20150418seitaiken.jpg▪︎昨日は、京都大学生態学研究センターで開催された研究セミナーに参加しました。このセンターは、龍谷大学の瀬田キャンパスと同じ瀬田丘陵にあります。ということで、かなり「ご近所」なのです。「ご近所」ということもあり、相当前にこのセミナーに参加したことがある…ような気もするのですが記憶が定かではありません。今回のセミナーは265回目(すごいですね)。センターの谷内茂雄さんが企画されました。谷内さんと私は、総合地球環境学研究所の奥田プロジェクト「生物多様性が駆動する栄養循環と流域圏社会─生態システムの健全性」にコアメンバーとして取り組んでいます。そのようなこともあり、今回のセミナーのことを谷内さんから教えてもらったのでした。

▪︎谷内さんがセンターでセミナーを担当されるときは、「人間と環境の両方にまたがるテーマ」で企画するのだそうです。ということで、この日のゲストはお2人。大橋春香さん((独)国立環境研究所)と、 菊地直樹さん(総合地球環境学研究所)です。それぞれ、「統合的な野生動物管理にむけた社会科学と生態学の融合的アプローチ:イノシシ問題を事例に」、「コウノトリの野生復帰を軸にした包括的再生」をテーマにお話しをしてくださいました。

▪︎大橋さんの講演は「統合的な野生動物管理にむけた社会科学と生態学の融合的アプローチ:イノシシ問題を事例に」でした。大橋さんは、長年にわたり獣害問題に取り組まれている梶光一先生がリーダーをされた研究チームのメンバーで、成果として出版された『野生動物管理システム』(梶光一/土屋俊幸 編、東京大学出版会)にも執筆されています。この『野生動物管理システム』は、谷内さんや私たちの研究成果である『流域環境学 流域ガバナンスの理論と実践』(和田英太郎 監修/谷内茂雄・脇田健一・原雄一・中野孝教・陀安一郎・田中拓弥 編,京都大学学術出版会)のフレームにもなっている「階層化された流域管理」という考え方を、積極的に参照し応用してくださっています。

▪︎講演で大橋さんは、「イノシシによる農業被害問題を事例とした、統合的な野生動物管理に向けた社会科学と生態学の融合的アプローチによる研究事例を紹介」されました。環境社会学の立場から興味深かったのは、「村人は必ずしも獣害対策のためだけで活動しているわけではない…」という点です。活動することで、「村のつきあい」や「村のなかに賑わい」が生まれることを楽しみにされているのです。これは、私が滋賀県の農村での調査でも強く思っていることでもあります。野生動物というよりも「山の獣たちとのつきあいの問題」であり、「村人とのつきあいの問題」でもあるのです。もうひとつ、山に獣が増えると里では蛭も増えるという話しもお聞かせいただきました。蛭は野生動物の血を吸って栄養にしますから、野生動物が増えることは蛭にとっても都合がよいようです。蛭は、獣害の野生動物と一緒(ひっついて)に里にやってきます。里に蛭が増えると、蛭を嫌がって人びとが家の外に出たがらなくなる…ということも聞かせてもらいました。悪循環ですね。

▪︎私からの質問は、講演のタイトルにある「統合的」とは、どういう意味で「統合的」なのか…ということでした。難しい問題です。空間スケールの間に潜む問題や、空間スケール間から創発的に生まれてくる作用など、もっといろいろ質問したかったのですが、「生態学研究センター」は社会科学系の研究者がいないアウェイな場所でもありますし、あまりにも社会科学的な質問をすることに少し抵抗感があり、遠慮してしまいました。でも、大橋さんのようなテーマに関して、他の研究グループともっと交流し、環境問題と空間スケールに関する問題をもっと議論していくべきだと強く思いました。

▪︎2人目の講演者は菊地さんです。菊地さんの講演は、「コウノトリの野生復帰を軸にした包括的再生」でした 。菊地さんは私と同じ環境社会学会のメンバーですし、総合地球環境学研究所に勤務されていることもあり、よく存じ上げている方です。今回の菊地さんの講演は、「地域の課題解決に向けた再帰的な当事者性を有する研究方法としてのレジデント型研究」に焦点をあてたものでした。レジデント型研究。この概念については、ぜひこちらのページをご覧ください。菊地さんの講演のなかで私が強く関心をもったことを簡単にいえば、研究者の立ち位置と、研究者の役割…という問題になります。研究者は現場にどう関わっていくのか、菊地さんのばあいはどうなのか。そのあたりのことを丁寧にお話しくださいました。

▪︎こういう問題は、はたして生態学者にはどう伝わっているのかな…という不安もありました。「生態学研究センター」というアウェイな場所で、環境社会学的な質問に偏ることを心配したのです。「そういうディスカッションは環境社会学会でやりなさい」と怒られそうなのを覚悟で、こんどはいろいろ質問させていただきました。大橋さんの講演の「統合的」に対して、菊地さんのほうは「包括的」ということになるのでしょうか。「統合的」は異質なものをつなぎあわせる…というイメージに対して、「包括的」は異質なものをゆるやかに(とりあえず)包みこむ…というイメージです。私この空間スケールを異にするステークホルダーの間の関係が気になるのです。

▪︎菊地さんへの質問・コメントのさいには、鷲田清一さんの「折々のことば『いい専門家とは、いっしょに考えてくれる人のことです』」(朝日新聞)という短いコラムのことを紹介させていただきました。この鷲田さんのコラムのこと、佐藤祐一さん(琵琶湖環境科学研究センター)の最近のfacebookへの投稿で知りました。佐藤さん、ありがとうございました。佐藤さんは、そのfacebookの投稿のなかで、「特定の意見やステイクホルダーに汲みして他者への対抗手段を考えるということではないでしょうし、一方で外野から評論家的な意見を発するのでもない」とコメントされていました。これは菊地さんの講演の内容とも合い通じるところがありました。講演のかなでは、菊地さんが実践されてきた「鶴見カフェ」の取り組みが紹介されました。このような実践は、多様な空間スケールに分散する、多様なステークホルダーの間で発生する軋轢や緊張を緩和するための「場」の構築…といえるのかもしれません。「場」という大きな風呂敷でゆるやかに包みこむという感じでしょうか。私自身も、地域づくりの実践や研究プロジェクト等で、このことを強く意識しています。

▪︎講演のあと、生態学研究センターにしばしば猪が出没しており、その猪がセンターの裏山を荒らしているのということで、その現場を見学させていただきました。そして、「信じられないぐらい本数の少ない路線バス」に乗って瀬田駅へ移動し、駅前のお店で、大橋さん、菊地さんの慰労会をもちました。アルコールの勢いも手伝って、そのお店でも菊地さんと深いディスカッションすることができました。大変、有意義な時間をもつことができた。菊地さん、ありがとうございました。また、このようなチャンスを与えてくださって生態学研究センターの谷内茂雄さん、そして生態学研究センター長の中野伸一さんにも、心からお礼を申し上げたいと思います。

総合地球環境学研究所・「奥田プロ」のコアメンバー会議

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▪︎滋賀県野洲市須原で「魚のゆりかご水田」の魚道設置をしたあとは、京都の上賀茂にある総合地球環境学研究所に戻りました。ここで「奥田プロジェクト」(「生物多様性が駆動する栄養循環と流域圏社会─生態システムの健全性」)のコアメンバー会議が開催されることになっていたからです。滋賀からは、地球研の上原佳敏さんの運転でいわゆる「途中越え」して京都に戻りました。コアメンバー会議では、予算、人事、研究計画と進捗状況、前日にいった小佐治での調査を具体的にどう進めていくか…やるべきことは山ほどあります。いやはや、とってもとってもハードです。頑張ります。来週の月曜日20日は、小佐治の土地改良組合の会合にお邪魔して、ご挨拶と調査の概要についてのご説明をさせていただく予定です。

野洲市須原の「魚のゆりかご水田」プロジェクト

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20150415suhara6.jpg ▪︎朝7時40分に、総合地球環境学研究所の上原佳敏さんにJR山科駅で拾っていただき、野洲市の須原に向かいました。「須原魚のゆりかご水田」で、今年も魚道の設置作業が行われたからです。

▪︎この「魚のゆりかご水田」に関しては、昨年のエントリー「野洲市のゆりかご水田」で説明しました。そのエントリーのときに書いた説明を、ここに再掲しておこうと思います。

■滋賀県には日本一大きな湖である琵琶湖があります。琵琶湖は約400万年前に現在の三重県伊賀上野市あたりに誕生し、その後大地の運動とともに、約40万年前に現在の位置に移動してきました。当時の様子を想像してください。まだ、人間は住んでいません。梅雨時に雨がふり琵琶湖の水位が上昇すると、陸地であったところも水没してしまっていたはずです。現在、琵琶湖では、瀬田川にある瀬田川洗堰(せたがわあらいぜき)や、琵琶湖に流入する河川の水量を人工的に調整されていますので、水没するということはありません。かつては、「陸の世界」と「水の世界」のあいだに、両者の「グラデーションのような世界」が存在していたのです。たとえば、琵琶湖の周囲にある水田です。かつては魚が水田の水路を遡上し、水田のなかに産卵していました(魚にとって、人間が住み始める前の草原の湿地と水田に違いはありませんから・・・)。特に、大雨が降ったあと、かつては魚が水田のなかを背びれをたてて泳いでいたという話しを、あちこちで聞くことができます。ところが、上記の「魚のゆりかご水田プロジェクト」の概要にあるように、水田を土木工事(圃場整備、土地改良等)によって整備してからは、魚が水田に遡上できなくなりました。というのも、水田の水がぬけやすいよう(転作しやすいように)に排水路を深くしたため、水田の水面と排水路の水面のおあいだに大きな落差が生まれてしまったらかです。

■「魚のゆりかご水田プロジェクト」では、水面と水田のあいだを「魚道」でつなぎ、魚が水田に遡上できるようにします。魚が復活することで、以下のような良い点があげられています。滋賀県の近江商人で有名な「三方によし」(売り手よし、買い手よし、世間よし)をもじって「五方によし」といっています。(1)生き物によし、(2)地域によし、(3)子どもによし、(4)琵琶湖によし、(5)農家によし・・・です。以下は、その「五方によし」を解説した図です。「魚のゆりかご水田プロジェクト」のページの中から引用させていただきました
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▪︎この説明からご理解いただけたと思いますが、須原の魚道については、少し説明を加えておきます。須原では、魚道が設置しやすいように、水田と排水路との間の法面から水田の底にまで、コンクリートで魚道が設置しやすい工事をしてあります。このコンクリート部分にはスリットがあり、そこに合板でできた板を、小さなものから順番にはめ込んでいくので。すると、魚が遡上しやすい魚道が短時間で完成するわけです。水漏れを防ぐための工夫もされています。水道管が凍結するのを防ぐために水道管をくるパイプカバーを、魚道の水漏れを防ぐためのパッキンのかわりに使っておられるのです。従来の土嚢を積む魚道の設置と比較して、かなり作業時間が短くなり、労力が軽減されるようです。この日は、滋賀県立大学環境科学部生月資源管理学科の学生さんと助教の皆川明子先生が来られて、須原の農家の皆さんと一緒に作業をされていました。私はもっぱら見学するだけなのですが、総合地球環境学研究所の上原佳敏さんは、学生さんたちと一緒に長靴を履いて作業をされました。上原さん、お疲れさまでした。須原の皆さん、魚道設置の作業風景を見学させていただき、ありがとうございました。

甲賀市小佐治での協議

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20150414kosazi3.jpg20150414kosazi4.jpg
20150414kosazi5.jpg▪︎昨日、14日、総合地球環境学研究所・奥田プロジェクト「生物多様性が駆動する栄養循環と流域圏社会─生態システムの健全性」のメンバーと、プロジェクトの調査地のひとつである、滋賀県甲賀市小佐治集落を訪問しました。集落の環境保全部会の皆さんと一緒に、現地での協議を行いました。小佐治では、集落の環境保全部会の皆さんを中心に、「豊かな生きものを育む水田づくり」のブロジェクトに取り組んでおられます。村の水田や周辺の環境に、生き物の賑わいをつくるためのプロジェクトです。

▪︎もともと小佐治は、美味しい米やもち米が生産されることで有名な集落です。水田が重粘土の古琵琶湖層群の土でできているからです。そのような美味しい米やもち米が、さらに生き物が賑わう水田で生産されたということになれば、食の安心・安全に強い関心をもつ消費者の皆さんに、人気が出ないはずがありません。実際、小佐治では、めだかが成長する水田で生産した米を、「めだか米」として販売しています。それでは、そういった経済的な付加価値だけを動機付けとして小佐治の皆さんは「豊かな生き物を育む水田づくり」に取り組んでおられるのかといえば、それだけではないと思います。この点については、いずれ詳しく説明いたします。

▪︎私たち奥田プロジェクトでは、昨年から、この小佐治の「豊かな生きものを育む水田づくり」の活動をお手伝いしてきました。そして今年度からは、地域の皆さんの活動が、具体的に、環境面でどのような効果を生み出しているのか、科学的な測定をさせていただき、村づくり活動を側面から支援させていただくことになっています。そのようなこともあり、昨日は、どの水田で水質や生物多様性に関する測定をさせていただけるのかを検討するために、小佐治の環境保全部会の皆さんと一緒に現場を回りながら候補となる水田を視察させていただきました。当然のことながら、私たちが頭のなかで考えていたのとは異なります。現場はなかなか複雑で曖昧です。しかし、その複雑さや曖昧さに、できるだけぴったりと向き合いながら、小佐治の皆さんがさらにエンパワーメントされるような形で支援をさせていただければと思っています。そして相互に学びあうことのできる形に、小佐治の皆さんとのコラボレーションが進んでいけばよいなあと思っています。

▪︎その詳細については、またこのブログでご報告させていただければと思います。写真について少し説明します。上段の2枚は、「甲賀もち ふるさと館」で環境保全部会の皆さんと一緒に協議を行っているところです。この日、初めてお会いする方たちも何名かいらっしゃり、最初は少し堅苦しい雰囲気でしたが、お話しが進むうちに、笑い声が出てくるような打ち解けた雰囲気になってきました。協議の後は、測定の候補地と思われる水田を視察しているところです。そして、最後は、「甲賀もちふるさと館」に併設されている「もちもちハウス」(直売所)前にある「たいやき」コーナーです。ここで、小麦粉ではなく米粉で焼いたたたい焼きが食べられます。美味しいんです、この米粉のたい焼き。

対談 久松達央×丸山康司

■4月9日のエントリーは「『エコな農家』か『農家のエゴ』か 有機は環境にいい? 悪い? 」でした。 久松達央さんと丸山康司さんの対談です。なかなか面白いので、次の対談を待っていましたが、知らないあいだに(4)にまで進んでいました。以下が、そのリンクです。

・「エコな農家」か「農家のエゴ」か 有機は環境にいい悪い?農業と環境の微妙な関係を考えよう(1)(2015年04月08日)
・あらゆる農業はいつか植物工場にたどり着く?農業と環境の微妙な関係を考えよう(2)(全5回)(2015年04月09日)
・「意識の低い環境先進国」になろう 農業と環境の微妙な関係を考えよう(3)(全5回)(2015年04月10日)
・環境問題と権力 理屈で人は動かない 農業と環境の微妙な関係を考えよう(4)(全5回) (2015年04月13日)

『都市社会研究』(せたがや自治研究所)第7号の発行

20150412toshisyakai.jpg ▪︎東京都世田谷区が設置している「せたがや自治政策研究所」が発行している『都市社会研究』7号の特集「次世代に配慮した地域環境の創造」に、拙論「地域環境ガバナンス多様なコミュニケーション」が掲載されました。

▪︎「せたがや自治政策研究所」の概要は以下の通りです。詳しくは、こちらのページをご覧ください

せたがや自治政策研究所は、地方分権の進展の中で、世田谷区の政策形成能力の向上を目的に2007年(平成19年)から、区の内部組織として設置されました。設立当初から、区と区民等との協働の推進と区民主体のまちづくりの一層の発展を目指して、世田谷区の中長期を展望した政策立案の基盤となる基礎研究を進めています。研究にあたっては、政策形成基盤のさらなる強化を目指して、調査・政策研究の推進、情報資産の整備と活用、政策立案の支援、人材育成の促進の4つの役割を軸とした事業を展開しています。

▪︎表紙の拙論のタイトルで「あっ…」と思うことがあるのですが、もう仕方ありませんね。私のせいではありませんよ…(^^;;。

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