芥川仁さんの季刊新聞「リトルヘブン」2014年冬33号
■尊敬する写真家、芥川仁さんから、季刊「リトルヘブン」が更新されたとの連絡が入りました。「リトルヘブン」は、芥川さんが発刊されている「全国の里を訪ね、暮らしに寄り添い、身近な自然の豊かさと地域共同体の魅力を発進する」インターネット新聞です。芥川さんは、『水俣・厳存する風景』(1980年・水俣病センター相思社)、『土呂久・小さき天にいだかれた人々』(1983年・葦書房)、『輝く闇』(1991年・葦書房)、『水俣海の樹』藤本寿子共著 (1992年・海鳥社)等の写真集を出されてきたことで有名ですが、優れた文筆家でもあります。そのような芥川さんの魅力が、この「リトルヘブン」からドンと伝わってきます。
■2014年冬33号のフィールドは、和歌山県田辺市上秋津地区です。芥川さんの写真と文からは、みかん栽培で盛んな上秋津地区の人びとの暮らしや人生が、じんわりと伝わってきます。長くなりますが、引用させていただきます(芥川さん、すみません)。ちょっと注目したのは、次の部分です。自治体の合併のさいに、村の共有財産である村有林を維持していくために「公益社団法人上秋津愛郷会」を設立して、そこに所有権を移したという記述です。このようなことは、格別に珍しいことではないのですが、おもしろいのは、そこが松茸山であるということですね。かつては、当たり前のようにとれていた松茸ですが、高度経済成長期の燃料革命のあと、森林に人の手が入らなくなったため、松茸はとれなくなりました。しかし、この上秋津地区の高尾山では、現在でもとれているのです。ということは、森林の手入れをされている…ということなのかなと思うのです。どういった形で、森林を維持されているのでしょうね。愛郷会設立から現在までの過程を知りたいと思いました。
和歌山県田辺市上秋津地区は、東に高尾山(606m)北に三星山(549m)西に竜神山(496m)南は衣笠山(234m)に囲まれた小さな盆地だ。その中央を北から南へ会津川が貫いている。水田となる平地が少ないため、年間の平均気温が16.5℃、平均降水量が1650ミリという気候を活かし、古くからみかんの栽培が盛んな農村である。上秋津地区には、会員約470人で構成される公益社団法人上秋津愛郷会がある。会員の条件は、昭和32(1957)年から上秋津地区に住んでいることだ。昭和32年の合併の際、旧上秋津村の村有財産の所有権を愛郷会へ移し、地域の振興、学校教育の推進、治山緑化のために、資金を提供するなどの活動を続けてきている。
「おい、先生」と、私に声を掛けたのは、電動剪定ハサミのバッテリーを背負った山本博市さん(66)だ。「高尾山行ったことあるか、先生。上秋津愛郷会の山や。それを14区画に分けて入札するんや、松茸や。最高価格160万円、最低は2万円。一昨年は、ええとこやったら3000本くらい生えたかな。我々のとこでも1000本、今年で市場価格キロ6万から7万円や、12、3本で1キロや。大きいの小さいの突っ込みで3000本ということでっせ。和歌山でも一番から三番に松茸が生える山や」と言うと、私を軽トラックの助手席に乗せ、高尾山の山頂へ向かった。ハンドルを握って登山道を走らせながら、博市さんは「たかおの山をあおぎつつ 文の林にわけいらん」と、子どもの頃に通った上秋津小学校の校歌を歌い出した。
■今回の33号では、みかん栽培のこと以外のことでは、村のお宮さんの当家(とうや、一般には頭屋とも標記します)のことや「どんど焼き」のことが面白かったな〜。ぜひ、皆さんもお読みください。
【追記1】■「公益社団法人上秋津愛郷会」の立派な公式サイトがありました。
【追記2】■上記の公式サイトに、上秋津愛郷会の歴史に関する記述がありました。このような記述があります。引用します。村の財源をきちんと担保しながら、村づくりを積極的に進めてきた様子がわかります。
昭和の大合併時に、上秋津村は、地元の高尾山や三星山、東牟婁郡古座川町七川などに山林を、また地元に土地などを所有していた。合併を機に、村有財産処分が検討された。しかし、資産の分配はしなかった。「社団法人」組織の愛郷会をつくり、財産を保全管理していく道を選んだのであった。法人資格を得るため、初代会長の田中為七さんらが和歌山県庁に泊まり込んで書類をつくったことは、語りぐさになっている。そうして、上秋津愛郷会は、1957年に設立される。
「上秋津の財産を上秋津の人の手で守る。当時の人たちの思いが、愛郷会という組織を残したのだと思う」歴代の会長すべてが語る。
上秋津公民館や秋津野塾、愛郷会の事務局が入る農村環境改善センター、学校のプールや若者広場などの各用地の購入、確保の際には、愛郷会から資金が支出された。あるいは、集落排水事業にともない、11ある集落の集会所のトイレが水洗化されたときには、各集落に100万円ずつの補助費を提供した。地域振興、学校教育の振興、治山緑化のために支出される金額は、毎年500万円から600万円にのぼる。上秋津のマスタープランの作成は、町内会の協力とともに愛郷会の資金援助なしにはできなかった。 秋津野ガルテンへ 平成15年には、元上秋津小学校跡地や校舎を利用したグリーンツーリズム計画が持ち上がり、地域で話し合いの結果、平成19年、住民489名が出資して運営会社が立ち上がった。同時に愛郷会が田辺市より、旧田辺市立上秋津小学校跡地を買取り、土地を運営会社(株式会社秋津野)に貸し出し、旧校舎を再利用した、都市と農村の交流施設『秋津野ガルテン』が整備され事業がスタート。平成20年11月にオープン以来、年間6万人を超す利用者が訪れ、地域が活性化し雇用も生まれている。
そうした資金の裏付けになっているのが、会が管理する地区の財産である山林や宅地などで、合計財産は2012年度には約5億1000万円となっている。
しめじ栽培の研究中高尾山・龍神山・三星山周辺で、毎年、秋におこなわれ、地区内外から希望者が殺到するマツタケ山の入札(入会権)も、大切な収入源だ。また、2002年からは和歌山県と共同で、本シメジを育てるプロジェクトが高尾山で試験的におこなわれている。
地方に移住したい若者たち
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■『TURNS』という雑誌があります。facebookの公式ページもあります。そこには、基本情報として以下のように書かれています。
人、暮らし、地域をつなぐ雑誌「TURNS(ターンズ)」
説明
都会から地方に生活の拠点を見出そうとする人が増えています。これから自分が暮らしていくべき場所はどこか。新たな自分を発見し、活かしてくれる場所はどこなのかを真剣に考える人が増えています。豊かな暮らし方の答えが一つではないことに、みんなが気づき始めています。そして、いままで目を向けて来なかった、地方の魅力を再確認しようとする気運も高まっています。雑誌『TURNS』が伝えていくのは、今まで注目されていなかった地域の魅力。おもしろそうな人が集まっている地域と取り組み。新しい移住者を求めている熱い地域。そして、そんな地域で新しい自分を発見するための方法です。
■基本情報
【発行】
季刊誌(6・9・12・3月の年4回発行)定価980円・第一プログレス【誌名について】
ターンズのTURN には、U ターン、I ターンのターン。社会、暮しを見つめ直す、折り返し地点としてのターン。そしてさらに、次に行動を起こすのは“あなたの番”(Your TURN)、という意味も含まれています。
■私が、大学の講義で「地域社会論」を担当しているから、たまたま気になっているのだけなのかもしれませんが、従来の田舎ブーム(正確には第二次田舎ブーム)に加えて、「地方」や「地域」に注目するメディアが増えているように思います。この雑誌も、雑誌名が面白いですね。ターンズのTURN には、U ターン、I ターンのターン。社会、暮しを見つめ直す、折り返し地点としてのターン。そしてさらに、次に行動を起こすのは“あなたの番”(Your TURN)からきているというのです。
■このような現象は、現代社会が「定常型社会」の段階に入っていることと関係しているのかもしれません。「定常型社会」では、これまでのような経済成長を前提とした物質的ないしは貨幣価値的によって評価することのできる豊かさを目指すわけではありません。経済成長のときは、多くの若者は、地方から出て東京や大阪のような大都市を目指しました。また、そのように仕向けるようにも社会の仕組みがなっていました。しかし、状況が変わってきました。
■このようなことは、最近の若者の「地元・実家志向」等とも、どこかで関係しているのではないかと思います。自分の経験に限定していえば、学生の「地元志向」がかつてと比較して相対的に高まっているように思います。この「地元志向」とは、流動的な現代社会の不安定さを忌避し、そのようなあり方に背を向ける逃避的な意味での「内向き志向」なのか(地元には、かつての仲間がいる)。それとも、地元にポジティブなもの/ことを発見し、そこから自分の暮らす地域社会を再生・再評価していこうとしているのか(ぼやっとでも…)。現代の若者の「地元志向」には、この両方の傾向があるように思いますが、これら両者の関係のあり様が気になるところです。
『定常型社会―新しい「豊かさ」の構想 』(岩波新書)
『コミュニティを問いなおす―つながり・都市・日本社会の未来 』(ちくま新書)
ちょっと微妙だけど…
『地方にこもる若者たち 都会と田舎の間に出現した新しい社会』(朝日新書)
書評『地方にこもる若者たち 都会と田舎の間に出現した新しい社会』(大澤真幸)
■この雑誌とは関係ありませんが、最近の若者の意識の「地元・実家志向」と関連する記事をネットでたまたまみつけたので、備忘録がわりに…。
【第一回】よさこいを踊る若者は「地元ヤンキー」ではなかっ
【第二回】魚屋の息子は、なぜ「ひきこもり」にならないのか
【第三回】お湯を沸かした経験もない「ネットカフェ難民」
現代の若者の心理と国会等の移転問題
首都圏に住む若者の84%が「地元好き」。中国地方出身者では96%も!
若者の未来interview
■これも備忘録…田我流も。
「取り戻せ!つながり再生モデル構築事業」
■今日の午前中、滋賀県庁琵琶湖環境部琵琶湖政策課を訪れました。流域と地域とのつながりを再生するための「取り戻せ!つながり再生モデル構築事業」に関して打ち合わせをするためです。県庁の職員の方が、研究室に伺うとおっしゃっていましたが、通勤の途中、大津駅で降りれば県庁はすぐそこですから、私のほうから訪問させていただくことにしました。
■こういうモデル事業というと、大きな予算をかけた事業のように思われるかもしれませんがそうではありません。簡単にいえば、「身近な水環境のつながり再生に向けて、県も含め地域の関係者が立場を超えて一緒になって話合い、プラン作りを通じてつながりの再生を実現する」ためのモデル事業です(最大3地域を公募することになっており、すでに募集は終了しています)。モデル地域に選定されると、次の3つに関して支援が行われます。また、モデル地域の成果をもとに、県内の他の地域のつながり再生にも取り組んでいく予定になっています。
(1)話合いの「場」の立ち上げおよび運営
(2)「場」におけるプラン策定のための検討
(3)「場」の運営に係る経費の一部負担。
■詳しくは、以下のリンクをご覧いただければと思います。
知事定例記者会見(2013年11月12日)
平成 25 年度 取り戻せ!つながり再生モデル構築事業 モデル地域公募要領
■担当者の方たちとは、「盛り上がり」のある打ち合わせができました。キーワード的にいえば、地域環境ガバナンス、地域と行政の連携のあり方、地域を支援する行政組織のあり方…。なかなか面白い話しができて、気持ち的には盛り上がりました。自分の個人研究や、研究プロジェクトとも深く関わっている内容ですので、これからどう展開していくのか大変楽しみにしています。写真ですが、特にモデル事業とは関係ありません(あたりまえですね)。打合せのあと、大津駅前の蕎麦屋さん「やま喜」で昼食を摂ったときのものです。ミニ天丼にミニ月見蕎麦。
研究会議
■京都にある地球環境学の研究所、「総合地球環境学研究所」(大学共同利用機関法人・人間文化機構)のプロジェクト「生物多様性が駆動する栄養循環と流域圏社会-生態システムの健全性」にコアメンバーとして参加しています。
■今日は、プロジェクトりリーダーの奥田昇さんが勤務されている京都大学生態学研究センターに、私も含めたプロジェクトのコアメンバーが集まり、この研究を予備的研究の段階から、プレリサーチ、そして本研究に進めていくための研究会議をひらきました。チーム全体は、複数の班に分かれているのですが、私は社会科学系の研究者による人間社会班のリーダーとして参加しました。私は、午前中、「大津エンパワねっと」の授業があったのですが、龍谷大学社会学のある瀬田キャンパスと生態学研究センターはともに瀬田丘陵にあるため、なんとかタクシーが駆けつけることができました。
■総合地球環境学研究所のホームページには、私たちの研究プロジェクトの概要が掲載されていますが、その内容は1年前のものです。この1年間で、特に、社会科学的な立場からの環境ガバナンスの議論や「階層化された流域管理」という考え方が反映され、現在では、その内容がより進んだものになりました。いずれ、詳しくご紹介できるのではないかと思います。
■この日の研究会議の目的は、プロジェクト全体の概要を説明するための、リーダー奥田さんによるプレゼンテーションを、コアメンバーも参加して丁寧に検討することにありました。もうじき、このプロジェクトの進捗状況を審査する審査会が、総合地球環境学研究所で開催されるからです。パワーポイントのスライドを、この日会議に参加した6人で、1枚1枚を丁寧にチェックしていきました。理科系・文化系といった従来の学問枠組みを超えて、様々な分野の研究者が集う私たちのようなプロジェクトにとって、このような作業は、相互の理解を深めていくためにも大変重要な作業のように思いました。
Korea AG-BMP Forum The 4th International Conferenceでの報告(1)
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■先月末、9月27日に、韓国の全州市で開催された「Korea AG-BMP Forum The 4th International Conference」に参加し、第1セッション「流域管理のパラダイムシフト」においてキーノートスピーチを行いました。今回は、総合地球環境学研究所で取り組んだプロジェクトの成果(『流域環境学 流域ガバナンスの理論と実践』京都大学学術出版会)をもとに、琵琶湖の農業濁水問題を事例とした「階層化された流域管理」についてお話しをさせていただきました。私がなぜ、この国際会議に呼ばれたのか。遠回りになりますが、以下で説明させてください。
■全州市に隣接するセマングムには広大な干潟がひろがっていました。錦江と東津江という2つの大きな河川の河口一帯に広がる広大な干潟です。様々な環境団体の反対、漁民の反対がありましたが、韓国政府は、1991年から大規模な干拓事業を開始ししました。そして、2006年に防潮堤が完成し、現在は陸化が進んでいるのです。
■当初、ここから生まれる新しい土地は農業用地だったのですが、現在の韓国社会はそのような農地を必要としなくなっています。ちょうど、戦後の滋賀県で、食料増産のために、琵琶湖の周囲の内湖が干拓されていったのと似ています。干拓事業が終了したときは、すでに米があまり減反政策が始まったからです。現在、このセマングムの干拓地では、農地のかわりに、工業団地の建設やリゾート観光地を建設することが計画されています。ところが、ある問題が危惧されています。後背地域から流入する農業関連の排水が、陸化された干拓地とともに生み出される人工湖の水質を悪化させるというのです。
■大きな2つの河川から干潟に流入する河川水には、自然由来に加えて農業排水も含まれていたと考えられます。そこには広大な干潟に生息する多様な生物の生存にとって必要な栄養が含まれていたのではないかと思います。2つの河川と海が育む豊かな干潟が広がっていたのです。しかし、干拓により干潟が消滅し、生物もいなくなってしまうと、こんどはその栄養塩が水質を悪化させると問題視されるようになってきたのです。もちろん、かつての農業(稲作、畑作、畜産)とは異なり、農業の近代化ととも環境に負荷を与える農業(土地改良、化学肥料、畜産廃棄物…)に変化していることも無視できませんが、日本の諫早湾干拓事業などと同様の環境破壊を招くものだと非難されているのです(この干拓事業に対しては工事差止請求を行われましたが、韓国の最高裁では退けられています)。
■Korea AG-BMP Forumでは、韓国の様々な大学の研究者、韓国の関係省庁や関係機関が参加し、このようなセマングムが抱える問題に取り組んでいます。もちろん、この干拓事業の「そもそも論」的な根本のところで、大きな矛盾を抱えていることは間違いありません。しかし、すでに防潮堤が完成してしまった状況において、「現実問題」としてどうすれば水質悪化を防ぐことができるのか。その点について、たくさんの農業土木や工学の研究者、そして農業政策の研究者が、様々な研究や事業に取り組んでおられるのです。皆さんの報告を聞かせていただきましたが、それらの学問分野からのアプローチは、どちらかといえば、トップダウン的なものになります。農家による農業排水の負荷を低減させる技術を開発する、環境負荷削減に農家の営農を誘導していく…そのようなアプローチです。しかし、そのようなアプローチでは、限界があります。農家自身が、流域管理のステークホルダーとして参加・参画するなかで、自分たちのコミュニティの「幸せ」と流域の環境改善とを両立させていく必要があるのです。
■今回のKorea AG-BMP Forumのタイトルは、「Local community development through agricultural NPS pollution control」です。非点源(農地のような広がりをもち、特定の点に還元できない汚濁減)汚染のコントロールを通した地域農業コミュニティの発展なのです。水質改善をすること、そのものが目的ではなく、水質改善を通して農村を発展させていこう、それも内発的な発展を支援していこうというのが、今回のフォーラムの目的となっているのです。私が参加したのは第1セッション「流域管理のパラダイムシフト」ですが、このパラダイムシフトとは、従来のトップダウン的な流域管理のアプローチを大きく転換し、もっとボトムアップのアプローチを展開していく必要があるとの問題意識にもとづいています。このような問題意識が存在したからこそ、日本やアイルランド、そしてアメリカからゲストスピーカーが招かれたのです。(続きます)
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【上段左】「階層化された流域管理」について報告する私です。【上段右】フォーラム開催前の記念写真。
【下団左】フォーラム終了後には、韓国MBCテレビの取材を受けました。夕方のニュースで放映されました。【下団右】フォーラムの前日には、セマングム地域を視察しました。視察のさいに、地元ローカルテレビ局の取材を受けました。
第4回KAB国際会議
■韓国から国際会議のプログラムが届きました。
こんな内容の国際会議です。
The 4th International Conference
AG-BMP Development for Reservoir Water Quality Improvement
Korea AG-BMP Forum (KAB-4)
September 26-27, 2013, Jeonju, Korea韓国では、これまで中央政府主導による点源汚染と処理施設中心の水質管理政策を行ってきました。しかしながら、近年、その限界が徐々に理解されるようになり、面源汚染、特に農業面源汚染削減の努力がなされています。韓国の農業は、小規模農業であり、水質管理への農家個々人の参加が不可欠です。
このような背景のもと、第4回・韓国農業ベスト・マネージメント・プラクティスに関する国際会議(Korea AG-BMP)では、テーマを「農業面汚染源の管理と地域共同体の発展」とし、地域共同体の視点から、統合化されたセマングム流域管理のために、制度、技術、そして地域の人々の参加をどのように促進していくのかという点に光をあてていきます。
この国際会議では、農業面汚染源を管理するための諸政策や技術を適切に指揮し、流域の利害関係者間で考え方や見方を共有し、さらには地方政府によって運営される持続可能な流域管理へのパラダイムシフトを探求する予定です。
■私は、第一セッション「流域管理のパラダイムシフト」で、お話しをさせていただきます。さて、これからサマリー、原稿、パワーポイントの準備と続きます…。こういう国際会議は全く不慣れなもので、かなりプレッシャーです〜。研究仲間からのサポートももらい、なんとかきちんと報告を終えたいと思います。
■フルマラソンに加えて国際会議…。頑張ります。
都会と農村をつなぐ実践
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■都会と農村をつなぐ様々なプロジェクトが、全国各地で展開されています。私のゼミでも、ささやかな活動ですが、「北船路米づくり研究会」に取り組んでいます。さて、今日は、私が関心をもっている2つのプロジェクトを紹介させていただきたいと思います。ひとつは、「greensmile」(グリーンスマイル)、もうひとつは「セガレセガール」です。
■まずは、いまなかてつや さんを代表とする「greensmile」。以下のことを目的に活動されています。
都会(ニーズ・消費地・情報)と田舎(シーズ・生産地・担い手)を
コネクトし、日本のこれからのために挑戦するひとたちすべての、
夢実現へ向けたサポート活動をします。
参加する人すべての、清々しい笑顔を作るのが、
グリーンスマイルプロジェクトであり、
参加メンバーをグリーンスマイルプロジェクトメンバーと呼びます。
■で、具体的には…。下の動画をご覧ください。
【greensmilムービー2012夏】
【greensmilムービー2012冬】
■いかがですか。活動の仕組みについては、こちらに説明してあります。グリチャレ( greensmile Challenger)が、自ら都会と農村をつなぐ構想や事業を提案すると、それをグリサポ( greensmile Supporter)と呼ばれる多様なサポーターの皆さんが、資金、情報、広報、マネージメント、開発の面で応援する…、またグリボラ( greensmile Volunteer)と呼ばれるボランティアとして応援する…、ということのようです(これで正しい理解なのか…ちょっと不安だけど)。現在、東京都檜原村、奈良県桜井市、福島県会津地方(予定)等で、1㎡からのレンタルファームである「平米ファーム」という事業に取りくまれています。また、「平米ファーム」及び地域の特産を媒体に、地域(田舎)の情報発信と、販売地区(都会)の周辺情報を発信し、双方のファン作りをするための野菜を通じたコミュニケーションセンター「全快野菜ちゃん」も運営されています。さらには、情報交換コミュニティーとしてリアルなたまり場「TAMARi BAR」(地域活性型飲み会)や、品川を拠点にした燻製イベント「全快燻製ちゃん」を定期的に開催されています。すごいですね。盛りだくさんです。
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■もうひとつは、「セガレセガール」です。「セガレセガール」とは、都会で暮らす農家の息子(セガレ)や娘(セガール)たちの実家や地元のものを売る活動のことです。このセガレセガールを運営「地元カンパニー」という会社では、都会で暮らす農家の息子(セガレ)や娘(セガール)が地元のことを思い親孝行をするために、月1回マーケットを開催し場所を年会費(有料)で提供しているのです。「都会の企業に勤めながら、それでも限られた時間だけでも、実家のためや地元のために、何かしたいなって人」のためにチャンスを提供するビジネス…ですね。これも面白い試みですね。
【20130519_セガレセガール_マーケット】
■「地元カンパニー」では、「地元準備室」という事業も展開されています。「地元に戻りたい人が集まって、地元に戻る「準備」を」し、「地元に戻った際に始めるビジネスモデルを蓄積し、発信」することにも取りまれています。
■「greensmile」、「セガレセガール」、どちらも都市と農村・地方をつなぐ興味深い社会的企業(Social Enterprise)ですね。卒業後、力を蓄えて、このような取り組みにチャレンジする卒業生が現れてきてほしいと、心から願っています。
【追記】■以下の動画は、最近のgreensmileの活動。「東京ゴマ01プロジェクト」。ゴマも栽培されています。
甲賀の農村で
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■過去のエントリーで、総合地球環境学研究所の文理連携(協働)の研究プロジェクトのことをアップしました。先週の25日(土)、このプロジェクトのコアメンバーの皆さんと、野洲川流域の視察と簡単な聞取り調査にでかけました。この日は朝8時半にJR瀬田駅に集合したあと、リーダーの奥田さんが所属する京都大学生態学研究センターの車2台に分乗して、第二名神高速道路を使い野洲川の上流部まで一気にさかのぼり、上流かから琵琶湖の湖岸まで、一日かけて野洲川を少しずつ下っていきました。
■ちょうど昼頃になりますが、甲賀市にある小佐治という集落を訪問しました。小佐治は、137世帯の農村です。JRの最寄りの駅は、草津線の寺庄。滋賀県の内陸部とはいえ、兼業可能な地域です。近くには、工業団地も多数あります(滋賀県は、湖東に工場群が集積する内陸工業県です)。もちろん、専業や兼業の農家以外にも、非農家の皆さんもお住まいです。そして、他の農村地域と同じように、少子高齢化や農業の後継者の問題をかかえています。
■この辺りは、古琵琶湖層が隆起した丘陵地帯です。古琵琶湖というと、聞き慣れない人がいるかもしれませんね。琵琶湖はもともと現在の三重県の伊賀上野で、400万年前に誕生しました。地殻変動によってできた「大山田湖」です。湖とは、おおきな水たまり。地殻変動で大地生じた凸凹に応じて移動します。琵琶湖が、およそ現在の位置に到着したのは、40万年〜100万年前の間といわれています。私たちが訪問した甲賀市は、その琵琶湖の移動の通り道に位置しているのです。現在の甲賀市の位置には、約270年前から「甲賀湖」という深い湖が形成されました。この「甲賀湖」は約20万年間続きました。古い時代の琵琶湖、古琵琶湖のなかでは一番安定していた湖といわれています。
■小佐治は、甲賀市の丘陵地帯にあります。古琵琶湖の泥がたまった湖底の粘土が隆起してできた丘陵地帯です。そのため、関東地方でいうところの「谷津田」がたくさんみられます。トップの写真をご覧ください。まるで、人間や動物の肺の気道と肺胞のようでしょう。古琵琶湖の湖底が隆起してできた丘陵は、細かな粘土からできていますから、雨水を簡単には透しません。あふれた雨水は、低いところに流れていき、大地を削り、写真のような谷を形成していったのです。人間は、この谷筋に流れる雨水を頼りに水田をつくっていきました。もちろん、丘陵の森に降った雨水をためておく溜池もつくました。溜池に溜めた水を谷につくった水田にひいていったのです。大きな溜池は5つですが、小さいものは100はあったとのことです。
■もっとも、1962年に、少し離れたところに灌漑用の大原ダムが建設されたあとは、このダムの水を水路により溜池までひっぱってきました。いったん溜池に貯水して使用しているとのことです。ですから、かつて存在した小さな溜池は現在では、使われず、堤もこわれているのではないかとのことでした。ちなみに、こちらの小佐治のばあいは、丘陵の森は、ほとんど民有林でした。だいたいどの農家も1町歩ほどの山林地をもっているといいます。また、村の共有林もありました。ですから、かつては、冬になるとどの農家も山で山仕事をするのが普通だったといいます。もっとも、高度経済成長期の燃料革命で、これらの山はほとんど利用されなくなりました。
■村人のお話しによれば、古琵琶湖の細かな粘土でできている水田は、米や餅米の生産に大変適しているのだそうです。特に、小佐治の餅はこの村の名物になっており、皇室にも献上されてきたようです。左の写真は、ドブガイの化石と粘土の固まりです。古琵琶湖の時代の化石がこうやって地中から出てくるんですね。ご覧いただけばわかると思いますが、粘土は乾燥すると大変固くなります。この地域では、以前は、稲刈りの終った後でも、冬場に水田を湛水状態にしておいていたとのことでした。来年の春に農作業を始めるとき、鍬などの農具が入りやすいようにするためです。古琵琶湖の贈り物である粘土の土が、この地域の農業に特色を与えているように思います。
■ところで、最近では、この特産品を使った、米粉の麺料理や餅料理を食べさせる農村レストランもオープンしています。いわゆる、コミュニティビジネスです。大変熱心に村づくりに取り組んでおられることがわかります。もちろんハッピーな話しばかりではありません。先ほども少し触れましたが、民有林の管理ができなくなり、山は荒れ、獣害がひどくなり、田んぼにいた生物の賑わいも減ってしまったといいます。また、後継者不足や村の農地の維持についても問題になっています。現在、まだ法人化はしていないものの、「集落営農」にも取り組み始めているそうです。
■ただし、頑張って村づくりに取り組んでおられるだけのことはあります。小佐治では、水田の生きものを復活させる、生きものの賑わいを取り戻す事業にも取り組んでおられます。滋賀県庁の農村振興課の事業に応募されたのです。なぜ、応募されたのか。この辺り、「村の論理」をきちんとわかっていなければなりません。補助金というお金だけみていたのでは、「村の論理」は把握できません。問題は、農業を基盤とした村の永続生や持続性なのです。言い換えれば、「持続可能な農村コミュニティ」を目指してこの地域を再生していくためには、身近な環境保全に努めることが必要だ…と考えておられるのです。小佐治では、環境こだわり農産物の生産にも取り組んでおられます。生きものを育む水田で生産された米や餅米は、それ自体が付加価値を持つとともに、さきほどの農村レストランのようなコミュニティビジネスとともに「村のブランディング化」に寄与することでしょう。先行き不透明な、厳しい現実が存在していることは事実なのですが、小佐治のみなさんは、村づくりに大変意欲的に取り組んでおられます。そのことは、村人が話しをされている時の話しぶりや表情からも窺えました。
■興味深いことに、この村には、外部から4世帯が移り住んでこられました。子どものいる若い家族の転入を村としては大歓迎されています。また、家族の定住をサポートされてもいます。転入した家族の方でも、積極的に村の活動に参加されているようです。そのような新住民のお1人にもお話しをうかがいました。いろいろ農村地域で暮らしたいと思って移り住める家を探していたとき、この村が美しいと思ったのだそうです。そのことが、転入した一番の理由だとのことでした。山は荒れてきているとはいえ、身近な里の自然に配慮をし、村人の手が加わっているのです。村の風景は、ここに暮らす村人の心のあり様をも映し出しているはずです。そのことが、ここの村の風景を、そして村の暮らしを美しく見せたのではないでしょうか。
■今回視察したグループが取り組む研究プロジェクトは、いわゆる文理融合・文理協働の研究プロジェクトということになります。私としては、このプロジェクトの研究をとおして、ここの村づくりのお手伝いができたらと思っています。村としても、私たちの参加を歓迎してくださっています。村人の話しをうかがいながら、私の頭の中には、これからのプロジェクトが取り組むべきことがらのアイデアが、脳みそのなきら次々と湧き出してきました。経験上、こういうイメージは、とても重要なのです。これからが、楽しみです。少し先のエントリーになると思いますが、この小佐治の村づくりの取り組みを、こんどは野洲川の流域管理の問題や、生物多様性、生態系サービスの問題と結びつけながら考えてみたいと思います。
過疎地の選択 “お上依存”を脱しよう(中日新聞社説)
■以下は、本日の中日新聞社説です。大いに共感しました。大切なことは、「自分たちの幸せ」「自分たちの幸せの物差し」を共有できるかどうか…なのだと思います。
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人口減と高齢化が急速に進む中、過疎地がどう生き残るかは、とりわけ重い課題だ。地域ごとに実情は違っても、あすへの希望をつなぐには“お上依存”脱却が有効な手だてのひとつではないか。
全国の過疎地に点在する約六万五千集落を調べたら、四百五十カ所が十年以内になくなる可能性がある-。これは二〇一〇年、総務省がまとめた予測だ。いわゆる限界集落のことである。
今春出された将来推計人口などの数値でも人口減・高齢化の進行は著しい。が、そんな未来社会がマイナス面のみ強調されすぎても、やりきれない。
知恵を絞る試みが地域にあるからだ。長野県南部も、その仲間といえよう。ここは地方自治法の広域連合制度を活用している。
一県単位で全市町村が名を連ねて広域連合を構成しているのは長野(十連合)、埼玉両県だけ。規約によって消防や介護など行政の一部を補い合い、これという施策は自治体の独自性を存分に発揮できる柔軟性がミソである。
昨年始まった自然エネルギーの固定価格買い取り制度は、大企業の参入が目立ち、売電利益も電気も地元を“素通り”する。
南信州広域連合(十四市町村)の中核市、人口十万人余の飯田は「地域環境権」という考えを柱に四月、市再生可能エネルギー条例をつくった。山あいの人口約五百人の過疎地・上村(かみむら)地区で今、谷川など自然の恵みを生かした住民主体の小水力発電所計画が進む。
利益も電気も地元に還元し、地区に自立してもらう「持続可能な地域モデル」と市は位置づける。条例はその支えなのだ。
下條村。六千四百人はいた人口が四千人を大きく割った。だが、公共事業のバラマキで景気回復を図る国策には背を向け続けた。
若者が住みやすい村営格安の住宅を整備、医療費を高校生まで無料にした。未来への投資だ。人口は四千人台に戻り、何より子どもが増えた。
三分の一が限界集落の泰阜(やすおか)村。「年寄りばかりでも不幸せとは限らん」と、松島貞治村長は言う。“低空飛行の村”は「最期は自宅で迎えたい」という住民の願いを聞き入れた高齢者・在宅福祉に重きを置く村政が、村民の安らぎを支え続ける。
どれも国の政策や効率性、成長頼みより、住民の自立や安心をすくい取ることを第一にしている。
へこたれぬ田舎は、まだまだあるはずだ。もっと増えてほしい。
今日の来客
■今日、金融大手(メガバンク)のコンサルティング会社の方が2人研究室におこしになりました。私は、ふだん、このような業界の方たちとお付き合いすることはめったにないので、さてどんなものかなと思っていましたが、面白いディスカッションができました。来室の目的は、農業、地域と企業の連携による地域活性化に関する事業や、生物多様性保全に繋がる地域や農林水産業振興に関する事業に関して、意見交換を行うことでした。
■意見交換させてもらったテーマは、ひとつが農業のもっている多様な価値を、もうひとつが生物多様性のもたらす生態系サービスの多様な価値を、どのように可視化させ、そのための社会的な仕組みはどうしたらよいのか、ということだったように思います。私はそのような外部経済化されている価値を、一足飛びに市場の内部に引き込むことで可視化することには賛成できませんが、可視化し人びとのコミュニケーションを促進していくことのひとつの手法としては可能だと思いました。詳しいことは書けませんが、なんといいますか、面白い視点をもって仕事をなさっておられるな〜と思いましたし、私のような者でも、こういった企業の方たちと、広い意味でのコラボレーションができるのかなと思いました。