蓮如上人の犬塚の欅、そしてパン屋さん

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20170406druriver3.jpg■蓮如上人は、浄土真宗本願寺派第8世宗主であり、「本願寺中興の祖」と呼ばれています。その蓮如上人ゆかりの場所が、大津駅の近くにあります。駅から少し北西に行ったところに、大きな病院があります。大津赤十字病院です。その向かいに、大きな欅の老巨木があります。樹齢600年以上、樹高20m、幹周8.3m。大津市指定の天然記念物です。この欅の樹には、以下のように伝承があります。

■室町時代、衰退していた浄土真宗を蓮如上人は教団として発展させましたが、そのことをよく思わない仏教勢力から命を狙われるようになります。京都から難を逃れて大津の地に入ったときにも、殺されそうになりました。蓮如上人が食事をとろうとした時、可愛がっていた愛犬がその食事を食べてしまいます。しかし、その食事には毒が入っていたのです。愛犬は、蓮如上人の身代りとなって死んでしまいました。蓮如上人は、愛犬の亡骸を埋め、そこに欅の樹を植えて弔ったというのです。その欅が、現在の老巨木なのです。「犬塚」の石碑も建てられています。

■4月1日のことですが、この犬塚の欅の老巨木の横にあるパン屋さんにいってきました。「ドライリバー」さんです。これまでも家族が買ってきたものを食べわたことがありますが、今回は甘いパンではなく、いわゆる調理パンと食パンを購入しました。噂通りの美味しさでした。今回いただいたのは、ハムとチーズを挟んて焼いたものと食パン。特に食パンは、パンの耳のあたりがめちゃくちゃ美味しくて、また購入したくなりました。ところで、レジで「どうしてドライリバーという店名なのか」と素朴な疑問からお尋ねしたところ、レジ担当の女性が大笑いをされました。店主さんのお名前が、干川さんだから…なのだそうです。今まで、何度も同じことをお客さんから尋ねられたことでしょうね。ドライリバーの袋には、お店と、お店の横にある蓮如上人の犬塚の欅が描かれています。とてもお洒落です。浄土真宗の宗門校である龍谷大学に勤務していることから、なんとなく嬉しくなりました。

李広志先生(寧波大学外語学院日本語学科)のブログ

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■先月、中国浙江省寧波市にある寧波大学外語学院日本語学科を訪問しました。その時のことは、「寧波大学外語学院(中国・浙江省・寧波市」(3月27日)として投稿しました。そのエントリーにも書きましたが、急遽、日本語学科の教員で友人でもある李広志先生の授業で講演をすることになりました。その時のことを、李先生ご自身も中国のミニブログに投稿されており、先日、メールでお知らせくださいました。李先生が使っておられるのは、中国最大のSNSであるWeibo(微博)です。

■私は中国語ができませんが、ネットの翻訳機能を使って理解すると、およそ次のような内容のようです。

龍谷大学の脇田健一教授が来訪されました。そして、学生達のために一回だけですが、すばらしい講義をしてくれました。彼自身は社会学の教授です。高齢社会、老人の貧困の問題、子供、医療、女性、精神の幸福などの問題を講座の中で取り上げました。10年前に、私たちは、脇田教授と力を合わせて東アジアと寧波地区の葬儀と埋葬の風習に関して研究したことがあります。彼は学生に対して、言語を一つの道具であり、その道具を活かして専門性を身につけてはどうかと勧めました。言い換えれば、言語は包丁であり、専門性は食材です。

■やはりネットの翻訳機能だとわかりにくいですね。最後のところですが、日本語を勉強している学生たちに、その語学力を活かして、日本に留学して語学とは別の専門性を身につけるようにしてはどうか…ということを勧めたのです。その際、語学=道具=包丁と、専門性=食材という比喩を使ったので、その時のことを説明されているのだと思います。よく切れる包丁を持つことを最終的な目標にするのではなくて、そのよく切れる包丁を使って食材を切ったり刻んだりする事ができるようになることが大切なのでは…ということでしょうか。

異常なアクセス数

■アクセス数が異常に伸びてしまいました。普通は、多くの方達がご覧くださっているのですから、喜ぶべきことなのですが、その数字が半端ではありません。最近は、せいぜい1日に70人程の方達がご覧くださる程度なのです。特に、今は休暇明けなので、アクセス数は少なめです。にもかかわらず、急に、17時現在で1435になっています。これまでは、多くても500を超えることはありませんでした。ですから、1435というのは驚くというよりも、なんだか恐ろしいな…と思ってしまうのです。なにか、多くの人たちの関心が、このホームページの中にあるブログの記事とキーワード的に重なってしまった…と考えるのが普通なのでしょうが。とにかく、もう少し様子を伺うことにします。少しアクセス数の伸びも止まってきたようです。

■私のブログは、基本的に日記、備忘録の類ですから、多くの皆さんに注目していただけるような記事はないですよ。

【追記】
■昨日のアクセス数は、結局、1447でした。異常な状況も終息しました。

第1回「生物多様性しが戦略推進専門家会議」

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■このホームページのタイトル「環境社会学/地域社会論 琵琶湖畔初」の下にある青い文字が並ぶメニューバーがあります。このメニューバーのうち、「ABOUT-A」には、私のプロフィールやこれまでの経歴等の基本的な情報が記載されています。その中には「社会的活動」という小タイトルがあり、これまで委員に就任してきた自治体の審議会・委員会のリストが記載されています。そのうちの1つになりますが、2014年1月から2015年3月まで、「滋賀生物多様性地域戦略策定に係る専門家会議」の委員を務めていました。この専門家会議では、滋賀県の生物多様性を推進するための「生物多様性しが戦略」を策定に向けて議論を行ってきました。議論の成果は、「しが戦略」として策定され公表される事になりました。その途中では、県内6ヶ所でタウンミーティングを開催しました。私も、大津会場でファシリテーターを担当しました。この「しが戦略」の詳細については、トップの写真の中にある冊子『自然本来の力を活かす「滋賀のいのちの守り」-生物多様性しが戦略-』をご覧いただきたいと思います。PDFファィルでもお読みいただけます。

自然本来の力を活かす「滋賀のいのちの守り」-生物多様性しが戦略-

■今回開催された「生物多様性しが戦略推進専門家会議」は、この「生物多様性しが戦略」の中間評価に向けて、数値目標(指標)や中間評価の手法について再検討を行う事にありました。いろいろ議論が行われました。ひとつには、生態系サービスのうち調整サービスに関する部分が少ないことが気がかりとの指摘がありました。ダムや堤防だけで治水を行うのではなく、総合治水を行うというのであれば、人が手を入れて水源涵養の機能が上昇した森林を森林整備率等で評価することが必要だという意見です。

■私は、野生の鹿による鹿害の被害について、県内のあちこちで聞いていることから、この点から意見を述べました。鹿が増えすぎて森林や山の植生を破壊しているのです。「しが戦略」では、平成22年を基準年度として、「ニホンジカの生息数」を「しが戦略」策定時から目標年度の平成29年度までに半減することが目指されていました。もちろん、現実はうまくいっていません。また、「ニホンジカの生息数」に加えて、「狩猟免許う所持者の人数」も指標として上がっています。私が指摘したのは、これだけではどれだけ駆除できたのかが見えないので、「社会的努力」の「見える化」が必要だということです。できれば、駆除した鹿肉は廃棄物として処分してしまうのではなく、社会的にも有用な資源として活用されることが望ましいわけですが、そのあたりの実態がどうなっているのかが把握できる数値がありません。指標とはならなくても、参考値として指標を支えるようなデータが必要だと思うわけです。そのような参考値を添えることで、社会の中の生物多様性をめぐるシステムの持つダイナミックな動きを評価することができます。

■評価は、「社会的努力」を後押しするものであってほしいと思います。目標値に到達していないとダメ出しをするためではなく、なぜうまく行かないのかを考える契機にしなければなりませんし、もっと言えば、生物多様性をめぐるシステムの中で、社会的努力をしている人びとの意欲を喚起し、エンパワメントしていくような形で機能するものである必要があります。

■この専門家会議、今年の秋まで3回開催される予定です。

春がやってきました(その2)。

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■先月の29日、「春がやってきました」をエントリーしました。その後ですが、庭の変化にスピード感が出てきました。その変化が加速しているように思います。変化には気がついているのですが、私はいつまでたっても花や植物の名前を覚えられません。情けない話しですが、その一方で頑張っていることもあります。毎日、庭の変化を追いかけつつ、同時に、猛烈に増え始めた雑草を抜いています。まだ、大きくはなっていません。大きくなる前に、摘んで抜くのです。花、植物、雑草。そういう区分は、人間の都合で作った区分であって、そのような差別はなんだかちょっとおかしいわけですけどね…。ただし、雑草と呼んでいる草たちは増えるスピードが尋常ではありません。地面にしゃがむと、この季節でも、そのことがわかります。毎日、草を摘んで抜いているので、右手の肘の近くの筋肉が痛いです。腱鞘炎だな。右手の親指・人差し指・中指を使うものですから。

■前回のエントリーでは、目立った花たちを取り上げましたが、今日は、そのような目立った花の横で、とても小さい花が咲いていたり、花を咲かせる準備をしているのを確認しました。地味ですが、可憐です。トップの画像ですが、これはドウダンツツジでしょうかね。花を咲かせるまでには、まだもうしばらく時間がかかりそうですが、準備万端という感じがします。具体的に名前を言えれば良いのですが、わかるのは限られています。スノーフラッグ。ヒメツルニチニチソウ。イカリソウ…ぐいでしょうか。これから、いろいろ勉強していきます。
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研究部長の任期終了、そして長期国内研究員

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■3月末で、龍谷大学の研究部長(教員部長)の任を解かれました。2年間という短い期間でしたが、解決、対応しなければならない大きな案件がいくつもありました。多くの職員の皆さんに支えていただき、部長として職務をなんとか全うすることができました。31日には、瀬田の研究部に用件があってメールを送ったところ、担当職員の方からの返信には「脇田部長とお呼びするのも、今日が最後ですね。2年間、お疲れ様でした」とありました。いや、もう本当に感謝の言葉しかありません。ありがとうございました。

■深草キャンパスには研究部長室があります。デスクの横には長机が置いてあり、そこには、分厚い書類のファイルが2列2段積み重ねてあります。2年間の会議資料です。おそらく積み重ねれば、私の背丈ほどになろうかと思います。龍谷大学は大変丁寧に意思決定を進めるため、どうしても会議が多くなります。本音を言えば、もっと会議の数を減らして迅速に意思決定を進めることができればなあと思っています。これからの大学運営のためには、必要なことかと思います。時間も大切な資源ですから。さて、これらの資料は、すべて溶解処分にしてもらいます。また、写真に写ってはいませんが、手前のキャビネットがあります。そこにはコーヒーサーバーやマグカップ等の私物が置いてあるのですが、すべて勤務する瀬田キャンパスに学内便で送ってもらうことになっています。とまあ、そういうことでして、この2年間を振り返りつつ、深草キャンパス東門前にある「新華」で、昼食に担々麺をいただきました(研究部長を終えることと、担々麺…特に関係ありません)。4月からは、深草キャンパスに行くこともなくなります。ここのお店の料理も食べられなくなります。「思い出の坦々麺」です。

■31日の午後からは、アジア仏教文化研究センターの評価会議と、世界仏教文化研究センターの運営委員会が開催されました。アジア仏教文化研究センターの評価会議の前には、研究部の職員の方が、伏見稲荷大社のそばにある「総本家いなりや」のお煎餅をお礼にと言って持ってきてくださいました。左が「きつねせんぺい」、右が「開運せんべい」。素朴ですが、とても美味しい煎餅です。有名らしいですね。私がこの煎餅のことを知らないということで、わざわざ買ってきてくださったのでした。ありがとうございました。評価会議の後に開催された世界仏教文化研究センター運営会議、研究部長である私はオブザーバーなのですが、研究センター長からセンターの活動実績に関する評価のあり方について意見を求められました。この運営委員会での発言、そして最後のご挨拶が、研究部長としての最後の仕事になりました。

■4月になりました。すでに入学式やオリエンテーション等が各キャンパスで行われています。私はといえば、今年度、2017年度は、そのような各学部にとっての大事な行事には参加していません。国内長期研究員で研究に専念し、授業や会議が免除されるからです。振り返れば、龍谷大学社会学部に勤務して14年目になりますが、その間、9年間は様々な学内行政の仕事に従事してきました。学生生活主任2年、研究主任1年、研究科長2期4年、そして研究部長2年。必ず何か大きな課題があり、問題が発生しました。それ以外にも、「大津エンパワねっと」のような地域連携にも相当力を入れてきました。かなり精神的に疲れてしまいました。結果として、自分のことはずっと後回しになっていましたが、やっと自分のことに集中する時間を持つことができることになりました。このような研究員制度を持っている龍谷大学に心から感謝しつつ、これまでやりたくでもできなかった自分の研究を、この1年で少しでも進展させることにいたします。国内研究員制度で、どのような研究に取り組むのかについては、別のエントリーで詳しく説明したいと思います。

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