蜂蜜

20150323hatimitu.jpg ▪︎妻の知人Uさんが、蜂蜜をくださいました。自家製の蜂蜜です。Uさんは、奈良市東部にある中山間地域、田原地区にお住まいです。教育の仕事をしながら、ご自宅の農地を守っておられます。この地域はお茶の生産で有名です。京都の宇治茶は、静岡茶や狭山茶とならんで、全国的に有名なお茶のブランドですが、その原料を提供しているのは、奈良、三重、滋賀の三県です。Uさんがお住まいの地域もお茶の生産が盛んです。もちろんUさんもお茶を作っておられますが、今回驚いたのは、養蜂・採蜜をされていたことです。養蜂をされている現場には行っていないので、よくわからないのですが、いろんな種類の花の蜜が混じっているとのことです。香りが強く、爽やかな酸味のような風味があります。朝、トーストに塗っていただいていると、豊かな気持ちになります。

▪︎ところで、この田原地区は、河瀨直美さんが監督された「殯の森」のロケ地としても知られています。田原地区の住民の皆さんが、エキストラとして多数出演されています。そのことが、この映画に独特の雰囲気を生み出しているように思います。ひょっとすると、Uさんもエキストラで登場されているのでしょうかね。
「殯の森」

【追記1】▪︎このエントリーの蜂蜜のことを、facebookにも投稿したところ、以下のようなコメントをいただきました。その方は、福島にご縁のあった方です。「百花蜜といわれている(すくなくとも福島阿武隈地方では)日本蜜蜂が集めた蜜でしょうね。福島川内村の養蜂・採蜜は廃業となりました」。コメントの後半部分。廃業というのは、やはり原発の影響があるのでしょぅか。そのあたり、いただいたコメントからだけではよくわかりません。前半部分ですが、私は、蜂蜜について何の知識ももちあわせていません。「百花蜜」で検索してみました。次のような説明がありました。

通常、ミツバチは1つの種類の花から蜜を集める性質を持っていますが、なんらかの原因で、その花の蜜の分泌が少なかったり、開花状況が悪かったりする場合は、他の花からも蜜を集めます。そうやって、何種類かの花の蜜が混ざってできるのが百花蜜です。

また、日本固有のミツバチである「ニホンミツバチ」は、その地域特有の色々な野草の花から蜜を取り、独特の風味豊かなハチミツを作ります。
その、ニホンミツバチから採られたハチミツのことを、あえて「百花蜜」と呼んでいる養蜂家の方もいらっしゃるようです。ちなみに現在、日本国産のハチミツのほとんどが外来種である「セイヨウミツバチ」から作られたハチミツであり、ニホンミツバチから採られた百花蜜は非常に貴重なものです。

▪︎妻の知人Uさんに、ぜひ、このあたりのことをうかがってみたいと思います。「百花蜜」を採蜜することができるということの意味、もっと考えてみたいと思います。

【追記2】▪︎驚いたことに、Uさんから自宅に電話がかかってきました。たまに、このブログをご覧になっているようです。ありがとうございます。電話に出たのは妻ですが、「ニホンミツバチ」による「百花蜜」で間違いないようです。木の箱を置いておくと、野生のニホンミツバチが気に入れば巣を作ってくれるのだそうです。こんど、遊びにいかせていたてだくことになりました。

素敵な写真。

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▪︎龍谷大学のfaebook公式ページに、アルバム「2014年度卒業式(社会学部)」がアップされました。社会学部の卒業式の際に撮られた写真が、多数アップされています。この写真は、そのうちの1枚です。右側はゼミ生のUさん。左側は、Uさんのお祖母様。お祖母様が、孫(Uさん)の卒業を祝って花束を手渡した瞬間の写真です。素敵な写真だ〜。非常に素晴らしいと思います。

龍谷大学facebook 2014年度卒業式(社会学部)

過疎地域での在宅看取り

20150322asahihito.png ▪︎昨日の朝日新聞の「ひと」の欄は、「東條環樹さん 過疎地域で在宅看取りを広める診療所医師」でした。自治医科大学を卒業されたあと、2001年、医師5年目で、広島県の北西部の山間地域(北広島市)にある公立診療所の所長に就任されました。そして、「直前に勤めた総合病院では『家に帰りたい』と望む患者たちに何もできなかった」ことから、在宅ケアに取り組まれました。

▪︎こんなことが書かれていました。

たとえば、昨年3月、70歳代の女性が「がんの夫を家に連れて帰りたい」と相談に北。吹雪の山道を車で走り、入院先の主治医と話しあった。夫婦は1年近く自宅で穏やかに暮らすことができた。

管による栄養補給や排尿をなるべく避けるケアに変えた。食事を楽しみ、外出もしてもらう。「その人らしい生活」を大切にしたら、患者は生き生きとした。医療を控えれば最期が早まることもある。「後悔しない選択はなにか」。患者、家族と話し合いを重ね、介護職らとその選択に寄り添う。

▪︎この記事を読みながら、亡くなった父親のことを考えました。父は、肺がんで病院で亡くなりました。常に自宅に帰りたがっていました。しかし、本人の希望通りにしたくても、そのような父の希望を支えてもらえる仕組みがありませんでした。以前のエントリーにも書いたと思いますが、(1)身体の苦痛の軽減、(2)最期を迎えるまでの生活の質の維持、そして(3)自分が死んでいくことについて肯定的な意味や死生観によって支えられ、前向きに死を通過していくことのイメージをもつことができる…、この3つの条件が人の最期には必要なように思います。この3つの条件は、相互に連関しあっているようにも思います。ということで、「ひと」に登場された東條環樹さんの記事に注目していたのでした。東條さんは、地域社会のなかにどのような人の最期を支えるネットワーク(それは相補的な関係…)をつくろうとされているのか、とても気になりました。

▪︎東條環樹さんは、facebookも公開されています。

「おおつ未来まちづくり学生会議」の報告書ができました!

20150322gakuseikaigi.jpg ▪︎このブログでは、「おおつ未来まちづくり学生会議」についてたくさんのエントリーをしてきましたて。この「おおつ未来まちづくり学生会議」の取り組みは、「環びわ湖大学・地域コンソーシアム」大学地域連携課題解決支援事業2014に、「理想の大津つくろう~大学生が考える未来の大津~」という事業名で採択されました。また、その活動成果については、環びわ湖大学地域交流フェスタ2014 「大学地域連携課題解決支援事業」&「学生支援事業」活動報告会で報告され、「活動奨励賞」を受賞ですることができました。市役所の職員の皆さんと龍谷大学瀬田キャンパスの学生の皆さんが力をあわせた成果が評価されました。

▪︎このたび「おおつ未来まちづくり学生会議」の活動報告書ができあがりました。学生会議に参加した4年生の卒業式に間に合うように、龍谷大学の瀬田RECの職員の方が作成してくださいました。ありがとうございました。すばらしい出来上がりになっています。内容については、ネット上にあるPDFファイルでご覧いただくことができます。私は、アドバイザーという形で参加させていただきましたが、学生と一緒にこの事業に取り組んでくださった大津市役所の職員の皆様、側面からこの活動を支えてくださった龍谷大学の瀬田RECの職員の皆様には、心より感謝したいと思います。

「おおつ未来まちづくり学生会議」(PDF)

【追記】▪︎以下は、関連エントリーです。
越直美大津市長とのランチミーティング
環びわ湖大学地域交流フェスタ2014「大学地域連携課題解決支援事業」
「おおつ未来まちづくり学生会議」発表会、無事に終了しました。
第3回「おおつ未来まちづくり学生会議」
第2回「おおつ未来まちづくり学生会議」の開催
おおつ未来まちづくり学生会議

社会学部校友会の新会員歓迎パーティ

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▪︎昨日は、卒業式の後、琵琶湖畔にあるロイヤルオークホテルで「社会学部同窓会の新会員歓迎パーティ」が開催されました。全国の大学で、卒業式の後はパーティが開かれると思いますが、龍谷大学のばあいは、同窓組織である校友会に卒業生を新会員として迎えるという趣旨のもと、各学部の校友会が学部ごとに開催されています。私たち教員も、そのパーティに招待していただいています。

▪︎パーティのメインイベントは、恒例となっている大抽選大会です。ゼミで取り組んでいる「北船路米づくり研究会」がプロデュースした純米吟醸無ろ過生原酒「北船路」も景品に登場しました。プレゼンターは、研究会代表の小西くんと、副代表の小林さんです。また、パーティの会場では、「北船路」がふるまわれました。同窓会の皆様、ありがとうございました。

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▪︎村上太胤校友会会長からスピーチと乾杯のご発声をいただきました。会長は、1969年に龍谷大学文学部仏教学科を卒業され、現在は、法相宗大本山薬師寺の副住職をされています。たいへんユーモアたっぷりのスピーチをいただきました。ありがとうございました。また、万歳三唱ならぬ、乾杯三唱を教えていただきました。また、研究会がプロデュースした「北船路」、会長にも気に入っていただけました。ありがたいです。

▪︎パーティが始まる前、校友会会長の村上太胤さんと副会長の湯口博さんとお話しをさせていただきました。会長が副住職をおつとめになっている薬師寺は、私のマラソンの練習コースと関係しています。自宅から尼辻に走り、唐招提寺の横をぬけ、薬師寺の敷地の周りをぐるっと走って、また自宅に帰る…というのが私の定番の10km練習コースですとお伝えすると笑っておられました。

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▪︎この写真、左は、後輩がプレゼンターに登場した(トップの写真)ということで、ステージに駆け寄る4年生の皆さんです。研究会の活動は大変だったけど、頑張ったからこそ得られたものもある…そういう笑顔なのだと思います。右の写真。左はゼミTさん。その横はTさんの友達です。お名前は…忘れてしまったけど、彼女から就職活動の相談を受けたことがあり、そのときのことはしっかり記憶しています。希望通りの仕事に就くことができたようです。おめでとう!!

【追記】▪︎ゼミ生と一緒に撮った集合写真です。みんな〜、メッセージ、ありがとうね〜!!
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脇田ゼミ10期生「卒業おめでとう!!」

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▪︎昨日は、卒業式でした。脇田ゼミ10期生が卒業しました。10期生のみなさん、卒業おめでとうございます。

▪︎卒業論文の指導では、いったいこの学年は…と不安にもなりました。というのも、私が求める水準に超えることのできた学生もいますが、そうではない学生も多々いたからです。もっとも、後者のそうではない学生でも、最後はなんとか卒業論文を提出することができました。その評価はどうあれ、卒業式を迎えられたことは、本当に良かったと思っています。

▪︎通俗的な言い方になりますが、卒業後は、社会の荒波のなかで揉まれることになります。それぞれの職場で、信頼され、活躍できる人材に成長していってほしいと思います。与えられた仕事をただ単純にこなすだけでなく、自分で仕事をみつけることのできる人に成長して欲しいと思います。そして、自分を活かしてくれている周りの人びとに感謝できる、そのような気持ちを持つことのできる人にも成長してほしいと思います。ゼミでは「北船路米づくり研究会」の活動に取り組んできました。この活動での経験は、みなさんが社会人となったとき、必ず役立つはずです。みなさんが社会人として成長されることを楽しみにしています。

▪︎時々、学年の同窓会をやってください。学年の同窓会幹事は、大津の街で働くことになった上田麻央さんにお願いすることにしました。たまには、私も同窓会に呼んでください。みなさんの近況を聞かせていただきたいと思います。そして、卒業後、どのように成長されているのかを確認させてください。楽しみにしています。

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「大津エンパワねっと」5期生の「卒業生を送る会」

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▪︎昨日は卒業式でした。卒業式に先立ち、「大津エンパワねっと」5期生の「卒業生を送る会」が開催されました。毎年、卒業式の日に、この「卒業生を送る会」を開催してきましたが、こんなに多くのみなさんが参加してくれたことは、初めてではないかと思います。卒業式の前には、サークルの後輩や仲間と、卒業を祝うシーンが、キャンパスのあちこちでみられますが、5期生のみなさんは、なにはともあれはこの「卒業生を送る会」に駆けつけてくれました。「卒業生を送る会」では、5期生の担当教員からお祝いのスピーチが行われました。また、「エンパワ」に関するアンケートにこたえてもらいました。そして最後には、記念の集合写真を撮りました。

▪︎4月からは、新しいカリキュラムのもとで、8期生の「地域エンパワねっとⅠ」が始まります。私は、8期生の主担当になります。主担当の教員として、5期生も含めた「エンパワ」の先輩たちに心から感謝したいと思います。ここまで「エンパワ」が続けてこられたのも、先輩のみなさんが、地域のみなさんと苦労しながら取り組んでこられた活動の「蓄積」のおかげだからです。そのような「蓄積」が、大学と地域社会の成熟した連携関係を生み出すことにもつながっています。また、「大津エンパワねっと」は、学内外で、龍谷大学社会学部の看板教育プログラムとして認められるようになりました。「エンパワ」で実践できた活動は、世の中一般からすれば、とても小さな活動にしか過ぎません。しかし、この小さな活動からみなさんが経験したことは、みなさんの人生にとって大きな意味をもつに違いないと確信しています。社会人として活躍してください。期待しています。

第2回「龍谷大学餃子研究会」

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▪︎職場の教職員で、「龍谷大学餃子研究会」という怪しげな団体をつくっています。たった4人の小さな研究会です。しかも、実態は餃子に関して研鑽を積むというよりも、時々あって、馬鹿話しをして、仕事の夢を語り合って、「ああ、今日は楽しかった」と心の糧にする…、そんな集まりです。昨日は、京都市左京の岡崎にある、「チャイナキッチン餃子王」に行きました。中国の遼寧省から来られたご夫婦が作っておられる水餃子、ジューシーで大変美味しい餃子でした。餃子の種類も複数あり、堪能しました。

1988年の春

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▪︎我が家には子どもが2人いますが、2人とも成人して社会人になり、独立して暮らしています。そのため、連絡は「LINE」により取り合っています。昨日は、夕方、娘から連絡がありました。「職場内の新聞に『私の地元 ひと昔前のこの街』というタイトルでエッセーを書くことになったので、タイトルに適した写真はないだろうか」という連絡でした。その連絡が入ったとき、私は外にいたので対応できませんでしたが、じきに「LINE」の着信音が鳴り始めました。妻が娘が小さいときのアルバムを広げて、一枚一枚、スマートフォンで写真を撮って「LINE」で送り始めたからです。

▪︎この写真は、そのうちの1枚です。私は奈良に住んでいますが、この写真は近鉄菖蒲池駅近くにあった「あやめ池遊園地」で撮ったものです。すでに、この遊園地はなくなり、住宅街に変わっています。1988年4月です。娘は1歳3ヶ月ぐらいだと思います。まだ、息子は生まれていません。私は、29歳か30歳になったばかりだと思います。当時は、大学院の博士課程後期課程を単位取得満期退学して研究員か何かをしていたときのものです。いわゆるオーバードクターですね。

▪︎時代は、バブル経済真っ只中。世の中はお金で浮かれていました。証券会社に入社していた大学時代のサークルの後輩などは、ものすごい金額のボーナスを得ていました。そのような世の中と我が家の家計は対称的な状況でした。我が家は、小学校の教員をしていた妻が大黒柱。私は大学の非常勤講師や学習塾等のアルバイトをしていました。学会誌に論文が掲載されて、駆け出しの研究者としてスタートした頃でした。しかし、なかなか研究職につくことができず、焦りにも似た気持ちがありました。

▪︎アルバムの写真をみると、いろんなことを思い出します。たしかに、経済的には大変な状況ではありましたが、幸せだったと思います。そして現在、こういう幸せな思い出とともに生きていられるということも、幸せなことなのかなと思います。人生の折々にある、こういう幸せな思い出を大切にしながら、人生の最後、自分の家で、家族に見守られながら、「なかなか素敵な人生だったな〜」と、幸せな気持ちに満たされて眠るように死ぬことができたらなあ…、ふとそう思ったのでした。

自転車事故のこと

20150319jitensha.png ▪︎Facebookを通して、たまたま右のような記事を読みました。「母親驚愕「息子の自転車事故の賠償金9500万円」の“明細”は…」という産経新聞の記事です。事故当時小学校5年生だった少年(15)が乗った自転車と歩行者との衝突事故をめぐる損害賠償訴訟で、被害者は意識不明のままであり、裁判所は母親に9500万円の損害賠償を命じたという記事です。この記事についてfacebookでシェアしたところ、複数の方達からコメントをいただきました。ありがとうございました。

▪︎ある方は、記憶の範囲と断っておられましたが、死亡事故では以前から2000万〜5000万円程度の判例が一般的だとのことです。自転車でも車でも、原因は関係なく、「判断基準は死亡あるいはけが・後遺症など被害の程度と、事故原因の過失の程度」などによるとのことです。また、亡くなった方が若い方だと、死亡事故の被害者が学生さんだったら、就職して退職までに得られたはずの収入が請求されので高額になるのではとのことでした。なぜ、このような事故がとても気になったかというと、私が勤務している龍谷大学瀬田キャンパスは丘陵地にあり、多くの学生たちが自転車で通学しているからです。また、大学側は、近くの自治会の方達からもたびたび交通マナーが良くないことについて厳しくお叱りを受けてきました。このような事故が起きてしまってからでは遅い、そのように思ったからです。

▪︎お隣の立命館大学のBKC(びわ湖草津キャンパス)では、1億円以上の加害者賠償をカバーできる任意保険への加入を義務づけているとのことです。学生の自転車が主婦を死亡させる不幸な事故が起きてしまったことが背景にあるようです。では、我が龍谷大学瀬田キャンパスはどうかというと、以下の通りです。

日々約2,000人を超える学生が自転車・バイクにより通学しています。 自転車・バイク通学をされる皆さんが、安全運転意識の向上、事故防止、盗難防止、放置車両の減少など、通学中に起こる様々なトラブルを回避する観点から、自転車・バイク登録制度を実施しています。

制度の概要
①学内に駐輪する自転車・バイクは必ず登録申請し、交付を受けて、所定の登録シールを利用車両に貼付する必要があります。
※登録シールのない車両には「告知書」の貼付や撤去を行う場合があります。
②登録は無料。一度登録すれば卒業・修了まで有効です。
③登録受付は生協ショップSMYLEサービスカウンターで随時行っています。
登録に必要な条件について

1) 自転車・バイク防犯登録への加入
2) 前照灯の設置
3) 防犯対策(鍵)がなされていること

これ以外に自転車・バイク保険に加入することを推奨します

▪︎これも学外の方にご指摘いただきましたが、瀬田キャンパスでは「推奨」であって、立命館のBKCのように義務付けているわけではないようです。心配です。まずは、交通マナーの向上に一層取り組まねばなりませんが、同時に、何か事故が起きたときのために、私の個人的な意見としては、自転車・バイク保険への加入を義務付けたほうがよいと思います。4月から担当する全学の仕事の範疇には入らない課題なのですが、関係者にお願いをしておこうと思います。このような話題は、このブログには書く予定ではありませんでしたが、自分の備忘録としてエントリーしておこうと思います。

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