谷川俊太郎「平和とは『地道に生活を続けていくこと』」(東京新聞)

■東京新聞に掲載された詩人の谷川俊太郎さんに対するインタビュー記事「平和とは『地道に生活を続けていくこと』谷川俊太郎さんが詩に込めてきた思い」をネットで読みました。谷川さんは、大切なことを話しておられるな〜と思いました。

自分が持っている技量、技術っていうのかな、それか感性を、普通のシュプレッヒコールでみんなが叫ぶような言葉じゃない言葉で書きたいというのは最初からありました。

■このあたり、若い年齢の人たちでも共感する人がおられるのではないかと思います。「シュプレッヒコールでみんなが叫ぶような言葉じゃない言葉」、大切なことかと思います。シュプレッヒコールとはドイツ語で、デモ・集会などでスローガンを全員で一斉に叫ぶ示威行為のことです。もちろん、谷川さんはデモを否定されているわけではなくて、詩作の際に、付和雷同的に周りの状況に同調してしまうような言葉に距離を置くということでしょう。自分自身の中に根っこを持つ感覚、そこに根っこを持つ言葉が大切なわけです。

僕は言葉の力を過信しないようにしていて。言葉はどうしてもそこに被膜をつくってしまう。生の手触りを失うようなものだと思うのね。それを破るのはほんとにいい文章ということになるんですけどね。

■「生の手触り」、大切な言葉ですね。言葉を過信しないとお話になっていることから、「生の手触り」も言葉なので、なかなか難しいかと思いますけれど、先ほど述べた自分自身の中に根っこを持つ感覚や言葉であることが大切だということなのでしょう。では、平和を守っていくためにはどうすれば良いのでしょうか。谷川さんは、いたって普通のことを語っておられます。「地道に毎日の生活をちゃんと続けていくってことが平和だということ」。普通なんですが、なかなか難しいことですね。精神の持久力がいるなと思います。日々のちょっとした変化に敏感である必要があります。だから「平和な毎日に戦争が侵入してくる」という緊張感が必要なのではないでしょうか。でもこういうことって、ジワジワ〜と、知らない間に、侵入してくるんですよね。たぶん、もうだいぶ侵入されているような気がします。あとで、孫達から「おじいさん達は、何をやっていたんや」と叱られそうだな。

■谷川さんが戦争や平和についてお考えになっていること、多くの人がイメージする反戦運動や平和運動とは違っていると思います。また、現在の戦争がかつての戦争とは違ってきていることにも指摘されています。これまでの運動のあり方に対して、限界を感じておられるようにも思います。「地道に毎日の生活をちゃんと続けていく」ってどういうことでしょう。「ちゃんと続けていくこと」、そのことを妨害することに対して仕方がないと思わず、なんとしても「ちゃんと続けていこう」とすること。これはなかなか大変です。でも、その気になれば誰でもできることかもしれません。

【追記】■インタビューの中で、谷川さんは以下のようなことを話しておられます。

うちの父が、戦争がだいぶ終わりに近づいたころに、どうやって日本を救うか、海軍の人たちとか何人かで秘密に会っていたことがあるんですね。そういうことが空気として分かっていて。

■谷川俊太郎さんのお父様は、法政大学の総長もされた谷川徹三(1895-1989年)さんです。谷川さんの「海軍の人たち…」からは、戦前の京都学派とも関わりのある方であることがわかります。時間を見つけて関連文献を読んでみようと思います。

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