総合地球環境学研究所で打合わせ

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20150618chikyu1.jpg▪︎今日も、深草キャンバスに直行。午前中は例によって研究部の仕事で…いろいろ…ありました。協議、打合せ、会議。事務職員の皆さんには申し訳ありませんでしたが、午後からは、溜まりに溜まっている、研究プロジェクトの仕事をするために、総合地球環境学研究所に移動しました。深草キャンバスの最寄りの駅は、市営地下鉄の「くいな橋」駅。そこから終点の「国際会館」駅まで移動し、そこからはバスになります。京都の南から北に移動するわけですが、地下鉄のおかげでスムースに移動できます。

▪︎地球研では、PD研究員の浅野さんと、溜まりに溜まっていた案件の打合せをしました。浅野さんは、6月から奥田プロジェクト「生物多様性が駆動する栄養循環と流域圏社会─生態システムの健全性」に雇用されることになった若手研究者です。とても優秀な人で、「打てば響く」ような感じで打合せが進みました。プロジェクトの重点サイトである甲賀市甲賀町小佐治での調査の進め方、社会科学系担当者の研究会の日程調整、さらには8月に滋賀県が主催して開催される「マザーレイクフォーラム」への参加…いろいろ仕事を進めることができました。午前中は大学の「研究部」の仕事でしたが、午後からは自分の「研究プロジェクト」の仕事に集中できました。なんだか、本来の自分を取り戻したような気分です。

▪︎写真は打合せ中の様子です。リーダーの奥田さんは、この日開催されていた国際シンポジウムに出席されていましたが、休憩時間にやってきてくれました。テーブルの中央に広げてあるのは、小佐治の地図です。すでに、この地図は、地理情報システムに取り込まれています。これから調査で得られる様々なデータを、地理情報システムの上で整理していくことになります。地域の住民や農家の皆さんとの協働作業でもあります。そのような協働作業から、予想もしない「発見」が生まれてくることを期待しています。楽しみです。

▪︎浅野さんは、この地理情報システムに詳しい方です。昨日はいろいろ教えてもらいました。ずいぶん昔、当時参加していたプロジェクトで地理情報システムを使っていたことがあるのですが、技術はどんどん進歩しています。専門家だけの技術ではなく、多くの人びとがスマートフォン等を使って気軽に利用することができるようになってきています。たとえば、多くの皆さんが参加して自らの記憶や体験を、地理情報システムに保存していくと、それはアーカイブとして機能するようになります。そのようなアーカイブに多くの人びとが参加することで、様々な多様な記憶や体験が蓄積されていきます。そして、相互に連関していくことのなかで、新しい「社会的価値」がその内側から生み出されていくように思います。浅野さんからは、まず「Hiroshima Archive」のことを教えてもらいました。
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▪︎まずは、イメージを掴むために、以下の動画をご覧ください。

▪︎「Hiroshima Archive」の公式サイトには、以下のように説明されています。

はじめに
被爆から66年が経ち、あと数十年のうちに、被爆者のいない未来がやってきます。それは、最も強く平和を願い、核兵器のない世界を切望した人々がいなくなることを意味しています。「ヒロシマ・アーカイブ」は、2010年に公開された「ナガサキ・アーカイブ」のミッションを受け継ぎ、被爆者の体験と想いを未来の地球に遺していくために、66年間にわたって蓄積されてきた大量の資料と、最先端のインターネット技術を融合して制作されました。

多元的デジタルアーカイブズ
「ヒロシマ・アーカイブ」は、広島平和記念資料館、広島女学院同窓会、八王子被爆者の会をはじめとする提供元から得られたすべての資料を、デジタル地球儀「Google Earth」上に重層表示した「多元的デジタル・アーカイブズ」です。1945年当時の体験談、写真、地図、その他の資料を、2010年の航空写真、立体地形、そして建物モデルと重ねあわせ、時空を越えて俯瞰的に閲覧することができます。このことにより、被爆の実相に対する多面的・総合的な理解を促すことを企図しています。

記憶のコミュニティ
私たちは、地元の高校生や全国のボランティアと連携して証言の収集活動をすすめ、集合的記憶の醸成をとおした「記録のコミュニティ」を生成しました。さらに、Twitterなどのソーシャルメディアを用いてオンラインコミュニティを形成し、平和と核廃絶に向けたメッセージを世界中から募り、デジタルアーカイブズに包含していきます。このようにして、過去の記憶と現在のメッセージを実空間/Web空間で共有し、未来の物語を紡いでいくためのプラットフォームとなることを目指しています。

311を越えて
2011年3月11日、東日本大震災が発生し、「ヒロシマ・アーカイブ」制作メンバーのうちひとりは仙台で被災しました。人々が住みなれたまちを地震と津波が破壊しつくし、原子力発電所事故が放射性物質禍を引きおこし、これまで過ごしてきた日常は終わりを告げました。311以降、66年前のヒロシマを語り継ぐこのプロジェクトのミッションも変容しています。過去の悲劇を当事者として学び、自らのことばで未来に伝える。私たちが制作したアーカイブズが、多くの人々に利用していただけることを願っています。

▪︎今から15年ほど前のことになりますが、以下の論文を書きました。「『体験と記憶』のなかにある『場所』-『弱い語り』を支える調査」『社会学年報』No.30(東北社会学会)。この論文に書いたことを、進歩した地理情報システムの技術を念頭に、再考する時期にきているように思いました。基本の発想は変わっていないと思いますが、現段階においてさらに深めて考えてみたいと思っています。

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▪︎打合せが終了した後、地球研の別のプロジェクト(「地域環境知形成による新たなコモンズの創生と持続可能な管理」)の共同リーダーである菊池直樹さん、PD研究員の浅野さんと私の3人で、夕食を一緒にとることにしました。府立植物園に隣接しているイタリアンレストランです。とても素敵なレストランでした。研究のこと、環境社会学会のこと、様々な(?!)議論をすることができました。有意義な時間を過ごすことができました。若い浅野さんも、いろいろ勉強になったのではないかと思います。写真は、デザートのケーキを写す菊池さんです。なんだか、かわいらしい〜。私の方は、バーボンウイスキーを楽しみました。

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