三岐線北勢線
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▪️全国に3つしかないナローゲージ(レール幅がわずか762mm)鉄道の1つ、三岐線北勢線に乗って、終点の阿下喜まできました。もともと軽便鉄道です。大垣から桑名までは養老鉄道でした。養老鉄道では、養老山地の麓に続く連続する扇状地の斜面を横移動して独特の地形を楽しみました。こちらの三岐線北勢線では員弁川が削り残した大地の段差、河岸段丘の緻密な地形を楽しみました。できるだけ、水平に走るためには、河岸段丘をウネウネと走っていくことになります。特に、この北勢線の後半の部分です。1両目の運転室の斜め後ろからずっと前の景色を眺めて、そのウネウネを楽しみました。私は古希前のおじいさんですが、心はウキウキです。鉄道好きの少年のようですね。鉄道の楽しみ方としては、王道からかなり外れますが、これはこれでアリなのかな。一応、私は社会学に分類される人なんですが、今日は地理学っぽいです。
▪️写真の1段目右と2段目左について少し説明します。これは転車台です。この転車台とは、終着駅などで列車の方向転換するためのものです。もともとは別の駅のそばにあったようですが、阿下喜駅が新しくできたとき移設したようです。駅の北側にあった製材所から引込線が北勢線の本線と直行して設けられて、製材所で材木を詰んだ貨車を転車第まで人力で推し出し、転車台で90度方向転換をして本線へ合流させていたそうです。これ、現地にあった解説板からの引用です。
▪️写真2段目左。北勢線の前身である北勢鉄道が1931年(昭和6年)の阿下延伸ならびに殿下に合わせて製作した「モハニ50型電車」6両の内の最後の1台だそうです。これも現地にあった解説板からの引用です。