高島市の棚田を視察
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■再来年に高島市で開催される「全国棚田(千枚田)サミット」のアドバイザーとしてお手伝いをしていることは、以前の投稿でもお知らせしましたが、私としては「棚田サミット」だけでなく、龍谷大学と高島市の地域連携がもっと進んでいくと良いなあと思っています。そのため、龍谷大学の教員の皆さんと高島市役所の担当者の皆さんと一緒にいろいろ相談を始めることにしました。昨日は、社会学部コミュニティマネジメント学科教員の坂本清彦先生と一緒に、高島市にある棚田の集落、鵜川と畑を訪問しました。高島市役所の職員さんにご案内をいただきました。ありがとうございました。対照的に棚田を拝見させていただいたように思います。
■鵜川は、高島市の一番南に位置する集落です。Googleマップの画像をご覧いただければわかりますが、琵琶湖の湖岸近くに位置しています。鵜川の辺りは、山が琵琶湖にまで迫っています。その山の裾野の傾斜に棚田が築かれています。これから色々調べてみたいと思いますが、石垣でしっかり支えられた棚田です。その棚田の低い方にはJR湖西線が走っています。私がいる時も、特急サンダーバードや普通列車が通過していきました。鵜川は、JR北小松と近江高島駅の間にあります。
■多くの皆さんは、棚田が生み出す曲線が構成する「棚田の風景」に魅力を感じておられるのではないかと思います。鵜川の棚田の場合は、「棚田の風景」というよりも「棚田からの風景」が素晴らしいと思います。もちろん、あくまで個人的な評価にしか過ぎないのですが、「琵琶湖・列車・棚田」の組み合わせが素敵だなあと思うのです。対岸には近江八幡市の沖島、彦根、そして長浜の街を確認できます。景色の良い時、棚田の一番上に登って、そこからその風景を眺めながら美味しいお弁当を食べることができたらなあと、妄想しました。
■鵜川には、「うかわファームマート」という直売所があります。せっかく鵜川にやってきたのだからと、いろいろ購入させていただきました。鵜川の棚田で生産された環境こだわり米のコシヒカリ。それから、トートバックも購入しました。「UKAWA TANADA PROJECT」と印刷してあります。「鵜川棚田プロジェクト」です。棚田を再生・保全するための取り組みです。よくみると、そこには石垣の棚田と湖西線と山がデザインされています。素敵ですね。私は、「山→棚田→列車→琵琶湖」という風景を眺めましたが、これは「琵琶湖→棚田→列車→山」です。琵琶湖側から棚田を眺めているわけです。これも素敵です。大津から高島に向かう船から、この鵜川の棚田を眺めてみたいものです。
■「うかわファームマート」では、柑橘類も購入しました。どうして棚田で柑橘類?…と思われるかもしれません。鵜川では、全国の棚田の農村と同じく、後継者不足・高齢化に悩んでおられます。そのような問題を少しでも緩和するために、「棚田のオーナー制度」を実施されています。地域外から、オーナー登録をされた方たちが農作業に関わっておられるのです。もちろん、それだけでは不十分なので、ボランティアの皆さんも農作業を手伝っておられるとお聞きしました。もっとも、この「棚田のオーナー制度」だけでも、全ての棚田を耕作することはできません。不耕作の棚田は荒れていきます。一部、そのような棚田もありました。しかし興味深く思ったことは、鵜川では、棚田が荒れてしまわないように、柑橘類を中心に果樹が植えられていることでした。あえていえば、不耕作地の有効利用ということでしょうか。直売所「うかわファームマート」で売られていた柑橘類も、この棚田で生産されたものかもしれません(未確認)。日当たりの良い棚田ですから、柑橘類等の果樹もよく実るのではないでしょうか。
■上のGoogleマップの小さな画像をご覧ください。青い丸で囲んだところが鵜川です。昨日は、もうひとつの棚田の集落も訪問しました。畑という集落です。「日本棚田百選」にも選ばれている集落です。滋賀県で選ばれているのは畑だけです。緑の丸で囲んだところが畑になります。一番下Googleマップの画像をご覧いただくとよくわかりますが、かなりの高低差(おそらく130mほど…)のある尾根筋に棚田が作られています。全体としては、周りが山に囲まれた地形かなと思います。鵜川の方は石垣の棚田でしたが、畑の棚田は少し違います。もちろん、一部に石垣もありますが、縁が丸い地形の棚田が順番に連なっています。同行してくださった坂本清彦先生は、「日本昔話に出てくるような棚田だ」とおっしゃいました。まさに、昔話の絵本などに登場する柔らかな雰囲気の棚田です。素敵です。
■こんな山の中にある棚田ですが、JR高島駅からだと車で15分ほどの距離です。近いですね。この棚田の集落から車と電車を使えば、京都駅までだと1時間半かからずに到着することができます。1時間半といえば、東京だと普通の通勤時間かもしれません。通勤は大変だとは思いますが、大阪駅までだと2時間をきるほどの時間で到着できます。そうなんです。高島市は、都会に近い場所にあるのです。地図を見ていただくとわかりますが、この畑の集落の山側には、横谷トンネルがあります。このトンネルを抜けると、そこは旧朽木村の村井という場所になります。ここには国道367線が走っています。福井県の小浜市や京都市の北部までは車だとそれほど時間がかかりません。まだ、聞き取りをしているわけではありませんが、何かかいものをするときも、小浜や京都に向かわれるのではないかと想像しています。
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■畑を訪問した後は、「公益社団法人びわ湖高島観光協会」と「たかしま市民協働交流センター」を訪問しました。観光協会の方は時間的余裕がありませんでしたが、交流センターではじっくりお話をお聞かせいただくことができました。ありがとうございました。棚田とも少し関連してくるのですが、「炭焼き」をテーマに、いろいろワクワクする地域づくりの取り組みができそうな予感がしてきました。意欲のある龍谷大学の学生の皆さんと一緒に、素敵な地域づくりの経験ができるのではないかなと思っています。関心のある学生の皆さんは、私に連絡をいただければと思います。
■今回の視察の目的は、あくまで再来年開催される「棚田サミット」に合わせて、棚田のある集落を視察することにありました。集落の皆さんに丁寧にお話を伺うことはできませんでした。そのような聞き取りについては、これからの地域連携の中で取り組むプロジェクトの中で時間をかけてできればと思っています。
【追記】■上にアップしたGoogleのマップの画像、いつ頃に撮影されたものかはわかりませんが、棚田のなかに緑色の部分が確認できます。おそらく、このうちの多くは不耕作地ではないかと思います。きちんと確認したわけではありませんが、鵜川も畑にもそのような不耕作地を確認いたしました。ここからも、平地でも不耕作地が増えています。ましてや棚田であれば、その維持がいかに大変であるか想像できるのではないかと思います。
「ビワマスフォーラム 2019-20 in 野洲」
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■仕事でお世話になっている滋賀県琵琶湖環境科学研究センターの研究員・佐藤祐一さんが、facebookを通してシェアを歓迎されていたので、私のfacebookだけでなく、こちらのブログの方でもシェアさせていただきます。
【令和元年度ビワマスフォーラムやります!】(シェア歓迎!)
川遊びが大好きな皆様、お待たせしました!今年もやります、ビワマスフォーラム in 野洲!
今年のテーマは「滋賀の小さな自然再生」。滋賀県大・瀧さんの基調講演の他、家棟川(野洲市)のビワマス、新大宮川(大津市)のアユ、吉川川(守山市)のホタル復活にかける人々の熱い報告を聞いて交流し、さらに小さな自然再生の輪を広げていきましょう!恒例のあめのいお(ビワマス)ご飯の試食もありますので、ぜひぜひお越しください。事前申し込みが必要ですので、以下の連絡先までお願いします。
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「ビワマスフォーラム 2019-20 in 野洲」
テーマ: 集まれ!滋賀の小さな自然再生
とき : 2020年(令和2年)2月8日(土) 13:30 ~ 16:00
ところ: コミュニティセンターひょうず 大ホール入場無料 定員100名(先着順、要申込)
滋賀県・家棟(やなむね)川のビワマスのほか、アユ、ホタルといった多様な生きものをみんなの力で呼び戻す「小さな自然再生」活動についてたくさんの方々に知ってもらい、またさらに広げていくため、フォーラムを開催します!
【講演・報告】
●基調講演
「みんなでできる!いい川づくり〜川づくりで地域づくり・まちづくり〜」(瀧健太郎(滋賀県立大 准教授))●滋賀の小さな自然再生の活動報告
(1)家棟川におけるビワマス遡上・産卵環境の再生活動(佐藤祐一(琵琶湖環境科学研究センター)、木村實(生態調査委員)、TOTO株式会社滋賀工場)
(2)新大宮川におけるアユ遡上のための魚道復活(山本克也(新大宮川を美しくする会))
(3)守山の中心市街地(吉川川)でほたるが自生できる河川環境づくり(根木山恒平(NPO碧いびわ湖))【体験イベント】
ビワマス(あめのいお)ご飯の試食会
(特別公開:紙芝居「ビワマスをもどそう」(一円重紀)【全体意見交換】
小さな自然再生をさらに広げていくためには?<申し込み・問い合わせ先>
野洲市役所 環境経済部 環境課(對馬)
〒520-2395 滋賀県野洲市小篠原2100-1
TEL 077-587-6003 FAX 077-587-3834
E-mail kankyou@city.yasu.lg.jp主催:家棟川・童子川・中ノ池川にビワマスを戻すプロジェクト/野洲市/滋賀県
特定非営利活動法人「琵琶故知新」の登記が完了。
■昨年の年末、12月29日に「『琵琶故知新』の法人登記」を投稿しました。その際、「何も問題の指摘がなければ、ぎりぎり令和元年の設立ということになります」とお知らせしました。結果として、特定非営利活動法人「琵琶故知新」の登記が、令和1年12月26日付で完了したことを確認しました。昨日は、銀行口座も作り、滋賀県庁にも登記完了の報告に行きました。「目的」のなかにある「びわぽいんと」については、現在、動画とチラシを作成中ですので、それらが完成したのちにご説明させていただきます。特定非営利活動法人「琵琶故知新」の活動の目的ですが、以下の通りです。
目的
この法人は、 琵琶湖の環境保全に関わるさまざまな主体の想いが地域ポイントやwebサイトを通じて循環する仕組みを提供、 定着させ、 それら主体間の連帯を深めるとともに、 環境問題を「自分事」ととらえて行動する人を増やし、環境自治の基盤を支えることを目的とする。この法人は、 その目的を達成するため、 次に掲げる種類の特定非営利活動を行う。(1)環境の保全を図る活動
(2)情報化社会の発展を図る活動
(3)科学技術の振興を図る活動
(4)まちづくりの推進を図る活動
(5)社会教育の推進を図る活動
(6)前各号に掲げる活動を行う団体の運営又は活動に関する連絡、 助言又は援助の活動この法人は、 その目的を達成するため、 次の特定非営利活動に係る事業を行う。
(1)琵琶湖の環境保全に関わる事業
(2)環境保全全般に関わるさまざまな情報技術の開発や応用事業
(3)地域ポイントサー ビス「びわぽいんと」の提供と運営事業
(4)琵琶湖の総合情報webサイト「琵琶故知新」の提供と運営事業
(5)その他上記に関連する一切の事業
NHK「クローズアップ現代+」「世界中の海からプラスチックをなくす」
■NHKの「クローズアップ現代+」で放映されたものです。こういう若者の行動力。すごいなと思います。とても素敵です。
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25歳のボイヤン・スラットさんは、長さ600メートルの巨大な装置を作って、海のプラスチックごみを回収したいと挑戦しています。
クラウドファンディングなどで44億円(!)を集め、装置を載せた船は世界で最も多くのごみが集まるとされる”太平洋ごみベルト”へ…
「琵琶故知新」の法人登記
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■設立の準備を進めてきた特定非営利法人「琵琶故知新」、先日、事務局の藤澤栄一さんのところに、滋賀県庁から認証書が届きました。そこで、藤澤さんと一緒に、26日の午前中、大津市にある法務局で法人登記をすませました。何も問題の指摘がなければ、ぎりぎり令和元年の設立ということになります。そのことは、正月明けにもわかるようです。この日、藤澤さんから、NPOの名刺を渡されました。いよいよですね。年末のドタバタでまたまたメニエール病のめまいがしているのですが、無理のない範囲で頑張ります。みなさん、私たちの「びわぽいんと」の活動にご賛同ください。また、応援してください。よろしくお願いします。
■「びわぽいんと」は、市民団体「水草は宝の山」(水宝山)のメンバーで琵琶湖汽船社長である川戸良幸さんが報告されたアイデアから生まれました(川戸さんは、「琵琶故知新」の副理事に就任されます)。この「水宝山」から、今回の「びわぽいんと」のような新しいアイデアが、また出てくれば良いなあと思っています。
第30回地球研地域連携セミナー「『楽しさ』がつなぐ森里川湖 ~身近な環境 守る楽しみ つながる喜び~」
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■明日は、総合地球環境学研究所が主宰する地域連携セミナーで、滋賀県琵琶湖環境科学研究センターの佐藤祐一さんと一緒に、進行役を勤めます。最近は、そういう仕事をモデレーターっていうんですね。会場は、滋賀県立琵琶湖博物館で開催です。メニエールとか諸々で身体の調子は今ひとつですが、会場全体で盛り上がることができるように頑張りたいと思います。これで、地球研の地域連携セミナーのお手伝いは3回目になります。あと1回、来年の2月にも大津で開催されますが、そちらにも参加します。ただ、その時は、新しく設立するNPOの理事長の立場で参加します。ところで、明日の基調講演ですが、兵庫県立人と自然の博物館主任研究員の三橋弘宗さんです。市民と一緒に小さな自然再生に取り組まれています。また、地域の皆さんからも地域での活動の報告があります。ユニークなお話を伺えることも楽しみにしています。
【概 要】
近年、身近な水辺環境の豊かさを守ろうとする取組みが各地で進められています。かつては水質汚染や開発による自然の急激な改変などを背景として、「環境を守らなければならない」という意識が人びとの行動を駆り立てる原動力となっていました。
しかし近年は、「楽しみながら身近な環境を守りたい」という気持ちや、身近な環境がよくなったと実感できる充足感を期待して活動に参加する人たちが増えてきました。
キーワードは「楽しさ」です。本セミナーは、琵琶湖に流入する最長の河川である野洲川流域を中心とした地域で、楽しみながら活動を進めている団体が発表し互いに交流しあい、これからの時代の環境を守る「新たな形」について模索します。
入場無料・申込不要
【プログラム】
13:30-13:40 挨拶・趣旨説明
13:40-14:10 基調講演
三橋 弘宗 兵庫県立 人と自然の博物館 主任研究員 兼 兵庫県立大学 自然・環境科学研究所 講師
14:10-14:30 話題提供
岩田 智也 山梨大学 准教授
14:30-15:25 地域の活動紹介
地域1 甲賀木の駅・大久保里山再生委員会・SATOYAMA+中島 教芳
地域2 小佐治環境保全部会 橋本 勉 小佐治環境保全部会 代表
地域3 湖南流域環境保全協議会
地域4 杣川と親しむ会・滋賀県立甲南高等学校
休憩(15分)
15:40-16:30 総合討論
〈モデレーター〉
脇田 健一 龍谷大学 教授
佐藤 祐一 滋賀県琵琶湖環境科学研究センター 専門研究員
16:30 閉会
日本の年次・性・年齢別人口ピラミッド
■「日本の年次・性・年齢別人口ピラミッド」という動画を偶然見つけました。1920年(大正9年)から2065年までの人口ピラミッドの変化がよく理解できます。こうやって刻々と変化していく人口ピラミッドを眺めていると、日本の将来に対してリアルな感覚を持つようになります。この動画がいつの時点でまとめられたものかわかりませんが、もちろん、将来のことは推計値になります。こうやって変化を見ていくと、日本の行末がどうなるのか、不安になります。
■動画の始まりである1920年(大正9年)頃は、人口ピラミッドは富士山のような形をしています。総人口は「55,963,000人」(5千5百96万3千人)。正確な数値はわかりませんが、戦前は平均余命が50歳以下になります。私は人口問題に関して深い知識をもっているわけではありませんが、衛生面での知識が普及する以前、水道や冷蔵庫が普及したり医療の発達する以前は、人は簡単に死んでいたのではないかと思います。子どが生まれたからといって、健やかに成長してくれるとは限りません。たくさん生まれるけれど、たくさん死んでいく…ということになるのかな。裾野の広がる人口ピラミッドの背景には、そのような社会の状況があります。私の母の場合、兄弟姉妹は4人生まれたわけですが、そのうち2人は小さい頃に亡くなっています。おそらくは、当時の一般の人びとの「死生観」も、今とは大きく異なっていたと思います。そのような「死生観」は、「人は簡単にあっという間に死んでいく」という感覚とともにあったと思います。
■1920年の大正時代から昭和時代に移行すると人口は増加していきます。人口ピラミッドも富士山のような形のまま増加していきます。しかし、その富士山が崩れる時があります。第二次世界大戦で、若い男性の国民が徴兵され戦死されたたからです。人口ピラミッドの男性の側、20歳から30歳までのところがえぐれるような形でへこみます。恐ろしいです。しかし、そのへこみも第二次世界大戦後には回復していきます。それと同時に、一番下の年齢層が急激に増加していきます。第一次ベビーブームです。
■この動画では、その後、1967年頃に総人口が1億人を超えます。1970年代に突入すると前半で再び一番下の年齢層が急激に増加します。第二次ベビーブームです。第一次ベビーブームの子どもの世代です。しかし、第一次ベビーブームほどではありません。第一次ベビーブームの頃、合計特殊出生率は「4.3」でしたが、第二次ベビーブームの頃は「2.14」になっています。とはいっても、このままいくと、次の世代で子どもが生まれると「第三次ベビーブーム」が起きてもおかしくありません。しかし、現実にはそうはなりませんでした。一貫して合計特殊出生率は減り続けました。第一次と第二次の間、高度経済成長の期間中で、一瞬ドスンと合計特殊出生率が減った年がありました。1966年です。合計特殊出生率は「1.58」になりました。なぜ減ったかというと、この年は歴でいう「丙午(ひのえうま)」にあたる年でした。「丙午に生まれた女性は気性が激しく夫の命を縮める」という迷信があったためです。今の学生の皆さんは信じられないかもしれませんが…。
■で、第三次ベビーブームについてですが、第三次ブームが起きてもおかしくない2000年になっても、やはり合計特殊出生率は減り続けました。2000年の合計特殊出生率は、「1.57」です。「丙午」の「1.58」よりも低くなってしまったのです。「1.57ショック」と呼ばれています。未婚・晩婚化だけでなく、その背景にあるのは経済問題が重要です。細かな違いまで視野に入れると様々な主張があるようですが、ここでは、教育社会学者の舞田敏彦さんの解説をご紹介しておきます。「来なかった第3次ベビーブーム」です。
■動画に戻りましょう。2008年の1億2,808万人をピークに、日本の人口は減少に転じていきます。そして、2020年になると、つまり来年ですが、第一次ベビーブームの人たちが「70歳〜74歳」になり、第二次ベビーブームの人たちは「45歳〜49歳」になります。このあたりからは推計値です。当たり前と言えば当たり前ですが、第一次ベビーブームの世代の皆さんは、少しずつ人口が減っていきます。そして、2030年頃には消えていきます。お亡くなりになると考えられるからです。私はこの第一次ベビーブームの人たちよりも約10歳若い世代ですが、私の世代もやがて消えていきます。第二次ベビーブームの世代の皆さんはどうかというえば、2050年頃を境にピークが曖昧になりやがて消えていきます。この頃の人口ピラミッドは、棺桶のようです。棺桶といっても、日本の葬儀の際に用いられる棺桶ではなく、欧米の棺桶の形ですね。ホラー映画で、ドラキュラが眠っている棺桶と言えばわかりやすいかもしれません。
■動画は2065年まで、その続きはわかりません。2065年の人口は、「88,077,000人」、「8千800億77万人」です。これは一定の前提に基づいて推計された数値だと思いますが、現実には、環境問題や大災害の発生、あるいは世界的な経済破綻により、人口はもっと減少していくかもしれません。経済破綻、財政破綻から福祉や医療に関する行政サービスがどんどん低下すれば、今後も寿命が伸びていくとは限りません。
■私の孫は来年3歳になります。2065年、孫は48歳です。私は生きていれば107歳ですが、もちろん生きているはずもなく、平均寿命まで生きるとすれば2040年までには死んでいることでしょう(病気でもっと早くに死ぬよな気がします)。孫が本格的な高齢になったときに、はたして日本はどのような社会になっているのでしょうか。そもそも日本は存在できているのか。そのあたりも不安です。学生の皆さんの年齢は、2065年には60歳代半ばになっていますね。そのような先のことを考えても仕方がない…そう思う人も多いかと思います。確かに、私が学生の頃を思い返しても、同じように考えていたかもしれません。しかし、社会の状況は大きく変わってしまいました。備える必要があると思います。
最近の体調と
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■この前の日曜日の晩のことになりますが、まためまいが起きてしまいました。メニエール病です。例によって、です。ストレス→背中・肩の凝り→首の強い凝り→血行とリンパの流れが悪化→頭痛(頭蓋骨の外側)→内耳に影響→難聴→めまい…という流れになります。月曜日は、耳鼻科で診察を受けました。家族に車で送り迎えをしてもらいました。いやはや、困ったものです。もっとも、突然にめまいが起きるわけではなく、耳鳴りや難聴等の前兆がありますので、まだ対応できます。歳をとると、いろいろ出てきますね〜。耳鼻科のお医者さんも、これで3回目。「あっ、また来たん」という感じでした。毎回、聴力検査して、薬を処方してもらうだけです。血行を良くする薬とめまいを止める薬です。
■再発したメニエール病についてfacebookに投稿したところ、多くの皆さんに、励ましやアドバイスのコメント・メッセージをいただくことができました。ありがとうございました。もう、おじいさんの部類の入る年齢になりましたが、この年でメニエール病になるとは思いませんでした。また、メニエール病って女性に多いと思っていましたが、私のようなおじいさんもなるんだなと、ちょっと驚きました。いただいたコメントでは、「一病息災」(まったく健康な人よりも、何か一つくらい軽い病気を持っている人の方が健康に気を使うので、かえって長生きするものだ)というお言葉もいただきました。可愛がっている初孫が成人した時に、一緒に呑みに行くことが人生の大事な目標なので、そこまで、なんとしてもしっかり生きていたいと思います。facebookを通して、身近な方達から、有名な方達まで、いろんな方達がメニエール病に悩んでこられたことを知ることになりました。みんな、「メニエル友」ですね。頑張りましょう。
■さて、今日の出来事になります。メニエールの耳鳴りや目眩を薬で抑えていたけれど、京都の北にある総合地球環境学研究所で開催される会議はネット(zoomというやつ…)でなんとか対応させてもらいました。夕方はどうしてもリアルに会わないといけない会議があり、大津駅前の「カレンダー」へ。
現在申請中の特定非営利法人「琵琶故知新」の会議です。来年早々には、登記できるかなという段階になりました。公式サイトも立ち上げるので、いろいろ細かな事を打ち合わせ行いました。こういうことは、ネットではできないんです…私の場合。ということで、特定非営利法人「琵琶故知新」を設立するコアメンバーとは、リアルに月一で会って会議をすることになりました。また、毎週ネットの会議をするということにもなりました。情報弱者に成りかけているように思うので、果たしてついていけるかな…と心配です。
■まあそのようなこともあるのですが、写真を見ると、季節柄、サンタクロースのアルバイトができるような感じになっていますね。自分の様子を笑ってしまうな〜。
「全国棚田(千枚田)サミット」高島市実行委員会・第3回準備会
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■昨晩は、再来年に高島市で開催される「全国棚田(千枚田)サミット」高島市実行委員会の第3回目の準備会が、高島市役所で開催されました。私もアドバイザーとして参加させていただきました。会の前半は、実行委員会や運営委員会といった組織体制に関して様々な説明が事務局から行われ了承されました。また、滋賀県の職員の方も出席されており、今年度に成立した棚田振興法の説明が行われました。
■会の後半ですが、それまでの少し堅い雰囲気の会議とは打って変わって楽しい雰囲気のなかで、参加者の皆さんとフリートークを行いました。事前に、市役所の方に、第1回、第2回の準備会で出た課題、地域資源、取り組み等を示した地図を用意していただくようにお願いをしていました。その地図を前に、2グループにわかれてフリートークを行ったのです。こういう形で、これまでの議論の中身を「見える化」すると、関心も高まるし、話も弾みます。
■高島市は、平成の大合併により、新旭町、マキノ町、今津町、朽木村、安曇川町、高島町が合併してできた自治体です。市の面積も滋賀県では二番目に広い自治体です。全市から人があつまると、必ずしもお互いに顔見知りというわけではないのです。しかし、地図を前に話を始めると、私のいたグループでは、前回の準備会で話題になった炭焼きの話、そしてそれに加えて薪の話で盛り上がることになりました。高島市内で炭焼きを復活させようと取り組みをされている団体が複数あっても、人のつながりがなければ、お互いにその存在に気がつくことはありません。知り合いになれば、お互いにいろいろ協力しあえることがあるのに、もったいない。集落やそれぞれの団体に閉じた形で活動をするよりも、もっとオープンにしたほうが、相互に補い合うような連携のネットワークが生まれる可能性が高まります。この準備会は、そのようなことに気がついていただく集まりになりました。
■もちろん、炭や薪は、自分自身で使ってもよいのですが、小さなビジネスにしていくためには、買ってもらわねばなりません。買って使ってもらわなければお金も生まれません。ただし、小さなビジネスは、赤字にはならないけれど、大儲けもできない、そこそこ利益があがって、活動自体が楽しい、知り合いができて楽しい、やりがいがある、充実感がある…そのような活動である必要があります。市内の商工業の現場で、あえて地元の炭や薪を使っていただくことで、何か付加価値のついた商品や製品を生み出すことができるかもしれません。地域の壁、団体間の壁、業種間の壁、セクターの壁を超えるような関係が、これから開催される予定の実行委員会で生まれれば良いなと思っています。お金が生まれることは大切なことですが、加えて大切なことは、「楽しさ」「面白さ」さらには「共感」かなと思っています。棚田サミットを契機に、地域の中にそのような動きが生まれてくると、素敵だなと思っています。その結果として、地域の中で、資源やお金が循環するようになって欲しいなと思います。
■以前、高島市の中山間地域では、炭焼きや薪づくりが、生活や生業の一部でした。冬の農閑期の仕事でした。昨晩、お聞きしたことですが、昔は、自分の持っている山に炭焼き窯を作り、周りの樹を切って炭焼きをしていたそうです。炭の材料になる樹がなくなったら、次の場所に移動します。もちろん移動は自分の山の範囲です。今まで使っていた窯は、放棄されます。新しいところに移動して、新しい窯を作ります。そうやって20年ほど移動していると、最初の窯の場所に戻ってきます。すると、そこにはまた炭焼きにちょうど良い太さに樹が成長しているのです。かつての窯は朽ち果てていますが、窯の後だともう一度窯を作ることは容易なのだそうです。こうやって、自分の山をローテーションで使いながら、炭を生産して自家消費とともに出荷されていたのです。
■「こんな炭焼き作業を、現代社会でできるわけがない…」と思われるでしょう。確かに、昔のようにはできないかもしれません。ただ、このような炭を欲しいという人が、もし地域の中にいれば…話は変わってきます。実際、楽しみで自分たちで炭焼きをしているグループがあります。あえて、炭焼きを経験してみたいという人がこの世の中にはおられるのです。自分で使う炭を自分で作ってみたい。そのことを楽しみたいという人たちに出会うことができれば…。私は、高島市であればそれが可能だと思っています。炭ではなく薪の話になりますが、薪と共に薪ストーブの販売、ストーブの設置と掃除をする小さな商店を経営されている若者がいると聞きました。高島市は、別荘が多い地域です。ニーズがあるのだと思います。面白いところに、目をつけられたなあと思います。別荘以外でも、もしストーブが静かな地域のブームになると、面白い展開になってくるなと思います。
■高島市って、都会とは違った意味で、とても「リッチ」です。素晴らしい。それはお金の力だけで生み出されるものではありません。人のつながりの中で、生み出されてくるものだと思います。まあ、そんなわけでして、昨日のフリートークの場は、そのような「妄想」を掻き立てられる大変刺激的な場でもありました。今後が楽しみだ〜。このような地域に関心のある大学関係者や学生の皆さんはおられませんか。連絡をください。地域の皆さんたちと一緒に、何か素敵なことを生み出せるように思っています。
【追記1】■次回からは、準備委員会ではなく、実行委員会がスタートするわけですが、できれば具体的な作業部会も開催するなどして、皆さんとグループワークなフリーディスカッションをしてみたいなと思っています。その時は、地域や団体の代表や役職者の皆さんだけでなく、女性、若い世代の方達、それから高島市に転入されてきた人たちにもご参加いただきたいと思います。