2012年度の卒業論文の指導を終えて…。

20130107soturon.jpg ■卒業論文の指導、やっと本日で最後になりました。先週の金曜日、1月4日が最終の指導のはずだったのですが(仕事初めが卒論指導でした…)、まだ細かなところが気になって修正を重ねる努力をしている学生がいるため、今日まで一応面談をしました。しかし、これで終了です。全員とはいえないと思いますが、多くのゼミ生が”自分なりに”「全力投球」できたのではないかと思います(あくまで”自分なりに”の限定付きですが…)。私の方も、「全力投球」で指導をしてきました(歳を取り、かつてのような指導をする体力は無くなってきているのですが…)。明日、1月8日(火)は、6号館地下にある「社会調査実習室」に午後13時35分に集合し、全員でお互いの卒論を確認しあい、全員で揃って卒論を提出する予定になっています。卒論の受付期間は、1月10日の15時までですが、例年ギリギリの学生が出てくるので、今年は全員で揃って提出することにしています。

■私はゼミ運営の最終的な目標を、「ここまでやったぞ!」と自分で納得のいく卒業論文を執筆し、自信をもって卒業していくことにおいています。もちん、卒論の評価の基準についても、学生たちに提示しています。執筆に向けてのスケジュールについても、提示してあります。しかし、です。全体にいえることなのですが、「もっと早い時期から取り組んでおけばよかったのにな〜」ということです。せっかく研究の焦点があい、その深度が深まってきても、時間切れになってしまうからです。手間暇かけて調査をし、原稿の執筆を進めていると、自分の卒業論文が愛おしくなってきます。もっと、良いものにしたい…という欲が出てきます。そのような自覚ができたときには、すでに締め切りが目前…。これではいけません。「ここまでやったぞ!」と自分で納得のいく卒業論文を執筆することは、それほど簡単なことではありません。長い時間をかけて、粘り強く、少しずつ研究を進めていかなければなりません。今日は、3年生のゼミがあったのですが、1年後の卒論提出に向けてのオリエンテーションを行いました。自分でも、少し早すぎるかな…とも思いますが、春期休暇のあいだも学生の卒論の相談に乗ることにしています。

■ところで、写真ですが、特に卒業論文とは関係ありません。もうじき卒業する4年生が、3年生になりたてのころの写真です。「自分を強く印象づける自己紹介をしてください」とお願いしたところ、この2人は「華舞龍」というヨサコイサークルに所属していることから、狭い教室で模範演舞をしてくれました。この2人、春から、地元出身地の金融機関や自治体で働くことになっています。時間がたつのは早いですね…。

脇田ゼミの卒業論文

2013 新年会

20130105kanoke3.jpg■学部生時代、学生オーケストラ(関西学院交響楽団)に入っていました。昨晩は、その当時の仲間と、大阪・梅田で新年会をもちました。毎年年末に、フランスでコントラバス奏者&俳優をしている同期のSくんが一時帰国するのにあわせて、私の学年と、ひとつ下の学年の有志と一緒に開催しているのです。Sくんは、プロのアーティストですが、その他にも3名の仲間が、今でも市民オーケストラに参加し、楽器を続けています。立派だな~。

■新年会は、大阪・梅田の鶏料理の店で開かれました。話題はどうしても、糖尿病、高血圧、遠近両用眼鏡、歯の具合…といった健康問題に、そして親の介護問題になってきます。私たちのような年代になってくる、それぞれにいろいろ抱えているわけです。とはいえ、学生時代の仲間ですから、もちろんのことなのですが、昔の思い出話しにも花を咲かせました。毎年、新年会を開いていますが、そのたびに知らなかった事実が明らかになっていきます。面白いものですね。

■こうやってすぐに集まることのできる昔の仲間がいること、とても幸せなことだと思います。

大津市民駅伝2013

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■昨年の「福知山マラソン」での肉離れ、なんとか回復してきました。といっても、まだ筋肉がひきつるような感覚があり、本調子ではありません。とはいえ、いつまでも待っておくわけにいはいきません。どんどん、筋肉、脚力が落ちていきます。元に戻ってしまいます。無理をしない範囲で、ゆっくり走り始めました。リハビリも兼ねています。

■今年の目標ですが、予定していたのは2月末の「びわ湖レイクサイドマラソン」、そして3月の「京都マラソン」だったのですが、そこに降って湧いたように「大津市民駅伝」が入りました。職場のランニング好きの皆さんとチームをつくり、駅伝に出場することになりました。コースですが、トップに掲載した地図の通りです。場所は、大津市の田上地区です。龍谷大学瀬田キャンパスの比較的近くにある地域になります。

■それぞれの区間距離がですが、第1区が4.2km、第2区が3.6km、第3区が3.4km、第4区が4.2km、第5区が7.0km、合計で22.4kmです。ハーフマラソンぐらいの距離になります。今回、この「大津市民駅伝」に、職場から3チーム出場します。サブスリーの選手も含むアスリートチーム、中級レベルのチーム、そして私のような初心者が入ったチームです。アスリートチームは、体育大学のチームも出場するなか入賞を狙っています。私たちの初心者が混じったチームは、あまくまで完走、楽しみで走るのが基本です。3チームには全体を統括する監督がいて、監督が誰がどの区間を走るのかを決定します。私のばあい、おそらく第2区(3.8km)ではないかと思いますが、まだ監督からの発表はありません。ちょっとドキドキしますね。

■駅伝に出場するのは人生で初めてです。楽しみです!

【追記】■走る区間が監督から発表されました。私、Cチームの第2区を走ります。3.6kmです。(2013/01/08)

3,000アクセス感謝!!

■このホームページ(&ブログ)「環境社会学/地域社会論 琵琶湖半発」は、今年の7月25日に開設し、9月5日にアクセスカウンターを設置いたしました。そのアクセスカウンターが、10月30日に「1,000」を、そして12月4日に「2,000」を超えました。そして、本日、12月4日から1ヶ月程で「3,000」を超えることになりました。1ヶ月で約1,000人ほどの皆さんにアクセスしていただいていることになります。ありがとうございます。あまり「小難しい」ことや「気張った」ことは書かないようにしているので、日々の出来事に関する記述や、学生の皆さんへの情報提供がほとんどですが、今後ともお読みいただければと思います。よろしくお願いいたします。

2013年元旦のご挨拶

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■皆さま、新年、明けましておめでとうございます。今年も、どうぞよろしくお願いいたします。写真ですが、妻の実家の玄関に、お正月だけ飾られる「三河漫才」の人形です。

■昔、新年になると、「今年が良い年でありますように」との願いをこめて、めでたい言葉(言祝ぎ=寿ぎ(ことほぎ))の歌で舞いながら、一軒一軒の家々を回る民俗芸能=「漫才」が行われていました。全国には、このようなタイプの様々な民俗芸能がありましたが、特に三河地方(現在の愛知県)は有名でした。漫才は、太夫(たゆう)と才蔵(さいぞう)の2人組みで面白可笑しく演じられました。漫才師は、それぞれの家に「幸せ」を招き入れる役割を演じていました。「笑う門には福来る」といいますよね~。

■ところで、今年も、「幸せ」について考え、「幸せ」に向かおうとする様々な実践から学び、関わり、そして自らも取り組みたいと思っています。ここでいう「幸せ」とは、1人1人の個別の「幸せ」のことだけではありません。個人という「私」も含めた、「私たち」の「幸せ」のことです。昨年同様、どうかよろしくお願いいたします。

2012年最後のご挨拶

20121231ohmisoka.jpg ■「環境社会学/地域社会論 琵琶湖畔発」にお越しの皆さま。大晦日のこの日、「2012年最後のご挨拶」をさせていただきます。

■今年の7月25日に、このホームページを開設しました。ホームページとはいっても、トップページ上部のメニューバーの部分だけで、そのほとんどは「ブログ」です。身辺の出来事をお知らせすることが基本となっています。以前にも、ホームページを立ち上げていたのですが、2008年頃から塩漬け状態になっていました。これではいけないと、コミュニティマネジメント学科の教員・笠井賢紀先生のご指導のもと、flatpressを使って自分のホームページ「環境社会学/地域社会論 琵琶湖畔発」をリニューアルしました。笠井先生、本当にありがとうございました。なんとか、それなりの情報発信ができるようになりました。

■2012年、いろいろありました。ありすぎて、ここでは簡単に書くことができません。ゼミ、ゼミでおこなっている「北船路米づくり研究会」の活動、「大津エンパワねっと」、その他の地域貢献活動、社会学研究科長としての仕事、そして今年の夏から取り組み始めたランニング(マラソン)…。目一杯頑張ってきました。ここまで頑張ることができたのも、学内の関係者の皆さま、地域の皆さまのご支援があってのことです。心から感謝いたします。

■今年は珍しく12月28日に(無理やり)仕事を終えることができました。残りの3日間は、ふだん怠けている家の用事(年末ですから大掃除になりますが…)に一生懸命取り組みました。妻や、帰省してきた娘や息子とも楽しい時間を過ごしています。こういった、「当たり前の時間」をきちんと持つことが大切だなと改めて思いました。リフレッシュしています。

■とはいえ、ゼミ4年生の卒業論文の原稿がドッと送られてきており、これから原稿のチェックをしなくてはいけません。ゼミ生たちには、「私の正月を返してくれ!!」と声を大にして叫びたいのですが、仕方がありません…。来年度は、もっと早くに卒論指導を終えるように、卒論指導の仕組みを大きく変える予定です(3年生の皆さん、ご覚悟を)。また、この5年程、学生の指導や地域貢献にかなりのエネルギーと時間を投入してきましたが、少し自分自身に充電をする時間が必要になってきました。来年は、長期的な視点にたって、自分自身への充電も心が得けるようにしたいと思っています。

■写真は、昨年、奈良の街で除夜の鐘を撮影したものです。今年も、例年通り家族と一緒に奈良の街に初詣に出かけようと思っていましたが、妻は体調不良、子どもたちもそれぞれの世界があるようで、少し気持がくじけてしまい、今年は大晦日夜遅くからの初詣をやめておくことにしました。そのかわり、今日は早く就寝して、明日の朝は、ひさしぶりにジョギングをしたいと思います。11月23日の「福知山マラソン」(フルマラソン)の30km直前で涙の肉離れ…、それ以降、完全に筋肉が修復するまで練習を我慢してきましたが、やっと走れるかなという程度までに回復しました。まだ、完全に回復したわけではないでしょうが、3月の「京都マラソン」に向けて頑張って練習に取り組まねばなりません。ということで、明日、元旦から、練習を開始することにします。

■皆さま、どうぞ良い年をお迎えください。

ゼミ1期生のプチ同窓会

202121231semi.jpg ■一昨日の晩は5期生の同窓会でしたが、昨晩は、1期生の皆さんの同窓会でした。5期生も1期生も、忘年会を兼ねたプチ同窓会、全員はそろっていませんが、こうやってぱっと集まることのできる関係って良いですね~。5期生諸君はLINEで報告してくれましたが、こちらはfacebookでした。

■1期生は、私が2004年に龍大に赴任したとき、最初に受け持ったゼミの学生の皆さんです。前年度にゼミの選択をすませますから、脇田がどんな教員なのか良くわからないまま、断片的な情報のみで私のゼミを選択したことになります。ある意味、ギャンブルのところがありますね。私のゼミを選択して良かったのかどうか、これは聞いてみないとわかりません。全員フィールドワークをして卒論を書かなければならないという私のゼミの伝統は、この1期生のときから始まっています。

■1期生は、2006年春に卒業しました。もうじき7年がたちます。転職、結婚、出産、育児…。皆さんの近況に、じっくり耳を傾けたいものです。次回の同窓会、都合がつけばぜひ参加させてください。

ゼミ5期生のプチ同窓会

20121230semi.jpg ■昨晩は、自宅で大掃除のあと妻と慰労会。ということで行けなかったのですが、滋賀県の彦根市で脇田ゼミ「5期生」の同窓会が開かれました(5期生は、2010年の春に卒業しています)。この学年はゼミOB・OG相互の連絡にLINを使っています。私も今年からゼミの連絡用にLINEを使っていますので、この「脇田ゼミ5期生」のLINEグループに入れてもらっています。今回は、年末で忙しいなか、5名の皆さんが集まったようです(君たち、独身だからそれほど忙しくもないのかな??)。

■同窓会の会場は、彦根市内にある焼肉店。奈良にいる私と、LINEでメッセージや写真のやりとりをしてくまれました。こういうのって、なかかな楽しいものですね~♪写真は、同窓会終了後の集合写真。左からTくん、Hくん、Mくん、Sさん、Mさん。Sさんは、この同窓会のために東京からやってきましたし、Mくんは三重県から!! この5期生とは、ついこのあいだも呑んだよな~。仲がとても良い学年です。

■この学年の皆さんの卒業後のこと、いろいろあります。転職、結婚、出産…。ついこのあいだ卒業したのに、早いものですね~。次回、都合がつけばぜひこの学年の同窓会に呼んでください。いろいろ話しを聞かせてください。

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【追記1】■写真、追加しておきます。左:焼き肉宴会中の様子。右:おそらくは終了後の集合写真。みんな座っているのは、カバンの上にデジカメを乗せてセルフで撮ったからだろうな~。でも、「地元帰ったで~」っていう雰囲気が、なんとなく出ています。

【追記2】■Mくんから連絡がありました。彦根市ではなく、近江八幡市なんだそうです。

マグカップ

20121229ipu.jpg ■昨日は、仕事納めでした。もちろん、大学のキャンパスは閑散としています。12月28日にキャンパスにくる学生や教員は限られています。もっとも、私のばあい、仕事納めとはいっても研究室の整理です。溜まりに溜まった書類の山を、なんとしても整理しておかないと、新年から新鮮な気持で、仕事や学生指導に取り組めない…と感じたからです。

■私は、整理整頓が得意ではありません。書類をテキパキと整理できる人たちが羨ましい…。社会学部のある同僚の研究室には、ゴチャゴチャした書類など一切ありません。なぜなら、会議が終るとすぐに捨ててしまうからなのだそうだ。考えてみれば、特別の書類以外は、会議が終ったら見ませんものね。研究室の断捨離を、日常的にしなくては狭い研究室はすぐに紙の山だらけになってしまいます。会議が終わったらすぐに捨ててしまう…というのもひとつの手段ですね。

■昨日は昼過ぎから研究室の整理を始めました。ただし、別の用事もしながらですから、なかなか作業が進みません。終わったのは20時過ぎ。肉体的というよりも、気持ち的に疲れ果ててしまいました。とはいえ、清々しい気持で、新年から仕事を始められそうです。疲れをいやすために、ココアを飲んで少休憩しました。写真のマグカップは、龍谷大学社会学部に異動する前に勤務していた、岩手県立大学総合政策学部の同僚からいただいたものです。マグカップには「IPU」、「Iwate Prefectural University」と書かれています。マークは、岩手県大のものです。今でも大切に使っています。

黒子に徹する潔さ

■塩漬けになっている個人ブログのエントリーの虫干しをしておこうと思います。「黒衣に徹する潔さ」というエントリーです(一部省略しています)。
http://blue.ap.teacup.com/wakkyken/680.html

「黒子に徹する潔さ」

20121227mirin.jpg ■前回のエントリーでも報告したように、週末、岐阜県に出かけてきました。そのさい、NPO法人「アツマールぎふ」の監事さんの車に乗せていただき、目的地である岐阜県白川町に移動する途中で、道路沿いにある1軒の酒屋に立ち寄りました。酒屋だけど、小田巻きという岐阜地方のお菓子を売っている「小田巻き屋」という名前のお店です。そこで、お土産に買ったのが、左の写真の「福来純三年熟成本みりん」です。木曽川と飛騨川が合流するあたりにある川辺町の白扇酒造さんで製造されている味醂です。お店の窓ガラスに、ある雑誌(JR東海の広報誌でしようか?)に掲載された「福来純三年熟成本みりん」に言及されたエッセーのコピーがはってあり、それを読んでおもしろいなと思ってしまったからです。料理研究家・大内侯子(きみこ)さんが書かれたものでした。

■大内さんのエッセーでは、この「福来純三年熟成本みりん」に関して、次のようなことが書かれていました。
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「料理に使ってみて、もう一度驚いた。野菜の煮物や煮豆も、柔らかな味が醸され、不思議なばかりにおいしくなるのだ。しかも味醂の味は表には出ず、素材を支える黒衣に徹する潔さ。それまであまり味醂を使わなかった私が、この味醂と出合って以来、野菜やひじき、豆などの乾物類、魚、といろいろな煮物にどに重宝し、欠かせなくなってしまった。」
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■ビビビッときました~。「味醂の味は表には出ず、素材を支える黒衣に徹する潔さ」の部分です。この部分を読んで何を連想したかというと、食と料理とはまったく関係のない地域づくりのことだったんですね。

■最近、地域づくりに関してお話しをさせていただくことがふえてきました。そのようなとき、関係者のあいだで、次のようなことがよく話題にのぼります。大企業を退職された男性が、ご自分がお住いの場所で、地域づくり活動を通して「地域デビュー」されるときに、過去の大企業にお勤めだったときの役職等にこだわってしまうということです。「私は、○○株式会社の部長までやった男なのだ!!」なんてことを直接言わないにしても、このような思いが態度に出て、地域づくり活動でのコミュニケーションがうまくいかないのです。退職とは人生の大きな節目ですから、社会的役割を再定位していかなくてはいけません(たとえば…「大企業の部長から地域ボランティア」へという具合に)。それがうまくできないのです(この点、女性のばあいは、あまりこういう話しは聞きません。まったく聞かないわけではありませんが)。

■また、地域デビューしたとしても、「自分が持っている知識や経験を地域づくりに活かそう」という気持ちはよいのですが、それが「おれが教えてやる」「おれが指導してやる」、あるいは「こんなこともわかないのか」というような感じにふるまってしまうことで、結果として、思いが空回りして、地域活動がうまくいかなくなることもあります。周りから人も離れていきます。厳しい企業社会で活躍されてきた皆さんですから、つい、そんな感じになってしまう人もおられる、というわけなんですね~。なかなか、難しいものですね~。

■まあ、こんなこともありまして、講演では、「地域づくりの黒衣(黒子)になりましょう」ということをよくいいます。地域社会のなかには、様々な知識・経験・能力をお持ちの方たちがいらっしゃいます。地域のかかえる課題にあわせて、そのような皆さんが出会う場や、参加される方たちが活躍できる場をつくりあげていく、地域づくりの「場」をデザインしていくことを目指す「黒衣(黒子)」になろうよ、ということです。「おれが、おれが!!」という人たちばかりがぶつかりあっていては、地域づくりは、うまく進みません。それは結局、地域社会のある種の権威やリスペクツ(あるいはヘゲモニー)をめぐる争そいになっちゃっているわけですから。まあ、そんなわけでして、「味醂の味は表には出ず、素材を支える黒衣に徹する潔さ」という文章にビビビッときてしまったわけなんですね。もちろん、こんどからは、「『福来純三年熟成本みりん』のようになりましょう!!」っていうわけにはいかないですけれど。

20121227murakami.jpg ■こんなことを書いていると、先日読了した、内田樹(うちだ・たつる)先生の『村上春樹にご用心』のことを思い出してしまいました。この本、内田さんが運営しているブログで村上春樹について言及しているエントリーもとにつくられたようです。amazonでのレビューの評価、極端にわかれています。私は楽しんで読みました。この本は、村上春樹について語ってはいますが、村上春樹の作品論として読んではだめでしょうね。村上ファンでありレヴィナスの研究者である内田さんが、村上作品を通して、自らの思想を語っているわけですから。内田さんの本が持っている面白さとは、難しい表現であれやこれやと蘊蓄をたれるのではなく(衒学的でなく)、シンプルかつクリアな視点から、森羅万象をサクサク解き明かしていく、まあそんな感じですかね、私のばあい。この『村上春樹にご用心』も、そうです(もちろん、このは内田さんの「読み」であって、別の「読み」が可能であることはいうまでもありません)。

■物語、父の不在(真理や神の不在)、身体、死者とのコミュニケーション、批評家と春樹…キーワード的に見れば論点はいろいろあるのですが、内田さんのいいたいことはひとつ。なぜ、村上春樹は世界中で読まれるのか。本の帯には、こう書いてあります。「ウチダ先生、村上春樹はなぜ世界中で読まれるんですか? それはね、雪かき仕事の大切さを知っているからだよ」。村上春樹に影響を与え、彼自身も翻訳をした『キャッチャー・イン・ザ・ライ』(サリンジャー)で主人公のホールデンがいうところの「ライ麦畑のキャッチャー」と雪かき仕事って同じことです。ちょっとだけ、引用してみます。

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 世の中には、「誰かがやらなくてはならないのなら、私がやる」というふうに考える人と、「誰かがやらなくてはならないんだから、誰かがやるだろう」というふうに考える人の二種類がいる。「キャッチャー」は第一の種類の人間が引き受ける仕事である。ときどき、「あ、オレがやります」と手を挙げてくれる人がいれば、人間的秩序はそこそこ保たれる。
 そういう人が必ずいたので、人間世界の秩序はこれまでも保たれてきたし、これからもそういう人は必ずいるだろうから、人間世界の秩序は引き続き保たれるはずである。
 でも、自分の努力にはつねに正当な評価や代償や栄誉が与えられるべきだと思っている人間は「キャッチャー」や「センチネル」の仕事には向かない。適正を論じる以前に、彼らは世の中には「そんな仕事」が存在するということさえ想像できないからである。(29~30頁、センチネル:見守る人)
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「センチネル」たちの仕事は、『ダンス・ダンス・ダンス』で「文化的雪かき」と呼ばれた仕事に似ている。誰もやりたがらないけれど誰かがやらないとあとで他の人たちが困るような仕事を、特別な対価や賞賛を期待せず、黙って引き受けること。そのような、「雪かき仕事」を黙々と積み重ねているものの日常的な努力によって、「超越的に邪悪なもの」の浸潤はかろうじて食い止められる。政治的激情や詩的法悦やエロス的恍惚は「邪悪なもの」の対立項ではなく、しばしばその共犯者である。この宇宙的スケールの神話と日時用生活のディティールをシームレスに接合させた力業に村上文学の最大の魅力はある。それを世界各国語の読者とともに享受できることを私は深く喜びとする。(10~11頁)
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■「三年熟成本みりん」⇒「黒衣(黒子)」⇒「キャッチャー」/「センチネル」⇒「雪かき仕事」。飛躍はあるけれど、私の連想は、こういうふうに展開したのでした。「雪かき仕事」っていうと、私のばあいは、岩手にいたときのことを思い出してしまいます。同僚A君の奥さんは、雪深い山形県の出身です。雪国とはいっても、積雪量が山形ほどではない岩手。でも、奥さんは、朝暗いあいだに起きて、積った新雪をせっせとかき出して、朝、通学する子供たちのための道を確保されるのです。住んでいたのは、大学の教員住宅。雪がふっても雪国出身でない地域の人たちもいたりして、山形のようにだれもが雪かきを積極的に行うわけではありません。でも、A君の奥さんは、「なんで、他の教員やその家族は、雪かきしないの!」なんてことは言わずに、あたりまえのように、せっせと雪かきをされるのでした。よくわかります、村上春樹や内田さんが「雪かき仕事」ってよぶことが。

■「三年熟成本みりん」⇒「黒衣(黒子)」⇒「キャッチャー」/「センチネル」⇒「雪かき仕事」、こういう私たちの世界の持つ「豊かさ」を、今の社会の在り方はますます縮小させていく方向に動いています。だからこそ、大学で、現代GP「大津エンパワねっと」の企画をして推進メンバーになったり、岩手や岐阜にも出かけていくんでしょうね。そして、こんな世の中だけれど、「三年熟成本みりん」⇒「黒衣(黒子)」⇒「キャッチャー」/「センチネル」⇒「雪かき仕事」に励む人たちとの出会いから多くのこを学ばせていただき、勇気いただけることで、なんとか頑張っていられるのかなとも思います。地域づくりの現場でおあいする皆さん、いつも、どうもありがとうございます。

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