京都大学交響楽団 第219回定期演奏会

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▪️昨晩は、授業後、京都の北山にあるコンサートホールへ移動しました。京都大学交響楽団の第219回定期演奏会が開催されたからです。少し前にネットでチケットを予約したら、ほとんどの席は売り切れていました。その中から購入したのは、写真のような座席でした。P席です。ステージの真後ろ(オーケストラの背後)に位置するポディウム(Podium)席のことです。この席は、オーケストラの音楽をきちんと聴こうという前提だと、楽器の音のバランスも悪いし、演奏している学生さんたちの背中から見ることになります。ただし、良いこともあります。まず、指揮者の表情や動きがよくわかることです。正面からだと指揮者の背中しか見えないわけですが、この席だと、指揮者の表情や視線、細かな各楽器への指示がよくわかります。

▪️昨晩のプログラムは、ヨハン・シュトラウス2世の「ウィーンの森の物語」、シューベルトの交響曲第7番「未完成」、チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」。指揮は、円光寺雅彦さんです。円光寺さんの指揮は、3曲とも、私の感覚からするとゆったりめのスピードでした。ただし、ゆったりしたスピードで、どの曲もとても丁寧に演奏されていたように思いました。3曲の中でも、「悲愴」が一番強く印象に残りました。個人的な意見でしかありませんが、ワルツである「ウィーンの森の物語」や「未完成」は、聴かせる演奏が難しいように思いましたが、「悲愴」は聴きにきて良かったと思いました。「悲愴」だからか、座った席がP席だっせいか、ビオラやコントラバスがとても良く聴こえてきました。「コントラバスって、こんなふうに弾いているんや」と驚くこともありました。私自身は、学生時代にチャイコフスキーの交響曲5番を演奏していますが、6番の「悲愴」は演奏していないので、スコアの細かなところがわかっていなかったのです。ということで、自宅に戻ってからスコアで確認しました。今回の定演で唯一困ったことがあります。席の位置から仕方のないことなんですが、シンバルが目の前で、音が強烈すぎました。すぐそばだと、びっくりするような音量になりますから。

昨日、アクセスカウンターが1日で「1226」に。

▪️アクセスカウンターの数字が増えるということは、たくさんの皆さんにご覧いただけているということなのですが、その数字が急激に増える少し複雑な気持ちになります。昨日は1日で「1226」増えました。一昨日は「822」でした。これまで、通常は「200」前後なんですが…。何が起きているのでしょうね。

京都大学交響楽団 第219回定期演奏会

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▪️今週の金曜日、京都コンサートホールで、京都大学の学生オーケストラ、京都大学交響楽団の定期演奏会が開催されます。金曜日は、17時前まで授業がありますが、開演には間に合いますので、聴かせていただくことにしました。

▪️学生オーケストラの評価は、なかなか難しいのです。しかし、京大オケは上手です。京大オケは、京大生でなくても、また4大でなく短大生でも団員になることができます。そうなのですが、多数は京大生なのではないかと思います。そうなると、特に弦楽器の場合ですが、子どもの頃から楽器を経験している人が多くなるのではないか思います。加えて、他大学から「ぜひ、京大オケで演奏したい」という人も、子どもの頃から経験していてそれなりの演奏レベルを持っている人たちなのではないでしょうか。私が学生オーケストラ、関西学院交響楽団に所属していた頃は(今から40年ほど前のことになりますが…)、弦楽器の大多数が初心者でした。そういった初心者の方達が、頑張って練習をして、定期演奏会で演奏するという感じでした。それは、それで素晴らしいと思うのですが、京大オケの場合はそうではないのではないかと思います。ある方が、「大学オーケストラは、演奏の上手さが、偏差値と相関している」と言っておられました。家庭環境(経済的・文化資本的)と関係しているというご意見です。確かに、そうなのかもしれません。

▪️それはともかく、金曜日の定期演奏会に行かせていただきます。もうチケットは、ほとんど売り切れていましたが、あえて、ステージの真後ろ(パイプオルガン側)にある客席を予約しました。視覚的にいろいろ楽しめるかなと思い、この席にしました。今回のプログラムは、画像の通りです。メインの「悲愴」がどのように演奏されるのか、楽しみにしています。加えて、「未完成」、譜面ヅラは演奏しやすそうなのですが、そう見えてとてもとても難しいので、どのように演奏されるのか気になります。京大オケは、学生オケですから、練習を緻密に積み重ねています。そこが、普通の市民オケやプロと違うところです。その練習を緻密に積み重ねていることの結果が、演奏にどのように現れてくるのか、その辺りを期待して聴かせていただこうと思います。

マカオのお土産

20260625souvenir.jpg▪️これ、マカオのお土産だそうです。社会共生実習を指導している学生さんからいただきました。栓抜きです。ただし、形が…。この手のお土産は、男子の学生さんが半分ふざけてくれるものと思っていましたが、違っていました。「先生は糖尿病でお菓子が食べられないから、これにしました」と、私の健康に気遣う女子学生さんたちからのお土産でした。

▪️裏に磁石がついていて、普段は冷蔵庫に貼り付けておくことができます。「ビールの栓を抜くときに使ってください」とのことでした(うーん、ビールも糖質がありますが)。で、このお土産、女性の胸とお尻の2種類があったらしいのですが、何を根拠にしているのかはわかりませんが、この「おじいちゃん先生」(私のことですが)にはお尻だろうとの判断があったようです。

「ドローン仏」(京都市下京区・龍岸寺)


▪️これはすごい。阿弥陀如来と二十五菩薩、法然上人と蓮華2つ、全29のドローンを使って、来迎のイメージをリアルに表現されています。この取り組み、前々から注目していました。とうとう完成のレベルにまで到達されたようですね。次は、どう進化するのかな。このドローンとは別に、バーチャルリアリティ (VR)によっても擬似体験したいと、私は思うのですが。そういうVRの応用展開は開発されていないのでしょうかね。

▪️阿弥陀仏を信仰する浄土教では、念仏を唱える人が臨終を迎える際、阿弥陀如来が諸菩薩を伴って雲に乗り、極楽浄土から迎えに来てくれるということになっています。普段から念仏を唱えて、この来迎の瞬間を待つわけですね。音楽を奏でる25人の菩薩を引き連れてお迎えに来るわけです。なんだか、とても明るいパレードのような感じです。ちなみに、このドローンのお寺は、浄土宗の龍岸寺さんです。

▪️しかし、浄土真宗では、そのようなイメージをもつ必要はないと考えるようです。阿弥陀仏はすべての人を救うという誓いを立てており、そのことを信じて、自分自身が阿弥陀仏にすべてをゆだねるという気持ちがバシッと定まったその瞬間、「摂取不捨」、仏になることが約束されるのだから、このような来迎のイメージなどもつ必要はない…と考えるようです。むしろ、良くないと考えるのかもしれません。

▪️浄土真宗の教えとは異なるかもしれませんが、このような臨終を迎える際のイメージ、私は生きているときからしっかりもっておきたいと思っています。大昔から、仏画や仏像によって表現してきたことを、それぞれの時代の技術を応用して、その時代の人々にあった感覚で表現することは大切なことだと思うからです。ちなみに私のスマホの待ち受け画面は、この来迎のシーンを描いた「早来迎」です。

http://www.metmuseum.org/art/collection/search/45249▪️ウィキメディア・コモンズからダウンロードさせていただいた「阿弥陀聖衆来迎図」です。これは、メトロポリタン美術館に収蔵されている仏画のようです。「来迎図」の多くの作品では、菩薩たちが雲の上で太鼓や琵琶などの楽器を陽気に演奏しており、まるで楽しいパレードしているかのように描かれています。これから西方浄土に向かう臨終の人を歓迎するかのようです。何か、ゆったりと阿弥陀仏と菩薩がやってこられているように見えますが、息を引き取るときにはこの体制でいてくださるのです。そしてあっという間に浄土へお連れくださる。死は怖いというイメージ逆転させるようなイメージでしょうか。

▪️このような来迎のイメージをプロデュースしたのは、平安時代中期、比叡山で修行していた源信だと言われています。私は、仏教を研究しているわけではないので、源信の『往生要集』を現代文にしたものでさえまだ読んだことがありません。できることは限られていますが、時間をみつけて読んでみたいと思います。ちなみに、源信のお墓は、比叡山横川にあります。私の自宅から頑張れば歩いていけるところにあります。こちらも一度お参りしてみたいと思っています。

ギンバイカ(銀梅花)

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▪️庭のギンバイカが開花しました。ギンバイカは、漢字で書くと銀梅花です。ギンバイカは低木です。我が家の庭には大小1本ずつ植えてあります。長く伸びているのはオシベです。キリスト教の聖書にも登場するミルトスという低木のようですね。ギンバイカは、花の後に黒みがかった青色の実がなります。というかなるそうです。記憶がはっきりしません。そうだったかな…。「香りが高く、生のままで、また乾燥させて食用とし、また香水用にも使われます」っていうんですけど、確かめたことがありません。今年は確かめてみようと思います。

適度なバランス

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20260623mygarden1.jpg▪️猫の額のような小さな庭ですが、以前はたくさんのダンゴムシがいました。ミミズもいました。ところが、庭の世話を丁寧にして、落ち葉などを集めてしまうと、ダンゴムシもミミズも数が減ってしまいました。カナヘビを時々みかけるのですが、ダンゴムシもミミズもカナヘビの餌らしいので、カナヘビは困っているでしょうね。もし、庭に生き物を増やそうとすると、適度なバランスが必要ですね。

▪️昨日は、ヒメウツギに2匹の小さな蝶が止まっていました。シジミチョウだと思います。交尾しています。我が家の庭にはたくさんのカタバミが生えてくるので、そこに産卵するのではないかと思います。カタバミしか食べないらしいので。カタバミはどんどん増えていくので、時々、徹底的に処理しているのですが、これも適度なバランスが必要なのかな。適度って…どういうことだろう。

▪️今、庭にはアジサイやアナベルが花を咲かせています。存在感があります。存在感がないけれど、小さな花も咲いています。ナンテンの花です。今年も、冬になると赤い実がたくさんなることを期待したいと思います。ところで、ナンテンは「難を転ずる」ということで、家の鬼門(北東)や裏鬼門(南西)に植えるようです。我が家の場合は、2箇所に植えてありますが、そのうちの1箇所は裏鬼門です。前にお住まいだった方が植えられたものです。このナンテンの小さな花にも、蜜を吸いに虫がやってきます。

▪️庭の法面にシバザクラを咲かせようと努力してきましたが、なかなかうまくいきません。そのかわり、今はマンネングサが拡大しています。今は黄色の花を咲かせています。可愛らしいのですが、生命力があり、どんどん拡大していきます。油断大敵です。まあ今のうちはグランドカバーとして利用することにします

『地図で読み解く 日本の山岳鉄道』

20260622sangakutetsudo.jpg▪️『地図で読み解く 日本の山岳鉄道』。新聞広告で知りました。

▪️自分が高校生の時に通学で利用していた「神戸電鉄有馬線」、だいぶ大人になってからたまに乗車していた「叡山電鉄鞍馬線」。それから坂本ケーブル、叡山ケーブル、鞍馬山ケーブル、生駒山ケーブル、六甲ケーブル、摩耶ケーブル、子どもの時に乗った皿倉山ケーブル…なんだか親しみのある、そして懐かしいケーブルカーも続々解説されています。

▪️あと、「鈴鹿山脈を加太峠で越える 関~柘植駅」、「路面電車も山を越える 京津線」、「大阪と奈良を最短で結ぶ 瓢箪山~生駒駅」なんてのもありますね。「関~柘植駅」はまだ乗車したことはありませんが、後の2つのうち「瓢箪山~生駒駅」は以前奈良に暮らしていたときによく利用していました。と言いますか、大阪に行くときは、この近鉄一択でした。「京津線」は現在時々利用しています。現在の「推し」の電車です。

▪️ということで、注文しました。長年の鉄道ファンやプロの皆さんは別にして、私程度の者ならば、これで「にわか勉強」して電車に乗ってみると楽しいのだろうなと想像しています。そして退職したら、全国の山岳鉄道に乗りに出かけようと思います(行けたらいいな)。

伊勢神楽(高島市朽木針畑)


▪️2004年に龍谷大学社会学部に勤務するようになり、はじめて「伊勢神楽」のことを知りました。キャンパスのある瀬田の南大萱という集落の中で、伊勢神楽の社中の皆さんに偶然に出会いました。

▪️この動画は、高島市朽木の針畑で撮られたものです。facebookで全ての人に公開で投稿されているものです。針畑は、高島市の中でも福井県と接している山間の地域です。瀬田とはずいぶん離れています。琵琶湖の東側、そして南側は伊勢に近いわけですが、このような遠く離れた地域にも伊勢神楽の社中の皆さんはきちんと回っておられるのですね。もっとも、伊勢神楽の社中の皆さんは、西日本各地が回壇されていますので、山間地の朽木であろうと普通のことなのかもしれません。ちなみに、回壇とは、集落の一軒一軒を巡って魔除けや家内安全の祈祷を行うことをいいます。

▪️伊勢神楽については、こちらの論文を読むとよく理解できるのかなと思います。「滋賀県の市町村誌に見られる伊勢大神楽関連記事の傾向」です。執筆者は、民俗芸能の研究者で、現在は岩手大学に勤務されている神野知恵さんです。東京文化財研究所刊行物リポジトリから読むことができます(ダウンロードには少し時間がかかるかもしれません)。この論文では、滋賀県内の市町村史に記述されている関連情報に基づき、地域住民側が伊勢大神楽をどのように受け止めてきたのかを分析されています。伊勢神楽は、毎年、同じ季節にやってくること。神の代理人として、家の中心である竈門をお祓いや獅子舞をして、集落の広場では動画のような曲芸をされます。また、そのことに対して、かつてはお礼をお渡しするとともに宿泊や食事の世話をされていました。伊勢神宮の神の代理人としてやってこられる伊勢神楽の民俗学的な意味について、また外部から幸せをもたらす来訪神との関係についても、きちんと教えてくれる研究がどこかにあるだろうなと思っています。と思って調べてみると、神野さんご自身、昨年に『旅するカミサマ、迎える人々伊勢大神楽と「家廻り芸能」』を出版されていますね。残念ながら、もう入手することができませし、龍谷大学の図書館にも入っていません。でも、読んでみたいな。

▪️シェアさせていただいた動画にも「今年も来てくれました!」とありますね。この毎年、特定に季節にやってきてくださるという点が大切なのだと思います。それと、あと、お祓いと曲芸がセットになっている点も大切ですね。ところで、この伊勢神楽も、時代の変化に対応しながら、組織や運営に関して大きく変化させています。この記事「450年の歴史を持つ伊勢大神楽 世襲制度を廃して法人化 若者の就職先の一つに」からそのことがよくわかります。また、一般社団法人伊勢大神楽講社が運営している公式サイトもご覧ください。

【追記】▪️神野さんは、『旅するカミサマ、迎える人々 伊勢大神楽と「家廻り芸能」』を2025年に出版されていますね。残念ながら、すでに品切れです。残念。龍谷大学の図書館にも入っていません。ただ、龍谷大学の図書館には神野さんが監修に参加されている「旅する獅子、伊勢大神楽の20年 / 国立民族学博物館撮影・製作」という動画がありました。

今日も土曜日ですが瀬田キャンパスへ。

▪️今日は土曜日ですが、瀬田キャンパスで「びわ湖・滋賀学」の授業がありました。いつもはコーディネーター役なのですが、今日は授業を担当しました。1・2限目とも私の講義です。森・川・里・湖のつながりと、それぞれの場所で様々な営みや活動をされている方達に光を当てる講義内容でした。講義では、FAO(国連食糧農業機関)が「世界農業遺産」に認定された「琵琶湖システム」を軸にして話を進めました。2限目は、こんな授業を行いました。あらかじめ、以下のような作業を自宅で行なって、クラウド型教育サービスであるmanabaに提出してもらいました。ネット上にある参考資料の情報も伝えました。

滋賀県外の都会の中学校を卒業して滋賀県の高校に入学してきた高校生が、あなたの目の前にいると想定してください。また、その高校生に、以下のことを理解してもらうために授業を行うことを想定してください。

1.森・川・里・湖の「つながり」の大切さ
2.その「つながり」のなかでたくさんの生き物が生きてきた/生きていること
3.人の暮らしや文化もそのような「つながり」のなかで成立してきたこと
4.このような多様な「つながり」を支えていくためには、何をすればよいのか

あなたならば、どのような15回の授業を組み立てますか。費用や時間の関係で実現可能かどうかはあまり気にせず、講義方法についても大学での講義、博物館での展示による講義だけでなく、フィールドワーク(実習)も行うとして、15回の講義計画を考えてみてください。「私が高校生ならば、こんな夢のような授業を受けてみたい」、皆さんの夢が詰まった講義計画にしてほしいと思います。

レポートは、ワードのデフォルト(40字×36行)で、できるだけ1枚に収まるように書いてください。1回ごとに「学修内容」と「キーワード」を短い文章で書いてください。このレポートをもとに、グループワークを行います。

この講義計画の作成あたっては、掲示板にお示しした情報源を参考にしてください。

▪️このような授業ができるのも、これまで、琵琶湖博物館の学芸員の先生方の講義を受けてきたからです。授業では、4人の方にそれぞれ考えてこられた授業計画を教室の前でプレゼンテーションしていただきました。そして、他の方達からもいろいろコメントをしてもらいました。プレゼンをされたみなさん、それぞれユニークな発想です。こちらも勉強になりました。1回の90分の授業を15回という文科省が決めたルール(枠)については、この際無視して、「夢のような授業」を考えてもらいました。もちろん、手堅く、それでも工夫をして授業計画をプレゼンしてくださった方もおられました。こうした学生の皆さんのアイデアが、「びわ湖・滋賀学」のような、瀬田キャンパス固有の授業の中で、これから活かされていったらいいなと思います。

▪️今日プレゼンしていただいた授業計画は、おそらく「大人の生涯学習・体験学習」の企画を立てる際にも役立つのではないかと思います。きちんとお金を払ってでも、参加してみたいという方達がおられるからです。学生さんたちのために開発された教学資源が、一般の方達にももっと開放していくとよいのになと思います。龍谷大学にも、すでに市民講座は開講されています。ただ、座学だけではなく、フィールドワークや各地で活躍されている方達との交流も含めた形での市民講座ができたらいいなと思うのです。需要はあるはずです。

▪️2限目の残りの時間ですが、来年度も続くこの「びわ湖・滋賀学」の授業をより良いものにしていくために、具体的な提案をリアクションペーパーに書いて提出してもらいました。これは、来年度の授業に役立てていきます。とはいえ、私は定年退職しているので、引き続き担当していただくことになる先生にお任せすることになります。この2026年度の「びわ湖・滋賀学」、最後の授業は7 月4日、琵琶湖博物館で行われます。

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