春の庭
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■1段目。ジューンベリーが満開になりました。昨年はたくさんの実が収穫できましたが、今年はきちんと実がなってくれるかな。
■2段目左。ツンツン目を伸ばしていたギボウシが、葉を広げはじめました。ツンツンした芽の中に赤ちゃんのような葉が最初からできているんですね。2段目右。しばざくら。庭の法面にシバザクラを植えてありましたが、少し弱ってきた部分があり、庭師さんに手を入れてもらっています。法面なので、土も流れてしまっていました。土留の工事も合わせてしてもらっています。
■3段目左。黄色いのは、ヒカゲツツジ。造園の専門家が教えてくださったのですが、「あなたの庭の黄色いツツジはヒカゲツツジというて、シャクナゲに近い種類なんやで」…なのだそうです。シャクナゲもつつじかの低木なんですね。3段目右。わかりません…。
■4段目左。オオエゾムラサキツツジです。濃いピンク色の花が複数集まって咲いています。エゾムラサキとオオエゾムラサキって種類が違うのかな…。よくわかりません。4段目右。常緑ガマズミです。たくさんの小さな花が集まって咲きます。蕾は赤いのですが、咲くと真っ白になります。
■5段目左。シャガです。特に世話はしていませんが、毎年、たくさんの花を咲かせてくれます。5段目右。ドウダンツツジです。とんがった芽が開くと、中から複数の花が飛び出して膨らみます。そういう自然界の仕組みを見て、本当にすごいな〜と思います。
■こうやって春の庭を楽しみつつ、ベンチに座っているととても幸せになります。もっと老人になった春のある日、このベンチに座ったまま、静かに息を引き取る、寿命を全うする…なんて具合にはならないでしょうかね。難しいでしょうが、そうなったらいいな。そういう願望があります。
中之島香雪美術館・企画展「来迎 たいせつな人との別れのために」
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■5月22日まで。企画展「来迎―たいせつな人との別れのために―」中之島香雪美術館企画展「来迎 たいせつな人との別れのために」。これはぜひ行かないといけません。以下は概要。
「死後、人はどこに行くのだろうか?」
人間誰しもが抱く根源的な問いです。それに出された仏教的な答えの一つが、阿弥陀如来のいる極楽ごくらく浄土に往生おうじょうする、というものでした。遥か西方のきらびやかな極楽世界に生まれる自分、あるいはたいせつな人を思い描くことは、死という恐怖に向き合う人々に晴れやかな希望を与えたことでしょう。こうした心情に基づく浄土信仰の高まりの中で、阿弥陀如来が多くの聖衆しょうじゅを率いてお迎えに来るのを描いた「来迎図」も、死後に向かう極楽のありさまを描く「浄土図」も、数多の作品が生み出されてきました。抗いがたい別れの痛みは、今も昔も変わりません。その心情に寄り添いつつ、浄土信仰の美術を眺めてみましょう。
■この概要を読むと、この世に残された側の方達が、亡くなった方のことを偲んで…という前提になっているような気がします。これは残された人たちの立場と言い換えることができるかもしれません。ただ、私が知りたいなと思うことは、亡くなる人の立場…になるのでしょうか。死んでしまったら、立場も何も無いじゃないか…とのご意見もあるでしょうね。でも、自分が死んだらどうなるのかを、生きている間に先取りして強いイメージを抱き、何かの実感を持つこと。死を先取りして生きるための作法。うまくいえませんが、この企画展で展示される絵画を通して、人びとは何を考え行動したのか、その辺りのことなのかな。
ジューンベリーと阿弥陀如来
■今、東京国立博物館で特別展「空也上人と六波羅蜜寺」が開催されています。そこには、運慶の四男である康勝が空也上人の姿を写実的に表した「空也上人立像」が展示されています。私は観覧したわけではないのですが、この立像を360度どこからでも鑑賞することができるようです。東京国立博物館の公式サイトでは、次のように説明しています。
この像が制作されたのは鎌倉時代で、上人がこの世を去ってから200年以上が経過していましたが、つねに市井の人々と共にあった上人への畏敬の念と、口から6体の阿弥陀仏が現れたという伝承を表したものです。
■とても有名ですね。私がこの立像のことを知ったのは、確か高校の日本史の教科書だったと思います。高校生だった私には、「口から針金が出ていて、そこに小さなお地蔵さんが並んでいる…」という見た目のままの不思議な印象でした。高校生の私は、仏教のことも、阿弥陀仏のことも、何も知らなかったのです。そもそもお地蔵様は菩薩ですね。
■昨日は、家で仕事をしていました。気分転換に少し庭の手入れをしたときに、庭のジューンベリーの蕾が膨らんでいることに気がつきました。そして、じっと眺めていると、蕾のひとつひとつが、空也上人立像の小さな阿弥陀仏のように見えてきたのです。ものすごくたくさん阿弥陀仏が乱舞。はっとしました。そんなふうに見えて、なんというか、とても幸せな気持ちになりました。
■たくさんの阿弥陀仏の蕾、もうじき広がって花を咲かせます。
琵琶故知新「びわぽいんと」研究会
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■昨日は、理事長を務めている特定非営利活動法人「琵琶故知新」で研究会を開催しました。私どものNPOで取り組もうとしている「びわぽいんと」の研究会です。「びわぽいんと」のことについては、いろいろこのfbでもお伝えしてきましたので、説明は省きます。以下をご覧ください。
びわぽいんと
■今日の研究会には、NPOの理事も含めて15名の皆さんにご参加いただきました。ありがとうございました。zoomによるオンラインと対面式のハイブリッドで開催しました。ゲストの皆さんには、とっても貴重なアドバイスをたくさんいただくことができました。滋賀県で取り組まれているMLGs(マザーレイクゴールズ)との連携の道筋が見えてきましが、そのことに加えて若い世代の人たちへの訴求力をどのように確保するのか、若い世代の知恵やセンスに向き合うべきこと、協賛金(寄付金)以外にも様々な資金確保の方法があること、もっと広報が必要であること…。研究会でのご意見は、文字起こしして、ご参加いただいたゲストの皆さんとも共有できるようにしたいと思います。
■研究会の後は、対面式の皆さんと懇親会を持ちました。私も含めて5人でしたが、もちろん、ソーシャルディスタンスを確保してです。懇親会の後は、今回ゲストとしてお越しいただいた、元「きょうとNPOセンター」の藤野 正弘さんと、さらに山科で飲み直しました。藤野さんは、私よりもひと回り年上の方です。でも、15年ほど前のことになりますが、私の大学院の講義やゼミを、社会人院生として履修されていました。ひさしぶりに、いろいろお話しすることができました。あっという間に時間が過ぎていきました。楽しかった〜。「びわぽいんと」についても、いろいろご意見をいただきました。ありがとうございました。
リラックスできない年度末
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■子どもの頃、春休みの思い出と一緒にあるのはモクレンの花です。春休みって、宿題もないし、暖かくなって気持ちが良いし、なんとなく春の香りが漂っています。なんていうのかな、生き物が目覚めた感じの香り…かな。本当にリラックスできました。昨日は、最寄駅から自宅に帰るときに、近くのお宅のモクレンが咲いていました。素敵ですね〜。とはいえ、子どもの頃とは違い、春休みも朝から働いています。年度末ですから、それなりに忙しいです。大人ですからね。そんなにリラックスできないな…。って、還暦を超えた爺さんが言うことではありませんね。
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■昨日は午前中は、朝9時半から大津市役所で「大津市協働を進める三者委員会」でした。これは、「大津市『結の湖都』協働のまちづくり推進条例」の規定に基づく委員会です。この条例に掲げられた「協働によるまちづくり」の推進を実効性あるものにし、時代の流れに対応したものとなるよう、協議・検討をしています。2017年の秋にこの委員に就任して、委員長を勤めてきましたが、もう1期頑張って他の委員の皆さんと良い議論をして、大津市役所と市民の皆さんとの協働を進捗させていきたいと思います。
■委員会の後は大学に移動し、高島市からの委託調査(高島市棚田地域調査・広報資料作成業務委託)に参加しもらったゼミ生への謝金の手続きを研究部で行いました。引き続き、そのゼミ生と卒論の相談を行いました。4月から4回生になる学生さんですが、真面目に卒論の研究を進めようとされています。指導教員としては嬉しいです。今日は、きちんと自分の調査をしようと思っているフィールドを見つけて来られました。こういうふうに前向きに、少しずつ取り組んでくれると、指導教員としても嬉しいんですけどね〜。でも、こういうゼミ生ばかりではありませんのでね。
■ゼミ生を指導した後、すぐに農学部に移動しました。龍谷大学「食と農総合研究所」の共同プロジェクト「琵琶湖水草の有機肥料としての表とその普及」の研究成果報告会が開催されました。農学・経済学・社会学の文理融合の研究プロジェクトの報告会です。私、今日は、社会学部教員の立場ではなく、特定非営利活動法人「琵琶故知新」の理事長として、これから運営していこうと準備をしている「びわぽいんと」や、NTT西日本滋賀支店との協働事業に関して報告を行いました。
■こんな感じで、今日も一日が終了。午前中の委員会、学生の指導、午後の報告会、いずれも有意義でした。とはいえ、年度末でいろんなことが立て込み、気持ち的には辛いところがあります。春休みだから、リラックしたいのですが。キャンパスは春休みでのんびりしているんですけどね〜。
日経ビジネス「辺境の地になった日本 生き残る道は世界の“古都” ノンフィクション作家・高野秀行」
辺境の地になった日本。以前、世界的に有名な投資家が「日本は将来、今のヨーロッパのポルトガルのような感じになる」と語っていた。こちらの高野さんも同意見のようだ。うまくいけば辺境の地でも悪くない。今までとは別の「幸せの物差し」を持てれば。https://t.co/rbzKQeqdCa
— 脇田健一 (@wakkyken) March 21, 2022
「古屋六斎念仏踊りオンライン稽古」
■滋賀県高島市朽木の古屋の六斎念仏踊り、担い手の高齢化により途絶えてしまったのですが、外部の皆さんの力もあって復活することになりました。詳しくは、このブログに投稿した「朽木古屋『六斎念仏踊り』の復活」をお読みいただければと思います。ただ、その後、コロナ感染拡大の中でこの念仏踊りを受け継ぐ活動はどうなっているのかな…と少し心配していました。昨日は、関係者の皆さんがfacebookに投稿された記事で、こうやってオンラインでお稽古をされていたことを知りました。感動しました。コロナ禍においても、こうやって頑張ってくださっていたのですね。ありがとうございます。
「国分寺地域通貨ぶんじ」のこと
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■時々、このブログで特定非営利活動法人「琵琶故知新」や、「琵琶故知新」でこれから運営していこうと考えている「びわぽいんと」について紹介をしてきました。理事長としての責任の重さをひしひしと感じながら、この「びわぽいんと」を具体的にどのように展開していけば良いのか、そのことについて頭を悩ませています。広い意味で地域づくりの活動に取り組んでこられた方たちに、「びわぽいんと」のことを説明すると、「ああ、地域通貨のようなものですね」と理解してくださいます。よくある地域通貨は、紙幣のようなものを発行して、流通させることで、地域社会の様々な課題を解決したり、活性化させたりしていこうとするわけですが、「びわぽいんと」の場合は、紙幣のようなものではなく、インターネット上で流通させるポイントになります。
■「びわぽいんと」の原理となる仕組みはすでに出来上がっていますが、それをどのようなルールで、どのような具体的な地域社会の活動とつなげながら展開していくのか、今はそのような段階かと思います。ここで乗り越えるべき壁がぐんと高くなりました。ICT(Information and Communication Technology:情報通信技術)だけでは乗り越えられない壁が存在するからです。言い換えればICTを具体的な地域社会というコンテクストの上で、どのようにデザインしていくのかということになります。藁にもすがるような思いで、ヒントになる情報を探しています。先日のことになりますが、滋賀県庁の幹部の方とお話をしたときに教えていただいたことがあります。「皆さんの『びわぽいんと』の話をお聞きして、東京の国分寺市でやっている地域通貨『ぶんじ』のことを連想しました」。ということで、「国分寺地域通貨ぶんじ」について調べてみました。
■「国分寺地域通貨ぶんじ」については、公式サイトがありますから、そちらをご覧いただけばと思います。とても興味深かったのは、この地域通貨が「お金」であると同時に、メッセージカードでもあるということです。地域通貨であるから「お金」の一種であることはわかりますが、メッセージカードとはどういうことなのでしょう。実は、地域通貨「ぶんじ」の裏側には、メッセージを書くことができます。Aさんが、Bさんから何かを買う(物やサービス)時にこの「ぶんじ」を使うわけです。「交換」です。通常、「交換」が成立した時には、AさんとBさんの関係はそれで終了します。「お金」の点だけから考えれば、「交換」が終了した段階で関係が持続する必然性のようなものはありません。しかし、「ぶんじ」は違います。裏側に自分の気持ちをメッセージとして書き込むのです。公式サイトでは、このように説明されています。
金は何かを「手に入れる」ための道具でなく
誰かのやさしさや丁寧な仕事を
「受け取る」ための道具にもなる。そして受け取ってくれる人の存在は
忘れかけていた贈ることのよろこびを、
もう一度思い出させてくれるかもしれない。そして、ぶんじはまた、
次の「贈り手」に向けてめぐっていきます
■「ぶんじ」は、地域通貨です。国が発行している通貨と同様に「交換」されるわけですが、それとともに人をつないでいく、人に思いを伝える「贈与」の側面も持っているのです。そのような「贈与」が人と人とのゆるやかな関係を生み出していくわけです。私が「ぶんじ」に注目するのは、この地域通貨には「贈与」の側面が存在しているからです。公式サイトには、次のように書かれています。「気持ちのこもった仕事に『いいね!』/率先したまちのための汗かきに『ありがとう』/その感謝のメッセージが、働くことのよろこびを思い出させてくれる」。
■この「国分寺地域通貨ぶんじ」については、キーパーソンである影山知明(かげやま・ともあき)のインタビュー記事も参考になります。フコク生命によるインタビュー記事です。この中で、影山さんは、次のように語っておられます。特に、大切だなと思った部分を一つだけ引用させていただきます。
互いに干渉しない、必要以上に立ち入らないという世の風潮もあるように思いますが、うまく関わり、お互いの前向きな重なりをつくれるようになると、1人ではできなかったことが2人だからこそできるということもあるでしょう。それぞれの自由を尊重し合いながらの「他人と共に自由に生きる」道があるのだといいます。
「自分の利益にしか関心がなかったり、自己中心的に考えてしまったりしていると、目の前の一人一人は『利用する(テイク)』対象になってしまいます。そうすると相手も防衛的になり、リターン目当てで関わったりするようになる。こういう関係を続けていくと、奪い奪われで消耗しますから、人と付き合うことが嫌になります。ところが、目の前の一人一人にどうやったら力になれるかと、『支援する(ギブ)』姿勢で関わるようになると、相手もちゃんと返してくれることに気が付く。そしてこうした関わりの方がよっぽど生産的だし、気持ちがよく、長く続くものになります」
■なぜ引用したのかといえば、様々な方たちと連携しようとする中で私自身も強く感じてきたことだからです。地域づくりの活動の中で、研究プロジェクトの中で、大学の組織の中の取り組みの中で…。影山さんが語っておられるのは、「他者を自己の手段や資源にしない関係」のあり方です。とても大切なことかと思います。「他人と共に自由に生きる」、とても素敵な言葉だと思います。さて、私たち「琵琶故知新」の「びわぽいんと」は、よく店舗やスーパーで使われているポイントカードとは違います。そようなポイントカードは、消費者が「自分のため、自分が得をするため」に利用され、そのことで店舗やスーパーも利益をあげることかできるわけです。もちろん、「びわぽいんと」もそのような利用が可能なわけですが、それだけでなく「ぶんじ」と同じく贈与の側面に特徴があります。大津で環境ボランティアで貯めたポイントを、湖北で活動している団体に贈ることができます。その時に、「ぶんじ」のようにメッセージが伴っていると素敵だなと思っています。このあたり、琵琶故知新の理事の皆さんにも、相談をしてみたいと思います。
【追記】
■「ぶんじ」のキーパーソンである影山知明さんが執筆された『ゆっくり、いそげ ~カフェからはじめる人を手段化しない経済』(大和書房)です。タイトルがいいですね。「人を手段化しない経済」。以下は、この本の紹介文です。
働いても働いても幸せが遠のいていくように感じるのはなぜなのか。
金銭換算しにくい価値は失われるしかないのか。
「時間との戦い」は終わることがないのか。
この生きづらさの正体は何なのか。経済を目的にすると、人が手段になる。
JR中央線・乗降客数最下位の西国分寺駅――
そこで全国1位のカフェをつくった著者が挑戦する、
「理想と現実」を両立させる経済の形。
琵琶湖博物館オンラインセミナー「第2回 琵琶湖の水草問題は増えすぎなのか?」
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■滋賀県立琵琶湖博物館が、琵琶湖の三大問題である、深呼吸(全層循環)、水草、外来種の問題について、専門家を招いてオンラインセミナーを開催されるようです。このチラシからすると、博物館の館外から専門家を招いて、学芸員ととトークショー形式でセミナーを開催されるのではないのかな…と想像しています。琵琶湖の深呼吸については、すでに1月22日に開催されたようで終了しています。第2回は「水草問題」で来週の2月26日に開催されるようです。第3回は「外来種問題」で3月26日に開催されます。
■私は、とりあえず第2回の「水草問題」をオンラインで視聴できるように申し込みました。タイトルは、「琵琶湖の水草問題は増えすぎなのか?」です。このタイトルからすると、「増え過ぎなのか?→いや増え過ぎではない」、もはや琵琶湖の三大問題ではない…という展開が予想されそうです。ゲストは、滋賀県琵琶湖環境科学研究センターの佐藤祐一さんです。まだお若い方ですが、とてもよく存じ上げている方です。親しくさせていただいています。そのようなこともあり、佐藤さんのお話を楽しみにしています。
■話は変わりますが、私は親しい方たちと市民団体「水草は宝の山」(「水宝山」)を立ち上げました。湖岸に漂着する水草が腐敗して悪臭を発するので、腐敗する前に陸地にあげて乾燥させて、水草堆肥(土壌改良材)として地域社会で循環的に利用していこう…それがこの市民団体の活動の目的でした。ところが、私たちが市民団体を立ち上げたのち、かつてのように大量の水草が漂着することはなくなりました。冗談で「私たちが市民団体を立ち上げたからだ」と言っているのですが、ちょっと肩透かしのような感じです。実際、湖岸に職場のある市民団体のメンバーは、以下のように語っておられます。「かつては水草が大量に押し寄せて、それが腐敗して困っていたけれど、最近はそのようなことはない。むしろ、外来種の水草が減って、在来種が復活してきた。一時、湖岸で減っているように感じていたコアユがまた戻ってきた」。1人の方の印象にしか過ぎないと言われればそれまでですが、毎日、琵琶湖と接しておられる方の直感は大変気になるところです。
■琵琶湖の生態系にどのような変化が起こっているのか。この方の印象は、佐藤さんがオンラインセミナーで語られることとも関係しているのか。その辺りのことも、大変気になっています。オンラインセミナーでは勉強させて頂こうと思います。
■ところで、私は1997年度まで琵琶湖博物館に学芸員として勤務していました。今回のオンラインセミナーのホスト役の学芸員の皆さんは、当時の私の同僚の皆さんです。私よりも少しお若い方達ですが、もうベテランの学芸員の皆さんです。個人的には、何か感慨深いものがあります。もしずっと博物館に勤務していたら、私はもう3年前に退職していることになります。そうであれば、私は博物館でどのような仕事ができたのだろう、そして自分の人生はどういうふうになっていたのだろう、まあ、そんなことを思うわけです。そんなことを考えても仕方がないのですが。