「女性と環境運動」に関連する論文

▪︎一昨日の投稿では、小松丈晃さんが翻訳されたニコラス・ルーマンの『リスクの社会学』についてふれました。今回は、以前、「リスク論」とともに昔勉強していた「女性と環境運動」について気になる論文をみつけました。本当に偶然なのですが、安藤丈将さんの「六ヶ所村女たちのキャンプの民主主義」という論文です。ネット上にPDFファイルであるので、どなだでもお読みになることができます。

安藤丈将「六ヶ所村女たちのキャンプの民主主義」(『ソシオロジスト』武蔵大学社会学部),16, 1-38, 2014)

▪︎以下は、この論文の要約です。引用されている文献からもわかりますが、海外でのエコロジカルフェミニズムの研究を参照されています。日本に紹介されたエコロジカルフェミニズムは、当時の社会状況や思想状況のなかで、大変否定的に扱われました。といいますか、「エコフェミ」は、印象としては叩きのめされたという感じです。エコロジカルフェミニズムといっても、その中身は多様です(否定されたのは、そのひとつにしかすぎません)。海外では、様々な背景をもったエコロジエルフェミニズムの研究が継続され蓄積されていきました。この安藤さんの論文のなかに引用されている Vandana Shiva や Maria Miesは、その代表格かもしれません。日本の「エコフェミ論争」については、現在の視点からすれば必ずしも生産的でなかったように思います。

1991 年 9 月,青森県上北郡六ヶ所村で,核燃料サイクル工場へのウラン 搬入を阻止するために,女性たちがキャンプを張った。本稿は,この「六ヶ所村女たちのキャンプ」について考察する。参加者の多くは,六ヶ所村から離れ て暮らしていたが,自分が直接被害を受けるわけではないにもかかわらず,な ぜ抗議行動に加わり,何を問題にしようとしたのか。その問題意識を探るとと もに,最近の民主主義論の成果を用いながら,女たちのキャンプの実践を読み解いていく。感情や個別性のような女性に固有とされる徳性の否定的な理解を 読みかえ,脱原発の思想を練り上げること。友情という非公式の政治的資源を利用しながら,より深い政治的コミュニケーションをつくり出すこと。非暴力 直接行動の中に,他者への依存の許容と気づかいを組み込むこと。以上の点について論じながら,本稿では,女たちのキャンプではいかなる民主主義が実践されたのかを明らかにする。

▪︎ところで、安藤さんは、『ニューレフト運動と市民社会「六〇年代」の思想のゆくえ』(世界思想社)を書いておられます。これはまだ未読なのですが、偶然にも、太郎丸博さんが書かれた書評をご自身のブログで読んでいました。

安藤丈将 2013 『ニューレフト運動と市民社会: 「六〇年代」の思想のゆくえ

目次 : 第1章 戦後の民主化運動の時代―「日常性」の発見以前(一九六〇年までの民主化運動/ 帰郷運動/ 高度経済成長の中の青年)/ 第2章 ニューレフト運動の形成―「日常性」を変える(安保闘争の「失敗」を超えて/ 自己変革の象徴としての直接行動/ 直接行動に反発するコミュニティ組織)/ 第3章 ニューレフト運動の後退―「日常性」の自己変革が生んだ苦しみ(コミュニティを基礎にしたポリシング/ 国民にサービスする警察/ 生き方の問い直しが生んだ苦しみ)/ 第4章 一九七〇年代のニューレフト運動―「日常性」の自己変革を深める(挫折からの再出発/ 地域の「生活民」から学ぶ/ 自己変革の鏡としてのアジア)/ 第5章 「新しい政治」の不在とニューレフト運動(日本における「新しい政治」の可能性/ 「新しい政治の政党」になれなかった社会党/ 女性たちの選挙運動/ 住民運動と政党政治)

▪︎これも結果として調べることになったのですが、安藤さんは、武蔵大学の教員をされています。学生の皆さんと一緒に、「練馬区の食と農」に関する調査をされているのです。練馬区は東京23区で最も農地率の高い地域だそうです。練馬は、武蔵台の畑地が多いのかなと思います。その練馬区内にはユニークなマーケット、カフェ、レストラン、農場が数多く存在しているのだそうです。なるほど…と、思いました。「六ヶ所村女たち〜」と「ニューレフト」(日常性における自己解放と自己否定)はもちろんですが、「練馬区の食と農」というテーマも…通奏低音としてつながっているはずだと感じました。

▪︎ところで、太郎丸さん自身は、安藤さんの本に関して面白いことをいっています。安藤さん自身がどう感じるかは別ですが…。こういうことを書くのは、太郎丸さんらしい。

個人的に面白かったのは、「日常性の自己変革」という考え方とミクロ社会学の類似性である。日本の社会学ではミクロ社会学が 1990年代ぐらいに大流行したのだが、その担い手がだいたいニューレフトの世代とその教え子たちである。ミクロ社会学の多くも日常生活の中に権力作用や差別や社会統制の根源があるとみなして、さまざまな研究がなされた。研究者を観察者として特権的な地位に置くことを否定したがる点もニューレフトとよく似ている。ニューレフトがポストモダニズムを準備したという議論があるが、やっぱりそうなのかな、という印象である。

【追記】▪︎女性と環境というテーマに関しては、以下の文献も確認してみようと思っています。『インパクション-特集 脱原発へ』(181号・2011年8月)。以下は、前書き。

 前号に引き続き原発を特集する。本号では、主として反原発運動のなかでこれまでも争点となってきたいくつかの論点に焦点をあてつつ、運動の回顧と展望をインタビューや座談会などで構成した。
 福島原発事故以降の反原発運動運動の高揚は、これまでの運動の経緯や争点に関わったことのない新しい人々や若い世代の登場によって支えられている。運動の新たな展開が「伝統」にとらわれない運動の流儀や思想を生み出す可能性をもつことによって、これまでの運動がなしえなかった大きな力を発揮することにもなる。この意味で、新しい運動の登場は原発を廃絶するための必須の条件であることはいうまでもない。しかし、他方で、新しい運動がこれまでの運動のなかで論争となったり争点となった課題を再び抱え込むことも少なくない。
 本号では、主としてふたつの論点をとりあげた。ひとつは、「母親」という主体への疑義であり、もう一つは放射線障害への不安意識に内在する障害者差別の問題である。原発事故が深刻な放射性物質による汚染と人体への深刻な被害をもたらすこと、とりわけ子どもや胎児に対してより大きな影響をもたらすことから、子どもをもつ母親たちが、新たな運動の重要な担い手となっている。母親だからこそ子どもたちを守りたいという当然とも思われがちな思いを、本号では女性解放運動や障害者解放運動が提起してきた問題とつき合わせつつ、この思いが母性神話や障害者差別の罠に陥ることのない条件を提起することを試みた。
 反原発運動の歴史は、原発を阻止することができなかった敗北の歴史でもあった。敗北だからそこから学ぶことはなにもない、ということではない。むしろその闘いは貴重なものとして私たちが今に受け継ぐべき多くの知恵と工夫に満ちてもいる。日本国内での深刻な事故や社会全体の右傾化など、これまでの反原発運動の経験だけでは克服が難しいいくつもの課題に直面している。本号では、運動の歴史を振り返ることと、今現在の運動が課題とすべき論点について、運動の当事者によるインタビューと座談会を掲載した。
 本号は反原発運動の回顧と展望ともいえる内容となっている。新たに反原発運動を担いはじめたみなさんにぜひとも読んでほしい。

▪︎もうひとつ、この特集と関連したプログ記事(「おきく’s第3波フェミニズム」)。気になるので、これまた引用しておきます。本文で、「日本の『エコフェミ論争』については、現在の視点からすれば必ずしも生産的でなかったように思います」と書いたことと関連しています。

今、事態がどんどん動き、不透明な混乱の中で、運動について、状況についてゆっくり論じる余裕のある人は少ないだろうし、そういう余裕があるとすれば逆にどこか抜けているものがあるのかもしれない。そんななかだから、脱原発運動の母性主義、というような難しい問題設定について運動の渦中にいて、明快に論じられる人は少ないだろう。そういう問題意識は、3.11以前からある程度運動やフェミニズムについて知識のあるひとがもつものだろう。
 今年の日本女性学会大会でも、同様のテーマでシンポジウムがもたれた。参加してみたが、やはり問題が深く論じられてはいない印象を持った。
 脱原発運動の母性主義というのは、今運動のただ中で感じられている問題というよりは、それ以前の、フェミニズム内の論争が記憶としてよみがえっているという感じがする。にもかかわらず、その切り分けがはかられず、一体誰が何を批判しているのか分からないままに注目されているような。
 じっさい、上記の天野の発言、「フェミニストの人が批判した」という口調、これもよく聞くものだ。聞くたびに、「フェミニストのひと」って誰?というフラストレーションを感じる。そういう種族でもいるかのように語られるのは非常に違和感がある。(天野は尊敬する人物のひとりです、ちなみに)
 そういう意味で、近藤がはっきり具体的に経緯を指摘しているのはありがたい。
 わたしも、90年代に上野のエコフェミ批判を読んで、影響を受けた。そこまで簡単にエコフェミの思想的可能性を否定はできないだろうとは思ったけど、やはり上野に軍配が上がったように見えた。
 だが、3.11を経て、松本麻里さんのインタビューを読むなどして、そのようなフェミニズムのこれまでのあり方が厳しく問われているように思う。
 フェミニズムの論客は、本当に、現実に向き合ってきたのだろうか。複雑でややこしい現実を、言説のひとつとして簡単に切り取ってしまい、整理し、ラベルを貼るだけでよしとしてきてはいなかっただろうか。フェミニズムだけではなく、90年代の構築主義や言説分析の流行した社会学全体にも言えることかもしれない。上野を批判するだけではなく、自分自身の問題として考えている。
 フェミニズムの視点、あるいは性差別へ批判的な視点をもつひとがそれほど多くない中で、フェミニズムの論客にあまりに多くを期待するのもおかしいだろう。やはり問題なのは、誰かひとりをもちあげてしまい、思考をとめてしまうようなひとりひとりのありかただろう。また、議論が自由にできないような雰囲気だ。女性学会のシンポジウムでも、既成のフェミニズムへの批判的な提起が、会場から反発されて、終わってしまったのは残念だった。あのようなやりとりをもっと深めていくことが必要なのかもしれない。

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