ナガエツルノゲイトウ

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■今日は、大津市の真野浜に行きました。真野浜は、市民団体「水草は宝の山」(「水宝山」)の活動の拠点となる浜であり、まだ大ぴらっにはしていませんが、特定非営利活動法人「琵琶故知新」の「マイビーチプロジェクト」でも関わっていくことになっている浜でもあります。今日は、特定外来生物(植物)であるナガエツルノゲイトウが真野浜にも侵入してきたことから、その駆除について、真野浜で民宿を経営されているる山田英二さん、琵琶湖博物館の中井克樹さん(兼・滋賀県庁琵琶湖環境部自然保全課主幹)、県庁自然環境保全課の職員の皆さんと、現場を観察しながら相談してきました。ありがとうございました。中井さんや職員の皆さんから丁寧なご説明をいただきました。およそ駆除の方向性は確認できました。ただ、駆除はとても大変ですね。大変ではあるのですが、山田さんが代表を務める市民団体「水草は宝の山」の活動、特定非営利活動法人「琵琶故知新」の「マイビーチプロジェクト」の中で、ナガエツルノゲイトウの駆除に取り組んでいくことにしました。水際だけでなく、砂浜にも小さな矮性のものがけっこう根付いているんです。駆除というと、何か辛い気持ちしか湧いてこないように思われるでしょうが、前向きな気持ちになる工夫をしながら、取り組んでいこうと思っています。

■滋賀県庁琵琶湖環境部自然保全課では、毎年、琵琶湖の湖岸のオオバナ水キンバイやナガエツルノゲイトウ等の特定外来生物(植物)のモニタリングと駆除をされています。中井さんからは、これまでは緊急度の高い、水路、運河、河口、内湖等に繁茂する特定外来生物(植物)の対応に追われてきたけれど、やっとこの真野浜のように陸地に生えているものにも対応できるようになってきたとお聞きしました。ただ、行政だけで駆除できることなど不可能で、活動地域住民や市民と連携しながら力を合わせて駆除ができればとのご意見をいただきました。私たち「水草は宝の山」(「水宝山」)や特定非営利活動法人「琵琶故知新」の活動が、そのような連携のモデル的な活動になればと思っています。

■また、とても面白いことにも気がつきました。滋賀県庁琵琶湖環境部自然保全課のモニタリングによれば、山田英二さんが丁寧に熊手で掃除をされている浜からは、ナガエツルノゲイトウは見当たらないのです。ひょっとして、因果関係があるのではないかと思い、中井さんにお聞きしたとろ、熊手で撹乱していることが、結果として特定外来生物(植物)を定着させないようにしている可能性はあるというお話でした。里山が適度に人が手を入れることで保全されるように、浜も人が適度に手をいれることで(熊手による漂着した水草の掃除)保全されているのかもしれません。

MY HOMETOWN ~みんなに知って欲しい滋賀の魅力~


■素晴らしい動画ですね〜。

「 龍谷大学まちラボfan」の活動

■「龍谷大学まちラボfan」の活動を応援しています。龍谷大学の様々な学部の学生たちが参加しています。大津市の湖西にある新興住宅地「仰木の里」の皆さん、そしてそこにある2つの小学校の先生方と連携しながら、新たな活動を始めようとしています。ぜひ、この投稿をお読みください。

■この取り組み、元々は大津市からの呼びかけによって始まりました。昨年度までの2年間は、市からの助成がありました。また学内の地域連携を担当する部署(REC)が、学生研究員を募集し活動を支援してきました。しかし、市からの助成も終わり、今年度からは完全に自立した学生団体として活動を行うことになりました。元々学生研究員だったOBの皆さんのサポートもあり、順調に活動が進んでいます。今年度はコロナ禍で活動が思ったようにできないわけですが、Zoomを使ってミーティングや研究活動を積み重ねてきました。新たなメンバーも増えました。順調に進んでいます。

■facebookの投稿、転載します。

皆さま元気にお過ごしでしょうか??
龍谷大学まちラボFANのとんDです😁😁
久しぶりの投稿でワクワクしてます(^。^)
コロナ禍でなかなか外に出れず苦しい日々が続きましたね😢
4月から本学でもオンライン授業が始まり、
慣れない授業スタイルに日々困惑しておりました💦
これからの時代はアフターコロナとして生活様式や仕事のスタイルに変化がもたらされそうですね!
さてこのコロナ渦の状況ではありましたが
現在✨『9名』✨の新メンバーを迎え
週2回のzoomを用いてのオンラインミーティングを重ねておりました💻
そこで7月3日に
以前からお伝えしていたエディブル教育を基にした食育菜園を小学校で実現しようという取り組みについて
・仰木の里小学校校長先生
・仰木の里東小学校校長先生
・龍谷大学社会学部教授
・FANのメンバー数名
※自治連合会の方はご多忙のため後日議事録の共有という形で参加
を交えたオンラインでの合同zoomミーティングを自治連合会の協力のもとに開催致しました‼️
そこでFANのメンバーから両校長先生に向けて
これからのエディブル教育をもとにした食育菜園についてのプレゼンテーションをさせて頂きました🙇‍♂️
このエディブル教育をもとにした食育菜園を実現することにより、地域に『開かれたガーデン』を作ることができます😀
そうすることで
地域✖️学校✖️児童
の仕組みを作ることができ
地域と学校は子供たちと共に学びながら
地域のつながりを今より更に深いものにすることが期待できます✨✨
この食で学ぶ食育から
命の大切さや主体的に学ぶ力が養えると
とても質の高い教育を実現できるのではないかと思います‼️
世界を持続可能なものにしていくSDGsの
■目標4「質の高い教育をみんなに」
というところにも繋がっていますね😎
このプレゼンテーションから
両校長先生から質問や意見交換を頂き
これからのエディブル教育をもとにした食育菜園を実施する上での方向性や考えも共有することができました🤲
この実現に向けて両校長先生が興味を持たれ、真剣にお話を聞かれている様子がFANのメンバーとして非常に嬉しい思いでした😭😭
ご多忙の中ご参加頂いた両校長先生には
本当に感謝の気持ちでいっぱいです🙇‍♂️🙇‍♂️
今後のFANの役割は
エディブル教育をもとにした食育菜園について
保護者の方や児童、教員の方に向けて
この活動を普及していき
学生の若さとフットワークの軽さを生かし
菜園活動のお手伝いをすることで
地域に貢献していきたいと考えております!
何か一つでもFANに出来ることが有れば全力でお手伝いさせて頂きたいです😀😀
長くなりましたが
これからも仰木の里に対して
私たちが出来る一つ一つのことに取り組んで貢献していきたいと思っております🙇‍♂️
コロナに負けずに明るい未来に向けて
頑張りましょう💪
とんD

小谷みどりさんにお話を伺いました。

■今日は、 高橋卓志先生の「社会実践特殊研究(D)」(実践真宗学研究科)に「もぐり院生」として参加させていただきました。今日はゲストをお呼びしての授業でした。ゲストは、小谷みどりさん。とても刺激的な講義でした。小谷さんは大阪出身です。語るうちに、関西弁も入り、少し巻き舌にもなり、大阪のイタリア人のような感じで僧籍を持つ院生たちに厳しく問いかけられました。私には院生たちを崖に追い詰めるような雰囲気に感じられました。言い換えれば、若い僧侶である院生の皆さんたちに対して、大変厳しかったということです。もちろん、これは私の印象や解釈で、院生の皆さんがどう感じたかは別にして…です。

■実践真宗学のカリキュラムがどのようなものかまったく知りません。知らないにもかかわらず、ちょっと意見をさせていただければ、現代社会がどのように変動しつつあるのか、もっと知っておいた方がよいのではないかなと思いました。今日の小谷さんのお話、私の乱暴になりますが、次のような内容でした。超高齢社会と人口減少社会、そして多死社会へと急激に向かう日本の社会状況のなかで、宗教や葬儀の世界にも個人化と市場化がじわじわと浸透している。そのような状況のなかで、一般の人びとは仏教をどう捉えているのか、葬儀に対して何を考えているのか、若い院生の皆さんは、もっと現実を勉強した方がいいですよ。そして、実際の苦悩の現実、現場から、「発心」なさってください。そのようなお話に理解できました。院生の皆さん、頑張ってください。

■小谷さんご自身は、信仰をお持ちではありません。信仰はご自身の関心外ということになります。葬儀の市場化(サービス化)についても、現実問題として避けられないし、普通の人びとは、信仰や親鸞の教えなど別に求めていないとお考えかと思います。私は「もぐり」ですので、控えめにしていましたが、おそらく死後のことについても、小谷さんにとっては関心外なのではないでしょう。終末期の実存をどのように支えるのかという点に私は関心を持っていますが、そのような話は出てきませんでした。あえて、小谷さんは、リアリストで唯物論的なスタンスに立って発言されているように思いますが、その上で、目の前の人びとの苦悩にどう向き合うのか、「発心」するのか、そういうことについては大いに共感するところがありました。立場は違うけれど、エンパシーを感じました。もちろん、これは私の印象でしかないので、どこまで正確かはわかりません。「リアリストで唯物論的なスタンス」についても、私には、小谷さんはあえてそのようなスタンスで闘ってこられたのではないのかなと思いました。ここでは、闘ってこられた相手はどういう考え方なのか、どういう人なのか、書きませんけどね。

■今日の講義はもちろんオンライン。いろんなゲストに参加していただく時、オンラインは非常に役立つなあ。高橋先生、ありがとうございました。

■ところで、授業が始まるまえに、オンライン上で小谷さんにご挨拶をさせていただきました。その時、小谷さんから「没イチ」という言葉をお聞きしました。不勉強で知らなかったのですが、小谷さんの造語だそうです。パートナーを亡くした人のことを指します。小谷さんには『没イチ パートナーを亡くしてからの生き方』という著作もあります。小谷さんご自身が「没イチ」でいらっしゃることも知りませんでした。失礼しました。勉強不足です。

■「没イチ」の小谷さんは、長年勤務された第一生命経済研究所を退職されて、今はカンボジアで、私財を元にパン屋を経営しながら貧困問題の支援に取り組んでおられます。そのような貧困問題の現場で、カンボジアの僧侶たちがどのような動き方をされているのかも教えていただきました。小谷さんがお会いになったカンボジアの僧侶の皆さんは、いろんな能力や経済力を持った人たちをつないで、貧困に苦しむ人びとを支える活動をされているらしいのです。貧困という人びとの苦に向き合い、その苦しみを抜苦するためにまざまな力を持った人びとの力を、そして関係をデザインされているわけです。「人間ハブ空港」のような感じでしょうか。普段から、いろんな方たちとの関係をきちんと作り、磨いておられるように思います。また、この辺りのことをお聞きしたいなと思いました。

アジアで会う】小谷 みどりさん 『没イチ』著者 第292回 夫の突然死が導いた貧困支援(カンボジア)

UNDER WATER

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■Twitterで、たまたま、この「UNDER WATER」のことをを知りました。一級建築士のイノウエ ダイスケさんのサイトです。美しいです。「日本の川に棲む魚や生き物が好きです。少しずつ消えていく自然や、そこで暮らす生き物の姿かたちを写真や映像に残しています。子どものために京都の淡水魚図鑑を作ろうと奮闘中」…とのことです。このサイトの中にある「diary」では、次のように幼い頃のことを振り返っておられます。

図鑑、良いですよね。
今もですけど、暇さえあれば図鑑をながめている子どもでした。
特に乗り物図鑑と生き物図鑑はぼろぼろになるまで何度も何度も読みました。
今もこうして生き物と触れ合って楽しく暮らせているのも、家の本棚に図鑑があったからだと思っています。
いや、これ大げさじゃなくて本当にそう思ってます。

■子どもの時の経験って、とっても大切ですね。私の子どもはすでに30歳を超えてしまいましたが、幼い孫については、これからどんなふうに成長していくのかとても気になっています。子どが幼い時は、働いて育てるだけで精一杯でした。まあ、そのことはともかく、イノウエさんは幼い頃に夢中になった図鑑をきっかけに、今では本物の淡水魚の素晴らしい世界を大切にされています。その気持ちが、画像や動画に表現されているなあと思いました。今度は、ご自身のお子さんのためにこういった美しい写真や動画を元に図鑑を作ろうとされているのですね。親子とを通じて素敵なことが伝わっているように思います。素敵なお父さんですね。

■自分が子ども時代、高度経済成長の真っ只中でした。私が暮らしていたような工業都市の郊外の住宅街では、下水道が普及しておらず、家庭排水は川に流れ込んでいました。川は非常に汚かったな〜。とても近寄る気になりませんでした。子どもの頃は、生き物にあまり縁がありませんでした。虫取りぐらいかな。再び私が生き物に関心を持ち始めたのは、成人後もずっと後のことになります。以前勤務していた琵琶湖博物館の開設準備や学芸員の仕事を通じて淡水魚に関心を持つようになりました。淡水魚の世界、水墨画のようでもあり、美しいなあと思います。

■そのような「世界観」をイノウエさんは、美しい動画にもされています。

湧水河川につながる水路で泳ぐ魚

浅瀬で泳ぐオイカワ

カワムツの稚魚たち

琵琶湖流入河川の魚たち

小川で泳ぐオイカワの幼魚

特別展「ブッダのお弟子さん-教えをつなぐ物語-」 展示映像の公開について



■以下は、龍谷ミュージアムからのお知らせです。

龍谷ミュージアムでは、2020年4月18日~6月14日を会期として、春季特別展「ブッダのお弟子さん -教えをつなぐ物語-」を開催する予定でしたが、新型コロナウィルス感染拡大の防止の観点から、誠に残念ながらこの開幕を中止することとしました。
この度、出品作品のご所蔵者をはじめとした関係者の方々のご理解を賜り、展覧会の模様を収めた映像を作成いたしました。
展覧会は中止となりましたが、本映像を通じて、展覧会を楽しみにされてれいた方々に少しでも展覧会の内容、雰囲気をお伝えできればと存じます。
なお、本展の出品作品や各作品の解説、分かりやすいコラムをまとめた図録の販売も行っております。併せてお手に取っていただければ幸いに存じます。
【動画公開期間:2020年7月1日 ~ 8月16日】

■残念ながら特別展は中止になりましたが、図録を販売されているようです。お買い求めください。詳しくは、以下をご覧ください。
春季特別展「ブッダのお弟子さん-教えをつなぐ物語-」の図録販売について

「アフターコロナ好機に大学のデジタル革新が始まる。消える授業、残る授業」という記事

■Twitterで、「アフターコロナ好機に大学のデジタル革新が始まる。消える授業、残る授業」という日刊工業新聞の記事を読みました。科学技術部・論説委員兼編集委員の山本佳世子さんの記事です。この記事の最後は、こう締め括られています。

一部の大学では学生の多様な事情に対応すべく、同じ授業を対面とオンラインで展開する例が出ている。しかし教員の負担が重く、大学の経費もかかるだけに定着は難しい。「やはり対面中心に」という揺り戻しもあるとみられる。その中で「かくあるべきだ」の教育論だけでなく、デジタル技術で取得されるデータを活用し、学修者である学生本位の教育改革が進むことが期待されそうだ。

■山本さんは、コメントとして次のように述べています。

オンライン授業で認められる単位数が増え、大学設置基準で定められている学生収容定員に対する専任教員数の縛りは緩くなる―。この大変化は近いうちに確実に起こる、と私はにらむ。実際に今回のオンライン授業導入で、某一流大学の理系教養科目では、同じ科目を担当する4人の教員の実力差(優れているのは1人だけ)が明らかになってしまった、という話を耳にした。オンラインならその1人の教員で十分となるだろう。研究力評価で四苦八苦するのは理系教員が中心だったが、教育力評価で授業をみるとなると、数多い私立大文系教員にも大事で、「十年一日のごとく」の授業は消え去るだろう。学生本位の教育のためには、好機であるのは間違いない。

■オンライン授業が当たり前になると、対面式授業に伴う物理的な縛りを緩くすることになります。論説委員の山本さんが言っているように、教員は今ほど必要なくなる…のです。教員は選ばれることになります。さらに言えば、人件費は縮小していくことにもなります。ただし、オンライ授業を受講するたくさんの学生たちに、毎週のように学生にレポートを提出させて、ひとつひとつにコメントを入れていくような丁寧な指導をしていると、教員は大変なことになっていきますね。学生から見れば、ライブでの講義は別にして、オンディマンドであれば自分の都合のつく時間に講義を受けることができる。学びたい授業が、例えば、水曜日の2限に重なっていても、オンディマンドであれば問題ないことになります。

■大学の授業は講義形式だけではありません。演習や実習はどうしていくのか。ケースバイケースでしょう。慣れてくれば、ゼミもオンラインでできないわけではないことがわかりました。今も実際にやっていますけどね。学生によっては、こちらの方が自由に発言できるという人もいるのです。演習室という狭い部屋で20人ほどの学生がいると、その場が生み出す雰囲気に緊張する人がおられるのです。この辺りが、難しいですね。

■私立大学の文化系学部だと、普通に真面目に勉強していれば、4年生になれば卒業するのに必要な残りの単位はゼミと卒論だけということになります。もっと関心のある授業を履修して勉強したらよいのに…という意見もあるでしょうが、就職活動もあるし、別のことに時間を取られます。いろいろ忙しいから、わざわざキャンパスに行かなくても、自宅でゼミを受講できれば交通費がかからないし、時間も有効に使えてありがたいという人も現れるでしょう。通学にも時間がかかりますからね。下宿をするとさらにお金もかかります。仮に図書館の書籍がオンラインで読むことができれば「さらによし…」ということになるのでしょうが、まだこの辺りはなかなか…のようです。こうやってみてくると、オンラインでやりにくいのは、実習ということになります。もっとも、実習の内容にもよりますね。地域社会と連携しながら進めるような実習などは、かなり困難かと思います。

■さてさて。こうなってくると、これまでの投稿でも書いてきたことにも重なりますが、学生にとっての大学という「場所」の意味や価値は、おそらく今とは違ってくるでしょう。揺らいでいくことになると思います。今は、急に環境が変化したことから、「友達と会えなくて寂しい」と学生さんたちは言うわけですが、コロナ禍が収束した後、仮にオンラインが一定程度カリキュラムの中で存在感を持つようになると、大学での友人関係も、今とは異なるものになってくるような予感がします。課外活動にも大きな影響を与えることになるでしょう。でも、それがいつになるのか…。よくわかりません。

■よくわからないのですが、さらにオンライン化が進んでいくことがあっても後退することはないような気がします。それを押し進めるのは、「学生本位の教育」という考え方です。大学側が学習する内容をカリキュラム、そして学科やコースという制度の中で決められる…のではなく、「学生が本気になって学びたいことがあり」、そのために学生自身が自らの意思で「学びを積み上げていく」、そのような方向に変わっていくことでしょう。新自由主義的な思想が浸透した社会を背景に、学びについても個人化が進んでいくことでしょう。誰に指図されるのでもなく、自分で選択し決定できるのです。

■ただし、「学生が本気になって学びたいことがあり」ということが前提になるように思います。学びたいことがあってもなくても、そのような前提で大学の学びやカリキュラムが再編成されていくと、今度は、何を学んでよいのかわからない人にとっては、「選択の圧力」という負荷がかかってくることになります。高大連携や初年次教育の中で、自分自身と、そして教員としっかり対話をして、「自分は何を学びたいのか」をはっきりさせなければなりません。以上のことは学部教育の話なのですが、オンライン化は、大学院に社会人院生として入学されてくる皆さんには都合が良いものになるでしょう。すでに専門職大学院等では、このようなオンラインが当たり前になっていると思います。龍谷大学大学院も積極的にオンライン授業に取り組むと良いのではないかと思いますが、はたしてどうなるでしょうね。

■もう一度の学部教育の話に戻りましょう。ここまで述べてきたようなことと同時に、おそらく大学の中での人と人とのつながり(友人関係、教員・学生の関係)は、身体を伴ったものではなく、オンライン上の人格(アバータのようなものか…)を通したつながりに比重を移していくことになるのでしょう。とはいえ、そのあたりのことが、まだよく見えません。友人と語り合い一緒に学ぶ、協働しながら学ぶ、そのような経験や教育上の意味も大学での学び全体の中で、これまでとは違う位置づけになってくる可能性があります。加えて、地域連携等の実習科目です。私は、「大津エンパワねっと」を含めて、地域連携に熱心に取り組んできました。オンライン化が進むからこそ、地域との連携をしっかり取り組まねばならないと思っています。

■問題は、その変化のスピードと、オンライン化を進めることによって生まれる、(その時になってみないとわからない…)負の部分です。オンライン化を進めたい方達の視野のなかは、このような負の部分は入ってこないでしょうね。負の部分ってなんでしょうね(古典的な社会学の用語で言えば、意図せざる結果、潜在的逆機能…ということになるでしょう)。前提になんらかの価値判断があるから負になるわけですが、どうすれば、そのような負の部分を緩和できるのでしょう。そのような負の部分を常に意識しながら、オンラインをカリキュラムの中に、どうやって「巧く」取り込んでいくのか、きちんと考える必要があるように思います。個人的には、オンライン授業がコロナの間の、対面式の授業が復活するまでの代替手段として捉えているとまずいことになると思っています。昨日も、ある会議でそのようなことを言ったのですが、反応はイマイチでしたね。

【追記】■中原淳さんのブログ。「あなたの組織には「元に戻しましょうオバケ」が出現していませんか?:「これからの大学」が必要とするオンライン戦略とは何か?」
・コロナ禍をきっかけに「大学の学びの革新」を行おうとする「オンライン戦略の欠如」
・まぁ、対面に戻れるんだから、ここはみんな平等に戻りましょうよという「悪しき平等主義」
・カリキュラムをいじるのは面倒くさいという「怠慢」

赤胴車の引退


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■かつての人気テレビドラマ「赤胴鈴之助」にちなんで、「赤胴車」と呼ばれるようになった阪神の電車が引退されることになりました。普段、こういう鉄道グッズにはあまり関心がないのですが、つい、その気になってしまい、気がついたら購入することになっていました。長い間、お疲れ様でした。

滋賀の朝宮茶とDNA

■信楽の朝宮茶のDNAを解析すると、国内の他のお茶と比較して何か違いがあのだろうか…ということが、ちょっと気になっています。信楽の朝宮茶は高級茶として有名ですね。facebookのお友達が、朝宮茶を東京にある滋賀のアンテナショップでお買い求めになり、その味について感想を述べておられました。「森の香、松葉の香」と評されていました。私はそれほど鼻が敏感なわけではないので、よく分かりませんが、野性味のある香りなのかもしれません。

■そのお友達がお買い求められたのは、「かたぎ古香園」で栽培されたものです。無農薬にこだわって生産されているお茶です。この「かたぎ古香園」の公式サイトには、次のような説明があります

近江・朝宮の起源は、今から約一二〇〇年の昔、八〇五年(延暦二四年)に僧・最澄(伝教大師)が留学先の中国より茶の種子を持ち帰り、滋賀の『比叡山麓』および『朝宮の宮尻の地』に植えたことに発すると言われています。
これは現在の『宇治茶』『静岡茶』などの発祥とされている、僧・栄西が中国から茶の種子を持ち帰った時代より約四〇〇年も以前に遡るものです。
最古の茶園歴史を有する産地として、めぐまれた気候・風土のもとで比類なき香味をもつ『朝宮茶』の伝統を育てており、歴代の天皇にも献上されるなど、その茶味は広く茶の通人に愛好されています。

■こういったことが伝承されているのでしょうね。朝宮茶は、最澄。その他の宇治茶と静岡茶は栄西。ここで私が気になったのは、最澄と英西が持ち帰った茶は、DNA的には、同じグループのものなのか、それとも違うグループのものなのか、そこが気になりました。最近は、お茶のDNAを解析して、系統がわかってきているようです。例えば、この記事をご覧ください。この記事によれば、日本のお茶は①京都府内産のブランド品種が主体②京都府内産の在来種が主体③静岡を中心に国内で広く栽培されている「やぶきた」とその交配種④ウーロン茶など外国種の4グループに大別できるそうで、多くは①か②なのだそうです。朝宮茶はどこに属するのでしょうね。伝承の通りであれば、①や②は栄西が持ち帰った種から生まれたものですが、朝宮茶は別のグループになるということなのか。その辺り、素人の私にはよくわかりませんが、ぜひ知りたいものです。知り合いの農学部の先生たちにもお聞きしてみようと思います。

ポストコロナ

20200626jisyuku.png■先月のことになりますが、右のようなツイートをTwitterに投稿しました。Twitterですから、短い文です。普段、私のツイートなど、知り合いの方達以外の方達には、ほとんど読まれることはありません。ところが、右のツイート、私にしては珍しく多くの方達に目にしていただきました。ツイートアナリティクスによれば、「インプレッション」(ユーザーがTwitterでこのツイートを見た回数)は「608,000回」、「エンゲージメント総数」(ユーザーがこのツイートに反応した回数)は「27,947」、ちょっと驚きました。この程度では「バズる」とは言わないと思いますが、個人的には驚きました。

自粛生活。それぞれの気づきが大切なんだろう。知らない自分が見えてくるし、知らないうちに自分を縛っていたものの正体も感じられる。コロナが収束したとしても、その気づきを大切にして、元には戻らず、新しい生活が生まれてほしい。#自粛生活 #コロナ

■あまり深く考えずに、「気づき」を大切にしたいなあという素朴な思いから、心に思い浮かんだことをツイートにして投稿したのですが、一部の皆様には共感していただくことができました。自粛生活で変化した生活の中でも、特にテレワークが人びとの生活を大きく変化させつつあるように思うのです。おそらく、多くの皆さんが思ったことは、「週5日、満員電車に揺られて都心のオフィスに通勤していたのに、テレワークでも十分、大丈夫」ではないでしょうか。あるいは「会議は、オンラインの方がいいわ、無駄がない」とかも。インターネットの通信技術が発達すればするほど、特定の空間にこだわる必要がなくなってくるような気がします。

■大学はどうなるでしょうね。以下は、単なる妄想です。「キャンパスに通わなくても、授業を受けられるよ」ということになると、キャンパスという物理的空間がそれほど必要でなくなってきます。ただ、分野によっては実習という授業がありますが、それはどうやって取り組むことになるのかな…。図書館の書籍も電子化されれば、物理的空間がそれほど必要でなくなります。通学の費用や、一人暮らしの仕送りも必要でなくなります。そうなると、学費も安くしなくてはいけなくなりますね。進学するにあたっての経済的な問題については、今よりもずっとハードルが低くなるかもしれません。もっとも、大学での友人関係や職場の関係は大きく変化するでしょう。いわゆる大学でのキャンパスライフも、今とは楽しみ方が違うか、キャンパスライフという言葉が消えていくと思います。さらに、学生の皆さんの大学に対する帰属意識・アイデンティティ・愛着はなくなっていくのではないでしょうか。母校愛も希薄化するだろうな。さらに進むと、いろんな大学の授業をアラカルト式に受講するという形になってくるのかもしれません。今でも大学コンソーシアムの仕組みを使って、他大学の授業を受講することができているので、加速化するのではないでしょうか。課外活動も不活発になるでしょう。学生が大学に来なくなれば、成り立たなくなるかもしれません。私立大学では、建学の精神を元に入試を行い、教育を行い、学位を出すわけですが……。はたして、どうなるのかなあ。あまり、明るい未来が見えてきません。どうしてだろう…。現在の大学のイメージにこだわりすぎているからかもしれません。

■大学でのことは横に置いておいて、また職場の話題に戻りましょう。テレワークが当たり前になると、鉄道会社は困るでしょう。都心と郊外をつなぐ鉄道はもちろん、出張需要にきたいするJRが建設しているリニアも、オンライン会議があたりまえになれば、需要は期待できなくなります。また、都心でオフィスがいらなくなってくるわけですから、オフィスを賃貸している不動産会社も大変なことになるのかもしれません。ドミノ倒しのように、様々な問題が発生してくるでしょう。飲み屋街は、客が減って経営が難しくなるかもしれません。会社帰りにちょっと一杯という習慣がなくなっていきます。都心回帰と言われますが、都心の高層マンションに暮らすよりも、家賃や物価の安い地方で暮らした方が良いなという人も増えてくるように思います。田園回帰が、より現実化してくる、そのようにも思うわけです。というか、田園回帰は、そうなったら良いなという願望かな。

■組織のあり方も大きく変化するでしょう。知り合いの方は、組織の形、評価や報酬も影響を受けると予想されていました。もっとも、簡単には言えないとおっしゃっておられましたが。情報の共有の徹底、固定費の削減とその還元、組織の流動化(プロジェクトマネジメントへの移行)等をあげておられました。このようなことは経営学の分野では、すでにいろいろ議論されているのではないかと思いますが、実際のところはどうなんでしょうね。もう、本当に、「どうなるんだろう」という疑問ばかりが頭に中にいっぱい浮かんできます。

■父・夫、母・妻が自宅でテレワークをしているという状況を、他の家族はどう捉えるでしょうか。家にいる時間が多くなるわけですが、必ずしも幸せになる家族ばかりではないでしょう。DVの問題等も、頭に浮かんできます。世の中、幸せな家族ばかりではありませんから。夫婦の家事や育児の分担にも影響が出てくるでしょうね。個人的には、テレワークのおかげで生まれてくる時間を、家族や地域社会のために使うようになっていくとよいのですが。そうなって欲しいなあとは個人的には思いますが…。そして、人口減少社会で、税収が低下し、行政サービスも低下していくなかで、地域の課題(自分も含めた私たちの課題)を解決・緩和していくために、なんらかの「共助の仕組み」が必要になってくると思っているのですが、テレワークで生み出された時間をそのような「共助の仕組み」づくりに活用されていくことは可能でしょうか。うーん、よくわかりません。

【追記】■上のような妄想をしていると、「カルビー、無期限テレワーク 単身赴任やめ家族と同居OK」というニュースを読みました。「カルビーは来月以降、オフィスで働くおよそ800人の働き方を原則として、「出社勤務」から「テレワーク」に変更します。これに伴い、業務に支障がないと認められた場合は、単身赴任をやめて家族と同居できるようになるということです。また、通勤の定期代の支給をやめて、出社する場合は交通費を実費で支給します」とのことです。驚きました。おそらく、会社としてもテレワークの方が経営上プラスになると判断されたのではないかと思います。さっそく、このような企業があらわれました。ポストコロナ社会、本当に、どうなっていくのでしょうか。

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