最後の成績入力と母校の50年誌
▪️龍谷大学は、8月11日から今日18日まで一斉休暇になっていました。今は、試験の成績入力は、研究室や自宅のパソコンから教員が各自入力することになっていますから、一斉休暇の最終18日が成績入力の締め切りでした。さっさと採点と入力をすませてしまえばよかったのですが、ぐずくずしていたせいか、その18日になってあわてて入力をしました。パソコンから成績を入力する以前は、紙に点数を書いて提出していたように思います。その点数を事務職員の方達が教務課の端末から入力していたのです。また、教員自身が端末から入力するようになってからの締め切りも、以前は一斉休暇の前だったように思います。記憶違いかもしれませんが。そういう意味で、教員職員ともにずいぶん楽になりました。
▪️レポートと試験の両方の採点をして集計するとわかるのですが、レポートの内容が優れている人は、試験もしっかり書けています。おそらく、そういう方達は、授業もしっかり聴講されているのでしょう。ただ「真面目に授業に出ています」というのではなくて、神経を集中させて聴講されているのかな。まあ、あたりまえといえば、あたりまえですが。
▪️試験を実施して、答案を採点して、レポートも採点して、その両方の点数を合算して端末から入力すること、今日で最後になります。後期は、演習と実習だけなので、端末から点数は入力しますが、試験はありません。大学の教員歴は、非常勤講師の時代もあわせると38年ほどになります。毎年、試験の採点をしてきました。いったい全部で何枚になるんだろうね。ということで、なんだか少しだけホッとした気持ちになりました。「ご苦労さん、俺」って感じですかね。
▪️ホッとして研究室の書架に目をやると、写真の記念誌が目に入りました。母校の社会学部が創設されてから50周年になるのを記念して編纂されたものです。2011年の発行です。もう15年前になりますね。この記念誌をどうして私がもっているのか…記憶が定かでありません。まあ、関学の関係者からいただいたのだと思いますが…。これをいただいた時、しっかり目を通してはいませんでした。今日は、仕事が一段落したので、たまたま書架にあるのが目につき、手にとって読み始めると止まらなくなりました。
▪️ページをめくると、大道安次郎、新新明正道、高田保馬といった、日本の社会学史では必ず登場する方達の名前が、この記念誌にも登場します。最初からすべて読もうとすると時間がかかるので、自分の指導教員であった領家穰先生の名前が出てきたところを順番に読んでみました。結構、あちこちに登場されます。これ、インタビューした時の雰囲気(しゃべり方)をそのまま残しているので、先生の人柄も一緒に伝わってきました。私は院生のときにも何度も聞かさせれましたが、領家先生が阪大で助手をされていたときの講座の教授、蔵内数太先生との個人的なやりとりや先生が阪大から関学に移られたときのことなど、あらためて思い出すことになりました。
▪️学内の政治的なことついても、「こんなことまで書いていいのかな…」とちょっと心配するような内容まで、きちんと書かれていました。学部の歴史をきちんと残すという、ある種の「使命感」のようなものを感じました。もちろん、歴史は唯一ではなく人によって様々に解釈されうるということを前提にすれば、こういうまとめ方に不満を持つ関係者もおられるでしょう(普通は、良いことしか書かないのでしょうが)。今、自分が定年退職を目前にして、つまり大学教員としてそれなりの期間勤務してくると、こういう記念誌を読むと、2011年当時とはまた違った印象を持つことになりました。自宅に持ち帰ってしっかり読んでみようと思います。
▪️龍谷大学のなかに、関学の同窓会グループがあるのですが、そこにも社会学部出身の方がけっこうおられます。もし、お持ちでなかったら、またご関心があれば、回覧してみたいと思います。それぞれ、違った感想があるんだろうな。
自宅のウォーキングと「パーンの笛」
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▪️昨日、日が翳ってきたので、自宅でもウォーキングをすることにしました。何度も投稿していますが、大学の保険管理センターが主催している「ウォーキングキャンペーン」に参加しているからです。お盆の間、自宅にいたので、歩数が伸びませんでした。ということで、もっと自宅でもウォーキングに励まねばなりません。ということで、昨日は、まず自宅から京阪の坂本比叡山口まで5kmほどを歩くことにしました。
▪️湖岸に近い平坦な道を歩くのは芸がないので、比叡山の山裾の道を歩きました。アップダウンがあります。比叡山から流れ出る川が作った谷を渡るからです。その谷筋には田んぼが並んでいます。だんだん黄金色に色付きつつあるのかな。そのあとは、1970年代後半から分譲が始まった古い新興住宅地(オールドニュータウン)を抜け、そして坂本の町を抜け京阪の坂本比叡山口駅にゴールしました。坂道を下る時に、膝に負担がかかりますね。
▪️坂本比叡山口駅からは、京阪電車でびわこ浜大津駅まで移動しました。「あれ?自宅に戻らないの?」ってですか。はい、その後、自宅まで戻れば往復で10kmのウォーキングになります。でも、昨日は水曜日でしたので、大津駅前のいつもの居酒屋「利やん」に向かいました。びわ湖浜大津駅から「利やん」までは歩いても良いのですが、1駅だけ京津線の「京阪800系電車」に乗ることにしした。もちろん、疲れたからではありません。単にひさしぶりに、この電車に乗ってみたかったのですwww。好きなんです、この電車。
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▪️「利やん」はほぼ満席でした。人気がありますね。水曜日のご常連のお客さん(お友達)以外の2グループの皆さんも、知り合いの方達でした。昨日は、いつもの駅前の居酒屋「利やん」の後、さらに遠征しました。三井寺と浜大津の間のあたりにある、ジャズバー「パーンの笛」に立ち寄りました。パンママ(パーンの笛のママさん)ひさしぶり。そのようなこともあり、昨日の歩数は「12,521歩」を超えました。
浄土寺・浄土堂の阿弥陀三尊立像
▪️ずいぶん以前から、お参りしたいと思ってきました。兵庫県の小野市にある浄土寺。画像は、「兵庫県おの観光ナビ」では次のように解説しています。
国宝「浄土堂」は、大仏様(天竺様)という建築様式を用いた建造物で、東大寺南大門とともに大仏様を伝える数少ない建物です。
また、浄土堂内には、全長5.3m、名仏師快慶作の国宝・阿弥陀三尊立像があります。夕方になると、堂内西側の蔀戸から西日が射し、床に反射して、仏像は赤く染まっていきます。
▪️この浄土堂は、「堂内西側の蔀戸から西日が射し、床に反射して、仏像は赤く染まって」いくことを計算した上で建てられています。当時、阿弥陀仏が死の瞬間にお迎えに来てくださるということを心の中にきちんと強くイメージできる人は限られていました。いわゆる観想念仏できる人です。では、自分で修行をしてそういった強いイメージを心の中にしっかり描けない凡夫はどうすれはよいのか。このお寺を創設した重源(ちょうげん)、そして阿弥陀三尊立像を造仏した快慶は、凡夫にも死の瞬間を強くイメージできる空間をプロデュースしたということになります。
▪️重源ってどういう僧侶なのか。勉強が足りません。平重衡による南都焼き討ちの後、東大寺の復興の責任者(勧進職)となったのが重源でした。その重源が、東大寺の荘園の中に復興の拠点および念仏道場(播磨別所)として建てたのが浄土寺ということのようです。貴族だけでなく、庶民も含めて東大寺復興のためにそれぞれのできる形で寄付をする仕組み、寄付を集める仕組みも作りました。また、東大寺の再建に必要な巨大な木材の調達であるとか、重源が取り組んだことはそういう土木的なことにまで及んでいます。社会事業家というか総合プロデューサーですかね。今度、お参りさせていただくときは、そのような歴史的な背景や重源という僧侶についても学んでおきたいと思います。
【追記】
▪️この国宝の阿弥陀三尊立像に関して、私のような者にもわかりやすい解説が、「兵庫県おの観光ナビ」の中にありました。「浄土寺と阿弥陀三尊立像」です。動画を拝見すればよくわかりますが、阿弥陀如来や観音が乗っておられる蓮台には雲が表現されています。まさに死のうとしている時に、向こうから西方浄土からやってこられているわけです。そのことが雲の表現でよくわかります。
光の動き、時の流れ・・・ 。心から洗われるような、極楽浄土の世界。
浄土堂内に夕日の頃、西側の蔀戸(しとみど)から西日が射し込み、ヒノキの床に反射して赤い垂木の屋根裏を照らし、それが本尊にふりそそぎます。やがて堂内全体が赤く染まると、阿弥陀三尊立像が幻想的に浮かび上がります。これは、阿弥陀様が雲に乗って西方極楽浄土からお迎えにくるという「御来迎」の姿を見せようとする、光の演出効果を狙ったものです。
▪️このような解説もありました。「光のアートを見るには…陽が沈む頃ではなく、少し前にきて、ゆっくりと陽の流れを見るのがおすすめです。夏場は16〜17時頃、冬場は15〜16時頃に高めの西日が差し込み、徐々に屋根裏に反射して、阿弥陀三尊立像を照らし出します」。
四日市あすなろう鉄道
▪️あまり旅行に出かけるタイプではないのですが、秋に、岐阜県の大垣に行く用事ができました。その日は大垣の町をぶらりと歩き、用事を済ませて、大垣に一泊。翌日は、老体に鞭打って三重県内の電車に乗ってみようと思っています。まず養老鉄道。次は四日市あすなろう鉄道 、そして三岐鉄道北勢線 、三岐鉄道三岐線と、全部たいらげるつもりです。特にナローゲージをメインで楽しみます。北勢線と三岐線の間は、無料のバスがあるみたいですね。あと各鉄道間はJRと近鉄で移動します。ちなみに行きは東海道本線で、帰りは関西本線で柘植から草津線ですかね。今度の旅では乗れない伊勢鉄道や伊賀鉄道については、後日ということになります。そうそう、超有名な日本で唯一3種類の線路幅がそろう踏切「西桑名第2号踏切道」も渡ってきます。
▪️下の動画は、「【公式】近畿日本鉄道チャンネル」です。あの近鉄のYouTubeチャンネルです。近鉄がどうして四日市あすなろう鉄道の紹介をしているのかというと、おそらくは、四日市あすなろう鉄道って、元々は近鉄の路線だったからでしょうね。
丸屋町・ナカマチ商店街 夜市
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▪️夜市とは、夕方から深夜にかけて、屋外や路地に多くの屋台や露店が並び、食事や買い物、遊技などを楽しめる市場のことを指します。アジアの各地であります。日本の場合は常設の夜市はあまり聞いたことがありません。定期的に朝市が開かれることはありますけどね。おそらく、期間限定で、ひとつのイベント企画として実施されることが多いのではないかと思います。これ、私の経験ではの話ですが。
▪️いろいろお世話になっている大津の街中の商店街でも、以前は夜市をやっていたと聞いたことがあります。子どもたちの楽しみだったそうです。その「夜市」が復活するようです。楽しみですね。最近、大津の中心市街地には、たくさんのマンションが建設されています。他所の地域から転入されてきた若いご家族も多いのではないかと思います。そういうご家族にはぜひ楽しんでいただきたいなと思います。
▪️ナカマチ商店街には、丸屋町商店街、菱屋町商店街、長等商店街の3つの商店街があります。今回の夜市、主催は丸屋町商店街の振興組合ですが、開催は商店街全体で行うようです。どんな雰囲気になるのでしょうね。楽しみです。
▪️ところで、このチラシというかポスター、典型的なAIイラストのような気がします。もちろん、知らんけど…ですけどね。ナカマチ商店街は、アーケードのある商店街なので、このチラシ/ポスターとはちょっとイメージは違いますが、人が関心を向けてくれる感じはありますね。プロンプトをもう少し細かく指示したらいいのかな。
「浜大津こだわり朝市」での「北船路」
▪️毎月第3日曜日に、京阪びわ湖浜大津駅前スカイクロスで、「浜大津こだわり朝市」が開催されています。そこに、浜大津の小川酒店さんが、毎回朝市に出店され、滋賀県内の蔵の日本酒の試飲と販売をされています。そして、この出店を知り合いの日本酒好きの女性たちがボランティアとして応援されています。ボランティアの皆さん、素晴らしいと思います。貼り付けてあるのは、小川酒店の布施健次さんによるFacebookへの投稿です。昨日の朝市、大津の酒蔵である平井商店さんの日本酒が並んだようです。小川酒店さんのブログでは、次のように書かれています。
お盆の朝市。
沢山のお客様にお越しいただき ありがとうございました。
どれも美味しかったんですが、一番売れたのは 北船路でした。
たるちゃんのお燗コーナーでお燗を頂いたら、その美味しさにもびっくりしました。
でも樽ちゃんは さらに去年の北船路が 忘れられない美味しさやったと。
▪️「北船路」という銘柄が生まれた背景には、私のゼミの学生さんたちの「北船路米作り研究会」の活動の存在があります。大津市八屋戸の棚田の集落、北船路の農家の皆さんと、大津の米で酒を醸したいと考えておられる平井商店さんとの間を、学生さんたちの活動が「ご縁」を生み出し、誕生した銘柄です。一升瓶のラベルの文字「北船路」は、現在は日野町役場で職員をしている元ゼミ生の北川大介くんが描いてくれたものです。ラベルのデザインやイラストも元ゼミ生が頑張ってくれました。昨日の朝市で一番売れたのは「北船路」ということに、北船路米づくり研究会の末席の関係者としてとても嬉しく思います。ブログに登場される「樽ちゃん」(たるちゃん)というのは、ボランティアのおひとりではないかと思います。「樽ちゃん」(たるちゃん)さん、ありがとうございます。また、小川酒店さん、平井商店さんにも感謝したいと思います。本来は、私も日本酒好きなんですが、持病のために呑むのを控えていますが、お猪口いっぱい程度は自分に許しています。チャンスがあれば、いつも冷やで呑んでいた「北船路」を、今度は燗酒を呑んでみたいと思います。
▪️ところで、この「浜大津こだわり朝市」では、指導している「地域エンパワねっと・大津中央」(社会学部・社会共生実習)を履修している学生さん2名が活動に参加させてもらっています。「北船路米作り研究会」と「地域エンパワねっと」、龍大の学生さんたち、大津の街にお世話になってきました。ありがとうございます。「地域エンパワねっと」を履修している学生さんは、この実習にしては珍しく4回生の皆さんです。関係者の皆さんが納得できる成果を生み出して欲しいなと思います。私も、大学教員の最後に、そのことを見届けたいと思います。
▪️ところで、この「北船路」は、龍谷大学の学生がプロデュースした一番最初の日本酒になります(ちょっと強調しておきます)。農学部ができる前からの歴史があります。コロナ禍の前までは、社会学部の卒業式の後に開催される「同窓会新入会員の歓迎パーティー」でも披露されていました。また、使ってほしいです。よろしくお願いいたします。また、(株)龍谷大学メルシーでも扱っていただきたいなあと思っています。
リビングのカネタタキ
▪️自宅のリビングで、何か秋の虫が鳴いているんですよ。調べてみると、カネタタキ…なのかな。でも、鳴き声は聞こえども、姿は見えぬ…なんです。どこにいるんだろう。我が家のリビングで鳴いていても、子孫は残させないんですけど。
クラウンシャイネス(樹冠羞避じゅかんしゅうひ)
“Crown Shyness” is a natural phenomenon where the uppermost branches of certain tree species completely refuse to touch one another, creating a perfectly defined, puzzle-like canopy. pic.twitter.com/90qNCgN4AD
— Massimo (@Rainmaker1973) August 13, 2026
▪️Xを眺めていて、突然不思議な動画に出会うことになりました。Massimoさんの投稿です。以下は、その投稿の短文とその翻訳。
“Crown Shyness” is a natural phenomenon where the uppermost branches of certain tree species completely refuse to touch one another, creating a perfectly defined, puzzle-like canopy.
「クラウン・シャイネス」とは、特定の樹種の最上部の枝が互いに触れ合うことを完全に拒否し、完璧に定義されたパズルのような天蓋を作り出す自然現象です。
▪️森林の地面から樹冠部を撮影したものです。とても不思議な気持ちになります。これ、クラウンシャイネスというようです。日本語では「樹冠羞避(じゅかんしゅうひ)」。英語を直訳すれば樹冠の遠慮」「樹冠の譲り合い」「内気な樹冠」ということになるのでしょうか。すごいですよね。隣り合う樹木の樹冠同士がぶつからないよう、互いに一定の隙間を空けて成長する自然現象のことを言うのだそうです。科学的には、そのメカニズムが解明されているのだとは思いますが、何も知らないので、神秘的なものを感じます。
▪️私のような素人向けに解説されているサイトがありました。「日本花卉文化株式会社」さんのnote、「樹冠は、アートだ 〜クラウンシャイネスを追いかけて〜」という記事です。
グスタフ・マーラー/交響曲 第3番 ニ短調|ファビオ・ルイージ - オレシア・ペトロヴァ - NHK交響楽団
▪️一昨年あたりから、グスタフ・マーラーの作品をよく聴くようになりました。スマホにも、マーラーの作品集がドンと入っているので、交響曲だけなく、歌曲についても聴いています。この「ドンとはいっている」というのは、”The Complete Works”だからです。全部聴こうと思っているわけではないのですが、通勤の行き帰りにずっと聞いていると全部聴いてしまうことになります。それを何度も繰り返しています。
▪️マーラー以外だと、ハイドンの弦楽四重奏がたくさん入ったアルバム””The Haydn Project エマーソン弦楽四重奏団”や”Mozart 250”というのもスマホに入っていて聴いています。ただ、通勤時のBGMとして聴いていて、あまり意識を集中させている訳ではありません。電車や街中はうるさいですからね。でも、マーラーの作品だけは、スマホだけでなく、CDでも繰り返し聴いているように思います。マーラーの作品の中では、交響曲だと、繰り返し聴きたくなるものと、そうでないものがあります。そうでないもの。私の場合は、交響曲6番と7番ですかね。ちょっと頑張って繰り返し聴いていると、受け止められるようにはなってきてはいますが…。一番好きなのは交響曲3番だと思います。クラシック通の方は、9番とかもっと別の交響曲になるのかもしれませんが。
▪️NHK交響楽団の演奏も、もちろん心が震えました。人生も残りは限られていると思うので、音楽だけでなく、できるだけ日々のいろんなところで、ちょっとしたことでも、心が震えるようになったらなあと思って過ごしています。そのような心が震えることに意識的に気がつき、そのことをありがたく思うことが必要です。このファビオ・ルイージさんが指揮をされた、このNHK交響楽団の3番の演奏でも心が震えました。感動しました。ルイージさんとNHK交響楽団によるマーラーの第3番については、そして第4番についても、2025年4月・5月、オランダ・アムステルダムのロイヤル・コンセルトヘボウで開催された「マーラー・フェスティバル2025」で演奏されました。大喝采だったようです。「マーラー・フェスティバル2025」の演奏については、テレビで放映されたので録画しています。大切に保存しています。マーラーの第3番については、以下のホルン奏者の今井仁志さのインタビュー記事、なるほどと思いました。
大津の街とTVアニメ『さよならララ』。聖地巡礼とコラボ。
▪️大津、琵琶湖を舞台にしたアニメが放映されているようですね。偶然に知ることになりました。「さよならララ」というアニメです。公式サイトをスクロールしていると、どこかで見たというか、よく知る大津の街のあちこちの風景が登場しています。このアニメのストーリーは、私のようなおじいさんにはよくわからないのですが、場所が大津や琵琶湖ということで気になっています。知り合いの方は、「あちこちよく見知った背景が出て来て、観てるだけで楽しいです」と言っておられました。
▪️こちらが公式サイトです。画面をスクロールしてみてください。また、主題は、「いきものがかり」。有名なアニメの主題歌を歌っているので、海外のアニメファンにも人気があるんだそうです。この「いきものがかり」というグループの不思議な名前しか知りませんでした。この機会に調べてみました。NHK連続テレビ小説『ゲゲゲの女房』主題歌「ありがとう」を歌っているのが、このグループだったのですね。いや曲の「タイトル」も知りませんでしたが、サビの部分が記憶に強く残っていました。
▪️このアニメ、ヒットすると、大津の街にも若者が「聖地巡礼」でたくさんやってくるかもしれませんね。京都の宇治市では、『響け!ユーフォニアム』というアニメの作品で、相当盛り上がっているようです。しかも、この盛り上がりを背景に、宇治市役所や京阪電鉄ともコラボしていますね。『さよならララ』と大津市役所や京阪電車(石山坂本線)の場合も、そのようなパターンのコラボ展開になれば面白いなと思います。ポスターがあれば、知り合いのお店に貼ってもらいたいです。
【追記】▪️以下は、監督をされた小出卓史さんへのインタビューです。小出さんは、大津市の生まれで、膳所高のご出身のようです。
小出卓史監督に聞く「さよならララ」の深い話①
小出卓史監督に聞く「さよならララ」の深い話②