2020年 MIND TRAIL 奥大和 心のなかの美術館 ダイジェスト映像

2020/10/3〜11/15、奈良県の奥大和エリアに位置する吉野町、天川村、曽爾村で初めて開催された MIND TRAIL 奥大和 心のなかの美術館。
「人間とは?」「自然とは?」「環境とは?」「いのちとは?」、そんな答えなき問いを考えながら、奈良・奥大和の広大な自然に抱かれた大地を舞台に、自ら歩き、アートを通して自身の身体と自然と向き合う、今だからこその芸術祭です。

■facebookで偶然、私のゼミの2期生(2007年春卒業)で、吉野町役場観光課に勤務している松葉圭亮くんの投稿を読みました。昨年から、この動画のイベントに町の職員としてがっちり関わっておられるようです。「MIND TRAIL」という芸術祭です。どのような芸術祭なのか、以下をご覧ください。これは、昨年に引き続き開催される「MIND TRAIL」のブレス資料の中にある解説です。

昨年、コロナ禍で企画した芸術祭 MIND TRAIL。多くの芸術祭やイベントが中止または延期となった中で、MIND TRAIL は広大な野外で展開したため、三密を避けながら五感でリアルに体感できる芸術祭として開催することができました。 今年も 3 つのエリアそれぞれに森(吉野)、水(天川)、地(曽爾)とテーマを付け、3 時間~5時間かけて歩くコースを設定し自然に包まれながらアート作品を鑑賞・体験していただきます。また、今年は 3 つのエリアを横断するような企画、イベントも開催するので複数日滞在して芸術祭だけでなく近隣の観光地含めた奥大和の魅力を知ることができるプログラムも予定しています。

■この芸術祭の事務局は、奥大和地域誘客促進事業実行委員会事務局(奈良県総務部知事公室奥大和移住・交流推進室内)です。移住・交流推進室が事務局という点に注目したいと思います。アートと自然環境を探訪しながら、「人間とは?」「自然とは?」「環境とは?」「いのちとは?」といった深い問いと向き合うことになるのでしょうか。大変興味深いですね。

孫たちが帰った後の「中秋の名月」…の前日の月

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■我が家のリビングからは、少しだけ琵琶湖の南湖を眺めることができます。琵琶湖から少し離れた丘の上に家があるからです。薄暗くなってきて、そろそろ雨戸を閉めようと思った時、琵琶湖に月が登り始めていました。明日は、3・4・5限と授業があります。授業が終わるのは18時半。その後、帰宅してすぐにzoomで吹奏楽部のミーティングが始まります。明日は、「中秋の名月」だったと思いますが、仕事のために残念ながら鑑賞することができそうにありません。ということで、今日は前日で中秋の名月ではありませんが、琵琶湖の湖岸に出かけて月を鑑賞してきました。湖面には、月光の道ができていました。背後は、比叡の山々。孫たちが帰った後だからでしょうか、秋の雰囲気が心に沁みてきました。そうなんです。先週の土曜日からの三連休で、娘と2人の孫たちが我が家に遊びに来ていたのです。

■土曜日に娘と孫2人が大津の我が家に来るに先立ち、娘からは、「(妹の)ななちゃんがまだ1歳2ヶ月なので、リビングの観葉植物の土を触ったり口に入れたるするかも知れない。手に触れないようにして欲しい」との要望が事前にあり、たくさんの観葉植物を庭や他の部屋に避難させて、万全の体制で孫たちを迎えました。上の孫ひなちゃんは4歳、下の孫ななちゃんは1歳。ひなちゃんは、もう人見知りしませんが、ななちゃんはまだまだ人見知りします。ななちゃんは、白い髭が生えた髪の毛の長い(そして一部薄い)老人に興味はあってチラリとはみてきますが、ここで調子に乗って目を合わせてはいけません。知らないふりして、気が付かないふりして、時間をかけて…。すると夕方には一緒に遊んで暴れ回れるようになりました。とっても嬉しいかったですね〜。コロナのせいで、ずっと会えていなかったのですから。

■2日目の朝のことですが、早起きしたひなちゃんが寝室を覗きに来てくれました。おじいさん(私)の布団にも入ってきました。おじいさんはとっても幸せでした〜。その日の朝は、娘の幼稚園時代の絵を押し入れから出してみんなで鑑賞?!しました。我が家では、キルトの大きな手提げカバンの中に、幼稚園時代の絵を残してあるのです。今34歳の娘が幼稚園の時ですから、今から30年近く前のことになります。当時の私は、子どもの成長にどう向き合っていたのかな…いろいろ考えることになりました。娘夫婦は働きながら、協力して小さな子どもたちの育児をしているわけですが、こうやって孫たちと遊びながらもその大変さを想像しました。そして、自分の時はどうだったかなあと思い出そうとしましたが、やはり記憶も曖昧になっています。まあ、そんなこんなで、いろいろ考えた3連休になりました。孫が帰ったら、早速、観葉植物をリビングに戻し、リビングの床に広がっていたたくさんのオモチャは納戸や押し入れに片付けました。また静かな大人の暮らしにすぐに戻りました。やはり、ちょっと寂しい気持ちになりますね。

卒業式

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20210917sotugyoushiki4.jpg■今日は、様々な理由で3月に卒業できなかった、あるいはしなかった方達の卒業式でした。京都の深草キャンパスで9時半から行われました。私のゼミ生にも1人、留学やコロナ禍により今日卒業する学生がいました。ということで余裕を持って自宅を出て、ひさしぶりに大学の本部のある深草キャンパスに向かったのですが、琵琶湖線で接触事故があったらしく、私が利用する湖西線はなかなかきちんと動いてくれませんでした。結局、JRの電車は遅れましたが、京都駅からタクシーに乗り、なんとか卒業式の開始前に到着することができました。

■卒業式は、深草キャンパスにある顕真館で行われました。少し写真の説明を。龍谷大学の講堂であり礼拝堂でもあります。正面の陶板は非常に大きいものです。大学のホームページによれば、「縦5メートル、横11メートル、平山郁夫画伯の「祇園精舎」と題される釈尊説法図をもとに、平山画伯の監修により大塚オーミ陶業が制作した」ものです。旗は仏旗です。館内に入ると、正面中央には本尊が。以下も大学ホームページの説明です。「親鸞聖人ご真筆の六字名号を拡大模写して、樺に彫ったものです。この六字名号は「南無阿弥陀仏」を中央に、讃銘として上部右に『無量寿経』の第十八願(念仏往生の願)文、左に第十一願(必至滅度の願)文を、下部には同経の「大悲摂化の文」八句などを書いた小紙が添付されています。聖人84歳時に書かれ、下人の弥太郎に与えられたと言われています」。

■今日卒業したゼミ生のTくん、今は髭なんてはやしていますが(自分のことは横に置いておいて…)、来春からは大手不動産会社に勤務することになっています。コロナ禍で、思うような留学生活ができなかったことが残念なのかもしれませんが、無事に卒業できてよかったです。おめでとうございます。どうでも良いことですが、写真を自撮りすると、自分が思っているよりもおじいさんに写りますね。これが63歳の現実なのかな。

■卒業式の後、前学長で、現在は校友会(同窓会)の会長をされている赤松徹眞先生に少しだけご挨拶できました。先生とは、年に3回ほど開催される奈良県人会(龍大教職員の県人会)でお会いしてきましたが、このコロナ禍の中、県人会活動は当然のことながら自粛。親しくさせていただいている方たちにもなかなかお会いすることができません。早く、コロナ禍が収束し、2年前までの日常が戻ってきたらと願ってはいるのですが、果たしていつのことになるでしょう。また、収束したにしても、その後は、コロナ禍で社会に大きな変化が起こっており、変化が起こる以前とは同じ状態に戻ることができない、いわゆる「ニューノーマル」と言われるような状況になっているかもしれません。それが、どのような状況なのか、私にはよくわかりません。はたして、県人会の活動はきちんと復活するのか、それについてもわかりません。個人的には、復活することを強く願っています。

秋の庭

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■我が家の小さい庭でも秋の花の開花してきました。一番乗りはシュウメイギクでしたが、気温が急に下がってきたせいだと思いますが、ヒガンバナがあっという間に芽を伸ばして昨日から咲き始めました。ただ満開はもう少し先になりそうです。それからハギも咲き始めています。庭のあちこちに植えてあるヤブランも、今が満開です。

■季節ごとに花を楽しめるのは、お世話になっている庭師さん、そして以前この家にお住まいだった方のおかげです。以前お住まいだった方が大切にされていたこの庭を、庭師さんが剪定等のお世話をされていたのです。私は、庭への思いを引き継いだ上で、庭師さんに大改修を依頼しました。以前は、ガーデニングには全く関心がなかったのですが、前にお住まいだった方が庭に込めた愛情の影響か、私はいつのまにかガーデニング好きになっていたのです。これもある意味で「場所の力」…なのかな。

■もちろん、四季折々、花を楽しめるようになっているのは、大改修で庭師さんにきちんとデザインを、そして植栽をしていただいたおかげです。私は、その花たちが咲いてくれるように世話をしているだけなのですが、この庭のおかげで毎日を幸せな気持ちで過ごすことができます。ありがたいことです。

シベリアという菓子パン

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■たまたま近所のスーパーでみつけました。「シベリア」という菓子パンです。カステラの間に柔らかな羊羹が挟まれています。この「シベリア」この版会社の商品名というよりも、一般名詞なのかもしれませんね。wikipediaですが、以下のような説明がありました。

冷蔵庫の普及していない時代、ひんやりとした食感と涼しげな名前が好まれ、昭和初期には「子供達が食べたいお菓子No.1」であったと伝えられているが、発祥地から考案者、名称由来、食品分類に至るまで未だ正式な解明がなされていない。ただ、かなり古い歴史があるようで、1916年(大正5年)創業の横浜のコテイベーカリーによれば、誕生は明治後半から大正初期頃で、当時はどこのパン屋でも製造していたとの記録がある。コテイベーカリーでは、大正5年の創業以来、シベリアの製法を変えていない。

■かつて相当人気があった菓子パンのようですが、いつのまにか忘れ去られているようです。では、どうして最近、この「シベリア」が商品化されたのか。これまたwikipediaの情報ですが、以下のような説明があります。「2013年(平成25年)にヒットしたアニメーション映画『風立ちぬ』の劇中にシベリアが登場したことで、「昔懐かしい菓子」として注目を集めた」。どうも、アニメーション映画の中に登場したことで、忘れ去られていたシベリアに関心が集まったようですね。

■いろいろ調べてみると、面白い情報がありました。この「シベリア」のカステラの部分にウイスキーを垂らすと美味しくなるというのです。ちょっと大人の味わいになるのかな。ブランデーではどうなのでしょう。私自身、自分は酒呑としての自覚がありますから、一度、試してみましょうかね。

宇良と照強の取り組み


■大相撲では、宇良関を応援しています。一番の理由は、宇良関は、私の母校である関西学院大学の同窓生だからです。この投稿の一番最後にあるツイートには、関西学院大学から贈られた化粧廻しを締めた宇良関が写っています。関学ブルーの化粧回しには、校章である新月があります。まあ、関学つながりということもあり、一度、宇良関が所属される木瀬部屋の祝賀パーティーにも参加したことがあります。よく知られていることですが、宇良関はずいぶん辛い思いをされました。「幕内経験後に怪我の長期休場により西序二段106枚目まで降格したが、その後再入幕を果たすという史上最低地位からの幕内復帰記録」(wikipedia)をお持ちです。苦労人です。

■2015年の初土俵の時と比べると身体もずいぶん大きくなりましたが、それでも大相撲の世界では小兵ということになります。宇良関は大学時代から小兵ながら様々な技を繰り出す業師として知られてきました。しかし、そのような相撲のスタイルは、体重の重い大型力士が大半を占める大相撲の世界では、身体に相当負担をかけることになっていたのではないでしょうか。実際に宇良関は2回も膝を痛め、手術もしています。しかし、回復の過程で、宇良関は身体の強化に努められたようです。体重も増えましたし、身体の柔らかさを活かした変則的な相撲から、正攻法の押し相撲でも勝ち星を上げるようになってきました。私個人は、とにかく怪我をしないように気をつけながら相撲をとって少しずつ番付を上げていって欲しいと思っています。

■最近の成績ですが、昨年の11月場所に十両に復活し、今年の5月場所では十両優勝をしました。次の七月場所では西前頭13枚目に復帰し10勝5敗の成績を残しました。立派な成績です。しかし、幕内に復帰してから、対戦相手も大きくなり実力も持った力士が増えてきます。いろいろ苦労もされているように見えます。今場所は、東前頭6枚目に番付を上げました。昨日は、宇良関よりも小兵の照強関との対戦でした。宇良関は、張り手を何回もくらって鼻血も出しました。個人的な意見ですが、「不自然な張り手って、嫌だな〜」と思っています。今回の照強関の張り手、見ていて全く気持ちの良いものではありませんでした。反則ではないものの、一連の取り組みの流れの中で出てくる張り手とは違っているように思います。ただ、インタビューや相撲の内容から垣間見える宇良関の性格からして、こういう張り手をされたからといって、自分からはこういうことは絶対にされないと思いますね。2敗になりましたが、今場所もまだまだこれからです。頑張ってください。

春の祭典

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■週末、Twitterの広告に釣られてApple Musicをクリックしてしまいました。料金を払ってはいるのですが、これまであまりきちんと利用できていなかったのです。加えて、【本日発売・配信開始です!】という文句に惹かれてしまいました。聴いたのは、パーヴォ・ヤルヴィ指揮、NHK交響楽団の最新録音『ストラヴィンスキー:春の祭典』です。これをBluetoothで20数年前の古い古いステレオに飛ばして聴きました。もちろん、20数年前のステレオにBluetoothの機能はついていません。当時は、そんなものは存在していませんでした。電化製品の量販店でBluetoothのレシーバーを買って、ステレオに取り付けたのです。

■しかし、「もっとApple Musicを使わないといかんな〜…」と思ってしまっている時点で、もうApple社の思う壺なのかもしれません。Apple社だけではなく、私のライフスタイルはGAFA(Google,Amazon,facebook,Apple)に完全に従属してしまっています。加えて、日々実感することはないのですが、お金を払ってサービスを購入し、様々な情報を「無料」で提供しているわけです。今日も、Amazonで注文リスト増やしたし、Googleドライブを仕事で使ったし、facebookはヘビーユーザーですし、この投稿をしているのもMacですし…。

■これまでApple Musicをあまり利用していないこともありわかっていなかったのですが、「春の祭典」が終わったら、自動的に「あなたのお好みかも」というのを配信してきました。これって、BGMみたいな感じなのかな。次はカラヤン指揮、ベルリンフィルハーモニー交響楽団のベートーベンの交響曲7番でした。

「個人モデル」と「社会モデル」/ 星加良司さん(東京大准教授)への時事通信社によるインタビュー

■今朝、時事通信社による、星加良司さん(東京大准教授)へのパラリンピックに潜む「危うさ」全盲の社会学者に聞くというインタビュー記事を読みました。星加さんは、この記事の中で次のよう述べておられます。

放送時間がある程度確保され、一つのスポーツイベントとして、アスリートのパフォーマンスに焦点を当てた正当な報道がされた印象を持っています。ただ、パラリンピックというのは「障害の社会モデル」という考え方を社会に普及させるという観点からは、「危ういコンテンツ」だと私は言い続けてきました。

■では「障害の社会モデル」とはなんでしょうか。「個人モデル」との対比で以下のように説明されています。

障害学の基本テーゼとして、「個人モデル」と「社会モデル」という二つの考え方があります。個人モデルというのは従来の常識的な捉え方のことで、障害者が経験する困難が個人の心身の機能制約から生まれてくると考えます。そこから生じた問題を、個人の努力を中心に、周りのサポートで克服していくという理解の仕方です。私が専門とする障害学はこうした従来の見方を個人モデルとして批判し、社会モデルを提起しました。社会モデルとは、そもそも障害者に困難が生じる原因は心身の制約によるのではなく、社会がマジョリティーの利便性を優先する形で偏って構成された結果、しわ寄せを受けているのがマイノリティー=障害者であるという考え方です。問題の本質を見極めるために、個人の身体に焦点を当てるのではなく、今の社会がどういう組み立てになっているのか、誰にとって生きやすい社会なのかに目を向けるわけです。

■この「社会モデル」のような考え方は、これまでも何人かの方達が主張されてきたことかと思いますが、星加さんからすれば、そのような「社会モデル」と対比される個人モデルの考え方は、「仮に福祉の充実に寄与しても、障害者と非障害者の非対称な関係を維持、固定して再生産してしまうという問題を抱えていますから、やはり転換すべき考え方」ということになります。では、オリンピックとパラリンピックを別々に開催すべきではないと考えておられるのかといえば、そうではありません。「大会そのものの在り方の問題と、それに対する社会の側のまなざしの問題を分けて考える必要がある」というのが星加さんの主張です。パラリンピックのアスリートにとって大会の開催はメリットがあることを認めた上で、社会の側がパラリンピックに余計な意味を付加することをやめたほうが良いと主張されます。これだけ競技性が高まっているのだから、「普遍的な障害理解や共生というテーマとつなげることには無理」があり、それとは別に、「障害を生み出している現状の社会の問題を見詰め、共生というテーマにそれ自体としてきちんと向き合う」ことが必要だと主張されます。

産卵のために遡上するコアユ

■先日、facebookで以下のような素晴らしい動画を拝見しました。これは、滋賀県彦根市を流れる河川の中の様子です。コアユが産卵のために遡上しています。おそらくこの河川に沿った道を歩いていても、私程度の観察眼ではよくわからないと思いますが、こうやって水中の様子を拝見すると、河川の生き物の豊さを強く感じます。この動画は、琵琶湖博物館の学芸員をされている金尾さんの投稿です。それをシェアさせていただきました。動画の後半になると、コアユを捕食するハスやニゴイも、画面の右からぬっと出てきます。とっても迫力あります。口が「へ」の字になっているのがハス。ちょっとキツネのような顔がニゴイです。

秋ですね。

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■今週の月曜日、朝から滋賀県立琵琶湖博物館で仕事をしてきました。私自身もこの博物館で働いていたわけですが、現役の学芸員の皆さんの中には、私の子どもの世代に近い方達がおられます。私が勤務していたのは開館した直後の1998年3月末まで。それから四半世紀近く経過したので、まあ当然なんですが。帰りは、少し車を停めて、琵琶湖大橋と比良山系を撮ってみました。気象のことはわかりませんが、山の向こうの空には夏の雲が、琵琶湖の上の空には秋の雲が。季節が移り変わっていきます。

■我が家の庭の法面に、シュウメイギクが咲き始めています。気温がグッと下がってきたせいでしょうね。秋やな〜。もうじき、ヒガンバナの芽が伸びてくるでしょう。そして、このシュウメイギクの背後にあるハギも、花を咲かせます。シュウメイギクは、菊と名前に入っていますが、これはアネモネの仲間なんだそうです。と思っていると、ヒガンバナが芽を出しました。毎年、庭の法面の4〜5箇所でたくさんの花を咲かせてくれます。花が咲くまでは、もう少し時間がかかりますが、毎日、次々に芽を伸ばしてくるのを楽しみます。

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