東京オリンピック1964 /2021


■私にとってのオリンピックの「原点」とは、63歳という年齢からもわかるように、1964年に開催された東京オリンピックということになります。もっとも、1964年といえば、私はまだ6歳の幼稚園児で、スポーツに関心を持っているわけではありませんでした。しかし、そのような幼かった私にも、社会が盛り上がっていることがわかりました。当時は、福岡県北九州市小倉区(現在の小倉北区)に住んでいましたが、わざわざ聖火ランナーを人混みの中見に行きました。もちろん、幼稚園児ですが、親に抱えられてチラリと見た程度ですが、今でも、きちんと記憶しています。

■オリンピックが終わった後も、記録映画を何度も観たよう思います。学校の運動会での入場行進も、東京オリンピックの開会式で使われた音楽でした。何か、東京オリンピックが刷り込まれるかのような経験をしているのです。そして、1964年の東京オリンピックと、そしてそのあとの1970年に開催された大阪万国博覧会とは、高度経済成長期の重要な出来事ととして社会的に記憶されることになりました。そのこともあり、1964年の東京オリンピックが私の「原点」になっているのでしょう。ただ、東京オリンピックを記憶している人は、どんなに若くても60歳を超えていると思います。また、大阪万博を記憶している人も、50歳代の中頃より上の年代の人になります。

■ということで、オリンピックと言っても、年代によってオリンピックのイメージがかなり違っているはずです。1964年の東京オリンピックを「原点」と感じる年代の人たちからすれば、いつのまにか、最近のオリンピックには、昔感じられたような「聖なるスポーツの祭典」(表現が難しいのですが…)であるようには感じられなくなっているのではないかと思います。古代のギリシャにルーツを持つ、世界平和のための特別なスポーツの祭典…そういう厳粛な存在として感じられなくなっているのです。単に私個人の勝手な思いかもしれませんが…。たぶん、オリンピックをあまり特別視せず、他のスポーツの世界大会と同じような感じに受け止めているように思います。もちろん、オリンピックに参加するアスリートの皆さんは、私なんかとは全く違って、特別な存在として今でもオリンピックを位置付けておられることは理解しています。

■ある知人は、「格調」という言葉を使っていました。今のオリンピックには「格調」がないというのです。1964年の東京オリンピックは、国全体として盛り上がっていました。国の隅々そしていつまでも国の記憶に残るスポーツの祭典でした。重々しさがあったように思います。加えて、当時は「ケ」の日である庶民の日常生活がとってもシンプルでした。高度経済成長で日々生活が豊かになっているとはいえ、現在と比べれば物質的には貧しかったと思います。ところが、現在のように「ハレ」と「ケ」の区別が曖昧になってくると、そして「ハレ」の日が多くなってくると、特別な感じがしなくなってしまいます。いろんなスポーツの世界大会が、全世界で始終開催されていて、そのことがテレビやインターネットを通じて報道されていますから。

■グローバリゼーションの中で、世界が狭く感じられるようにもなりました。遠い国で開催されている出来事ではなく、今はテレビやインターネットを通してリアルタイムで観戦できます。もうひとつ。かつてのように人類の未来の「発展」、究極の目標としての世界平和を単純には信じられなくなったこともあるかなと思います。そのような「発展」に重ね合わせながらオリンピックを観戦することもできなくなりました。加えて、金儲け主義が誰の目にも明らかになってしまいました。多額のお金が動いていることが報道され、多かれ少なかれ、オリンピックの持つ胡散臭い側面を誰もが知ることになっています。IOCのバッハ会長は、「ぼったくり男爵」とアメリカのマスコミに揶揄されました。「聖火」とはいいますが、オリンピックを「聖」なる存在として捉える人、究極の目標を世界平和に置くスポーツの祭典として捉える人は、もはや少なくなっているのではないかと思います。オリンピックが、アスリートの皆さんの純粋な気持ちや精神とは別に、スポーツビジネス、ショービジネスになってしまっている…というと言い過ぎでしょうか。

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