来年度からのゼミの選択について 社会学科2回生の学生の皆さんへ(その2)
■今日も、ゼミ選択のために研究室に2人の学生がやってきました。自分なりの問題意識をもっているようで頼もしいと感じました。というのも、多くの学生は自分が何を研究したいのか、ゼミを選択する段階ではまだはっきりしていないからです。本当は、ある程度はっきりした上で、ゼミを選択してくれるのが理想なのですが、なかなかそういうわけにもいきません。これは、学生の皆さん自身のことではありますが、彼ら/彼女らだけの責任にしてしまうわけにもいきません。若い方達をそうさせている今の時代の社会背景があります。では、昔はどうだったのか。私たちが学生の時も似たようなものかもしれません。しかし、私の身の回りの経験にしか過ぎませが、当時は、皆んな、そんなに悩みませんでした。今の学生は、選択の結果、自分の身に降りかかる?!ことがとても気になります。おそらくは、「個人化」と「選択の圧力」のパラドックスがここにも存在しているのかもしれません。
■それはともかくとして、自分の研究テーマがはっきりしない場合はどうなるのか。「もっと違う理由」からゼミを選択することになります。「もっと違う理由」についても、例えば「飲み会の回数が多い少ない」「先生のノリがいい」「友だちが志望しているから私も」といった理由です。そのような理由も、学生の皆さんにとっては大切なことかもしれませんが、「本質」を外してゼミを選択することは、学生の皆さんにとっても幸せなことだとは言えないように思います。
■ここからは、教員としての反省です。
■本当は、入試の段階から積極的に情報発信をして、どういう学生を取りたいのかを明確にしなくてはいけないはずです。まだまだ不十分だと思っています。大学の教員の側から見ると、学生の皆さんは、進路指導の際に偏差値で機械的に振り分けられているのではないのかなと思うことがあります。偏差値という条件が大きくても、その中で自分は何をしたいのか、まだまだボヤっとしているとしても、それなりに考えることができれば…とも思います。そのような学生に、私たち教員も積極的にメッセージを届けなければなりません。偏差値重視の進路指導の中で、積極的なメッセージを受験生に届けることは、どこか徒労感の伴う仕事だと感じる教員がいるかもしれないけれど、やらないといけません。
■入学した後も重要です。入学してから3回生になるまでの4つのセメスターで、自分なりの問題意識をきちんと持てるような「状況」や「環境」を作ってあげなければならないと思います。基本はカリキュラムのユニークさだったり、ラーニングコモンズのような施設の充実だとは思いますが、その上で、教員ややる気のある学生の仲間たちとの直接的な交流が非常に大切になってくるのではないかと思います。「勉強するってワクワクする」という感覚が湧いてくるような小さな経験を積み重ねることができれば。本を読むと、世界が違って見えてきたという感覚も経験してほしいと思います。その上でのゼミ選択でなければなりません。
■ところで、今日、研究室までやってこられた学生さんは、すぐにお礼のメールを送ってくれました。こうやってお礼のメールを送ってくる学生は、本当に少なくなりました。別にお礼のメールを送ってもらう必要もないのですが、それはそれで、やはり送ってもらうと嬉しくなりますよね。ちょっとしたことですが、「この学生さんは、大切なことを身につけているな」と思いました。