「訪問歯科診療」と絵本「ちゃっくりかき」

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■昨日の夕方、大隅直人ご夫妻が、自宅に遊びに来てくださいました。ご近所さんなんです。お土産に、大隅さんが経営する大隅書店で最近出版された書籍をご持参下さいました。ありがとうございます。ひとつは、訪問歯科診療に取り組まれている五島朋幸さんの「訪問口腔ケア日誌」です。書籍の帯には、こう書かれていました。

ドクターごとうと仲間たちは、今日も新宿を走り回る。ドアを開け、ケアを必要とする人を見つけ、プロの技と連携によって、「口から食べる」をささえる。これはもう「まちづくり」だ。新しい「まち」は、いつか、きっと、みんなのものになる。

■いいですね〜。あとがきには、次のようなことが書かれています。五島さんは在宅医療に取り組むようになり、在宅医療は「生活を支える」仕事であり、歯科医の五藤さんのミッションは「食べることを支える」ことだと気がつき、外来診療との違いにカルチャーショックを受けたというのです。ある患者さんのご家族からの一言に関しては次のように説明されています。

「先生ありがとうございます。先生が来てくださって主人にゼリーほ食べさせてくださる、それが主人の生きる喜びなんです」
この時、僕は初めて分かったんです。自分はその方の生活なんて何も変えていなかった。そして初めて、歯科医師だけで実践できることには限界があることに気付いたんです。
そこから、僕は他の職種のプロたちと協働することを考え始めました。

■私は、この部分を読んで、自分が専門とする環境科学の分野のことを連想しました。心が、反応しました。それぞれの細かいディシプリンの外に出た途端、現場のリアルな環境問題の解決には何も貢献できていないことに気がつく…そういうことがあるからです。現場の環境問題から自分のディシプリンの理屈に都合の良いところだけを切り取って、個々のディシプリンに持ち帰り、その内部でもっともらしく語っているに過ぎない…そんなことがしばしば起こっているのです。現場は、ディシプリン内部での研究の”材料”として使われることあっても、その逆ではないわけです。こう言ったからと言って、もちろん、私はディシプリンに閉じこもって研究することや、教養としての学問が存在することの意義を否定しているわけではありません。現場のリアルな環境問題の解決をすることが前提ならば…どうなのか、という話しです。

■環境科学の分野では、よく「研究栄えて、環境滅ぶ」と言ったりします。これは、現実にコミットしているかのように振る舞いながら、実態としては個別ディシプリンに閉じこもり、仲間内の閉じた議論の再生産に終始しているような状況を皮肉ったものです。在宅医療という現場のリアルな問題に取り組んでいる五島朋幸さんは、現場の中でショックを受けて他の職種のプロたちと協働することを考え始められました。治療ではなくて、現場の患者さんの「生活を支える」ことこそが問題だと気が付かれたのです。そこでは、自分の仕事の土台となっている考え方、あえていえば仕事観が大きく変化しています。

■私自身の場合は、現場の環境問題に対応するために、他の分野のプロたちと協働する研究、文理融合(私は文理連携といってきましたが)や超学際研究に取り組んできました。もちろん、文理融合や超学際の実質性がどれほどのものなのか、何を持って環境問題の解決と言うのか、これはまた別に吟味しなくてはいけません。しかし、少なくとも五島さんと同じように、他の専門分野のプロたちと協働することなしには問題の解決にはつながらないと強く思ったのです。そして、今や、地域住民の皆さんや行政職員の皆さんと協働しながら研究を進めるようになりました。このような考えに至ったのは、正直に言えば、若い頃にそういう「厳しい状況」の中で自分の仕事をしなければならなかったからです。そうでなければ、自分のディシプリンの殻の中にずっと安住していたと思います。若い頃は、そのような「厳しい状況」を恨みましたが、今となれば「厳しい状況」の中で生かされてきたのだと思っています。

■さて、もう1冊は絵本です。「ちゃっくりかき」。著者である五足萬さんのお母様、中澤智枝子さんが、五足さんの姉妹に語ってきたお話しのひとつを、五足さんが文章にされています。絵ではなくて、木版画ですね。味わいがあります。五足さんは、もともと生物学の研究者でしたが、退職後に、幼い頃にご自身のお母様から聞かされた昔話を、お母様の思い出としてなんとか形に残したいとの思いから、このような絵本を出版されたのでした。1912年生まれのお母様は、この「ちゃっくりかき」の昔話を、お母様が幼い頃にお祖母様からお聞きになりました。1916年から1919年の間のようです。その昔話を、今度は五足さんたち5人の娘に寝床で聞かせてくれたのだそうです。曽祖母様からお母様に、そしてご自身の世代に、さらにはお子様の世代へと、代々、女性を通して語り継がれてきた昔話なのです。昔話とは、本来、語り継がれていくものなのですが、最近では、そのような語り継ぐことは無くなってしまいました。しかし、五足さんのお宅では、今もそうやって語り継がれているのです。素敵ですね。表紙をご覧いただくと、お母様の中澤智枝子さんは「再話」、五足さんは「著」になっています。「お母様の思い出としてなんとか形にしたい…」、そのことがよくわかります。

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