池上彰さんの特別講演「世界の中で宗教を考える」(世界仏教文化研究センター開設記念特別講演会「世界の苦悩に向き合う仏教の可能性〜共に生きる道はどこに〜」)
■一昨日、日曜日の午後、世界仏教文化研究センターの開設記念特別講演会「世界の苦悩に向き合う仏教の可能性〜共に生きる道はどこに〜」が開催されました。講師にジャーナリストの池上彰さんと東洋大学学長の竹村牧男さんをお招きし、「世界の中で宗教を考える」(特別講演)と「現代社会の動向と仏教の可能性」(講演)、2つのご講演をしていただきました。お2人のご講演の後は、本学の赤松学長も加り鼎談が行われました。一般の皆様に、龍谷大学が世界仏教文化研究センターをどのような意図で開設をしたのか、そのことを広く知っていただくための講演会でもありました。会場である深草キャンパスの顕真館は、ほぼ満席になりました。御来賓として門川大作京都市長にもお越しいただきました。
■世界仏教文化研究センターの事務を所管しているのは研究部ということもあり、当日、瀬田キャンパスで開催されている社会学部「大津エンパワねっと」報告会の受付業務を途中で抜けさせていただき、職員の皆さんの集合時間である11時30分になんとか深草キャンパスに駆けつけることができました。研究部の事務職員の方たちがきちんと運営されますので、基本的に研究部長の私は何かの時のために座っているだけでしたので、御講演と鼎談をじっくり拝聴させていただきました。以下、池上さんの特別講演の内容を、かいつまんでご紹介しましょう。
■池上彰さんの特別講演「世界の中で宗教を考える」は、世界各国を取材されているジャーナリストらしい話題から始まりました。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地であるエルサレム、バチカン市国、そしてインドのブッタガヤ、そしてメッカ…世界の聖地を取材された経験をお話しになりました。そのあとは話題は、つい最近まで取材されていたアメリカの大統領の話題に移ります。
■池上さんは、選挙戦中に、トランプ候補、ヒラリー候補、サンダース候補、それぞれの政治集会を取材しました。「トランプの政治集会では、ブルーカラーの白人男性がほとんどで、のようなアジア系の男性はいたたまれない気持ちになった。ヒラリーの政治集会では、ありとあらゆる人たちがいるが、若者がいない。サンダースの政治集会でも、意心地が悪かった。それは、20歳前後の若者ばりだったから」。このような分断した政治集会の背景には、世界のグローバリゼーションの拡大とその拡大が引き起こした経済格差の問題が存在しています。その問題に対して右派から反対したのがトランプで、左派から反対したのがサンダースということになります。
■左派のサンダースは、北欧のような社会民主主義的政策により格差を縮めていくべきと考えます。そのために、ウォール・ストリートの金持達に税金を課していくと主張しました。また、公立大学の授業料を無償にするというのも公約でした。若者は支持します。それに対して右派のトランプは、アメリカの労働者の仕事を奪うとして移民を攻撃します。グローバリゼーションによりEUやアメリカへの移民が増加するわけですが、イギリスのEUからの離脱とトランプの大統領当選は、そのようなグローバリゼーションを背景とした移民への反発にあります。特にトランプは、ポリティカルコレクトを気にすることもなく移民に対する差別発言を繰り返すことから、「本音をいう政治家」として評価する人たちが新たに共和党員になり投票しました。これまで投票に行かなかった人たちが投票しました。一方、トランプは嫌いだけど、ヒラリーも嫌だという民主党員は投票に行きませんでした。まさかトランプ候補が当選するとは思わなかったからです。
■そのトランプ大統領が就任演説の際には、旧約聖書の『詩編』の一節(注1)を引用しました。ピューリタンが建国したアメリカであれば新約聖書と考えてしまいますが、トランプ大統領はあえて、キリスト教徒だけでなくユダヤ教徒にとっても聖典である旧約聖書から引用したのです。ここには意図があるといいます。キーマンは、トランプ大統領の娘婿であり、トランプ政権のもとで政府の要職にも就いたジャレット・クシュナーです。クシュナーは、正統派ユダヤ教徒です。自分の生まれれてくる子どもが正統派のユダヤ教徒であるために、トランプ大統領の娘イヴァンカは、結婚前にユダヤ教に改宗していることからもわかります。旧約聖書からの引用は、トランプ大統領が親イスラエルであることのメッセージでもあるわけですが、池上さんは、その背後でこのクシュナーが動いているというのです。
■トランプ大統領がアメリカの大使館を、現在のテルアビブからエルサレムに移すと発言していることについてもそうです。これまで国際社会は、エルサレムが首都であることを認めてきませんでした。複数回に渡る中東戦争で、エルサレムの占領していくことを繰り返してきたからです。そのため、代々の大統領は、米大使館のエルサレムへの移転を凍結する大統領令を出してきました。しかし、それが失効すると自動的に大使館はエルサレムに移動することになるというのです。移転すると、アメリカはイスラエルの主張を認めることになります。エルサレムを巡って宗教的対立が高まり、そのことが憎しみの連鎖を生みだしていくことに繋がるのです。そのことを国際社会は非常に警戒しています(注2)。
■このような憎しみの連鎖を断ち切るにはどうしたらよいのか。池上さんは、ダライ・ラマとの5回にわたるインタビューから、対立を煽る現在の世界には「慈悲」の精神が必要だと語ります。ダライ・ラマは亡命を余儀なくされているわけですが、そのことで中国共産党に対して恨みや報復のような気持ちはなく、ただ憐憫の心があるだけだというのです。このような「慈悲」は、もちろん仏教特有のものでありません。先日のパリのテロ事件で妻を殺された男性は、「妻をテロで殺されたが、自分はイスラム教徒を憎まない」とメッセージを発しました。そのような憎しみはテロ側の思う壺だからです。池上さんは、ここにも「慈悲」の精神を見ます(私には赦しという言葉の方がぴったりきますが)。池上さんは、自らの取材に基づく世界情勢を宗教と関連させながらわかりやすく分析され、最後に「慈悲」を重要なキーワードとしてご講演の最後で提示されました。
■以上は、池上彰さんの特別講演を聴きながら記録したメモを元にしており、不正確なものでしかありませんが、おおよその内容はご理解いただけるのではないかと思います。来年度になりますが、世界仏教文化研究センターの方で、記録としてまとめる予定になっています。
(注1)旧約聖書の『詩編』の一節とは、旧約聖書の『詩編』133編の一節のことです。
The Bible tells us, “how good and pleasant it is when God’s people live together in unity.”(聖書は私たちに、「見よ、兄弟が共に座っている。なんという恵み、なんという喜び」と教えてくれます。)
(注2)この問題については、東京新聞の記事をお読みいただければと思います。