幼いころの未来予想

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■年老いて一人暮らしができなくなった母親。現在、福祉施設に入所しています。母が昨年まで暮らしていた自宅、いろいろ整理を始めています。衣類、食器、家具、電化製品、書籍…。できるだけ知り合いの方たちに使っていただくつもりですが、それでも余ったものは、途上国支援の活動をされているNPOに送る予定にしています。衣類については妻が頑張ってくれています。先日は、2階の箪笥に入っている衣類の整理に取り掛かり始めました。すると、写真のような色紙が見つかったというのです。

■左下の方に、ひらがなで「わきたけんいち」と書いてありますね。どうも私が色紙に描いた絵のようです。まだ漢字が書けない、幼い頃なのだろうと思います。鉄道と高速道路…ですね、一応。未来の様子を予想して描いているのだろうと思います。私たちが子どもの頃は、未来の予想図(未来都市とか)のようなものをよく目にしました。そういう社会の風潮の影響を受けているのです。その頃は、社会は「発展」していくものだったし、未来の社会に対しては「夢」がありました。おそらく、今の子どもは、このような絵を描かないんじゃないでしょうか。おそらく50年以上前の作品かと思います。ですから、1960年代ですね。

【追記】■この色紙の写真をfacebookにアップしたところ、このような反応がありました。「同じような絵を私も画きました!(1961年生) 未来=都市、やはり曲線を描いて空中を走る高速道路網・・・のイメージでした。海底都市もあったかな。。。農村の未来って、考えませんでした」。確かにそうです。「農村の未来」という発想は、本当に存在していみませんでした。なぜ、農村の未来を考えなかったのか。当時、社会全体の中で、農村や農業を評価するような風潮はありませんでした。むしろ、否定的な扱いだったかもしれません。「発展から取り残された存在」…というと言い過ぎかもしれませんが。高度経済成長期は、「民族大移動」と言われるほど、農村部から都市部へと若者を中心に人口が移りました。しかし、急激な経済発展が様々な問題を発生されると、その反動のように、「田舎ブーム」が何度か押し寄せることになりました。まあ、両者はお互いの欲望を「写しあっている」のでしょうが。

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