針江のカバタ(1)-「2016社会学入門演習」-

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■JR近江高島駅から2駅でJR新旭駅に到着します。そこから、針江集落までは徒歩で15分。早めに針江の公民館に到着し、「針江 生水の郷委員会」の皆さんに、あらかじめ予約をしておいた集落内のガイドしていただくための手続きを済ませました。「生水」と書いて「しょうず」と読みます。集落のあちこちに地下から湧き水がコンコンと湧き出ています。

■針江は、どこにあるのか。琵琶湖に流入する河川では野洲川に次ぐ長さである安曇川が形成した扇状地にあります。扇状地とは、河川が山地から平野に流れ出るさい、河川が運んできた土砂が、山側を頂点として扇状に堆積して生まれる地形のことです。扇状地では、その扇城の地形の一番端のあたりに湧き水が出ることが多く、生活に必要に水を得やすいことから、それらの場所には集落が形成されていることが多いと言われています。この針江も、安曇川の扇状地の端にあります。針江、そしてその上流にあたる霜降という集落では、豊かな水を利用した独特の生活文化が営まれてきました。これらの文化は「琵琶湖周辺の生活文化を理解するために欠くことのできない貴重な文化的景観として評価」され、2010年8月5日には、「高島針江・霜降の水辺景観」として国の重要文化的景観」に選定されました。

■「針江 生水の郷委員会」のガイドは、13時から始まりました。1年生の学生が16名、3年生のティーチングアシスタントが1名、そして教員の私、全員で18名いるので、2グループに分かれてガイドをしていただきました。私たちのガイドをしてくださったのは、男性のMさんです。この日が、初めてのガイドの仕事で、まさにガイド・デビューとのことでした。しかし、とても初めてのガイドとは思えませんでした。一つ一つ、非常に丁寧にご説明していただきました。トップの写真、これは「カバタ」と呼ばれる水利用の施設です。漢字で書くと「川端」と書くようです。ここには、もともと屋敷があったわけですが、後継者がおられなかったのでしょうか、屋敷は取り壊されています。しかし、この「カバタ」は地域の人びとの強い希望もあり、残されることになりました。それだけ針江の皆さんは、「カバタ」のことを気にかけて大切にされているのです。これはかなり立派な「カバタ」だと思います。大きなお屋敷だったのでしょうね。少し説明します。

■「カバタ」の中からパイプが出ています。これは、「元池(もといけ)」と呼ばれます。パイプが地下に打ち込まれており、10mから20mほどの深さにある砂礫層を流れる地下水脈に届いています。この地下水脈の水が、パイプを通して地表に湧き出てきているのです。この「元池」の水は、一旦丸い「壺池(つぼいけ)」の中に溜められます。ここでは食器を洗ったり、野菜を洗ったり、夏には野菜を冷やしたりする場所とのことです。もちろん、「壺池」に入る前の「元池」から出たばかりの水は飲料水として利用されてきました。今回、私たちは、事前に渡された紙コップに入れて、この「壺池」の湧き水を試飲させていただきました。非常に美味しい!! 微妙に水の「甘さ」を感じることができます。おそらく、この水で玉露などのお茶を入れると非常に美味しいのではないかと思いました。「壺池」の溜まった水は、さらに「端池(はたいけ)」に流れ出ます。ここには、多くの「カバタ」の場合、鯉などの魚が飼われています。お茶碗についた米粒などは、この「端池」の鯉が食べてくれるのだそうです。「端池」の水は、水路へと流れ出ていきます。水路は中島と呼ばれる内湖に、そして最後は琵琶湖に注ぎ込みます。この写真の「カバタ」は、人がお住まいになっていないので、「端池」の中には、鯉はおらず、その代わりにクレソンが生えていました。そうです。サラダなどに使われるあのクレソンです。実際に使われている「カバタ」は、この後の別のエントリーでご紹介することにしましょう。

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■針江の集落の中を案内していただいていると、右上のような注意喚起の看板があちこちに貼られています。以下のように書かれています(針江集落を、針江区と呼んでおられます)。

針江区内 見学のみなさまへ

ここは、観光地ではありません。
生水(しょうず)の恵を受け、自然とともに暮らしている生活の場です。
私達の暮らしを知っていただくために、散策は必ず地元ガイドと一緒に見学カード
(右下図)を身に着けた状態でお願いします。
針江区内に見知らぬ方がおられることに、子どもやその親が敏感になっています。
ガイドを伴っておられない方には、目的をお訪ねするとともに、場合によっては
区外に退去をお願いすることもありますので、ご理解をお願いします。

■この看板からは、「針江 生水の郷委員会」によるガイドが、「観光」目的でないことがわかります。ガイドという形をとることで、外からやってくる見学者を受け止めて集落の生活を防衛しているのです。そのような意味で、ガイドはガーディアンでもあるわけです。この辺りのことについては、少し説明が要りますね。「針江 生水の郷委員会」には公式サイトがあります。その中には、次のような記述があります。

ここ針江地区は里山の写真家・今森光彦さんが撮り2004年1月にNHKハイビジョンスペシャルで放映された映像詩『里山・命めぐる水辺』の舞台になった美しい景色と生命の輝きに満ちた滋賀県高島市新旭町針江という小さな静かな集落です。

この地域には日本でも珍しい水の文化があります 比良山系に降った雪、雨が伏流水となり各家庭から非常に綺麗な水がコンコンと湧き出ます。人々はこの自噴する清らかな水を飲料や炊事と言った日常生活に利用しています。
このシステムをこちらでは川端(かばた)と呼んでいます。
このような究極なエコの生活、美しい景色、地域の人とのふれあいなどを求めて日本全国、海外よりたくさんの人が見学に見えるようになりました。

■今森光彦さんは、滋賀県大津市出身の写真家です。昆虫や生物の写真、そして今森さんの地元である滋賀の里山を題材にした作品で知られています。私も、滋賀県立琵琶湖博物館に勤務している時に、大変お世話になりました。その今森さんの映像作品『里山・命めぐる水辺』を、私自身も拝見しました。そして、大変驚き感動しました。おそらくは、多くの皆さんも同様だったようで、たくさんの皆さんが「小さな静かな集落」であるこの針江集落に来られるようになったのです。そうです。「小さな静かな集落」の日常生活が、突然、観光の対象になってしまったのです。自分たちの豊かな湧水とともにある生活文化、それらは針江の人々にとってみれば当たり前のことでではありますが、それを改めて「外の眼」から評価されることは、地元の皆さんがここに暮らすことの誇りを醸成することにつながるはずです。しかし同時に、これまで考えもしなかったような「外の眼」に自分たちの生活が晒されることになってしまったのです。それだけではありません。「子どもやその親が敏感」になるような出来事さえも起きてしまいました。ここは、「自然との共生」をテーマにしてテーマパークではありません。あくまで、「小さな静かな集落」なのです。人びとは、外からの評価を受け入れつつも、同時に、自分たちの生活を防衛していく必要があったのです。「針江 生水の里委員会」の存在の背景には、このような事情があったのです。以下は、針江を紹介した今森さんの映像作品『里山・命めぐる水辺』です。どういうわけか、YouTubeにアップされていました。いつか、視聴できなくなる可能性大です。

(針江を訪問したのは、6月11日(土)です。)

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