人を幸せにするのは何? 心理学者ロバート・ウォールディンガー氏

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■TEDをご存知ですよね。正式名称は「Technology Entertainment Design」です。この団体は世界的講演会を主催していますが、私たちもその講演をネットで視ることができます。今回、私が興味深く拝見したのは、心理学者のロバート・ウォールディンガーさんの講演です。ウォールディンガーさんは、「ハーバード成人発達研究」の責任者です。この研究は、「史上最も長期に渡って 成人を追跡した研究」であり、「75年間724人の男性を追跡し、休むことなく、仕事や家庭生活、健康などを記録」してきました。その目的は、「人々を10代の頃から老年まで追い、幸福と健康の持続に本当に何が必要なのか探索」することにありました。通常では、このような研究はほぼ不可能です。それゆえ、ウォールディンガーさんの講演を非常に興味深く拝見しました。

■まずは、以下をご覧いただければと思います。

ロバート・ウォールディンガー:人生を幸せにするのは何? 最も長期に渡る幸福の研究から

上記講演の翻訳 ( translated by Reiko Bovee , reviewed by Masami Mutsukado and Kacie Landrum )

■この講演の中で、ウォールディンガーさんは、「私たちを健康に幸福にするのは、良い人間関係に尽きる」と述べています。上記の翻訳を頼りに引用をしてみます。

この教え― 親密で良い関係は 包括的に 私たちに益となっているという教えは 今に分かった事ではありませんね 何故そんな関係は築き難く 無視され易いのでしょう 誰もそうですが 私たちは手っ取り早く 手に入れられる 生活を快適に維持してくれるものが 大好きです 人間関係は複雑に込み入っています 家族や友達との関係をうまく 維持して行くのは至難の業です その地道な努力は地味で その上その仕事は 死ぬまで続きます 75年間に渡る研究で 定年退職後 一番幸福な人は 仕事仲間に代わる新しい仲間を 自ら進んで作った人達です 最近の調査での 新世紀世代のように この研究の参加者の多くは 彼らが青年期に入った時 名声や富や業績が 良い生活をするには 必要なものだと 本当に信じていましたが 75年もの間 我々の研究で 繰り返し繰り返し示されたのは 最も幸せに過ごして来た人は 人間関係に頼った人々だという事でした それは家族 友達や コミュニティだったり様々です

■とても興味深い指摘をされています。幸せになった人は、複雑に込み入っている人間関係をうまく維持し、そのために努力している人たちでした。面倒くさいかもしれませんが、そのような人間関係を、常に自分の周りにきちんと形成している人たち、頼れる人間関係のネットワークを自分の周りに形成している人たちでした。ここから、いろんなことを考えました。

■社会学の中には「個人化」という考え方があります。「個人化」とは、伝統的な家族やコミュニティ等の集団から解放され、自己の意思で選択できる、自己選択できる領域や余地が拡大していくことです。しかし同時に、それは人びとに困難をもたらします。あまりにも多くの選択肢の中で、自分が何を選択するべきなのか、よくわからなくなる状況を生み出してしまうからです。自由な選択は、人びとに選択を迫るある種の圧力にもなります。また、自己選択の結果、何か個人にとって不都合なことがあっても、個人が自己責任で対処・処理しなければなりません。このことは、どういう人間関係を形成して生きていくのかという点に関しても同様です。自由に自分に都合の良い人間関係を選択的に形成していけるのでしょうが、そのような人間関係は同時に非常に不安定なものとなります。「ちょっと面倒な人だけど、この人とはこれからも付き合っていかなければならない。上手に関係をつくっていこう」という風にはなかなかなりません。「個人化」が進めば、「面倒ならばそのような人間関係を選択しなければ良い」というふうになりがちです。ただし、短期的な視点によるそのような選択がもたらす長期的なリスク、人生のリスクについては、すべて個人で受け止め、処理しなければなりません。なかなか大変な時代に私たちは生きています。

■ウォールディンガーさんが現在でも追跡調査している方達は、90歳代の方達です。彼らが人格形成をして生きぬいてきた時代の社会と、特に、これから年齢を重ねていく若者たちが生きていかねばならない時代の社会とでは、質的に大きな差異があるように思います。「個人化」もその一つです。ウォールディンガーさんが指摘された幸せな人びとのように、頼れる人間関係のネットワークを自分の周りに形成していくことは、より一層困難になってくるかもしれません。この講演の内容は、アメリカの政治学者であるロバート・パットナムが提起した「社会関係資本」とも関連してくるようにも思いました。アメリカ社会の中で、パットナムの『Bowling alone』(『孤独なボウリング』)がベストセラーになりましたが、アメリカの社会の中で、「個人化」と「社会関係資本の衰退」が同時に進行していったからではないかと考えています。

■ウォールディンガーさんの講演を興味深く拝見して、私は、彼の指摘に大いに納得しました。しかし、納得すると同時に、頼れる人間関係のネットワークをどのように形成していくのか、また形成されていくための条件とはどのようなことなのか…といった実践的な課題についても考えることになりました。実際、私が参加している総合地球環境学研究所のプロジェクトでも、環境保全と人びとの幸せの関係について焦点を当てて研究しています。

最後にマーク・トウェインの言葉を 引用して終わります 一世紀以上むかし 彼は人生を振り返り こう書きました 「かくも短い人生に 諍い 謝罪し 傷心し 責任を追及している時間などない 愛し合う為の時間しかない それが例え一瞬にすぎなくとも」良い人生は良い人間関係で築かれます

■これは、講演の最後にウォールディンガーさんが引用したマーク・トウェインの言葉です。”There isn’t time, so brief is life, for bickerings, apologies, heartburnings, callings to account. There is only time for loving, and but an instant, so to speak, for that.” トウェインのことなど何もわかっていないのですが、そのような私でも何かしら重みを感じます。どの作品ないしはエッセーに書かれているのか、知りたいと思いました。ちょっと調べています。

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