亡き人との“再会”


▪︎2013年に、NHKスペシャル『シリーズ東日本大震災 亡き人との“再会”~被災地 三度目の夏に~』が放送されたらしいのですが、私は視ていません。非常に残念です。今日、たまたまこの番組のことをYahooが提供する雑誌情報を読んでいて知りました。「NHKも取り上げた被災地の“心霊体験”はまだ終わっていなかった」という記事です。被災地で、亡くなった方たちの幽霊の目撃談が後を絶たない…という内容です。詳しくは、お読みいただきたいのですが、以下に引用をさせていただきます。

メディアではNHKが2013年に「津波の犠牲者と再会した」「声を聞いた」といった被災者の不思議な体験を特集したNHKスペシャル『シリーズ東日本大震災 亡き人との“再会”~被災地 三度目の夏に~』を放送し、大きな反響を呼んだ。またAFP通信などの海外メディアもこの事象を報じている。こうした幽霊話は被災地ではすっかり定着しているのだ。

「これまで様々な災害を調査してきましたが、幽霊に関する話がここまで顕著だった災害は近年、ありませんでした。しかも単なるウワサ話と異なるのは、4年という長期間にわたって語り継がれていることです」
そう指摘するのは、災害社会学や災害情報論を専門とする日本大学文理学部社会学科の中森広道教授だ。

その一方、本誌が取材を進めていく中で多く聞こえてきたのが、(1)「顔のある幽霊」、つまり実在した人間が登場する話(2)一般的な心霊話のように憑(つ)いたり祟(たた)ったりするのではなく、どこか温かみを感じさせる話、のふたつだ。

例えば、こんな話。夜、仙台市内で女がタクシーを止める。行き先は津波被害を受けて更地となった沿岸部の住宅地。「こんな時間に行っても何もないですよ」と言いながらも女を乗せて走り始めた運転手がしばらくして後部座席を見ると誰もいない。だが運転手は「きっと住み慣れた町に帰りたいんだろう」と、消えた女の気持ちをおもんぱかって目的地まで車を走らせた。

また、こんな話も。仮設住宅に知り合いのおばあちゃんが訪ねてくる。茶飲み話をして、そのおばあちゃんが立ち去ると座布団が濡れている。そこで初めて茶飲み仲間たちは「そういえば、あのばあちゃん、死んだんだっけな」と気づく。でも誰も怖がったりしない。「ばあちゃん、物忘れがひどかったから自分が死んだの忘れてんのかもな。まぁそのうち気がつくべ」

▪︎このような事象に関して詳しく学んでいるわけではありません。ネットでではありますが、少し調べてみると阪神淡路大震災でも同様のことが言われていたようです。しかし、東日本大震災のばあい、記事のなかの中森さんは「幽霊に関する話がここまで顕著だった災害は近年、ありませんでした」と指摘されています。どのような要因が、阪神淡路大震災と東日本大震災の違いを生み出しているのでしょうか。ひとつには、阪神淡路大震災と東日本大震災を比較したばあい、被災地の広さが違います。広い方が、こういう幽霊の目撃談が増えそうな気もしますが、そのことで説明しつくせるかというと、どうも違うような気がします。

▪︎私はこのニュースを読んで、すぐに頭に浮かんできたことがあります。それは、ある研究会で、医師である岡部健先生から「お迎え」の話しを伺ったときのことです(岡部先生は2012年の秋に、肺ガンでお亡くなりになりました。以前のエントリーをお読みいただければと思います)。臨終を間近にしたとき、自分の家族や親しかった友人があの世から自分を「お迎え」に来てくれることを多くの人びとが経験しており、しかもその「お迎え」を経験した人びとの多くが穏やかな最期を迎えられるのだそうです。人びとの意識の深層にある、広い意味での死生観が影響しているのでしょう。それが東北固有のものなのか、それ以外の地域でも確認できる一般性のあることなのか…そのあたりのことは私にはわかりません。しかし、このような死者とのコミュニケーションを可能にするような心性が東北の人びとの心のなかにあるとすれば、「幽霊に関する話がここまで顕著だった災害は近年、ありませんでした」という中森さんのご指摘もなんとなく理解できるような気がします。東日本大震災と幽霊の目撃に関連するネット上にある記事のリンクを「まとめた」ものです(NAVERまとめ)。このなかには、いろいろ興味深い記事があります。

震災から4年…今も絶える事がない「幽霊」体験の多さ

【追記】▪︎以下の記事も興味深いですね。
【3.11震災から4年】被災地で幽霊目撃談が多い本当の理由

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