NHKスペシャル「”あの日の映像”と生きる」

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▪︎東日本大震災から4年たちました。あの日、私は、一人暮らしの老母のために買い物等をしているときでした。母の家に戻ると、「大変なことになっている」というのです。テレビに映しだされる映像をみて、ショックが大きく、しばらく動くことができませんでした。翌日には、岩手県に出張する予定になっていました。被害が甚大であった沿岸部ではなく、県北にある内陸の地域でした。もちろん、出張は取りやめになりました。

▪︎さて、以下は今晩放送されるNHKスペシャル「”あの日の映像”と生きる」について新聞に掲載された番組紹介です。

父がどんな経緯で犠牲になったかを知らずにいた男性は、ある動画の中に逃げようとする父の姿が映っていることで救われた思いだったという。一方、その映像撮影していた男性は「何か出来たのでは」と悔やみ続けた。時を経て面会した2人の心は通じ合う。

逃げ遅れて7キロ流されたが助かった夫婦は、「生き残ったことを負い目に感じた」といい、全国の学校で、自分たちが映った動画を題材にして津波の恐ろしさを伝える講演を続けている。夫は「生きることと死ぬことの境界は、紙一重より薄い」と語る。

生きることの意味を問う番組だ。

▪︎この短い番組紹介の文章のなかに登場する2つの例では、いずれの人びとも、津波で亡くなってしまわれた方たちのことを思い続けています。矛盾するような言い方かもしれませんが、自ら語ることのない死者からのメッセージに必死に耳を傾けようとされている…そのように思えてなりません。また、死者の赦しのなかで人びとは生きることの意味を深く感じとっておられるようにも思いました(死者が生きる人びとに力を与えている)。

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