地球研・地域連携セミナー

■ここのところ、総合地球環境学研究所のプロジェクト関連の仕事が多くなっています。昨日も、総合地球環境学研究所のプロジェクトの関係で甲賀市役所に向かいました。来年2月24日に開催する「地球研・地域連携セミナー」の打合せです。地球研側からは、プロジェクトリーダーとサイエンスコミュニケーターの職員の方が、市役所と滋賀県庁からも農村振興の部署の職員の皆さんが出席されました。

■「人口減少社会」・「超高齢社会」を突き進む日本。なかでも、中山間地域の問題はますます深刻になってきています。いわゆる限界集落にならずに集落をどう維持していくのか。担い手不足になっている中で、どうやって集落の農地や山林をどう守っていくのか。そして、そのような問題は中山間地域の生物多様性の問題とも結びついています。人が身近な自然環境に関わることの中で、生き物の賑わい、そして生物多様性が維持されているからです。

■私たちのプロジェクトでは、この中山間地域における問題群を、「集落のしあわせ」と「生き物のにぎわい」をどう両立させていくのかという点から捉えるとともに、解決への糸口を見つけようとしています。甲賀市内には、「生き物のにぎわい」を地域の特産品ともつないで、コミュニティビジネスとして展開している集落があります。これまでも、このブログでたびたび紹介してきた小佐治です。来年の地域連携セミナーは、「講演+パネルディスカッション+サイドイベント」の形式で開催しますが、小佐治のみなさんにもバネリストとしてご参加いただく予定です。

■来年のことですが、準備を急がねばなりません。こういうイベントがきっかけとなり、志しを持った方たちのネットワークが少しずつ流域全体に広がっていけば良いな〜と考えています。私の夢です。

「世界農業遺産」認定をめざして 第3回シンポジウム

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■「『世界農業遺産』認定をめざして 第3回シンポジウム」に参加しました。

淡水真珠「びわパール」の玉出し作業

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■総合地球環境学研究所の研究プロジェクトとの関連で、草津市の志那町にある内湖、平湖・柳平湖に行ってきました。この平湖・柳平湖では、かつて盛んな淡水真珠の養殖が行われていました。しかし、淡水真珠の養殖は、環境や水質の悪化とともに産業としては衰退していくことになりました。そのような状況の中で、地元の志那町の「志那町平湖・柳平湖公園化対策委員会」では、草津市と連携しながら琵琶湖の淡水真珠「ビワパール」の復活に取り組んでき他のです。この日は、淡水真珠「ビワパール」の玉出し作業の日でした。柳平湖の中に設置された養殖棚からイケチョウガイの入った籠を引き上げ、イケチョウガイの中で育まれた真珠玉を取り出すのです。

■トップの写真は、この日の玉出し作業でイケチョウガイから取り出した淡水真珠です。淡水真珠は、海の真珠とは異なり、核を入れません。真珠全体が魅力的な光を放つ真珠層でできています。そのため、ひとつひとつの真珠が個性的な表情を見せてくれます。形も実に様々。色も、深みのあるピンク色からベージュ色に近いピンク色まで様々です。これが、琵琶湖の淡水真珠「ビワパール」の魅力なのです。2枚目の写真は、「ビワパール」を孕んだイケチョウガイの籠を引き上げているところです。遠くに見えるのは、琵琶湖の向こうにある比叡の山々です。

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20170923biwapearl13.jpg■柳平湖から引き上げられた籠から成長したイケチョウガイを取り出し、貝柱を切って、イケチョウガイを開きます。すると、貝の身に包まれた真珠が確認できます。写真では、右側に4個真珠が並んでいるのがわかります。写真ではわかりませんが、反対側の殻の方にも真珠があります。取り出した真珠は、塩でもみ洗いをします。そうすることで、真珠の周りについたぬめりを取るのです。このぬめりを取っておかないと真珠の輝きが曇っていきます。ということで、大切な最後の仕上げの作業になります。真珠を採取した後のイケチョウガイですが、貝殻から身をはがします。身の方は、廃棄します。以前は、身の一部を湯がいて食用にしていたようです。また出荷もしていたそうです。貝殻については、ボタンの原料として出荷されていました。捨てるところがなかったわけです。

■以前のイケチョウガイは、もっと大きな形をしていたそうです。地元の関係者の方のお話しでは、1992年頃から琵琶湖の淡水真珠養殖場に中国産のヒレイケチョウガイが導入されるようになり、在来種であるイケチョウガイとヒレイケチョウガイと交雑するようになったため、形が小さく変化してきていると言います。以前の大きなイケチョウガイでは、片側に20個ほどの真珠が並ぶこともあったそうです。

■この玉出しの作業を行ったのは、平湖の辺りにある建物でした。昔、真珠養殖の作業小屋として使っていたそうです。その作業小屋の中に、「志那町平湖・柳平湖公園化対策委員会」と私たちが超学際的に取り組んでいる研究プロジェクトの内容をポスターにして張り出しました。小さくてよくわからないと思いますが、このプロジェクトでは、在来魚がかつてのようにこの内湖で復活すること、そして湖辺の暮らしと内湖とのつながりの再生を目指しています。

「看取り」という死に方/石飛幸三/


■この動画の中に登場する医師・石飛幸三さんは、「胃ろう」の問題を厳しく批判されています。胃ろうをしても、胃が弱っているので食道に逆流して誤嚥性肺炎につながる。誤嚥性肺炎を防ぐことが、逆になっている…石飛さんはそう指摘されています。人生の終末において、少しずつ肉体が死に向かって弱っている時期に、どうして無理に治療を継続するのかという問題です。石飛さんは、『「平穏死」を受け入れるレッスン: 自分はしてほしくないのに、なぜ親に延命治療をするのですか?』『平穏死という生きかた』『家族と迎える「平穏死」–「看取り」で迷ったとき、大切にしたい6つのこと』等の著書も出版されています。これらの書籍のタイトルからもわかるように、肉体が自然に弱って死に向かっている人を、無理やり生かそうとする現代社会の医療や福祉のあり方を根本から批判されているのです。自然な状態で死を迎えることを見守る=「看取り」は、どうすれば可能なのでしょうか。石飛さんの著書はヒントを与えてくれそうです。

NHKスペシャル「老衰死」

NHKドキュメンタリー「ありのままの最期 末期がんの“看取(みと)り医師” 死までの450日」

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■昨日はよくテレビを視ました。普段はあまりテレビを視ないのですが、昨日は家族の勧めもあり、晩遅くに放映されたNHKのドキュメンタリー番組を視ることにしました。内容は、重いものでした。このような内容です。番組を紹介するサイトからの引用です。

始まりは2年前の12月。末期のすい臓がんで余命わずかと宣告された医師がいると聞き、取材に向かった。田中雅博さん(当時69)。医師として、僧侶として終末期の患者に穏やかな死を迎えさせてきた「看取りのスペシャリスト」だ。これまで千人以上を看取った田中さんの「究極の理想の死」を記録しようと始めた撮影。しかし、次々と想定外の出来事が…。看取りのスペシャリストが見せてくれたありのままの最期、450日の記録。

■「人の最期は難しい…」と、改めて思いました。健康な時に、どれだけ「こういう最期を迎えるぞ」と思っていても、そんなふうに最期を迎えることは難しいということを、田中雅博さんは自らNHKに取材させていたわけですね。見事な最期ではなく、その真逆の最期を。しかし、人生の、この最期の時は、故人のものだけでないのですね。「人の死」とは、周りの人びと(親密圏)との関係の問題でもあるわけです。

■番組を通して、田中雅博さんの最期を拝見させていただきながら、亡き父のことを思いました。父のことは、というか父との最期の段階での関係については毎日のように考えるわけですが、私も田中雅博さんと同じく、父からいろいろ学びました。父の最期も、見事とは真逆でした。番組の中で、田中雅博さんが「先生(先に生まれた人)ではなく、先死(先に亡くなる方)から学ぶ」と仰っておられました。そして、自らの死をテレビ番組を通して多くの方達に示されました。私も、父から学びました。人間にとって、そして周りの人びとにとって、「最期」がどれだけ大切かということを、改めて深く考えることになりました。

龍谷ミュージアム秋季特別展「地獄絵ワンターランド」

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■龍谷ミュージアムの秋季特別展「地獄絵ワンターランド」が、9月23日~11月12日の期間に開催されます。以下は、この特別展の概要説明です。龍谷ミュージアムの公式サイトからの転載です。

約2500年前、釈迦はこの世を生死輪廻りんねが繰り返される”迷い”の世界と見ました。日本では、平安時代に恵心僧都源信が『往生要集』を著したことを契機に、来世のイメージが形成され、地獄や六道の情景を表した美術が発展しました。
 本展は、日本の中世から現代にかけて描かれた地獄絵や、地獄をめぐる多彩な作品を通して、日本人が抱いてきた死生観・他界観の変遷と、その精神史を紹介するものです。とくに近世の作例の中には”たのしい地獄”と形容すべき、素朴でユーモアにあふれた魅力的な地獄絵もあります。本展ではこうした死への恐怖を超越した造形にも注目し、あらためて、日本人にとって「地獄」とはいかなる存在であったかを考えます。

■「日本人にとって「地獄」とはいかなる存在であったか」。とても、楽しみです。あわせて、浄土真宗にとって地獄とは、どのように捉えられているのか、その辺りのことを知るチャンスにできればと思っています。

展示案内/特別展(龍谷ミュージアム)

目次案の作成

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■今日は総合地球環境学研究所の仕事です。地球研のプロジェクト「生物多様性が駆動する栄養循環と流域圏社会─生態システムの健全性」の成果を書籍にまとめて出版するために、プロジェクトのコアメンバーの1人である京都大学生態学研究センターの谷内茂雄さんと、企画と目次を検討しました。場所は、谷内さんの研究室です。京都大学生態学研究センターは、最寄りの駅が龍谷大学瀬田キャンバスと同じJR瀬田駅になります。ということで、「ご近所さん」になりますね。ということで、とても綺麗に整頓されている谷内さんの研究室の窓からは、湖南アルプスがよく見えます。

■さて、仕事の方ですが、基本のアイデアはすでにおよそ出来ていたので、それをワープロに打ち込み、2人のディスカッションを元にプラッシュアップしました。意外と早めに出来上がりました。まあ、日本語の本はこれでよいとして、次は英語の本ということになります。限られた厚みで、どこまでプロジェクトの成果のエッセンスを詰め込むことができるのかなと、少々、暗中模索のところがあります。出版にあたって、プロジェクトの側の戦略をもう少し練らないといけないなと思っています。出版社側の意向も確認しなくてはなりません。

龍谷大学世界仏教文化研究センター公開研究会

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■9月28日と10月5日に、龍谷大学世界仏教文化研究センターの公開研究会が開催されます。世界仏教文化研究センターの博士研究員とリサーチ・アシスタントの皆さんによる発表です。予約不要、一飯来聴者歓迎とのことです。場所は、龍谷大学大宮学舎清風館3F共同研究室です。

■9月28日(木)13:15~14:45
①「南方熊楠が見た聖なる表象―聖地那智山での体験とともに―」唐澤太輔(龍谷大学世界仏教文化研究センター博士研究員)
②「「越後の親鸞」像の形成と確立過程―『御伝鈔』から近代へ―」大澤絢子(龍谷大学世界仏教文化研究センターリサーチ・アシスタント)

■10月5日(木)13:15~14:45>
③「参詣曼荼羅の時空間―立山曼荼羅における地獄表現の諸相―」亀山隆彦(龍谷大学世界仏教文化研究センターリサーチ・アシスタント)
④「仏教説話にみる海の表象―もう一つの聖地像―」李曼寧(龍谷大学世界仏教文化研究センターリサーチ・アシスタント)
⑤「聖なる表象としての災害モニュメントと仏教者の役割」金澤豊(龍谷大学世界仏教文化研究センター博士研究員)

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「六斎念仏踊り継承発表会」(滋賀県高島市朽木古屋)


■8月14日、「六斎念仏踊り継承発表会」(高島文化遺産活用委員会、朽木の知恵と技発見・復活プロジェクト)を見学するために、高島市朽木針畑の古屋を訪れました。私のゼミを2011年の春に卒業した坂本昂弘くんのお祖父様が、この「六斎念仏踊り」の継承者のお1人として踊られました。80歳を超えておられますが、足腰に負担の大きい、この「六斎念仏踊り」を踊っておられるので驚きました。

■この「六斎念仏踊り」を見学するのは昨年に続いて2度目になります。この念仏踊りは、その起源が『空也上人絵詞伝』の空也に始まるという伝説もあります。先祖の霊が戻ってくるお盆の時期に、太鼓をもった踊り手3名、鉦が2名、笛が2名の計7名が演奏とともに念仏を唄い踊る、そのような民俗芸能なのです。かつては20軒ほどの家々を順番に回って踊っていましたが、過疎と高齢化のためにできなくなり、お寺で踊るようになっていました。

■伝統的なお盆の行事ではありますが、2013年より高齢化や過疎により人が揃わず、中断していました。ところが、昨年からは、行政(高島市教育委員会)や地域活性化のNPOによる支援のもと、都市のアーティストたちが、高齢の継承者の皆さんから「六斎念仏踊り」を習得し、継承者の方達と一緒に、再開することができるようになりました。今年は、さらに、この古屋にルーツを持つ若者2名も新たに参加して、「継承発表会」という形で実現することになりました。また、「継承発表会」の後、晩には、かつて家々を回って順番に踊っていた頃の様子を再現して、映像記録に取ることも行われました。

■上の動画は、宗教民俗学の研究者である山中崇裕さんという方が撮影されたものです。YouTubeに公開されているものを共有させていただきました。このような貴重な動画を公開してくださったことに、心より感謝いたします。

■以下は、このブログの「六斎念仏踊り」関連のエントリーです。あわせてお読みいただければと思います。
朽木古屋「六斎念仏踊り」の復活

のんびりゆこう

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■我が家のトイレの日めくりです。「いきつくところ」には、何も持っていけません。「いきつくところ」の手前では、「死」をきちんと生き切ることが必要になります。そのためには、「いきつくところ」をしっかり意識して、そこに向かって日々を「大切に生きる」ことが大切なのかなと思うわけです。「大切に生きる」と「のんびり」は矛盾しないとは思うけれど、具体的に実践するのはなかなか難しいなあと思います。

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