最近のこと

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■暑いですね。体調もイマイチ。それなりに元気にしていますが、体力も気力も以前よりも低下しています。特に、気力は。といことで、うまく仕事がすすみません。持病のメニエール病のめまいが再発してはいませんが、肩こり、首こり、緊張製の頭痛は相変わらずです。何か工夫をしなくてはね。新型コロナによる自粛が続いていることも、どこかで影響しているかもしれません。困りました。といっても仕方がないのですが。ということで、少し気力も復活してきたようなので、半月ばかりのことを少し。ブログを更新します。

■今週の火曜日ですが、大津市役所に行ってきました。家にこもって仕事をしているので、電車に乗ると何か新鮮な感覚がありました。大津市役所に行ったのは、市民、事業者、行政の三者の協働を進める「大津市協働を進める三者委員会」が開催されたからです。コロナ禍で長らく開催されていなかったのですが、やっと開催されることになりました。この委員会の委員長をしていますが、皆さんから活発にご意見をいただき、委員会も大変盛り上がることができました。また、現場の実践に基づく興味深いご意見を拝聴できました。地域社会論という講義を担当している者としても、有意義な時間になりました。

■写真は委員会が終わった後、市役所から撮ったものです。気温は高く、マスクをしていると辛い状況ではありましたが、夏らしい雰囲気が撮れました。自分自身でもよく理由がわからないのですが、京阪石坂線の「大津市役所前」駅のあたりの雰囲気がなんとなく好きなんです。駅の名前、以前は「別所」でした。三井寺の別所のひとつがあったからかな、たしか。個人的には歴史と結びついた駅名が消えることは寂しいのですが、インバウンドや観光客向けの対応ですかね。

■話は変わります。現在は、夏期休暇中なのですが、Zoomを使ってオンラインでゼミ生と面談をしています。面談は卒論のためのものなのですが、あわせて就職活動の状況についても差し障りのない範囲で聞かせてもらっています。春の段階ですでに内定がでたゼミ生もいますし、最近では公務員試験に合格したとの報告も出始めました。その一方で、苦戦しているゼミ生もいます。就活がうまくいかないと、卒業論文のこともなかなか手につきません。気持ちは大変よくわかります。ゼミでは、「就活と卒論は車の両輪」と常々言っているので頑張って欲しいと思います。もうひとつ、私のゼミでは調査に基づいて卒論を執筆することになっています。でも今年は、コロナのせいで全てのゼミ生が調査をできるわけではありません。調査に行くのにも、制約条件があります。大変なのですが、私としてもできる限りサポートをするしかありません。

■新型コロナウイルスがパンデミック(世界的大流行)となっているわけですが、大学としては対策を講じながら慎重に大学運営を行っていくという感じかなと思います。コロナ禍も第一波の時は、しばらく頑張れば、コロナ禍もおさまってくれるのではないかという希望がありましたが、それは「無い」ということがはっきりしました。しかも、世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長は、21日の記者会見で、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)について「2年以内」で収束が可能との見通しを示しました。2年以内で収束が可能…とはいっても、1ヶ月後でも2年以内ですし、2022年の8月でも2年以内です。しかも、収束するのではなくてあくまで可能ということですから、さらにコロナ禍が長期化する可能性も否定できないということです。困りましたね。個人的には、とりあえずコロナ禍をやり過ごすためにどうしていくのか…ではなく、コロナ禍と共に大学をどのように運営していくのかという発想が必要なのかもしれません。

コロナ禍の中での気づきと体験、ある学生のツイート

■まだお会いしたことはありませんが、facebookで知り合いになった方のお嬢さんが、Twitterに次のようにツイートをされていました。おそらく、彼女はある大学の学部の3回生かなと思います。彼女の方からフォローしてくださいました。

コロナは私から外に出て好きなことをする時間を奪った。
でも勉強机に座って授業の内容としっかり向き合ったり、もっと広くて深い視点から理解できる本を読むきっかけと時間を与えてくれた。
様々な視点から学ぶことは人生をより豊かにするってよく聞くけど、それを身にしみて感じた4ヶ月間?だったな

でもやっと受験とか単位のためじゃない勉強を知った。
世界がめちゃめちゃ広がった。
勉強ってやっぱり自分のためやったわ。
21年間、なにしてきたんやろう。

■コロナ禍により、日本の多くの学生の皆さんが、突然、オンライン授業に取り組まざるを得なくなりました。これは大変な出来事です。大学側と教員の側が、前もってオンライ化のメリットを理解・把握し、カリキュラム全体の中にしっかりオンライン授業を組み込んでいくのであれば違うのでしょうが、今回は、突然、教員も学生の多くがよくわからないままにオンライン授業が始まりました。中には、このようなオンライン授業に適応できずに、休学する人もいると聞いています。しかし、この知り合いのお嬢さんは、違っていました。1人で授業にしっかり向き合わざるを得なかったことから、「学び」に関して深い体験をされるようになっています。おそらく世界観が変わったのだと思います。素敵な経験であり、素敵な気づきです。素晴らしいなあ。もちろん、このツイートに「いいね」をしました。それは、うちの大学の学生にも、彼女と同じような経験や気付きがあったらいいんだけどなあと思いからでした。コロナ禍で大変ですが、この状態のなかでさらに成長なさってください。

■このツイートを読ませていただいた後になりますが、フランス在住の作家・辻仁成さんの「滞仏日記「街角の哲学者が、コロナ不安を乗り越える術を語りき」をネットで拝読しました。知り合いの哲学者アドリアンとおしゃべりされた時のことが書かれています。辻さんが、「ぼくらはどういう心構えで、この第二波とでもいえる現状と向き合えばいいのだろう」と尋ねた時、その哲学者は以下のようにこたえておられます。長いですが、引用させてください。心の底から同感します。

「正直、この感染症パンデミックは人類が希望するような早さで消え去ることがないんだ。だから、ぼくら人間も、同じような気の長い気持ちでこれと向き合うしかない。これが結論だ。なので、毎日、怯えたり、神経質になり過ぎて壊れてしまってはならない。まず、深呼吸をして、長い戦いに備えよう、と自分にいい聞かせることが大事になる。年内に収束するはずだ、とか、いついつには元通りになる、という希望的観測で行動してはならない。その時にならないと何が出来るかわからないので、不安だと思うが、それを見越していろいろと今後のことを長いスパンで考えていくのがいい。何が起こってもおかしくない、と悟ることも大事だ。大病をして生死を彷徨って、生き返った人のような気持ちで、これからの未来を見つめていくのがいいだろう一度、失った価値観なのだから、ここからもう一度新しい価値観を作っていくんだ、と考えていけばいいと思う。焦っちゃいけない。しがみついちゃいけない。過去にとらわれてはいけない。大切な人と生きていければいい、と思うことが大事だ。身近な人を大事に思って、毎日を生きていきなさい。目が覚めたら、今日を生きていられることは素晴らしいと思うこと当たり前のことがどんなに大事か、感謝しながら生きることだ

寿長生の郷と大石龍門

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20200721sunainosato4.jpg ■先日の日曜日、ゼミ生9名で、大津市南部の大石龍門に行きました。「大石龍門自治会×叶匠壽庵 寿長生の郷×龍谷大学社会学部脇田ゼミ」による「ふるさと屏風絵(心象絵図)」作りのプロジェクトに参加するためです。当初はスケジュールの調整ができた10名の学生と一緒に行く予定でしたが、1人のゼミ生が少し発熱したことから参加を辞退。いつもならば、どうてっことない熱なんですが、コロナ禍のなか慎重に対応しました。といいますか、このように学外で実習等に取り組むときは、大学に申請書を提出して、学部内の教務委員会のチェックを受ける必要があります。前日に熱が出たような場合は、参加できないのです。大学としては、かなり慎重に取り組んでいます。

■朝10時にJR石山駅に集合し、そこからは「寿長生の郷」のシャトルバスに乗って移動しました。「寿長生の郷」は和菓子の企業「叶匠壽庵」が経営する施設です。廃村になり使われなくなった里山の土地を上手に利用されています。この素敵な里山の環境の中に、和菓子の製造工場はもちろんのこと、四季折々美しい里山の庭園を楽しみながら和菓子や軽食をいただくことができる幾つかの観光施設が庭の中に点在しています。炭焼きや陶芸の工房もあります。そしてなんといっても有名なのは梅林ですね。梅の実は和菓子の材料になります。以下は、「寿長生の郷」の公式サイトからの引用です。

滋賀県大津市大石龍門。
琵琶湖から唯一流れ出る瀬田川のほとり、六万三千坪の丘陵地に寿長生の郷があります。

私たちはここに梅や柚子などを植え、農工ひとつの菓子づくりを目指す理想を求めています。
郷では自然の谷川を利用し、山林の部分はそのままに散歩道をめぐらせ、数百種類の野の花が咲く姿は訪れる人々を楽しませてくれます。

昔から日本人の生活は自然に抱かれてきました。目に見える自然界の色や形を生活の中に取り入れ、季節の移ろいを感じる。それは安らぎと歓びを与え、私たちの感性をも磨いてくれます。

こうして郷から発信できる無限の可能性を考え、新しい価値を創造していきます。郷の自然を通して、気持ちの通い合うやさしい時間を一人でも多くのお客様と分かち合えることを願っております。

■「寿長生の郷」に到着した後、入り口近くにある「お迎え処 古民家」で「叶匠壽庵」の池田典子さんからこの日のスケジュール等についてお話を伺いました。江戸末期に建てられた茅葺の建物でしょうか。中には竈門や囲炉裏があります。素敵な雰囲気です。その後、「寿長生の郷」の内部や大石龍門の一部をご案内いただきました。歩きながら、学生の皆さんは大石龍門の地形や景観を実感できたでしょうかね。ちと心配ですけど。周りを森林に囲まれ、その中央には川が流れ、所々にかつての茶畑があり、水田は棚田で…。このような地形の特徴も、お話を伺う上で知っておかねばならない大切なことだと思います。

■この地域は、農業を行うには条件が不利な地域になります。水稲や畑作以外に、周囲の森林を資源とした木材の生産、薪炭材の生産を行っていました。薪炭材については、大八車に乗せて大津や京都にまで売りに行ったといいます。おそらく、薪炭材の生産が活発であったことろは、大石龍門の周囲の山々の様子、植生や樹木の高さ等は今とは違っていたはずです。そのようなかつての山々の様子もいろんな根拠をもと推論して、地域の皆さんに確認をとりながら描いていかねばなりません。

■また、大津の南部ということで、かつては宇治に生産した茶葉出荷していました。宇治茶の原産地は、宇治ではなくその周囲の地域になります。滋賀県でいえば、県南東部に位置する甲賀市、そしてこの大津市南部の大石龍門もそのような茶葉の生産地だったのです。茶摘みも、ユイという相互扶助の中で行われていました。ユイというと、田植え作業の労働交換をすぐに思い浮かべますが、この大石龍門では茶摘みについてユイが行われていました。

20200721sunainosato5.jpg ■まち歩きをしながら、街場で育った学生の皆さんには、珍しいものがあったようです。左上の画像、水車です。現在は使用しておらず、朽ちてきていますが、かつては小さな川の水力を使って脱穀や製粉の作業を行なっていたのです。水車を拝見すると、ベアリングなども使っています。いつ頃のものなのでしょうか。左の画像、これはニホンミツバチの蜜を摂っているところです。この中は空洞になっています。そこにニホンミツバチが巣を作るのです。ニホンミツバチが、様々な種類の花の蜜を、この中の巣に持ち帰ってきます。百花密といいます。残念ながら、最近は、あまり蜜が取れないとのことでした。どうしたんでしょうね。

■午後からは、大石龍門自治会館に移動しました。自治会の皆様から、かつての暮らしや生業に関するお話を伺いました。聞き取りをするのは「寿長生の郷」のスタッフの皆さんですが、ゼミのメンバーはそのお話を必死になってメモする記録係として活躍しました。この細かな情報が、屏風絵を描く際の基礎情報になります。この聞き取りは、社会学分野の社会調査とは違い、「ふるさと屏風絵」を描くための情報を丁寧に収集することに目的があります。色や形に至るまで細かく話を聞いていく必要があります。そのような細かいメモを、伺ったお話と照らし合わせながら整理して、決められたフォーマットの表に整理していきます。この整理の作業については、夏休中に取り組むことになります。

■下の画像は、聞き取りを始める前のミーティングの時のものです。これまで幾つかの地域で「ふるさと屏風絵」を描いてきた絵師の方から、学生の皆さんが指導を受けています。
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社会共生実習「地域エンパワねっと」まち歩き

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20200711sate3.jpg■一昨日は地域エンパワねっと(龍谷大学社会学部・社会共生実習)で「まち歩き」を実施しました。この日は、JR瀬田駅を中心に一里山や月輪界隈を歩きました。月輪は、1667年に京都の六人衆によって新田開発が行われて誕生した地域です。京都の経済力を持った方達が膳所藩の許しをえて開発したわけですね。新しい農地と集落が誕生したところで、京都から氏神様をお迎えしました。分社ですね。分社とは新たに別の場所へ分霊(ぶんれい・わけみたま)を祀る神社のことです。京都の六人衆には大切な神社であった八坂神社の神様を分霊して、現在の月輪にお祀りされたわけですね。この八坂神社は、国道1号線沿いの森の中にあります。道路からは、少しわかりにくい感じですが、境内に入ると大きな樹木に囲まれた森の中(鎮守の森)にお社がありました。国道1号線を渡り月輪の集落の方に移動すると、この六人衆を讃える「新田開発発祥之地」の立派な石碑が建てられています。

■下の左写真。マンションが立ち並ぶエリアに墓地が広がっています。でも、これは逆です。元々、近くの農村(大萱)の墓地だった周りにマンションが建設されているのです。1969年に国鉄瀬田駅が開業しました。当時はJRではなく国鉄です。地元の皆さんが長年にわたって希望されていた駅がやって開業したわけです。そのことをきっかけにこの瀬田の地域は、住宅地として開発されていくことになりました。ただし、きちんと都市計画があらかじめ定められて、それに基づいて住宅地が開発されたわけではなく、水田や畑であった農地が少しずつ住宅地になっていきました。スプロール的開発と言います。そのため、住宅地に入ると道が曲がりくねっているところがたくさんあります。家々が込み入ってはいても、その向きはバラバラであったりします。また、道が行き止まりになっていたりもします。きちんと区画整理ができないまま、水田や畑であったところが住宅地になっていったためです。

■下の右の写真。道標です。これは、旧東海道と瀬田駅から龍谷大学瀬田キャンパスに向かう学園通りが交差するところの角にあります。寿司店の敷地の中にあります。おそらく店主さんが設置されたものだと思います。この道標にはこう書かれています。「三條大橋迄で五里余り」、「膳所藩札場より大萱港常夜灯に至る」、「江戸日本橋迄で百二十里余り」、「旧朝倉道信楽より伊勢・桑名に至る」。京都と江戸をつなぐ旧東海道沿いにあるお寿司屋さんの、この地域に対する誇りのようなものを感じます。

■今回のまち歩きのテーマは「1969年瀬田駅開業以降、開発により変化してきた瀬田の歴史を風景の中に読み取る」でした。ひとつの風景の中に、この地域の「履歴」が、まるで地層の積み重ねを見るような感じで感じとることが目的でした。万歩計の数字は10,000歩を超えていました。
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「アフターコロナ好機に大学のデジタル革新が始まる。消える授業、残る授業」という記事

■Twitterで、「アフターコロナ好機に大学のデジタル革新が始まる。消える授業、残る授業」という日刊工業新聞の記事を読みました。科学技術部・論説委員兼編集委員の山本佳世子さんの記事です。この記事の最後は、こう締め括られています。

一部の大学では学生の多様な事情に対応すべく、同じ授業を対面とオンラインで展開する例が出ている。しかし教員の負担が重く、大学の経費もかかるだけに定着は難しい。「やはり対面中心に」という揺り戻しもあるとみられる。その中で「かくあるべきだ」の教育論だけでなく、デジタル技術で取得されるデータを活用し、学修者である学生本位の教育改革が進むことが期待されそうだ。

■山本さんは、コメントとして次のように述べています。

オンライン授業で認められる単位数が増え、大学設置基準で定められている学生収容定員に対する専任教員数の縛りは緩くなる―。この大変化は近いうちに確実に起こる、と私はにらむ。実際に今回のオンライン授業導入で、某一流大学の理系教養科目では、同じ科目を担当する4人の教員の実力差(優れているのは1人だけ)が明らかになってしまった、という話を耳にした。オンラインならその1人の教員で十分となるだろう。研究力評価で四苦八苦するのは理系教員が中心だったが、教育力評価で授業をみるとなると、数多い私立大文系教員にも大事で、「十年一日のごとく」の授業は消え去るだろう。学生本位の教育のためには、好機であるのは間違いない。

■オンライン授業が当たり前になると、対面式授業に伴う物理的な縛りを緩くすることになります。論説委員の山本さんが言っているように、教員は今ほど必要なくなる…のです。教員は選ばれることになります。さらに言えば、人件費は縮小していくことにもなります。ただし、オンライ授業を受講するたくさんの学生たちに、毎週のように学生にレポートを提出させて、ひとつひとつにコメントを入れていくような丁寧な指導をしていると、教員は大変なことになっていきますね。学生から見れば、ライブでの講義は別にして、オンディマンドであれば自分の都合のつく時間に講義を受けることができる。学びたい授業が、例えば、水曜日の2限に重なっていても、オンディマンドであれば問題ないことになります。

■大学の授業は講義形式だけではありません。演習や実習はどうしていくのか。ケースバイケースでしょう。慣れてくれば、ゼミもオンラインでできないわけではないことがわかりました。今も実際にやっていますけどね。学生によっては、こちらの方が自由に発言できるという人もいるのです。演習室という狭い部屋で20人ほどの学生がいると、その場が生み出す雰囲気に緊張する人がおられるのです。この辺りが、難しいですね。

■私立大学の文化系学部だと、普通に真面目に勉強していれば、4年生になれば卒業するのに必要な残りの単位はゼミと卒論だけということになります。もっと関心のある授業を履修して勉強したらよいのに…という意見もあるでしょうが、就職活動もあるし、別のことに時間を取られます。いろいろ忙しいから、わざわざキャンパスに行かなくても、自宅でゼミを受講できれば交通費がかからないし、時間も有効に使えてありがたいという人も現れるでしょう。通学にも時間がかかりますからね。下宿をするとさらにお金もかかります。仮に図書館の書籍がオンラインで読むことができれば「さらによし…」ということになるのでしょうが、まだこの辺りはなかなか…のようです。こうやってみてくると、オンラインでやりにくいのは、実習ということになります。もっとも、実習の内容にもよりますね。地域社会と連携しながら進めるような実習などは、かなり困難かと思います。

■さてさて。こうなってくると、これまでの投稿でも書いてきたことにも重なりますが、学生にとっての大学という「場所」の意味や価値は、おそらく今とは違ってくるでしょう。揺らいでいくことになると思います。今は、急に環境が変化したことから、「友達と会えなくて寂しい」と学生さんたちは言うわけですが、コロナ禍が収束した後、仮にオンラインが一定程度カリキュラムの中で存在感を持つようになると、大学での友人関係も、今とは異なるものになってくるような予感がします。課外活動にも大きな影響を与えることになるでしょう。でも、それがいつになるのか…。よくわかりません。

■よくわからないのですが、さらにオンライン化が進んでいくことがあっても後退することはないような気がします。それを押し進めるのは、「学生本位の教育」という考え方です。大学側が学習する内容をカリキュラム、そして学科やコースという制度の中で決められる…のではなく、「学生が本気になって学びたいことがあり」、そのために学生自身が自らの意思で「学びを積み上げていく」、そのような方向に変わっていくことでしょう。新自由主義的な思想が浸透した社会を背景に、学びについても個人化が進んでいくことでしょう。誰に指図されるのでもなく、自分で選択し決定できるのです。

■ただし、「学生が本気になって学びたいことがあり」ということが前提になるように思います。学びたいことがあってもなくても、そのような前提で大学の学びやカリキュラムが再編成されていくと、今度は、何を学んでよいのかわからない人にとっては、「選択の圧力」という負荷がかかってくることになります。高大連携や初年次教育の中で、自分自身と、そして教員としっかり対話をして、「自分は何を学びたいのか」をはっきりさせなければなりません。以上のことは学部教育の話なのですが、オンライン化は、大学院に社会人院生として入学されてくる皆さんには都合が良いものになるでしょう。すでに専門職大学院等では、このようなオンラインが当たり前になっていると思います。龍谷大学大学院も積極的にオンライン授業に取り組むと良いのではないかと思いますが、はたしてどうなるでしょうね。

■もう一度の学部教育の話に戻りましょう。ここまで述べてきたようなことと同時に、おそらく大学の中での人と人とのつながり(友人関係、教員・学生の関係)は、身体を伴ったものではなく、オンライン上の人格(アバータのようなものか…)を通したつながりに比重を移していくことになるのでしょう。とはいえ、そのあたりのことが、まだよく見えません。友人と語り合い一緒に学ぶ、協働しながら学ぶ、そのような経験や教育上の意味も大学での学び全体の中で、これまでとは違う位置づけになってくる可能性があります。加えて、地域連携等の実習科目です。私は、「大津エンパワねっと」を含めて、地域連携に熱心に取り組んできました。オンライン化が進むからこそ、地域との連携をしっかり取り組まねばならないと思っています。

■問題は、その変化のスピードと、オンライン化を進めることによって生まれる、(その時になってみないとわからない…)負の部分です。オンライン化を進めたい方達の視野のなかは、このような負の部分は入ってこないでしょうね。負の部分ってなんでしょうね(古典的な社会学の用語で言えば、意図せざる結果、潜在的逆機能…ということになるでしょう)。前提になんらかの価値判断があるから負になるわけですが、どうすれば、そのような負の部分を緩和できるのでしょう。そのような負の部分を常に意識しながら、オンラインをカリキュラムの中に、どうやって「巧く」取り込んでいくのか、きちんと考える必要があるように思います。個人的には、オンライン授業がコロナの間の、対面式の授業が復活するまでの代替手段として捉えているとまずいことになると思っています。昨日も、ある会議でそのようなことを言ったのですが、反応はイマイチでしたね。

【追記】■中原淳さんのブログ。「あなたの組織には「元に戻しましょうオバケ」が出現していませんか?:「これからの大学」が必要とするオンライン戦略とは何か?」
・コロナ禍をきっかけに「大学の学びの革新」を行おうとする「オンライン戦略の欠如」
・まぁ、対面に戻れるんだから、ここはみんな平等に戻りましょうよという「悪しき平等主義」
・カリキュラムをいじるのは面倒くさいという「怠慢」

上田洋平さんと「心象絵図」

◼︎昨日の3年生のゼミでは、ゲストに「心象絵図」で知られる上田洋平さん(滋賀県立大学)をお迎えしました。もちろん、オンライン、Zoomを使ってです。上田さんにはご講演をいただき、その後、あらかじめ上田さんの論文を読んだ学生からの質疑に一人一人お答えいただきました。

絵画制作を通じた地域生活誌の創発 ―心象図法による実践とその展開―

■盛り上がりました。勉強になったなあ。論文にまだ書かれていないこと、この心象絵図に関してはまだまだたくさんあるので、ぜひ活字にしていただきたいなあと思っています。各地でこの「心象絵図」の取り組みが行われるたびに、様々な知見が生まれてくる、そんな感じですね。発案者の上田さんとは別に、「心象絵図」自体が命をもって動き始めている、そのような印象を持ちました。とても素敵なことだと思います。自分の頭の中にある、その思い通りになるのではなく、予想しなかったことが現場で起こる、現場で動き始める、これが大切だと思うんですよね。

■前にも投稿したかもしれませんが、和菓子の「叶匠寿庵」・「寿長生の郷」のスタップの皆さんと一緒に心象絵図を使ったむらづくりに取り組む予定になっています。今日のZoomのゼミには、スタッフの皆さんにもご参加いただきました。ありがとうございました。コロナ禍で、学生たちは外に出かけるわけにはいかないのですが、コロナが一定収束して、次のコロナの大波がやってくる前に、現地で活動できたらなあと思ってます。結構、大学のリスク管理の基準は厳しいものがあります…。

■上田さんからは、ゼミ生同士で「心象絵図」の五感アンケートをやってみたらというアドバイスがありました。実際にやってみたいと思います。上田さん、ありがとうございます。引き続き、ご指導ください。よろしくお願いいたします。個人的な研究との絡みでいうと、流域の心象絵図とか、内湖の心象絵図とか、いろいろやってみたいなあと思っています。時間かかるけどね。

初オンライン講義

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■龍谷大学は、今週からオンライン授業(ゼミ、講義、実習全て)を全面的に実施することになりました。今日は、いよいよ私自身のオンラインの講義の日でした。ただし、ライブで講義をせずに、PDFファイルと、講義録音を4つに分割した音源を、manabaというクラウド型の教育支援サービスにアップして受講してもらうことにしました。いわゆるオンディマンド方式ですね。もちろん、実際の時間割上の時間帯で受講していただいても全く問題ないのですが、オンディマンド方式であれば自分の都合のつきやすい時間帯に受講するというメリットもあります。学生の皆さんからの質問やその質問への回答等のやりとりは、manabaの中にある掲示板を通して行う予定です。そうやって、双方向性を確保するつもりです。

■そうそう、それぞれの教員が、どのようなスタイルで講義をしているのか、学内者限定のポータルサイトでアンケートが実施されていました。まだ、手探りの状況が続いているようです。とはいえ、サーバーがダウンするようなことは、今のところ起きていないようです。大変心配していたのですが、安心しました。いくつかの講義のスタイルがあるようですが、私のやり方はおそらく少数派だと思います。現在、manabaにアップできるファイルは10MBになっています。そのため大きなファイルはアップできません。もともとは、50MB程度はアップできたようなのですが、今回のコロナウイルス感染拡大に伴ってオンライン授業の数が増えたことから、上限が10MBに抑えられています。私の勤務する社会学部では、できるだけ画像はアップしないでほしいという要請があります。余計にいろいろ考えないといけません。

■そのようなことに加えて、受講する側の学生の皆さんのWi-Fi環境についての心配もあります。現在、大学の側が補助をしてサポートしつつあります。Wi-Fijやパソコンを3万円でレンタルしつつ補助金も3万円出すことから、うまくいけば実質無償でのレンタルということになっています。しかし、それでも、全ての学生のWi-Fi環境が改善されるのかどうか、よくわからないところがあります。Meetを使ってオンラインゼミを実施していますが、Wi-Fiの状況が不安定な学生さんたちが一定の割合でいることが経験上わかっていますので、やはりオンライン講義のスタート時点では、無理せずにやっていこうと判断しました。ということで、PDFと分割した音源でオンディマンドというやり方にしました。

■私のやり方は、私が若い頃の経験でいえば、旺文社のラジオ講座に近いものかもしれません。はたして、今の学生の皆さんはどのように受け止めてくださっているでしょうね。なんだか「微妙だな〜」などと思いつつ…のオンライン講義です。試行錯誤の連続です。そのうちに、manabaを使ってこの講義形式に関して感想等を求めてみようと思います。このやり方の技術的なことについては、農学部の石原健吾先生の真似させていただきました。石原先生に心より感謝致します。農学部では、この「石原式」の講義を採用されている方が複数おられるようです。たくさんの同僚の皆さんから色々教えていただきながら、なんとかオンライン講義を始めることができました。

■そうそう、大学が契約していないために推奨はされていないzoom、先ほどやっと「ブレイクアウトルーム」という機能を使えそうなレベルにまで到達しました。まあ、その程度のレベルなのです。トップの画像は、今日、講義を行った「地域社会論」の掲示板です。ここに、10MB以下の4つの音源のファイルをアップしています。

オンラインでゼミ、オンラインで吹奏楽部のミーティグ

■先週の金曜日のことになりますが、Meetで4回生のゼミを行うことができました。ひとりひとりに、①健康や食事の状況、②アルバイトができないなかでの経済状況、③大学のホームページやポータルサイトできちんと大学が発信する情報を確認しているか、④就職活動の状況、⑤卒論の取り組み…について確認をすると同時に話を聞かせてもらいました。今のところ、全員元気にしているようで一安心です。下宿生も、きちんと近くのスーパーで食材を買って自炊をしているようです。また、アルバイトもなくなっているようですが、これまで貯金をしてきているので、その貯金と仕送りとででなんとかなっているとのことでした。貯蓄をしっかりしているとは、驚きました。私が学生の時は、とてもそのような貯蓄などできませんでしたから。ただ、うちのゼミ生は経済的にまだ大丈夫のようですが、龍大に在籍されている学生全体のなかには大変厳しい経済状況にある方たちもおられるはずです。

■就職活動については、すでに内定が出ているゼミ生が数人いました。そのうちの1人は銀行から内定をもらったようです。すでに金融関係の資格の勉強も行なっているとのことでした。でも、多くのゼミ生は、オンラインの面談を突破した後、実際の面談を待っているという状況のようでした。採用する企業の側は、コロナ感染拡大が下火になるのを待って面談をするのでしょうかね。そのあたりは、よくわかりません。公務員志望や教職志望の学生もいます。採用試験は予定通り実施されるのか、心配です。就活については、私にできることは話を聞くくらいです。そして、学内の職員の方達とつないでいくことしかできません。頑張ってほしいと思います。これまでは、学生の側に有利な売り手市場だったけれど、コロナで就活の状況はどのように変化するのでしょうか。

■で、卒論なのですが、う〜ん、みんなもっと頑張ってね…という感じです。私のゼミでは、これまで全員がフィールドワークを行って卒論を執筆することになっています。自分自身の調査データに基づいた実証的研究を行うことがうちのゼミの特徴でもあるわけです。しかし、今年は、コロナの感染拡大があり、フィールドワークができるのかできないのか、そのあたりがよくわかりません。今の状況では、学外で活動をすることができないことが予想されます。そもそも、現状では禁止されています。ではいつ頃、学外で活動が認められるのか。そのあたりについても、大変不透明です。できないのであれば、指導の方針を変えないといけません。どこかで判断しなければなりません。

■昨日のことになりますが、夕方から龍大吹奏楽部の「オンライン集合」に呼んでいただいたので、部長として参加することにしました。吹奏楽部は人数が多いので、50数人の3つのグループにわかれて、zoomを使ってミーティングを行いました。コロナで大学には入構できないし、練習もできないわけですが、みなさん元気そうでなによりでした。練習できないけれど、ひとつのチームとして支え合っていくことは非常に大切なことかと思います。頑張って欲しいと思います。

オンライン授業のマナー?!

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■昨日はzoomを使ったオンライン授業を実施しました。実習系の授業、社会共生実習の「地域エンパワねっと」の授業です。社会共生実習は、社会学部の学生であればどの学科の学生でも履修できるのですが、この「地域エンパワねっと」の”弟分”でもある「多文化共生」(川中大輔先生担当)をテーマにしたプロジェクトとの合同授業でした。私たちの「地域エンパワねっと」は大津市、「多文化共生」のプロジェクトは京都市の東九条とフィールドは違いますが、ともに学生自身が「課題発見」を行い、その「課題解決」に取り組むことを特徴としています。「課題発見×課題解決」です。これからも、時々このような合同授業をしていく予定になっています。

■昨日の授業の前半では、昨年「地域エンパワねっと」を履修した先輩Iくんがプレゼンテーションをしてくれました。現在、Iくんは3回生ですが、昨年、2回生の時には「地域エンパワねっと」のIAとIBを履修していました。現在はIIAを履修中です。Iくんは、海外から来日し瀬田キャンパスに隣接する瀬田東学区にお住まいの家族の皆さん、特に子どもさんたちをどのようにサポートしていくのか…という課題に取り組みました。プレゼンテーションでは、「自分はどのようにしてこの課題を発見して、この課題解決のためにどのように取り組んできたのか…」ということを丁寧に説明してくれました。zoomでは自分がパソコンで作成した資料を画面を通して他の皆さんと共有できる仕組みがありますが、Iくんは、その機能を使って、自分で作成したパワーポイントのスライドを使って説明してくれたのです。同じ学生である先輩が語るからこそ、後輩の皆さんは実習に対するイメージをよりリアルに持つことができる部分があるように思います。

■授業の後半では、学生たちはグループに分かれて討論を行いました。zoomの「ブレイクアウトルーム」という機能を使うようです。「ようです」というのは、私がまだzoomをよく理解できていないからです。この日は、「地域エンパワねっと」担当の還暦ごえの2人の教員と、まだ30歳代の川中先生で指導しましたが、お若い川中先生が手慣れた感じでzoomを操作をして司会進行をしてくださいました。見習わなくちゃね。で、学生の皆さんのグループの討論に見学させていただきましたが(もちろん、zoomを通して)、皆さん、しっかりした自分の意見を述べておられました。感心しました。今後の展開が楽しみですね。このようなグループに分かれて討論…のようなグループワークができること、これはzoomの魅力ですね。他にも、あったら教えてもらいたいです。問題は、いつも気になっていますが、通信容量に制限のある学生でも使えるかどうかなのですが…。幸いなことに、「地域エンパワねっと」の学生たちは、自宅でパソコンを使って通信容量無制限でオンライン授業ができるようです。

■ところで、今日はオンライン授業の最初の方で、学生たちにこんなことを話しました。双方向のオンライン授業、テレビ会議、ビデオ通話の時のマナーみたいなことです。「テレビを眺めるようにではなく、笑顔でね(自分も見られているよ)。仲間が話をするときは、大きく頷きたりしてね」みたいな話をしました。これは、オンライン授業だけでなく、普通の対面式の授業でもやって欲しいのですが、それは贅沢というものですね。でも、オンライン講義では、人数が多いと相手の表情が読み取りにくいこともあり、この辺りを少し意識する必要があるように思います。もちろん、画面には学生さんたちだけでなく、白い髭の長い髪のおじいさん(私のことですが…)が写っているのですが、おじいさんなりに笑顔になっているかどうか、ちらりと表情をセルフモニターすることにもなります。zoomには反応という機能もありました。カメラをオフにして自分の顔が映らないようにしていても、「いいね!」や「拍手」みたいなサインを出すことができます。なかなか工夫されているわけですが、少し複雑な気持ちにもなります。もっと普通にコミュニケーションしたいよね…と思うわけです。そんなことを思っていると、このような記事が目につきました。いろいろ考えないといけない時代になったな〜と思います。自宅にいても、オンライン授業を受講するとき、お化粧をして、外に出かける時のおしゃれな服を着て…となるわけですね。教員だって、これまでスーツをバシッと来て講義をしていた人は、どうするのでしょうね。自宅でもスーツを着てやらないと気分が乗らないのかな。私の場合は、特別なことがない限り、授業も、学外の会合も、大津駅前のいつもの居酒屋「利やん」での呑みの場合も、ほとんど服装は変わらないので関係ありせませんが。

■話は全く変わりますが、先日、62回目の誕生日を迎えました。4月15日が誕生日です。wikipediaで「4月15日」を調べてみると、いろんな方が同じ誕生日です。レオナルド・ダ・ヴィンチとか。社会学者だと、フランスのエミール・デュルケームも4月15日生まれです。私が生まれる100年前。現代社会学の礎を築かれた社会学の巨人のお1人です。ああ、このことは、以前にも投稿したな…。まあ、62歳になるとこのような感じです。

■誕生日の午前中には、孫のひなちゃんがLINE電話で「おたんじょうび、おめでとー」とメッセージを伝えてくれました。ひなちゃんは、在宅勤務のおかあさんと自宅で過ごしています。ひなちゃんの最大の敵は「ひま」。保育園も感染を恐れて今は行かないようにして、自宅で過ごしています。保育園だと、いろいろお友達と一緒に楽しいことがいっぱいできるけれど、おうちだとちょっと物たらないのかもしれません。本当は孫に会いに行きたいのですが、コロナウイルス感染拡大の状況では、そうもいきません。コロナウイルスの感染拡大が長期化すると、孫も含めて家族や友人、親しい方達にも会うことができませんね。これは何か寂しいものがあります。その一方で、会議なんかだとオンライン上で特に問題を感じません。15日には、Google Hangouts Meet を使った70数名が参加する学部の会議にも参加しました。自宅からオンラインでの参加です。オンライン授業実施に向けての会議です。急遽開催されたこともあり、ちょっと時間にロスがありましたが、非常勤講師の先生方も参加することのできる会議でした。みんな心配ですものね。

■コロナウイルスの感染拡大で、仕事や生活の様々なところで、オンライン授業や会議も含めて様々な変化が生まれています。実際に身体を伴って「場」を共有すことで無意識のうちにしていたこと/できていたことが、オンライン化でしなくなっている/できなくなっているかもしれません。大切なことを失っているかもしれません。そのことが社会にじんわりとボクシングのボディーブローのように影響を与えるかもしれません。逆に、会議のように、これまで場所を決めて実際に「場」を共有しないとできないと考えていたことも、「なんだオンラインで十分だよ」と思えるようにもなりました。オンライン化で失うこと、オンライン化で十分なこと、コロナウイルスの騒動が収束した時、両者を峻別することが必要になってくるでしょうね。

12期生「大津エンパワねっと」報告会

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■日曜日、昼過ぎまでは地域連携型教育プログラム「大津エンパワねっと」の後期報告会が開催されました。カリキュラム改革により、現在、「大津エンパワねっと」は「社会共生実習」というプログラムの中で、ひとつのプロジェクトとして位置付けられています。当日のことは、社会学部のホームページのニュースとしてアップされる予定です。また、リンクをアップしようと思います。ということで、この投稿では、「大津エンパワねっと」が「社会共生実習」というプログラムの中で、どのような位置付けにあるのか…、そのことについて述べておこうと思います。

■「社会共生実習」は、広い意味でのアクティブラーニングだと思います。アクティブラーニングとは、次のように説明されています。「学習者である生徒が受動的となってしまう授業を行うのではなく、能動的に学ぶことができるような授業を行う学習方法です。 生徒が能動的に学ぶことによって認知的、倫理的、社会的能力、教養、知識、経験を含めた汎用的能力の育成を図る」(2012年8月中央教育審議会答申)。大変、広い概念です。この中には、サービスラーニング、CBL(Community-Based Learning)、PBL(Problem Based Learning)といった概念も含まれると思います。ただ、これらの概念相互の関係について詳しい方にお聞きしてみましたが、誰もが納得する形できちんと整理されているわけではない…とのことでした。ということで、とりあえず「社会共生実習」を広い意味でのアクティブラーニングとして、まずは位置付けておこうと思います。

■その上で、「社会共生実習」で取り組まれている複数のプロジェクトを2つの軸で構成される4つの象限に位置付けてみようと思います。ひとつの軸は「課題設定–課題発見」です。意味するところは、担当する教員が、取り組むべき課題を履修する学生たちにあらかじめ設定して提示しているか、それとも履修する学生自身がフィールドの中から課題を発見していくのか、どちらに重点があるのかということです。もうひとつの軸は「課題解決–調査・学習」です。学生は、課題解決まで視野に入れて活動するのか、それともあくまで地域課題を調査、あるいは学習することに重点があるのかということです。さて、このような整理は、あくまで私の個人的な考えに基づくもので、社会学部の公式見解ではありません。はっきり言ってしまえば、そのような段階までまだ議論が深まっていないというのが実情です。というのも、このようなアクティブラーニングに全て教員が関心があるわけではありませんし、取り組みの姿勢や熱量?!についても違いがあります。さらに前に向いて進むにしても、時間がかかります。私の場合は、定年まであと7年なので、時間切れになってしまう可能性がありますが、仕方ありませんね。

■さて、そのようなことはともかく、「課題設定–課題発見」と「課題解決–調査・学習」の軸で構成される4つの象限に、現在、「社会共生実習」の中で取り組まれているプロジェクトがどこに位置つけられるのか、この実習の関係者に参考意見を聞きつつ整理してみました。もっとも、あくまで、私個人の立場からみたものです。ですから、それぞれの担当教員から見ると、もっと別の位置付けがあるかもしれませんし、私の理解は間違っているとの指摘があるかもしれません。まあ、そのようなことを前置きにして、あえて整理してみると、結果として、「大津エンパワねっと」の特徴が浮かび上がってきます。「大津エンパワねっと」は、12年前の最初から一貫して「問題発見×問題解決」を目指すプロジェクトであるということです。

■もちろん、大まかな方向付けは学生や地域の皆さんとの相談の中で行いますが、具体的な「課題発見」は、学生が地域の皆さんからお話を伺い、質問や協議を行い、具体的に提案をすること、学生と地域の皆さんとのコミュニケーションの中から、内発的に浮かび上がっていきます。もちろん、浮かび上がるように、いろいろ教員の側もサジェスチョンやヒントを学生に与えます。でも、課題を絞り込むのは、地域の皆さんとコミュニケーションの中でということになります。そのあたりの学生の指導のあり方も、なかなか難しいものがあります。 

■毎年発行している「大津エンパワねっと」の報告書の表紙には、次のように書かれています。「学生力と地域力を相互に高めあう教育実践」。私は、この「相互に高めあう」というところが非常に重要かと思っています。学生と地域の皆さんが協働しながら課題を発見していくこと、その課題を解決していく取り組みの中で、小さな成功体験を積み重ねて「やればできるよね」という有効性感覚を実感できるようになること…そのことが大切なのではないかと思うのです。もっと簡単にいえば、学生と地域の皆さんが、知恵と汗を出し合いながら、お互いに「なるほどな〜」「そういうことなのか〜」「おもしろいやん」「もっと、よくしようや」といったコミュニケーションが持続していくことなのかなと思います。
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【追記】後日の投稿に改めて書こうと思います。今回は、備忘録。
・学生のプレゼンテーションを媒介に、地域の皆さんたちがいろいろ議論をされていることを、もっと活かしていくことができないか。
・このような「大津エンパワねっと」と大学との授業とのつながり。授業で学んだ理論や概念が、自分が地域の皆さんと格闘している地域の現実のなかに見え隠れしていること。例えば、人口減少社会、少子高齢化、外国人労働者、グローバリゼーション、個人化、液状社会…、そのような概念と自分の身体を媒介として感じ取ったリアリティとの関係。どのようなカリキュラムが必要か。

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