岩城里江子さんのライブ
■おともだちのアコーディオン奏者・岩城里江子さんが、東京で2枚目のCD「水脈」を販売されました。そのことを記念して東京のあちこちでライブがおこなわれました。その最後のライブが3月30日、東京都文京区本郷にある「求道会館」で開催される…とのお知らせを岩城さんご本人からfacebookでいただき、いってみることにしました。リフレッシュもかねて1泊2日のプチ東京旅行をしてみることにしたのです。小学校のころ、頑張って絵を書いたら、先生から「たいへん良くできました」という判子を、絵の裏側に押してもらいました。今回は自分で自分に「たいへんよく働きました」という判子を押したというわけです。ご褒美です。
■岩城さんとの出会いやご紹介については、以前のエントリーをご覧いただくとして、今回は、当日のライブの様子と、ライブの会場となった「求道会館」のご紹介をしておきましょう。
■突然ですが、岩城さんはちょっと「巫女系」です。亡くなった方たちや、あるいは自然の中にある霊的な存在と、それとはなくコミュニケートされています。まあ、アーティストの直感やイメージといってしまえばそれまでですが、岩城さんは何か直感的にピンとくるものを感じて(鬼太郎の妖怪アンテナ…のイメージ)、それをアコーディオンという楽器を使い「音」を通して形にしていきます(私には、そう思える…)。彼岸と此岸のあいだを、人間と自然とのあいだを、「音」でつないでいる…、そういう意味で、ちょっと「巫女系」です。
■今回は、ライブ中のMC(曲と曲のあいだのおしゃべり)で、こんなお話しもうかがいました。あるライブで、お客さんから「亡くなった父がアコーディオンを弾いていた。そのアコーディオンが自宅にあるのでもらって欲しい」と申し出があったのだそうです。喜んで受け取られたのですが、演奏してみると、中で人がしゃべっているように聞こえてくる。「きっと亡くなったお父さんが何かを伝えたいのだ…」。岩城さんは、そのように感じます。おもしろい。もっとも、そのアコーディオンは、ライブの開催前に、本格的に壊れてしまいました。そうすると、「お父さんは、気持ちを伝え終えたのだ…」と、「巫女系」の岩城さんはそのように感じるのです。しかも、ニコニコと笑顔でお話しをされます。
■「巫女系」の話しばかり…。ちゃんとライブのことについても書きます。岩城さんのライブを聞かせてもらったのは、じつは今回が初めてです。これまで、何度も彼女のアコーディオンを聞いているはずなのですが、いずれもその場にたまたま楽器があって弾いてくださった…という感じでした。今回は改めて、アコーディオンはものすごく幅広い表現力をもった楽器なのだということを実感させてもらいました。単音でメロディを奏でる独奏楽器であるとともに、歌や他の楽器の伴奏をすることもできます。教会のパイプオルガンのように崇高かつ重厚に演奏もできるし、フランスのミュゼットのような音楽を軽やかに奏でることもできます。さらには、あたかも自然が生み出す神秘的な響きのような音も奏でることができます。そもそも何が不思議って、アコーディオンは生き物のように息をします。生き物のようです。左手でアコーディオンの「ふいご」を使って空気を送り込んでいる…わけなのですが、特に近くで聞くと、まるで息をしているかのように聞こえます。ほんとうです。これも私の個人的な主観にしかすぎませんが、アコーディオンって、宮崎駿のアニメに登場する機械たちのようで、なにか生き物っぽいんです。
■ライブは、途中、南米のタンゴっぽい曲の演奏もありましたが、基本的にはCDの曲の順番に進みました(2曲目の「マクラノキオク」も、死者に関する記憶のことをイメージして作曲されたんじゃなかったかな…また「巫女系」)。
1. 水脈 origin
2. マクラノキオク
3. あの島へ
4. 虹の生まれる谷
5. 風の子ども
6. カフェアンヌ
7. 月からの手紙
8. 祈り
9. なないろのヒカリ
10. 水脈 continued
■右上の絵。アコーディオンを描いたものです。ライブ会場に飾られていました。今回のCD「水脈」に相応しい色彩と雰囲気です。この絵が、CDのデザインにも使われています。CDを拝見したときには、月光を受けてキラキラ光っている川面…のようにイメージが頭に浮かびましたが、アコーディオンだったのです。とっても水っぽいアコーディオン。
■今回は、CD「水脈」を製作するさいピアノで参加した若井優也さんとのライブでした。私に見識がないだけかもしれませんが、ピアノとアコーディオン…こんな組み合わせはあまり聞いたことがありません。ところが、基本的に、若井さんのピアノは、月夜の晩に、蓮の葉の上をころころと転がりながら月光を映しとる水滴のような音で(わかりますか…)、岩城さんのアコーディオンの演奏を優しく、しかも美しく繊細に受け止めるのです。そうかと思えば、時として、それが逆転するときもあります。そのやり取りが、聞いていても(視ていても…)はっきり伝わってくるのです。実際のCDでは、さらにギターやコラというアフリカの民族楽器のハープの演奏家と共演しています。ライブ会場で、この「水脈」を購入させていただきました。愛聴させていただこうと思います。
■ここで、「求道会館」についても、紹介をしておこうと思います。「求道会館」は、真宗・大谷派の道場・集会所なのですが、ちゃんと公式サイトがあります。そのなかの説明を引用してみましょう。
近角常観(ちかずみじょうかん)は明治3年滋賀県に生まれた浄土真宗大谷派の僧侶で、親鸞聖人の信仰を伝える歎異抄を原点に据え、悩み煩悶する人間が絶対他力によって救済されることを自らの入信体験を基に繰返し説き、 仏教界のみならず幅広く同時代の知識人に大きな影響を与えた。 近角は若き日の欧州留学の体験をふまえ、青年学生と起居を共にして自らの信仰体験を語り継ぐ場として求道学舎を本郷のこの地に開き、明治35年から昭和16年に没するまでその経営に心血を注いだ。 また、広く公衆に向けて信仰を説く場として、大正 4年にこの求道会館を建立。 その壇上から有縁のものへ語りかけると共に、広く社会に対して仏教の有るべき姿を訴えた。その主張は政教分離の立場から国家による宗教管理とともに教団の政治参画にも強く反対し、宗教界の自立性の喪失に警鐘を鳴らし近代仏教の確立に大きく貢献した。
■トップの写真は、この「求道会館」に入ったところから写したものです。ここは真宗の道場であるわけですが、ヨーロッパに留学した近角が、ヨーロッパにおけるキリスト教と教会のあり方に学んだ様子が伺えます(真宗の信仰の原理である「絶対他力」の思想は、一神教であるキリスト教、特にプロテスタンと似ているところがあります)。設計は、京都大学工学部建築科の創始者である武田五一です。キリスト教建築物の影響が強いわけですが、入って正面に置かれているのは「六角堂」の逗子です。なかには、阿弥陀如来が祀られています。伝承では、真宗の宗祖である親鸞上人は、若き日、京都の六角堂に籠もり、有名な「救世観音の夢告」を経験します。そのことにちなんでいるのだという話しです。その六角堂の逗子の背後、壁面には光の輪が描かれているように思えます。
■「求道会館」には2階があり、そこにはステンドグラスで飾られた窓があります。西向きです。これはまったくの素人である私の想像ですが、その窓から、晴れた日には夕日が差し込んでこの六角堂の逗子、そして逗子のなかの阿弥陀如来を明るく照らすのではないのだろうか…そのように思っています(勝ってな想像なのですが)。阿弥陀如来を主とする極楽を「西方浄土」と呼びます。人間界からみて西の方角に十万億の仏土を隔てた所にあると信じられてきました。その西方の浄土からの光が、逗子のなかに祀られている阿弥陀如来を明るく照らすのです。CD「水脈」の製作にあたって録音・ミキシング・マスターリングを担当された、これまたおともだちの新島誠さんが、ご自身のfacebookの投稿に以下のように書かれていました。
雨風が強くなった午後に訪れましたが、コンサートが進むと雨はやみ、ステンドグラスから射し込んだ光がアーティストの背後でキラキラと、水面のごとく揺れておりました。岩城里江子さんの新譜「水脈」発売記念ライブに相応しい舞台でした。
■素敵なライブでした。
小澤征爾
■先日、NHK-Eテレで、小沢征爾さんの指揮をひさしぶりに拝見しました。今年の1月17日に行われた水戸室内管弦楽団の第89回定期演奏会です。小澤さんが指揮したのは、ベートーベンの交響曲4番。大病されていたので、水戸では2年ぶりの指揮なのだそうです。ちなみに小澤さんは、この水戸室内管弦楽団の音楽顧問・指揮者。団員も様々な国籍の、世界で活躍している演奏家の皆さん。小澤さんの指揮に対する団員の皆さんのものすごい集中力のようなものが伝わってきました。小澤さんの指揮を、すべて味わいつくそうとしている…って感じかな。楽しませていただきました。小澤さんは、楽章のあいだに椅子にすわって休憩されていましたが、ずいぶん回復されているようにも思えました。
■ということで、CDを注文しました。「『小澤征爾さんと、音楽について話をする』で聞いたクラシック」というCDです。以前、作家の村上春樹さんが小澤征爾さんが小澤征爾さんに行ったロングインタビューが、『小澤征爾さんと、音楽について話をする』という本になり出版されました。大変深い内容だったのですが(小澤征爾にとってのカラヤンの存在とか…)、その本に出てきた曲が、CDにおさめられているようです。少し前にすでに発売になっていたようですが、そのことを私は知りませんでした。偶然にみつけたのです。
■すでにamazonに注文してありますが、たぶん大学の方に届いているのではないかな…。明日から中国に出張ですらか、帰国して、体を休めながらゆっくり聞いてみたいと思います。もちろん、ロングインタビューも再読ですね。
花は咲く/花は咲くプロジェクト(Cover) Goosehouse
■一昨日の晩、学部の懇親会が開かれ、同僚の教員のピアノやトランペットとともに、余興でバイオリンを弾きました。そのときの曲のひとつが、「花は咲く」。この曲は、NHKが展開した東北復興支援キャンペーの歌です。
■作詞をした岩井俊二さんのこの歌について、次のように解説されています。
被災した石巻の先輩が語ってくれた言葉を思い出しました。「僕らが聞ける話というのは生き残った人間たちの話で、死んで行った人間たちの体験は聞くことができない」生き残った人たちですら、亡くなった人たちの苦しみや無念は想像するしかないのだと。
■死んで行った方達、すなわち絶対的な他者とは通常のコミュニケーションはできません。亡くなられた方たちのメッセージを代弁することもできません。また、するべきでもありません。ひとつには、死者を自己の主張の正当化のために利用してしまうことになるからです。死者に関する安易な語りは、すぐに政治的な言説に転化してしまう…。岩井さんは、想像するしかない…と語っておられますが、死者のことを想い続けると言い換えることもできるでしょう。きちんと想い続けること…これはとても辛い、大変なことでもあります(なぜ、あの人は亡くなってしまったのか、なぜ、自分はこうやって生き残っているのか、自分は被災者の人たちとどういう関係を取り結ぶのか…)。しかし岩井さんは、同時に、そういう辛い大変なことのなかに、希望も見いだそうとします。
そんなtwitterの中に片想いの人を探して欲しいという女の子の声がありました。片想いであるが故に自分が探していることは知られたくないというかわいい注文つきでした。こんな最中にも恋があったりするのかと、それが何とも微笑ましく、思えばかの地は僕自身が初恋なるものを育んだ聖地であり、そんな聖地に今もしっかり若者たちが恋を育んだりしているんだなあと思ったら、まだ震災から一週間ぐらいのことではありましたが、瓦礫だらけになったこの場所にもちゃんと花が咲いてるじゃないかと思えました。
■岩井さんが作詞した歌詞には、誰もが共通の理解に至る意味の着地点がありません(と、私には思えます)。人びとの心を「宙ぶらりん状態」にしたままにします。ですから、この歌を歌う人たちは、その人ごとに歌詞の意味をとらえようとします。そのことが、この歌の魅力でもあります。そして、死者のことを想いつづけながら、日々の暮らしのなかで生きることの実践を紡ぎだしていく。死者とともに未来を生きようとすることを促しているように思うのです。現代社会は、「死者を想いながら生きること」を人びとに「させないよう」に機能してきたがゆえに、この歌がもっている不思議な力を感じてしまうのです。
■トップの動画は、Goose house(グース ハウス)という音楽ユニットの皆さんによる「花は咲く」です。
「水脈」のカフェ杏奴
■おともだちのアコーディオニスト・岩城里江子さんが、オリジナル2枚目のCDを発売されます。『水脈』です。岩城さんのことを少しご紹介しておきましょう。以下は彼女の公式サイトのなかのプロフィールです。
情報誌出版社勤務、ミニコミ誌主宰などを経て、
1998年、テレビの子ども番組で偶然見かけたアコーディオンを衝動的に弾き始める。
現在、ソロと平行して、おはなし、コラ、ギター他とのユニットを中心に活動。
他にも、美術、人形劇、ダンス、舞踏、映像など 共演のジャンルは固定せず、
場や人と響きあう、物語性のあるアコーディオンを得意とする。
オリジナル曲は、日々の暮らしから浮かぶ原風景、心象をスケッチするようにつくる。
2014年2月、二枚目のアルバム「水脈」リリース。
■直接お聞きしたこともありますが、本当に衝撃を受けて「弾かなくちゃ」と始められたのです。岩城さんって、そういう方だと思います…(^^;;。さて、岩城さんとは、東京在住の写真家・masaさんのブログ、「Kai-Wai散策」を通してひろがった交流の輪のなかで、お出会いさせていただきました。彼女との共通のキーワードは、「団地」です。詳しくは、現在「塩漬け状態」になっている別のブログの記事をご覧ください。
「阿佐ヶ谷テラスハウスの出来事(その3)-iwakiさんのアコーディオン」
「第五回アースダイビング 善福寺川と阿佐ヶ谷住宅地の50年を探る。(その3)-阿佐ヶ谷住宅-」
■で、カフェ杏奴…です。こちらのカフェは、現在、栃木県の足利市にありますが、以前は、東京の下落合で営業されていました。このカフェも、masaさんのブログを通して知ることになりました。何度か実際に足も運びました。とっても素敵なママさんがお出迎えしてくださいました。ブログ仲間の皆さんとも、このカフェで交流させていただきました(オフ会というやつですね)。「カフェ・杏奴」が足利市に移転されてから、ママさんとはfacebookで交流しています。彼女による「カフェ・杏奴」の投稿は一般公開されているので、その記事を引用しますね。岩城さんの「水脈」に関する投稿です。
おはようございます。
今日は杏奴にとって、いいね の話。
2000年に東京都新宿区下落合でCafeを開店して13年
様々なお客様がいらっしゃいました。
お店をやっていなければ、お会いすることはなかった人々。
その中で知り合った、アコーディオニスト岩城里江子さん。
赤坂のライブハウスで初めて見た時の、アコーディオンを弾きながらの笑顔が忘れられません。
あんな素晴らしい笑顔で演奏している人、見たことなかった。
fbの写真を見て下さい。こっちまでにっこりしてしまいます。
そんな彼女の二枚目のオリジナルCD『水脈』の中に、なんと「カフェアンヌ」という曲が入っているのです。
こんな事ってあるかしら、天からの贈りものとしか思えません。
喫茶店冥利に尽きます。
足利Cafe杏奴で、里江子さんの「カフェアンヌ」が聴けるなんて夢のようです。
アコーディオンの音色は、人肌のような優しい温もりがあります。
皆様も是非一度、聴いてみてください。
■いや~、素敵な話しですね~。こうやってブログを通じて、いろんな方たちとリアルな関係がもてるっというのは、本当に幸せなことです。私も早く、「カフェ・アンヌ」も含めて岩城さんのCDを聞いてみたいですね~。3月中旬頃から、amazonでの取り扱いが始まります。
【追記】■岩城さんの1枚目のCDは、「O-KA-E-RI」です。私は、このCDのなかの「ファーブルの見た空」という曲が大好きです。
■YouTubeにも動画がアップされていました。この曲は、CDののなかのタイトルでは「旅するメコン」です。
西宮北口、「春の唄」、そして「涼宮ハルヒ」。
■昨日は、前回のエントリーにも書きましたように、後輩である坂本勝くんの「絃楽器工房MASARU」を訪ねました。写真は、坂本くんの工房から見える阪急の西宮車庫です。工房は、阪急・西宮北口駅の近くにあるACTA西宮にあることから、このような景色を眺めることができます。もちろん、このような景色をみて「萌える」のは、鉄道好きだけですけどね。
■ところで、阪神淡路大震災前のことになりますが、現在、坂本くんの工房がはいっているACTA西宮の場所には、市場がありました。本市場と復興市場というらしいのですが、古い市場が2つありました。はっきりは記憶していませんが…。当時は、この西宮北口を経由して大学に通学していたので、所属していた学生オーケストラ(関西学院交響楽団)の練習が終わったあと、市場のなかにある「お好み焼屋」によく出かけました。このエントリーに登場している連中とは、よく出かけました。当時、酒といえば、瓶ビールと燗酒しかありませんでした。みんなお金がないので、途中で「おばちゃん、いま、お勘定はなんぼぐらいになってますか?」と手持ちの資金を気にしながら、「よし、まだいける」と、焼きそばやお好み焼きをアテに呑んでいました。
■記憶にかすかに残っているこの市場のことが気になり。少し調べてみました。民俗学の森栗茂一さんのブログ「森栗茂一のコミュニティ・コミュニケーション」に「春の唄と阪急西宮北口駅商店街」というエントリーがありました。学生の皆さんは、「春の唄」といってもよくわかりませんね。戦前の歌ですから。私自身は、テレビの懐メロ番組によく登場していたので、小さい頃から耳にしていましたから、歌詞はおぼえていませんが、メロディはなんとかわかっています。それはともかく、森栗さんのブログによると、この「春の唄」の歌詞に登場する市場は、西宮北口の市場だというのです。そうか~知りませんでしたね。
■それから、もうひとつ。これは最近の話題です。最近すぎて、私にはついていけていなかった…のです。といっても、10年前ぐいかな…。ライトノベルとよばれる文学のジャンルがありますが、そのライトノベルで人気の「涼宮ハルヒ」シリーズ(作・谷川流)に登場する街のモデルが西宮なのだそうです。このシリーズ、読んだことは一度もありませんが、この小説のなかには「北口駅」が登場します。西宮北口駅がモデルなのだそうです。この「涼宮ハルヒ」シリーズは、アニメにもなっているそうですね。ネットで調べてみると、いわゆる「聖地巡礼」されているファンの皆さんのレポートがたくさんありました。
■「春の唄」は国民歌謡、「涼宮ハルヒ」は人気ライトノベル。こういった、それぞれの時代のサブカルチャーと地域社会との関係。最近、関心をもつ学生が少しずつ増えて相談にきます。自分の身近な趣味的な関心の向こう側に、社会的な現象や課題があることに気がついてくれているのでしょう。このあたりのことも、どう指導していくのか、自分自身のためにも、もう少し勉強しなくてはいけませんね…。
【追記1】■まち歩き・散歩と文学に関しては、「東京紅團」というサイトがあります。
【追記2】■森栗さんのブログのエントリーに登場した「春の唄」>市場が登場するのは2番。歌詞は、以下の通りです。坂本くんの工房のはいっているアクタ東館と、その向いの西館のあいだに広場がありますが、そこにこの「春の唄」の記念のプレートがあるとの情報をつかみました。こんど坂本くんの工房にいくときに、確認してみます。
ラララ青い野菜も 市場について
春が来た来た 村から町へ
朝の買物 あの新妻の
かごにあふれた 春の色
■「春の唄」の作詞・は喜志邦三、作曲は 内田元。森栗さんの解説によれば、2人とも東京の出身ですが、西宮北口に住んでいました。喜志は近くにある神戸女学院の教授(現在では、西宮北口のひとつ北にある門戸厄神が最寄りの駅)、内田も新天地を求めて関西に移ってきたのだといいます。阪急沿線の西宮北口に住居を求めたわけですね。「春の唄」は昭和12年(1937年)ですが、駅の開業により農村地帯が住宅開発が始まっていたのでしょうね。wikipediaの「西宮北口駅」では、こう解説されています。
開業時、駅は西宮町(1925年に市制施行で西宮市となる)の市街地から大きく離れ、武庫郡瓦木村(1942年に同市へ編入)に属する農村地帯に存在したが、当初より「瓦木」ではなく「西宮北口」を名乗った。
■もう少し、このあたりの歴史を知りたくなりました。西宮市史等、少し読んで調べてみようかなと思います。
ロジャー・ノリントン
■昨晩、このブログを更新したり本を読んでいたりしていると、隣のリビングからベートーベンの「運命」(交響曲第5番)が聞こえてきました。ちょっとびっくりしてリビングにいってみました。NHK交響楽団の演奏会で、指揮者はロジャー・ノリントン。イギリスの指揮者でした。なぜびっくりしたかというと、やたらにテンポが速く、独特の表現をしていたからです。
■私は学生時代に、オーケストラに所属していました。学生オケの演奏会では、しばしばベートーベンのシンフォニーを演奏するのですが、この「運命」についても何度も何度も演奏してきたので、「体にしみついている曲」になっているのです。また、さまざまな指揮者の演奏もLPレコードで聞きました(当時は、CDではなく、まだLPレコードが全盛時代でした)。「耳にしみこんでいる曲」でもあるのです。しかし、リビングから聞こえてきたロジャー・ノリントンの「運命」は、「『運命』ってこんなシンフォニーだよね」という鑑賞の幅、言い換えれば「閾値」を超える演奏でした。
■ノリントンの演奏は、非常に速いテンポとノン・ヴィブラート奏法にその特徴があるようです。そこから生まれる響きを、ノリントンは「ピュア・トーン」と呼んでいます。それに、通常のオケと楽器の配置もかなり違います。調べてみると、ノリントンは、絶賛と批判が両極端にわかれる指揮者なのですね。昨晩、放送されたNHK交響楽団の「運命」も、速すぎてオケ、特に弦楽器がテンポについていけないときもあったように思います。しかし、この速いテンポと独特の表現が、曲の骨格をクリアに浮かび上がらせているようにも思いました。私は、嫌いじゃありませんね、こういうの!
■ネットでみつけたノリントンに関する記事(音楽ジャーナリスト・毬沙琳(まるしゃ・りん)さんの記事)です。なるほどな…と思いました。
ノリントンは単にヴィブラートの有無にこだわっているのではない。根本にあるのは、スコアを丹念に読み解く中でテンポのあり方、アーテキュレーション(音と音のつなげ方、切り方)やアクセントの強弱など、音楽学者的なアプローチを独自に行っていることだ。作曲家が求めていた音に近づきたいという真摯な音楽への向き合い方だとも言える。
これまでの巨匠指揮者たちが不真面目だったというのでは全くない。多くの演奏家はスコアから読み取った解釈を、自由なイマジネーションによって表現しようとする。私たちは演奏家の数だけ音楽の違いを楽しむことが出来るし、芸術は自由な人間の賜物であるから正解などどこにも存在しない。だからこそ、作曲家の意図を遥かに超えた作品の魅力を引き出すことも可能なのだ。
しかしベートーヴェンの作品がこの世に生まれて200年と考えると、この10数年で作曲家が生きていた当時の響きを現代の楽器で再現しようという潮流が盛んになってきたことには重要な意味があると言える。作品が素晴らしいものであれば尚更、様々なアプローチで表現方法を改革することは、さらなる魅力の発見にも繋がるのだ。
ノリントンで聴くN響のベートーヴェンからは、このオーケストラの持つ音の美しさが際立ち、作品の構造が音の透明感によって強調される。同じアンダンテでも「歩く早さで」という解釈には様々な感性が作用するが、ノリントンの場合は明解だ。「ベートーヴェンがメトロノームを用いた最初の作曲家であり、メトロノーム記号はスコアの一部だ」と確信している。(「音楽の友」で連載中の「ノリントン先生のベートーヴェン講座」をお読み頂ければ、マエストロの音楽解釈が手に取るように伝わってくる)
■ということで、とっても気になったものですから、ノリントンの別のベートーベンも聴いてみたくなり、さきほどiTuneでダウンロードしてみました。それが、トップの画像です。ところで、ノリントンの演奏の前提になっている考え方、社会科学の古典とよばれる作品を読むばあいと、どこかで共通するところがあるように思いました。ある学説や理論を、現在の「いま・ここ」に生きる私たちの文脈から解釈するのではなく、それらが生成されてくる時代状況のなかにしっかりと位置づけながら、もっといえば、それらは何を思想的ないしは理論的な敵手としながら生み出されてきたのか、そのあたりまでをも含めて解釈していく…、そういうことでしょうか。
■以下の動画は、ノリントンの「運命」です。
■ユーモア、ウイット、悪戯…。
ロジャー・ノリントンへのインタビュー
龍谷大学吹奏楽部 第40回定期演奏会
■来月は、もう師走。師走といえば、私のなかでは「龍谷大学吹奏楽部」の定期演奏会です。ネットを通して申し込みました。毎年、家族と一緒にこの定期演奏会を楽しんでいます。
■以下は、ネットに掲載されている案内です。
【日時】2013年12月21日(土)
開演18:30(開場17:30)
【会場】
滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール 大ホール
【入場料】
▼A席:1,200円
▼B席:1,000円
▼C席:800円
▼車椅子席:1,000円(同伴の方は一名のみ1,000円。その他の方は料金区分でチケットをご購入して頂きます。)
▼親子室:保護者1,000円(未就学のお子様のみ無料。)
▼未就学のお子様、龍大学生・職員:無料(要チケット)
※龍大学生・職員の方は、”B席”のみのご案内となっております。(A席、C席をご希望の方は、通信欄にご記入ください。)
※当日券はすべて1,200円となります。
※全席指定(お申し込みの際に、特定の座席の選択はできませんのでご了承ください。)チケットのお申し込みは当部HPトップページ右側のチケット販売のページまたは下記のリンクページより受け付けております。
→定期演奏会▼一般のお客様専用
→定期演奏会▼龍大生・龍大職員専用
ご来場をお待ちしております!
関西学院OB交響楽団のこと
■11月4日(月)の振り替え休日の日、「関西学院OB交響楽団演奏会」にいってきました。この演奏会は、関西学院大学交響楽団創部100周年記念であり、OBオーケストラ結成10周年記念でもあります。会場の西宮北口にある兵庫県立芸術文化センターも、今回初めて行きましたが、立派なホールですね。
■エルガー「威風堂々第1番」、リスト「前奏曲」、ベートーヴェン「交響曲第5番運命」、チャイコフスキー「交響曲第5番」とプログラムは進みました。一般的なクラシックのコンサートであれば、ありえないプログラムです。しかし、多数のOBOGが出演可能にするためには、このようなコテコテのプログラムでも曲数を増やす必要があったのだと思います。もちろん、会場にいるのは、ほんとんどそOBOGやその関係者ですから、文句が出ることもありません。
■さて、私の主観ではありますが、後になればなるほど、演奏のレベルと質が高まったように思いました。「威風堂々第1番」と「前奏曲」、練習の回数も限られているので仕方がないですね…という感じがしました。特に、「運命」の1〜3楽章のあたりまでは、その思いが強かったな。特に、弦楽器については…。しかし、しだいに尻上がりに調子を上げていきました。
■休憩をはさんで、チャイコフスキーの5番。いや〜、びっくりしました! 指揮者の田中一嘉さんの存在も大きかったとは思いますが、関学らしい迫力のある素敵な熱演になりました。すごく良かった!! 卒業してからも楽器の演奏を続けて市民オケでバリバリ演奏している人もいれば、たまにしか演奏しない人、このOBオーケストラにあわせて楽器を再開した人…それぞれの力量は様々。おそらはく、チャイコフスキーの5番(チャイ5)に演奏レベルの高い人たちが集中していたのでしょう。あるいは、限られた練習のなかでも、比較的、この曲にかける時間が多かったとか…。それでも、みんなで力を合わせて演奏会を成功させようというのは、素敵なことだと思います。この前卒業した若いOBから、その祖父母世代にあたる高齢者のOBまで、これだけの人が集まって演奏会ができるのって…感動しましたよ。
■演奏会のあとは、ロビーで30数年ぶりに、現役時代に一緒に演奏した先輩方にもお会いできました。女性の先輩が、私の名前を覚えてくださっていたのが、とっても嬉しかったりしてね…(^^;;。そのあとは、近い学年の皆さんと集まって呑み会。12人ぐらい集まったかな。これも、楽しかった。話題がつきなかったのです。ああ、また楽器が弾きたくなってきますね〜。そんな余裕はないのですが…。
■このようなすごい演奏会を企画して実現させたOB会の幹事の皆さんには、心から深く感謝したいと思います。まだ、少し余韻にひたっているところがあります。
【追記】■子どもの頃から、バイオリンを半ば強制的に習わされました。両親の青春時代は、戦時中と戦後の混乱の時期であり、「文化」に対するあこがれが大変強かったのだと思います。自分たちは、クラシック音楽に関する関心はあまりなかったのですが、「お稽古事」として子どもにバイオリンを習わせたのですね。いやいやバイオリンをやっていたのですが、大学入学後、学生オーケストラである関西学院交響楽団に入ってからは、真面目にといいますか、一生懸命、音楽に取り組みました。懐かしい思い出です。大学卒業後、私は大学院に進学しましたが、エキストラとして演奏させていただきました。しかし、結婚をして、子供が生まれる頃には楽器を弾くことをやめました。
■当時、バイオリンの調整や弓の毛替え等については、大阪梅田にある宝木宏征さんのf工房というところにお願いをしていました。宝木さんは、私のようなへたくそなアマチュアにもいつも親切に接してくださっていました。あるとき、「脇田さんは、すごいですね〜。研究者をめざしながら、こうやって楽器をやっているんですから。私は、自分が楽器職人を目指しているときは、とてもそんな余裕はありませんでした」と何気なくおっしゃいました。宝木さんは嫌みを言われる方ではなかったので、素直にそう思われたのかもしれません。しかし、その宝木さんの何気なく言われたことが、私にはガンときました。「ほんまに、楽器を楽しんでいるばあいではない。子どもも生まれるというのに」と心の底から思いました。そのときから、楽器を弾くことをやめてしまいました。たまに出して自宅で弾く程度になりました。また、この10年は、ほとんど楽器にはさわってさいません。
■結果として、四半世紀ちょっと楽器を弾いていません。ここ10年は、仕事に集中してきました。OB交響楽団に入って、ステージの上で現役の時と同じように楽器を弾いている先輩・同期・後輩の皆さんをみていると、ちょっと羨ましくもなりますが、それなりのレベルを維持して演奏を続けていく自信がなかなかもてません。いつか楽器を再開するかもしれませんが、それはもう少し先のことかと思います。
■比較的最近になって知り驚いたのですが、宝木さんは2004年にお亡くなりになっていました。お亡くなりになる前に、お話しをしたかった…。現在は、息子さんが工房を継がれているようです。
第5回「大津ジャズフェスティバル」
■10月19日(火)20日(水)の両日、大津市の浜大津を中心とした中心市街地で、第5回「大津ジャズフェスティバル」が開催されました。私は、第1回・2回に実行委員として参加させていただきましたが、その後は、なかなか時間をとることができず、当日のボランティアとして参加しています。第1日目の19日は、大学院の博士後期課程の博士論文草稿報告会や、ゼミで行っている「北船路野菜市」が開催されたために、今回のボランティアは第2日目の20日だけとなりました。
■今回のボランティアですが、開催間近になって、1人実行委員の方(まっちゃん)から、「ボランティアをやってくれません!」との依頼がありました。「何のボランティア」と聞いたところ、「う〜ん、ホルモン焼きそばのホルモンの準備か、会場の写真撮影かな…」ということだったのですが、結局のところ、例年、当日ボランティアとして写真を撮っているので、今回も写真撮影ということになりました。
■ジャズフェスには、たくさんのプロっぽい写真撮影のボランティアが参加されているようですが、素人である私の写真は、「ジャズそのもの」というよりも、「ジャズフェスの雰囲気や大津の街の空気」を撮ったもの、あるいは「裏方として頑張っている実行委員・ボランティアの皆さん」を撮ったものに偏っています。トップの写真は、ジャズフェス終了後の集合写真です。完全燃焼した人たちの笑顔かな。
■facebookのアルバムも作りました。こちらから、ご覧いだけます。雨のなか、頑張ってジャズフェスの準備に取り組む様々な年代のボランティアの皆さんの様子、ご覧になってください。facebookのアカウントをお持ちでない方でも、ご覧いただけるはずです。